被災地の農業をどう復興させるのか

2011年6月28日

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 まず代表工藤は、「今回の大震災による農林水産関係の被害は1.8兆円」、農地の冠水は2.4万ヘクタールが冠水し、さらに原発事故による放射能汚染や風評被害が追い打ちをかけている」と今回のテーマに関わる問題を提起し、今回は、①農林水産関係の被害の実態をどう見ているのか、②農業の復旧に向けて何が求められているのか、③農林水産業の復興に向けて、どのような方向を目指すべきなのか、そのためにいま、何を始めなければならないのかの三点について議論が行われました。

 まず、被害の実態について、生源寺氏は、「津波やそれに伴う塩害によって、生産基盤である農業が物理的に完全に破壊されているが、それと同時に、農村の集落も壊滅的な影響を受け、暮らし自体が破壊されている」と述べました。増田氏は、「今年のコメは原発とは何の関係もないにもかかわらず、東北産というだけで忌避されてしまう」として、原発事故による風評被害の根の深さを指摘しました。また、農業技術に詳しい丸山氏は、被災地の農地では瓦礫の撤去はある程度進んでいるとした一方で、「水田は海水浸しになっており、その海水を抜く作業がいつまでに出来るのかが見えていない」と指摘し、農業の復旧に目処が立っていない現状を明らかにしました。

 第二の点について、増田氏は、大きなビジョンは徐々に描かれ始めているとしながら、「まずは来年田植えができる農地を興すことが重要」として、今年の8月までにその方針を国が描くべきと述べ、丸山氏は、「二万ヘクタールの水田の状況は、地形や標高によって一様ではない。塩分濃度を図り、復旧できるところから順番に再開することが必要」と語りました。さらに生源寺氏は、土地改良や農地の権利調整、技術指導などにおいて多種多様な組織が利害調整に当たる農業特有の特徴を説明し、「全体の構想があって各々が何をやるべきかを指し示して足並みを揃えてやっていくことが出来ていない」と懸念を表明、「点」ではなく、「面」としての復旧が求められていることを強調しました。

 最後に農業復興のための今後の方向性について、増田氏は、岩手県知事として東北の農業をみてきた経験から、東北地方が極めて優良な農業地域であることを強調し、「何年かけても、ここで強い農業経営をつくるということを、できるだけ早く意思統一することが必要だ」と語りました。生源寺氏は、「強い農業をつくる声が、現場から出てくることが大事。現場からの動きが現状では「点」でしかないため、これがもう少し面として立ち上がってくるような環境を作ることが大切」と述べ、そのために、旧村ほどの広がりの中で、住民同士が農業の復興について話し合う場を設けることが急務との認識を示しました。最後に丸山氏は、「強い経営が地域を守る」と強調、高齢者が生活する場としての農村と儲かる農業を両立させるためにも、「大規模農業の経営が地域を支えていくように、頑張ろうとする経営者を応援する、邪魔しない様にすることが必要」と述べました。

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第1部 被災地の農業をどう復興させるのか

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤秦志です。さて、言論NPOでは、3月11日の東日本大震災以降、「言論スタジオ」と銘打ち、様々なテーマで議論を行っています。今夜は、『被災地の農業をどう復興させるのか』と題して、話を進めていきたいと思います。



 まず、ゲストのご紹介です。言論NPOのマニフェスト評価委員で農業分野を担当してもらっています、名古屋大学大学院生命農学研究科教授の生源寺眞一先生です。よろしくお願いします。

生源寺:よろしくお願いいたします。



工藤:次に、農業技術研究陣営の第一人者で、東京農業大学客員教授の丸山清明さんです。よろしくお願いします。

丸山:よろしくお願いします。



工藤:最後に、前の岩手県知事で総務大臣も務められた野村総研顧問の増田寛也さんです。よろしくお願いします。

増田:よろしくお願いします。



工藤:さて、東日本大震災からの復興について様々な議論を行ってきたのですが、もう1つ考えなければいけない大きな問題が、農林水産業の復興の問題です。これは、5月16日の数字なのですが、農林水産の被害がその時点で1.8兆円。特に農業関係で見ると、2.4万ヘクタールが津波で海水に浸ってしまったということです。その中で水田が2万ヘクタール。それから、原発事故での放射能汚染の影響もあり、出荷制限や風評被害など、農業問題は非常に大きな事態になっていると思います。

 この他に、漁業や林業もかなり深刻な問題に陥っているという状況があります。この問題をどう解決しているのかが、今回のテーマです。まず、みなさんが被害の実態をどのようにご覧になっているかということから始めたいと思います。農業以前に農村が破壊された

生源寺:私自身は、実際に現場を見たのは、宮城県の平坦地なのですが、岩手県、福島県にも色んな被害が広がっていますが、先程の海水に浸った2万4000ヘクタールのかなりの部分は宮城県の平坦部です。実際に、5月の始めに被災地に足を踏み入れて現場を見てきましたが、とにかく言語を絶するというか、言葉を失うような状況でした。

 それで、多少は揺れの影響もあるとは思いますが、やはり津波の影響が非常に大きい。一気に押し流されてしまって、水田であったことは分かりますが、瓦礫が散乱している状況でした。私が行った時は、震災から既に1カ月半以上経過していましたが、それでもかなり瓦礫が残っていました。それから、いわゆる塩害という形で言えば、おそらく津波を被ったところは、大なり小なり塩害の状況にあると思います。その中でも、私が非常に印象深かったのは、例えば、道路を走っていくわけですが、その道路が最終的な堤防の役割をしていて、道路の左端は見るも無惨な状況なのに、ところが右端は全くの無傷というところもありました。ですから、今回の震災の場合、本当にひどい状況のところと、幸いにも無傷であったとところの差が、非常にはっきりしているということがあります。

 それから、生産基盤が物理的に破壊されていますから、農業の被害ということはもちろんですが、同時に農村の集落が壊滅的な状況になっているわけです。一番ひどいところは、本当に根こそぎやられてしまっています。そうでないところも、半壊・全壊という状況ですから、農業の問題以前に農村というか暮らしも破壊された、こういう言い方ができるかと思います。それと、もう1つ別の要素を持っているのが、福島の第一原発の影響かと思います。これは、まだ最悪の状態から脱していない状況が続いていますし、食品、あるいは農産物や水産物に対する世界の日本に対する信任が無残に崩れたという意味では、オールジャパンの問題でもあると思います。


