「社会保障と税の一体改革」を評価する

2011年12月10日

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第1部:初めの一歩にすぎない「一体改革」

 工藤:こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、今日は、野田政権の12月の最大のテーマになっている「社会保障と税の一体改革」について評価をしようということで、話を進めさせていただければと思います。

まず、今日のゲストの紹介です。お隣が学習院大学経済学部経済学科教授の鈴木亘さんです。鈴木さん、よろしくお願いします。

 鈴木:よろしくお願いします。


工藤:そのお隣が、よく出ていていただいているのですが、日本総研主任研究員の西沢和彦さんです。西沢さん、よろしくお願いします。

 西沢:よろしくお願いします。


工藤:まず、この社会保障と税の一体改革というのは、そもそも何なのか、ということから話をしていただきたいのですが、鈴木さんからお願いできますか。


社会保障財源の穴埋めが、今回の「改革」の柱

鈴木:政府の説明という意味では、社会保障と税の一体改革ということで、「社会保障」が前にきていますので、社会保障改革をして将来も持続可能な社会保障制度をつくる。そのための財源として消費税を5%上げる、という説明の流れになっています。ただ、私の理解で言えば、まず、この議論の出発点は非常に大きな財政赤字が発生していて、その中心として社会保障が財政赤字を発生させている。具体的には、高齢者3経費と言いますが、高齢者医療、介護、基礎年金ですね。これにかかっている金額に消費税を5%充てるということが、出発点となっていたのです。ですが、今は、高齢者3経費に対して、消費税で賄っている分が全然足りなくて、その額が丁度10兆円ぐらいの金額になるわけです。この10兆円という金額が、消費税でというと5%のうち、国が使える分の4%に大体あたりますから、それを何とかしようというのが出発点です。財政赤字が広がっていますが、それによってちょっと歯止めをかけようということです。ところが、それを財政再建の為だけに、要するに高齢者3経費で穴が空いているので、それを消費税で埋めます、という理屈では国民が納得しないだろうということで、社会保障の機能強化といいますか、社会保障をもう少し充実させるので、それをエサに消費税を上げさせてくれ、というのが出発点だったと思います。しかし、思いの外、エサに使うものが随分話が広がっていった。もちろん、財政再建に残る部分も少しはあるのですが、実は、消費税を5%上げても、社会保障で出ていくもの、あるいは何もしなくても、これからどんどん増えていく「自然増」と呼ばれているものが随分あります。

工藤:毎年1兆円ぐらいですよね。


消費税5%増税は、あくまでも負担増の第1歩

鈴木:そうです。ですから、これをエサに、消費税を5%上げるというのでは、全然足りなくて、もし上げるとしても最初の一歩ぐらいの話であるというのが、この税と社会保障の一体改革というものだという風に思います。

西沢:スケジューリング的なアウトラインを補足しておきますと、自公政権の時に所得税法の改正の附則104条で、2011年度中に消費税引き上げの法案を準備すると既定されていました。これは、民主党政権になっても引き継いだ形になりまして、鈴木先生がおっしゃったように、この社会保障をエサに消費税を上げるという仕組みもそうです。ですから、今の野田政権は、必死になって消費税を上げようとしているわけです。2011年度中ですから、来年の通常国会に出さないといけないので、一生懸命やっているという状況です。消費税率の引き上げ自体は、2010年代半ばまでにということです。民主党は選挙を経てと言っていますので、衆議院選挙の後に、1回か2回、3回に分けて引き上げる水準を考えているのだと思います。

工藤:鈴木先生のお話の中にあったのですが、高齢者3経費が10兆円ぐらいあるということでしたが、本来、今回の消費税引き上げでそれを埋められればいいのですが、それを埋める形ではなくて、その他に社会保障の自然増分、それから基礎年金の国庫負担の2分の1とか、機能強化とか色々なことが入ってきて、本来、高齢者3経費の穴埋めということで、全部を賄うという状況ではなくなってしまったということですか。

鈴木:もちろんそうですね。それから、いつの間にか高齢者3経費ではなくて、社会保障4経費ということになっていて、子育て支援も1兆円ぐらい乗っかってしまっているので、それでは全然足りない状況です。

工藤:ということは、今回5%の消費税の増税になると言われていますが、それだけでは終わらないという段階になってきているわけですね。ここに関して、付け加えてお聞きしたいのですが、私の理解では、今、政府は3つ約束があると思っています。1つは、2015年には、プライマリー赤字を半減する。赤字を半分にするためには15兆円ぐらい減らさなければいけない。一方で、社会保障の自然増はそのまま容認する、ということですね。そして、その先には国際公約になっているかはわからないのですが、2020年までにプライマリー赤字をゼロにする。先日の内閣府の試算を見ると、その頃にはまだプライマリー赤字が17兆円ぐらいあるのではないか、と言われている。そして、世界ではEUの経済危機をベースにして、財政に対する信用リスクに、かなり市場が敏感になってきている。そういう環境下にあるという中で、こうした社会保障と税の一体改革が動いているという理解でよろしいのでしょうか。

鈴木:そうですね。国際公約と厳密に言えるかどうかというところについては、私は疑問に思っていて、菅さんの時には確かに、2020年度までのプライマリーバランスの黒字化、プライマリー赤字をゼロにすると言っていたのですが、その後、震災が起きて色々と状況が変わりました。今回、野田さんがG20に行って、色々と言いましたけど、むしろ日本が1人で喋ったというだけの話で、相手がいて話していたというのではない。今回は、むしろヨーロッパの危機の話が中心だったので、どこまでそれが日本の公約として注目されているのか、という点は疑問です。が、基本的にはそういう流れの中の一部と考えていいと思います。

工藤:その視点で見ると、社会保障から外れて財政の視点になるのですが、例えば、今、私が非常に気になっているのは、消費税を5%上げたとしても2015年の段階で、かなり赤字が残ってしまう。一方で、社会保障の経費はどんどん増加する状況に歯止めがかかるわけではない。その状況の中で、とりあえず5%を上げて進めるということになると、私たち国民から見ると、このプロセスは、まず初めにこれから始まる増税に「覚悟」を決めて、スタートしないといけないという感じがしているのですが、そういう説明が、政府側から何もありませんね。どうなのでしょうか。


今のままで出発点もゴールも分かりにくい

西沢:自公政権の時には、プライマリーバランスがゼロになるまでを最終目標にしていました。例えば、自公政権では2011年度にプライマリーバランスはゼロというシナリオを描いていました。プライマリーバランスがいいのかどうかは別にしまして、本来であれば少なくともプライマリーバランスがゼロになるまでのゴールを定めた上で、その途中経過として、今回の消費税の増税がありますということを説明しないといけないと思います。野田首相が消費税増税に命をかけるとおっしゃっていますが、これで政治も国民もボロボロに疲れ切ってしまって、次のステップに進めないのが、一番怖いことだと思います。それが、工藤さんが先程おっしゃった「覚悟」だと思います。

工藤:確かに、全体的なゴールがいまいち見えないですよね。つまり、財政再建なら政府としてこういう目標を実現したいので、国民にこういうことを理解してほしい、と。それから、社会保障に関しては、こういうゴールがあるから、それに対して国民に理解してほしい、とか、そういう説明を聞いたことはまだありません。

鈴木:それどころから、現状がどうなっているのかさえ今回は全く説明がないわけです。だから、年金の話で言えば、唐突に今の年金財政の状況がよくわからないのに、支給開始年齢を68歳から70歳まで上げるという話が出てきて、これまでは100年安心プランで大丈夫だったのではないの、という話になってしまうわけです。そうすると、その話を引っ込めたりするので、その出発点もわからない。ゴールもわからない。だけど、何だかわからないけど、消費税を上げたいということでは、覚悟を決めてもらうのは構わないのですが、国民も納得できないと思います。私が怖いのは、西沢さんが言ったように、疲れ切るということもそうですが、ここで終わりだ、これさえ乗り切ればいいのだという気分になってしまうのが怖いですね。その後、それでは足りないわけですから、まだまだ色々なことをやっていかなければいけない、本当に最初の一歩に過ぎないので、ここで終わりのムードをつくってしまうのはまずいと思います。

