まず代表工藤から、「福島第一原発事故以後、日本だけではなく世界も含めて原子力政策の転換が始まっている。今後の日本のエネルギー政策はどうあるべきなのか」と提起があり、①浜岡原発の停止など、現在の原発政策の転換をどう評価するか、②原子力発電に依存しない日本のエネルギー政策は可能なのか、③地球温暖化対策と原子力発電のあり方と、今後の日本のエネルギー政策はどうあるべきか、をテーマに議論が行われました。
まず、第一の点について、松下氏は、「原発の安全性は今回の事故で覆された上に、放射性廃棄物処理などのバックエンドコストも含めると、発電のコストが高いとの研究結果も数多く出されている」と述べ、安全性、経済性両面から、原発政策の見直しが好ましいとの見方を示しました。藤野氏は、「世界各国の例を見ても、原子力政策は様々な要因に左右され、常に"揺れる"ものだ」と述べ、「今回の事故では何が課題となったのか、アジェンダセッティングをこの時点で明確に行う必要がある」としました。また、明日香氏は廃炉の必要性や技術者の減少などにより、「時間の経過と共にリスクとコストが高くなる」として原発特有の特性を強調、短期のみならず長期的な観点から太陽光発電等の再生可能エネルギーとの比較を行う必要性を指摘しました。
第二の点について、藤野氏は、すでに約半数の原発は停止中だが、稼働中の原発のみで電力需要を満たす可能性は十分にあるとした上で、原発からの脱却は長期的には段階的に再生可能エネルギーの普及によって可能としました。また明日香氏も、「電力消費量のピークを動かすことでこの夏の対応は可能」と指摘、松下氏も「スマートグリッドの仕組みで消費者と供給者双方向のコミュニケーションを通じて電力の受給を調整し、ピークをシフト・カットすることを組み合わせれば可能だ」と述べ、原発に頼らないエネルギー政策への転換は中長期的にも可能であるとの共通認識を示しました。
最後に地球温暖化対策との関係について、松下氏は「環境省にとっては、原子力発電は"外生変数"」であると指摘、温暖化対策との両立を図るためにも、エネルギー政策の決定過程そのものを見直す必要があると述べました。また、今後のエネルギー政策の在り方について、藤野氏は「いままでは経済発展のためにエネルギーが必要という論理で「途上国型」の発展を推進してきたが、現在の日本は、「なぜエネルギーが必要なのか」を改めて見なおさなければならない」とし、今こそ過大なエネルギー消費がなくても経済発展が出来る仕組みを探るチャンスであると強調しました。そして明日香氏は、「原子力発電からの脱却というのは、やるかやらないかの問題。これまでタブー視されてきた原発の安全神話が根底から崩れた今、国民一人一人がこうしようというイニシアチブを取っていくような動きが必要だ」と語りました。
[[SplitPage]]
第1話 原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか
工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤秦志です。さて、言論NPOでは、3月11日の東日本大震災以降、「言論スタジオ」という形で様々なテーマで議論を行っています。今夜は、『原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか』と題して、日本のエネルギー政策の転換について、議論を行いたいと思います。
参加者をご紹介いたします。まず、京都大学大学院地球環境学堂教授で、言論NPOのマニフェスト評価委員でもあります、松下和夫先生です。よろしくお願いします。
松下:よろしくお願いします。
工藤:次に、東北大学東北アジア研究センター教授の明日香壽川先生です。よろしくお願いします。
明日香:よろしくお願いします。
工藤:最後に、国立環境研究所主任研究員の藤野純一さんです。よろしくお願いします。
藤野:よろしくお願いします。
工藤:早速ですが、福島第一原発の事故以降、日本の原子力政策の見直しが大きなテーマに浮上しています。多くの世論調査でも、原発の縮小・廃止ということについての大きな転換が始まっています。また、菅首相の指示で、浜岡原発が停止になりました。全体像が描かれているわけではないのですが、明らかに、原子力政策の転換が始まっていると思います。この点について、どういう風に評価されているのかということから、まずは議論を始めたいと思います。まず、松下先生はどうでしょうか。
原発政策の変更は避けられない
松下:これまで、日本政府は原子力による発電を安全性とコスト面、それから、地球温暖化対策という観点から促進してきたわけですが、今回の事故によって、それらの根本が全て揺るがされて、再評価が必要になってきています。私自身の結論からいうと、原発のリスクと気候変動のリスクの双方に対処するためには、原発を段階的に縮小して、それに代わる省エネルギーと再生可能エネルギーを拡大していく、という方法しかないのではないかと考えています。
工藤:ということは、原発の脱却に向けた動きというのは、非常に好ましいと思っているわけですね。
松下:現実に具体的な事例として、ドイツでは既に10年、20年前からそういう取り組みを始めています。
工藤:今回の福島以降も対応が早かったですよね。
松下:そうですね。ドイツの場合は、原発の段階的廃止ということについては、国民的コンセンサスはあったのですが、その廃止のスピードをどういう風にするかということで、議論が行われていました。メルケル首相は、既存の原発の稼働期間を平均12年延長しようという提案をしたところ、それに対して強い反対が起こり、福島原発事故を契機に結果的には、その方針を改め、原発の廃止のスピードを速めることにしています。
工藤:明日香先生はどうでしょうか。
明日香:私も、今の動きは望ましい、日本をよりよい方向に持っていく動きになっているのだろうと思っています。もちろん、原発を全て止めるということは現実的に難しいとは思いますが、実質的に新しい原発を建てることは、国民感情からなかなか難しいと思います。原発の寿命は40年しかありません。いずれにしろ、新しい原発を建てなければ、いずれ廃炉するしかありません。もちろん、2040年、2050年とどうなるか分かりませんけど、今の社会的な考え方を世論が継続するとなると、原発は2040年か2050年でほぼ無くなるということは言えるかと思います。スリーマイルの後、20年、30年と原発の増設は難しかったので、もし日本がそれと同じような国民意識を持ち続けるのであれば、いい悪いは別として、そうならざるを得ないというのが、現実なのだと思います。
工藤:先程、松下先生もおっしゃっていましたが、原発は安全なものだというか、コスト面で安いとか、こうした評価の見直しはこんな大変な事態になって初めて行われている。今まで原発がこういうかたちで大きく見直されるということは、明日香先生も想定していなかったのではないですか。
原発問題は一種のタブーだった
明日香:そうですね。もちろん、自分があの時に原発に強く反対していなかったのは確かだと思います。それは、反省しなければいけませんし、最近、たまたま原発関連の映画を見たのですが、結局、賛成と反対で、中立というのは、結局賛成なのだと。強く反対しなかったら、結局は原発を支持していたのだという主人公の台詞みたいなのがありました。思わず、そうだったのかと思います。ですから、言い訳になるかもしれませんが、原発に関しては、はっきり言ってタブーだったわけです。我々は、温暖化政策なりを特にやっていたのですが、温暖化政策でも政府は変わらないと。原発なんてもっと変わらないのではないかという、諦らめみたいなものがあったのかなと、個人的には思います。
工藤:確かに、タブーみたいな状況はありましたよね。藤野さんは、今の事態をどういう風に評価されていますか。
藤野:今までも、みなさんがおっしゃっていたように、話されてこなかったことが話されるようになったのが、あるのかなと思います。私は、前から原子力について聞かれたら、必要悪だという風に答えていました。つまり、エネルギーがどうしても必要で、しかも、大規模なものが必要ならば、再生可能エネルギーがコスト的に見合わない段階では、ある程度原子力に頼らざるを得なかった、ということは実態だと思います。但し、そのやり方が本当に褒められたものかどうかというところがあって、立地しているところは東京や大消費地から離れたところです。そういうところに一度原発を建てると、どんどん建っていったり、見返りもありますけど、過度にある特定の地域だけに負担を強いてきた。こういうシステムを、今後も認めるかどうかということを考える必要は前からあったのですが、今、改めてそれを考えることなのかなと思っています。
工藤:松下先生は、先程、原発がこれまでなぜ大事と言われてきたかを3つで語っていましたが。
松下:安全性、経済性、それから、温暖化対策に寄与するということです。
工藤:それぞれが今、どう評価されているのでしょう。
