2012年 世界の変化の中で、日本は何を考えればいいのか

2012年1月31日

entry_body= 1月31日の言論スタジオでは、田中明彦(東京大学副総長)、深川由起子(早稲田大学政治経済学部教授)をゲストにお迎えし、「2012年世界の変化の中で、日本に何が問われているのか」をテーマに議論が行われました。

 まず代表工藤は、「2012年はEU財政危機への対応に加え、アメリカの大統領選挙や中国の権力交代など、世界が大きく変化する時期。その中で日本に何が問われているのかを考えたい」と述べ、今回は、①世界の変化が日本にどんな影響をもたらすのか、②民主主義は行きすぎた資本主義やグローバル化に対応できるのか、③日本の政治が課題解決に向かうために何が必要なのか、の三つの論点で議論が行われました。


 冒頭では、今回の議論に先だって行われたアンケートの結果を踏まえ、現状分析も含めた議論なされました。田中氏はまず、日本に影響を与える変化として回答が多かった「EUの財政危機」や「アメリカの大統領選挙」、「中国の権力交代」については「妥当な判断」としつつ、イランのホルムズ海峡封鎖に向けた動きについては、「国際社会が困難な状況に陥る可能性はある」とやや悲観的な見方を表明。その上で、「これらがバラバラに存在しているわけではなく、それぞれがどう関係してくるかが重要」としました。深川氏もこれについて、「グローバル化の中でそれぞれが共鳴するシナリオが描き切れていないことが不安定の大きな要因」と述べるとともに、欧州財政危機の日本への影響については、「貿易収支の赤字が継続してトータルでの経常収支が赤字になった際に、いよいよ日本の財政問題が顕在化するだろう」と述べ、マーケットもそれを意識し始めていると指摘しました。

 そして、グローバル化する世界における民主主義の対応については、深川氏は、「「金融イノベーション」が生み出した極端な格差を財政がカバーするのはほとんど不可能になっている」と現状を説明し、本来はマーケットとは別の仕組みとして存在すべき民主主義における財政の再分配機能が弱体化していることを指摘しました。田中氏は、民主主義のそもそもの成り立ちについて、「民主主義は何事かを効率的に成し遂げる制度というよりは、極端な大失敗を防ぐための制度として存在してきた」と述べながらも、「圧倒的な早さで情報が流通するマーケットの仕組みと統治の仕組みが十分マッチしていないという問題は出てきている」とその課題を指摘。ただ一方で、その中で権威主義的な体制の効率性を評価する声が出てきているとしても、「いまの民主主義体制まで壊して新しいものをつくるべきというところまでいかないのではないか」と繰り返し述べ、それこそが「民主主義の強さだ」と強調しました。

 最後に、日本の政治に求められていることについては、田中氏は、「いま現実にやらなければならない課題に答えないで大きな夢を語っても、あまり信頼性がない」とした上で、消費増税やTPPといった喫緊の課題について、「これを解決したら、次に日本社会は世界の中でどうなっていくことができるのか、政治家は展望を語る必要がある」と強調しました。深川氏もその点に賛意を示し、「政治家はバランスを取りながら大きなビジョンと個別政策を語り、有権者を説得しなければならない」と述べ、その際に、課題解決の裏付けとなるプロフェッショナルな知識層を機能させることが必要だと強調しました。そしてまた、原発事故を最大の教訓として「制約を想定して最悪の状況に備えることが必要」を強調しながら、一方で、「最善を尽くして何を実現するか」という問いにも答えを出していかなければならないと語りました。

議論の全容をテキストで読む    

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第1部:日本に影響が大きいと予想される内外の主要な出来事は?

アンケートで一番はEUの財政危機

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは、私たち国民が考えなければいけないテーマについて、私たちもきちんと考えようということで、この言論スタジオを昨年からやっています。今回は、2012年の最初の言論スタジオになるのですが、「2012年世界の変化の中で、日本は何を考えればいいのか」と題して議論を行っていきたいと思っております。まず、ゲストのご紹介です。

 お隣が東京大学教授の田中明彦さんです。田中さん、よろしくお願いします。

田中:よろしくお願いします。


工藤:そして、そのお隣が早稲田大学政治経済学部教授の深川由起子さんです。深川さん、よろしくお願いします。

深川:よろしくお願いします。


工藤:では、早速議論を始めていきたいと思います。実を言うと、昨日遅くからアンケートをとってみました。今回は、2012年、僕たちは何を考えればいいか、ということで、かなり本格的なテーマだったのですが、色々な人たちから意見がかなり来ていまして、それも後から紹介しながら進めていければと思っています。まず、1つ目の議論ですが、今年は世界各国で大統領選が行われるとか、EUの危機とか色々なことがあるのですが、そういう風な出来事の中で、日本にとって影響のある出来事は何かということで、質問してみました。その結果、一番多かったのは「EUの財政危機」でした。これが6割ぐらいありまして、それに続いて「アメリカの大統領選挙」、「中国の権力交代」の割合が多く、少し下がるのですが、「イランのホルムズ海峡封鎖」が続くというアンケート結果でした。まず、お二方はどのようにお考えか、というところから話を進めたいのですが、田中先生はどうでしょうか。


