野田政権の100日評価とマニフェストの在り方

2011年12月26日

entry_body= 12月15日の言論スタジオでは、言論NPOのマニフェスト評価委員である土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部教授)、増田寛也氏(株式会社野村総合研究所顧問)、湯元健治氏(日本総合研究所理事)の3氏をゲストにお迎えし、「野田政権の100日評価とマニフェストの在り方」をテーマに議論が行われました。


 まず代表工藤は、この日の議論から言論NPOとして野田政権に対する評価作業を開始したいと語り、その上で、①現時点での野田政権に対する評価はどのようなものか、②野田政権は国民に何を約束する政権なのか、③マニフェスト型政治のあり方、そしてそれが機能するためには何が必要なのか、などについて3氏に回答を求めました。

 100日時点での評価について、増田氏は50点、湯元氏、土居氏は、ともに60点と幾分高めに100日を評価しました。

 ただ、増田氏は「これは合格点ではない」とし、その理由として、党内融和を優先するあまりに国民に目が向いていない、という民主党の党としての構造的な問題を指摘しました。湯元氏は、震災からの復旧・復興や未曾有の円高に対応する経済対策等の最優先課題に着手していることなどを評価したと説明し、土居氏は「今後は、本腰を入れて消費増税やTPP参加に着手していくだろうという期待を込めた」と述べました。

 工藤は、この日の議論に先立ち有識者を対象に行ったアンケートで野田首相の100日時点での評価が、歴代の政権の100日と比べて相対的に高い反面、100日後に関しては期待できない、という有識者が6割いるとし、野田政権の先行きには厳しい評価があることを説明しました。その要因として工藤は、党内での対立を押さえながらこれからの政策運営をしなくてはならないという党内事情と同時に、「課題から逃げない、という姿勢は評価できるがそれ以上でもない」などと語り、そもそも消費税の増税も社会保障財源の穴埋めがそのほとんどで、これから本格的に始まる増税の全体像や覚悟を国民に問うたものではなく、急速に進む高齢化の中で、財政再建や社会保障の持続に答えを出すものではないと指摘、それに対する意見も3氏に求めました。

 これに対して、増田氏は「消費増税をやろうとする政権というのは分かるが、それをもって社会をどのようにしていきたいのか。そのビジョンが欠けているのは事実だ」と呼応。湯元氏は、菅政権が6月にまとめた「社会保障・税一体改革成案」に触れ、「(増税による税収を)社会保障のために使うと言っているのに、実際には5%のうち社会保障に使われるのは1%。国民に対するメッセージと実際の中身にズレがあり、それが現時点では説明されていない」とし、土居氏もこの点に関連し、「消費増税をしようがしまいが、社会保障改革はやらなければならないのに、それをどのように変えていきたいかという説明が全く足りない」と指摘し、政権としての意思が国民に届いていないことに危惧を表明しました。


 続いてマニフェスト政治についての現状の評価と、そうした国民に向かい合う政治をどう日本で実現するのか、に議論が進みました。

 この中で工藤は、有識者のアンケートでは、すでに政権交代時の2009年のマニフェストも事実上、修正や断念に追い込まれているのに、国民に信を問うこともなく、党内で首相が選ばれることに、「有権者の代表としての正当性がない」、と認識している回答が7割を超えている反面、マニフェストは約8割が必要と答えていることを指摘し、政党自体が政策でまとまっていない現状で、どうマニフェストを機能させるのか、と問いました。

 湯元氏は、「党内が政策軸をベースにまとまっていないことが、マニフェスト政治を実現できない、最大の理由」と強調。日本の抱えている課題を明らかにし、政党としての解決策を競い合うという競争が起こる必要があると述べました。土居氏は、英国の事例を引きながら、「マニフェストは細かいことを詰め、総花的なものではなくて、『どういった方向にこの国を動かしていくのか』を明らかにするものであるべき」と述べ、有権者側もそれを賢く判断していく必要性を訴えました。最後に増田氏は、民主党が明確なコミットメントを見せなかった2009年のマニフェストは「真のマニフェストではない」と指摘し、その後の政権運営を通じてマニフェストに対する国民の信頼を喪失させた民主党の罪は重いとしながら、「ムダの削減を言っていたのになぜ増税になったのか。民主主義のプロセスは時間がかかるしコストにもなるが、それを覚悟して説明を続けていかなければならない」と強く主張しました。

議論の全容をテキストで読む    

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第1部:野田政権の「100日」をどう評価するか

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。言論NPOでは私たちが直面する問題に関して、みんなで一緒に考えようということで、この言論スタジオを行っています。

本日は、「野田政権の100日評価とマニフェストの在り方」ということで、話し合ってみたいと思います。言論NPOのマニフェスト評価委員の3人の方に来ていただき、公開で行われるマニフェスト評価会議だという位置付けでやっていきたいと思っています。

それではゲストの紹介です。私の隣が株式会社野村総合研究所顧問の増田寛也さんです。
そのお隣が、日本総合研究所理事の湯元健治さんです。
最後が慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗さんです。よろしくお願いします。


党内融和の矛盾が見え始めた

工藤:さて、早速ですが、12月10日に、野田政権は100日を迎えました。私たちは100日まではハネムーン期間という事でまず温かく迎え、しかし100日経ったら有権者として、きちっと厳しく評価しようということで、毎回100日評価をしています。私たちはこれを安倍政権からやっていまして、今回で6回目になります。

有識者の意見を聞きながらこの評価を始めるのですが、予算編成がまだだという事もあり、予算編成の状況を見ながら、きちんとした評価をしなければいけないと思っています。というわけで、今日はまず1回目、100日をふまえた上で、今の時点で野田政権をどう見るかということについてみなさんと議論をしてみたいと思います。

野田政権のこれまでの実績を踏まえて、皆さんに100点満点で何点か、その理由はなんなのか、をお聞きしたいと思います。増田さんからどうでしょうか。

増田:点数は50点です。60点合格点として。合格点は取っていないのですが、50点をつけたのは、前の政権と比較してということです。菅政権にくらべれば、すこし形にはなっているのではないか、ということで、この点をつけました。


工藤:菅政権がひどすぎたという事ですか。

増田:菅政権というのは、身内の民主党からも「早く辞めろ、辞めろ」の大合唱だったので、政党政治の体をなしていなかった。しかし、野田政権が合格点にいっていないというのは、代表選挙の時の各候補者の中で、あの人だけは増税を言っていたわけです。ですから、この政権は何をするための政権かというと、増税するため、消費増税を目指す政権だと思うのです。そうであれば、この前の国会の時に「身を削る」ところをちゃんとまず成立させなければいけなかった。ところが、それを全く出来ずに国会を閉じざるをえなかった。2人の大臣の問責が出たからということでしょうけれど、やはり、何のための政権かという最初に躓きが生じて、「身を削る」ところができていない。増税についての国民的な理解は、そもそも抵抗感ある中で難しいでしょうから、そういう意味でも合格点には達していないということになります。

工藤:はい、わかりました。湯元さんはどうでしょう。


一応、課題には取り組んでいるが

湯元:私は増田さんよりちょっと甘めかもしれませんが、60点という事でぎりぎり合格としています。

所信表明演説で、この政権の最優先課題というのは「震災からの速やかな復興」ということをうたって、第三次補正予算の成立に全力を挙げた。細かく見ますと、時間が相当かかったとか、内容的にこれで十分なものかなど、色々な点でマイナス点になるところはあると思うのですが、言ったことをきちんと11月21日に予算を成立させて、実行させました。その間、急激な円高、ヨーロッパの債務危機、不測の国際環境の変化というものもあって、それも柔軟に第三次補正予算の中に円高、空洞化対策等、経済対策も織り込む形で実行した、ということです。

あと、先ほど増田さんもおっしゃったように、菅政権の反省に立った修正というものを柔軟にやってきたのかなと思います。例えば、原発、エネルギー政策というところで言えば、菅政権は「脱原発」という方向に急激にかじをきりかえて、かなり混乱をもたらしたところがありましたけれど、「減原発」という言葉に変えて、もう少し中期的な視野で原発依存度を下げていこう、と。目先、安全性が点検されたものについては、再稼働を出来るだけやっていく、こういう、非常に現実的な方針を打ち出した。

それから、いわゆる菅政権以前の政治主導による政策決定ですね、これは政治主導を意識するあまりに官僚の知恵を使うことを上手くできなかった、非常に大きな混乱をもたらしたという所があったと思いますが、野田首相は「脱・脱官僚」と難しい言葉を使いました。先ほど増田さんが指摘されたように、これを言ったがゆえに公務員給与の引き下げの問題が十分できていないという問題もあると思います。しかし、いずれにしても、政策決定のプロセスを官僚の知恵や、民間の知恵、これは小泉政権の時の経済財政諮問会議に似た組織で、国家戦略会議というのを作って、民間の知恵も活かしながら、政策決定をしていこうという柔軟なスタンスの変更は、私が高めに評価する要因であります。

はい、わかりました。ちょっと高めすぎるような感じもするのですけれど。土居さんはどうですか。

土居:わたしはこれからの期待も込めて60点です。
高いなあ、今日は。


政党交付金基準日の1月1日までは分裂回避?