松下:安全性については、今回の事故で根底から覆されたわけですが、経済性については、既に色々な研究が出ていまして、立命館大学の大島教授が詳細に研究した本を出しています。原子力に対する財政的な支援や、原子力発電所を建てると、必ず揚水発電所をバックアップとしてつくります。また、バックエンドコストと言って、放射性廃棄物の処理や廃炉処理、そういうコストを全部入れると、これまで公式に言われていたほど、原子力の経済性は無かった、むしろ、他の火力発電や再生可能エネルギーと比べて、場合によってはコストが高いという指摘もされています。
フクシマは世界の原発政策を変えたか
工藤:今回の福島原発を契機に日本の原発政策は大きく見直されましたが、世界の原発政策は、どう動いていたのでしょうか。
松下:大きく言うと、アメリカを含めて先進国では、最近、新規での建設はほとんどありませんでした。新規建設は、中国や韓国、インドなどで増えているというのが現状です。
工藤:でも、オバマさんは地球温暖化対策の一環として原発を推進することを考えていませんでしたか。
松下:原発建設に関する手続きを簡略化するなどの改正をしましたが、実際には新たな原発の計画はほとんど現実化していません。
明日香:後から、温暖化の話が出るかと思いますが、温暖化政策のために原発を推進するということは、個人的な見解として、言い訳だと思っています。実際のところは、原発を推進している人達ほど、温暖化対策をやらなくていいというか、実質的には足を引っ張ってきたというところはあるかと思います。原子力に関して言えば、先程、世界ではどうかという話がありましたが、原子力ルネッサンスという言葉は、推進の人がつくった言葉でありまして、廃炉というものがあって、世界全体ではどんどん減っていく方向にあります。もちろん、中国なりインド、私、今日の朝までベトナムにいましたけど、ベトナムもつくろうとしています。そういうのが一部ではありますが、廃炉のスピードの方がかなり大きくなっています。今の発電容量をキープするためには、2週間とか3週間の割合で1つつくっていかないと、キープできなくなっています。ですので、世界全体で見れば、実質ベースで見ると原発は少なくなっていますし、今、おっしゃったように、コストや安全面からも、かなり見直されているところだと思います。
工藤:確かにコスト面で見れば、今回の福島原発の事故のように、実際に被害が起こった時の補償コストなどは、一民間企業としてできるレベルを超えていますよね。藤野さん、どうでしょうか。
藤野:後で話があるかと思いますが、イギリスとかの政策を見ていると、かなり野心的な温暖化政策を打ち出したときに、やはり原子力の見直しがあったり、フィンランドでも見直しがありました。
工藤:見直しというのはどういうことですか。
藤野:もう1回進めるということです。政策として揺れるのですね。ドイツでも、今回の件があったので、速やかに止めようということになっていますが、言い方は悪いですが、麻薬ではありませんが、一発入れると効きますから、経済界でもっとエネルギーを使おうという動きが出ると、直ぐに頼れる原子力という話になります。一方で、地域の立地が進まないということもありますので、常に、簡単にどっちを止めるとか止めないということを、葛藤するようなことが続いてきています。今回は、かなりショックが大きいので、流れとしては、今回のタイトル「原子力に依存しないエネルギー政策は可能なのか」のような感じになると思います。いずれまた、揺れるところに対して、ちゃんとアジェンダ設定をして、何が問題かを今あげておかないと、また前の繰り返しになってしまうのではないかと思います。
工藤:日本は菅首相の個人的なところもあるのですが、浜岡原発を止めて見直しました。しかし、世界はこの福島を契機にどういう風に原発政策を考えようとしているのでしょうか。つまり、止めたいという流れに舵を切っているのですか。それとも、安全性をベースにして、何とか維持したいという流れになっているのか、です。
先進国と途上国の原発対応
明日香:先進国と途上国で随分違うと思います。日本も含めて、先進国では、電力需要は頭打ちとなっています。なので、新しく発電所を建てる必要はありません。ですが、途上国では、人口も増えますし、1人あたりの電力消費量も増えていきます。なので、どんどん新しい発電所を建てなければいけない。かつ、途上国はどうしてもコストを考えてしまいます。それから、これはタブーだと思うのですが、原子力の場合は、軍事利用といいますか、プルトニウムを使える技術をその国で持っていたい、というのは日本を含めて、深層心理として政策決定者にあったのかなと思います。それはまさに、戦後の中曽根元首相、田中角栄元首相の辺りから動いていて、タブーになってきたということはあると思います。
工藤:発展途上国は電力需要があって、それに対応しなければいけないのは分かりますが、今回のような事故を見ると、安全性などの問題が表面化した場合のコストが余りにも大きすぎて、見直した方がいいのではないか、という風にはならないのでしょうか。
明日香:いや、起きています。私、中国の原発のことについて聞かれることが多いのですが、色々見直しは受けていますし、今は、とりあえず凍結になっています。ですが、中国政府は、原発推進のスピードを緩めるとは思いますが、それを止めるということは、現実的にはないかなと思います。
藤野:後、タイでも建設しようとしたものを見直して、止めようという動きがあったりします。
工藤:ヨーロッパはどうなのでしょうか。
松下:再生可能エネルギーに対する批判として、たとえ再生可能エネルギーを最大限増やしたとしても、日本の場合はたかだか1%、2%だから、温暖化対策としてはほとんど効果がないという風に言われます。ところがドイツの場合は、1990年ぐらいまでは、日本と同様1%位でしたが、現在の電力における再生可能エネルギーの比率は、16%、17%ぐらいになっています。ですから、すでに相当大きなシェアになっており、それを2020年までには35%、2030年までには50%、2050年には80%に増やす目標を掲げ、エネルギー供給の中核にすえようとしています。また、そのための具体的な手段を次々と導入しています。ドイツがこれまで考えてきたのは、原発を稼働させながら再生可能エネルギーに移行させることです。メルケル首相がやろうとしたのは、原発の稼働期間を延長して、その代わり、それによって得られる電力会社の過剰利益を課徴金によって吸い上げて、その収入を再生可能エネルギーに投資するという仕組みをつくろうとしていたのです。
工藤:フランスとかはどうするのですかね。
明日香:フランスも、もちろん見直しをしています。もう1つの原発の問題は、技術者がどんどん少なくなってきていることです。先程の廃炉と同じなのですが、引退する人がどんどん出るのですが、新しく大学に入って、原子力の勉強をして技術を得る人というのは、凄く少なくなってきています。それだけを考えても、システムとして問題があるのではないか、と思います。
松下:先程の途上国の原発政策に関連して言いますと、先進国は途上国に原発プロジェクトを売り込もうとしています。しかしながら、今回のような事故に対するリスクを、途上国側は先進国の企業に保険という形であらかじめ担保してもらいたいと考える。そうすると、保険料がかなり高くなってくるので、全体としてコストが高くなりますから、原発の商業性が大分落ちてくることが予想されます。
明日香:コストに関して言いますと、原発のコストは、時間に対してどんどん高くなっていきます。
工藤:それはなぜですか。
明日香:例えば、最初の想定は3000億円だけど、やってみたら4000億円になり、大体建て終わったら5000億円かかっていたとか。ですが、太陽光発電の場合は、集積生産量が2倍になると、価格は20%下がるという半導体と同じような法則が成り立つので、価格が下がっていきます。逆に、原発の場合は価格が上がっていってしまいます。途上国もそこまでバカではありませんから、10年、20年後を見たときに、コスト面でどちらが自国にとってよいのか、ということだと思います。
工藤:なるほど。藤野さん、最後に、今回の事件のインパクトについてお願いできますか。
藤野:相当ありますし、かなり大きなインパクトです。これだけ福島の方が苦しまれていて、その様子がテレビを通じて世界全体に流れていますから、みなさんショックを覚えますよね。それがもし、自分の隣の20キロ圏内に原子力発電所が建つとなったときに、そこに住んでいる人は、何かしら思うところはあると思いますので、その影響はかなりあると思います。
工藤:なるほど。これから、次に休憩を挟んで、日本のエネルギー政策が、今回の事故を契機に変わっていくのか、ということについて話していきたいと思います。
[[SplitPage]]
第2話 日本は原発から本当に脱却できるのか
工藤:それでは引き続き議論を行っていきたいと思います。政府は2030年までに原発を14基造るというエネルギー基本計画を見直しする、と決めています。このエネルギー政策をどういう風に変えるのか、ということにいろいろみなさん、悩むことがあるわけです。その際に原子力は電力の30%を供給しているので、それがなくなると大変なことになるぞとよく言われます。それが本当なのかということをまず皆さんにお聞きしたいと思います。それから、ではどういう風にして原子力発電から脱却できるのかということが、二つ目のテーマになります。