工藤:今の話は、非常にその通りだと思いました。西沢さん、その出発点も明らかにならない。なぜ明らかにしないのですかね。つまり、今、私たち国民が直面している財政、社会保障そのものの重さというか、どれぐらい大きな問題に僕たちは直面しているのか、ということを、政府はなかなか説明しませんよね。自公政権の時にも、何回言っても100年安心だよと言われてしまった経緯がありますが、どうでしょうか。政治としてもそこまで国民を説得するという自信がないということなのでしょうか。

西沢:その説明責任を端折っていると思うのですね。今の状況をつまびらかにすると、パニックや衝撃を受けるだろうと。それを冷静に説明しようという説明責任を端折って、100年安心と言ってみたり、あるいは当面5%と言ってみたりするわけです。本当に責任感があれば、今の財政状況を明らかにして、ゴールに向けて、皆さんこういったプロセスで進みましょうと言うべきなのに、そこまでの責任を負う気持ちもないし、能力もないのか、また国民のレベルを軽く見ているのか、とりあえず5%です、と。あるいは、100年安心です、と言って乗り切ろうとしているわけで、それを我々は胡散臭く感じるわけです。


今回の改革は、持続可能な社会保障を目指す布石でもない。

鈴木:もう1つは、政治主導ではないのですね。官僚主導であるという証しだと思います。つまり、厚労省はずうっと100年安心プランというのを言ってきたわけです。途中でリーマンショックなど色々なことがあって、さすがに100年安心プランは無理だろうと思っている状況下でも、色々な粉飾決算をして、100年安心プランというポジションを張ってきたわけです。それを1回崩さないと、これから大きな年金改革をやりますとか、税と社会保障の大きな改革をやりますということは言えないわけです。それは政治主導ではなくて、厚労省のペースで色々な内容が出てきていますので、厚労省サイドとしては、それは間違いでしたということは言えませんので、出発点が全然出てこないということは、まさに政治主導ではないということの証しだと思います。

工藤:今、僕らが直面している課題に今の政権に政治主導でできるものなのでしょうか。つまり、官僚主導、政治主導という言葉に、僕たちも新鮮な響きを感じがこともあります。しかし、政権交代をして、政治主導と言った政治主導がどこで実現したのか。小さい仕事を官僚と取り合ったり、そういうことだけですよね。

今の話について、私たちはアンケートをやってみました。そうすると、今の私たちの話で出たことが裏付けられるような感じでアンケートの答えがありました。まず、今回の「社会保障と税の一体改革を知っていますか」という質問を見ると、ある程度は知っているという人が7割ぐらいでした。ただ、「この改革が実現すると、安定した財源のもとで、持続可能な制度になると思いますか」と尋ねると、やはり6割近くがならないだろうと回答しています。それから、よくわからないという人も24%ぐらいあるという状況でした。昨日、テレビを見ていたら、京都で行われているILOか何かの総会で、野田総理が「私は少子高齢化でも対応できる、持続可能な社会保障制度をつくるために、今やっているのだ」とおっしゃっていました。しかし、これまでのお二人の話を聞いていると、今回の社会保障の問題は、そのためのプランニングではない、ということが分かります。この辺りは改めてどうでしょうか。鈴木さん。

鈴木:結論から申しますと、全く持続可能な制度になるための布石ではありません。

工藤:一方で、さっき鈴木さんがおっしゃいましたけど、本来、元々は3経費の赤字分を何とかしようとしていたのですが、結果としてそれを埋めるということに集中したわけではなくて、他の物、つまり基礎年金の問題とか、自然増に対応させるなどですね。そうなってくると、仮に財政のプライマリー赤字を2015年以降、ゼロにするという目標を入れなくても、穴埋め、それから自然増で、消費税を再び上げなければいけない。

鈴木:そうですね。今、自然増と呼ばれているものが、毎年1兆3000億円ぐらいずつ増えていますので、2年で消費税1%分という計算になります。そうすると、10年で5%となります。しかも、今回、機能強化と言って、また財政の支出増も入れていますので、そういうものを入れないとしても、自然増だけで、単純に10年で5%上げる必要があるということになります。

工藤:すると、さっきの穴埋めのところがそこに入るわけですね。すると、今回は、5%の内1%を使うという計算ですよね。

西沢:機能強化にも1%使う、という計算です。
工藤:すると、まだまだ穴埋めは結構ありますよね、消費税の増税は広がる。

鈴木:でも、それをしても、社会保障の穴を埋めているだけで、それ以外の穴も沢山あるという意味では...。

工藤:財政の国債を除いた税収と歳出が赤字になっているという構造は、まだ残っているわけですね。

鈴木:今言っている3経費というのは、社会保障の中の一部なので、それを埋めるのに消費税が5%必要だったという話で、他にも穴があいているというものは沢山あるわけです。それに加えて、社会保障だけではなくて、まだ他の部分でも穴が空いているので、それを色々埋めて、プライマリーバランスをゼロに持っていくという話になると、さっき言った、
5+5+5でも足りないわけです。


2020年には消費税が20%ぐらいには、なる

工藤:西沢さん、このシミュレーションをしたことありますか。プライマリーバランスをゼロにして、今の社会保障の穴を埋めて、自然増に対応させたら、2020年にはどれぐらいになると見ていますか。

西沢:消費税だと、普通にざっと見ても20%ぐらいになってしまうと思います。

工藤:それを越えちゃいますよね。その頃は、日本の個人金融資産があるとか貯蓄がまだあるとか言っていましたけど、20年までの間に、急速に悪化して厳しくなっていきますよね。すると、財政的に見ると、日本もEUと同様にかなり厳しい段階に入っていくということになりますよね。

鈴木:そうですね。それから、もちろん、増税ということになりますと、成長率も下がってしまうわけですね。それ自体が景気を悪化させる要因でもありますが、増税をして今の社会保障など、国がやっている官の部分を温存するわけですから、生産性は非常に低いわけです。むしろ、民間から資金を引き揚げてしまうわけですから、民の部分が小さくなるわけです。そうすると、長期的な成長率は下がるわけです。その成長率が下がった中で増税をする。そして益々苦しくなる、というような何重苦という構造に なっていくということですね。

工藤:西沢さん、かなり今、日本の未来に向けて本気で決断したり、考えなければいけない局面にあるのだ、ということですよね。

西沢:ただ、政治に対して、説明責任を果たせと我々も言いますし、きちんと増税を口にしろと言いますけど、偉人的なグレイトな政治家が出てくる期待を持たない方がいいと思います。むしろ、そういう政治家ではなくて、普通の人でも運営できるように情報を透明にして、制度をわかりやすくして、会計を整備して、国民が合理的に判断できる環境を整えていかないと、いつまで経っても政治のスーパースターの出現を待っているというのはリスクがある。先程の消費税も、例えば標準税率を20%にしたとしても、消費税の1%分の2.5兆円も次第に入ってこなくなります。限界的な税収は下がってきます。

鈴木:もう2.1兆円ぐらいともいわれていますね。

西沢:それから、軽減税率あるいは低所得者対策が必要になってくるので、自ずと増税には限界があるということを知ると、必然的に給付の方に目を向けて、抑えるところは抑えていかないといけないですね。

工藤:わかりました。ここでひとまず休憩を挟んで、次は社会保障そのものの議論を進めたいと思います。

   

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第2部:将来世代に負担を押し付ける年金制度でいいのか

工藤:では、引き続き議論を始めます。先程、私の方で聞き漏らしたことがあるので、それを少し補足していただいた上で、議論に入りたいと思います。

社会保障の一体改革の成案が6月に出ました。全部をやってもしょうがないのですが、その中で社会保障の何を変えようとしていて、それはどういう意味を持っているのか。西沢さんからお願いします。