イラン問題で困難な状況もありうる

田中:私は今回のアンケート結果の意見に、大体は同意見です。今年、一番何が大事かというと、ヨーロッパの経済のことと、アメリカの大統領選挙、それから中国の権力交代。更に、イランを中心とする中東情勢を考えるのは、非常に真っ当な数字だと思います。ただ、問題はこの4つがバラバラに存在するというよりは、今後注目しなければならいのは、それぞれがどのように関係していくか、ということが重要かなと思っています。ヨーロッパの財政危機はヨーロッパだけに留まるわけではなく、アメリカの選挙にも関係するし、中国経済にどういう風に影響を与えるか、ということは中国の権力交代にも関係すると思います。私の考えからすると、もう少しイランの状況について悲観的な観測があって、かなり今年は、イラン問題を巡って国際社会は困難な状況に陥る可能性があるかな、と思っています。

工藤:それはどういう感じですか。イランはどうなると思いますか。

田中:やはり、イランの核開発疑惑にどのように対応するか、ということで、世界各国が経済制裁をやっているわけです。この経済制裁にイランがどのように対応するか、ということは、なかなか難しい問題です。イランの大統領はアフマディネジャドですが、その対立派との対立も大きい。その中で、やや過激な行動が出てきたときに、アメリカがどこまで対応できるかということもあります。それから、もう1つ、非常に大きな事は、イランの核開発疑惑に対して、イスラエルがどのように対応するかという問題です。この辺は全て未知数ですから、どういう風に展開していくか。更に、イランだけではなく、シリアはほとんどが内戦状態ですから、イランから湾岸全体にかけての不安定化という可能性も排除できないと思います。

工藤:ありがとうございました。深川先生はどのように思っていらっしゃいますか。


先進国が仕切る世界秩序への挑戦も

深川:やはり、それぞれが単独で動いていくのではなくて、政治も経済も非常にグローバル化しているので、各国が共鳴するルートをみつけ、シナリオが描き切れていないということが、一番の不安定要因だと思います。やはり、新興国の台頭、要するに先進国の経済は総崩れなので、色々な意味で、新興国が台頭してくるのですが、ただ、新興国は歴史的に見ると、西洋及び先進国が勝手に決めてきた陸地、領土に対して、また世界秩序もそうですが、納得がいかないということもあると思います。今、イランの話が出ているわけですが、先進国は核を持っていてもいいが、他はダメだ、と。イスラエルももしかしたら...、おそらく、核を持っているであろう。なのに、なぜ我が国はダメなのか、というようなことが、何となく全般にあると思います。それは、先進国が仕切ってきた世界秩序への挑戦ということです。もちろん、核の拡散ということは、中国も望まないし、おそらくロシアもインドなども、自分が持ってしまった国は望まないと思います。ただ、持たない人たちはそうは思わない、ということです。

 先進国は割と、幸福の過程はみんな同じようなもので価値観は似ていますから、髪の毛が金髪でも黒髪でも仲はいいですが、途上国はみんな不幸さが違うので、団結はできないのですね。お互いに足を引っ張りあっているのですが、唯一まとまれるとすれば、先進国がつくってきた都合のいい秩序をもう許さないぞ、ということが、鮮明に出てくるという風な気がしています。

工藤:今、言われた先進国がつくってきた色々なルールに対する挑戦みたいなものですが、イランの問題もその1つなのでしょうか。

田中:イランの問題もその1つではあります。ただ、かなり過激な方の部類だと思います。


イランの核をめぐる国際社会の動向

工藤:これは、どういう風に収束することになるのでしょか。そもそも、収束はできるのでしょうか。

田中:北朝鮮に関しては、国際社会は核兵器開発を諦めさせることはできなかったわけです。だから、その段階でアメリカは朝鮮半島で戦争を起こす気はない、ということで今の状態が続いているわけです。

 アメリカは、中東でイラク戦争の経験がありますから、中東に大規模な地上軍を派遣してまで問題解決をやるという意図は、非常に少ないと思います。ただ、だからと言って、それではイランが堂々と核開発に向かうという動きを見せたときに、特に、今年はアメリカ大統領の選挙の年ですから、どういう対応をとれるかというのは限られていて非常に難しい。もう1つは、朝鮮半島と違うのはやはりイスラエルの存在です。イスラエルにとれば、イランが核を保有するということは、当然、自らの国家の存亡にかかわるという懸念を持ちますし、それからイスラエルは既にそういうことをやろうとした国に対する先制攻撃で、破壊してしまうということをやっているわけです。

 そうすると、アメリカだけという変数ではなくて、色々なものが絡んでくるので、なかなか見通しにくくなっています。ですから、望ましくは今、行っている経済制裁によって、イラン国内で核開発を無理矢理にでも進めるという勢力に対する批判がそれなりに強まって、少なくとも核開発をある程度遅らせるというような勢力が出てくるということが、一番穏健なシナリオだと思います。