その議論をする前に、エネルギー基本計画というのはそもそも何で、政府がそれを見直すと言っているということはどういうことなのか、ということを藤野さんから説明していただけませんか。
エネルギー基本計画の見直しとは
藤野:エネルギー基本計画というのは、経済産業省が取りまとめている2030年までの日本のエネルギーの需要と供給のバランスをどうやっていこうかというのをシミュレーションして、有識者で決めて、最後、閣議決定されているものです。去年の6月に閣議決定されました。その中の1つとして、原子力発電所を2020年までに新たに9基、2030年までに14基建設するというところをベースにしながら、再生可能エネルギーもある程度増やしますけど、あと石油をどうやって確保していくとか、石炭をどうやって確保していくとか、そういうのを組み合わせていって、2030年の需要と供給がこういう風にバランスしますよ、という風に分析して、それを国の基本政策にしているというようなものです。
工藤:これは14基増やすということはエネルギーの比率から見れば、原子力の利用はどれぐらいの比率になるのでしょうか。
藤野:発電の中で確か50%前後占めていたと思います。
工藤:ある意味で、それくらい日本のエネルギー政策は原子力中心に大きくドライブ、舵を切ったということですね。
藤野:その時はそうでした。
工藤:だけど、これを見直すというのは、要するに、原子力発電の新規を止めるということと捉えていいのですか。
藤野:新規を全部止めるかどうかまでは分かりませんけども、2020年9基、2030年14基と建てていく、という前提についてはメスが入るという意味だと捉えています。
現状の原発抑制のままで大丈夫か
工藤:なるほど。すると、本当にエネルギーの仕組みを変えないといけないということになります。まず1番目として原子力を30%使っているのをこれから止めるとなると大変なことになっちゃうとよく言われているのですが、それについてはみなさんどう考えていますか。明日香先生どうでしょうか。
明日香:今、原子力発電所はかなり止まっているのですが、みなさんそれほど計画停電をやっていないですよね。なので、やはり脅しの部分があると思います。
工藤:脅しね。大変だぞ、大変だぞ、という。
明日香:そうですね。プロパガンダという言葉はちょっとよくないかもしれませんが、それはあると思います。結局、夏の平日の昼の2時、3時に電力消費量が極端に上がります、日本の場合は。そこの全体の電力をまかなうためには、原発も必要だというような議論になっているのですが、そのピークをちょっとずらせば、ある意味で原発がなくても大丈夫だとある程度は言えます。それが結局、省エネということになりますし、ピークは減らして他の所で消費を増やせばいいので、全体的には電力消費量が変わらなくても、ピークが下がることによって、原発ないし発電所を建てなくていいっていうことは言えます。
工藤:ということは、新規をどうするかということと、今現在ある原発をどうするのか、という問題があります。ただ、今も全ての原発が動いているわけではない。
明日香:もちろん、動いているやつもありますし、動いていないやつもあります。だから、そういう意味で今動いていないやつはなくてもいい、ということがある意味では言えるわけです。
工藤:なるほどね。すると、今の原発の稼働の状況下でもピークを移せば何とかなるということをおっしゃっているのですか。
明日香:もちろん、それはどうやって移すかとか、安全を考えてバックアップの電源をどうするかとか技術的・制度的に解決することは考える必要はあります。ですが、不可能ということはありませんし、これから原発を14基、9基増やすことに比べると、より現実的な選択肢かと思われます。
工藤:そうですか。今の意見に対して松下先生どうでしょうか。
松下:1つは今年の夏をどうやって乗り切れるか。もし乗り切れれば、その経験を活かして今後1つの社会的なシステムとして制度化していけばよいと思います。まず第1に省エネルギー、節電ですね。今年いろいろな形の試行錯誤によって、ある程度できるということがわかれば、それを来年さらに改善し拡大し、進化させればいいということですね。それはもう現実に、いろいろな形で節電が、ボランタリーなベースも含めて始まっている。それをもう少し社会的に制度化してインセンティブを作る、とかそういうことでやっていく。節電も累積すると新たな発電所(節電発電所)を作ることと同じ効果があります。だけど、長期的にはそれに加えて、過渡的措置としてLNGを増やすとか、省エネ設備に対する投資を計画的に実施する。さらに再生可能エネルギーの拡大を支援する施策(固定価格買い取り制など)を充実させる。それから、スマートグリッドという形で消費者と電力を供給する側とが双方向でコミュニケーションして電力の需要を調整してピークをシフトしカットするシステムの導入を図る。そういうことを組み合わせていけば、エネルギーの転換はできるし、新たな産業と雇用を増やし、地域の再活性化に寄与することができるのではないかという風に思います。
新しい原発建設はなぜ必要だったのか
工藤:藤野さん、2030年までに原発を14基新設するということですが、どうしてそれを新設しなければいけなかったのですか。原発の比率をそもそも上げなければいけなかったのでしょうか。
藤野:実はエネルギーの需要自体は、確かにまだ伸びますけど、大体もう飽和状態で頭打ちです。そういう意味だと、先程の世界の事例に出ましたように、日本だってエネルギー需要が落ち着いてきています。そういう中で、原子力発電所を新しく建てる必要があるかどうかという所で議論があるのですが、石油なり天然ガスなり化石燃料への依存度をどうやって減らしていくか。それから、もう1つはCO2問題で、2030年にエネルギー基本計画で30%削減すると謳っているのですが、それを実現しようとするとやはり原子力14基に頼ることでそのかなりの部分あてにしていた、という意味で14基が想定に入っていました。
工藤:ということは、エネルギーの需要量から必要なのではなくて、その構造から、CO2を出す化石燃料への依存を変えたいというのが目的だったということなのでしょうか。
藤野:それと、需要のスタイルの変化で電気の割合が今後増えていくというような予測がありました。今、オール電化というのもありますけど、家庭内での電力化率というのですけど、電気の割合が増えているのですね。だから、需要全体はちょっと減り気味だけど、電力の消費量は上がり気味という予測があって、その中で老朽化する原子力の話もありますけど、それを原子力に頼ろうというような狙いもあります。
明日香:老朽化する火力発電所もありますので、それをどう埋めていくのか、という問題もあります。もう1つ、システムの問題として大きかったのは、電力会社の電力確保を決める時に総括原価方式と言いまして、コストがかかればかかるほど、それにある一律の割合でマージンが上乗せされるので、発電所を造れば造るほど儲かるのですね。なので、そういう意味では発電所を造るための需要も拡大しないといけない。どんどん電気を使ってくださいというのが電力会社の本音だったのです。
工藤:発電所というのは原発じゃなくてもいいのでしょ。原発の方がいいのですか。
明日香:原発は一度造ってしまうと、すごく儲かるのですよ。燃料コストがほとんどいらない、ほとんどいらないと言ったら変ですけど。
工藤:核分裂がどんどん連続していますからね。
明日香:かつ、一度造る時にはいろいろ国からのサポートもあり、壊す時にも国のサポートがありますので、やはり、原子力発電所を造るということは電力会社にも旨味があった。先程も藤野さんがおっしゃったように、地方でも旨味があった。ある意味で誰が悪い、というわけではなく、もちろん全体で過疎対策にもなりますし、電力会社の今の地域の特性を維持するような利益構造を維持するようなシステムが今までずっとあった。それを壊すのはみんなタブーだと思ってとてもできなかったけど、残念ながら今回、こういう事故があってようやく変わりつつあるのかもしれません。
原発の電力供給自体を止められるのか
工藤:基本的な質問に話を戻しますと、今現在の原子力発電をベースにした形、まあ、さっきのピークをどう平準化するのか、という話もあったのですが、その原子力で作った電気が供給されているわけですよね。それがなくなると、普通の足し算と引き算で考えると、その30%分を他の所で埋めないと足りなくなると普通考えるのですね。それについてはどうでしょう。
藤野:さっき明日香さんもおっしゃったのですけど、電気の使用量が減っていますよね。確かに、経済活動も若干落ちているのかもしれませんけども、それ以上に電気を使わなくても何とか生活できるということがわかった。省エネがまず最初なのですが、省エネ、省電力というところで夏になると冷房需要が発生しますのでまだまだ厳しい所もありますけど、まずはその2020年、2030年に向けて先程そのエネルギー需要がフラットだと言いましたけど、もうちょっと下げていける余地があるかもしれません。
工藤:それは経済活動を落とすということを前提にしていないのですか。
藤野:していないです。
工藤:普通の今までの日本の経済活動をベースにして、例えば、製造業も車があっても、なだらかに下げることが可能だって話なのですか。
