北京-東京フォーラムで何が語られたのか

2011年11月17日

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 代表工藤は、このフォーラムが6年間の間に果たした役割と、7回目のフォーラムがどのような意義を持っていたのか、をまず3氏に尋ねました。

 高原氏は『北京―東京フォーラム』は「世論調査に基づいて議論されている」点が大きな特徴であると述べ、加藤氏は、3月11日の東日本大震災を契機として中国の日本に対する見方が変化する中で、「一つの特定分野ではなく、包括的で大規模な対話を民間主導で行うことが画期的で非常に意義があり、それがこのフォーラムに期待されること」と語りました。

 小島氏は、中国の経済力が日本を上回り、今後ますます大きな規模に拡大しようとしている点を挙げ、「中国国内のナショナリズムの再発が懸念されている中で、両国が共同で何かに取り組み、具体的な課題を解決しようとする姿勢が、今回の『北京―東京フォーラム』で初めて生まれてきた」と述べました。

 また、分科会の内容に関しては、高原氏はメディア対話に参加して驚いた点として、中国側から自らの報道ぶりに対する反省の声が出されたことを紹介し、両国のメディアの在り方について、これまでの対話と明らかに異なる議論が実現したことを強調しました。同じくメディア対話に参加した加藤氏も、日本の原発事故の事実を追い求めている勇敢な中国メディアの例を挙げたうえで、「ジャーナリストとして事実を報道したいという意気込みが中国側から感じられた」と述べると同時に、両国の現状について、中国におけるインターネットメディアの台頭が日中両国民の感情の距離感を縮小させる流れをもたらしているとの見方を示しました。

 一方、経済対話に参加した小島氏は、「中国において質を求める経済成長モデルへの転換が図られているという指摘が繰り返しなされ、中国はそれを行う上で日本から学ぶことが非常に多いという議論がなされた」と述べ、中国の変化とその下での中国の中小企業の近代化や日本との協力の在り方が、議論の中心になったことを説明しました。

 続いて、今後の日中関係に関して話が進み、加藤氏は「日本は中国を豊かにする力があり、中国も日本を豊かにする力がある」という日中の相互補完関係を改めて指摘しました。一方の小島氏は、戦後続いてきたアメリカを中心とする世界経済レジームが崩れる中で、中国の大国化と日中関係の存在感がますます大きくなってきている、と指摘し、「日本の戦後経済を客観的に学びたいと考える中国の専門家が非常に多い」と述べ、そこにこそ、日中両国の将来的な協力の広がりがあると強調しました。最後に高原氏は、日本と中国は国情、発展段階が異なることを前提に、「日本は近代化の真っただ中にある中国の実情を冷静に見定めるべきだ」と指摘、『北京―東京フォーラム』にはそうした共通認識の下で、日中両国やアジアの利益のために、冷静で真剣な議論がますます求められるだろう、と述べました。

文責:インターン 安達佳史(東京大学)

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第1部:フォーラムは日中関係を多面的に、かつ本音で議論する場

 工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、今日の言論スタジオは、ちょうど2カ月余り前に、北京で行われた「北京-東京フォーラム」という日本と中国の民間の対話に出席していただいた3方がゲストです。この対話では今後の日中関係を考えるうえで非常に重要な議論が行われたのですが、なかなかそれをみなさんに報告する機会がありませんでした。そこで、今回は、「北京-東京フォーラムでは何が話し合われたのか」ということについて、報告ならびに議論を行っていきたいと思います。

では早速ですが、ゲストのご紹介です。まず私の隣が東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。高原先生は「北京-東京フォーラム」のメディア対話の前半の司会で協力していただきました。高原さん、よろしくお願いします。

その隣は日本経済研究センター研究顧問の小島明さんです。小島さんには経済対話の司会をお願いしてやっていただきました。小島さん、今日はよろしくお願いします。

その隣がNHKの解説主幹の加藤青延さんです。加藤さんにはメディア対話の後半の司会をお願いしました。今日、来られている3人の方々は単なる司会というだけではなくて、どの方も日中問題、また中国の専門家ということで、今回の「北京-東京フォーラム」の議論全般についても議論に参加してもらおうと思っています。


なぜフォーラムを立ち上げたのか

さて、私たちのこの「北京-東京フォーラム」というのは、まだ知らない方がいらっしゃると思うのです。6年ちょっと前、2005年に北京で反日デモが行われ、中国の学生がプラカードを持っていろいろな抗議をしたことを記憶している方もいらっしゃると思います。あの時に、日中の国民同士がもっと相互理解を深めようということで、民間で、しかも本音で議論をしようと、そういう対話のチャンネルを作り上げようということで立ち上がったのがこの「北京-東京フォーラム」です。なんとあの05年8月、反日デモの余韻が残っている北京でこれを立ち上げました。

しかも、後から少し説明することになると思いますが、その際に私たちは中国の国民の、また日本の国民の世論調査をやって、お互いなぜ反発しているのか、ということを含めて、世論の動向をきちんと理解しながら議論をしようということでこの対話が行われたわけです。

それが7年間続いて、今年でようやく7回目に来たわけですが、この7年の間に日中関係も変わりました。この対話もかなり発展してきましたが、この対話は、まずこの日中関係の中でどんな役割を果たしてきたのか、また、今回の7回目の対話というのはどんな政治的な局面、経済的な局面の中で行われたのか、から話を始めていただきたいと思います。まず高原さんからどうでしょうか。


日中世論調査をもとに議論

 高原:昨今の世界情勢を見渡してみますと、欧米の危機が大変に大きな閉塞感を世界全体にもたらしている。そういう中で日本と中国が、これからどのように関係を発展させていくことができるのか、できないのか、ということはとても重要な意味を持っているわけです。日本と中国の間で様々なレベルの対話が要求される時代です。その中でこのフォーラムは非常に重要な役割を発揮してきましたし、特にそれぞれの国において、かなり大規模な世論調査をきちんと実施した上で議論に臨んでいるという大きな特徴を持っています。この世論調査の結果が、今では相当エスタブリッシュされてきて、たとえばこの間、私は外務省が幹事をやっている新日中友好21世紀委員会の委員もしているのですが、その日本側委員に配られた資料の中に、言論NPOがやっている世論調査がしっかりと入っている、そういう事実もございます。