工藤:実際的にイスラエルの問題があるのですが、ホルムズ海峡の封鎖とか、そういった局面になっていくのでしょうか。

田中:ですから、封鎖と言ったときに何をするかということですよね。機雷をバラ撒いて動けなくするという話ですよね。それは、可能性としてないわけではない。それがどこまでエスカレートしていくかということは、なかなか判断が難しいところです。ですから、機雷除去をある程度やって、その機雷を撒いた基地にだけ限定的な攻撃を行うということは、十分にあり得ます。

工藤:そうなったら、日本に対しては決定的な問題になりますよね。
田中:石油の問題について日本はどうするのか、ということは常に起こると思います。
工藤:そういう議論は出てきますよね。

深川:実は、機雷の掃海演習ということで、自衛隊はこっそり行ったのですね。ですから、一応の微かな備えはあるのではないかと思います。あまり宣伝はしたくなかったみたいですが。

工藤:しかし、そうなったら、また騒然となりますよね。

田中:ですから、私が「イランのホルムズ海峡封鎖」が少ないなと思ったのは、本当に事態が悪化していったときに、多くの人の関心を引きつける度合いの大きさからすると、今の段階では、まだそれ程大きな危機にはならないかな、と思っている人が多いのかな、という風に思います。

工藤:このイランの問題というのは、最終的にどうなっていくのでしょうか。ずっとズルズルといくのでしょうか。イスラエルが攻撃するというのであれば、全面的な戦争になってしまう可能性もあるのですが。

田中:わからないですね。

深川:でも、アメリカの大統領選の足下を見ながらやっているというところがあると思います。それは恐ろしくて、お互いに足下を見て、計算してやっていたのですが、いつの間にか、ボタンがどんどん掛け違えてしまって、という恐ろしさは警戒していかないといけませんね。

工藤:深川先生、EUの危機については、どのように見ていますか。


非常に深刻なEUの危機

深川:EUの危機は、非常に深刻だと思います。色々なルートで日本に波及してくると思います。やはり、中国、韓国の輸出が急速に落ちてきています。ということは、日本からの輸出も落ちてきます。既に、日本の貿易収支は赤字です。油はホルムズ海峡封鎖があれば、上がるかもしれない。だけど、輸出は落ちるわけですから、また貿易赤字は増えます。つまり、今は、まだ所得収支が大きいからいいですが、貿易赤字が持続していくということは、いずれ経常収支が赤字に転じて、いよいよ日本の財政の問題に王手がかかるわけです。マーケットは既に、それを意識し始めています。ヨーロッパの話というのは、そういうルートでくるのがまず1つ。

 邦銀が直接ヨーロッパの不良債権を抱えている、という状況ではないので、円高になっているわけです。ですから、金融ルートで直接影響を受けるというわけではない。ただ、アメリカとヨーロッパの間は、ボールが行ったり来たりしているわけです。元々、ヨーロッパが今の状態になった発端というのは、リーマンショックです。そのボールがヨーロッパ側に行っているということなので、欧米の間を行ったり来たりしている間に、熱いホットポテトが、どんどん大きくなってくるというのはあり得ますね。

工藤:基本的に、まだ何も解決していませんよね。一方で、ドルの供給の問題から始まって、最終的にはどのようになっていくのでしょうか。

深川:多分、アメリカはどこかの段階で、QE3(第3次量的金融緩和策)をやるのでしょう。それから、ヨーロッパに相当圧力をかけて、非常手段を講じて何とかしろ、という風に言っていくのだと思います。だけど、言ったところで簡単にできれば、ヨーロッパだってやっているわけです。あまりにも問題が深刻なのです。そこは、民主主義と似ているのかもしれませんが、中国や他の新興国に比べて、マーケットを全部開けているから、毎日、取り引きがあり、毎日反応していくわけです。しかし、政府の介入余地というのは凄く限られていますから、本当に政治が解決していかなければいけない問題への対応がどうしても遅くなりがちです。どの国も民主化しているわけですから、やはり選挙を意識して動いていきます。ドイツだって、納税者が納得しないうちに、「はいはい」と言って約束はできませんよね。一方で、マーケットは開いているから、どんどん責められてしまうわけですね。対応は遅いですから、その間に、マーケットの暴走が始まれば、より深刻な事態になっていくと思います。時限爆弾のように国債の満期というのは来るわけですから、ずうっとこれを抱えながら行くことになる。