土居:今の段階では60点という数字はあげられないと思います。ただ少なくとも、これからある種、豹変してくれるのではないかという期待を持っているので、期待分を加算して60点です。

どういうことかといいますと、TPPへの参加表明というあいまいな表現、それから、社会保障・税一体改革に向けての、ある種、微妙にスピードの遅い展開、というのは、すべて、1月1日の政党交付金基準日、これにかかっているのではないかと思っています。つまり、年内にまとめるとはおっしゃったのですけれど、本当に強いことを年内に言いきってしまうと、離党者が出るかもしれない、分裂するかもしれないということがあるのです。ただ、1月1日を越えると、否が応でも、分裂しにくくなるという事がある。願わくば、1月1日を越えたところで本腰を入れて、TPPなり、消費増税なりをきちんと手を打ってやっていって欲しいし、そういうスタンバイを年内にできるかどうか。ある種、潜伏期間みたいなもので、本腰を入れて今、12月にやってしまうと、反発を受けてたちまち分裂する恐れもあるので、そこは穏やかにやっているのではないかというのが私の推論です。

だからこそ、奥歯に物が挟まったような言い方だったりして、本当にやってくれるのか、こんなんで期待していいのかという感じはするのですが、私の推論は、分裂させないように何とか保つ。だけど、TPPの参加についても野田総理は前向きだと言われている。それから、一応、不退転という言葉をお使いになりましたけれど、社会保障・税一体改革もかなり前向きである。これは、ご本人の本音ということであれば、たぶん前向きに進められると私はまだ信じてはいます。ただ、1月1日を越えて、やっぱり何も変わらなかった、と、相変わらずスローペースだし、奥歯に物が挟まった言い方しかしない、ということだと、期待分で点数を挙げた分は取り消させていただきますと言わざるを得ない、そういう感じです。

基本的に、言論NPOの評価は、きちんとした評価基準に基づいて評価を行うのですが、ただ100日だけは、有識者のアンケートも組み合わせて判断しています。そのアンケートは予算編成の問題をどうしても入れなければいけないので、年末になると思いますが。今日の議論の参考に先行で簡単な100日アンケートを有識者対象にやってみました。その結果がお三方とはまた違うので紹介します。

野田政権は、期待以上だったという人が11.6%でした。期待通りというのは22.1%ですから、期待と比べてプラスだというのが約3割です。逆に期待以下とそもそも期待していない人が6割あるわけですから、基本的にはプラス評価が3割、マイナス評価が6割という、非常に厳しい評価です。

ただ、歴代の安倍政権以降の比較をしますと、この前の菅政権があまりにもひどくて、期待以下というのが9割ぐらいあったわけです。それから見れば、野田政権というのは、前の自民党の福田政権の100日のアンケート結果とかなり近くなっています。

ただ、これから「100日後の野田政権に期待できますか」という設問には6割の人が「期待できない」という評価なのですね。この回答者は、有識者、企業の経営者、メディアの編集幹部のかた、学者さんからの評価なのですが、この結果について、増田さん、どうでしょうか。


政治スタイルを転換しないと、今後は動きがとれなくなる

増田:菅政権なんかはまさにそういう評価だと思います。野田政権について言うと、スタートの時に、党内融和を非常に重んじて、各大臣を全部の所からとって、当然、防衛大臣は安全保障に素人ですということを宣言した人がなっています。過去に、マルチ商法にエールを送っていたような人が大臣になっている。その人たちが案の定いろいろな問題を起こし、野党から問責が出てくる。ねじれ国会というのは最初からわかっていて、同じような軌跡を菅政権が辿りましたので、野田政権にも学習効果があるのかと思っていたのですが、特にそういうことも無い。私は問責決議が出されそうになったら、2人を罷免して国会延長して、公務員の給与削減とか、国会議員の歳費削減をやらないといけないと思っていたのですが、何もしないでずるずると来ています。年が明けると非常に厳しい状況になるのですが、手をうっていない。ですから、先ほど、今までの過去を見て50点と言ったのですが、私は色々な意味で、そもそも野田さんが今まで心がけてきた政治スタイルを180度ガラッと転換しないといけないと思います。今、福田政権ぐらいの感じだとおっしゃっていましたけど、いずれにしても今後は非常に厳しく、ガタッと底が下がっていくということになるのではないでしょうか。要は、物事を決められなくなりはしないか、と。

工藤:野田政権を見るときにここが一番重要なのですが、党内融和を重視した、と。逆に言えば、党内融和をしないと、かなり党内はバラバラで厳しい状況なのですね。


党内融和重視は、国民が視野に入っていない

増田:そこは、党内融和を重視するということは、国民が目に入っていないということです。逆に国民のことを視野に入れると、違う展開が出てくるのではないか。国民の支持を背景にして、党内をおさえられる。やはり今のままだと、難しいと思います。

民主党というのは、小沢グループが中にいるということで、この人たちに対してどうするかなのです。反小沢の軌跡をとった菅政権が全然ダメだったわけです。そして、融和路線をとった野田政権も今のところ躓いているので、そもそも考え方の違う2つが数あわせで一緒になっているという構造的な問題です。ここをどう乗り越えるのかが、民主党の抱えている問題です。

工藤:党内融和の矛盾、綻びがいろいろ見えてきているのですね。土居さん、いろいろなところを具体的に見ていると、党内融和といいながら、色々なところが骨抜きになったり、どんどん先送りになっている状況もありますよね。


政権運営の知恵をつけ、それを活かせること

土居:それについては、私も心配はしています。ただ、TPPしにしても消費税増税にしても、推進派としては、連戦連勝でいかないと実現しないのですよね。反対派は、どこでもいつでもゲリラ的に、妥協を迫ったり、骨抜きにしたり、実現を阻んだりする。最後の最後、実現する手前までは、いつどこの時点でもできる、そういう状況であることは踏まえないといけないと思っています。そうすると、極端に言えば、小さな妥協は止むを得ないというマキャベリズムと言いますか、そういったものが、今までの民主党には全然無かった。鳩山内閣、菅内閣、それこそ「普天間は最低でも県外だ」、みたいな事を言っても、何の権謀術数も無さ過ぎて、正直すぎてダメでした。その意味では、あまり妥協せず、できれば綺麗な形で、TPPも消費税増税もやってもらいたいと言うのはあります。

ただ、それが仮に自民党だったとしても、同じように、ある程度の妥協ですとか賛成にまわってもらうための説得はやらざるを得ない。それをいかに国民が納得できるような形で、不純なものを出来るだけ少なくしながらやっていくか。いまのところ、連戦連勝を図っていくための1戦目であるTPPについてはかろうじて何とか初戦は飾った。消費税については全然ですけれど。しかし、残念ながら、2戦目、3戦目はいつどこでゲリラ的な反対論が噴き出してくるかわかりません。そういうことを考えると、そこでもう少しきちんと、政権運営の知恵をつけて、それをちゃんと活かせるかということがこれから問われるのだと思います。


いま政策は誰が決めているのか

工藤:湯元さん、今、政策は誰が決めているのですか。昔は官邸主導ということでしたが、党のほうでもきちんとやるという形になってきました。しかし、見ていると、最近はなんだかわからなくなってきていませんか。政調会長が言っていることで決まるという感じもしない。今どういう形で政策が動いていると見ていますか。