工藤:小島さん、どうでしょうか。


中国側は相互理解促進にフォーラムを利用

 小島:そうですね。私は今ご紹介があった2005年の最初の回から出ています。あの時、中国のメディアがどうやってこれをカバーするのか、非常に注目していたのですが、ある意味でポジティブな驚きを感じました。というのは、公開のセッションに中国のメディアがみんな入っていました。そして、最後までよく聞いていました。あと、それが報道される時に、解釈をなるべく抑えながら、日本側からこういう意見があった、中国側からこういう意見があった、というように、発言を直接追う格好でそのまま外に伝えた、ということが1つあります。それから、05年当時は中国が主催国でしたから、そういうことを意図して中国の政府がこの会議を運営したということですね。やはり、先程の世論調査もありますが、アジアの一番重要な2つの国が隣同士でこんなに関係が悪い、相互に国民感情が悪いということでいいのか、ということを自覚した。現実にアジアにおける色々な協力関係とか地域統合、連携の話も日中がうまくいかないと駄目だということを、その他のアジアの国々は問題視していたわけです。

そういうことも含めて、やはり、このスタートから意外とうまい展開が続くなという感じで見ていました。現実に、その後もこの会合に対する中国側の対応というか視線というのが非常に前向きでして、ある意味では政治的にも政策的にもこのグループをうまく活用して、要するに日中関係についての相互理解を政治的にうまく促進しようというかなり積極的な意思も感じられました。それに、現実に日本で開催した時に中国側から出てきた人たちは人数も多いだけでなくて、かなりのレベルの人たちが引き続きずっと継続的に出ていました。そういう意味で非常に重要なフォーラムだと思います。

よく政冷経熱と言われますが、今回の会議でも新しいバージョンの政冷経熱が必要である、政治の「冷」は冷たいじゃなくて冷静である、と。政治が冷静でないと、少なくとも中国の一般国民の冷静さは確保できないし、そういう意味でも間接的ではありますけど、フォーラムには日中の相互理解を通じた前向きな協力関係という1つの役割というものがむしろ期待されるし、そういうミッションを感じてきております。

工藤:加藤さんどうでしょう。


包括的に日中関係を捉える大きなベース

 加藤:中国と日本の関係をお互いに話し合う時に、非常に狭いレベルで専門家同士が話をしてもあまり意味がない。日中関係が悪くなっていて、どうなっているのだろうという時に、経済だけとかメディアだけとか、あるいは安全保障に関わっている人だけでお互いにやっているのが実状でした。今まで中国というのは非常に大きくて捉えどころがなくて、こっちとだけやっていてもあっち側の人は全然違うことを考えているとか、非常に広い相手でありまして、なかなか捉えどころがなかった。ですけど、この「北京-東京フォーラム」はそれぞれの分野で分科会を開いて、包括的に色々な専門家が同時にお互いの意見を述べ合う。これによって、中国全体を日本全体で捉える、というような構図で話し合いができることになった。これは非常に画期的なことであるという風に思っています。

米中の間では、安全保障と経済とそれからむしろ制服組も含めた包括的な、それこそワシントンの人が全部北京に、北京の人が全部ワシントンに行くような、そのくらいの大規模な政府間対話をやっている。日本と中国の政府の間でもそういう対話をしたらいいのですが、なかなかできない。日中関係を考える時に、私たちはいろいろな民間ベース、政府も含めて幅広くやる時に、このような大掛かりな対話でいっせいにどん、とやることは非常に大きな意味がある。「北京-東京フォーラム」はそうした枠組みとして非常にいいものができたという意味がある。そして効果を挙げてきたなと思っています。日中関係の現状は確かに悪い。ちょうど去年のフォーラムが終わった後に尖閣で漁船の衝突事件があって、日本の中国に対する国民感情は非常に悪くなった。中国の方もまた日本に対して悪くなった、ということもありましたけどね、それをどう乗り越えるのか、ということを考えなくてはいけない状況になった。しかし、その前に我々は反日デモでどうしたらいいかということを考え、それから餃子事件ですね。食品の安全問題でどうしたらいいかを考えながら乗り越えて少しずつやってきた。そういう実績の中で、またこの問題をいろいろと話し合えるということが非常にすばらしいことであり、日中関係をお互いに考える上でフォーラムが非常に大きなベース、舞台となったなという風に受け止めております。


忘れられない第1回世論調査発表の光景

工藤:みなさんのお話を伺って僕も思い出したことがあります。それは、小島さんの顔でした。それは、第1回目の「北京-東京フォーラム」の世論調査を発表した時のことです。中国では世論調査をやるのは大変です。初めはなかなか中国も認めてくれなくて、最後は「発表するの?」みたいな感じで、「学術的に使うのではないの?」みたいな話だったのですが、1回目のフォーラムの時に、僕は壇上で世論調査を発表しました。あの時の光景が今でも忘れられなくて。会場がシーンとなってしまったわけです。何を言ったのかというと、あの時は中国の国民の半分以上が今の日本を軍国主義だと見ていると。今の日本をですよ、昔じゃなくて。これはどうしてなのだろうか、ということを壇上で僕が説明したのです。すると、会場では出席者がみんな一斉にメモを取りはじめました。
その頃、みなさんに言われたのが、日中で議論したってしょせん儀礼的だし、本音は言わないよ、と。ところが、分科会が終わって帰ってきた時に小島さんが言った言葉に安心したことを今でも覚えています。「かみ合ったよ」っておっしゃったのですね。多分、そのかみ合ったという意味はお互いここまで感情が悪化した、その背景にお互いの理解がこういう状況なのか、これは誰が考えてもまずいのではないかと。ということが、共通のベースになったのではないか、という気がしたのですが...

