第1部:自国のメディアを通じて形成されがちな世論
工藤: こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは「言論スタジオ」と題して3.11の震災のときからさまざまな議論を行っております。今日は、8月11日に私も行ってきたのですが、北京で公表した日本と中国の共同世論調査の結果について、分析してみたいと思っております。そこでゲストとして、中国問題に非常に詳しい東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生先生に今日は来ていただきました。高原先生、どうぞよろしくお願いします。
高原:よろしくお願いします。
工藤:さて、言論NPOでは2005年からこの世論調査を中国と共同で行っています。2005年当時というのは、小泉首相の靖国参拝もあって、中国が非常に騒然とした雰囲気で、反日デモがあった、そういう時でした。そのときに僕たちはこの世論調査をやりたいということを中国に提案して、実現しました。ただ実を言うと、この世論調査というのは中国でそう簡単にできるということではなくて、その実現のためには大変な苦労がありました。始めはかなり反対されました。しかし、どうしても私たちは、相互理解を深めるためには、お互いの国民の認識をきちんと理解するところから始めなければいけないと主張し続け、共同の世論調査を実現させたのです。まず高原先生、中国で世論調査をやるということの意味というか、それをどういうふうにとらえればよろしいのでしょうか。
高原:中国で世論調査をするのは大変に難しいのですね。ですからそれを長年にわたって毎年続けてこられたというのは、とても意義のあることだと思います。と言いますのは、日本ですと政府も定期的によくやっていますし、メディアだってしょっちゅう世論調査をやるので、我々にとっては普通のことなのですけれども、中国ではそういうのはほとんどないわけですね。中国のメディアというのはご存知のように共産党の考えを庶民に伝えるための道具、それが中心ですから、メディアは普通そういうことはしません。政府としても定期的にやるということをこれまでやっていなかったので、そういう土壌のない、背景のないところで色々なご苦労があったのではないかな、というふうに思っております。
工藤:私もやるときは、高原先生がおっしゃったような事情をあまり知りませんでした。ある意味で素人でその怖さを知らなかったのですが、専門家からは、そんなことを言い続けたら捕まるのではないか、とまで言われました。ただそれでも、やはりやってよかったと思っています。やってよかったというのは、やはり中国の国民が日本に対してどういう基本的理解をしているのか、ということがこの調査ではっきりわかったんですね。そこのフリップから見ていただきたいのですが、僕たちが世論調査の1回目をやって一番初めに驚いたのは、中国の国民の約60%が今の日本を軍国主義だと思っているということだったのですね。日本が平和憲法を持っていて平和主義と思っている人は10%程度でした。私たちは日本というのは平和憲法下で民主主義の国だと思っていたのですが、中国の国民はそうは思っていなかったということに非常にショックを受けたことがありました。
それでどうしてなのだろうということで、この世論調査を色々と見ていったら、そもそも日本と中国の国民はお互いの国を訪ねた経験が本当に少ないのですね。そうなってくると、日本に対する認識は自国のメディアに依存してしまうということがありまして、メディア報道の役割ということも非常に重要になってきたわけです。こうした傾向はその後は減少していますが、それでもまだ36%の中国の方が、現在の日本を軍国主義と見ているといます。
こういう中国側の基本的な理解に関して、高原先生はずっと中国を研究されておりますので、どういうふうに考えればよろしいのでしょうか。
日本の企業、大学や官庁は中国語で議論発信を
高原:おっしゃるように、来年は日中国交正常化40年になります。40年も国交があって、往来があったはずなのです。日本も国際交流基金を中心に色々な文化交流を行い、それから日本の大学もたくさんの留学生や研究者の受け入れをやってきたのですが、なかなか日本理解が浸透しないという現実があるわけです。それはなぜなのか。日本側ももっと努力をするべきであって、例えば、今、中国もインターネット文化ですから、情報伝達としてテレビももちろん大事、伝統メディアももちろん大事なのですけれど、インターネットを見ている人が増えています。しかし、中国語でホームページを持っている会社が、今の日本にどれだけあるか、大学がどれだけあるか。政府部門があるか。まだまだ努力が必要だというところもあるでしょうし、それから基本的にはそういった伝統メディアというのは共産党の統制下にあるので、共産党が伝えたい日本のイメージ、これを報道するほかはないのですね。ですから共産党支配というところがこれまでは強かったわけで、そういった諸々の理由から中国側の日本理解が進まなかったのではないでしょうか。
中国はもっと文化外交の努力を
日本側から見ると、もっと中国は文化外交的なこと、つまり、日本がこれまでやってきたことのような交流の努力をしてほしいと思うのですね。日本の観光客は中国に行っていないことはないのですが、例えば大学の教員やジャーナリストでもいいのですが、日本から中国に積極的に招いたり、国会議員を招いたりする。今までもやってきたというふうに言われるかもしれないけれども、こういう結果を見ると、まだまだ足りないのではないかということがよくわかると思います。
工藤:高原先生のところにも留学生が来られていると思うのですが、僕たちも中国の留学生と話すと、「これが日本だったのか」ということを言って帰っていきますよね。今までと全然認識が違うと。だから実際に目で見るということが非常に重要ですね。
高原:そのとおりで、観光客が中国から来る人も増えている。これはとてもいいことですよね。印象がすごく違うと思いますね。
工藤:そういう状況で、なんとなく僕たちから見ると、近くに中国の方もいらっしゃるので、すごくいっぱい来ているような感じがあるのですが、そもそも中国は人口がすさまじく多いわけです。この世論調査はもう7回やっているのですが、やはり中国から日本に来られた方というのは10%にも届かない。まだ1割未満という状況です。