湯元:党に政策決定権限を委ねたということは間違いありません。ただ、野田総理としては、自分のやりたいことは一応、間接的な弱い表現ながらもしっかり言うべきことは言っている。決めるという段階では、TPPと消費税に関してはこれからですから、誰が決めているかは、これから明らかになるという話だと思います。決まらなかったら、野田総理の周辺ではないということになります。

工藤:先日、社会保障・税一体改革の評価を行ったのですが、その際のアンケートでも、誰が主導しているかわからないという結果した。一度休憩を入れて、次の話に進めたいと思います。

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第2部:野田政権は何を実現するための政権か

評価対象のマニフェストはほとんど全滅に近い

工藤:私たちが政権の評価をするとき、民主党政権になって結構困っています。というのは、民主党政権として、国民に何を約束しているのかが、はっきり言ってよくわからなくなってしまった。2009年の時のマニフェストはほとんど全滅に近い形で、修正したり、断念しています。今、マニフェストの実行について責任を持ってやる、という話でもありません。今やっていることはマニフェストに書かれていない話です。それから、菅さんと野田さんに関しては、国民の選挙を経て総理になったわけではないので、厳しい見方をすれば、ある意味で政権のたらい回しだ言えるわけです。そうなってくると、この政権を評価する時の目標設定をどうこちらで考えればいいかというところが、非常に不明瞭な状況になっているわけですね。

私たちは、野田さんの所信表明演説を含めて、国民に向けて話したこと、これを一義的な約束だと判断せざるを得ないわけですね。その判断を元にこの政権を評価するしかないわけです。その判断の見方でもいろいろ違うと思うのですが、まずこの政権は、何をする政権で、その政権の目的から見ると、この100日はどう評価するのか、ということを皆さんに話していただきたいと思います。


何のために消費税を増税したいのか

増田:この政権が目指すのは、消費増税を実現する、その道筋をつけるというということだと思います。発信のあまり無い野田さんが、節目、節目で並々ならぬ意欲を出して、かなりはっきりした表現で言っています。民主党政権とすれば、あくまで国民に約束したのは2009年のマニフェストですから、政権として国民の選挙を経てないので正統性がないという言い方もあるのですが、自民党も今までよく繰り返してきたことでもあります。だから、野田さんがやるべきことは、2009年のマニフェストが違っていたと、きちんと謝った上で、何故そうならなかったか、何故、いま消費増税が必要なのか、きちんと丹念に、明確な言語で語っていくということが、この政権として何を目指すかということを国民に伝えることではないかと思います。

工藤:僕も気になっていることがあります。野田さんが企業の経営者の集まりで、「私は捨て石になる」という言葉を言ったそうです。僕は総理が、捨て石になるという言葉を使うのは尋常ではないと思っています。つまり、党内の反対を抑えてことを実現することで一杯なのです。しかし、今、野田さんが取り組んでいることは、今まで菅政権ができなかったこと、TPPだったり消費税だったり、それをとにかく政治の舞台だけで何が何でもやるという、それしか目標設定が無いのではないか。そんな気がしてしまいます。つまり、何のためにそれを実現したいのか,国民に伝わってこない。

増田:消費増税をやるための政権だと言いましたけれど、今の工藤さんのような切り口から言えば、それはあくまでも何かを実現するための財政的な裏づけということになります。ではそのことによって、社会保障をここで充実させるのか、そうではなくて国債の評価を下げないためにも過去の借金を出来るだけ償還するようにするのか。消費税を上げて入ってくる12、13兆円という税収を何に使うのか、そして、そのことによって社会をどうするのか、というビジョンをはっきりさせる、そこが欠けています。捨て石になるというのは、今まで各国を見ても増税をすると政権が倒れていて、俺が倒れてもいい、でも増税は絶対やるぞ、というのが、工藤さんがおっしゃっていることだと思うのです。私もそこは非常に危惧するところですね。

工藤:湯元さん、どうですか。この政権は何をする政権なのでしょう。やらなければいけない課題はありますよね。


なぜ一体改革の中身は正直に伝えないのか

湯元:課題は、もちろん震災復興と、原発・エネルギー政策ですけれども、中・長期的課題としては、菅政権が言っているTPPと消費税の引き上げを含めた、社会保障と税の一体改革ですよね。今、増田さんからご指摘があったとおり、5%上げた税金を何に使うのかということです。菅政権のときに、6月に一体改革の成案をまとめています。それを基本的に野田政権も受け継いでいると思うのですけれど、その中身を見たら、税金を上げて、社会保障に使うので、国民に全て還元しますということがしっかり書いてあります。実際に成案の中を見ると、5%のうち本当に社会保障に増やしていく分は、実は1%ぐらいしかありません。残り4%はもちろん社会保障に使うのですが、過去の借金を返済するために使うということで、国民へのメッセージと実際の中身にずれがあります。これに対する説明というのが、現段階においては何もなされていないことは、今後、非常に難しい一体改革を野田政権として本当に実行できるのかどうかの鍵を握ると思います。そのあたりが今、民主党の中で議論していても、色々意見が分かれてまとまりがつかない状態になっていることの大きな原因になっていると思います。


一体改革は社会保障の財源不足を埋めるためのもの

工藤:今の話を伺っていても、基本的に震災復興で、三次補正、本当は三次補正でなくても良かったのですが、それを決めた。それから消費税とTPPの問題ですよね。ということになっているのですが、その中身がどうなのか、ということに今、議論が入ってきたということですね。

土居さん、今の税・社会保障一体改革なのですが、別にこれは社会保障の改革ではありませんよね。あくまでも、社会保障の財源不足を埋めるということのためだと思います。ただ反対があるので、低所得者向けのものをいじる、という感じでいくばくかの社会保障の機能強化で話をそらそうとしている。

本当は、国民にとって覚悟を固めなければいけないという状況なのですが、政府から、首相からも説明されていませんよね。

土居:そうですね、特に、厚生労働省の説明不足はかなり深刻だと私は思っています。本当は医療でも、医師不足の問題、医師の偏在の問題がありますし、さらに、後期高齢者医療制度を廃止するとマニフェストで言っていたわけですけれど、それをどう変えていくのか。さすがに廃止というのは識者から見れば乱暴で、廃止したら元の老健制度に戻るのか、そんなことはありえない、ということがあるので、一応、政治的には廃止と言いましたけど、改変してより改善できる仕組みに変えていくという話だと思います。

これは、実は玄人はだしな話ではあるけれども重要です。ただそれは、消費税の増税をしようがしまいがやらなければいけないこととして、社会保障改革はあるわけです。もちろん介護、年金の問題もそうです。それが、消費税という話があまりにも表に出過ぎているが故に、一応、細々とは言っているのですが、結局、増税して穴を埋めるだけの話ではないのか、という風に聞こえてしまう。確かに厚労省の頭の中では、別に増税しようがしまいがやらなければいけない課題として社会保障改革があるという事は理解しているのですが、あまりにもPR不足というか、こういう風に変えたいのです、という事を表立って説明していないところがありますね。


国民は本格的な負担増を覚悟する段階にきている

工藤:今の消費税問題は、自民党政権の時からの年金改革の中で、決めなければいけない時期に来ているわけですね。それを政治としてきちっとやるのは、僕はいいことだと思うのです。続けて土居さんにお聞きしたいのですが、財政再建の問題は、この夏ぐらいからギリシャ、EUの危機が出て、かなり市場の見方が変わりました。そういう状況で、今の財政支出の中で一番大きな比重がある社会保障が毎年1.2兆円ずつ増えることは、今の民主党政権は容認しているわけです。単純な理屈で言えば、20年経てば20兆円ぐらい増えるという事ですよね。すると、今度の5%増の中身を見ると、僕もちょっと気になったのは、自然増の話と、それから基礎年金の2分の1の補填で終わってしまいますよね。だけど、それでも、内閣府の試算を見ると、2015年にはプライマリー赤字が18兆円ぐらいも残るのではないか、と言われている。その後、この赤字はどうするのでしょうか。前の政権、菅さんは、それを2020年までにはゼロにすると言っていました。ですから、その後の5年間に、今度は残りの18兆円を減らす一方で、社会保障の自然増があるという形になると、誰が見ても今回の消費税の増税は1回限りではなくて、本格的な負担増を国民が覚悟しなければいけない段階に来ているということではないでしょうか。こういうメッセージが何もない状況で、不退転の決意でとにかく消費税を上げなければいけない、ということだけを言っていることに違和感を感じます。どうなのでしょう。