藤野:そうですね。やはり、効率をいかに上げられるかですね。経済活動を上げながらも、例えば、スウェーデンとかで起こっている例というのは、GDPが相当増えていてもCO2は減っています。
松下:スウェーデンとかデンマークですよね。
工藤:つまり、経済活動を活発にしながら、CO2とかエネルギーの消費量を減らしている。そういうモデルもあるわけですね。
藤野:あります。
工藤:すると、今、よく議論になっているのは、原発が大変なので、早く火力発電に移さないといけないとか、いろいろ議論されていますよね。それはほとんど意味がない議論なのですか。
藤野:いや、意味がないわけではなくて、今すぐに変われるものと変われないものがあって、省エネとかまたは電球をLEDにして白熱灯からエネルギーを10分の1で済むようなものに替えるとか、そういうことは今すぐやることが大事です。産業活動でそのスウェーデン・デンマーク型というのはかなり第3次産業など、知識的な産業で都市の計画を作ったりすることでお金を作り出しているのですけど、やはり、第2次産業というかエネルギー投下型の産業というのを、今後、どこまで日本の中に残していくのか。やはり、中国とか韓国とかまたは東南アジアとかでそういうものがどんどん発達していっていますよね。その中でどうやって競争力を持たせるか。今では第2次産業でも、かなり世界の中でも省エネが進んできていますけど、元がやはりエネルギーをたくさん使いますから、最終的にはそこも変わっていく。それは、でも、10年、20年のサイクルかもしれません。
工藤:今の話は凄く本質的な議論なので、確かに日本の産業構造はエネルギー投下型から新しい構造、社会の仕組みに変えなければいけないということは、考えないといけないのですが、その話はちょっと置いておいて、今の話を聞いて驚いていたのですが、原子力発電が仮になくても、省エネとか何かの組み合わせの中で、十分、今の状況を維持していくことは可能だという理解でいいのですか。
藤野:完全に可能かどうかということはありますけど、まず省エネで減らしますよね。その後、3年、5年または10年かけて再生可能エネルギーがそれを埋め合わせていくというようなことを今、徹底的にやるしかない。
工藤:やっていけばできるっていうことですか。
明日香:火力発電所の中で、例えば、今まで使っていなかった火力発電も使い始めていますので、そういう意味では...。
工藤:使っていないやつを使うってどういうこと。もう一回火をいれて動かすということですか。
藤野:止めていたのを動かすだけです。
工藤:それは可能ですか。
藤野:可能です。今、それはやっています。
松下:自家発電のようなものなので。
藤野:それをやっているから今、大丈夫なのです。
工藤:ああ、そうなのですか。
明日香:ある意味で発電所はたくさんあって、おおざっぱなのですけど、2割~4割ぐらいは動いていないのですよ。
工藤:私も他の人の議論とか本とか読んだのですが、発電の設備容量というのですか、それベースで見れば別に原発がなくてもエネルギーの需給が見合っていたという、線を描いている図がよくあるのですが、あれは本当なのですか。そういう風に見ていいのですか。
明日香:まあ、ギリギリくらいだと思います。だから、ある程度安全マージンを取っておく必要はあると思います。ですが、結局、計画停電はなかったですし、これから省電をどうするかにもよるのですが、ある意味では、原子力発電所がなくても今、止まっていた火力発電所を稼働させることによって、供給はキープできると。
工藤:今のお話を聞いていると頭の構造を変えなければいけないのですが、原発にこだわる理由がわかりませんよね。
藤野:やはり、安いのですよ。動いているやつをそのまま動かすことは。
松下:電力会社にとっては他の発電方式と比べ収益性が非常に高い。ただし原発の社会的なコストは別問題です。それから、原発の場合は24時間フル稼働しており、止めることはできません、そのため夜間も余剰電力を使うことを奨励しているのです。
工藤:使わないといけない。
松下:それで、オール電化の家を造るとか、夜間電力で揚水発電といって夜の間に水をダムの上に上げておいて、昼間また落とす。すごくロスが多いのですが、原子力発電は揚水発電とセットにしないと、電力需要の調整に対して対応できない。そういう弱点があります。
今動いている原発を全て止めても本当に大丈夫か
藤野:ただ、話を元に戻すかもしれないですけど、今、停まっているものとまだ動いているものは区別して考えなければいけなくて、今動いているものをある程度まで動かし続けるか、それともそれも止めるかどうか、というところは考えないといけませんし、そこまで止めてしまうと僕は相当厳しいと思いますね。
工藤:つまり、今、動いている原発っていうのはそもそも何基あるのですか。
藤野:54基。
工藤:そのうち、今、動いているとなると。
明日香:半分くらい。
藤野:今、定期点検とかに入っているのもあるので、半分くらいでしょうか。
工藤:じゃあ、半分は動いているのですね。
藤野:ただ、今は電力需要が季節的には一番低い時です。最近暑くなってきたので需要が上がりつつありますし、地震の時も暖房需要が必要だったので、その時に計画停電のようなことが起こって不幸だったのですが、その後はずっと計画停電がないというのは季節がよくて、エネルギーをあまり使わなくていい季節だった。
工藤:ちょっと涼しいですからね。
藤野:それが暑くなって30度とか越えてくるとやっぱり暑いですし、今、早い段階で暑くなっているのでちょっとそこは心配です。
工藤:なるほど。原発の稼働が今のままであっても、夏になるとピークの時は厳しいので、それはさっき明日香先生が言ったようにピークをちょっと移動したり、色々な形でできるのではないかと。しかし、今、動いているところも止めるという話になるとちょっと厳しいのではないかということですか。
明日香:もちろん、色々な人がいるのですけど、今、動いている原子力も全て止めるべきだ、という人はそんなに多くないと思います。
藤野:まあ、それも議論すべきだと思います。
工藤:議論はどんどんしていきたいのですが、今、動いているものを止めるということになるとどうなるのですか。
藤野:今、動いているものを止めるとなると、それぞれの所で、今、東京電力管内の所だけで節電のトライアルをしていますけど、今度は中部電力でもそういう話があります。中部の方は浜岡だけなのでまだ関東ほどは深刻ではありませんが、それぞれでそういうことが起こっていきます。
明日香:日本の場合、もう1つのシステムなんですけど、地域独占で1つの電力会社が地域ごとに固まっているのですね。中部電力というのは、原発への依存度は多分1割くらいです。省エネをすればある程度できるのですが、他は難しい所もある。場所によって違います。そこで融通できないというまた別の問題があります。
工藤:ありますよね、周波数の問題が。ということは、今のところを変えるとなると色々な問題があるかもしれない、ということが少しわかったけども、それに対していろいろな対応策が考えられるということなのでしょう。じゃあ、ちょっともう一回休息します。
[[SplitPage]]
第3話 中長期的に原発脱却をどう進めるか
工藤:それでは、引き続き話を進めます。先程、かなり白熱していたので、少し初めに整理をさせてもらいますと、今、日本にある54基の原発の中に、稼働しているものとそうでないものがあります。今の状況を継続したとして、先程のピークの転換を含めて行えば、一応、そんなに問題はないだろうという話ですね。
明日香:省エネは必要です。
工藤:省エネは必要だけど、とりあえず、問題はないだろうと。だけど、今ある浜岡原発は、停止ということになったのですが、原発を全部止めるとなると、何かしらの対応策を考えなければいけない、ということでよろしいのでしょうか。
松下:その前に、現在ある原発がどの程度安全であるかということを、きちんとチェックして、一定の国民的な合意をつくった上で、それからどうするかということです。
工藤:ということは、松下先生の場合は、チェックをして安全性が担保できない場合は、全て止めた方がいいのではないか、ということをおっしゃっているわけですか。
松下:ただちにそうなるとは思いませんが、そういうことを含めて、現在ある原発の安全性を改めて検討しなければいけないということです。
工藤:その場合、先程のエネルギーミックスはどうなるのですか。大丈夫なのですか。
藤野:それがいきなり起こってしまうわけですから、相当厳しいと思います。毎年1基ずつとか、5基ずつぐらい止めていくなら、何とか対処の仕方はあると思います。しかし、いきなり20基、30基が止まるとなると、2000万キロワットから3000万キロワットぐらいが無くなってしまう計算になります。この夏でも、東電管内では、みなさんが相当努力しないと、電力危機はやはり起こるのではないか、と個人的には思っています。
工藤:努力というのは省エネ努力ですね。
藤野:そうですね。再生可能エネルギーは太陽光とかも入るかもしれませんが、間に合わないので、それよりも自主的な自家発電などでもう少しサポートしてもらうということです。しかし、やはりピークシフトや、それぞれの努力は必要だと思います。
工藤:なるほど。でも、さっき、火力発電の止まっているものを稼働させると言っていましたよね。それを稼働させた場合に、今の原発を全て止めるというミックスは描けないのですか。