一体改革の成案の問題点を考える

西沢:社会保障と税の一体改革、消費税を5%引き上げるために、その内の1%を社会保障の機能強化に使うことになっています。これは、"あめ玉"なわけです。子育てに0.7兆円、医療で2.4兆円。年金で0.6兆円。食いつきのいいエサではあるのですが、社会保障制度の公平性という観点から見た場合、筋の悪いものも含まれています。

例えば、年金の0.6兆円の中で、政府は低所得者加算という仕組みを検討しています。年金が低い人にも、最大7万円になるまで1万6000円を配るということになっています。これは、例えば過去に一生懸命、保険料を払ってきた人、払ってこなかった人を一緒に扱ってしまいかねない制度ですから、食いつきのエサではあっても、制度の公平性を損なう、ばら撒きに近い政策です。こういった物も含まれています。

鈴木:もう1つ言えば、資格期間、つまり何年か保険料を支払わなければ年金がもらえないかということですが、今は25年です。それを10年にするという案も今回出すということです。

工藤:それはどうなのですか。短くなったら短い分だけしかもらえないのでしょ。

鈴木:それはそうなのですが、それと低所得者に対する加算というのが組み合わさってくると、ちょっとどうなるか分からないというのと、今、25年払っても、40年払っても6万6000円しかもらえないという制度なのですね。25年になるとその分だけ減るのですが、10年になると6万6000円の4分の1しかもらえないということになりますと、何が起きるかというと、それでは生きていけないわけなので生活保護にお世話になりましょう、という高齢者がバンバン増えてくるわけですね。生活保護というのは全額公費ですから、その分だけ公費が出ていくという話なので、これも一種の非常に刹那的なアイデアで、後の世代に財政の負担を押しつけるというアイデアに他ならないわけです。

工藤:つまり、年金問題の抜本的な解決案なり、プランをつくった上で、その中に整合性があるような議論が出てくればいいのですが、ちょっとパッチワークで色々なところをやることによって、制度の体系性を壊してしまっているということですね。

鈴木:まさにそういうことですね。

工藤:何でそういうことになるのですかね。やはり増税をする以上、何かの機能強化をしているということとか、低所得者に優しいということをつくっていかないと、国民が納得しないという判断があるのでしょうか。

西沢:そうだと思います。現行制度をよくするとか、そういうことではなくて、消費税の引き上げに伴う、即効性の高いアメとして、制度の公平性をやや低下させたとしても、食いつきのいいものを準備したということだと思います。


すでに年金財政は「100年安心」という状況ではない

工藤:少し話を戻さなければいけないのですが、今の年金制度そのものについて、先に話をしたほうがいいと思いました。今あるのは、自公政権の時に決めた100年安心プランですが、それが行き詰まっている、ということが言われています。民主党政権は、その100年安心プランに反対し、政権交代を訴えたのですが、その後、民主党政権から制度そのものを見直すとう議論が、全体的に全く出てきません。日本の年金制度は今、どのような状況になっているのでしょうか。

鈴木:財政状況から言うと、100年安心という状況ではないことは明らかだと思います。というのも、100年安心だと言っていたのはいつかというと、2004年なのです。2004年ですら、経済にとって非常にバラ色のシナリオを描いていて、100年安心プランということを言っていたわけです。しかし、その後、何が起きたかというと、当然、少子高齢化が直ぐに収まると思ったけど、そうはならなかったし、経済成長率も低かった。そこに2008年にリーマンショックが起こったわけです。これで、相当まずいことになっていたはずなのですが、そこで厚生労働省は、リーマンショックの数字が出てくる前の2009年の2月に、財政再検証ということで、年金財政が100年持っています、という計算をしたのですが、これが非常に問題がありました。まだリーマンショックの状況が統計に表れていないのですが、その前の統計を使っているわけです。なおかつ、2004年の時よりも更にバラ色のシナリオ、例えば、運用利回りで将来100年近くに亘って4.1%で運用するということを前提に、100年間持っていますという、一種の粉飾決算をやったわけです。しかし、その後、今年の3月には震災みたいなことが起きましたし、状況は随分変わっているわけですが、それでも100年安心プランと言っています。その後、震災があったのですが、2009年の再計算のまま、次は2014年になるということを言っているわけです。しかし、その間に、デフレも進んでいます。

最大の問題は、本来、マクロ経済スライドということで、給付をカットしないと年金財政は持ちません、という計画だったのですが、これまで一度もマクロ経済スライドが発動されていない。デフレの状況下では発動できないわけです。そして、最近明らかになってきたことは、特例水準といいまして、それとは別にデフレの時には年金用の金額を下げなければいけないのに、それをやっていないので、差し引きで7兆円ぐらい過剰給付をしているという状況です。

工藤:それは1年ではなくて、この間ずっとですね。

鈴木:そうですね。この期間、最初の100年安心プランでは、本当は積立金が積み上がらなければいけないのですが、この5年間は数兆円ベースで、ずっと積立金が取り崩されています。2006年には大体150兆円ぐらい積立金がありましたが、5年前から今年度末までで、113兆円まで取り崩されました。5年間でほぼ40兆円を取り崩しているというような状況です。仮に、このペースが続くとすると、15年とか20年ぐらいしか積立金が持たない、ということが、積立金の取り崩し状況からみても、ほぼ明らかだと思います。

工藤:もう少し説明していただいて、西沢さんに付け加えていただきたいのですが、100年安心プランでは、何を約束して、何が実現できなかったのでしょうか。


100年安心プランはなぜ行き詰まったのか

鈴木:100年安心プランというのは、まさに、100年間積立金が残っています、という計画です。2004年の時に何をやったかというと、それまでは、将来はもっと保険料率が上がるというシナリオでした。ところが、それだと、さすがに国民負担率、つまり、国民が稼いでいる中で、税と社会保障でどれぐらいが持って行かれるか、という率が50%を越えてしまう。それでは、働かなくなるだろうということで、2004年の時に、保険料がずうっと上がっていくのを、2017年に18.3%になったところで止めます、ということをやりました。そうすると、年金にとっては将来収入が減るということになりますので、どこかで辻褄を合わせないといけない。そこで、3つの方法を考えたわけです。1つは、給付カットです。これが、先程言ったマクロ経済スライドという仕組みです。給付をカットすれば、収入が減っても給付が減りますので、辻褄は合います。

ただ、それだけでは全然足りないわけです。もう1つの方策として、これまで国庫負担率が3分の1だったものを2分の1に引き上げる。つまり基礎年金の半分に税金を投入するということですね。ですから、保険料収入で入ってくるものが入ってこなくなってしまうので、税金で入れよう、あるいは財政赤字で入れよう、ということをした。しかし、それでも足りないのです。そこで、どうしかというと、積立金の取り崩しです。本来は、100年どころではなく、ずうっと将来まで年金の積立金は持つという話だったのですが、大体、2100年で大体終わりにするというところまで取り崩していこうと。そうすることで収入になりますから、その3つの収入で何とか埋め合わせをしようという話でした。

まず、国庫負担の引き上げですが、一生懸命、埋蔵金を探して手当てしていますが、本来は、消費税引き上げで賄うはずだったのですが、消費税は上げられていませんので、行き詰まっているわけです。それから、マクロ経済スライドの発動によって、給付カットをしようということですが、これはデフレ下では発動できないというルールにしてしまった。逆に言うと、デフレを想定していなかったということです。そうなってしまったので、どんどん予定外の積立金の取り崩しをやっている。今年は、運用増も発生しています。そうすると、先程申した2つの策が使えないわけですから、積立金の取り崩ししかないという状況が、発生しているという段階です。

工藤:その積立金が、後、15年か20年ぐらいでなくなってしまう、というわけですね。
鈴木:このペースでいけば、そうなりますね。
工藤:西沢さん、今の話に付け加えていただきたいのですが。