工藤:増田さんも結構、東北に行っていますよね。農業を立て直すには国に役割が大きい

増田:今、生源寺先生がお話しになったように農業の被害は大きく、被害は仙台平野を中心に出ています。

 私は岩手県の知事をしていましたから、隣県から見ていたことが多かったのですが、米はひとめぼれをつくっているのだと思いますが、非常にいい米の産地です。後、名取市辺りは、カーネーションの大産地です。これは、少し内陸に入っていたところかもしれませんが、5月の母の日のあたりに、ごく僅か残ったカーネーションを被災地の脇の道路で売っている姿がありました。本来であれば、カーネーションをその時に合わせて市場に出す、東北では有数というか、一番の地域で、日本でも1、2を争う産地だったと思います。で、秋にかけて菊などの栽培が行われているような地域です。いずれにしても、水田・農業・花卉栽培などで、非常に強かった地域ですから、これをどういう風に元に戻していくのか。更に強いものにしていくかということが、産業の復興を考えると非常に重要な問題だと思います。沿岸地域の水産業の問題も非常に重要ですが、特にこの農業の問題をきちんと考えていく必要がある。

 もう1つは、今、少し話題になりましたが、原発ですね。この風評被害がとてつもなく大きいわけですが、例えば、岩手県の水産物では、戦略的に海外の方に出していた物が、全部お断り状態になっているわけです。農業についても同じような扱いになっています。お米は昨年の秋に収穫しているわけで、本来は原発とは全然関係ないわけです。ただ、名前が宮城県とか岩手県とか、東北だということだけで、もう勘弁してくれという状況になっています。

 私は、農業を被災地域できちんと再興させなければいけないと思っていますが、産業については2つ課題があると思っています。モノ作りについては電力が非常に不安定です。これは、冷蔵施設の関係もあり、水産についても言えることですが、農業もその影響は免れないと思います。あと、食べるということについては、風評被害が計り知れない大きな影響を与えてくるのではないでしょうか。ですから、農業を元に戻すということについては、やはり、今の産業の状況からいうと、国が中心となって、財政支出を考えていかなければならない部分が多いと思います。一方で、風評被害についていえば、これは国際的な枠組みでこの問題を考えていかなければならない。ただ、国の信頼感も全く地に落ちているというか、日本政府自体がこの間、ひっくり返っていますから、非常に、根が深い大きな問題だと思います。

工藤:丸山さんは農業技術部の面で、色んなことを研究されていると思うのですが、ここまでの被害というのは、これまでに体験されたことありますか・

丸山:いえ、全然ありません。

工藤:どのような状況に見えていますか。

丸山:2万ヘクタールが一瞬にして塩水に浸るそれだけではなくて、その後、津波によって水路や、ビニールハウス、もちろん住宅も次々となぎ倒されている。それから、農機具は雨にあたるぐらいならどうってことは無いのですが、塩水に浴びてしまうと、機械モノは大変弱くて、外見は大した傷がないようなのですが、実際には使えない農機具が沢山できてしまう。ところが、体力のあまりない高齢者の農家が、高いトラクターを買えるか、という問題があります。あるいは、水路を直すといっても、これまで延々と築き上げてきたものを、またつくり直さなければいけない。大きな技術的な問題点があろうかと思います。また、原発の方は、別の技術的な問題点が生じています。例えば、セシウム137という放射線同位体は、カリウムと間違って植物の中に入り込んでしまいます。そうすると、それがまた人間の口から体内に入っていく。あるいは、ストロンチウム90は、カルシウムと間違って体の中に入っていく。しかも、両方とも半減期が30年という規模ですから、ヨウ素131のように1週間経てば半分になるというようなものではありません。実際に放射性物質が一部とはいえ、大体20キロ圏に拡散してしまっている。これをどうするか。ただ、拡散した放射線物質というのは、表面にあるわけです。ですから、昨日も中央農業総合研究センターが表面の土を剥がして、その上で代掻きして田植えをしたら、どのぐらい稲が放射性同位体を吸収するかということをやっています。ただ、まだそのような段階で、しかも時間がかかる。津波とはまた違う、技術的に解決しないといけない問題を抱えていて、非常に頭が痛い状態だろうと思います。


水田の回復と農地の「除塩」をどう進めるか

工藤:この農業の問題は、今の原発関連と、塩水を被った水田をどのように回復させればいいかなど、その解決するためのアジェンダによって、色々異なってきます。今日は、特に、津波の影響で壊れてしまっているというか、塩害にあっている問題をどう直していけばいいのか、というところについて、話を集中させていきたいと思います。原発の問題は、また別な時にやろうと思っています。

 さて、結局、農地の復旧ということは、瓦礫やヘドロを除去して、塩を抜かなければいけない。それについて話を聞いていると、3年ぐらいはかかるとか、かなり時間とコストがかかるという話を聞きました。僕も東北出身なのでよく分かりますが、かなりお年寄りが多いですよね。つまり、今、農業の復旧に、これからまだ何年もかかっていくという状況の中でやっていくと、かなり大変な作業になるわけですよね。
政府はこの前の第一次補正で、色々な対策をやったのですが、今の対策の方向というのが、次の復旧なり、再生の糸口になっているのでしょうか。生源寺先生、どうでしょうか。

生源寺:2万4000ヘクタールのうち、2万ヘクタールは水田で、かなり塩水を被っていると。近頃は、ほとんど説明なしに使われるようになった「除塩」という作業が必要です。これは、丸山さんの方が詳しいと思いますが、水を湛えて、その中に塩を含ませて排除するようなことを繰り返し行うことになるのですが、原理そのものはそんなに難しいわけではありません。問題は水を湛えて、その水を排水するというオペレーションをできるかどうか。宮城県の平野部は元々低い地域ですから、海からの水を防ぐために堤防ができているわけです。それから、農業用水もそうですが、中に貯まった水を外に出すためにポンプで強制排水をしていたわけです。そのポンプがほとんど壊滅状態なわけです。そうすると、通常の農業用の水を排水するということも、もちろんできないわけですが、除塩の作業のための水の供給なり、それを外に出すということができないわけです。ですから、順番としては、排水ができるような形の基幹的なインフラをまず整備して、その後、除塩の作業をするということだと思います。今のところ、幸いにもポンプが壊れていなかったところについては、除塩の作業を既にやられていて、おそらく、先ほどの一次補正で3分の1ぐらいまで除塩の作業ができればいいな、ということだろうと思います。ただ、その後のポンプがどうにもならないところについては、まだ絵が描けていないのではないか、と思います。