土居:私はもちろん、長い目で見て物事を考えるべきだという立場に立っています。私もいろいろな試算をしたので、そういう意味では2020年までには、最低でも消費税は15%ぐらいまでいかないと。

工藤:20%になるわけですか。


2020年までに消費税を最低でも15%以上になる

土居:いえ、最低でも15%です。それ以上必要になる可能性はもちろんあります。私は、それをあらかじめ言う事が、誠実だと思います。できれば、それぐらいの視野で政治は与野党ともに考えてもらいたいと思っているのですが、野党も野党で、すぐ揚げ足を取って、やがては15%にするという事は、10%への増税は一里塚の話で、これは大増税内閣だ、みたいなことを、きっと言ってくるのではないかと思います。そういう態度だと将来こうしたいので、その一歩手前の2015年までにこういうことをしたいのです、という事の説明が政治的になかなか通らない、というのは非常に悲しい状況だな、と私は見ています。

工藤:そういう段階ではないというような気がするのですが。ただ一方で湯元さん、野田首相は、財政再建のためにも成長率を上げなければならないと、成長率を上げる会議を作りましたね。だけど、あの会議で具体的に成長率を挙げるという形での大きなプランニングができるのでしょうか。今回の予算を見ても、成長枠というのは前よりも低くてせいぜい7000億円ぐらいですよね。復活財源の枠に使われてしまうぐらいの感じで、見ていても大して中身がない。本当にがらりと変えるようなことをしなければいけないのだけれど、少なくとも、今の政権はそこに頭を切り替えたのではなくて、とにかく昔からの課題だった消費税増税をやるという事で必死なのだという風に見えませんか。


成長戦略は本当に車輪の一つとして提起できるか

湯元:実は政策の優先順位をどこに置くか、ということの問題だと思うのですね。震災復興という当面の大きな課題がある中で、実際は成長率も上げなければいけない。日本再生戦略というものを打ち出します、とアナウンスはしているのですが、年内に取りまとめられるかというと、微妙な情勢です。成長戦略を打ち出すという事と、消費税引き上げというのは車の両輪と言われていますが、より意欲を持って先に打ち出しているのは消費税引き上げの方で、成長戦略はどちらかというと菅政権のものをそのまま継続的に使っていこうという形で、野田政権色をこれから出そうとすると思いますが、ちょっと順番が逆のような印象を受けます。本来、第三次補正予算とほぼ同じようなタイミングで、成長戦略を作って、経済成長の目標としては中期的に実質2%成長、名目3%成長を目指すという公約を掲げていますから、これを実行するための手段をどうするのかを、本来、国民の目の前にしっかり示す必要があると思うのですけどね。このところが、やはり野田政権自身が、社会保障・税の一体改革に軸足を置いているがゆえにこういう順番になっているのかな、という風に思います。

工藤:私が見ていると、野田政権の不退転の決意というのは、消費増税だけ。ただ、それだけでも大したものなのかな、という思いはあります。ここまで不退転とこだわっている人は今までいなかった。

今日の言論スタジオの前に行ったアンケートでは、「あなたは野田首相が党内の反対を抑えて消費税の増税を決断できると思いますか」と聞いてみたところ、43.4%が「決断できる」と思っています。やはり内容等は別として、ここはやるのではないか、という段階に来ています。ただ一方で、これはとにかくやるにしても、中身について優先順位を含めて、もっと長期的な国民に対する説明も含めて、結構問われてきているのではないかというのが今の話でした。

次に増田さんに震災対応についてお聞きしたいのですが、今まで菅さんの時、とても遅くて、すごく時間が経ってしまいました。被災地の復旧は終わっても、本当に将来を見据えての動きではアイデアを言っている人がいっぱいいましたけれど、どこか止まってしまったような気がするのですが、どうなのでしょう。


震災復興ではリーダーシップを発揮していない

増田:これは、前の政権からの積み残し課題で、野田政権だけを責めるのは酷な気がするのですが、それにしても本格的な復興予算の成立が11月21日ですよ。9か月経ってやっと復興のスタートか、と。もう今、雪が降っているので、事業の執行が非常に難しくなってきているのです。だから、そのスピード感の欠如は問題です。そして、来年の3月、いや3月では遅いから2月に前倒しをするという復興庁があるのですが、関東大震災の時の対応を4か月だけで行った後藤新平の震災復興院の人たちが見たら、「え、1年近く経ってから組織を作る。組織解散かと思ったら、これから作るのですか」という風になってしまうと思います。しかも私は屋上屋のような感じがしています。各省からばらばらに予算が流れるのを、まとめて実行することに復興庁の意味があるのです。だから、そういう意味では震災復興について、予算はもう菅政権の時に遅れていたから、野田さんだけを責めるのは気の毒ではあるのですが、結果としてみればやはり遅い。それから、復興庁については、野田さんはもっとリーダーシップを発揮して、1年だけの時限措置にして、そのかわり徹底的に復興庁でまとめるということを大胆にやらないと。結局、復興庁の職員の200人近くの人達のほとんどが出向組ですから、各省の顔を見て、かえって二度手間かな、と私は思いますけどね。

工藤:確かに、僕も出身は青森ですけれど、もう雪が降っていますからね。

増田:経済対策で、11月頃に成立した補正もあったと思いますが、結構繰り越しましたね。

工藤:今回もそうですよね。予算は可決しても実行できない。

増田:何かやるのかもしれませんが、本当の意味での事業は無理だと思います。除染なんかも全部繰り越すのではないかと思います。

工藤:予算編成の話を土居さんお願いします。


逐次、必要に応じて予算を組み、執行を急ぐべきだった

土居:三次補正は、私のちょっと酷な言い方をすれば、民主党政権、何をやっているのだと思います。震災直後から全然、機動的に動いていないじゃないかということで、謝らざるを得ないような状況になった時に、これだけ予算を積みましたから何とかお許し下さい、そういうある種、見せ金のようなやり方になっている面が多分にあります。もちろん、お金は本当に必要だから、必要な予算はもちろん積むべきなのですが、もう少し早く、逐次的に予算を組めば、一気にどっと積む必要もなかったと思います。5月だとか8月だとかに、必要に応じてどんどん予算を付けていけばよかったけれど、菅内閣ではできなかった。

工藤:予算編成は大詰めでしょ。
増田:4次補正もあります。

土居:来年の通常国会冒頭が4次補正なので、また年度末を目指して本当にスリリングな展開というか、本当にこれは通るのか、関連法案もちゃんと通るのか、という状態です。

工藤:来年の本予算の予算編成は24日にちゃんと案が決まるのですよね。
土居:と言われてはいますね。
工藤:一般歳出の縛り、44兆円の借金の縛りは大丈夫なのですか。


消費増税のためのあめ玉をバラ撒いて、いないか

土居:さすがにそこはきちんとやらなければいけないところだと思います。ただ私が1つ心配していることは、嵐の前の静けさと言いますか、消費税増税をゆくゆくやっていくことを気遣ってか、来年の歳出予算を結構振る舞ってしまうのではないか、ということです。今までは、こんなのは無駄だからやめろ、と言っていたことも、要求を受けてやってしまうかもしれない。例えば整備新幹線を認める方向になっているとかですね。そういう変なばらまきは、もうやめていただきたいなと思います。

工藤:それでは何のための増税かという話になりますからね。それではここでまた休憩を入れます。

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第3部 国民に向かいあう政治をどう実現するのか

7割超の有識者が「現政権の正当性に疑問がある」回答

工藤:では最後のセッションです。今、野田政権の100日についていろいろな角度から議論したのですが、そもそもの話を最後はしたいと思います。

つまりマニフェストの政治ということを、私たちも唱えて、7年前からこの評価をやってきたのですが、民主党の政権ではそうした約束を元にした評価ができなくなっています。

そのため、私たちは日本が直面する課題から評価を組み立てました。つまり、どんな政権でも税制、社会保障、成長とか、それから震災課題など課題からは逃げられないわけです。それに対してこの政権はどう取り組んだのか、ということが、結果として評価の軸となってしまったのですが、本来は国民にきちんと約束や説明をして、それに対してちゃんと説明しながら実行していくということが、代表制民主主義のあり方だと思います。それが全然機能していない。