私たちの世論調査では、日本の有識者、中国は大学生を対象に、世論調査と同時にアンケート調査をやっています。この人たちの属性というのは日本に何回か来ている人とか、日本に友達がいるとか、それから日本の有識者というのはビジネスで色々と直接的に中国の現状を知っている。そういう人たちにも調査を実施し、世論調査と対比してこの7年間を分析をしてきたわけです。そうすると、先程言った日本のことを軍国主義だと思っている人が少ないなど、色々な問題が少しは納得できるような数字になっているわけです。そういうことを比べながらやったのですが、ここもまた問題が最近出ていまして、今まではメディアに依存して認識を作っている人と、直接的な経験がある人との違いが、この基本的な理解でかなり見られたのですが、最近では直接的な交流がある人のほうが、何となく中国に対する脅威感が増えている。つまり、相手国を知ることでその違いが見えてきたということがあって、過去の世論調査とは異なった傾向が鮮明になり始めている。この傾向を、どういうふうにご覧になりますか。
高原:日本から中国を見ますと、中国を理解するというときに、古代からの伝統中国、中国文化、我々もなじみ深い色々な小説等がありますよね。旅行に行ってもそういう名所旧跡をまわるという理解と、現実の今まさに昇竜のごとく勢いよく台頭する中国の現実という両面がありますよね。なので、その後者のほうをよく知っている人からすれば、色々と気をつけなければならない点もある、という理解のほうが先に立つ人が増えている。そういうことかなと思います。
工藤:そうですね、あとメディア報道に関しても、7回も世論調査をやっているとちょっと変わってきました。中国の人は、自国のメディアがかなり公平で客観的だという人が相対的に多い。最近はちょっと減ってきているのですが、日本の国民は、有識者もそうなのですが、中国問題を報道している既存のメディアの報道が、客観的で公平だというのは確か3割もいかないという結果になっています。このメディアに対するお互いの認識というのはどのように見ればよろしいのでしょうか。
中国人は、官製メディアの議論を素直に受け入れる
高原:中国の人たちのひとつの特徴かもしれませんけれども、自分の国の中の政治に関する報道は、眉に唾をつけて見る、聞くという習慣があるようですけれども、国際報道に関しては、比較的官製メディアの情報を素直に受け入れるという傾向があるのではないかと思いますね。やっぱり官製メディアのほうも非常にパワフルで巧みと言いましょうか、メディアというのは強い影響力を持っているなというふうに思います。一例を挙げますと、改革開放という概念がありますよね。改革開放30周年だと2008年にさかんにやったわけですね。1978年のある会議で改革開放が始まったということになっていますよね。みんなそれに、強い言葉を使えば洗脳されてしまっているわけですね。どころが、人民日報で最初に改革開放という概念が出た年は何年か、これは中国人も誰も正解は答えられない。中央文献研究室という中央の大事な文献を集める総本山みたいなところもわからない。これは実は1984年なのですよね。いつの間にか、私たちはそう思い込まされている。やっぱりメディアの力というのはものすごく強いなと、中国のメディアを私の場合よく見ているのですけれども、そういうことを本当に強く感じます。
工藤:僕は中国に行って、ホテルでテレビを見ると、抗日戦争のドラマがよく放映されていますよね。ああいう問題というのもやはり影響しているのではないでしょうか。
高原:それは大きいと思いますよね。やはり学校で習うことを取り上げる方が多いのですが、それだけではなくて、広い意味での社会化の過程の中でどういう情報が入ってくるか、これが大切なわけだし、テレビはビジュアルな映像ですから、インパクトが強いわけです。ただ、ああいうことをあまりやると日中関係にとってはよくないのではないかと我々は当然思いますし、中国でも最近そういうふうに思う人が増えていますね。
なぜ、今の日本を軍国主義と見る中国人がいるのか
工藤:さっき軍国主義の話を例示で挙げたのですが、長年、中国を研究されてきた高原先生からみてどうなのでしょうか。僕は、非常にびっくりしました。何で今の日本が軍国主義だという意見が半分以上あるのかと。誰もがびっくりしたのですけれども、これはどういうふうに理解すればいいのでしょうか。
高原:さっき工藤さんがおっしゃったように、抗日戦争のイメージというのが繰り返し再生産されてインプットされてくる、というのが最大の理由だと思いますね。
日本では日中関係に関するメディア報道は信頼を失いつつある
工藤:なるほど。その中でさっき言った見るチャンスとか知るチャンスがまだまだ不足しているので、なかなか変わらないという状況ですね。それに対して日本は、国民のメディアへの信頼が失われてきているということなのですかね。
高原:そうですね。そうなのかもしれません。それこそグローバル化とともに日本の企業も海外進出をここ何十年か遂げてきて、日本人は、海外の情報に直接、接する機会が増えていますよね。そうすると、メディアとは別の違う角度から物事が見られるという人が増えている、そういうことが一般には言えるのではないでしょうか。
工藤:中国というのは非常に大きな像みたいなもので、たしかにどこから触るかでその部分は分かりますが、全体像はなかなか見えない。そういう経験はありますかね。
高原:それはそうですよね。日本のメディアの方も北京や上海や広州にいらっしゃいますけれど、もっと色々なところに順番に出て行く。これはメディアだけの問題ではないのですけれども、中国は今どこで何が起きているのかというのがよくわからなくなっているのですね。中国って今どうなっているのと聞かれて、まあ北京や上海に住んでいれば、その町の様子はわかりますけれど、一歩外に出るとよくわからない。それだけ色々な多様性がより強くなっている、それが今の中国だと思いますので、本当のところは中国中にいろんな人を派遣して調べてもらいたいくらいの気がします。
工藤:わかりました。ちょっと休息をはさんでですね、今年の7回目の日中世論調査の結果を分析していきたいと思います。じゃあ休憩に入ります。
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第2部:尖閣諸島など領土問題や福島原発への対応が調査結果に反映
日中とも、お互いに悪い印象を持つ人が急増
工藤:第7回目の日中世論調査の結果の分析に移りたいと思います。今年は、私も北京に行ってかなり緊張感ある記者会見だったのですが、昨年と比べて大きな変化がありました。それはお互いの相手に対するイメージとか日中関係の現状に対する評価、その他色々なところで、マイナスの動きがかなり大きなものになっていました。特に相手国に対する印象の関係については非常に悪い数字になったのですが、これはボードで説明していきたいと思っております。