 今、工藤さんがおっしゃったように、お年寄りの方、あるいは、お年寄りではなく働き盛りの若い人にとっても、いつ復旧・復興の目処がつくのかという時間的なスケジュール感というものが非常に大事だと思います。いつになったらどうなるのかということが分からない、ということが一番厳しい状況だと思います。

工藤:丸山さんに、技術的なことをお伺いしたいのですが、水浸しになった農地については、何をしなければいけないのですか。

丸山:水浸しではなくて海水浸しですが、普通の水浸しだったらそんなに悩まないわけです。これは、海水を抜くということは、例えば、八郎潟の干拓とかが挙げられます。あれは、元々塩水でしたが、今は、あそこは立派な水田になっています。何をやったかというと、やはり、ポンプで塩を抜いて、数年で真水になりました。ですから、同じように数年かかってしまうかもしれない。ほとんど平坦地ですから、せっせとポンプで抜かないといけない。真水は用水から入れるか、あるいは雨を期待するか。やがては塩の濃度は下がってきますが、それをいつまでできるのか。先程、生源寺先生がおっしゃいましたが、その工程ですよね。例えば、3年後には平気だと思えば、みんな納得してくれるとは思うのですが。

工藤:それが、いつまでにできるかが見えないわけですか。

丸山:排水作業をやっていないところは、結局、塩水が貯まったままになっているのではないでしょうか。

工藤:塩水がずっとあると、つまり、塩水が残っている時間が長ければ、どんどん土地がダメになるとか、そういう感じなのでしょうか。

丸山:土地がダメになるわけではありません。塩水を抜けば、また元に戻ります。それをどのぐらいのスピードで、できるのかということです。そのために、どれだけ努力ができるかということです。

工藤:今は、瓦礫や土砂がまだあるのですよね。
増田:かなり整理はされてきたと思いますが、まだ少しあると思います。

丸山:あと、水路がないと水田にはなりません。

増田:今、生源寺先生がおっしゃいましたが、私が見に行ったところも、要するにポンプが徹底的にやられていました。だから、下の方が水に浸かっている。上の方はまだ浸かっていないのだけど、ここの田んぼに水を入れると、下の方に水が流れてきて、整理できなくなってしまう。

生源寺:水が捌けないところですね。

増田:だから、津波での被害をかろうじて受けていなくても、通常であれば水を入れて田植えをできるところが、今年1年はできない。と、いうことで、被害がもっと拡大している。だから、農業者にとってみると、大変な状況になっています

工藤:それでは、ここで一旦休息を入れて、話を進めていきたいと思います。

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第2部 農業や農村復興の「主役」は誰なのか

工藤:東北地域の海水に浸されてしまった農地をまさに応急措置といいますか、ちゃんとした水田に戻せるのか。少なくとも、その展望が見えているのか、見えていないのか、というところをもう少し話していただきたいのですが、生源寺先生いかがでしょうか。


全体の構想下で足並みが揃っていない

生源寺:これは、見方を変えますと、国あるいは県、つまり中央政府・地方政府が責任をもってやることと、まさに、現場の農業者、あるいは住民の方がボトムアップ式にやるべきこと、そこをきちんと仕分けをする必要があるのだと思います。

 私自身は、排水のポンプとか、あるいは基幹的な道路や水路は、これはもともと国や県が土地改良事業などでやってきたことですから、その復旧については、国あるいは県が責任を持ってやる。また、ある時間軸の中で、このぐらいのところまで復旧するのだというようなかたちでやっていく必要があると思います。私は、よく面としての復旧、あるいは復興という言い方をしているのですが、個々の農業とか、あるいは宅地も含めた農村の復旧というのは、その地域の方々が、意欲なりアイデアなりを持って、あるいは持つことができて、それで色々な困難に立ち向かうということが大切だと思います。地域の人たちが意欲を持って動けるように、その働きかけを、どういう形でできるかという問題があると思います。今の話は、農業以外についても同じで、インフラの問題と個々の企業なり、生活者の立ち直りというのは、基本的にはそういう構図だと思います。

 農業が難しいのは、間に色々な組織が絡んでいることです。例えば、土地改良区あるいは水利組合などは、末端の100ヘクタールの田んぼに水をやる水路の管理というのは、大体その地域の人々が共同でやっているわけです。それが、きちんとした組織になっているのが土地改良区です。それから、今後、農業を止めるという人が出てくることは、当然予想されるわけです。ということになれば、これは農地の権利関係の調整になりますから、農業委員会がやるわけです。あるいは、技術指導となれば県が行いますが、農業改良普及センターとか、もちろん農協もありますよね。ですから、色々な組織が農家をまとめるようなことをやってみたり、あるいは調整するようなことをやっているわけです。

 今、私が危惧しているのは、それぞれの組織は一生懸命やっているとは思います。ところが、全体の構想があって、それぞれが何をやるべきかということをきちんと指し示して、その下で足並みを揃えていくという感じが、あんまりできていないことです。

工藤:今の話は凄く興味深いのですが、そういう色々な人達が、バラバラになってしまっている状況ではないのでしょうか。

生源寺:それぞれが色々なことをやっているのは間違いないです。ただし、組織そのものが壊滅的な状態になっているケースもあるわけです。役場が機能していないところもあります。そこはきちんと実態を踏まえて、回復するなり補強なりをする必要があると思います。

工藤:それは、まさに今の災害復興・復旧という大きな目的に沿って、機能しているか。機能していなければどうするかという問題です。増田さん、この辺りはどう考えますか。


まず農地で米を作れる状態に戻す

増田:私が行った時も、普及員の人達が塩分濃度を測ったりしていましたが、農協は農協で入っていると思いますし、農業委員会は農業委員会で次の権利調整の時に活躍してもらわなければいけない。それぞれの組織がそれぞれ思いを持ってやっているのだと思います。国は、とりあえず除塩については、従来の補助を換算して10分の9を出すことになっている。これは、1つのメッセージとして、除塩であそこの農地を元に戻すのだということは、額は別にしてある程度伝わっていると思います。