小島:向こうからもこんなに悪いのかと驚いていて、これでいいのかと。
工藤:中国側も驚いていましたよね。

小島:という感じがありましたよね。したがって、ずっとこの調査の結果については向こうも関心を持っているのではないでしょうか。

おそらく、中国で世論調査ができたというのはちょっと奇跡かもしれませんね。
工藤:奇跡で、あれをああいうふうに公表したのもね。
加藤:考えられないですね。

工藤:なので、あそこから始まったと。今、加藤さんの話を踏まえて思ったのですが、それから何回も国民間の感情の悪化はありました。今回も晩餐会の時に、王晨新聞弁公室の大臣が、「このフォーラムは何か困難があった時に行われる」って言っていましたね。だから、やっぱり絶えず困難を何とか民間の対話の力で直そうというのが、この対話の共通の認識になっているという感じがしました。ただ、それにしても、始めた05年まではいかないのだけど、今年、去年、何か非常に日中関係がよくないような感じがしています。それから、国民感情も、今回の今年の7月時点での日中共同世論調査でも日本人の8割、中国人の6割が相手に対して良い印象を持っていない。非常に何かが変わり始めている感じがあります。今回のフォーラムはどのような状況下で行われたのでしょうか。


中国側が国内事情を背景に、日本側に積極的な呼びかけ

高原:色々な問題があると思います。1つは、例えば日中関係について言いますと、昨年はみなさんご存知のように経済規模で中国が日本を上回りました。これはやはり1つの象徴的な事件であって、いわゆる伝統的な意味での国力のバランスの変化ということが進行してきたわけですが、1つの一里塚を迎えたということがあります。それからもちろん、去年は特に尖閣沖の漁船衝突事故がありました。中国の国内を見てみますと、経済的には非常に勢いがあるのですが、しかし実は、人々の将来に対する不安とか現状に対する不満というのは高まっている状況だと思います。

今回の言論NPOの世論調査を見ても、これからの世界政治をリードしていく国や地域はどこか、という問いがありました。去年は「中国である」と答えた人は5割近くて、49.7%いたけども、今年の調査だと40.8%しかいない。9ポイントも下がっています。あるいは、経済についても、将来、中国がアメリカと肩を並べる、あるいはそれを超える国になるかという問いに対しても「そうだ」と答える人は中国で減っているわけです。この結果は実は、我々の調査だけではなくて、シカゴに本部があるピューという会社がやっている調査でも同じことが出ているわけですね。ですから、中国の人たち自身は、実は自分たちの国の将来に対して少し不安を持つようになった。もしかしたら、少しではなく強い不安を抱くようになってきている。そういう状況の下で、しかし、エリート達は何とかして日中関係を良くしていきたいと思っている。中国は平和的な発展を遂げていきたい、それが中国の国益なのだということを一生懸命アピールしようとしている。そういった状況の中で開かれたフォーラムであり、日本側に対する様々な積極的な呼びかけ、あるいは中国の国内の変化の気配をうかがわせるような発言が行われたのではないかと思います。

工藤:小島さん、はどうでしょうか。


両国関係は歴史的な転機にあるのでは

小島:まず経済力が拮抗して屈折してきたということと同時に、それを背景に自信が中国側に生まれている。リーダーシップの自信は、そのために物事を総合的に判断するゆとりが生まれて、要するに色々な問題点についても議論するゆとりが生まれた。一方で、国民レベル、一般庶民レベルではこれまでの歴史的に屈折した日本に対する感じが逆に出て、ネガティブなナショナリズムが生まれやすいというところもある、日本は少しいじけたような気分があるし、そういう複雑な、屈折したところじゃないでしょうか。今回これから議論するわけですが、両国が共同で何か国際的な貢献をするとか役割とかというような視点が初めて積極的に生まれてきたという感じがしますし、非常に歴史的な転機に両国関係があるのではないか、という感じがします。

工藤:加藤さん、日本は地震もありましたよね。


中国人の発想は我々に近づいている

加藤:そうですね。日本の大震災ですね、これも非常に大きな、中国にとっても日本を考える時に違う見方というものが生まれてきたと思いますね。私はそれに加えてやはり、中国のインターネットがものすごく大きな役割を果たして、1つの世論形成をし始めていると思います。もともと、中国の中で比較的開放的な気分の中で価値観が多様化しているというところもあったのですが、それがインターネットにどんどん反映されて、しかも、ツイッターのような非常に短いブログで一気に意見を述べ合うという状況が生まれた中で、段々、中国の人たちの考えというのが、我々に近づいてきているのではないか、そういうものを感じるような雰囲気の中で始まったという感じを今回受けました。

工藤:すると、ナショナリズム的な動きもあるし、一方でインターネット、ツィッターを含めた形で多くの人たちが何かを知る、発言するような動きの中に中国があると。

加藤:もちろん、ナショナリズムの現出もありましたけど、それよりももっと我々が今まで考えなかったような中国人の新しい発想とか、我々に近い何か共感を覚えるようなものとか、そういうものがこのインターネットの上にどんどん書き込まれ始めて、中国人変わってきているぞということを非常に感じます。

工藤:では、ちょっと休息をはさんで、今年の「北京-東京フォーラム」では何が話し合われたのか、ということについてみなさんと話をしていきたいと思います。

報告   

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2部:言いっ放しから、協力の実を求める対話へ

5つの分科会にハイレベルの人たちが参加

工藤:では、議論を続けたいと思います。私も、今回の対話はこれまでの6回と何か違うなという印象を受けました。今までも議論はかなり、本気に行われるのですが、一方で、お互いにやり合いになってしまって、互いの主張を言い続けるということがあったのですが、今回は、さっきも加藤さんがおっしゃったように、共通の何かができ始めた、という感じがしました。

今回5つの分科会が行われたのですが、1つは「メディア対話」ということで、高原先生と加藤さんに参加いただいた対話です。日中のメディア同士、また世論調査に関係するような知識を持っている方々に参加してもらっています。それから、「経済対話」には、一線の経営者や小島さんみたいな、経済問題、日中関係やグローバル経済について発言できるハイレベルの人たちが今回集まりました。そして、「政治対話」。これは日中の政治家同士が対話するのですが、開催国の大学生が政治家に直接、意見をぶつけて議論をするという形をとっています。それから、「地方対話」というのは、日中の首長の人たちに参加してもらっています。今回も京都府知事とか長岡市長、あと新潟県知事も参加しました。それから、「外交・安全保障対話」、これは尖閣問題を含めた安全保障の問題を本気で議論しようということで、本当にハイレベルの人が集まりました。この5つの分科会を同時に行いました。僕は、裏方で色々な分科会を見たのですが、一番気になったのは「メディア対話」でした。メディア対話では、これまでの対話とは違う感じがしたのですが、何が違ったのかということを、高原さんと加藤さんから話していただきたいのですが、まず、高原さんからお願いできますでしょうか。