西沢:おっしゃっていますが、結局、財政の手当てということであって、本来、雇用形態の多様化ですとか、家族形態の変化などの、社会構造の変化に対して、制度をどのようにつくり替えるかという議論は、当時はありませんでした。あくまでも、財政の手当をしようとしたけれども、財政の手当もほとんどがうまくいっていない、ということで、現在に至っていると思います。

工藤:こういう風な形で、積立金が減ってくる。それから、今の経済状況を反映しないで、過剰な給付がされているということになると、その分は、誰にしわ寄せがいくのでしょうか。つまり、将来の若い人たちにツケを飛ばす形で、かろうじて今の状況が動いている、そのような理解でいいでしょうか。

鈴木:まさしく、その通りだと思います。


民主党政権は、制度の破綻を立て直すことが約束だったはずだが

工藤:すると、この年金制度が安心ではないわけですよね。それから、将来世代の負担に基づいて、今の状況が動いているとすれば、その問題を直さなければいけない、という段階にきているわけですね。この段階は、どうして直そうという状況にならないのでしょうか。

西沢:多分、安心ではないというのも、将来の世代が安心ではないのです。例えば、今の若者や、これから生まれる子どもです。当面、20年ぐらいの年金受給者は安心なのですね。むしろ、過剰給付というボーナスすらもらっているわけです。そのような人たちを有力な有権者マーケットとして見た場合に、直そうというインセンティブが政治的に働きにくいと思うのですね。物言わぬ将来の世代、有権者に負担を寄せておいて、今の有権者にリップサービスをしておいたほうが、政治的に、短視眼的には合理的だと思います。

工藤:ただ、民主党政権の場合は、それが行き詰まっているということを主張して政権交代をなし得たわけですよね。

西沢:そうです。100年安心ということはおかしい、と。我々もそれは正論だと思ったわけです。しかし、政権交代したら、鈴木さんがおっしゃったように、2009年2月に行った財政検証をもっと保守的に、現実的にやり直してくれるという期待を持ったのですが、結局、民主党政権も100年安心プランを黙認しているわけです。

工藤:破綻しているということを、黙認しているわけですね。
鈴木:その上に乗っかってしまっている、ということだと思います。

西沢:にもかかわらず、その仕組みに手は付けず、支給開始年齢とかを主張する。これでは、国民の理解を得ることは難しい、と思います。

工藤:今、負担というか、制度の設計上のことを理解したのですが、給付ということを考えると、100年安心プランが行き詰まっている中で、今、年金をもらっている人と、将来世代との間に、どういう風な問題が起こってくるのでしょうか。


拡大する高齢者、若者の世代間の給付・負担格差

鈴木:当然、保険料はどんどん上がっていきます。そして、18.3%では止まらないと思いますので、どんどん上がっていきますし、将来、もっと給付カットがなされると思います。今、発動はしていない分だけ、今の若者達がもらえる年金の金額を、どんどんカットしなければなりませんので、大変な負担格差が生じるわけです。よく厚労省が言っている数字で、給付と負担倍率というのがあります。もらえる金額に対して、払う金額が分母で、どれぐらいの倍率かというと、厚労省はどんな世代でも2.3倍もらえますと言っていますが、私の計算では、今の大学生位を想定すると、大体0.6割ぐらいになります。ですから、払ったものが100とすると、返ってくるのは60ぐらいしかない、という感じになります。前は、もちろん、払ったものに対して、2倍や3倍という金額をもらえたのですが、そういう格差がついてくるだろう、ということが予想されます。

工藤:それは、年代別に見るとどれぐらいなのでしょうか。僕は53歳ですが、その2倍以上もらえるという人は、どれぐらいの年代までの人なのでしょうか。

鈴木:私の計算でよろしければ、1945年生まれの人で、2.2倍ぐらいです。もちろん、その前の世代は、3倍とか4倍をもらえています。ちょうど、損得無しというが、53歳ぐらいの人たちだと思います。そこから、どんどん損になっていって、2010年生まれぐらいになると、0.57ぐらいしか返ってこないという感じになるかと思います。

工藤:ということは、僕は、1対1ぐらいということですか。
鈴木:ただ、85歳ぐらいまで生きないと、取り返せません。

工藤:かなり深刻な状況に、思わず絶句してしまいました。すると、僕たちよりも若い世代は、個人のことだけを考えると払わないほうがいい、と思う人が出ても当然となりますね。

鈴木:はい。
工藤:ただ、そもそも、今の制度は現役世代が、高齢者を助ける仕組みですから、発想が違うのですよね。

鈴木:という風に、厚労省は言っているわけです。つまり、損得計算というのは、いかがなものかと。

西沢:若い人が入りたくないというのは、ある意味、合理的ではあります。今の社会保険料というものは税金になっていて、これは税金ですと正直に言うべきです。よしんば0.6しかもらえなくても例えば、0.61にできないか、0.62にできないか、という努力を重ねるべきなのです。それすら全くやっていないのが問題で、世代間格差が拡大している。これを、放置しておくのと、放置しないで少しでも回復させる努力というのは全く違うわけです。別に、1.0倍にしてほしいとか言っている分けではなくて、放置しておくことに対して、我々は警鐘を鳴らしているのですね。

鈴木:そうですね。健康診断のつもりなのですね。このまま行くと死ぬよ、というのと同じように、このまま行くとダメだよ、というために計算をしているのです。それがいいとか悪いとかいう話ではありません。

工藤:もう一度確認しますが、今、100年安心プランが、当初の想定とはかなり食い違ってきている。これをこのまま続けるということは、さっきの状況になってしまう。なぜ、この問題を、日本の政治はアジェンダとして取り上げて考えようとしないのでしょうか。


政治家も官僚も「家中の栗」を拾いたがらない

鈴木:それは、やはり、これまでずうっと改革をさぼっていますから、ここで一気に改革しようとことになると、相当大きな改革をやらなければいけない。そういう火中の栗を拾いたくない、ということがあると思います。それから、先程、西沢さんがおっしゃったように、政治家も官僚も近視眼的ですので、今がよければいい。後のことは、あまり考えない、ということの表れだと思います。

工藤:西沢さん、年金制度の改革、最低保障年金と所得比例年金ですか。そういう形を、民主党は選挙で提案して、それに向けての準備を進め、新しいシステムへの転換をする、とマニフェストでも国民にはそう説明していましたよね。

西沢:スウェーデンを模範とした所得比例年金と、最低保障年金を組み合わせた新年金制度をつくる、ということを野党の時代からも言っていましたし、民主党政権になって、鳩山首相を議長とする検討会議もつくられましたが、実質的には開かれていません。今回の一体改革でも、特に議論はされていませんし、将来的な課題に棚上げされています。全く、検討していません。

工藤:ということは、今回の社会保障と税の一体改革というのは、そういう抜本的な改革を目指したものではない、ということが段々見えてきたという感じですね。ちょっと休息を挟んで、最後のセッションに移りたいと思います。


  

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第3部:給付に見合う応分の負担をする制度に改めよ

工藤:それでは、議論を再開します。それで、やはり、社会保障全体について聞きたいと思います。今の年金もそうなのですが、今の制度というのは、現役世代が高齢者の世代を助ける、支え合うような賦課方式の仕組みの中で運営されているのですよね。これは年金に限らず、医療や介護など全てがそうなのですが、高齢化が急速に進み、これからどんどん本番になってくるわけです。この中で、こういう風な社会保障の仕組みそのものが、今どのような状況にあって、それこそ持続可能なのか、ということをお聞きしたいのですが、鈴木先生、いかがでしょうか。


給付に見合う応分の負担をする制度に改めよ

鈴木:そうですね。まさにおっしゃる通りです。問題は、そのマグニチュードとスピードなのですね。これが、日本はとにかく凄まじいスピードでやってきます。どういう事かと言うと、世界的には15歳から64歳を現役世代と捉えるのですが、それと65歳以上の高齢者の比率は、今、高齢者1人に対して、現役3人という割合ですので、現役世代3人で割り勘して、高齢者1人を支えているという状態です。これは、2008年ぐらいの状態です。昔はどうであったか、というと、1970年は、10対1という数字でした。ですから、凄まじいスピードで進んでいるわけです。これからもっと凄くて、後、12年後の2023年には、いきなり2対1になります。