 そういった、とりあえずの応急的なことで、私はとにかく水路を元に戻して、早く排水ができるようにすることが一番急がれると思うのです。その辺りの計画をきちんとつくる必要がある。それから、経営形態はどうなるかは別にして、農地で米がちゃんと作れる状態に戻す、ということを、まずきちんと伝えることが非常に重要です。結局、二重ローンというか、今でさえ、農業機械については1000万円とか高い機械ですから、何らかの借金を背負っているわけで、2、3年我慢できずにお手上げだとか、息子が後を継ごうと思っていたけど諦めるとか、そういう気持ちを萎えさせるようなことが決してないように、色々な人達がそれぞれの役割で農地を元に戻すようなことに向かっている、ということを伝える必要があると思います。

 今は、応急段階だから、農地の除塩を徹底するし、利水排水の施設はきちんと可能な限り早く戻す。これについては、公的資金や農協の資金、系統の資金とか色々と入れるべきだと思います。それをやって、3年かかるものが、梅雨の時期に沢山雨が降れば、場合によっては2年ぐらいで使えるところが出てくるかもしれない。その間に、今後の本格的な議論、つまり経営をどういう風に前に進めていくかという話し合いの枠組みをきちんとつくるということが大事なのだと思います。

工藤:今は、その方向で動いているのですかね。

増田:まだその手前だと思います。一次補正でもそれほどきちんとしたものは入っていなくて、二次補正に回しているものが多い。

工藤:この除塩とか、利水排水はいつまでに回復させるとか、その目処は見えているのでしょうか。

丸山:よくわかりませんけど、多分、2万ヘクタールの水田は、同じ状態ではないと思います。少し高いところは雨だけで除塩できるところもあると思います。ですから、雨の降り方、海水がどのぐらい滞留していて残っているのか、今だって満潮になれば、海水が入ってくるところもあります。そういうところは、堤防から作らなければ話になりません。ですから、地形によって相当変わってきます。ただ、塩分濃度は簡単に測れますから、それを見ながら、このぐらいだったら稲作ができるとか、畑作ができるとかについては教科書の世界になっていますので、できるところから順番に再開することが必要でしょう。


除塩や利排水の回復の全体像はまだ見えていない

工藤:生源寺さん、こういうことをいつまでにやるということを、政府は言っているのですか。

生源寺:今の一次補正で、大体何千ヘクタールまでは除塩は可能だろう、という見通しはあります。ただ、全体像は描ききれていない。つまり、どういう被害の状況で、どこをどうすればというところまでの調査はほぼ終わっていると思います。ただ、これはそれに使えるリソース、予算があるかということとの相談になってきますから、それとの兼ね合いでどれぐらいのスピードでやるのか。あるいは、地域によってはかなり地盤沈下していますから、完全に元のような水田に復旧することがいいのかどうか。例えば、水田だけれども、時には水が被ることも覚悟するようなタイプの土地利用ということもあるかもしれません。ですから、ある程度は目処が立っていますけど、タイムスケジュールを含めた復旧の全体像を描いているというところには、まだいっていないと思います。

工藤:本来は、それは誰が描くものですか。

生源寺:基本的には国、あるいは県です。当然、土地改良事業については、関係農家の方の同意を得るということはあります。その手続きは、ある程度簡略化できると思いますが、地元の意向を無視して行うことはできないわけですから、そこもまだですね。

工藤:目処が立たない地域では、何もつくれないという状況がずっと続いていく、ということになるのでしょうか。

生源寺:除塩が必要なのに、それが全くでいないということになれば、そのままという状況だと言わざるを得ないと思います。

増田:宮城県が具体的な復興の計画を案としてまとめていますが、あの絵を見ていますと、一番海岸に近いところに堤防を造って、その内側に道路を造って、さらにその内側に鉄道を入れて、三重ぐらいで市街地を守るようになっています。今まで住宅用地だったところが、農業用地として使おうとか、大きな絵が段々描かれてきたと思います。ただ、道路については国がどこまで事業をやるかということと、非常に密接に関係してきます。

工藤:大きな方針は誰が決めるのですか。

増田:やはり、国が大きな方針を立てる。それは、国土保全とか防災の関係ですから、堤防の高さをどうするかとか、最終的には国が決めることになるので、その辺りが8月ぐらいまでに大体の方針を決めるような話をしていました。

 それまでに県でも絵を出そうということを言っているようです。いずれにしても、夏までにそういったことを決める。大きな田んぼが2万ヘクタールぐらいあるわけですが、来年のあるいは再来年の田植えまでにどうするか。場所によっては、来年は少し田植えができるところも出てくるでしょうし、あるいは3年ぐらい先になるところもあるでしょう。とにかく、来年田植えができるところを元に戻す、というところから始めて行くことが必要になるのではないでしょうか。

工藤:これはどうなるのですか。来年、再来年までという形になると、農家とか日本全体の米の生産量とか、どうなるのでしょうか。影響はあるのでしょうか。

丸山:お米に関しては生源寺先生の話になると思うのですが、全体としては、がんばれば宮城や福島にそれほど期待しなくても生産はできる、そのポテンシャルはあるだろうと思います。ですから、国全体というよりも、むしろその地域の農業がどうなってしまうのか。そのことで考えるべきだと思います。単に供給という話はないと思います。

工藤:次の何年後に向けて復興が動いていくという時には、農家の意欲などは、どうなっていくのでしょうか。


政府の出口に向けたメッセージは弱い

生源寺:これは、私が説明できる立場ではないのですが、とにかく打ちのめされて、今ようやく、何とか立ち直ってきている人がいるというところだと思います。

 ですから、繰り返しになりますが、どれぐらいのスケジュールでということが重要だと思います。もちろん、当座の生活の資金などの支援は当然ですが、むしろその後のデザインができるか、その土台をどうやってつくるのか。そういう意味で言えば、現場の復興の仕組みをどうするかということもありますけど、先週もある会議の場で、農水大臣と立ち話的な話をしたのですが、今、宮城県あるいは岩手県、福島県もそうですが、県レベルで復興についての構想を具体化しているわけですよね。国は国で、6月に復興会議の1つの方向性が出す。そのすり合わせをきちんとする必要があると思います。つまり、理念はいいのですが、具体的にどうやっていくかということになると、まず、国と県の間で齟齬がないようにする。例えば、スケジュール感と言っても、国の責任でやるべき基幹的な設備があって、その元で枝葉になるところは県がやるとか、そういう部分もありますので、そういうところは、シンクロナイズドというか、調整して手順が前後にならないようにとか、基本的なことについて詰める必要があると思います。それがあって、ここは申し訳ないけど3年待ってもらうしかないとか、あるいは、ここはもう少し早くできるとか、農家に対する説明はそういう形になるのだと思います。そこがまだ弱い、ということが率直なところです。