そういうことで、アンケートで結構厳しい質問を有識者の方に振ってみました。つまり、国民にきちんと約束するものであるマニフェストというものが、ほとんど機能していない、また政権自体が選挙で選ばれたものでもなく、そうした政権は党内選挙だけで二代にわたって続いている。こうした政権は、「私たちの代表としての正当性があるのか」という、質問です。驚いたことに、「正当性がない」という人が44.4%もいたのです。「正当性はないのだけど、やむを得ない」というのが27.8%ですから、今の政権の正当性に少し問題があるのではないかという人が7割を超しているわけです。これに対して「正当性はある。選挙は2009年にやったのだから」と言っている人は15.2%に過ぎない。これをどういう風にご覧になりますか。


民主党が09年に出したのは"マニフェストもどき"

増田:結局、手続きにはきちんと則っているので、政権としては認めないといけないと思うのですが、まず1つは、2009年の民主党が作ったのはマニフェストではないと思っています。せいぜいよく言って「マニフェストもどき」。できたとたんに国会議員の多くの人たちが、俺は知らないみたいな感じでした。ブレアさんのときのマニフェストが一番良いといわれているようですが、あの時のマニフェストは2年間オープンに議論をして、色々な侃々諤々を乗り越えてまとめたので、少なくとも党内的には90%以上がそのマニフェストに賛成した。ブレアさんが政権に就けば、マニフェストは全部実行してくるなというのは、少なくとも国民には知れ渡っていた。ところが民主党のマニフェストは、今回はごく数人だけで後出しじゃんけんで作ったようなものですから、あれはマニフェストではない。そのマニフェストを金科玉条のごとく、それに書いてあるからどうだこうだ、ということ自体、私はおかしいのではないかと思います。工藤さんもそうかもしれないけれども、私も一生懸命「マニフェスト選挙、マニフェスト選挙」を主張してきましたが、前の選挙公約というのは紙切れで、あれを「マニフェスト」といったら、何かマニフェストを汚されたような感じがするぐらい、民主党の罪は非常に大きいと思います。

工藤:民主党の罪は大きいですよね。もともとマニフェストを主張していたわけですから。
増田:マニフェストこそ嘘をついた紙切れみたいになったと思うのです。

工藤:だから、早くそれを出し直したり、修正点を認めたうえでこうすると言えばよいのです。

増田:あと、もう任期満了まで2年を切って、来年、総選挙があるのではないかと思いますが、それからすると、もう今開かれた形で民主党の中で次のマニフェストをどうするのか、オープンにして議論しないといけないと思います。

工藤:湯元さんと土居先生に聞かなくてはいけないのですが、今の野田さんは確か課題に対して、今まで先送りしようとしたことをやらなくてはいけない、と。しかし、国民との関係で見ると、少なくともこの消費税もマニフェストに書いていない話でしたし、それをこうだということを、何かの形で国民に信を問うなり、何かをするというプロセスがないと、依然国民は遠い先で何か政治が動いていて、党内で何か争っているね、という感じに見えますよね。こうした政治はどう見たらよいのですか。


17兆円の歳出削減ができないのに、支出だけにはこだわった

湯元:今の消費税の議論で、民主党で特に小沢さんのグループが「マニフェストに書いていない。4年間引き上げないとマニフェストには書いてある。それを引き上げるのか」ということで反対に回っていますよね。これはマニフェスト通りやっていないということです。しかし、マニフェスト通りにやっていないのは消費税の話だけではなくて、実は民主党は消費税を上げない代わりに17兆円の財源を歳出削減によって生み出して、それで新しい「子ども手当」のような政策をやると言った。

工藤:やると言って、それもできなかった。

湯元:17兆円ができなかったからこそ、消費税を上げるという選択に代えざるを得なかったということですから、そこを野田さんだけというよりは民主党全体が、これまでのマニフェストがなぜできなかったのかを、しっかり総括をして、「したがってこういう方向で変えていくのだ」ということを、国民に対してしっかりと説明をする義務があると思います。マニフェストを変えること自体、私は問題ないと思います。説明がしっかりしないといけない。一応あえて擁護した言い方をすれば、参議院選挙のマニフェストで「税と社会保障の一体改革をやります」という説明はしたので、菅さんがやったということでそれを引き継いだという言い方はできますが、17兆円なぜできなかったのか、という反省は全く聞こえてきません。だからそれは両方セットでないと国民としては納得がいかないものが相当あると思います。

工藤:少し気になっていることがあって、EUの危機のときに国民投票をやるというと、マーケットが荒れますね。つまり、民主主義のプロセスになってしまうと、非常にコストになってしまって、緊急的な色々な問題には間に合わないみたいな見方があります。国民にきちんと説明して国民の支持を得て実行する、という政治がもともと機能していれば、そこまで極端ではないと思うのですが、それをやっていないとそうなってしまうという状況があります。日本も同じような状況にあるように思います。今のことを土居先生に少し聞きたいのですけど、野田さんは消費税に関しては、法案を決めるときに総選挙で国民に信を問うのではなくて、まず法案を出して決まってから実行のときに信を問うと言うでしょう。これはどう見ますか。


極端に言えば、野田政権は何を言ってもいい状態だ

土居:新聞などの世論調査を見ていると、そのやり方は不満で、選挙をしてマニフェストでそれを問うてほしいという国民の意見が強い、法案提出前に総選挙をやるべきだという声が強いというのは分かります。ただ、もう野田政権はそもそも2009年のマニフェストに基づいた政権ではないので、極端に言えば、皮肉な言い方をすれば、何を言っても良い状態ということです。なので、野田さんがそういうふうにおっしゃりたいということであれば、それについて残念ながら今の日本人の有権者からすると、それに対して直接的に阻止することは困難なのだろうと思います。ただ、願わくば、次回からは重要政策については、実行する前、法案を出す前にマニフェストなりで、きちんと選挙の公約として掲げていただいた上で、その選挙に勝った政党が言ったとおりにやってもらう。

もう1つ申し上げたいのは、やはりイギリスの議院内閣制のことを想定するならば、突然病気になったりとかは別としても、任期途中で総理大臣が変わるということ自体をあまり頻繁に起こす、ないしはそういうことを待望するような政党だったり有権者であるべきではない、と私は思っています。ですから、基本的には党は、先ほど増田さんがおっしゃったように、9割くらいの代議士はマニフェストに絶対に従う、その通りにやるということこそが、自分のレジティマシーだというふうに思って仕事をするということでなくてはいけないし、それであるならば、支持率が多少下がったからといって、途中で総理大臣の首を挿げ替えるみたいな話に、本来はならない。なぜならそういうマニフェストでいくということを、ある種、党首という「党の顔」をセットで総選挙に臨んでいるというわけですから、もし党の中で権力闘争があって、あいつを引きずりおろせ、みたいな話があるのだったら、それこそ総選挙に打って出るということをしない限り、まったくそのマニフェストが意味をなさなくなってしまう。

工藤:そうであれば、菅さんのときに総選挙をやっていればよかったのかもしれません。今の話を増田さんに聞きたいのですけれども、つまり、今、野田さんが「捨て石になる」といっている言葉もそれに近いと思うのですけれども、要するに今、選挙をやっている暇がない。とにかくやってしまわないといけない。さっきのEUと結構近いのですが、やってしまわないといけない。その結果を皆に知ってもらう。ただ、これから消費税といっても、土居先生も15%の増税といっていましたけれども、本当にすごい形で日本の将来に対して国民が覚悟を決めないといけないというときに、まったく国民が何もそれに対する選択に参加できないという状況で、本当に民主主義は機能しているのか、ということです。とにかく法案を通してしまってから解散をやるというのは、現状としては本音レベルではやむを得ない、と。しかし本当に民主主義の形を本音という形に近づけていく努力を政治がしていかないといけない、というふうに感じてしまうのですが、どうでしょうか。