なぜかというと、団塊の世代が大量に退職しますので、一気に高齢化が進みます。その後、1.5対1になるのはいつかと言うと、2040年ですから、そんなに先の話ではありません。その後、ずうっといって、1対1近くになった後も、そんなに減りはせず、この辺りがピークになって、横ばいが続きます。問題は何かと言うと、今、3人で割り勘しているものが、1人で負担しなければいけない、という社会がやってくる。それがいつかというと、どこか乗り越えたらいいかというわけではなくて、2070年ぐらいまでそれが続く。そして、2070年を越えても、大体、その辺りで安定してしまう、という状況です。後5%がんばれとか、後10年がんばれとかいう話ではなくて、これからずうっと耐えなければいけない。その耐える準備をしなければいけない、ということです。

ですから、消費税5%で乗り切るとか、何か少しやって改善してという話ではなくて、抜本的に制度を改めない限り、3人で1人を支えている状況から、1人で支えなければいけないことになる状況自体を変えることを考えない限り、これは持たないということだと思います。

工藤:今の高齢化ということが、年金、医療、介護などにどういう風な影響をもたらしているのでしょうか。


積立金のない医療・介護への現役負担はすさまじい

鈴木:年金は先程言った通りです。医療も実は大体、若者に対して高齢者が5倍ぐらい医療費を使うわけです。若者はあまり病気にならないわけです。ですから、まさに年金と同じように、若い頃支払って、高齢者の時にもらうという仕組みです。介護もまさに同じ仕組みですから、全てが同じ仕組みで動いているわけです。ただ、年金と違って、医療と介護はもっと悲惨なことがあります。年金は今年度末に113兆円という積立金があります。それを取り崩しながら将来にいけるので、まだ保険料や税の上がり方は、なだらかで済みます。しかし、医療とか、介護になると積立金が全くなくて、丸裸の状態で、少子高齢化に飛び込んでいかなければいけないので、そのあがり方が凄まじいわけです。特に、医療は技術革新、介護の方も需要が伸びれば、バンバンと増えるような仕組みになっていますので、上がり方が凄まじい。でも、上がるというシナリオは、年金は不十分ですが、一応、将来、保険料が上がってくるという話をしているわけです。しかし、医療と介護はそれがありません。2025年ぐらいまでしか、厚労省は計算してみせていません。しかし、問題はもっと後が悲惨な姿になりますので、それを見せていないという意味で、より不確実で深刻な問題が、医療と介護で起こるということです。

工藤:今の話についてもう一言なのですが、厚労省や政府は、その状況を知っているわけですか。

鈴木:知っているはずですね。
工藤:それをどうしたいと思っているのですか。考えていないということですかね。

鈴木:考えたくないのではないでしょうか。そこまでしか見せないで、何とか消費税5%とか上げるので、ここまでは持ちますという姿しか出したくない、ということだと思います。

工藤:西沢さん、今の話なのですが、年金も医療も介護も、まさに高齢者が増加する中で、負担が耐えられない状況になっている、その状況が放置される中で、どのような混乱というか、脆弱なものが見えてきているのでしょうか。


今の仕組みは賦課方式にさえなっていない

西沢:まず、冒頭に賦課方式という言葉が出ましたが、今の私の認識だと、賦課方式にすらなっていないと思っています。賦課方式というのは、今、必要なお金を、今、ファイナンスするということなのに、現状は、今必要なお金を借金でファイナンスしているわけで、いわゆる逆積み立て方式の仕組みになっていて、借金しながら給付しているのだと思います。ですから、少なくとも賦課方式に持っていかなければいけない。日本の社会保障の根本的な問題は、負担と給付の関係が非常に見えにくいということなのです。受けているサービスに対して、応分の負担をしていないわけですから、これを見やすくしない限り、いくら官僚が既存の制度の上に乗っかって、消費税をどんどんかき集めようとしても、限界があると思います。ですので、国民が合理的な判断ができるように、給付に対して応分の負担をするような仕組みに、抜本改革していなかいと、この状況は永遠と続くような気がします。

工藤:例えば、医療であれば、社会保険の仕組みがありますよね。それも、高齢者の医療のコストがかなりかかるために維持できない、、と。まさに、助け合うのではなくて、一方で色々とお金を出していますよね。それ自体が、もう破綻し始めているということなのでしょうか。


成長時代の古いモデルからの転換を

西沢:これはもう過去の古いモデルだと思います。組合健保から、後期高齢者医療制度に支援金を出して、国と地方が税を出して、結局、後期高齢者本人が払っている保険料は全体の10分の1にしかなっていない。非常に安い保険料で医療サービスを安価に受けられるような錯覚に陥ってしまう。ですので、そういった支援金なり税なりを、ごちゃごちゃに投入するのは、過去、税収の自然増が見込めて、高齢化率の低かった頃の過去のモデルだと思います。そうではなくて、新しいモデルに転換して、負担と給付を見えやすくする。税は本当に必要な人に、所得補足の正確性をベースにして、ピンポイントで与えていくようにした方がいいと思います。

工藤:ただ、今の政府の医療や介護の改革案というものは、必ず、お金があるところから、なるべく多くのお金を出してもらうことが柱になる。そして高齢者のところにお金を出してもらう、という構図は全く変えません。

西沢:例えば、我々の組合健保というのは、払った保険料の半分が後期高齢者、前期高齢者の支援金に回っていくのですね。今、政府の一体改革というのは、この支援金の出し方を変えて、後期高齢者医療制度、前期高齢者ファイナンスを強化しようということです。つまり、今の構造を変えるというよりは、むしろ今の構造に乗った上で、さらにこんがらせるような形でやっているので、我々国民から見ると、全く見えてきませんよね。

工藤:つまり、古いモデル、そして現役世代が一方的に助けているという構造が、もう持たないと。さっきの鈴木先生の話によると、これから高齢化の速度が上がってきて、そのピークがやってくるということですよね。どう対応すればいいのでしょうか。

鈴木:基本的に、今の構造を全く変えないでこのまま行くというのは無理です。しかも、今やっていることは、更に給付を増やそうということをやっているわけです。その結果どういうことが起きるかというと、例えば、今の給付を倍にしますよね。そうすると負担が倍になるか、また倍で済むかということではなくて、将来は負担が3倍になるわけです。それを、今、倍にするということですから2×3で6倍になるという話ですから、そんな制度は持つわけありません。

工藤:そうか、3人で割り勘しているのが1人になるから、3倍になるわけですね。

鈴木:それに対して、今の給付を半分にしましょうということになると、それに見合って負担が減るか、という話なのですが、将来は3倍になるわけですから、3をかけるわけです。つまり、減らしたものが3倍のお釣りになってやってくるわけです。ということを考えると、今の制度を変えないで、負担増で対応しようというではなくて、確かに、負担を増やさざるをえないと思いますが、給付カットというよりも無駄は沢山ありますので、なるべくなら効率化させる方向で、車の両輪のように両方をやっていかない限り、この3倍の坂は乗り切れないという風に思います。

工藤:西沢さん、どうでしょうか。


官僚がつくった今の制度を政治家も理解できていない

西沢:冒頭、政治主導という話がありました。今のこの制度というのは、官僚が営々とつくりあげてきたもので、非常にテクニカルで、政治も国民も理解できていないわけです。わからないものに、我々は負担を出せないわけであって、本当に政治主導で国民に負担を求めようとするのであれば、政治家自らが制度をつくって、自分で理解してしゃべらないと、ダメだと思います。ですから、一体改革も悶々としていますよね。このような悶々とした状態から抜け出すには、政治家自らが制度をつくって、理解して、国民に説明する必要があると思います。