中国メディア側もいろいろ反省の声

高原:過去1年、大きな事件が2つあったわけですね。1つは、尖閣沖の漁船衝突事件、それから、もう1つは東日本大震災。その2つの大きな事件の際の両国のメディアの報道振りを振り返って、反省しようではないかと。その場合に相手を批判するだけではなくて、自己批判もちゃんとしようではないかということを最初に呼びかけたわけです。そうしましたら、日本側から東日本大震災の時に、もう少し真実を追求できなかったのか、という声が予想通り出てきたわけです。ところが、大変驚いたことに、中国側からも尖閣漁船衝突事件の時の色々な反省の声が出てきたわけです。きちんと事実を確認しないで報道してしまったとか、あるいは、文脈は別でしたけど、新華社の報道を名指しで批判する人民日報の幹部であるとか、そういった人たちが出てきました。いい意味での大変な衝撃を感じたわけです。だから、一部のジャーナリストの間ではナショナリズムや国に引っ張られたり、あるいはコマーシャリズムに押されて、商業主義に流されたりということはあるのだけど、何とかしてジャーナリストとして、ジャーナリズムをその間に屹立させたいという意志を私は強く感じました。

工藤:今の話は、日本から見れば当たり前なのですが、今までなかったことですね。加藤さん、どうでしょうか。

加藤:私は、前にも一度このメディア対話に参加させていただいたことがありました。その時は、中国のメディアとの話は、異質の相手と話をしているな、という感じがしました。中国のメディアというのは、当然、政府の宣伝機関という役割を果たしていますから、ともかく国益重視で国のためにやるのだ、という意識が非常に強い。日本のメディアはむしろ真実を追求する、それが我々の役割だということで、公益のためにやるのか、国益のためにやるのか、という議論をしていたわけです。ところが、今回、彼等と話しあっていて、どうも違って来ているのですね。

丁度、大きな地震もありました。それで、福島原発に20キロの制限区域が設けられていますが、中国のメディアもそのギリギリまでヘリコプターで飛んでいって、それでかなり取材をしていました。そういうのを私たちも見ていて、よその国に行って、しかも、ヘリコプターで飛んで言って被曝することもあり得るわけですから怖いわけです。ですから、今回のメディア対話では、中国のメディアの方が随分先の方まで報道したのではないか、という誤解まで生まれたくらいです。もちろん、我々もちゃんと取材はしていました、ということは言いましたけど。中国のメディアが非常に、日本の災害を必死になって追いかけていって、原発事故で今どういうことが起こっているのだろうか、あるいは周辺でどういうことが起きているのだろうか、ということを克明に追いかけていこうとしているわけです。その勇敢な姿を我々も見まして、随分、中国のメディアはがんばっているなということを感じました。

工藤:それは、凄くがんばっていますね。


中国メディアの頑張りに共感

加藤:その後に、例の高速鉄道の事故がありました。その高速鉄道の事故で、自分の国なのにガンガン攻めていったわけですね。それで色々な問題点を洗い出したり、遺族の人たちの鉄道省への不満とか、鉄道省のやり方に対して、もの凄く色々、率直な意見を出してきた。今度、逆に政府からブレーキがかかって、もうやるなと言われているのに、むしろ現場のジャーナリスト達は、自分達がこれをどうしても伝えたいということで、掟破りをして報道して処分を受けたりしている状況の中で、今回のメディア対話は行われていたのです。ですから、私たちは対立する相手と言うよりは、むしろ、お互いに闘う仲間のような共感さえ覚えました。特に、新京報という、メディア対話の後に共産党の管理下におかれてしまったのですが、その人も来ていたので、我々も見ていたけど、あなたたちの報道は凄いね、ということを伝えました。そうしたら、彼等も自分達が、メディアとして伝えたいことを伝えるのだ、という意気込みが我々にも伝わってきました。
今までの対話だと、何となく罵りあいとか喧嘩みたいな状況だったのが、何か、ジャーナリストとしての共感というものを、ひしひしと感じるような対話でした。もちろん、政府の立場もあるし、中国の政府からの色々な規制もあるでしょうから、それは私たちとは比べようもないぐらいの手枷足枷があるのでしょうけど、その中でも彼等は何かやりたい、ということが見え隠れしていました、だから前は、あなた方は国のいいなりで、宣伝機関みたいじゃないかということを言ってきたのですが、我々も逆に責められず、もうちょっとがんばって、という何か不思議な対話になりました。

工藤:これ、高原さん、どういうことなのでしょうか。

高原:色々な制限があるということを愚痴るような発言も幾つかありました。例えは、ボスがいて、ボスの顔色を見ながらやらないと仕方がないだろとか、なかなかメディアは世論の潮流に逆らうことは難しいですよとか、我々も非常に共感できるようなことを、率直に言っていました。

工藤:どうして、今回、そういう話になったのですか。去年まではそういう話はありませんでしたよね。

加藤:そうですね。むしろ、体質の違いが浮き彫りになって、お互いに違うのだ、異質なのだということでしたからね。

工藤:やはり、同じ取材の戦場を共有したからということなのでしょうか。それとも、ツイッターを含めた環境の変化なのでしょうか。

高原:そうですね。さっき加藤さんがおっしゃった、新しいメディアの存在が、彼等を刺激しているのではないかなという気がしています。自分達が報道できないようなことが、そういった新しいメディアを通して、多くの人に伝わるようになってしまっているわけですよね。そうすると、自分達は一体何なのか、誰なのか、というアイデンティティが、非常にシャープに問われるようになってきているのではないか、という気がします。

工藤:これに対する感想を小島さんに聞く前に、サンプル数は49人と少ないのですが、言論スタジオの前にアンケートの話を少しします。先程から高原さんと加藤さんがおっしゃっているように、メディア対話で中国社会の変化が垣間見える一面があったのですが、「あなたは中国社会で何かの変化が始まっていると思いますか」ということを質問したら、60.8%の人たちが中国に何かの変化が始まっているのでは、と思っている、ということでした。ただ、回答者の中にはメディアの人たちも多いのですが、やはりインターネットの普及の問題とか、市民の問題意識の変化とか、政府に対してものを言うような動きが出てきたのではないかというのが理由でした。そういうことを理由として、社会に於ける何かの変化があるのではないかと。ただ、それがずっと自由にいくものなのか、という問題はありますけど、そういう声が寄せられました。小島さんは、今の話を聞いていて、どうでしょうか。