これは相手国に対してどういうふうなイメージを持っているかということなのですね。ピンクと赤があるのですが、ピンクの方が「良い印象」で、赤系が「悪い印象」です。日本は今年中国に対してマイナスのイメージを持っている人が、なんと78.3%。つまり8割くらいの人が中国に対してマイナスのイメージを持っている。去年も日本は高くて、72%でしたからだいたい6ポイントくらい上がったということになります。
中国の世論もこの傾向は同じです。このグラフを見てもわかるように、去年から今年1年で悪化していて、マイナスイメージの赤が増えています。これが65.9%いるわけです。去年の比較で見ると10ポイントくらい上がっているわけです。
つまり、今年1年でお互いの印象が悪いという人たちがかなり増えたということです。その理由を尋ねてみました。中国に対して「良い印象」を持っている人に、その理由を尋ねますと、中国経済の発展が日本経済に不可欠だという経済的な理由を挙げている人が多いです。これに対して、中国の人で日本に「良い印象」を持っている人は、その理由として、基本的に今年は日本人がまじめだとか積極的に仕事をするというのがあります。3月の東日本大震災のときに、日本の市民がお互いに助け合ったり、支援しあっているそういう連帯感に感動したというのも、約5割ありました。
しかし、それよりもマイナスの方が全然多いわけです。では、マイナスの理由は何なのかっていうことになりますと、日本の世論ではやはり、この前の漁船拿捕事件、尖閣列島問題に対する中国の対抗措置のところですね。それから、デモとかも色々ありましたけれど、そういうところに対して反発して、中国にマイナスイメージを強めたのが約64%ありました。後は、資源やエネルギー関係で中国の行動に対して色々な問題があるのではないかとか、領土紛争問題とかそういうことが出てきている。一方の中国世論は、基本的にいつも歴史問題、日本が中国を過去に侵略し戦争しているという、そういう過去の戦争に対する認識がいつも多いのですが、今回、新しい傾向が2つありました。1つは尖閣列島で日本政府の対応が非常に強硬だったということ、もう1つは福島原発、つまり震災後の原発対応に問題があると。この2つでマイナスイメージが強まっているという状況です。
次に日中関係ですが、これも基本的に大きな変化がありました。日本人で今の日中関係が「悪い」と思っている人が51.7%ですから、半数になっています。これを去年と比べると、23ポイントも増えたという形で急増しているという状況です。これに対して中国はですね、まだ半数以上が日中関係は「よい」と見ています。ただこの表で見られるように、去年と比較すると、やはり20ポイントくらい減少しています。ですから、日本は半数以上が日中関係は「良くない」と思っていて、中国は半数以上が「良い」と思っているのですが、どちらも悪化という傾向、悪いという人が大きく増えています。
この日中関係が悪くなった理由を直接聞いた設問はないのですが、日中関係の発展を阻害するものは何なのかという設問はあります。この問いに対して、日中双方で6割近い数字になったのが「領土問題」ということになります。後は資源問題、お互いの国民間にまだ信頼関係が薄いという問題が続いていますが、その中でも領土問題が圧倒的に多くなってきているという状況でした。この大きな変化をどういうふうに読んでいくのかということで、高原先生、分析をよろしくお願いします。
日中関係は事件が起きると、一気に世論が悪化する不安定な構造
高原:そうですね、2006年の途中まで小泉さんが首相で、彼は毎年靖国参拝をして、その局面を一気に打開したのが2006年10月の安倍訪中だったわけです。中国側から見ると、安倍さん以降の総理大臣は誰も靖国に参拝しないし、去年の尖閣までは特段大きな事件がなかったのですね。中国側からすると関係はどんどんよくなっていくと。去年の場合ですと、7割以上が「良い」というふうに見ていたわけですね。ところが日本側から見るとそうではなくて、日本側から見ると非常に重要だったのが2008年の毒ギョウザの問題だったわけです。生活重視の日本社会、日本人にとっては大変重要な事件だと受け止められて、ここでちょっと中国側と日本側との間に認識のギャップができたというのが1つ。それから、日本側とすればもう1つの問題は、中国の軍事的な拡張ということです。これは中国側にとってみれば、当然、何の問題もないというわけですから、ここでも認識のギャップが誕生したということをこの結果は説明しているのではないかと思います。
工藤:特に尖閣列島の問題は、完全に紛争というかトラブルがあったということが映像もあり、かなり目に見えましたよね。これは大きな影響になったのではないですかね。
高原:こういう事件が起きると一気に悪化するという構図は、これは昔からそうなわけです。2004年のアジアカップサッカーでのデモやブーイングの問題、それから2005年の反日デモの問題と、そういう事件がないとじりじりとよくなっていく。しかし、何かあるとドカーンと悪くなる、というパターンが今回も繰り返されたということじゃないかと思います。
工藤:さっきボードにはなかったのですが、日中の首脳会談について、日本と中国の国民は、具体的な成果がなくてあまり評価していないという回答が、だいたい半数くらいあって、かなり増えてきているのですね。その設問に続けて、何を首脳会談でやればいいんだと聞くと、やはり領土問題が出てきています。つまり、今まで領土問題というのは、現状での解決は難しいので、将来解決しましょう、みたいな感じだったのですが、顕在化してしまって、この処理をどうすればいいかまったく見えない状況になっていて、それが国民世論に色々な形で出てしまっているような感じもするのですが、どのように尖閣問題を考えればよいのですかね。
領土問題はお互い自己中心になると、ぶつかるしかない
高原:領土というのは他の経済問題等とは違って、持っているか、持っていないかという白黒をはっきりせざるを得ない問題であって、なかなかWin-Winという関係にはできないわけですよね。特に尖閣については、日本側は100%自分のものだという強い信念を持っています。向こうも当然そういう意見です。したがって、例えば中露の陸上国境のようにうまく割るとか、そういうことにはならない問題として捉えられている、だからそういう構造的な難しい問題なのだと。どっちも熱くなりやすい領土ナショナリズムがかき立てられやすい問題だということもみんなわかっていて、やっぱり領土問題が一番カギとなる問題なのではないか、という答えになっているのではないでしょうか。みんな、よく分かっていると思いますよ。