工藤:今の話で、少しだけイメージを具体化したいのですが、年金だったらどうすればよろしいのでしょうか。昔は積立型だったと、鈴木先生の本には書いてありましたが、それに戻せばいいのか。後、医療や介護だったらそれぞれどのように変えれば、1つの方向が見えるのでしょうか。


積み立て方式と相続税強化と給付カットに切り替える

鈴木:それは、色々な意見があると思いますが、私が提案しているのは、積み立て方式にするべきだ、という議論をしています。積み立て方式というのは、要するに、人口変動に影響されない方式なのですね。若い頃積み立てたものを、自分の将来に使うという話なので、負担と給付が見合っています。ですので、その方式に切り替えていくべきだということです。もうそんなことをやっても無駄だ、という人はよくいるのですが、今、3対1のものが、1対1になる途中ですから、まだやる意味はあると思います。それから、逃げ切っている世代が多くて、その人たちからは取り返しようがないので、損になる世帯だけで積み立て方式をつくってもしょうがないじゃないか、という声もありますが、私は、まだまだ諦めてはいけないと思っています。江戸の仇は長崎でとれと。つまり、保険料負担で今の高齢者からとれなかったら、相続税でとってこいということを言っています。相続資産から積立金の原資になるようなものを取ってくる。相続資産というのは、年間で85兆円も発生しているのですが、その中から相続税としては1兆円しか取ってきていないわけで、こんな勿体ない話はないわけで、10兆円ぐらい取ってこられるのではないかということで、積み立て方式+相続税を使う。

そして、積み立て方式で負担を上げるよりは、むしろ給付カットを先にやって、給付カットをやることによって、余剰といいますか、黒字をつくって、見かけ上負担を増やさないようなことをして、積み立て方式に切り替えていくべきだということをやれば、割と現実的な範囲で将来も維持可能な積立金というのはつくれるのではないか、という風に考えています。

工藤:積み立て方式になると、僕たち現役世代は...

鈴木:もっと負担をしなければいけません。将来苦しいときのために、今よりももっと負担をしなければいけない。だから、現実的ではない。我々損になる世代が、なぜもっと負担しなければいけないのだ、ということで現実的ではないと今まで言われてきたのですが、我々だけが負担するのではなくて、高齢者で逃げ切ろうとしている世代から、死んだ後、徴収するという手が残っているということですね。

工藤:なるほど。西沢さん、医療と介護についてはどうでしょうか。

西沢:さっき申し上げた通り、医療と介護は保険が向いていると思います。医療サービスや介護サービスという価格を、保険料を通じて我々は知る。そして、サービスに応じた負担を払う。今は、医療、介護も3分の1が税、3分の1が保険料、残りが自己負担ということをやっていますが、一旦、全部保険料でとりましょう、と。ただ、低所得の方は困るので、その方には給付付き税額控除などを通じて、税で保険料を払うお金を国が出してあげましょうと。そのことによって、保険料の負担と受益の関係が対応し、税の有り難みを家計が受ける。だから、増税にも応じやすくなる。こういった図式に改めていくのが、一番すっきりすると思います。一方で、年金の基礎年金は再分配だと割り切って、極力、税でやる。2階部分は鈴木先生がおっしゃったように、例えば積み立ての引き合いを100%するかしないかは別として、財政健全化に向けていくというのが、一番すっきりすると思います。


抜本改革は、いまの日本の政治で可能なのか

工藤:今のお二方がおっしゃっているような抜本的な考え方の転換は、今の日本の政治で可能なのでしょうか。

鈴木:民主党は、そもそもそれに近いことを言っていました。
工藤:そうですよね。元々野党の時から。

鈴木:厚労省は全くそれには反対なわけですが、民主党がどうしてその旗を降ろしてしまったのかは不可解です。

西沢:考えるのが面倒くさくなったのだと思いますよ。結局、今の社会保障の議論も審議会にやらせています。しかし、審議会を使うというのは、当初の民主党のポリシーとは全く違うものだと思います。本当は、政調なり党で議論して、国家戦略室で制度改革を議論するはずなのに、審議会で議論をさせて、委員もわからないようなテクニカルなことをやっているのが現状です。任せた方がらくなのですね。楽な道を選んでいるということだと思います。

工藤:すると、今の政治主導でそれをやるという、非常に技術的な精緻な理解が必要だということもあるかもしれませんが、難しいということですかね。

西沢:ステップとしては、「敵を知り、己を知る」ということですから、今の制度を徹底的に勉強することですね。いかに、国民にとってわかりにくいか、ということを知ることですね。そして、その限界を知るべきですね。

工藤:時間が迫ってきたのですが、今言われたように、最終的には、社会保障の高齢化に対応したシステムの転換を考えなければいけない。一方で、日本の財政という問題が、かなり厳しい状況になってきている。この2つを本来考えていくのが、言葉だけで見ると、「社会保障と税の一体改革」だったはずなのですよね。でも、今、政府が進めていることは凄く距離がありますよね。


社会保障に持続可能な制度作りと財政再建は切り離し考えるべき

鈴木:ただ、私は、財政改革・財政再建と、社会保障の維持可能性の確保というのは、ある程度切り離して考えた方がいいのではないかと思います。今、財政状況が悪くなってきている相当の理由は社会保障ですが、社会保障は社会保障で維持可能な制度、これは税でお世話になるというのではなくて、社会保険方式で基本的にやって、自分の将来は自分で見るような制度に変えて行くということで、ここを健全にしてやるわけです。そうすると、税を投入していた部分が、大分楽になりますので、財政再建の方もある程度進むと思います。ですから、別に矛盾した話ではないような気がします。

工藤:ただ、今回、一緒にしてしまいました。

鈴木:そして、もっと財政投入を増やす方法で考えているので、それは、砂漠に水を撒くような話で、出口がないという気がします。

工藤:すると、社会保障と財政は別々にきちんと考えて、制度設計をする。後、財政再建。その中での税の問題を考えればよかったわけですか。

鈴木:社会保障の制度自体の抜本改革というのは、今回、ほとんどありません。そこから手を付けて、ではどうするのかという話が...。


今回は、消費税を上げるための「一体改革」にすぎない

工藤:すると「社会保障と税の一体改革」というネーミングから見て、看板が違いますね。つまり、改革ではないですよね。つまり、予算編成ではないのですが、消費税を取るための1つの舞台という風になってしまっている。

鈴木:元々は、「税と社会保障の一体改革」と言っていたので、そちらの方が正直なネーミングだったのです。途中で、前と後ろが変わってしまいました。

工藤:話を戻すと、今回の「社会保障と税の一体改革」はどう思いますか。

西沢:今回の一体改革というのは、改革と言うよりも消費税引き上げを伴う予算編成の過程という形で、そこに社会保障の前借りを付け加えて、国民の関心を買うという図式だと思います。

工藤:なるほど。今日は、色々なことが幅広くわかりました。ただ、やはり、日本の財政を考えた場合、高齢化に伴う社会保障の給付増というのは、かなり大きなものになっていく、ということを考えなければいけない局面にきた、ということですね。だから、この消費税の増税ということは、決断しなければいけないということでは合意ですか。

鈴木:私は、今は必要ないと思っています。いずれ上げていく余地はあると思いますが、他にも色々と手はあるだろうと。何も消費税だけで考えなければいけない、という気はしていません。

西沢:私は、この機能強化もそぎ落として、5%の消費税を極力、財政健全化に当てるべきだと思います。次に、正直に二段階、三段階目があるということも合わせて、国民に説明するべきだと思います。

工藤:でも、それは消費税ですか。

西沢:10%まで上げても、消費税はどうせ20%位まで上がってくるのであれば、税項目は次の段階で合わせて上げていくということですかね。

工藤:鈴木先生は、消費税はいずれそれまでにいく、という見通しは。

鈴木:消費税で考えれば、そうなるということですね。ただ、消費税だけで考える必要はないと思います。

工藤:ではその税で行うという、ことですか。。

鈴木:他の税項目で使えるものはあって、もっと適したものはあります。例えば、相続税とかです。それから、やはり社会保障のスリム化というか、効率化を同時に進めるべきだという風に思います。