中国当局はソフトランディングを重視しているのでは

小島:そういう変化を中国の政府自身がどう捉えているか。やはり変化はあるのでしょう。しかし、変化が急激に走り出しますと管理不能になる。あれだけ巨大な人口社会ですから、安定したレジームに乗せるためのソフトランディングというのは非常に重要であって、その辺りは中国当局もかなり神経質に見ているのではないでしょうか。それから、インターネット規制も入ってきたりしているので、徐々に変えていこう、と。急に変わってしまうということに対する危機感というのは、あるのではないかと思います。

高原:さっき加藤さんがおっしゃったように、夏までは割と鋭く政府なり、鉄道省を批判していた新聞が、共産党に接収されたりする、そういうことも起きています。10月に開かれた共産党の中央委員会総会では「文化」ということが大きなテーマになって、やはり管理を強化していこうというラインも出てきているので、まだ共産党の主流の考え方が変わったわけではないですね。中央宣伝部というお役所があって、きちんとメディアを管理するということが重要な職務でありますので、この土台、大きな枠組みというのは揺らいでいないのだけれども、色々なメディアが出てきて管理も難しくなってきた、というせめぎ合いの揺れが非常に大きくなってきているという印象です。

工藤:ツイッターなどの新しいメディアが参加していたから、メディア対話の議論になったのか、それとも、今まで管理されたものが変化し始めたということなのでしょうかね。

加藤:相乗効果的なものがあるような気がします。元々、メディアを使って地方の腐敗などを暴き出そうという監督機能を持たせようという考え方はあって、そういった調査報道みたいなものは、中央の体制を覆さない程度には許し始めたところはありました。それにツイッターなど新しいインターネットメディアの登場によって、悪を追求しようという意識がもの凄く強くなっている。その中には、当然ながら今の共産党の体制自体をおかしい、というような考え方ももちろん含まれていて、それが1つのジャーナリズムの中に溶け込んでくる、という効果が出てきているのではないかと思います。

工藤:小島さん、段々時間がなくなってきたのですが、去年の日中共同世論調査では、中国は経済成長について自信満々でした。

小島:特に、2008年のアメリカでリーマンブラザーズが破綻して、アメリカモデルはダメだというようなこともある。

工藤:そうです。それで、自分達の国はアメリカを抜いてしまうみたいな感じですよね。

小島:それから、最近は、ヨーロッパのギリシャを支援しようとかいうことを中国政府が言い出したりしている。

工藤:なので、中国は去年、かなり自信満々だったのですが、この1年の間に少し消極的な見方も出てきている。経済対話では、こういう問題について何かあったのでしょうか。


中国側は経済発展モデルの転換を強調

小島:おそらく中国側がフォーラムで非常に経済について関心を持ったのは、今年の3月に全人代で採択した第12次5カ年計画の中身が、これまでとかなりトーンが違ったからです。私は中国が専門ではありませんが、ある意味では1992年に鄧小平さんが、黒いネコでも白いネコでも、ネズミを捕ればいいということで、ともかく先富論で高度成長ばく進路線を敷いたわけです。それがずっと続いて、確かに高度成長はしたのですが、それに伴う歪みが出てきたわけです。その歪みがかなり社会的な問題になってきて、それをうまく管理しないと、今言われていたような新しいメディアの動きもあるし、来年はレジームチェンジでトップが替わりますよね。そういう中で、正統性の担保として、新しい経済の方向を考えなければいけない。

中国側の全員が、経済の議論では、経済発展モデルの転換を言っていました。これまで通り走るのではなく、クオリティであり、イノベーションである。それから、格差を無くす、あるいは環境に優しいし、エネルギーもあまり使わない。そういうことを考える。それから、バブルも防ぎたいということでした。そこまで来ると、日本から学ぶことはあるじゃないかと。それをちゃんとやらないと、レジームの正統性がこれから一層問われる、ということを今回の会議でも本気で真剣に議論している。

工藤:すると、経済対話においても1つの転換だったということですか。

小島:今度の5カ年計画は、ある意味では高度成長ならいいという鄧小平路線からの卒業であって、ポスト鄧小平路線ではないかという風に、経済的には見られています。

工藤:でも、日中の経済協力ということに関しては、やろうという意識なのですか。


中国側は日本の中小企業に強い関心を示す

小島:それを考えると、日本とは、まだまだ協力をお互いにしないとダメだ、日本が必要だということが、中国は逆にわかったのではないでしょうか。環境技術に関しても、相当な努力をしている。省エネもそうですし、イノベーションの在り方もそうです。それから、盛んに中小企業のことを言っていました。中小企業が非常に地道な努力でイノベーションをやっている、それが日本の醍醐味だ、あるいは、技術をリードしているのだ、と。従来、大企業ばかりと話をし、関心を持っていた、と。なぜ中小企業と言っているかというと、1つは、全体の考え方の違いと震災です。東北に世界の産業全体に影響を与えるようなサプライチェーンがあり、産業を支えていたわけです。

また、被害があった後、電力不足や放射能の問題、円高などが重なり、中小企業が苦しんでいるのなら中国にいらっしゃい、ということがある。つまり、サプライチェーンは日本の強さだ、と、だから中国でも持ちたい、ということがあるのですね。それは、東芝でも松下でもなくて、中堅・中小企業なのですね。だから、凄い秋波を日本の中小企業に対して送っている。それはやはり、経済の運営の仕方において、中身を変えて行こう、と。量から質、経済の質と構造変化、それが、彼等がしきりに言っていることです。全体会議の経済対話でも言っていましたが、経済の発展モデルの転換です。彼等にとっては、非常にきつい言葉です。