工藤:田中さんは、EUの経済危機についていかがですか。


国際的な秩序を誰がどうやって形成するのかが不明に

田中:EUの経済危機自体は、今、深川先生がおっしゃったように、政府の対応、政府・民間協調というものが速やかにできないということが、マーケットに色々な思惑を呼んで、それが更に色々な問題を生む、という危険はあると思います。先程、深川さんがおっしゃった、新興国の台頭と、こういう危機の中で、国際的な秩序を、誰がどうやってマネージしていくか、ということがここ数年、益々わからなくなりつつある、という難しい問題に直面していると思います。従来ですと、こういうものはG8サミットという枠組みでやるのです、ということでした。今年は、G8サミットのホスト国はアメリカで、5月の半ばにG8サミットがあるわけです。しかし、G8だけでは、もはやうまくいかない。新興国が台頭したということで、G20という枠組みをつくらなければいけないということで、やってきたわけです。しかし、G20というのは、先程、これも深川さんがおっしゃいましたけど、新興国は新興しているという面では一致していますが、だからといって、この国々が何かを協調して、何かを解決してやりましょう、ということでまとまるかと言えば、まとまりません。だから、G20に参加している国々が重要であることは間違い無いのですが、G20という会合をシカゴの後にメキシコでやったら、これでもって全てが解決するか、というと、そういう見通しは全くつかない、というところが、今の非常に難しいところですね。

工藤:国際的な色々な問題について、それをきちんと管理したり、何かをしたりするメカニズムが、かなり弱くなってしまっている、という問題ですよね。

深川:でも、歴史的なショックというのは、大体そういう時に起きるのですね。やはり、大恐慌だって、イギリスが力を落としている中で、アメリカが台頭していく過程で、トランジションがあったのですが、初期の段階では、アメリカは何も積極的に関与しなかったのですね。その結果、マーケットが過剰に反応したということでした。今回も、中国は全然、積極的に出てきません。国内も色々あるし、むしろ出られないのですね。そういう意味で、仕切る国がいなくて空白になってしまっているから、そういう危なさというのは、非常に深いと思います。

工藤:田中先生も歴史的な空白、大きな困難が表面化するような事態だという風に見ていますか。


危機を通じてリーダーシップが生まれるという面も

田中:まさに、そういう事態になりつつあるという状況だと思います。依然として、私は、色々な世界の国際秩序を仕切る能力において、アメリカに勝る国はないと思いますけど、そのアメリカは、イラクの経験もあるし、リーマンショックの経験もあるし、自らアメリカの最後に残ったパワーリソースを全部投げ出して、世界の問題を解決するかというと、そういう意欲は、全くないのですね。オバマさんという人は、もちろん頭のいい人ですが、頭のいい人だから、そうやって世界の問題を解決していくのではなくて、協調して解決しましょう、というロジックで登場した人です。つまり、協調して解決するということは、他の人がやってくれる、という話になります。では、誰がやってくれるのかと言うと、そういう人が今はいない状況です。そういうトランジションの時期になっていますね。

 ただ、そこから先はやや無責任な言い方をすると、新しい秩序というものは、どちらかというと、そういうものから起こる危機を通して初めて出てくるという面があるのですね。ですから、戦後のアメリカのパックスアメリカーナの体制というのは、やはりその前の1930年代と、第二次世界大戦というとてつもない危機から生まれたという面があります。もちろん、私たちは、これから世界大戦が起きるのがいいのだ、とは言えませんけど、ある程度の危機を通して初めて、リーダーシップが生まれるという面はあると思います。

工藤:深川さん、今の大きな変化の次の展開の担い手はいないということですかね。


米国には世界の警察官をやる余力はない

深川:やはり、アメリカが、オバマさんが言っている協調的なアプローチですが、彼は頭がいいし、インターナショナルな背景があるから、そう思うのですが、アメリカの有権者のほとんどの人が、そうは思っていないということです。つまり、彼のやり方だと、アメリカはone of themになって、みんなと一緒にやろうということになりますが、他の方々は一国主義を決して忘れてはいないのです。そして、みんな一票を持っていて、数的にはその人たちのほうが多いかもしれない。一方で、ティーパーティーのような人たちも残っていて、非常にファンダメンタルな考え方、原理主義的な人たちが台頭してきています。アメリカは元々、国内がグローバルなのですね。その矛盾が、実はアメリカというものの中に抱き込まれてしまい、アメリカ自身もアイデンティティを激しく揺さぶられている、という状態なので、とてもではないけれど、他の人のあらゆる見解に介入して、世界の警察官をやれるような余力は色々な意味でないと思います。

工藤:ありがとうございました。一度休息を挟んで、この話を続けたいと思います。

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第2部:民主主義はグローバルな危機に対処できるのか

民主主義を機能させるにはその進化を、との声が6割も

工藤:2つ目の問題は、グローバルな危機に民主主義という仕組みが時間だけかかってしまって、なかなか対応できないということが色々なところで議論に出ている。日本の民主主義の問題と違うかもしれませんが、民主主義というものが、資本主義とかグローバリズムという大きな問題に対応できるのだろうかというのが次の問いなのですが、民主主義は現状では十分に対応できないので、機能させるために進化させる必要があるというのが6割いるのですね。対応できるのが14.3%。対応できないのが8.6%いました。これを見ながら、民主主義という問題をどう考えればいいのかについて議論したい。