工藤:この領土問題は、日本と中国の間では元々どういう扱いになっていたのですか。
高原:日本側は国交正常化する際も、平和友好条約を78年に結ぶ際も、はっきりさせたかったわけですね。話し合いをしようと中国側にアプローチしていました。日本側としては、もちろんはっきりと日本のものだということを認めてもらいたかったわけですが、中国側は話し合いを拒否するのですね。鄧小平さんの78年の言い方だと、次の世代の方が我々よりも賢いだろうから次の世代に任せましょうと、今はとにかく触らないでおきましょうという、それが中国側の対応で、今日までずっときています。最近は中国の海洋進出あるいは積極的な外交、主権の主張ということを唱える人が増えてきて、実際実力も高まってきて、事件が起きるようになってきた。そういう段階に入ってきたということだと思います。
工藤:そうですよね。日本の国民から見ると、中国が海洋で色々なことを自己主張し始めているというか、行動しているという感じですね。あまり説明はないのだけれども行動だけしているみたいな、これは何か怖いような感じがしますよね。しかも、去年は経済的に中国が日本を逆転して、先行きは別にしてもかなり大きな大国になるという感じが目に見えてきましたよね。
高原:中国側の論理というのは、あそこは自分の領土なのだから、あそこの周りで何か行動をしようともそれは防衛的な行動である、ということを言うわけです。ですけれども我々からすればあそこは自分のものですから、いくら相手が防衛のためと言っても、日本からすれば侵略になるわけなので、その辺のことを中国の人によくわかってもらわないといけない。そういうことをあまり考えていない人も実はいるのですよね。相手には相手の事情があるのだと、あまり自己中心的になるなと。みんなが自己中心的になればぶつかるしかないわけですから、それは気をつけないとダメじゃないか、というふうに我々が粘り強く訴えていく、あるいは相手の国民にもアピールしていくということが大事だと思います。
工藤:確かに、ああいう問題があって日本の政府の問題もあるのですが、どうしようかという具体的な動きがないという状況です。ただ、残念なのが「良い」と思う理由なのですが、4月に北京-東京フォーラムの打ち合わせに行ったときに、中国の人たちと対話すると、東日本大震災のときに日本人が中国の研修生をかなり優先的に救済して亡くなった方が英雄的なドラマ的な話題に中国ではなっていたのですね。僕たちも尖閣問題のことが話題にならないくらい、非常に日本人はすばらしいみたいな感じがあったのですが、世論調査ではそういう設問もあったのですが、全体の印象を変えるまでは行っていない。これは何なのかなということです。
日本に余裕があれば、震災強力は外国的なチャンスだった
高原:もう少し日本側の対応に余裕があれば、これは外交的なチャンスだということでうまくできた部分もあったかもしれません。しかし、ああいう混乱の状況の中で、世界中の国々が日本を助けようとして、それぞれの国がなかなかもどかしい思いをした、やっぱり現場の事情からすると、簡単には各国のそれぞれの支援の思いを全面的に受け入れることができなかったという現実があったのだとは思います。
工藤:あのとき中国も当然支援しようとしていたのですが、メディア報道としては良くわからなかったですよね、中国の支援の姿が。
高原:まあもうちょっと象徴的なプログラムと言いますか、行動のようなものがあって、それがメディアで大きく取り上げられるとか、例えば中国側は病院船を出したがっていたわけですよね。そんなのはよっしゃと言って受け入れればよかったのですが、色々な事情でできなかったのでしょう。今の話は一例に過ぎませんけれども、何かシンボリックなことがあったらよかったと思いますけれども。
工藤:次の話になるのかもしれないですけれど、あの震災で大変なときにも、中国の話題というのは放射能を調べるために領海侵犯したとか、マイナスのニュースだけになっていませんか。つまり、この1年間、対決色がメディア報道に強まっているような感じはしますが。
高原:そうですね。尖閣の事件があったから特にということだと思うのですけれども、何となく世の中のムードとしては、中国報道というとやや警戒の側面が先に立つような雰囲気が今あるのですが、ただ理性といいますか、あるいは利益といいますか、実際の日中の経済交流であるとか社会文化交流であるとか、それは永々としてまだ続いているわけであって、ただそれを実際にやっている方々はあまりメディアで発言しません。我々は、なかなか見えない現実があることを忘れてはならないと思います。
工藤:わかりました。また休息をはさんで最後のセッションに行きたいと思います。
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第3部:お互いの違いを理解することで「共生」の道を探る
工藤:今まで日中関係に対する、両国民の評価を中心にお話しいただいたのですが、今までの相互理解ということでは、相手を知らな過ぎるために、それをなんとか理解することによって、お互いの相互理解が進むという話でこの7年間は動いていました。
つまり、昔の悪化したものを改善していくプロセスだったのですが、その後、劇的な大きな変化が出てきている。それは、中国経済が大きなものになっていって、中国国民もそれに関して自信を持っている。その中で、中国は資源その他を自分達のために確保しなければいけない、その活動がやはりいろいろな形で日本にとっては非常に脅威というか、不安であり、この国はこんなに大きくなって、いったいどうなっていくのかという、基本的にはそういった大きな認識の変化があるような気がしています。
今回の世論調査結果について、軍事的脅威からお話しします。日本は中国をかなり軍事的脅威と見ていまして、昨年のものに比べて中国に関して10ポイントぐらい、中国を脅威と思う人が増えているわけですね。逆に中国人は逆に10ポイントぐらい日本を脅威と思う人が減っています。さらに軍事的な脅威を感じる国が他にないというのが中国で12%まで増えているということがありまして、軍事面でも日本の国民とは意識が違う。この理由は、中国がやはり軍事増強をしているし、空母をつくったり、中国の海軍、船体が日本近海に来ているというということがメディア報道されていますし、そういう問題があると思うのですね。