工藤:増田さん、今回の震災にたいする政府の取り組みは、全体的に遅いのですが、農業の問題についても遅れているという認識でよろしいのでしょうか。

増田:避難所にいる人の命をきちんと守るという面では非常に遅れています。農業については、基幹産業の姿をどうするかという話でもありますから、ある程度、時間はかかると思います。今、生源寺先生からあったように、国の意向と県の意向、市町村の意向、それから、様々な農業団体の意向が多重に分かれているので、それぞれについてすり合わせをしていく。田植えの時期は、来年の春とか再来年の春ですから、少しそこのところは時間があります。ただ、今、大事なことは東北の農地をきちんと元に戻して、必ず使えるようにするということ、です。そのことをきちんと決めて、後はやり方の問題。経営形態が強くなって、それで農業者に一番収入が入ってくるようなやり方を工夫する、そのことをきちんと決めれば、私は今いいのだと思います。まだ、そこまではいっていないのですが、それは8月に決めれば十分メッセージとして伝わると私は思います。

 だから、除塩とか色々なことがでてきましたが、私は二次補正をできるだけ早くやって、2万4000ヘクタールの土地を守るということは、二次補正の額の中に排水にかかる費用などが入ってくることが、そういうことにつながるわけですから、具体的なメッセージとそのための予算をどんどん入ってくる、ということが大事だと思います。

工藤:二次補正の中ではその流れになっているのでしょうか。

増田:この間も、財務省の人が勉強に来て、主に水産業の話でしたが、あそこの基幹産業が一次産業なので、これはできるだけ早く元に戻さないと、全体の産業が死んでしまうという認識を持っていました。相当のことは考えているのではないでしょうか。

工藤:いよいよ、次は、東北の農業をどういう風に復興させるかという本格的な議論に入りたい、と思います。その前に少し休憩を入れたいと思います。

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第3部 強い農業をつくろう、という現場の声こそ大事

工藤:休憩中にも議論が弾んでいたのですが、さっき増田さんが2.4万ヘクタールの農地をとにかく早く回復させるということを合意して、目標にするべきだという話があったのですが、そういう目標の立て方でよろしいでしょうか。同時に、強い農業をつくっていかなければいけないということもあるのですが。

増田:人によっては、内陸部の方では遊休農地もあるぐらいで、そちらの方までは津波はこないわけですから、あそこの土地を農地として、被災農地については除塩でお金もかかるし、農地で存在させるのは止めにして、内陸の方に移った方がいいのではないかとか、色々な議論がないわけではありません。

 ただ、私は、隣県の知事としてずっと眺めてきましたが、宮城県は生産性の高い極めて優良農地です。これは、お二方のご専門家の方々にお聞きすればいいと思いますが、私から見ても、非常に優良な農地で、3年ぐらいで除塩も終わると思うので、きちんと元に戻して、強い農業経営ができるようにするということが大事だと思います。それについて、できるだけ早く意思統一をするということが、今後の強い農業をつくるためにも必要と思います。


実際に経営するのは現場の農業者

工藤:生源寺さん、どうでしょうか。今の、農地を戻すということと、強い農業をつくるという流れ、あるいは道筋が、今の政府の中で描かれていっているのでしょうか。

生源寺:高付加価値、あるいは低コストの農業ということも、政府は掲げているわけです。それはそれで、私も異論はないし、違和感はありません。が、強い農業をつくるという声なり動きが、やはり現場から出てくることが大事だと思います。

 今のところ、ビジョンを国や政府が語る、あるいは県が語る。しかし、最も大事なのは、非常に力強い現場からの動きです。例えば、イチゴの栽培されている方々が自ら立ち上がる話とかあるいは、生産組織の話とかもあります。こうした現場からの動きは、まだまだ点に過ぎないと思います。もう少し面として立ち上がってくるような環境をつくっていくということは、大事だと思います。

工藤:なにが必要ですか。

生源寺:集落が農村の1つの単位ですが、私は、集落だと狭すぎるような感じがします。平成の合併の後ですから旧村といいますか、小学校区ぐらいのひろがりの中で、一度、どういう形で地域の農業を立て直していくかということについて、話し合う場をつくる。今は、避難しておられる方もいらっしゃるわけですから、話し合うこと自体が難しいのですが、そういう場をつくる。地域の中には、もともと農業者の夢もあったのだろうと思います。それがなかなか実現できなかったということもあるのだろうと思います。それを、心ならずとも、ある意味で条件がリセットされたわけです。これをうまく利用する。私は、震災を外の人間が利用するかのような議論をしてはいけないと思います。

工藤:震災を利用するな、ということですよね。

生源寺:言い訳にしたり、あるいは日頃からの自分の主張を通すために、震災を利用するとかいう話も無くはない。それは、やはり、慎むべきだと思います。ただ、被災者は禍い転じて福となす権利があるのだと思います。だから、これまでは夢としてあったけど、なかなかできなかった。ある意味でリセットされて白紙で描くことができるような状態になって、これならば、ということがあると思います。そこは、そういうことを議論しあうような、あるいはリーダーシップをとるような人が先頭を走っていく、こういう形が生まれるような環境なり枠組みをつくるということが、市町村、県なり、国がやるべきことで、舞台はつくるけど、実際に経営をするのは農業者なわけです。集落を再生するのも、そこに住んでいる住民ですから、最終的には住民が決めないといけない。


政策の基本は、現場の頑張りを支えること

丸山:結局、日本全体の構造としては、高齢農家があって、一方では、若くて30ヘクタール、40ヘクタールの農地を持ち、人を雇って法人経営などで頑張っている経営者はいるわけです。一方では、お年寄りで自給的に食べて、地域を支えている。大部分は小さな土地をやっているのですが、今は、だんだん二重構造になりつつあって、農業で儲けるのだというところでは、必ず息子が後を継いで、嫁さんが来ているというたくましい農家もでてきています。震災にあったけど、そういった若くても頑張っていて、これを機会に農地を集積して、新しい経営をやってみようという若者も必ずいると思うのですね。そういう若者を助けていくとか、邪魔をしないとか、そういうことが大切なのだと思います。