藤野:ギリギリですかね。
明日香:ギリギリなのは確かです。また省エネ努力というのが、嫌な努力なのか、意外にシステムを変えればできるものなのか、ということは、本当に制度設計次第と思います。
工藤:嫌な努力とはどういうことですか。
明日香:例えば、強制停電なども1つの省エネだと思います。ですが、例えば、夏の時期の電気代を上げますが、冬は電気代を下げるとすれば、トータルで見るとプラスマイナスはゼロなのですが、ピーク時の電力は下がります。それから、夏の昼の時間帯は、電力価格を上げると。そうすると、パチンコ屋さんは休業するかもしれませんが、本当に動かさないといけない病院などはちゃんと動かす。かつ、そういう必要なところに対しては、政府が何らかのサポートをする。色々なやり方はあると思います。
エネルギー政策の転換を市民は共有できるか
工藤:今の話を伺っていると、原発も半分ぐらい動いていない現状において、さっき言った経済の状況も維持しながら、この状況を維持するのはピークのシフトなどを考えれば可能だと。しかし、今動いている原発まで減らすという決断になると、エネルギーの供給について色々と考えないといけない、ということですね。例えば、火力発電にシフトするとか、中長期的には再生可能エネルギーにシフトする。そういうことの論点の作り方や理解でいいのでしょうか。
明日香:かつ、場所にもよりますし、省エネの制度をつくれるか、それを実行できるのか。という問題もあります。カリフォルニアでは、自分たちは原子力は嫌だということで、その代替案を自分たちで考えました。
工藤:それは誰がですか。地域の人ですか。
明日香:そうです、地域の人達が。サクラメントというところなのですが、そこで自分たちの省エネは、こういう風にしようということをどんどん出していきました。ある意味では、日本のエネルギー政策はこれまで、上から降ってきたものばかりだったので、我々の意識改革や制度改革も必要だと思います。
工藤:先程の東電や中部電力など、それぞれが地域独占という形態をとっていますが、その中でもエネルギーの発電量と需給ということの情報はあるわけですか。それに対して、こうすれば地域ごとに、今おっしゃったように、住民レベルで討議できるような材料はあるわけですか。
藤野:そこが、一番問題で、特に需要データというのが、なかなかありません。地域ごとに県レベルなどで、1年合計のデータはありますが、例えば、この工場や家庭でどれぐらい使っているとか、特に、時間帯でどのように使っているかなどのデータは、包括的にはありません。そうなると、先程のピークの話も、どこを押さえていけばいいかという時の問題も出てきます。実は、家庭の電力使用のピークは夜などに出ますから、昼のピークということを考えると、業務用のところや、産業用のところを中心にやっていく必要があります。やはり、敵を知らないと、対策をうまくとれません。そのデータは部分的にはありますが、包括的にはありません。
松下:どうしてないの。
藤野:1つは、電力会社も月ごとにしか検針をしません。スマートメーターなどを入れれば、各自で分かったりはします。
明日香:それが、スマートグリッドやスマートメーターという考え方です。ですが、今まで電力会社は、電力は沢山売れれば売れるほどいいということで、別に節電をしてもらいたくなかったわけです。
藤野:片や、太陽光発電をつけている家は、そういうのが見えるわけです。そうなると、自分の家で発電して、余った余剰電力は48円(キロワット時)で売れますから、そういうのを自分で見ながら売るなどは可能です。
工藤:なるほど、そういうところまでいかないと地域ごとに自分たちのエネルギーの将来を議論するということは、なかなか難しいですよね。
松下:それは、スマートグリッドなり、スマートメーターですね。オバマ大統領が提唱したのは、その辺りまで含めてのことですね。
藤野:ただ、計測するということは目前まで迫っています。その装置を各家庭に入れたり、その後のプライバシーの問題とかで、データをうまく集約させたりとか、そういう仕組みのところまでいけるかどうかだと思います。
工藤:そういう風な、政策的な取り組みというのは、まだ日本ではないわけですね。
藤野:ないですね。スマートコミュニティというような、地域レベルで取り組みはありますが、そこから更に法制度にしていくかどうか、というのはありません。
地球温暖化は原発推進の言い訳なのか
工藤:もう1つ話があって、さっき藤野さんもおっしゃっていたのですが、原子力発電を強化しようという理由の中に、地球温暖化対策や、化石燃料への依存を止めようという議論があったということですね。しかし、一部では、地球温暖化は原発推進の言い訳になっていたのではないかという議論があります。この辺りは、どのように整理すればいいのでしょうか。
松下:まさに、私たちに制御できないリスクが増えてきたのですね。その代表が、原子力であり、地球温暖化です。その両方を、着実に抑えていくべきだと思います。
工藤:地球温暖化と原子力の2つを抑えていくということですね。ただ、地球温暖化と言うことが原子力を進めていくための方便だったのではないか、というところまで議論はありますし、そう疑われるようなところはあります。
明日香:方便にしていた人はいます。かつ、どちらかというと、政策決定者には、そういう人が多かったのではないかと思います。
工藤:つまり、原子力発電を推進する側が地球温暖化を利用したという人がいるわけですね。
明日香:本音は、温暖化なんてどうでもいいのだけど、原子力発電は推進したいと。そこで、建前として温暖化対策を使えば、原子力発電が推進しやすくなる、と考えていたポリシーメーカーはいると思います。ですが、おそらく多くの温暖化対策を推進していたNGOなり研究者は、原発は1つの方策ではあるけど、one of them でしかなく、原発だけに頼るべきだという人は、ほぼ皆無だと思いますし、現実的にも、省エネ、再生可能エネルギーなど、スマートグリッドもそうですし、電気自動車もそうですし、色々な削減ポテンシャルを持つツールの中での1つでしかないのは確かです。
工藤:ただ、日本のエネルギー基本計画を見ると、原発をかなり増やすことと地球温暖化をリンクさせていますよね。何か、日本だけ突出している気がするのですが、いかがですか。
日本の温暖化対策が原発に依存した理由
松下:日本の場合は、エネルギー政策と環境政策が全く別に議論されています。環境政策は環境省がつくっていると思われるかもしれませんが、温暖化対策の重要な部分を占めるエネルギー、とりわけ原子力については、環境省からすると外生変数で、ほとんど関与できず、外で決められているようなものです。
工藤:コントロールできないわけですね。
松下:まさに、一部の関係者だけで閉鎖的に決められているエネルギー基本計画の決定過程そのものを変えないといけないと思います。
工藤:つまり、エネルギー基本計画をつくる人達、つまり経産省は、原発を重要視したいという意識が元々あるわけですね。
明日香:あります。その時に、温暖化対策としての優先順位は、実は低かった。でも、高いと誤解している人がいて、私も、原発推進の御用学者だとネットで批判されているらしいのですが、私は、自分ではそうは思っていません。多分、そう思われるのはなぜかというと、温暖化は起きていないとか、温暖化対策推進はけしからんという懐疑論の人達が、私のことを、温暖化対策推進=原発推進の御用学者なのではないか、との等式で結んでいるのですね。そんなことはないのですが、そういうことを思わせるような、日本の政策決定の在り方というのはあったと思いますし、そういうテレビの広告や新聞の広告があったのも確かだと思います。なので、非常に残念ですし、ねじれていると思いますが、そういう側面は否定できないと思います。
工藤:さっきの基本計画の時に、分離されて政策決定されたのかもしれないのですが、日本において、CO2を減らすために、やはり原子力発電に過大に依存しなければいけない、という論理構造が、なぜ生まれたのですか。世界は、そうじゃないのでしょ。
藤野:先程の、ヨーロッパ、北欧の方になると、最近出たIPCCの再生可能エネルギー特別報告書というのがあって、私も執筆委員をやっているのですが、その中で、再生可能エネルギーの割合を増やしたり、省エネもうまく進めれば再生可能エネルギー主体でも2050年の電力を賄えるというシナリオも出てきています。そういう意味だと、かなり再生可能エネルギーにシフトしているところもあります。日本の場合は、おっしゃったように、再生可能エネルギーを信用していないということだと思います。2020年だろうと、2030年だろうと大したエネルギーにはならないのではないか、というところもあると思いますし、本気で育てようとしていない。まだ、レベルは中学生ぐらいだと思います。コストは高いですし。
明日香:もう1つの理由は、電力会社の地域独占ということがあって、再生可能エネルギーなり、省エネを推進することは、その地域独占を壊すという懸念があったわけですね。だから、電力会社もやりたいと思いませんし、実際に、政府と電力会社の癒着構造というのもありましたので、当然、政府としてもそれほどやれなかったということがあると思います。