田中:民主主義では対応できないという方が8.6%いたのは、やはり民主主義に対する不信感が少し強まっているのかなという感じはしますが、それでも、それ以外の人たちはほとんど、民主主義を改良することで対応可能だと思っているわけで、やっぱり我が国においては民主主義以外の体制を考えるのはなかなか困難というほど、ある意味では民主主義は定着しているという気はしますね。

工藤:アンケートのコメントを紹介します。60代の方なのですが、「グローバリズムは資本の論理の結果であって、民主主義という政治制度の問題とは本質的に異なる。民主主義を残してグローバリズムがもたらす負の要素を軽減するような制度を調整すれば良いだけである」。これは対応できるという人の意見です。あとは「民主主義の最大の問題は、絶対的な権力を握る個人や集団が存在しないために決定の迅速性に欠けること」だ、と。こういう問題を抱えていまして、ただ、いま田中先生がおっしゃったように、やはりこれしかないので、意思決定のスピードを上げたりするということを、もっと有権者側もレベルを上げてこの問題を進化させていかないと答はないんじゃないかと言っています。またこれは若い人なのですが、「民主主義も絶えざる努力によってしか機能しない。だから選挙権を持つ人は教育を怠れば、ポピュリズム以上のことを政治家が行うことはできなくなる」という答えもありました。どうでしょう、これを聞いて。


民主主義はまどろっこしく時間がかかる

深川:そうですね、1つには、民主主義はダメだと思っている人たちは、今の日本の現状を見ていて、こんなに決められないのでは全くダメだと思っている。そういう人たちはやっぱりいるんじゃないでしょうか。民主主義は手続き論だから、時間はかかるわけですよね。しかも法治とセットだから、1人1票というのもあるけれど、独裁者が出ないように制度設計してやっている。それはまどろっこしく時間がかかります。だからチャーチルが言っているように、最悪の制度だけど他にないから、これをやるしかない。で、今はまだ、大恐慌の記憶とかヒトラーの記憶がまだあるので、あれをさすがに繰り返しちゃいけないから、自由貿易も死ぬ思いで堅持しなきゃいけないし、民主主義も堅持しないといけないというところで踏ん張っているのですが、ここから先、足がふらふらしてくると、怪しいですね。

田中:ただ、今の段階でいうと、ある種の権威主義的な体制の効率性という議論が少しずつ出てきているが、おそらく今の先進民主主義国の多くの人々にとっては、今の政府がまどろっこしいからといって、それでは我が国の政治を中国共産党の政治体制を直輸入してやりましょうかねということになるかといえば、なかなかそういうのではないのではないか。

工藤:でも時間がかかるので、ああいう国家主義的な体制の方が、決断が早いじゃないですか。日本は別の問題で決断が遅いのかもしれませんが、決断が早いというところを見る人がいるのと、あと、このまえEUのときにギリシャが急に国民投票をやると言ったら、マーケットが荒れましたよね。また、そんなに時間がかかるのか、と。こんなにデフォルトリスクというか返済の期限が迫ってきているのに。だから、マーケットが迫ってくるスピードと民主主義の意思決定の時間軸が違う形で動いていきながら危機が表面化するというのがありますよね。これをどう考えればいいのでしょうか。


情報流通速度が速く、マーケットと統治の仕組みがマッチしていない

深川:ある種ファンクショナルなところがあって、マーケットは毎日開いているが、それ以上に情報の伝達速度がものすごく速くなっているわけですよね。つまり個人がいかようにもSNSなどを使って発信できる時代になってしまっていて、情報量が尋常ではないから、マーケットは消化しきれないほどの情報の洪水を処理していくわけですよね。そうすると昔だったら、もうちょっと時間をかけて市場の変化が進んでいくのですが、情報が速すぎて混乱する、スクリーニングフィルターが壊れるくらい量があるから、どうしても非常にいい加減な情報がわっと走ることはあって、それに過剰反応してしまうから、それが市場との間で混乱を引き起こしてしまう大きな要素だと思うんですね。情報プラットフォームの根本的な変化が非常に大きなクレバス形成の1つになっていると思います。

田中:情報の流通する速度とそれを使ういろいろなものと、片方ではマーケット、片方では統治の仕組みが十分マッチしていないという問題は出てきているとは思います。

 やはり現代の自由主義的な民主主義の重要なところは、民意をある一定の期間、自分たちの選んだ代表にほとんど委任して、それに任せていろいろやってもらうということでこれまでやってきているわけです。ところが情報の移動があまりにも速いと、任せたつもりでも、任せた人たちをもはや信じていられない、こんな奴らにやらせてはダメだということになると、どちらかというと任せられた側としても、どう行動したらどうなるのかという、次の選挙の時にどうなるのかいうことが恐怖になって、結果として決められないというところに陥ってしまうところが、今問題になっていると思いますね。