工藤:わかりました。今日は、社会保障と税の一体改革、しかも年末にかけて、野田政権にとって、非常に大きなアジェンダになっていますので、これについて評価をするということで、お送りしました。今日は、ありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

  


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2011年12月5日(月)収録
出演者:
鈴木亘氏(学習院大学経済学部経済学科教授)
西沢和彦氏(日本総研主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第1部:初めの一歩にすぎない「一体改革」

 工藤:こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、今日は、野田政権の12月の最大のテーマになっている「社会保障と税の一体改革」について評価をしようということで、話を進めさせていただければと思います。

まず、今日のゲストの紹介です。お隣が学習院大学経済学部経済学科教授の鈴木亘さんです。鈴木さん、よろしくお願いします。

 鈴木:よろしくお願いします。


工藤:そのお隣が、よく出ていていただいているのですが、日本総研主任研究員の西沢和彦さんです。西沢さん、よろしくお願いします。

 西沢:よろしくお願いします。


工藤:まず、この社会保障と税の一体改革というのは、そもそも何なのか、ということから話をしていただきたいのですが、鈴木さんからお願いできますか。


社会保障財源の穴埋めが、今回の「改革」の柱

鈴木:政府の説明という意味では、社会保障と税の一体改革ということで、「社会保障」が前にきていますので、社会保障改革をして将来も持続可能な社会保障制度をつくる。そのための財源として消費税を5%上げる、という説明の流れになっています。ただ、私の理解で言えば、まず、この議論の出発点は非常に大きな財政赤字が発生していて、その中心として社会保障が財政赤字を発生させている。具体的には、高齢者3経費と言いますが、高齢者医療、介護、基礎年金ですね。これにかかっている金額に消費税を5%充てるということが、出発点となっていたのです。ですが、今は、高齢者3経費に対して、消費税で賄っている分が全然足りなくて、その額が丁度10兆円ぐらいの金額になるわけです。この10兆円という金額が、消費税でというと5%のうち、国が使える分の4%に大体あたりますから、それを何とかしようというのが出発点です。財政赤字が広がっていますが、それによってちょっと歯止めをかけようということです。ところが、それを財政再建の為だけに、要するに高齢者3経費で穴が空いているので、それを消費税で埋めます、という理屈では国民が納得しないだろうということで、社会保障の機能強化といいますか、社会保障をもう少し充実させるので、それをエサに消費税を上げさせてくれ、というのが出発点だったと思います。しかし、思いの外、エサに使うものが随分話が広がっていった。もちろん、財政再建に残る部分も少しはあるのですが、実は、消費税を5%上げても、社会保障で出ていくもの、あるいは何もしなくても、これからどんどん増えていく「自然増」と呼ばれているものが随分あります。

工藤:毎年1兆円ぐらいですよね。


消費税5%増税は、あくまでも負担増の第1歩

鈴木:そうです。ですから、これをエサに、消費税を5%上げるというのでは、全然足りなくて、もし上げるとしても最初の一歩ぐらいの話であるというのが、この税と社会保障の一体改革というものだという風に思います。

西沢:スケジューリング的なアウトラインを補足しておきますと、自公政権の時に所得税法の改正の附則104条で、2011年度中に消費税引き上げの法案を準備すると既定されていました。これは、民主党政権になっても引き継いだ形になりまして、鈴木先生がおっしゃったように、この社会保障をエサに消費税を上げるという仕組みもそうです。ですから、今の野田政権は、必死になって消費税を上げようとしているわけです。2011年度中ですから、来年の通常国会に出さないといけないので、一生懸命やっているという状況です。消費税率の引き上げ自体は、2010年代半ばまでにということです。民主党は選挙を経てと言っていますので、衆議院選挙の後に、1回か2回、3回に分けて引き上げる水準を考えているのだと思います。

工藤:鈴木先生のお話の中にあったのですが、高齢者3経費が10兆円ぐらいあるということでしたが、本来、今回の消費税引き上げでそれを埋められればいいのですが、それを埋める形ではなくて、その他に社会保障の自然増分、それから基礎年金の国庫負担の2分の1とか、機能強化とか色々なことが入ってきて、本来、高齢者3経費の穴埋めということで、全部を賄うという状況ではなくなってしまったということですか。

鈴木:もちろんそうですね。それから、いつの間にか高齢者3経費ではなくて、社会保障4経費ということになっていて、子育て支援も1兆円ぐらい乗っかってしまっているので、それでは全然足りない状況です。

工藤:ということは、今回5%の消費税の増税になると言われていますが、それだけでは終わらないという段階になってきているわけですね。ここに関して、付け加えてお聞きしたいのですが、私の理解では、今、政府は3つ約束があると思っています。1つは、2015年には、プライマリー赤字を半減する。赤字を半分にするためには15兆円ぐらい減らさなければいけない。一方で、社会保障の自然増はそのまま容認する、ということですね。そして、その先には国際公約になっているかはわからないのですが、2020年までにプライマリー赤字をゼロにする。先日の内閣府の試算を見ると、その頃にはまだプライマリー赤字が17兆円ぐらいあるのではないか、と言われている。そして、世界ではEUの経済危機をベースにして、財政に対する信用リスクに、かなり市場が敏感になってきている。そういう環境下にあるという中で、こうした社会保障と税の一体改革が動いているという理解でよろしいのでしょうか。

鈴木:そうですね。国際公約と厳密に言えるかどうかというところについては、私は疑問に思っていて、菅さんの時には確かに、2020年度までのプライマリーバランスの黒字化、プライマリー赤字をゼロにすると言っていたのですが、その後、震災が起きて色々と状況が変わりました。今回、野田さんがG20に行って、色々と言いましたけど、むしろ日本が1人で喋ったというだけの話で、相手がいて話していたというのではない。今回は、むしろヨーロッパの危機の話が中心だったので、どこまでそれが日本の公約として注目されているのか、という点は疑問です。が、基本的にはそういう流れの中の一部と考えていいと思います。

工藤:その視点で見ると、社会保障から外れて財政の視点になるのですが、例えば、今、私が非常に気になっているのは、消費税を5%上げたとしても2015年の段階で、かなり赤字が残ってしまう。一方で、社会保障の経費はどんどん増加する状況に歯止めがかかるわけではない。その状況の中で、とりあえず5%を上げて進めるということになると、私たち国民から見ると、このプロセスは、まず初めにこれから始まる増税に「覚悟」を決めて、スタートしないといけないという感じがしているのですが、そういう説明が、政府側から何もありませんね。どうなのでしょうか。


今のままで出発点もゴールも分かりにくい

西沢:自公政権の時には、プライマリーバランスがゼロになるまでを最終目標にしていました。例えば、自公政権では2011年度にプライマリーバランスはゼロというシナリオを描いていました。プライマリーバランスがいいのかどうかは別にしまして、本来であれば少なくともプライマリーバランスがゼロになるまでのゴールを定めた上で、その途中経過として、今回の消費税の増税がありますということを説明しないといけないと思います。野田首相が消費税増税に命をかけるとおっしゃっていますが、これで政治も国民もボロボロに疲れ切ってしまって、次のステップに進めないのが、一番怖いことだと思います。それが、工藤さんが先程おっしゃった「覚悟」だと思います。

工藤:確かに、全体的なゴールがいまいち見えないですよね。つまり、財政再建なら政府としてこういう目標を実現したいので、国民にこういうことを理解してほしい、と。それから、社会保障に関しては、こういうゴールがあるから、それに対して国民に理解してほしい、とか、そういう説明を聞いたことはまだありません。