工藤:ということは、地球温暖化についても様々な議論が出ているのも確かなのですが、地球温暖化対策を進めるためには、原発でなくても、できるということなのですか。
明日香:逆に、原発があることによって、再生可能エネルギーなり省エネ政策がつまはじきにされた、ということが日本の現実だと思います。
松下:電力会社が地域独占で、送電線も持っているわけです。それに対して、独立した再生可能エネルギーを供給しようとする業者が電力を提供しようとしても、送電線を使わなければいけないわけです。その時に、地域独占の電力会社から、高い送電線料金を請求されたり、あるいは電力の質といって、安定性や蓄電装置の設置を求められて、結果的コストが高くなり、参入が妨げられているという事情があります。
再生可能エネルギーで原発を埋められるか
工藤:すると、さっきの話に戻るのですが、既存の原発を止めた場合に、それによって再生可能エネルギー、風力とか太陽光、バイオマスなどで埋めることは可能なのですか。
藤野:将来のシナリオ次第だと思います。我々も、経産省ではなくて中央環境審議会で、中長期ロードマップというのをつくってきました。それは、2020年に25%とか、2050年に80%、温室効果ガスを減らすとして、どのようなエネルギー需給をすればいいか、ということ、ある意味でエネルギー基本計画に近いようなものをつくっていました。
工藤:それはいつできたのですか。
藤野:それは、去年の12月28日に地球環境部会に答申されているのですが、閣議決定までは至っていません。まだ、日本では気候変動法が通っていませんから、気候変動法が通ると、そのアクションプランとして、ロードマップが役に立ってくるのですが、残念ながらそのプロセスにまだ入っていませんから、黙殺されている状況です。
工藤:すると、今のエネルギー基本計画は去年の6月に閣議決定されましたが、その後、中央環境審議会からそういう計画が出され、実際にあるわけですね。
藤野:あります。その中のシナリオの1つとしては、2050年に、将来原子力を無くしても、何とかエネルギー供給ができるかどうかということです。但し、経済成長自体も若干抑え気味なシナリオにはなり得ますが、違うパラダイムに変えることで、その可能性はあるということを示しています。
工藤:2050年に同じようなCO2の削減をベースにしてということですね。
藤野:そうです、80%削減で、原子力発電はゼロという試算です。
工藤:その時、なぜ、原子力発電はゼロということを想定したのですかね。中央環境審議会は。
藤野:1つの考えとしては、今、2011年ですが、例えば原発の寿命を40年とすると、2050年には必ず無くなってしまいますから、そうするとフェーズアウトしてしまいます。
明日香:幾つかのシナリオの中の、原発を無くすシナリオですね。
工藤:無くすシナリオがそういう風にあるわけですね。
明日香:問題なのは、それがコスト的に大丈夫かどうかという話なのですが、先程も出たように、コストの価格の構造はこの10年、20年、30年で大きく変わりました。それは、できるかどうかではなくて、やるかやらないかの問題だと思います。おっしゃるように、日本のシステム全体を変えなければいけないですし、がんばって変えれば、カリフォルニアや、他の成功している国のように、新しい雇用も獲得できて、CO2も減って、GDPも増えるというデカップリングが可能になるかと思います。そこは、色々な先例を勉強して、できるところは取り入れてやるしかないと思います。
工藤:そろそろ時間も迫ってきたので、最後の質問です。確かに、エネルギーの構造を見直すということは、原発問題について安全性も含めて今後どうするのか考えなければいけない。そのためには、今までのエネルギーの投入をベースにした社会構造をどう変えていくかなど、色々な問題に迫られていると感じました。この問題は、かなり歴史的な重要なタイミングに入っていると思うのですが、みなさんは、この局面をどう認識され、何を考えるべきとお考えでしょうか。1人ずつお話いただけますでしょうか。まずは、藤野さんからお願いします。
藤野:やはり、なぜエネルギーが必要なのか、ということをもう一回見直さなければいけなくて、先程おっしゃったように、今までは経済成長のために、エネルギーを増やさなければいけないということだったのですが、それは途上国型の発展です。そこのパラダイムを変えていく、エネルギーが無くても経済発展できる道を、今まさに探るチャンスだし、日本はそのステージに入っていると思います。
明日香:他の国もそうだと思いますが、日本の場合、色々な神話なり、タブーがあったと思います。原子力もそうですし、技術神話もそうですし、安全神話もそうだったと思います。日本の政治も色々文句を言う人も多かったのですが、何となくうまくいってきたのだと思います。しかし、その根底にあって神話と考えられてきたことが、神話では無くなったのはどうしてなのか、その後、どうすればいいのか、ということを国民一人ひとりが考えるべきだし、そのために、ただ政府を批判するよりも、自分たちでこうしようという風なイニシアティブをとるような動きができればいいな、と思います。
松下:再生可能エネルギーは、高いし、不安定だし、信頼できないということ自体、神話だと思います。ドイツの例を見れば、いろいろな政策手段を導入することにより、10年かければ十分増やすことが可能です。そういう制度づくりと、地域づくりと、雇用づくりと、新しい産業構造をつくる。それを組み合わせれば、できるわけです。また、そうするしか選択肢はないと思います。
工藤:松下先生にもお願いしているのですが、言論NPOでは、政府の環境政策の評価をやっているのですが、政府は地球環境に対する目標設定を含めて、この震災の前からすでにだんだん後退していましたよね、ずっと。今回の原発の問題は、環境やエネルギーを考えるきっかけになりますよね。
松下:新しい発展のきっかけとするべきだと思いますね。
藤野:アジアにいい例を見せないといけないと思います。中国でもこの件はかなり熱心にフォローされていますし、インド、タイ、インドネシア、マレーシアなど、そういう国が、今の日本と同じ発展のスタイルをとってしまうと、資源の供給は間に合いません。
明日香:ある意味では、今の日本は、途上国と全く同じなのですよ。エネルギーの選択肢があって、安い石炭を選ぶのか、安いと思われていた原子力を選ぶのか、それとも高いと考えられている再生可能エネルギーを選ぶのか。日本は、途上国に対して、再生可能エネルギーにしろ、省エネをしろと言っていました。そう言っていた日本が、そういう状況になって高炭素復古のような違う道を選んだら、国際社会に対して、全然、説得力はないと思います。
松下:むしろ、韓国や中国のほうが先を行っていると思います。韓国は大統領が率先するグリーン経済によって、環境や再生可能エネルギーへの大規模な投資で経済の発展と国際競争力の強化を狙っています。中国も太陽光や風力発電の拡大は目覚ましく、特に風力発電はアメリカに次いで世界第2位、中国の太陽光発電メーカーも世界の市場で強力な攻勢をかけています。
明日香:そこも神話なのですよ。
問われているのは僕らの未来選択
工藤:なるほど。僕は今日の議論で、目から鱗ではないのですが、僕たちが普段当たり前だと思っていることを、考え直さないといけない局面にきたのだなと。明日香先生が言っていましたけど、僕たち自身がエネルギーや環境のことを考えなければいけないということですね。そこに、僕たちの生活や将来がかかっている。そういう段階にきたのだなという風に、今日の議論を通じて感じました。引き続きこの議論は行っていきます。
今日は、みなさんありがとうございました。
一同:ありがとうございました。
言論NPOの無料会員「メイト」にご登録いただくと、こうした様々情報をいち早くご希望のメールアドレスにお届けいたします。
ぜひ、この機会に「メイト」へのご登録をお願いいたします。
▼「メイト」へのご登録はこちらから
2011年5月23(月)収録
出演者:
松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)
明日香壽川氏(東北大学 東北アジア研究センター教授)
藤野純一氏(国立環境研究所主任研究員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第3話 中長期的に原発脱却をどう進めるか
工藤:それでは、引き続き話を進めます。先程、かなり白熱していたので、少し初めに整理をさせてもらいますと、今、日本にある54基の原発の中に、稼働しているものとそうでないものがあります。今の状況を継続したとして、先程のピークの転換を含めて行えば、一応、そんなに問題はないだろうという話ですね。
明日香:省エネは必要です。
工藤:省エネは必要だけど、とりあえず、問題はないだろうと。だけど、今ある浜岡原発は、停止ということになったのですが、原発を全部止めるとなると、何かしらの対応策を考えなければいけない、ということでよろしいのでしょうか。
松下:その前に、現在ある原発がどの程度安全であるかということを、きちんとチェックして、一定の国民的な合意をつくった上で、それからどうするかということです。