民主主義は効率性をめざしたものではない

 ただ、やや長期的に、というか冷めた見方をすると、民主主義は何事かを効率的に成し遂げるためのではなく、極端な大失敗を防ぐための制度という形で今までは存在してきているわけですね。ですから、効果的に適時に対応できるというのはよいのですが、適時に対応した結果が大失敗であるというのはなんとか防ぎたいということで作ってきたのが民主主義なのです。ただし、それにもコストはあって、不作為をずっと続けていくと不作為の連鎖が大失敗につながるという可能性もない訳じゃない。その辺が難しいところですね。

 ただ、いままでの民主主義の理論は、多数にしても少数者にしても、とにかく横暴(tyranny)を防ぐということに一番の重点があるから、この民主主義の体制の中で何事かを効果的に実現しようというのはそもそもなかなか難しいのですよ。

工藤:民主主義とグローバル資本主義ということですが、競争して、原理的に言えば、儲ける人が儲けていって、そうでない人は貧困に陥り、格差が広がっていく、と。それに対して国際的にもILOなど、色々な仕組みがあったのだけど、そのことを統治側というか民主主義のルールとしてやるということが見えてこない、機能していない気がします。そこに経済的な現象としての競争と、本当は個人が自立している民主主義の展開が離れてしまう感じがするのですが。

田中:民主主義は、最後は財の分配を市場とは違うやり方で決める、と。市場だけではすまない決定の仕組みとして民主主義は存在しているのですね。ただ、両方がうまく調和するかということは実はわからないのですよ。

工藤:そうですか。しかしいまは市場原理の方が暴走して・・・


金融の膨張・収縮で財政に猛烈な負担

深川:ただ、実体経済だけでやっていればそこまで極端な格差は生まれにくいと思いますよ。どんなにアウトソースしても、モノづくりとかサービスとかのんきにやっている限りは。ただ、金融のイノベーションなるもの、半分くらいは嘘かもしれないですが、あれは錬金術だから、ふくらんで回っているうちはものすごい所得、資産になってしまうわけですよ。だから、天文学的な数字があっという間で可能になってしまう。どんなにアリのようにモノづくりで働いてもかなうわけないし、今の状態と言うのは、それが半分くらい破綻したら、財政で積み上げた金額ではもう追いつかないってことなのです。だから、金融の破綻を財政でカバーするのは不可能になっているから、財政の再配分機能というのは本当に弱くなってしまった。一回すごく信用膨張しているから、それが縮小していく過程で、財政に異常な負担がかかっているというのは先進国共通。

 じゃなぜ、この国が財政ぼろぼろだけど、なんとかなっているかといえば、膨張したときの金融はたいしたことはなかった。せいぜい不動産バブルで、その処理に10年かかったけど、でもやったから、まだこの程度で済んでいるということですよね。

田中:それからあとは、国際的な面でいうと、なぜドイツ国民はもっと大胆なギリシャ支援ができないかといえば、それはできるわけがないのです。それはいくら民主主義といっても、ドイツの民主主義とEU全体の民主主義はまだ十分存在していない。ドイツ国民はギリシャ国民を、民主主義を共有する自分たちと同じ人々だと思わないから。思うためには、結局財政を一緒にしなければダメですよ、と。EUという国を作らなきゃいけない。


極端な所得格差と民主主義の関わり

工藤:いま貧困問題でアメリカでも公園が占拠されたりしている。すごい所得格差があって、それに対して市民が立ち上がる動きがあるのですが、これはグローバリズムと民主主義の関係でどう判断していかなきゃいけないのですか。

深川:やはり、あれも、とてつもない大金持ちの人たち、牢屋に行ったマードックみたいな人たちも含めて、かなりの部分が不労所得だというところにみんなの怒りがある。しかもその機会が平等に分配されていない。それはやってできなかったら自分の責任だからしょうがないけど。機会自体がはじめからないし、情報の非対称性があるわけです。汗水垂らして働いて預金しかできない人と、巨大資産を一回持ってしまった人たちが得られるリスクとの間にすごく大きなギャップがあるので、その自然な反応としてある。

 たぶん大多数は、すごいお金をかけて有名大学を出たのに、あの給料をもらえる職場がなくなってしまったという瞬間的な怒り。

田中:これは民主主義の強さだと思うのですが、アメリカでああいう動きが出ても、そういう大衆運動がいまの民主主義体制まで壊して新しいものを作らないといけないんだというところまでいかないですね。それは民主主義のいいところなのですよ。ある程度不満なところでバッとやって、そうすると、それなりに聞く人も出てくるし、選挙で勝とうと思ったらその票も集めないといけないし。それがいまのグローバリズムの、金融に端を発する大きなメカニズムにどのくらい修正を加えられるかというと、なかなかよく分からない面があるけれども。

 ただ、この40年、50年というのはだいたいそうやって民主主義は騙し騙しやってきているわけですよね。だから、それが「現状では十分に対応できないので、民主主義を進化させる必要がある」ということの意味ですよね

工藤:進化?