消費税は有権者の意志をまず求めるべき

増田:大きな政策判断のときに必ず国民の意思を問うのがやはり必要です。ただ、今は国家の危機ですよね。平常時と違って非常時のときに、与野党が争って総理を変えるというのはなかなか珍しい国だと思うのです。多くの国民が今は一瞬有事だったけれど、また平常時に戻ったという、それを是認しているとすれば、そうでなければ、本当は与野党の対立を超えて求心力が集まるはずですが、まったく菅さんはそういう風にはなりませんでした。「菅おろし」のほうに皆走ったというのは、非常に稀有な国家だと思います。一方では、震災自体を平常時という風に思い始めているという部分があるかもしれないのと、そうではなくて、たとえば消費増税について言えば、消費増税をする前に必ずどこかで大きな国民の意思決定を求めるということで、私自身は来年に消費増税ということを与野党で色々と協議をした上で、話が決まったならその時点で、法案どうのこうのではなくて、そこの大綱とか、その時点の有権者の意思を問うてみるという必要があるのではないか。そうしないと、どこでもマニフェストに基づく選挙の段階でも、やはり意思表示ができない。さっきお話があったように、16.8兆円の無駄削減とか言っていたことが、何で増税のほうに振り替わったのか、だけでもきちんと国民に問わないといけないと思います。

工藤:つまり、これから有事みたいな状況がどんどん続きますよね。その時に国民の判断はある意味で非常にコストがかかるという見方になってしまうと、絶対に選挙ができなくなってしまいますよね。

増田:民主主義というのはやはりその民主主義の手続き、プロセスについて相当いろいろな意味で時間がかかるし、それ自身が民主主義のコストになるのですが、だけど通常時であればそれは確保しなくてはいけないので、それを乗り越えて成熟した社会を作っていくということだと思うのです。

土居:ヨーロッパのポルトガルもスペインも、金利が暴騰している中でも結局は財政健全化策が議会では通らないということで総選挙しているわけです。

工藤:なので、最近は、今、総選挙するべきだという声が結構強まっている。

増田:日本も、イタリアとか、ポルトガルとか、そのレベルなのです、たぶん。


マニフェストが行き詰まったのは政党が政策でできていないから

工藤:やはり思うのは、本当に民主党の党内がまとまっていれば、全国に国会議員が全員で飛んで、これが必要だと国民を説得すればいい話ですよね。そういうことができない。自民党もそうだし、みんな政策がバラバラになっている政党政治そのものの危機が...。

湯元:それが、マニフェスト政治が機能しない最大の理由ですね。

土居:党内で消費増税に関してでも賛否が分かれている、TPPももちろんそうです。同じ政党の中で両派の議員がいてよいのかという気はします。

工藤:すると、マニフェスト型政治を作るためには、党がまず政策軸をベースにきちんとまとまってもらわないと話にならない。


大前提は党内がマニフェストで完全に一致していること

湯元:大前提は党マニフェストの中身に、党内が完全に一致しているということです。
工藤:一致していないと足を引っ張って、倒閣の動きになるというのでは話にならない。

湯元:状況が変わってきたら、当然、柔軟に内容を変えていく。そこでも一致点を事前に見出しておく、それが本来のプロセスです。

土居:結局小沢さんが自由党で「民由合同」というものをやりましたけれども、あれはいかにも1955年の保守合同のパターンなわけです。つまり、結局は自民党の長期政権で、要は党の中で対立しながら、ある種の擬似的政権交代を自民党の中でやり続けていた。そういう形で命脈を保っていた。民主党政権も同じようなことになりかねないというような状態に追い込まれているというのは、やはり2大政党制ということを想定すると、とても気持ち悪い状態です。それは自民党も民主党も同じだと思います。

工藤:増田さん、どうしたらよいのですか。つまり、党が機能しない、バラバラ。でも課題は迫っている。国民に対してはきちんとした信を問うてほしいということになってくると...。


首相は国民に真剣に考えを伝えるべき

増田:解散権は総理ですけれども、いずれにしても有権者は選挙のときしか意思表示をできないから、それできちんとした意思表示をして、政権を打倒する。でも、代わりの政権をどうするのだ、と。では、大阪の橋下さんのようなああいうタイプの指導者を選ぶのかとか、そのあたりを考えるしかない。私はやはり野田政権というのは2つあって、海外で野田さんはよく発言するのですが、もっと国内で発信して、マニフェストがないから野田さんの言葉が野田政権のマニフェストになるので、国内で大きなことをきちんと言ってほしい。それから、やはりどうしてもチームプレー型で、先頭になってどうかというメッセージ力が他の人よりは少ない人なので、丹念に記者会見などをして「自分が何をやりたいのか」という必死さをやはり伝える必要があると思います。それで、積み重ねをしていく、それに対して国民が「でもダメだ」と打倒するのだったら、立ち上がるということだと思います。

工藤:今、非常に大変な時期なので、何とか政治が課題に立ち向かってほしいと僕は思います。土居さんにお聞きしたいのですが,政府の約束は財政は2015年にプライマリー赤字の半減というのがありました。2020年のプライマリー赤字をなくするというのは、政府の約束になっているのですか。

土居:そうです。財政運営戦略は菅内閣のもとで閣議決定をしていますから、一応野田内閣もそれは踏まえているはずです。

工藤:そうですか。そうすると自分の任期だけではなくて、全体像を示さないといけなくなって来ているということですね。実は、マニフェストについてもアンケートで聞いてみたのですが、77%がやはり「マニフェストが必要」だと回答しています。つまり、「これがないとどうやって選ぶのだ」という声が圧倒的なわけです。

増田:本物のマニフェストですね。

工藤:そうです。そこで、最後、皆さんにこのマニフェストを大事にした仕組みを作るためにどうすればよいのかということを、皆さんに一言ずつお願いしたいと思います。


日本の将来のビジョンと解決策を提起すべき

湯元:マニフェストというのは政権公約と日本では訳されていますけれど、政策綱領のようなもので、政策綱領と訳すほうがいいと思うのですけど、やはりその政党の持つ政策の基本的な理念とか、ビジョンとか、方向性とか、あるいは基本政策の骨格とか、そういうものを国民に対して約束するものだと思います。基本的には国民に対して、いま日本が抱えている課題は何なのか、そして課題解決のために政党としては、どういう解決策を打ち出すのか、と。これをしっかり取りまとめていくことが重要です。

工藤:競争が起こってくれないと話にならないですよね。土居さんはどうですか。


どっちの方向にこの国を動かしていくのか、それを示す

土居:やはり今回の民主党の2009年マニフェストというのは、明らかに変に自縄自縛になってしまったために崩壊したということだと思います。だから、確かに政権担当をしたことがないから政権担当能力があるのかと問われたときに、ああいう細かい数字を作ってしまった。だけど、あの細かい数字は本当にできるという成算が細かいところまで詰まっていない限り、実現はできないわけです。例えば、キャメロン政権がこの前イギリスで総選挙をして、財政健全化をこういう形でやるとは、大まかには言ったけれども、付加価値税を増税するということは一言も言っていませんでした。しかし、政権をとったら直ちに付加価値税を増税することを打ち出した。これに対して、そんなに強い「マニフェスト違反だ」、ないしは「マニフェストに書いていないなんて、けしからん」という話はないというのが、実はイギリスのある種の大人の対応というか、そういうところがあります。 細かく詰めなければいけないということばかり意識するというよりは、むしろどっちの方向に向かってこの国を動かしていくのかということを、政策の優先順位をつけながらやっていく。これはぜひ推進したいので、ぜひ応援してください、というようなところを、まずきちんと打ち出した上で、あとはもちろん整合性がないといけませんから、整合性を問うというところで、国民も賢くマニフェストを見ていくという必要があると思います。