工藤:ということは、松下先生の場合は、チェックをして安全性が担保できない場合は、全て止めた方がいいのではないか、ということをおっしゃっているわけですか。
松下:ただちにそうなるとは思いませんが、そういうことを含めて、現在ある原発の安全性を改めて検討しなければいけないということです。
工藤:その場合、先程のエネルギーミックスはどうなるのですか。大丈夫なのですか。
藤野:それがいきなり起こってしまうわけですから、相当厳しいと思います。毎年1基ずつとか、5基ずつぐらい止めていくなら、何とか対処の仕方はあると思います。しかし、いきなり20基、30基が止まるとなると、2000万キロワットから3000万キロワットぐらいが無くなってしまう計算になります。この夏でも、東電管内では、みなさんが相当努力しないと、電力危機はやはり起こるのではないか、と個人的には思っています。
工藤:努力というのは省エネ努力ですね。
藤野:そうですね。再生可能エネルギーは太陽光とかも入るかもしれませんが、間に合わないので、それよりも自主的な自家発電などでもう少しサポートしてもらうということです。しかし、やはりピークシフトや、それぞれの努力は必要だと思います。
工藤:なるほど。でも、さっき、火力発電の止まっているものを稼働させると言っていましたよね。それを稼働させた場合に、今の原発を全て止めるというミックスは描けないのですか。
藤野:ギリギリですかね。
明日香:ギリギリなのは確かです。また省エネ努力というのが、嫌な努力なのか、意外にシステムを変えればできるものなのか、ということは、本当に制度設計次第と思います。
工藤:嫌な努力とはどういうことですか。
明日香:例えば、強制停電なども1つの省エネだと思います。ですが、例えば、夏の時期の電気代を上げますが、冬は電気代を下げるとすれば、トータルで見るとプラスマイナスはゼロなのですが、ピーク時の電力は下がります。それから、夏の昼の時間帯は、電力価格を上げると。そうすると、パチンコ屋さんは休業するかもしれませんが、本当に動かさないといけない病院などはちゃんと動かす。かつ、そういう必要なところに対しては、政府が何らかのサポートをする。色々なやり方はあると思います。
エネルギー政策の転換を市民は共有できるか
工藤:今の話を伺っていると、原発も半分ぐらい動いていない現状において、さっき言った経済の状況も維持しながら、この状況を維持するのはピークのシフトなどを考えれば可能だと。しかし、今動いている原発まで減らすという決断になると、エネルギーの供給について色々と考えないといけない、ということですね。例えば、火力発電にシフトするとか、中長期的には再生可能エネルギーにシフトする。そういうことの論点の作り方や理解でいいのでしょうか。
明日香:かつ、場所にもよりますし、省エネの制度をつくれるか、それを実行できるのか。という問題もあります。カリフォルニアでは、自分たちは原子力は嫌だということで、その代替案を自分たちで考えました。
工藤:それは誰がですか。地域の人ですか。
明日香:そうです、地域の人達が。サクラメントというところなのですが、そこで自分たちの省エネは、こういう風にしようということをどんどん出していきました。ある意味では、日本のエネルギー政策はこれまで、上から降ってきたものばかりだったので、我々の意識改革や制度改革も必要だと思います。
工藤:先程の東電や中部電力など、それぞれが地域独占という形態をとっていますが、その中でもエネルギーの発電量と需給ということの情報はあるわけですか。それに対して、こうすれば地域ごとに、今おっしゃったように、住民レベルで討議できるような材料はあるわけですか。
藤野:そこが、一番問題で、特に需要データというのが、なかなかありません。地域ごとに県レベルなどで、1年合計のデータはありますが、例えば、この工場や家庭でどれぐらい使っているとか、特に、時間帯でどのように使っているかなどのデータは、包括的にはありません。そうなると、先程のピークの話も、どこを押さえていけばいいかという時の問題も出てきます。実は、家庭の電力使用のピークは夜などに出ますから、昼のピークということを考えると、業務用のところや、産業用のところを中心にやっていく必要があります。やはり、敵を知らないと、対策をうまくとれません。そのデータは部分的にはありますが、包括的にはありません。
松下:どうしてないの。
藤野:1つは、電力会社も月ごとにしか検針をしません。スマートメーターなどを入れれば、各自で分かったりはします。
明日香:それが、スマートグリッドやスマートメーターという考え方です。ですが、今まで電力会社は、電力は沢山売れれば売れるほどいいということで、別に節電をしてもらいたくなかったわけです。
藤野:片や、太陽光発電をつけている家は、そういうのが見えるわけです。そうなると、自分の家で発電して、余った余剰電力は48円(キロワット時)で売れますから、そういうのを自分で見ながら売るなどは可能です。
工藤:なるほど、そういうところまでいかないと地域ごとに自分たちのエネルギーの将来を議論するということは、なかなか難しいですよね。
松下:それは、スマートグリッドなり、スマートメーターですね。オバマ大統領が提唱したのは、その辺りまで含めてのことですね。
藤野:ただ、計測するということは目前まで迫っています。その装置を各家庭に入れたり、その後のプライバシーの問題とかで、データをうまく集約させたりとか、そういう仕組みのところまでいけるかどうかだと思います。
工藤:そういう風な、政策的な取り組みというのは、まだ日本ではないわけですね。
藤野:ないですね。スマートコミュニティというような、地域レベルで取り組みはありますが、そこから更に法制度にしていくかどうか、というのはありません。
地球温暖化は原発推進の言い訳なのか
工藤:もう1つ話があって、さっき藤野さんもおっしゃっていたのですが、原子力発電を強化しようという理由の中に、地球温暖化対策や、化石燃料への依存を止めようという議論があったということですね。しかし、一部では、地球温暖化は原発推進の言い訳になっていたのではないかという議論があります。この辺りは、どのように整理すればいいのでしょうか。
松下:まさに、私たちに制御できないリスクが増えてきたのですね。その代表が、原子力であり、地球温暖化です。その両方を、着実に抑えていくべきだと思います。
工藤:地球温暖化と原子力の2つを抑えていくということですね。ただ、地球温暖化と言うことが原子力を進めていくための方便だったのではないか、というところまで議論はありますし、そう疑われるようなところはあります。
明日香:方便にしていた人はいます。かつ、どちらかというと、政策決定者には、そういう人が多かったのではないかと思います。
工藤:つまり、原子力発電を推進する側が地球温暖化を利用したという人がいるわけですね。
明日香:本音は、温暖化なんてどうでもいいのだけど、原子力発電は推進したいと。そこで、建前として温暖化対策を使えば、原子力発電が推進しやすくなる、と考えていたポリシーメーカーはいると思います。ですが、おそらく多くの温暖化対策を推進していたNGOなり研究者は、原発は1つの方策ではあるけど、one of them でしかなく、原発だけに頼るべきだという人は、ほぼ皆無だと思いますし、現実的にも、省エネ、再生可能エネルギーなど、スマートグリッドもそうですし、電気自動車もそうですし、色々な削減ポテンシャルを持つツールの中での1つでしかないのは確かです。
工藤:ただ、日本のエネルギー基本計画を見ると、原発をかなり増やすことと地球温暖化をリンクさせていますよね。何か、日本だけ突出している気がするのですが、いかがですか。
日本の温暖化対策が原発に依存した理由
松下:日本の場合は、エネルギー政策と環境政策が全く別に議論されています。環境政策は環境省がつくっていると思われるかもしれませんが、温暖化対策の重要な部分を占めるエネルギー、とりわけ原子力については、環境省からすると外生変数で、ほとんど関与できず、外で決められているようなものです。
工藤:コントロールできないわけですね。
松下:まさに、一部の関係者だけで閉鎖的に決められているエネルギー基本計画の決定過程そのものを変えないといけないと思います。
工藤:つまり、エネルギー基本計画をつくる人達、つまり経産省は、原発を重要視したいという意識が元々あるわけですね。
明日香:あります。その時に、温暖化対策としての優先順位は、実は低かった。でも、高いと誤解している人がいて、私も、原発推進の御用学者だとネットで批判されているらしいのですが、私は、自分ではそうは思っていません。多分、そう思われるのはなぜかというと、温暖化は起きていないとか、温暖化対策推進はけしからんという懐疑論の人達が、私のことを、温暖化対策推進=原発推進の御用学者なのではないか、との等式で結んでいるのですね。そんなことはないのですが、そういうことを思わせるような、日本の政策決定の在り方というのはあったと思いますし、そういうテレビの広告や新聞の広告があったのも確かだと思います。なので、非常に残念ですし、ねじれていると思いますが、そういう側面は否定できないと思います。