工藤:なるほど。今、この番組を聴いている、視聴者から、政府が機能していないのに民間だけでがんばれるのか、というかなり厳しい意見がありました。

増田:機能する政府をつくるということは、今の日本の状況では迂遠な話なので、国民なり民間で頑張るしかないような気もしています。

 例えば岩手の県北でも、畑作でもの凄く大規模な農家があるのですが、残念ながら、大規模ですが、あちこちに農地が飛んでいる。宮城県のこういうところを見ていると、権利調整は大変だと思いますが、交換分合だとか、換地だとか色々なことをやって、農地をできるだけまとめて、経営を強いものにしていくということが、まさに農協を始めとする関係者の最大の使命だと思います。

 そのことによって、政府を通じて相当な公的資金を入れる理由も成り立ってくる。そして、民間資金をもっと活用するような道をもっと開いていくべきではないかと思います。農業というのは関係者が非常に多く難しいのですが、その柱になるのは、最終的には農業者自身の意欲です。今はこういう状況で、気持ちも萎えて、迷っている人もいるでしょうから、次世代の人達が意欲を持ってやれるようなところに狙いをつけてやっていく必要があると思います。現地で話を聞いていると、農業機械等でみなさん相当な借金を抱えているわけです。あの借金を延長したり、小さな額なら無しにしてもいいとは思います。そういうことを早くやって、前に進むための経営意欲を引き出せるようにすることが大事なのでしょうか。

工藤:生源寺さん、色々な報道を見ていると、被災地の農地を、そうした農家の意欲を引き上げるのではなく、国有化すべきという議論があったり、またこれまでの農政自体が兼業農家も含めた農家の戸別所得補償政策で年間8000億円ぐらいかかっています。一方で、集約化して強い農業をつくっていくという議論があります。農業に対する方向感がバラバラになっているのではないか、という疑問があるのですが、この辺りはどうでしょうか。

生源寺:国有化の問題は...
工藤:国有地にする。


日本の農政の方向をリセットする

生源寺:それでまた、売り渡すという話かもしれません。それを、農協の関係の方々がおっしゃっているようです。古い形から、一度、更地になったものを、新しい形にどうつなげていくのかということが先にあって、その場合に、手法として一度国有化にしたほうがいいかとかというのなら分かります。ただ、とにかく国有化してもう一度戻せばいいという話は、中身の問題がないので、ちょっと論評しづらいところがあります。もう1つの戸別所得補償、これは民主党政権になってからできあがった政策ですが、特に米については、兼業農家、要するに販売がある農家は全部ということで、善し悪しは別として、いわば被災地に限定しない全ての農家に関する政策ですから、被災の問題、復興の問題とは別だろうと思います。

 但し、1つ言えることは、鳩山政権までの民主党の農政というのは、小規模農家を大事にするということを非常に強調してきたわけです。ところが、昨秋の菅総理の所信表明演説以降、農業の競争力を強めるという方向に大きく転換したわけです。完全に転換しきったかどうかはよくわからないところがありますが、そこのブレというものが、被災地の農業の復興だけではないのですが、日本の農業全体にとって、非常に不透明感をもたらしているようなところがあるのだろうと思います。やはり、そこは国として政策の方向をブレない形で、リセットする必要があるかと思います。
 

仙台農地は強い農業が実現できる

工藤:増田さん、強い農業をつくるということを、どう考えればいいのでしょう。

増田:日本全国、農業が抱えている問題はそれぞれの地域にあります。多くの地域は中山間にあったり、どうしても地形上ハンデを負っているところは多いのですが、今回被災にあった仙台平野の農地は、非常に強い農地が展開できるのではないかと思っています。北海道の十勝にも引けを取らないぐらいもので、農業としてここまでやれるという、東北の素晴らしいものを展開していけばいいと思います。そのためには、大規模化とかそういうことがあって当然いいと思いますし、生源寺先生が言われるように、むしろ農業そのものが強くなる結果として、農業者にうんと収入が入ってくるようなことを、実現すべきと思いますし、ここで実現できると思います。

工藤:若い人が、農業にどんどん入ってこないといけませんよね。

増田:きちんとした経営ができれば、農業後継者は必ず育ちますから、あそこの土地を、一番いい形でどのようにつくっていくか、ということを考えなければいけないと思います。

工藤:丸山さんどうでしょうか。

丸山:私も、増田さんと同じ考えです。やはり、農家は儲かっていないと話にならないです。補助金なんていらないよ、と極端に言うぐらいの農家が沢山でてきてほしいと思っています。でも、一方では、農村はある意味で、高齢者が生活する場ですから、それと両立するためには、一定程度、経営が成り立つためには広い農地が必要です。農地の権利調整、集約化はとても難しくて、この間、日本の農業がずっと悩んできました。制度からいっても、土地所有の形態から始まり、ずっと悩んできたことなのですが、ここは中山間ではありません。増田さんがおっしゃるように、このために改良された広い水田なのだと。そこでは、大規模な経営が成り立つのだろうと思います。その経営が、結果的には地域を支えていくことになるように、関係者が頑張ろうとする経営者を応援するとか、あるいは、邪魔しないようにする。

工藤:さっきから、邪魔をしないようにとおっしゃっていますが、邪魔があるのですか。

丸山:実際には、そういう実態が残念ながらあって、撤退してしまう若者もいるわけです。頑張っている若者を助長して、結果的に強い経営が地域を守るのだということに納得していただきたいと思います。


被災地農業の立て直しは3年が我慢の限度

工藤:時間も迫ってきましたので、一言ずつ。被災地の農業の立て直しには、かなり時間はかかると思いますが、どれくらいの時間軸で考えるべきなのか。その際に何が決め手になるのかということを、一言づお願いします。

生源寺:農村の時間軸は長いと思いますが、それでもやはり3年、1年に1回田植えをするとして、3回あたりが我慢の限度かなという感じがします。

工藤:それまでに、立て直しが必要ということですね。

生源寺:それから、今後の農業においては「自分で値段を決めることができるような農業」ということが、1つのキーワードになると思います。市場に出荷したら終わりではなくて、お客さんに対して自分で加工して自分で値札をつけて売ることができる。そういう農業も大事です。既に、やっている人もいますが。


政府は「希望の目標」を示すべき

丸山:先程、生源寺先生もおっしゃいましたけど、今回の震災を機に、禍を転じて福となるように、福となるためには、被災者に希望を持たさなければいけない。わかりやすい、明るい目標を、政府が示すということがとても大切かと思います。