工藤:その転換について他の人にも聞きたいと思ったのですが、一度、ここで休憩を入れます。

報告   

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第3部:中国経済の抱える問題点と日中協力の意義

工藤:それでは議論を進めます。今、ちょっと話が途中になったのですが、非常に面白い議論なのでもう少し進めたいのですが、事前に行ったアンケートで、「中国経済はこのまま順調に成長しますかと」と質問したところ、70%位の人が、これまでのような成長はできないのではないか、と回答していました。一概には言えませんが、今までの僕たちの世論調査でも、中国の経済成長の可能性を消極的に見る人はいましたが、7割ぐらいもいるということはありませんでした。それが、先程の転換ということに表れているのかもしれません。ただ、休息中にも話をしたのですが、中国経済は転換しなければいけないという局面にきているのかもしれません。しかし、それができるのか、という問題があります。その辺りについて、高原さんはどのように思われたでしょうか。


中国の構造転換はむずかしい

高原:やはり、難しいというのが結論なのですが、今、大きな国有企業が、いわゆる国民経済の要のセクター、インフラであるとか、あるいは国防産業なのですが、そこが寡占状態で稼いで、そういった企業で働いている人は、給料が上がって調子がいいわけですが、そういう大変に調子のいい部分と、賃金が上がらない部分とはっきりと分かれてきている。この構造を果たして変えられるのだろうか。だからこそ、一生懸命、中小企業を育成して、底上げをしようという意図はよくわかるのですが、最近も中小企業に対する金融がうまくいっていない。資金繰りで大変苦しんで、夜逃げしたり、飛び降り自殺したり、そういう中小企業が増えてきているということは、大変重要な問題として温家宝総理も心配していて、浙江省に飛んだりしているのが実状です。

そうした構造転換が難しいということは、みんな分かっているのですね。何も新しい課題ではないのです。もう20年前から構造転換をしなければ、あるいはこれまでのようなインプットをどんどん増やして、成長すればいいではないか、ということではなくて、質的な向上、効率を上げるようなものに変えなければいけない、ということは20年前から言っているのに、一向にできない。では、これからできるだろうかと考えたときに、多くの人が悲観的になっている、これが中国の現状ではないかと思います。

工藤:加藤さんはどう思いますか。


中国共産党は、人間を変えていかないと、という強い危機感持つ

加藤:私も、まったくの同感なのですが、そういった現状に対して、今の中国共産党は非常に危機感を持っているという風に思います。最近、中央委員会総会というのが開かれまして、新しい決議、決定を出したのですが、そこで凄く切迫感を持ってやらなければいけないということで、ソフトパワーとかモラルとかいうものを強調している。それは経済的なシステムやメカニズムではどうにもならない、むしろ、人間を変えていかないと、いいものをつくれないのではないか、ということに気付き始めたのだという気がしています。

東日本大震災で、日本のコアになるような幾つもの中小企業が打撃を受けた。そうしたら世界中のものが止まってしまった。気がついてみたら、世界の90%以上が、そこでつくられていた、というような凄い会社が沢山ある。翻って中国を見ると、中国の中小企業で潰れたら世界中が止まってしまうところがあるのか、と言われればないわけですね。日本がそういうことができるのは、日本にクラフトマンシップ、いわゆる職人気質みたいな、物作りに対する心があるのだ、と。そういうところから変えていかないと、いくら経済メカニズムでコントロールしたり、競争社会でやらせても、結局お金のためにものをつくるという発想しかできないので、いいものがつくれない。おそらく、そういうところに気がつき始めて、できるかどうかは別として、何とか物質的なものだけではなくて、心の部分まで中国人を変えていかないと、もう今の体制は変わらないぞという決意表明が、最近あったのではないかという気がしています。

工藤:小島さん、中国の政治なり経済的な大きな変化、何か変わらなければいけないという流れになってきて、非常に難しいのかもしれませんが、日本から見れば、やはり中国にちゃんとしてほしいわけですよね。日本もちゃんとしなければいけないのですが。

小島:日本の構造変化も20年前から言われていますけど、全然変わらないという状況です。


日本の経験を中国に伝えることも必要<

小島:一番の悪いシナリオは、中国が色々な改革もやらず、社会的な格差が広がり、環境劣化もひどくて社会問題になり、政治問題になり、混乱することです。これは、最悪のシナリオですね。その影響は、公害が日本に届くというだけではなくて、最悪の場合は、大量の難民の問題もあるでしょう。ですから、日本にとって中国が健全な格好で、安定した格好で持続的な発展を続けてくれるというのが一番いいわけです。その意味では、大きくなる中国が、あまりに大変動しないように、資金が必要だとか、具体的な技術を出してくれというのではなくて、日本のこれまでの経験についても、どんどん情報を提供しながら一緒に考えていく、そういうような協力が必要だと思います。

日本はプラザ合意後、バブルが起こりました。それはなぜ起こったのか。そして、バブルがはじけた1991年以降、なぜこんなに色々な問題が起きてきたのか。政策的にどこがまずくて、どこが良かったのか、ということを中国の専門家は一生懸命勉強しているところです。それは、全部、これから中国が直面するであろう、あるいは既に一部直面している問題に対して、日本の成功の経験だけではなくて、失敗の経験も含めて、客観的に学んでいこうという空気がかなり出ています。そういうことを研究するために、日本を訪ねる経済の専門家は結構います。

工藤:一方で、日本が巨大になっていく中国、その中で、軍事的な問題もありますよね。今日は、外交・安保の分科会に参加した人は来ていないのですが、私も、外交・安全保障対話を覗いたのですが、凄く白熱していました。空母を何でつくったのかというところから始まっていました。色々な対話のチャネルがないとダメだ、ということを私も痛感しているのですが、少なくとも、日中関係は今後どうなっていくのか。どういう風にしていかなければいけないのか、ということを考えないと、と思っています。
日本も毎年首相が変わってしまうので、どういう風な形を目指しているのか、よくわからないところがありますが、私たちが8月に公表した日中共同世論調査では、5割ぐらいの日本人が日中関係は悪化していると回答していました。逆に、中国人は、5割ぐらいがいいと思っているのですね。ただ、昨年に比べて20%位下がってはいます。だから、少なくとも、日中関係が悪化しているのではないか、と思っている国民が増えたのはこの1年間を見れば事実なのですね。

この問題も事前アンケートで聞いたのですが,意見は分かれてしまうわけです。悪化する、変わらない、よくなる、というのがそれぞれ3割ぐらいいるという状況です。こうした中で、、私たちの民間対話に問われる役割は何か、ということについてはいかがでしょうか。加藤さんからお願いします。