もう1つ、中国経済の問題がありまして、2050年、中国経済がどうなっているのかという調査で、これを見ると、中国人も日本人もそうなのですが、中国経済の先行きに関して、世界最大またはトップクラスになるという見方が昨年ほどではないのですが、かなり多いのですね。つまり、中国国民にはその自信がかなりある。一方、日本人には、少しずつですが、中国はこれ以上経済的に大丈夫かということに関して、慎重な見方も出てきている。中国の発展を含めた形での大きな変化に対して、日本の世論が非常に戸惑っているというか、どう考えていけばいいかわからないような状況が、世論のそれぞれの項目でマイナスに振れているのではないかと思うのですが、そこあたりは高原先生、どのようにご覧になっていますか。
中国の中では、自国の高成長の行方に冷静な見方も
高原:私は中国が専門なものですから、そういう目から見ると面白かったのは、次の点なのですね。今、確かに工藤さんがおっしゃったように、まだまだ中国が隆々と栄えていくという人が多いのですが、去年と比べると減っているのですよ。そして、「わからない」と答えている人がすごく増えているのですよ。しかし、去年の中国の成長率は10%以上なわけです。高い成長率を保っているにも関わらず、ちょっとわかんないぞ、大丈夫だろうか、という人が増えてきた。これはおもしろい変化だと思うのですね。そこには、様々な原因があるのだけれども、おそらくは、高度成長の歪みといいますか、影といいますか、それは格差であったり、あるいは環境汚染であったりするわけなのですけれども、そういった歪みがきつくなってきた、そういう面もあるのではないかと思って、この結果を見ました。
工藤:確かに、今おっしゃったように、去年、なんか圧倒的に自信過剰だったのが、ちょっとなんか違うのではないかという感じになった。今回、そういう大きな転機を感じますよね。一方で気になっているのは、お互いの経済関係、交流というものを見たときに、確か今まで日中間は、お互いの経済が発展することはWin-Winの関係だと。つまり、中国の人から見れば、日本の経済が発展するのはWin-Win だと。日本の人たちも中国の経済が発展することはWin-Win だという意見が圧倒的に多かったのですが、今年の結果では、中国の人は日本経済の発展を期待している、発展することがWin-Winであるというのですが、日本人が中国経済の発展に関して、脅威だと思う人が3割近くに増えていますよね。
やはり、中国の経済に関しての疑念、今後順調にいくかという疑念を感じると同時に、やはり中国の大国化なり経済に関して、少し気にしている日本人が増えている感じがするのですが、どうでしょう。
高原:特に、去年の尖閣事件の後で、レアアース問題がかなりハイライトされましたよね。実は、その前からレアアース問題はあったわけです。今、中国産のレアアースが世界マーケットのほとんどを占めているわけですが、中国は色々な理由で輸出を減らしているわけですよね。それで、世界の他の国がちょっとそんなに急に減らさないでよ、と。ちゃんと売って下さいよ、というふうに言っているという問題なのですけど、あの尖閣の事件が起きて、中国の税関で、日本向けのもの、あるいは日本から入ってくるものを、ちょっと止めていたわけなのですね。要するに、中国は問題を経済領域に拡張して、なかんずく、そのレアアース問題については世間の注目も非常に大きかった。報道も色々あった。そういった事情が、反映されているのではないかとじゃないかと私は思いました。
工藤:確かにそうですね。結果として、中国も尖閣問題の時は政府も含めて、かなり焦ったっていう印象を日本側に与えちゃいましたよね。
高原:そうですね。レアアースといえば、特に、世界中で非常に大事に思われている資源なので、日本のメディアが取り上げるだけではなくて、欧米のメディアもかなり大きく取り上げましたよね。そういったことで、中国政府もその後、急いでまた元に戻すわけですが、インパクトとしては大変大きかった。中国側とすれば、失敗だった、というふうに今反省している人が多いですね。
工藤:やっぱり、尖閣問題というのは、両国にとっても、かなり大きなダメージというか、いろいろな問題があったということですね。
高原:そうですね。やっぱり、領土問題とかいうことだけではなくて、中国は経済領域とか国家領域にまで影響を広げてしまったので、それで日本側はかなり反発をしましたよね。あれを反省する人が、北京にはいるということです。
感情的反発が靖国参拝を容認する声になっているのでは
工藤:日中関係でみると、まず歴史問題というのが、これまで国民間の意識に大きな影響を与えていました。この評価を今回はどう考えるべきか。つまり、今回の設問でも、相対的に関心が低下しているのかもしれないのですが、去年までの世論は改善的な傾向があったので、両国関係が発展するにつれて歴史問題は徐々に解決する、という楽観的な見方が基本的にあったのですが、それが今回減少してきている。一方で、今日(8月15日)はまさにそういう日なのですが、靖国参拝問題に関しては、どう評価すればいいのかということになるのですが、中国では、「参拝は良くない」という人が半数を超えているのですが、日本の中では「参拝をしても構わない」という人がかなり増えていますよね。
高原:これは心配されることだと思うのですよね。やはり、感情的な反発が去年の事件などを経て、日本社会では強まっているので、そういうことの表れかなという気もします。要するに、中国にそんなに配慮しなくてもいいじゃないか、と。
工藤:そういう声が出ていますよね。
高原:その表れっていう感じがしますよね。ですが、靖国参拝問題というのは、一中国だけの問題ではない。韓国ももちろん強く反発しますが、欧米とも日本は戦ったわけで、非常に誤解を受けやすい行為なわけですよね。靖国を参拝するということの意味が、外国の人にはなかなか分からない。それは文化の違いもあるし、もちろん歴史的な経緯等々、良くわかっている人が多いわけではありませんので、大変シンボリックな、ネガティブな意味を持ってしまうのだということを、日本国民はもう一度思い出さないといけない。ただ、こういう風に感情的に反発すればいいということではない、ということで、ちょっと懸念される材料かなと私は見ました。
フクシマショックは中国人にも影響