世界の民主主義論と日本の民主主義論の違い

田中:これは、世界的な民主主義一般論と、日本の民主主義はだいぶ違いが出てくると思いますよ。

 たとえばアメリカの民主主義を進化させようと言っている人たちは、大統領制をやめて議院内閣制にしましょうとか、連邦制ではなくて中央集権にしましょうとか、言う人はいないんですよ。今のアメリカの民主主義は、基本的な構図は19世紀にできあがったシステムをそのまま使っている。これを進化させるというのは、進化させるときにどういう有能なリーダーを発掘してくるかとか、それに加えて幾分かはITの技術をどう使うかとか、運動をどうするかということで、だからそんなに革命的な変化ではない。

 ただ、どうも我が国の議論を見ていると、民主主義がものごとをおくれさせる政治体制だと言い、慎重にさせる体制だと言いつつも、ここ10年くらいのこのあり方はもう少し何とかしないといけないという機運は大きくなっているのではないでしょうか。

深川:ただ、かなりの方は民主主義の体制と言うよりもリーダーを生み出せないこの国の体質に、だから民主主義の制度をとっているけれども、その中でリーダーを生み出せないから、結局、衆愚政治か、たらい回しか、どっちかになってしまっているのではないかと。それで何も決められないストレス、それが先に立っていると思うのですけど。

 日本の場合は、バブルで踊っていない、踊れなかったので、マードック的な人はいないわけですよね。みんながある意味で貧乏になっていっている、デフレの中で。なので、なかなかアメリカの構図とは違うと思います。

 やっぱり自民党は冷戦対応型の体制だったから、冷戦とともに崩壊すべきだったんですよ。でもちょっと長生きしてしまい遅れてしまった、その間に世界のグローバル化が進んでしまって、余計、対応が困難になった。だから日本独特なところもあると思います。

工藤:アンケートでは、毎年、既成政党不信がどんどん高まっているのですよ。


政党への不信感はあっても、民主主義不信ではない

田中:それは割と自然だと思います。自民党はダメだと思ったから追い出して、新しい政権に代えてみたら、これもなかなかうまくいっていないとなると、どの政党もだめなんじゃないかという不信感が強まるのは、ある程度自然だと思います。ただ、政党はダメだという不信感はあるけれども、じゃ民主主義に代わるものをなんとかしましょうという意見は強くは出ていないと思います。

 だから、どちらかというと、問題は、固い政党支持者が少なくなっていて、ほとんどの人がみんな「私はどの層も政党も支持していません」という人。そういう人が多数派なのですね。

 これはアメリカと違うところですが、民主党支持者、共和党支持者という強固な支持者が何割かいるんですよ。だから、オバマさんへの支持率がどんなに悪くなっても40%くらいはあるのですよ。ところが、民主党と自民党の強固な支持者は10%くらいしかいない。だから、間の人たちが飽きるとすぐに10%くらいになってしまいます。この辺は、日本の世論の特徴が現れていると思いますね。

工藤:また休息を挟んで、日本の問題を議論したいと思います

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第3部:日本の課題に政治はきちんと答を出せるか

危機に突入するとの見方が3割

工藤:最後の議論に入ります。さて、今度は日本の問題を考えたいのですが、日本は野田政権下で、解散・総選挙がいずれあるのではないかと言われています。もともと財政再建の問題とか、急速に進む高齢化の問題とか、今まで課題をずっと先送りにしてきて、それがいろいろな歪みとか問題につながって、ひょっとしたら、未来を考えると、日本は、色々な課題解決に成功しないのではないか。成功しないということは、逆に危機になってしまうのではないか。という風な見方もあるのですが、これについてちょっと聞いてみました。「あなたは、日本の政治は日本の課題に答を出すことに成功できると思いますか。」という設問に対しての答は、「最終的に成功するが、政治の刷新などかなりの努力を要する」が54.9%「成功せずに、危機に突入する」がなんと29.6%。3割ぐらいあるのですね。私もちょっと、そういう気がしてきているのですが、これをどう思われますか。まず、深川さんから。

深川:日本って、徹底的な外国の支配や搾取を受けたことがないのですよね。すごくおめでたくて、「陽はまた昇る」なんですよ。なんとなく。嵐も、カメみたいに甲羅に閉じこもっていれば、やがて過ぎ去って良い日も来る、と。誰かが何とかしてくれるだろうと。そういうのがあって、実はこの「危機に突入する」と答えている人の中にも、危機を通じれば、いずれ何とかなるのでは、という人は結構多いと思います。