13億の民が豊かになる手伝いをしたい

加藤:私は、日中関係はもの凄く重要な二国間関係だと思っています。これはなぜかというと、日本は中国を豊かにする力がある、逆に、中国は日本も豊かにする力があると思っているからです。いわゆる、相互補完関係のようなものがありまして、もちろん中国が空母をつくったり、変な戦闘機をつくったりして、日本を脅かすような国になってほしくない、これははっきりそう思っています。私は、中国が大きく、強くなるということはあまり好ましいとは思っていないのですが、中国が豊かになることはできるだけお手伝いしたいと思っています。つまり、貧しい人たちも沢山いるのですが、13億の人たちがみんな豊かな暮らしができるように我々はお手伝いできるだろうと思います。逆に、中国も、今の日本は何となく経済も低迷して、後ろ向きな考え方の人が多いかもしれないけど、中国のパワーだとか色々なものを日本と共有していくことによって、私たちも豊かになり得るという可能性があるわけです。そういうところをお互いに追求しながら、お互いに豊かになっていける。対立や喧嘩、脅かすのではなくて、豊かになるような方向に持っていくようにしていけないかなと思っています。それを一番感じますね。

工藤:小島さんどうでしょうか。


日中の行動でアジア経済全体が変わる

小島:歴史的に見て、日本と中国が同時に大きな経済発展をする瞬間というのは、今が初めてなのですね。その結果、両国を合わせた経済というのは、大変大きな影響力を持つようになったわけです。アジア経済に限れば、本当に日中の行動によってアジア全体が変わってしまうということだし、世界的に見ても重要であると。一方で、第二次大戦後のアメリカ中心のレジームというのは、相対的に変化しています。それはドルの下落やグローバル・インバランスということで、アメリカは依然として対外赤字を重ねて、それをファイナンスするために借金を重ねている。それが、リーマンショックみたいになるわけです。そういった世界の経済の仕組みが戦後六十数年経って、大きく構造が変わってくる。そういう中で、日本と中国の2国が、近隣同士で大きな存在になっている。中国も初めてグローバルな経済や政治の仕組みについて、やはり自分の1国でやるのではなくて、一緒に議論して、一緒に発言したほうが影響力がある、という言い方をこの会議でも何度もしていました。やはり、ある意味で、自分達の可能性と、どうやったら力を発揮できるかということを、ちゃんと日本と議論しながらも、考え始めたということではないでしょうか。

工藤:最近の状況を見ていると、中国が大きくなるから、みんなでパワーバランスを均衡させるために色々な国が組んで、中国を押さえるようなそういう議論のほうが、今は強くないでしょうか。

小島:やや、そういう気持ちがあるかもしれませんが、もっと突き放してみると、中国は急に大きくなった自分達のプレゼンスや影響力を喜んでいるわけです。しかし、将来的には戦後のアメリカみたいに、重要な覇権国のような機能を果たすでしょうけど、今は、そういうことをやる歴史的な戦略や政策はないわけです。ただ、プレゼンスを喜んで、自信を持っている。国全体は統治しないで、セキュリティ上や安全保障上の問題が出てきたり、個別の問題が色々と出てきているわけです。それは、中国が新しい大国として世界の秩序づくりに参画するための学習過程だということで、それに対しては、絶えずメッセージを送らなければいけないので、プレッシャーをかけて、学習をしてもらうプロセスとしてアプローチするのが一番いいのではないかと思いますね。

工藤:高原さんどうでしょうか。


中国と仲良くすることは日本の利益

高原:日中関係の今後というのは、色々な可能性があると思うのですね。悪くなる可能性もあるし、よくなる可能性もあると思います。我々にとってどっちがいいか、と言われれば、良くなる方がいいに決まっていますよね。日中関係が悪くなったときに、日本がどれだけ面倒くさい問題を背負い込むか。中国が、どれほど大変な問題を背負い込むかということを考えれば、明らかだと思います。では、どうすれば日中関係をよくしていけるのか、ということを必死になって考えなければいけないわけですが、国情といいますが、国の状態が非常に違うわけですよ。それは、政治体制が違うということもありますし、経済の発展段階が違うわけですよね。

中国は今、近代化のまっただ中にあって、もの凄い勢いで高度成長をしています。しかし、近代化のまっただ中にある国の価値観というのは、往々にして、富国強兵なのですね。我々もそういう時代を経験したことがあります。そういう価値観を持った巨大な国が、隣にあるというのが実状なのであって、ここで日本はあたふたしないで、さっき小島さんがおっしゃったように、冷静に中国の実状、実像を見定めていくことが大事だと思います。私は、基本的には楽観的です。なぜかというと、のぼせている人たちもいますが、仲良くしていくこと、建設的な関係をつくっていくことがどれほど自分達の利益になるのか、とお互いに冷静によく分かっている人たちがいます。この人たちがそれぞれの国内で論争に勝っていかなければいけないのですね。そのために、私たちのようなフォーラムというのは、大変に重要な意見交換の場であるという風に考えています。

工藤:加藤さん、それにしても国民の感情がどんどん悪化しているというか、あまり改善しないというのは気になりますよね。

国民感情は落ちるところまで落ちたら戻るのでは

加藤:私は、多分、落ちるところまで落ちたら、戻るのではないかと思いますよ。やはり、何だかんだ言って、段々近づいてきていると思います。メディア対話の時もそのように感じましたけど、若い人達のファッションや文化などは、段々異質ではなくなりつつあります。今、日本の若い子が上海に行って生活しても、今から30年前に上海に行って体験する中国とはかなり違っていて、日本と同じような同質感を持つのではないかと思います。だから、どんどんお互いに近づいている部分もあって、いずれそういうものが通じ合うということを信じたいし、今の中国のファッションなどは、日本がつくっているようなところがあって、そういう色々な共有感というものが、これから出てくると思います。もちろん、高原先生がおっしゃったようなことを言う方もいらっしゃるのですが、でも、そうじゃないところもあるので、そこに期待をしたいと思います。

工藤:私も、民間の色々な交流が、新しい文化なり知恵をつくっていくような気がしています。少し高原さんにお聞きしたいのですが、日本と中国は体制も違うし、明らかに違う仕組みですよね。その違いを自分達の方に変わらなければ安心しないと見るのか、それとも違いを理解した上で、共栄の道を探るのか、ということが問われますよね。その辺りはどのように考えればいいのでしょうか。