工藤:次に、東日本大震災についてなのですが、中国でもかなり大きな出来事として認知されているようで、基礎的な理解として、中国で「日本といえば何を思い出しますか」とか「戦後の出来事で何がありますか」っていうと、東日本大震災を選ぶ中国人がかなり多いのです。そして、少なくとも日本と中国の国民は、日本政府の震災対応に関しては問題があると思っているんですね。ただし、日本の国民は政府の指導力に問題があると考えているのに対して、中国人は、政府の指導力というよりも、周辺国への配慮の足りなさを指摘している。一方で驚いたのは、原発の問題に対する認識です。原発に関して、中国の国内、日本の国内もそうなのですが、日本でも原発はまだ計画途中で、まだ何基も作るという予定があるのですが、日本の国民は減らすべきだと考えています。これに対して中国は200基とかすごい勢いで原発を増やそうとしているわけですね。その中国の人の中でも、今後は現状維持にとどめるべきだとか、減らすべきという人が7割ぐらい出てきています。これはかなり大きな変化だと思います。フクシマショックは日本だけではなく、中国の国民にも影響を与えたようです。
高原:震災が起きて、中国からたくさん記者が来て、現地に行ったわけですね。それで、現場の日本国民の見事な対応ぶりについてかなり報道しました。しかしその後、汚染水の排出の問題等があって、結果的に日本報道のバランスがとれたみたいな、そういう感じがします。それが1点。それから、その結果として、やはり放射能とは怖いものだ、と。これまで原発や放射能について知識があまり無かったところへ、これは大変だという情報が一気に入ったわけですね。それでこうした結果になっているのではないでしょうか。こうした結果、原発についての評価だけではなくて、実際に放射能が日本から届いたらどうしようかということで、みんな塩を買ったり、無意味な噂を信じてやったわけなのですけど、基本的な知識が無い、しかし恐怖感だけはしっかりと植えつけられたというそんな印象がある結果だと思います。
工藤:中国国民の日本対する印象で、やはり大きいのは、冒頭にも言いましたが、やはり原発に対する日本の政府の対応と、尖閣問題でしたから、この2つが中国世論形成上、かなり大きな出来事になってしまったということなのでしょうか。
高原:そうですね、特に尖閣の場合は遠く離れた小島というか岩礁、島ですよね。ですけれども、原発の問題というのは、自分達の身近な生活に関わることですから、次第とそういう生活重視の意識が中国の人たちの間でも当然ながら強まっている、という事情もあるかなと思います。
工藤:そういう状況の中で、結果として日本と中国のお互いに対する意識とか認識が、かなり悪い方向になってきていると。
最後の質問になるのですが、非常に難しいなと思ってきたことは、冒頭にも言いましたが、今まではお互いを知ることによって、お互いへの印象が改善するという状況があって、だから色々な意味で交流を深めていくということを僕達は主張してきたわけですね。それ自体の価値は間違っていないし、これからもまだまだ足りないわけで、しなければいけないのですが、一方で、この間見られたことは、お互いに相手を知ることによってマイナスが出てきている、ということです。この状況をどう考えていけばいいかということなのですね。この問題を乗り越えない限り、単純に言えば、悪化し続けてしまうということがありえるわけですね。これをどのように考えればよろしいのでしょうか。
現実を見据えながら共生できる道を探求するしかない
高原:まさに「実事求是」という真実を追究するという意味の言葉が、中国にありますけれども、正しい相手の姿、そこには、日本側から見ると、中国は経済発展とともに軍備の近代化、軍事力の拡大を続けていくということがはっきりと見えてきた。そして、実際の行動もともなってきたという現状があるわけです。それはそれで正面から見据えて、これをどうにか解決しないことには安心して暮らせない日本人がたくさんいる、という現実があるわけなので、そうした安全保障対話、これをやっていかなければならないわけです。もちろんこれまでも無かったわけじゃありませんけど、我々がどうすれば中国、アメリカ、韓国等も含めてみんなが安心して共生していくことができるのか、その道を追い求め、探し求めるほかない。信頼関係を築くほかないわけですよね。それを真面目に、真摯にやっていくほかない、ということではないでしょうか。
工藤:今日は、この前北京で公表しました、日中の世論調査の分析を中心に高原先生と議論してみました。私たちがこの世論調査をやるのは、それ自体が自己目的ではなくて、そういうことを通じて、両国民の認識とかお互いの理解の状況をきちっと把握したうえで、日中関係、またそれだけにとどまらないのですが、色々なことに関しての相互理解とか、新しい未来に向けての対話の基盤を作っていくということが目的なわけです。
この世論調査は、この調査をベースに日中間が話し合うのですね。そのフォーラムが、今週の日曜日(8月21日)、北京で行われることになっております。先程、高原先生がおっしゃったように、安全保障、政治、経済、そしてメディア、そして地方ですね。これらの当事者の人たち、それもかなりのトップクラスの人たちも参加して真剣に議論を行う予定になっております。この中身に関しては、色々な形で言論NPOは皆さんに公開していきたいと思っておりますので、是非、言論NPOのホームページなどをご覧になっていただければと思っております。
さて、次回の言論スタジオは、福島県の相馬市長に来ていただきます。震災からもう5カ月経っているのですが、被災地の現状について市長と一緒に議論してみたいと思っております。今日は高原先生、どうもありがとうございました。
高原:ありがとうございました。
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8月15日、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生先生をお迎えし、先月北京で公表した日中共同世論調査の結果について議論しました。
2011年8月15(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第3部:お互いの違いを理解することで「共生」の道を探る
工藤:今まで日中関係に対する、両国民の評価を中心にお話しいただいたのですが、今までの相互理解ということでは、相手を知らな過ぎるために、それをなんとか理解することによって、お互いの相互理解が進むという話でこの7年間は動いていました。
つまり、昔の悪化したものを改善していくプロセスだったのですが、その後、劇的な大きな変化が出てきている。それは、中国経済が大きなものになっていって、中国国民もそれに関して自信を持っている。その中で、中国は資源その他を自分達のために確保しなければいけない、その活動がやはりいろいろな形で日本にとっては非常に脅威というか、不安であり、この国はこんなに大きくなって、いったいどうなっていくのかという、基本的にはそういった大きな認識の変化があるような気がしています。