工藤:最後に増田さんどうでしょうか。


長期の目標を決めて、実現に命を懸ける本物のマニフェストを

増田:2、3点マニフェストで太いところだけをきちんと決めておく。いっぱいやっても、衆参はどうせねじれるし、どの政権でも無理だと思います。だから、2つ、3つ一番大きなところだけを決める。それから、4年間とか、最近マニフェストって在任中にどうのこうのっていう数値目標にとらわれているのだけど、そうではなくて、特に政党の作るエネルギー政策などは、2、30年先まで見たものを2、3点入れて、その実現のために命を懸けるという、そういう本物のマニフェストをつくって、それで党内合意をとって、国民にきちんと示してほしいと思います。

工藤:今日は野田政権の100日からマニフェストの話になりました。マニフェストというのは、基本的には国民に向き合う政治ができるということです。党としては自分たちが代表なのだということを示すためにも、自分たちのビジョンと課題解決能力を国民に示さなければならない。そうしない限り、代表として私たちは判断できないわけです。そういう有権者と政治との緊張関係を作るということもマニフェストの非常に大きな意味だったと思います。今日の言論スタジオで、年内最後になります。また来年、どんどん行きますので、またよろしくお願いします。今日は皆さん、どうもありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。

2011年12月15日(木)収録
出演者:
土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部教授)
増田寛也氏(株式会社野村総合研究所顧問)
湯元健治氏(日本総合研究所理事)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2部:野田政権は何を実現するための政権か

評価対象のマニフェストはほとんど全滅に近い

工藤:私たちが政権の評価をするとき、民主党政権になって結構困っています。というのは、民主党政権として、国民に何を約束しているのかが、はっきり言ってよくわからなくなってしまった。2009年の時のマニフェストはほとんど全滅に近い形で、修正したり、断念しています。今、マニフェストの実行について責任を持ってやる、という話でもありません。今やっていることはマニフェストに書かれていない話です。それから、菅さんと野田さんに関しては、国民の選挙を経て総理になったわけではないので、厳しい見方をすれば、ある意味で政権のたらい回しだ言えるわけです。そうなってくると、この政権を評価する時の目標設定をどうこちらで考えればいいかというところが、非常に不明瞭な状況になっているわけですね。

私たちは、野田さんの所信表明演説を含めて、国民に向けて話したこと、これを一義的な約束だと判断せざるを得ないわけですね。その判断を元にこの政権を評価するしかないわけです。その判断の見方でもいろいろ違うと思うのですが、まずこの政権は、何をする政権で、その政権の目的から見ると、この100日はどう評価するのか、ということを皆さんに話していただきたいと思います。


何のために消費税を増税したいのか

増田:この政権が目指すのは、消費増税を実現する、その道筋をつけるというということだと思います。発信のあまり無い野田さんが、節目、節目で並々ならぬ意欲を出して、かなりはっきりした表現で言っています。民主党政権とすれば、あくまで国民に約束したのは2009年のマニフェストですから、政権として国民の選挙を経てないので正統性がないという言い方もあるのですが、自民党も今までよく繰り返してきたことでもあります。だから、野田さんがやるべきことは、2009年のマニフェストが違っていたと、きちんと謝った上で、何故そうならなかったか、何故、いま消費増税が必要なのか、きちんと丹念に、明確な言語で語っていくということが、この政権として何を目指すかということを国民に伝えることではないかと思います。

工藤:僕も気になっていることがあります。野田さんが企業の経営者の集まりで、「私は捨て石になる」という言葉を言ったそうです。僕は総理が、捨て石になるという言葉を使うのは尋常ではないと思っています。つまり、党内の反対を抑えてことを実現することで一杯なのです。しかし、今、野田さんが取り組んでいることは、今まで菅政権ができなかったこと、TPPだったり消費税だったり、それをとにかく政治の舞台だけで何が何でもやるという、それしか目標設定が無いのではないか。そんな気がしてしまいます。つまり、何のためにそれを実現したいのか,国民に伝わってこない。

増田:消費増税をやるための政権だと言いましたけれど、今の工藤さんのような切り口から言えば、それはあくまでも何かを実現するための財政的な裏づけということになります。ではそのことによって、社会保障をここで充実させるのか、そうではなくて国債の評価を下げないためにも過去の借金を出来るだけ償還するようにするのか。消費税を上げて入ってくる12、13兆円という税収を何に使うのか、そして、そのことによって社会をどうするのか、というビジョンをはっきりさせる、そこが欠けています。捨て石になるというのは、今まで各国を見ても増税をすると政権が倒れていて、俺が倒れてもいい、でも増税は絶対やるぞ、というのが、工藤さんがおっしゃっていることだと思うのです。私もそこは非常に危惧するところですね。

工藤:湯元さん、どうですか。この政権は何をする政権なのでしょう。やらなければいけない課題はありますよね。


なぜ一体改革の中身は正直に伝えないのか

湯元:課題は、もちろん震災復興と、原発・エネルギー政策ですけれども、中・長期的課題としては、菅政権が言っているTPPと消費税の引き上げを含めた、社会保障と税の一体改革ですよね。今、増田さんからご指摘があったとおり、5%上げた税金を何に使うのかということです。菅政権のときに、6月に一体改革の成案をまとめています。それを基本的に野田政権も受け継いでいると思うのですけれど、その中身を見たら、税金を上げて、社会保障に使うので、国民に全て還元しますということがしっかり書いてあります。実際に成案の中を見ると、5%のうち本当に社会保障に増やしていく分は、実は1%ぐらいしかありません。残り4%はもちろん社会保障に使うのですが、過去の借金を返済するために使うということで、国民へのメッセージと実際の中身にずれがあります。これに対する説明というのが、現段階においては何もなされていないことは、今後、非常に難しい一体改革を野田政権として本当に実行できるのかどうかの鍵を握ると思います。そのあたりが今、民主党の中で議論していても、色々意見が分かれてまとまりがつかない状態になっていることの大きな原因になっていると思います。


一体改革は社会保障の財源不足を埋めるためのもの

工藤:今の話を伺っていても、基本的に震災復興で、三次補正、本当は三次補正でなくても良かったのですが、それを決めた。それから消費税とTPPの問題ですよね。ということになっているのですが、その中身がどうなのか、ということに今、議論が入ってきたということですね。

土居さん、今の税・社会保障一体改革なのですが、別にこれは社会保障の改革ではありませんよね。あくまでも、社会保障の財源不足を埋めるということのためだと思います。ただ反対があるので、低所得者向けのものをいじる、という感じでいくばくかの社会保障の機能強化で話をそらそうとしている。

本当は、国民にとって覚悟を固めなければいけないという状況なのですが、政府から、首相からも説明されていませんよね。

土居:そうですね、特に、厚生労働省の説明不足はかなり深刻だと私は思っています。本当は医療でも、医師不足の問題、医師の偏在の問題がありますし、さらに、後期高齢者医療制度を廃止するとマニフェストで言っていたわけですけれど、それをどう変えていくのか。さすがに廃止というのは識者から見れば乱暴で、廃止したら元の老健制度に戻るのか、そんなことはありえない、ということがあるので、一応、政治的には廃止と言いましたけど、改変してより改善できる仕組みに変えていくという話だと思います。

これは、実は玄人はだしな話ではあるけれども重要です。ただそれは、消費税の増税をしようがしまいがやらなければいけないこととして、社会保障改革はあるわけです。もちろん介護、年金の問題もそうです。それが、消費税という話があまりにも表に出過ぎているが故に、一応、細々とは言っているのですが、結局、増税して穴を埋めるだけの話ではないのか、という風に聞こえてしまう。確かに厚労省の頭の中では、別に増税しようがしまいがやらなければいけない課題として社会保障改革があるという事は理解しているのですが、あまりにもPR不足というか、こういう風に変えたいのです、という事を表立って説明していないところがありますね。