民主化に向けて中国が味わう苦しみに理解を

高原:色々な次元の対話があって、一般庶民というか、普通の中国人からすれば、政治体制の違いなどは全然気にならないわけです。また、我々が中国人の友人達と付き合う分には関係ありませんよね。そういうレベルでの人間としての共感をシェアし合う、そういうレベルでの対話も必要だし、それから、政治の世界で生きている人たちは、当然ながら政治の違いというのを常に意識していなければいけないのですが、中国の政治はいつか変わるのです。いつかはもっと政治参加が普通に認められていく、言ってみれば民主化していくのですよね。ですが、その転換の苦しみというのを、これから彼等は味わなければいけないのです。そのことを私たちは理解してあげる必要があると思いますね。色々な矛盾が中国にはまだまだあります。さっきも言ったように、まだ近代化の最中ですから、歪みもあるし、越えなければいけない山も大きいのです。日本は今、色々な問題に直面してはいるけれども、一応、越えてきた部分を彼等は後ろから来ているわけです。そういう国なのだということを理解した上で、実状を客観的に見ようとする冷静さが必要だと思います。

来年のフォーラムに何を期待するか

工藤:そろそろ時間も迫ってきました。来年は、日中国交正常化40周年で、中国は権力の移行がある。まだまだ色々な変化があるような気がしています。来年の「第8回 北京-東京フォーラム」は、東京で開催されるのですが、来年のこのフォーラムに何を期待しているか、何が問われているのか、ということを一言ずつ言ってもらって、終わりにしたいと思います。まず、加藤さんからいかがでしょうか。

加藤:今年は世論調査でも一番低いポイントでしたけど、来年は、多分、そこから一気にV字回復できるように持って行ける転換点の時期になることを期待したいですね。また、そういう役割を「北京-東京フォーラム」は負うのではないかと思います。

高原:中国側の陳昊蘇さんがおっしゃっていたことなのですが、冷静に将来を展望するためにも、40周年でありますから、過去の40年のお付き合いを総括して、この歴史的な変化のトレンドというものを、しっかりと両国で考えてみるということが大事だと思います。

工藤:小島さん、最後にお願いします。
小島:日本が強くなる。そうすれば、中国から見ればいい意味で魅力が出る。アニメだけではなく、文化がある、美味しいものがある、ファッションがある、あるいはライフスタイル全体。そういうものを中国が求めていると思うのですね。だから、中国にそういう面についての関心をもっと持ってもらって、理解してもらう。日本をもう一度見つめ直す。TPPを議論し始めた途端に、日本に向いてきたというのではなくて、日本が魅力をつける、日本にとってもいい機会だと思います。

工藤:日本も日本のこれからの未来のために、変わらなければいけない。その中で、中国という問題ときちんと丁寧に向きあっていかなければいけないということですね。次回は、今週の金曜日なのですが、「日本人の留学生はなぜ減ったのか」というテーマについて考えてみたいと思っています。
みなさん、今日はありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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 『北京―東京フォーラム』は日中関係が厳しく、反日デモが続いた05年の夏に北京で始まったもので、今年の8月末には7回目の対話が北京で行われました。

放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。

2011年11月7日(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
小島明氏(日本経済研究センター研究顧問)
加藤青延氏(NHK解説主幹)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 代表工藤は、このフォーラムが6年間の間に果たした役割と、7回目のフォーラムがどのような意義を持っていたのか、をまず3氏に尋ねました。

 高原氏は『北京―東京フォーラム』は「世論調査に基づいて議論されている」点が大きな特徴であると述べ、加藤氏は、3月11日の東日本大震災を契機として中国の日本に対する見方が変化する中で、「一つの特定分野ではなく、包括的で大規模な対話を民間主導で行うことが画期的で非常に意義があり、それがこのフォーラムに期待されること」と語りました。

 小島氏は、中国の経済力が日本を上回り、今後ますます大きな規模に拡大しようとしている点を挙げ、「中国国内のナショナリズムの再発が懸念されている中で、両国が共同で何かに取り組み、具体的な課題を解決しようとする姿勢が、今回の『北京―東京フォーラム』で初めて生まれてきた」と述べました。

 また、分科会の内容に関しては、高原氏はメディア対話に参加して驚いた点として、中国側から自らの報道ぶりに対する反省の声が出されたことを紹介し、両国のメディアの在り方について、これまでの対話と明らかに異なる議論が実現したことを強調しました。同じくメディア対話に参加した加藤氏も、日本の原発事故の事実を追い求めている勇敢な中国メディアの例を挙げたうえで、「ジャーナリストとして事実を報道したいという意気込みが中国側から感じられた」と述べると同時に、両国の現状について、中国におけるインターネットメディアの台頭が日中両国民の感情の距離感を縮小させる流れをもたらしているとの見方を示しました。

 一方、経済対話に参加した小島氏は、「中国において質を求める経済成長モデルへの転換が図られているという指摘が繰り返しなされ、中国はそれを行う上で日本から学ぶことが非常に多いという議論がなされた」と述べ、中国の変化とその下での中国の中小企業の近代化や日本との協力の在り方が、議論の中心になったことを説明しました。

 続いて、今後の日中関係に関して話が進み、加藤氏は「日本は中国を豊かにする力があり、中国も日本を豊かにする力がある」という日中の相互補完関係を改めて指摘しました。一方の小島氏は、戦後続いてきたアメリカを中心とする世界経済レジームが崩れる中で、中国の大国化と日中関係の存在感がますます大きくなってきている、と指摘し、「日本の戦後経済を客観的に学びたいと考える中国の専門家が非常に多い」と述べ、そこにこそ、日中両国の将来的な協力の広がりがあると強調しました。最後に高原氏は、日本と中国は国情、発展段階が異なることを前提に、「日本は近代化の真っただ中にある中国の実情を冷静に見定めるべきだ」と指摘、『北京―東京フォーラム』にはそうした共通認識の下で、日中両国やアジアの利益のために、冷静で真剣な議論がますます求められるだろう、と述べました。

文責:インターン 安達佳史(東京大学)

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 『北京―東京フォーラム』は日中関係が厳しく、反日デモが続いた05年の夏に北京で始まったもので、今年の8月末には7回目の対話が北京で行われました。

放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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