今回の世論調査結果について、軍事的脅威からお話しします。日本は中国をかなり軍事的脅威と見ていまして、昨年のものに比べて中国に関して10ポイントぐらい、中国を脅威と思う人が増えているわけですね。逆に中国人は逆に10ポイントぐらい日本を脅威と思う人が減っています。さらに軍事的な脅威を感じる国が他にないというのが中国で12%まで増えているということがありまして、軍事面でも日本の国民とは意識が違う。この理由は、中国がやはり軍事増強をしているし、空母をつくったり、中国の海軍、船体が日本近海に来ているというということがメディア報道されていますし、そういう問題があると思うのですね。
もう1つ、中国経済の問題がありまして、2050年、中国経済がどうなっているのかという調査で、これを見ると、中国人も日本人もそうなのですが、中国経済の先行きに関して、世界最大またはトップクラスになるという見方が昨年ほどではないのですが、かなり多いのですね。つまり、中国国民にはその自信がかなりある。一方、日本人には、少しずつですが、中国はこれ以上経済的に大丈夫かということに関して、慎重な見方も出てきている。中国の発展を含めた形での大きな変化に対して、日本の世論が非常に戸惑っているというか、どう考えていけばいいかわからないような状況が、世論のそれぞれの項目でマイナスに振れているのではないかと思うのですが、そこあたりは高原先生、どのようにご覧になっていますか。
中国の中では、自国の高成長の行方に冷静な見方も
高原:私は中国が専門なものですから、そういう目から見ると面白かったのは、次の点なのですね。今、確かに工藤さんがおっしゃったように、まだまだ中国が隆々と栄えていくという人が多いのですが、去年と比べると減っているのですよ。そして、「わからない」と答えている人がすごく増えているのですよ。しかし、去年の中国の成長率は10%以上なわけです。高い成長率を保っているにも関わらず、ちょっとわかんないぞ、大丈夫だろうか、という人が増えてきた。これはおもしろい変化だと思うのですね。そこには、様々な原因があるのだけれども、おそらくは、高度成長の歪みといいますか、影といいますか、それは格差であったり、あるいは環境汚染であったりするわけなのですけれども、そういった歪みがきつくなってきた、そういう面もあるのではないかと思って、この結果を見ました。
工藤:確かに、今おっしゃったように、去年、なんか圧倒的に自信過剰だったのが、ちょっとなんか違うのではないかという感じになった。今回、そういう大きな転機を感じますよね。一方で気になっているのは、お互いの経済関係、交流というものを見たときに、確か今まで日中間は、お互いの経済が発展することはWin-Winの関係だと。つまり、中国の人から見れば、日本の経済が発展するのはWin-Win だと。日本の人たちも中国の経済が発展することはWin-Win だという意見が圧倒的に多かったのですが、今年の結果では、中国の人は日本経済の発展を期待している、発展することがWin-Winであるというのですが、日本人が中国経済の発展に関して、脅威だと思う人が3割近くに増えていますよね。
やはり、中国の経済に関しての疑念、今後順調にいくかという疑念を感じると同時に、やはり中国の大国化なり経済に関して、少し気にしている日本人が増えている感じがするのですが、どうでしょう。
高原:特に、去年の尖閣事件の後で、レアアース問題がかなりハイライトされましたよね。実は、その前からレアアース問題はあったわけです。今、中国産のレアアースが世界マーケットのほとんどを占めているわけですが、中国は色々な理由で輸出を減らしているわけですよね。それで、世界の他の国がちょっとそんなに急に減らさないでよ、と。ちゃんと売って下さいよ、というふうに言っているという問題なのですけど、あの尖閣の事件が起きて、中国の税関で、日本向けのもの、あるいは日本から入ってくるものを、ちょっと止めていたわけなのですね。要するに、中国は問題を経済領域に拡張して、なかんずく、そのレアアース問題については世間の注目も非常に大きかった。報道も色々あった。そういった事情が、反映されているのではないかとじゃないかと私は思いました。
工藤:確かにそうですね。結果として、中国も尖閣問題の時は政府も含めて、かなり焦ったっていう印象を日本側に与えちゃいましたよね。
高原:そうですね。レアアースといえば、特に、世界中で非常に大事に思われている資源なので、日本のメディアが取り上げるだけではなくて、欧米のメディアもかなり大きく取り上げましたよね。そういったことで、中国政府もその後、急いでまた元に戻すわけですが、インパクトとしては大変大きかった。中国側とすれば、失敗だった、というふうに今反省している人が多いですね。
工藤:やっぱり、尖閣問題というのは、両国にとっても、かなり大きなダメージというか、いろいろな問題があったということですね。
高原:そうですね。やっぱり、領土問題とかいうことだけではなくて、中国は経済領域とか国家領域にまで影響を広げてしまったので、それで日本側はかなり反発をしましたよね。あれを反省する人が、北京にはいるということです。
感情的反発が靖国参拝を容認する声になっているのでは
工藤:日中関係でみると、まず歴史問題というのが、これまで国民間の意識に大きな影響を与えていました。この評価を今回はどう考えるべきか。つまり、今回の設問でも、相対的に関心が低下しているのかもしれないのですが、去年までの世論は改善的な傾向があったので、両国関係が発展するにつれて歴史問題は徐々に解決する、という楽観的な見方が基本的にあったのですが、それが今回減少してきている。一方で、今日(8月15日)はまさにそういう日なのですが、靖国参拝問題に関しては、どう評価すればいいのかということになるのですが、中国では、「参拝は良くない」という人が半数を超えているのですが、日本の中では「参拝をしても構わない」という人がかなり増えていますよね。
高原:これは心配されることだと思うのですよね。やはり、感情的な反発が去年の事件などを経て、日本社会では強まっているので、そういうことの表れかなという気もします。要するに、中国にそんなに配慮しなくてもいいじゃないか、と。
工藤:そういう声が出ていますよね。