立て直しには、農業者と消費者の対話が大切

増田:農業者と消費者が、きちんと対話できるような農業経営みたいなものを展開できるといいなと思います。逆にいうと、大消費者は東京などになるのだと思いますが、例えば、仙台の消費者の人たちが可能な限り、被災地の農業を支えるようなことが展開できれば、非常にいいなと思います。

工藤:ということで、時間になりました。今日は、「被災地の農業をどう復興させるのか」と題してお送りしました。この問題は、これだけで終わるわけではないので、今後もどんどん続けていこうと思っています。

 次週は、6月23日の19時から原子力の問題を取り上げて、政府の原発対応を科学的根拠に基づいて総括してみたいと思っています。ぜひご覧下さい。
 
みなさん、今日はどうもありがとうございました。

一同:ありがとうございました。
 

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 6月13日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)、丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)、増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)をゲストにお迎えし、「被災地の農業をどのように復興していけばいいのか」をテーマに話し合いました。

2011年6月13(月)収録
出演者:
生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)
丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)
増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第3部 強い農業をつくろう、という現場の声こそ大事

工藤:休憩中にも議論が弾んでいたのですが、さっき増田さんが2.4万ヘクタールの農地をとにかく早く回復させるということを合意して、目標にするべきだという話があったのですが、そういう目標の立て方でよろしいでしょうか。同時に、強い農業をつくっていかなければいけないということもあるのですが。

増田:人によっては、内陸部の方では遊休農地もあるぐらいで、そちらの方までは津波はこないわけですから、あそこの土地を農地として、被災農地については除塩でお金もかかるし、農地で存在させるのは止めにして、内陸の方に移った方がいいのではないかとか、色々な議論がないわけではありません。

 ただ、私は、隣県の知事としてずっと眺めてきましたが、宮城県は生産性の高い極めて優良農地です。これは、お二方のご専門家の方々にお聞きすればいいと思いますが、私から見ても、非常に優良な農地で、3年ぐらいで除塩も終わると思うので、きちんと元に戻して、強い農業経営ができるようにするということが大事だと思います。それについて、できるだけ早く意思統一をするということが、今後の強い農業をつくるためにも必要と思います。


実際に経営するのは現場の農業者

工藤:生源寺さん、どうでしょうか。今の、農地を戻すということと、強い農業をつくるという流れ、あるいは道筋が、今の政府の中で描かれていっているのでしょうか。

生源寺:高付加価値、あるいは低コストの農業ということも、政府は掲げているわけです。それはそれで、私も異論はないし、違和感はありません。が、強い農業をつくるという声なり動きが、やはり現場から出てくることが大事だと思います。

 今のところ、ビジョンを国や政府が語る、あるいは県が語る。しかし、最も大事なのは、非常に力強い現場からの動きです。例えば、イチゴの栽培されている方々が自ら立ち上がる話とかあるいは、生産組織の話とかもあります。こうした現場からの動きは、まだまだ点に過ぎないと思います。もう少し面として立ち上がってくるような環境をつくっていくということは、大事だと思います。

工藤:なにが必要ですか。

生源寺:集落が農村の1つの単位ですが、私は、集落だと狭すぎるような感じがします。平成の合併の後ですから旧村といいますか、小学校区ぐらいのひろがりの中で、一度、どういう形で地域の農業を立て直していくかということについて、話し合う場をつくる。今は、避難しておられる方もいらっしゃるわけですから、話し合うこと自体が難しいのですが、そういう場をつくる。地域の中には、もともと農業者の夢もあったのだろうと思います。それがなかなか実現できなかったということもあるのだろうと思います。それを、心ならずとも、ある意味で条件がリセットされたわけです。これをうまく利用する。私は、震災を外の人間が利用するかのような議論をしてはいけないと思います。

工藤:震災を利用するな、ということですよね。

生源寺:言い訳にしたり、あるいは日頃からの自分の主張を通すために、震災を利用するとかいう話も無くはない。それは、やはり、慎むべきだと思います。ただ、被災者は禍い転じて福となす権利があるのだと思います。だから、これまでは夢としてあったけど、なかなかできなかった。ある意味でリセットされて白紙で描くことができるような状態になって、これならば、ということがあると思います。そこは、そういうことを議論しあうような、あるいはリーダーシップをとるような人が先頭を走っていく、こういう形が生まれるような環境なり枠組みをつくるということが、市町村、県なり、国がやるべきことで、舞台はつくるけど、実際に経営をするのは農業者なわけです。集落を再生するのも、そこに住んでいる住民ですから、最終的には住民が決めないといけない。


政策の基本は、現場の頑張りを支えること

丸山:結局、日本全体の構造としては、高齢農家があって、一方では、若くて30ヘクタール、40ヘクタールの農地を持ち、人を雇って法人経営などで頑張っている経営者はいるわけです。一方では、お年寄りで自給的に食べて、地域を支えている。大部分は小さな土地をやっているのですが、今は、だんだん二重構造になりつつあって、農業で儲けるのだというところでは、必ず息子が後を継いで、嫁さんが来ているというたくましい農家もでてきています。震災にあったけど、そういった若くても頑張っていて、これを機会に農地を集積して、新しい経営をやってみようという若者も必ずいると思うのですね。そういう若者を助けていくとか、邪魔をしないとか、そういうことが大切なのだと思います。

工藤:なるほど。今、この番組を聴いている、視聴者から、政府が機能していないのに民間だけでがんばれるのか、というかなり厳しい意見がありました。

増田:機能する政府をつくるということは、今の日本の状況では迂遠な話なので、国民なり民間で頑張るしかないような気もしています。

 例えば岩手の県北でも、畑作でもの凄く大規模な農家があるのですが、残念ながら、大規模ですが、あちこちに農地が飛んでいる。宮城県のこういうところを見ていると、権利調整は大変だと思いますが、交換分合だとか、換地だとか色々なことをやって、農地をできるだけまとめて、経営を強いものにしていくということが、まさに農協を始めとする関係者の最大の使命だと思います。

 そのことによって、政府を通じて相当な公的資金を入れる理由も成り立ってくる。そして、民間資金をもっと活用するような道をもっと開いていくべきではないかと思います。農業というのは関係者が非常に多く難しいのですが、その柱になるのは、最終的には農業者自身の意欲です。今はこういう状況で、気持ちも萎えて、迷っている人もいるでしょうから、次世代の人達が意欲を持ってやれるようなところに狙いをつけてやっていく必要があると思います。現地で話を聞いていると、農業機械等でみなさん相当な借金を抱えているわけです。あの借金を延長したり、小さな額なら無しにしてもいいとは思います。そういうことを早くやって、前に進むための経営意欲を引き出せるようにすることが大事なのでしょうか。