工藤:さっきの基本計画の時に、分離されて政策決定されたのかもしれないのですが、日本において、CO2を減らすために、やはり原子力発電に過大に依存しなければいけない、という論理構造が、なぜ生まれたのですか。世界は、そうじゃないのでしょ。
藤野:先程の、ヨーロッパ、北欧の方になると、最近出たIPCCの再生可能エネルギー特別報告書というのがあって、私も執筆委員をやっているのですが、その中で、再生可能エネルギーの割合を増やしたり、省エネもうまく進めれば再生可能エネルギー主体でも2050年の電力を賄えるというシナリオも出てきています。そういう意味だと、かなり再生可能エネルギーにシフトしているところもあります。日本の場合は、おっしゃったように、再生可能エネルギーを信用していないということだと思います。2020年だろうと、2030年だろうと大したエネルギーにはならないのではないか、というところもあると思いますし、本気で育てようとしていない。まだ、レベルは中学生ぐらいだと思います。コストは高いですし。
明日香:もう1つの理由は、電力会社の地域独占ということがあって、再生可能エネルギーなり、省エネを推進することは、その地域独占を壊すという懸念があったわけですね。だから、電力会社もやりたいと思いませんし、実際に、政府と電力会社の癒着構造というのもありましたので、当然、政府としてもそれほどやれなかったということがあると思います。
工藤:ということは、地球温暖化についても様々な議論が出ているのも確かなのですが、地球温暖化対策を進めるためには、原発でなくても、できるということなのですか。
明日香:逆に、原発があることによって、再生可能エネルギーなり省エネ政策がつまはじきにされた、ということが日本の現実だと思います。
松下:電力会社が地域独占で、送電線も持っているわけです。それに対して、独立した再生可能エネルギーを供給しようとする業者が電力を提供しようとしても、送電線を使わなければいけないわけです。その時に、地域独占の電力会社から、高い送電線料金を請求されたり、あるいは電力の質といって、安定性や蓄電装置の設置を求められて、結果的コストが高くなり、参入が妨げられているという事情があります。
再生可能エネルギーで原発を埋められるか
工藤:すると、さっきの話に戻るのですが、既存の原発を止めた場合に、それによって再生可能エネルギー、風力とか太陽光、バイオマスなどで埋めることは可能なのですか。
藤野:将来のシナリオ次第だと思います。我々も、経産省ではなくて中央環境審議会で、中長期ロードマップというのをつくってきました。それは、2020年に25%とか、2050年に80%、温室効果ガスを減らすとして、どのようなエネルギー需給をすればいいか、ということ、ある意味でエネルギー基本計画に近いようなものをつくっていました。
工藤:それはいつできたのですか。
藤野:それは、去年の12月28日に地球環境部会に答申されているのですが、閣議決定までは至っていません。まだ、日本では気候変動法が通っていませんから、気候変動法が通ると、そのアクションプランとして、ロードマップが役に立ってくるのですが、残念ながらそのプロセスにまだ入っていませんから、黙殺されている状況です。
工藤:すると、今のエネルギー基本計画は去年の6月に閣議決定されましたが、その後、中央環境審議会からそういう計画が出され、実際にあるわけですね。
藤野:あります。その中のシナリオの1つとしては、2050年に、将来原子力を無くしても、何とかエネルギー供給ができるかどうかということです。但し、経済成長自体も若干抑え気味なシナリオにはなり得ますが、違うパラダイムに変えることで、その可能性はあるということを示しています。
工藤:2050年に同じようなCO2の削減をベースにしてということですね。
藤野:そうです、80%削減で、原子力発電はゼロという試算です。
工藤:その時、なぜ、原子力発電はゼロということを想定したのですかね。中央環境審議会は。
藤野:1つの考えとしては、今、2011年ですが、例えば原発の寿命を40年とすると、2050年には必ず無くなってしまいますから、そうするとフェーズアウトしてしまいます。
明日香:幾つかのシナリオの中の、原発を無くすシナリオですね。
工藤:無くすシナリオがそういう風にあるわけですね。
明日香:問題なのは、それがコスト的に大丈夫かどうかという話なのですが、先程も出たように、コストの価格の構造はこの10年、20年、30年で大きく変わりました。それは、できるかどうかではなくて、やるかやらないかの問題だと思います。おっしゃるように、日本のシステム全体を変えなければいけないですし、がんばって変えれば、カリフォルニアや、他の成功している国のように、新しい雇用も獲得できて、CO2も減って、GDPも増えるというデカップリングが可能になるかと思います。そこは、色々な先例を勉強して、できるところは取り入れてやるしかないと思います。
工藤:そろそろ時間も迫ってきたので、最後の質問です。確かに、エネルギーの構造を見直すということは、原発問題について安全性も含めて今後どうするのか考えなければいけない。そのためには、今までのエネルギーの投入をベースにした社会構造をどう変えていくかなど、色々な問題に迫られていると感じました。この問題は、かなり歴史的な重要なタイミングに入っていると思うのですが、みなさんは、この局面をどう認識され、何を考えるべきとお考えでしょうか。1人ずつお話いただけますでしょうか。まずは、藤野さんからお願いします。
藤野:やはり、なぜエネルギーが必要なのか、ということをもう一回見直さなければいけなくて、先程おっしゃったように、今までは経済成長のために、エネルギーを増やさなければいけないということだったのですが、それは途上国型の発展です。そこのパラダイムを変えていく、エネルギーが無くても経済発展できる道を、今まさに探るチャンスだし、日本はそのステージに入っていると思います。
明日香:他の国もそうだと思いますが、日本の場合、色々な神話なり、タブーがあったと思います。原子力もそうですし、技術神話もそうですし、安全神話もそうだったと思います。日本の政治も色々文句を言う人も多かったのですが、何となくうまくいってきたのだと思います。しかし、その根底にあって神話と考えられてきたことが、神話では無くなったのはどうしてなのか、その後、どうすればいいのか、ということを国民一人ひとりが考えるべきだし、そのために、ただ政府を批判するよりも、自分たちでこうしようという風なイニシアティブをとるような動きができればいいな、と思います。
松下:再生可能エネルギーは、高いし、不安定だし、信頼できないということ自体、神話だと思います。ドイツの例を見れば、いろいろな政策手段を導入することにより、10年かければ十分増やすことが可能です。そういう制度づくりと、地域づくりと、雇用づくりと、新しい産業構造をつくる。それを組み合わせれば、できるわけです。また、そうするしか選択肢はないと思います。
工藤:松下先生にもお願いしているのですが、言論NPOでは、政府の環境政策の評価をやっているのですが、政府は地球環境に対する目標設定を含めて、この震災の前からすでにだんだん後退していましたよね、ずっと。今回の原発の問題は、環境やエネルギーを考えるきっかけになりますよね。
松下:新しい発展のきっかけとするべきだと思いますね。
藤野:アジアにいい例を見せないといけないと思います。中国でもこの件はかなり熱心にフォローされていますし、インド、タイ、インドネシア、マレーシアなど、そういう国が、今の日本と同じ発展のスタイルをとってしまうと、資源の供給は間に合いません。
明日香:ある意味では、今の日本は、途上国と全く同じなのですよ。エネルギーの選択肢があって、安い石炭を選ぶのか、安いと思われていた原子力を選ぶのか、それとも高いと考えられている再生可能エネルギーを選ぶのか。日本は、途上国に対して、再生可能エネルギーにしろ、省エネをしろと言っていました。そう言っていた日本が、そういう状況になって高炭素復古のような違う道を選んだら、国際社会に対して、全然、説得力はないと思います。
松下:むしろ、韓国や中国のほうが先を行っていると思います。韓国は大統領が率先するグリーン経済によって、環境や再生可能エネルギーへの大規模な投資で経済の発展と国際競争力の強化を狙っています。中国も太陽光や風力発電の拡大は目覚ましく、特に風力発電はアメリカに次いで世界第2位、中国の太陽光発電メーカーも世界の市場で強力な攻勢をかけています。
明日香:そこも神話なのですよ。
問われているのは僕らの未来選択
工藤:なるほど。僕は今日の議論で、目から鱗ではないのですが、僕たちが普段当たり前だと思っていることを、考え直さないといけない局面にきたのだなと。明日香先生が言っていましたけど、僕たち自身がエネルギーや環境のことを考えなければいけないということですね。そこに、僕たちの生活や将来がかかっている。そういう段階にきたのだなという風に、今日の議論を通じて感じました。引き続きこの議論は行っていきます。
今日は、みなさんありがとうございました。
一同:ありがとうございました。
言論NPOの無料会員「メイト」にご登録いただくと、こうした様々情報をいち早くご希望のメールアドレスにお届けいたします。
ぜひ、この機会に「メイト」へのご登録をお願いいたします。
▼「メイト」へのご登録はこちらから