鈴木:それどころから、現状がどうなっているのかさえ今回は全く説明がないわけです。だから、年金の話で言えば、唐突に今の年金財政の状況がよくわからないのに、支給開始年齢を68歳から70歳まで上げるという話が出てきて、これまでは100年安心プランで大丈夫だったのではないの、という話になってしまうわけです。そうすると、その話を引っ込めたりするので、その出発点もわからない。ゴールもわからない。だけど、何だかわからないけど、消費税を上げたいということでは、覚悟を決めてもらうのは構わないのですが、国民も納得できないと思います。私が怖いのは、西沢さんが言ったように、疲れ切るということもそうですが、ここで終わりだ、これさえ乗り切ればいいのだという気分になってしまうのが怖いですね。その後、それでは足りないわけですから、まだまだ色々なことをやっていかなければいけない、本当に最初の一歩に過ぎないので、ここで終わりのムードをつくってしまうのはまずいと思います。

工藤:今の話は、非常にその通りだと思いました。西沢さん、その出発点も明らかにならない。なぜ明らかにしないのですかね。つまり、今、私たち国民が直面している財政、社会保障そのものの重さというか、どれぐらい大きな問題に僕たちは直面しているのか、ということを、政府はなかなか説明しませんよね。自公政権の時にも、何回言っても100年安心だよと言われてしまった経緯がありますが、どうでしょうか。政治としてもそこまで国民を説得するという自信がないということなのでしょうか。

西沢:その説明責任を端折っていると思うのですね。今の状況をつまびらかにすると、パニックや衝撃を受けるだろうと。それを冷静に説明しようという説明責任を端折って、100年安心と言ってみたり、あるいは当面5%と言ってみたりするわけです。本当に責任感があれば、今の財政状況を明らかにして、ゴールに向けて、皆さんこういったプロセスで進みましょうと言うべきなのに、そこまでの責任を負う気持ちもないし、能力もないのか、また国民のレベルを軽く見ているのか、とりあえず5%です、と。あるいは、100年安心です、と言って乗り切ろうとしているわけで、それを我々は胡散臭く感じるわけです。


今回の改革は、持続可能な社会保障を目指す布石でもない。

鈴木:もう1つは、政治主導ではないのですね。官僚主導であるという証しだと思います。つまり、厚労省はずうっと100年安心プランというのを言ってきたわけです。途中でリーマンショックなど色々なことがあって、さすがに100年安心プランは無理だろうと思っている状況下でも、色々な粉飾決算をして、100年安心プランというポジションを張ってきたわけです。それを1回崩さないと、これから大きな年金改革をやりますとか、税と社会保障の大きな改革をやりますということは言えないわけです。それは政治主導ではなくて、厚労省のペースで色々な内容が出てきていますので、厚労省サイドとしては、それは間違いでしたということは言えませんので、出発点が全然出てこないということは、まさに政治主導ではないということの証しだと思います。

工藤:今、僕らが直面している課題に今の政権に政治主導でできるものなのでしょうか。つまり、官僚主導、政治主導という言葉に、僕たちも新鮮な響きを感じがこともあります。しかし、政権交代をして、政治主導と言った政治主導がどこで実現したのか。小さい仕事を官僚と取り合ったり、そういうことだけですよね。

今の話について、私たちはアンケートをやってみました。そうすると、今の私たちの話で出たことが裏付けられるような感じでアンケートの答えがありました。まず、今回の「社会保障と税の一体改革を知っていますか」という質問を見ると、ある程度は知っているという人が7割ぐらいでした。ただ、「この改革が実現すると、安定した財源のもとで、持続可能な制度になると思いますか」と尋ねると、やはり6割近くがならないだろうと回答しています。それから、よくわからないという人も24%ぐらいあるという状況でした。昨日、テレビを見ていたら、京都で行われているILOか何かの総会で、野田総理が「私は少子高齢化でも対応できる、持続可能な社会保障制度をつくるために、今やっているのだ」とおっしゃっていました。しかし、これまでのお二人の話を聞いていると、今回の社会保障の問題は、そのためのプランニングではない、ということが分かります。この辺りは改めてどうでしょうか。鈴木さん。

鈴木:結論から申しますと、全く持続可能な制度になるための布石ではありません。

工藤:一方で、さっき鈴木さんがおっしゃいましたけど、本来、元々は3経費の赤字分を何とかしようとしていたのですが、結果としてそれを埋めるということに集中したわけではなくて、他の物、つまり基礎年金の問題とか、自然増に対応させるなどですね。そうなってくると、仮に財政のプライマリー赤字を2015年以降、ゼロにするという目標を入れなくても、穴埋め、それから自然増で、消費税を再び上げなければいけない。

鈴木:そうですね。今、自然増と呼ばれているものが、毎年1兆3000億円ぐらいずつ増えていますので、2年で消費税1%分という計算になります。そうすると、10年で5%となります。しかも、今回、機能強化と言って、また財政の支出増も入れていますので、そういうものを入れないとしても、自然増だけで、単純に10年で5%上げる必要があるということになります。

工藤:すると、さっきの穴埋めのところがそこに入るわけですね。すると、今回は、5%の内1%を使うという計算ですよね。

西沢:機能強化にも1%使う、という計算です。
工藤:すると、まだまだ穴埋めは結構ありますよね、消費税の増税は広がる。

鈴木:でも、それをしても、社会保障の穴を埋めているだけで、それ以外の穴も沢山あるという意味では...。

工藤:財政の国債を除いた税収と歳出が赤字になっているという構造は、まだ残っているわけですね。

鈴木:今言っている3経費というのは、社会保障の中の一部なので、それを埋めるのに消費税が5%必要だったという話で、他にも穴があいているというものは沢山あるわけです。それに加えて、社会保障だけではなくて、まだ他の部分でも穴が空いているので、それを色々埋めて、プライマリーバランスをゼロに持っていくという話になると、さっき言った、
5+5+5でも足りないわけです。


2020年には消費税が20%ぐらいには、なる

工藤:西沢さん、このシミュレーションをしたことありますか。プライマリーバランスをゼロにして、今の社会保障の穴を埋めて、自然増に対応させたら、2020年にはどれぐらいになると見ていますか。

西沢:消費税だと、普通にざっと見ても20%ぐらいになってしまうと思います。

工藤:それを越えちゃいますよね。その頃は、日本の個人金融資産があるとか貯蓄がまだあるとか言っていましたけど、20年までの間に、急速に悪化して厳しくなっていきますよね。すると、財政的に見ると、日本もEUと同様にかなり厳しい段階に入っていくということになりますよね。

鈴木:そうですね。それから、もちろん、増税ということになりますと、成長率も下がってしまうわけですね。それ自体が景気を悪化させる要因でもありますが、増税をして今の社会保障など、国がやっている官の部分を温存するわけですから、生産性は非常に低いわけです。むしろ、民間から資金を引き揚げてしまうわけですから、民の部分が小さくなるわけです。そうすると、長期的な成長率は下がるわけです。その成長率が下がった中で増税をする。そして益々苦しくなる、というような何重苦という構造に なっていくということですね。

工藤:西沢さん、かなり今、日本の未来に向けて本気で決断したり、考えなければいけない局面にあるのだ、ということですよね。

西沢:ただ、政治に対して、説明責任を果たせと我々も言いますし、きちんと増税を口にしろと言いますけど、偉人的なグレイトな政治家が出てくる期待を持たない方がいいと思います。むしろ、そういう政治家ではなくて、普通の人でも運営できるように情報を透明にして、制度をわかりやすくして、会計を整備して、国民が合理的に判断できる環境を整えていかないと、いつまで経っても政治のスーパースターの出現を待っているというのはリスクがある。先程の消費税も、例えば標準税率を20%にしたとしても、消費税の1%分の2.5兆円も次第に入ってこなくなります。限界的な税収は下がってきます。

鈴木:もう2.1兆円ぐらいともいわれていますね。

西沢:それから、軽減税率あるいは低所得者対策が必要になってくるので、自ずと増税には限界があるということを知ると、必然的に給付の方に目を向けて、抑えるところは抑えていかないといけないですね。

工藤:わかりました。ここでひとまず休憩を挟んで、次は社会保障そのものの議論を進めたいと思います。

   

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