高原:その表れっていう感じがしますよね。ですが、靖国参拝問題というのは、一中国だけの問題ではない。韓国ももちろん強く反発しますが、欧米とも日本は戦ったわけで、非常に誤解を受けやすい行為なわけですよね。靖国を参拝するということの意味が、外国の人にはなかなか分からない。それは文化の違いもあるし、もちろん歴史的な経緯等々、良くわかっている人が多いわけではありませんので、大変シンボリックな、ネガティブな意味を持ってしまうのだということを、日本国民はもう一度思い出さないといけない。ただ、こういう風に感情的に反発すればいいということではない、ということで、ちょっと懸念される材料かなと私は見ました。
フクシマショックは中国人にも影響
工藤:次に、東日本大震災についてなのですが、中国でもかなり大きな出来事として認知されているようで、基礎的な理解として、中国で「日本といえば何を思い出しますか」とか「戦後の出来事で何がありますか」っていうと、東日本大震災を選ぶ中国人がかなり多いのです。そして、少なくとも日本と中国の国民は、日本政府の震災対応に関しては問題があると思っているんですね。ただし、日本の国民は政府の指導力に問題があると考えているのに対して、中国人は、政府の指導力というよりも、周辺国への配慮の足りなさを指摘している。一方で驚いたのは、原発の問題に対する認識です。原発に関して、中国の国内、日本の国内もそうなのですが、日本でも原発はまだ計画途中で、まだ何基も作るという予定があるのですが、日本の国民は減らすべきだと考えています。これに対して中国は200基とかすごい勢いで原発を増やそうとしているわけですね。その中国の人の中でも、今後は現状維持にとどめるべきだとか、減らすべきという人が7割ぐらい出てきています。これはかなり大きな変化だと思います。フクシマショックは日本だけではなく、中国の国民にも影響を与えたようです。
高原:震災が起きて、中国からたくさん記者が来て、現地に行ったわけですね。それで、現場の日本国民の見事な対応ぶりについてかなり報道しました。しかしその後、汚染水の排出の問題等があって、結果的に日本報道のバランスがとれたみたいな、そういう感じがします。それが1点。それから、その結果として、やはり放射能とは怖いものだ、と。これまで原発や放射能について知識があまり無かったところへ、これは大変だという情報が一気に入ったわけですね。それでこうした結果になっているのではないでしょうか。こうした結果、原発についての評価だけではなくて、実際に放射能が日本から届いたらどうしようかということで、みんな塩を買ったり、無意味な噂を信じてやったわけなのですけど、基本的な知識が無い、しかし恐怖感だけはしっかりと植えつけられたというそんな印象がある結果だと思います。
工藤:中国国民の日本対する印象で、やはり大きいのは、冒頭にも言いましたが、やはり原発に対する日本の政府の対応と、尖閣問題でしたから、この2つが中国世論形成上、かなり大きな出来事になってしまったということなのでしょうか。
高原:そうですね、特に尖閣の場合は遠く離れた小島というか岩礁、島ですよね。ですけれども、原発の問題というのは、自分達の身近な生活に関わることですから、次第とそういう生活重視の意識が中国の人たちの間でも当然ながら強まっている、という事情もあるかなと思います。
工藤:そういう状況の中で、結果として日本と中国のお互いに対する意識とか認識が、かなり悪い方向になってきていると。
最後の質問になるのですが、非常に難しいなと思ってきたことは、冒頭にも言いましたが、今まではお互いを知ることによって、お互いへの印象が改善するという状況があって、だから色々な意味で交流を深めていくということを僕達は主張してきたわけですね。それ自体の価値は間違っていないし、これからもまだまだ足りないわけで、しなければいけないのですが、一方で、この間見られたことは、お互いに相手を知ることによってマイナスが出てきている、ということです。この状況をどう考えていけばいいかということなのですね。この問題を乗り越えない限り、単純に言えば、悪化し続けてしまうということがありえるわけですね。これをどのように考えればよろしいのでしょうか。
現実を見据えながら共生できる道を探求するしかない
高原:まさに「実事求是」という真実を追究するという意味の言葉が、中国にありますけれども、正しい相手の姿、そこには、日本側から見ると、中国は経済発展とともに軍備の近代化、軍事力の拡大を続けていくということがはっきりと見えてきた。そして、実際の行動もともなってきたという現状があるわけです。それはそれで正面から見据えて、これをどうにか解決しないことには安心して暮らせない日本人がたくさんいる、という現実があるわけなので、そうした安全保障対話、これをやっていかなければならないわけです。もちろんこれまでも無かったわけじゃありませんけど、我々がどうすれば中国、アメリカ、韓国等も含めてみんなが安心して共生していくことができるのか、その道を追い求め、探し求めるほかない。信頼関係を築くほかないわけですよね。それを真面目に、真摯にやっていくほかない、ということではないでしょうか。
工藤:今日は、この前北京で公表しました、日中の世論調査の分析を中心に高原先生と議論してみました。私たちがこの世論調査をやるのは、それ自体が自己目的ではなくて、そういうことを通じて、両国民の認識とかお互いの理解の状況をきちっと把握したうえで、日中関係、またそれだけにとどまらないのですが、色々なことに関しての相互理解とか、新しい未来に向けての対話の基盤を作っていくということが目的なわけです。
この世論調査は、この調査をベースに日中間が話し合うのですね。そのフォーラムが、今週の日曜日(8月21日)、北京で行われることになっております。先程、高原先生がおっしゃったように、安全保障、政治、経済、そしてメディア、そして地方ですね。これらの当事者の人たち、それもかなりのトップクラスの人たちも参加して真剣に議論を行う予定になっております。この中身に関しては、色々な形で言論NPOは皆さんに公開していきたいと思っておりますので、是非、言論NPOのホームページなどをご覧になっていただければと思っております。
さて、次回の言論スタジオは、福島県の相馬市長に来ていただきます。震災からもう5カ月経っているのですが、被災地の現状について市長と一緒に議論してみたいと思っております。今日は高原先生、どうもありがとうございました。
高原:ありがとうございました。
8月15日、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生先生をお迎えし、先月北京で公表した日中共同世論調査の結果について議論しました。