国民は本格的な負担増を覚悟する段階にきている

工藤:今の消費税問題は、自民党政権の時からの年金改革の中で、決めなければいけない時期に来ているわけですね。それを政治としてきちっとやるのは、僕はいいことだと思うのです。続けて土居さんにお聞きしたいのですが、財政再建の問題は、この夏ぐらいからギリシャ、EUの危機が出て、かなり市場の見方が変わりました。そういう状況で、今の財政支出の中で一番大きな比重がある社会保障が毎年1.2兆円ずつ増えることは、今の民主党政権は容認しているわけです。単純な理屈で言えば、20年経てば20兆円ぐらい増えるという事ですよね。すると、今度の5%増の中身を見ると、僕もちょっと気になったのは、自然増の話と、それから基礎年金の2分の1の補填で終わってしまいますよね。だけど、それでも、内閣府の試算を見ると、2015年にはプライマリー赤字が18兆円ぐらいも残るのではないか、と言われている。その後、この赤字はどうするのでしょうか。前の政権、菅さんは、それを2020年までにはゼロにすると言っていました。ですから、その後の5年間に、今度は残りの18兆円を減らす一方で、社会保障の自然増があるという形になると、誰が見ても今回の消費税の増税は1回限りではなくて、本格的な負担増を国民が覚悟しなければいけない段階に来ているということではないでしょうか。こういうメッセージが何もない状況で、不退転の決意でとにかく消費税を上げなければいけない、ということだけを言っていることに違和感を感じます。どうなのでしょう。

土居:私はもちろん、長い目で見て物事を考えるべきだという立場に立っています。私もいろいろな試算をしたので、そういう意味では2020年までには、最低でも消費税は15%ぐらいまでいかないと。

工藤:20%になるわけですか。


2020年までに消費税を最低でも15%以上になる

土居:いえ、最低でも15%です。それ以上必要になる可能性はもちろんあります。私は、それをあらかじめ言う事が、誠実だと思います。できれば、それぐらいの視野で政治は与野党ともに考えてもらいたいと思っているのですが、野党も野党で、すぐ揚げ足を取って、やがては15%にするという事は、10%への増税は一里塚の話で、これは大増税内閣だ、みたいなことを、きっと言ってくるのではないかと思います。そういう態度だと将来こうしたいので、その一歩手前の2015年までにこういうことをしたいのです、という事の説明が政治的になかなか通らない、というのは非常に悲しい状況だな、と私は見ています。

工藤:そういう段階ではないというような気がするのですが。ただ一方で湯元さん、野田首相は、財政再建のためにも成長率を上げなければならないと、成長率を上げる会議を作りましたね。だけど、あの会議で具体的に成長率を挙げるという形での大きなプランニングができるのでしょうか。今回の予算を見ても、成長枠というのは前よりも低くてせいぜい7000億円ぐらいですよね。復活財源の枠に使われてしまうぐらいの感じで、見ていても大して中身がない。本当にがらりと変えるようなことをしなければいけないのだけれど、少なくとも、今の政権はそこに頭を切り替えたのではなくて、とにかく昔からの課題だった消費税増税をやるという事で必死なのだという風に見えませんか。


成長戦略は本当に車輪の一つとして提起できるか

湯元:実は政策の優先順位をどこに置くか、ということの問題だと思うのですね。震災復興という当面の大きな課題がある中で、実際は成長率も上げなければいけない。日本再生戦略というものを打ち出します、とアナウンスはしているのですが、年内に取りまとめられるかというと、微妙な情勢です。成長戦略を打ち出すという事と、消費税引き上げというのは車の両輪と言われていますが、より意欲を持って先に打ち出しているのは消費税引き上げの方で、成長戦略はどちらかというと菅政権のものをそのまま継続的に使っていこうという形で、野田政権色をこれから出そうとすると思いますが、ちょっと順番が逆のような印象を受けます。本来、第三次補正予算とほぼ同じようなタイミングで、成長戦略を作って、経済成長の目標としては中期的に実質2%成長、名目3%成長を目指すという公約を掲げていますから、これを実行するための手段をどうするのかを、本来、国民の目の前にしっかり示す必要があると思うのですけどね。このところが、やはり野田政権自身が、社会保障・税の一体改革に軸足を置いているがゆえにこういう順番になっているのかな、という風に思います。

工藤:私が見ていると、野田政権の不退転の決意というのは、消費増税だけ。ただ、それだけでも大したものなのかな、という思いはあります。ここまで不退転とこだわっている人は今までいなかった。

今日の言論スタジオの前に行ったアンケートでは、「あなたは野田首相が党内の反対を抑えて消費税の増税を決断できると思いますか」と聞いてみたところ、43.4%が「決断できる」と思っています。やはり内容等は別として、ここはやるのではないか、という段階に来ています。ただ一方で、これはとにかくやるにしても、中身について優先順位を含めて、もっと長期的な国民に対する説明も含めて、結構問われてきているのではないかというのが今の話でした。

次に増田さんに震災対応についてお聞きしたいのですが、今まで菅さんの時、とても遅くて、すごく時間が経ってしまいました。被災地の復旧は終わっても、本当に将来を見据えての動きではアイデアを言っている人がいっぱいいましたけれど、どこか止まってしまったような気がするのですが、どうなのでしょう。


震災復興ではリーダーシップを発揮していない

増田:これは、前の政権からの積み残し課題で、野田政権だけを責めるのは酷な気がするのですが、それにしても本格的な復興予算の成立が11月21日ですよ。9か月経ってやっと復興のスタートか、と。もう今、雪が降っているので、事業の執行が非常に難しくなってきているのです。だから、そのスピード感の欠如は問題です。そして、来年の3月、いや3月では遅いから2月に前倒しをするという復興庁があるのですが、関東大震災の時の対応を4か月だけで行った後藤新平の震災復興院の人たちが見たら、「え、1年近く経ってから組織を作る。組織解散かと思ったら、これから作るのですか」という風になってしまうと思います。しかも私は屋上屋のような感じがしています。各省からばらばらに予算が流れるのを、まとめて実行することに復興庁の意味があるのです。だから、そういう意味では震災復興について、予算はもう菅政権の時に遅れていたから、野田さんだけを責めるのは気の毒ではあるのですが、結果としてみればやはり遅い。それから、復興庁については、野田さんはもっとリーダーシップを発揮して、1年だけの時限措置にして、そのかわり徹底的に復興庁でまとめるということを大胆にやらないと。結局、復興庁の職員の200人近くの人達のほとんどが出向組ですから、各省の顔を見て、かえって二度手間かな、と私は思いますけどね。

工藤:確かに、僕も出身は青森ですけれど、もう雪が降っていますからね。

増田:経済対策で、11月頃に成立した補正もあったと思いますが、結構繰り越しましたね。

工藤:今回もそうですよね。予算は可決しても実行できない。

増田:何かやるのかもしれませんが、本当の意味での事業は無理だと思います。除染なんかも全部繰り越すのではないかと思います。

工藤:予算編成の話を土居さんお願いします。


逐次、必要に応じて予算を組み、執行を急ぐべきだった

土居:三次補正は、私のちょっと酷な言い方をすれば、民主党政権、何をやっているのだと思います。震災直後から全然、機動的に動いていないじゃないかということで、謝らざるを得ないような状況になった時に、これだけ予算を積みましたから何とかお許し下さい、そういうある種、見せ金のようなやり方になっている面が多分にあります。もちろん、お金は本当に必要だから、必要な予算はもちろん積むべきなのですが、もう少し早く、逐次的に予算を組めば、一気にどっと積む必要もなかったと思います。5月だとか8月だとかに、必要に応じてどんどん予算を付けていけばよかったけれど、菅内閣ではできなかった。

工藤:予算編成は大詰めでしょ。
増田:4次補正もあります。

土居:来年の通常国会冒頭が4次補正なので、また年度末を目指して本当にスリリングな展開というか、本当にこれは通るのか、関連法案もちゃんと通るのか、という状態です。

工藤:来年の本予算の予算編成は24日にちゃんと案が決まるのですよね。
土居:と言われてはいますね。
工藤:一般歳出の縛り、44兆円の借金の縛りは大丈夫なのですか。


消費増税のためのあめ玉をバラ撒いて、いないか

土居:さすがにそこはきちんとやらなければいけないところだと思います。ただ私が1つ心配していることは、嵐の前の静けさと言いますか、消費税増税をゆくゆくやっていくことを気遣ってか、来年の歳出予算を結構振る舞ってしまうのではないか、ということです。今までは、こんなのは無駄だからやめろ、と言っていたことも、要求を受けてやってしまうかもしれない。例えば整備新幹線を認める方向になっているとかですね。そういう変なばらまきは、もうやめていただきたいなと思います。

工藤:それでは何のための増税かという話になりますからね。それではここでまた休憩を入れます。

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放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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