工藤:生源寺さん、色々な報道を見ていると、被災地の農地を、そうした農家の意欲を引き上げるのではなく、国有化すべきという議論があったり、またこれまでの農政自体が兼業農家も含めた農家の戸別所得補償政策で年間8000億円ぐらいかかっています。一方で、集約化して強い農業をつくっていくという議論があります。農業に対する方向感がバラバラになっているのではないか、という疑問があるのですが、この辺りはどうでしょうか。

生源寺:国有化の問題は...
工藤:国有地にする。


日本の農政の方向をリセットする

生源寺:それでまた、売り渡すという話かもしれません。それを、農協の関係の方々がおっしゃっているようです。古い形から、一度、更地になったものを、新しい形にどうつなげていくのかということが先にあって、その場合に、手法として一度国有化にしたほうがいいかとかというのなら分かります。ただ、とにかく国有化してもう一度戻せばいいという話は、中身の問題がないので、ちょっと論評しづらいところがあります。もう1つの戸別所得補償、これは民主党政権になってからできあがった政策ですが、特に米については、兼業農家、要するに販売がある農家は全部ということで、善し悪しは別として、いわば被災地に限定しない全ての農家に関する政策ですから、被災の問題、復興の問題とは別だろうと思います。

 但し、1つ言えることは、鳩山政権までの民主党の農政というのは、小規模農家を大事にするということを非常に強調してきたわけです。ところが、昨秋の菅総理の所信表明演説以降、農業の競争力を強めるという方向に大きく転換したわけです。完全に転換しきったかどうかはよくわからないところがありますが、そこのブレというものが、被災地の農業の復興だけではないのですが、日本の農業全体にとって、非常に不透明感をもたらしているようなところがあるのだろうと思います。やはり、そこは国として政策の方向をブレない形で、リセットする必要があるかと思います。
 

仙台農地は強い農業が実現できる

工藤:増田さん、強い農業をつくるということを、どう考えればいいのでしょう。

増田:日本全国、農業が抱えている問題はそれぞれの地域にあります。多くの地域は中山間にあったり、どうしても地形上ハンデを負っているところは多いのですが、今回被災にあった仙台平野の農地は、非常に強い農地が展開できるのではないかと思っています。北海道の十勝にも引けを取らないぐらいもので、農業としてここまでやれるという、東北の素晴らしいものを展開していけばいいと思います。そのためには、大規模化とかそういうことがあって当然いいと思いますし、生源寺先生が言われるように、むしろ農業そのものが強くなる結果として、農業者にうんと収入が入ってくるようなことを、実現すべきと思いますし、ここで実現できると思います。

工藤:若い人が、農業にどんどん入ってこないといけませんよね。

増田:きちんとした経営ができれば、農業後継者は必ず育ちますから、あそこの土地を、一番いい形でどのようにつくっていくか、ということを考えなければいけないと思います。

工藤:丸山さんどうでしょうか。

丸山:私も、増田さんと同じ考えです。やはり、農家は儲かっていないと話にならないです。補助金なんていらないよ、と極端に言うぐらいの農家が沢山でてきてほしいと思っています。でも、一方では、農村はある意味で、高齢者が生活する場ですから、それと両立するためには、一定程度、経営が成り立つためには広い農地が必要です。農地の権利調整、集約化はとても難しくて、この間、日本の農業がずっと悩んできました。制度からいっても、土地所有の形態から始まり、ずっと悩んできたことなのですが、ここは中山間ではありません。増田さんがおっしゃるように、このために改良された広い水田なのだと。そこでは、大規模な経営が成り立つのだろうと思います。その経営が、結果的には地域を支えていくことになるように、関係者が頑張ろうとする経営者を応援するとか、あるいは、邪魔しないようにする。

工藤:さっきから、邪魔をしないようにとおっしゃっていますが、邪魔があるのですか。

丸山:実際には、そういう実態が残念ながらあって、撤退してしまう若者もいるわけです。頑張っている若者を助長して、結果的に強い経営が地域を守るのだということに納得していただきたいと思います。


被災地農業の立て直しは3年が我慢の限度

工藤:時間も迫ってきましたので、一言ずつ。被災地の農業の立て直しには、かなり時間はかかると思いますが、どれくらいの時間軸で考えるべきなのか。その際に何が決め手になるのかということを、一言づお願いします。

生源寺:農村の時間軸は長いと思いますが、それでもやはり3年、1年に1回田植えをするとして、3回あたりが我慢の限度かなという感じがします。

工藤:それまでに、立て直しが必要ということですね。

生源寺:それから、今後の農業においては「自分で値段を決めることができるような農業」ということが、1つのキーワードになると思います。市場に出荷したら終わりではなくて、お客さんに対して自分で加工して自分で値札をつけて売ることができる。そういう農業も大事です。既に、やっている人もいますが。


政府は「希望の目標」を示すべき

丸山:先程、生源寺先生もおっしゃいましたけど、今回の震災を機に、禍を転じて福となるように、福となるためには、被災者に希望を持たさなければいけない。わかりやすい、明るい目標を、政府が示すということがとても大切かと思います。


立て直しには、農業者と消費者の対話が大切

増田:農業者と消費者が、きちんと対話できるような農業経営みたいなものを展開できるといいなと思います。逆にいうと、大消費者は東京などになるのだと思いますが、例えば、仙台の消費者の人たちが可能な限り、被災地の農業を支えるようなことが展開できれば、非常にいいなと思います。

工藤:ということで、時間になりました。今日は、「被災地の農業をどう復興させるのか」と題してお送りしました。この問題は、これだけで終わるわけではないので、今後もどんどん続けていこうと思っています。

 次週は、6月23日の19時から原子力の問題を取り上げて、政府の原発対応を科学的根拠に基づいて総括してみたいと思っています。ぜひご覧下さい。
 
みなさん、今日はどうもありがとうございました。

一同:ありがとうございました。
 

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 6月13日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)、丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)、増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)をゲストにお迎えし、「被災地の農業をどのように復興していけばいいのか」をテーマに話し合いました。

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