工藤:危機があれば、初めてしゃきっとすると。

深川:そうそう。危機があれば、初めてまとまるとか、救世主が現れるとか。坂本竜馬みたいな人が出て来るとか。日本人って、そういう発想がすごく強いですよ。

工藤:危機になったら手遅れということもありますよね。
深川:手遅れになったこと無いから。

田中:まあ、手遅れになったのは1941年から45年の間ですね。でも、そういう危機を想定しているかな。

深川:まだまだ。
工藤:この危機はなんでしょうね。財政破綻ですか。
深川:財政破綻でしょう。やっぱり。

工藤:その可能性はありますよね。今のままでいったら。それで、財政破綻になったらどうなるのですか。


日本はソーシャルストックがしっかりしている

深川:日本って、やっぱりソーシャルストックがすごくしっかりしているのですよ。あの地震の時、世界が驚嘆したあのストックって大きいと思います。失われた20年の間に、本来もっと社会が荒れて、めちゃくちゃになっているはずなのですよ。でも、実はこの程度で済んでいるのは、分厚いソーシャルストックが、実は財政がもう追いつかないところを支えてきているのですよね。やっぱり、人の善意とかやさしさとか、ほとんどタダじゃないですか、この国って。こんな国、なかなか無いですよ。普通はね。お金を払えばありますけど。という意味で、今までは、それはあったのですが、ここから失われて、コミュニティーに関する不信、信頼感とか、自分も期待されているという気持ちを持てない人が多くなった時というのは、財政破綻は弱い人を直撃するので、非常に悲惨な社会になるのではないかと思います。

工藤:田中先生はどうですか。

田中:私は比較的日本の基盤については楽観的な所もあるのですけれども、ただ、日本がそれほど悲惨な目に遭わないためにも、日本人自身はこのままいったら危機になる、ということを常々考えながら、危機にならないように頑張ろう、という意識を持ち続けることが大事だと思います。ですから、危機になると言っても、たぶん、我々も含めて、また1930年代、40年代を繰り返すという想定はしないけれども、だけど、それに近いような大変なことが起こるということを日々思いながら、何とかしようと考えるのは健全なことで、私は良いことだと思います。逆に言うと、もうちょっと悲観的に考えれば、危機にもう突入しているのではないかという見方もあるわけです。

深川:緩慢な危機。


政治構造をまともにするためにもがいている最中?

田中:今が危機じゃなかったら、いつが危機だ、と。そういうこともあると思います。もう1つは、政治システムに対しての評価は、やっぱり低いだろうと思うのです。ただ、日本の政治システムの変化ということから考えれば、あれだけ長い間続いていた自民党体制が終わって、その後、新しい政権になって、まだ3年でしょ。それに時期を同じくして、日本国憲法の一つの特徴である、ねじれをうみ出しやすい構造というのも明らかになってきたわけですよ。そうすると、こういうものが明らかになってきた中で、今、やはり、日本政治というのは、なんとか、そういうものをマネージしていくためにもがいている最中、という風に見ることもできる。この、もがいている最中の姿は醜いけれども、この中から、ある程度のやり方を作り出していければ、それはそれなりに、10年20年単位の政治変革と考えることができて、必ずしも否定的なことだけではないという気がしますけれどね。

工藤:もがいている中で、そういうものを直していく動きが出てくればいいのですが、少なくとも、政治にそれを期待できない、ということはないですかね。政治がまさに、こういう、色々な選挙制度を含めて変えていくのではなくて、誰もかれも自分のことしか考えていないところもありますよね。

深川:でも、選挙のサイクルがものすごく早くなってしまったので、ものすごく政治家が近視眼的に、すごく些末なことばっかりをいつも言っている。本来は、もっと大きな骨格の話をしないといけない。政治制度とか、民主主義はどうあるべきか、ということを考えてやっていかなければいけないの¬だと思うのですけれど、毎度毎度、何とか手当の話とか、そんなのばっかりずっとやっているので、全体像が国民に非常に見えにくくなっていますね。

工藤:このアンケートでも、有権者側が、もう少ししっかりして、この大きな流れを変える1つの主役になっていくぐらいの気迫が無いと何も動かないのではないか、みたいなことも結構あるのですね。


なぜか日本はNPO・NGOの発言力が弱い

深川:日本がすごく、ほかの国と比べて特殊だなと思うのは、普通は、既存の政党政治に対する絶望はどの国にもあるのです。そうすると、大抵、NPOとかNGOみたいなものがものすごく力をもってくる。ティーパーティーというのはその象徴ですよね。新興国はもっとNPO、NGOの発言力が政党より大きい、政党の選挙を左右するぐらいの力を持ってしまうのですけれど、なぜか日本はダメなのです。

工藤:変なのですよ。どうでしょう、誰が担い手になって、どうやったら問題を改善する大きな流れになるのでしょうか。

田中:既存政党への強い支持者というのは、非常に少ない。そうではない人たちが圧倒的に多いのだけれども、そうでない人たちの様々な意見を、比較的まとまった形で動員するような仕組みが余り日本の中に生まれてきていないのです。旧来型と言えば旧来型のメディア、新聞とか雑誌とかが、それなりの意見集約をするような機能を果たすことが期待されていたのですが、今なかなか、それもうまくいかないですよね。

工藤:このアンケートではないのですが、この前、言論NPOで、野田政権の100日評価アンケートをしました。政治の混迷を打開する主体は誰ですか、誰に期待しますか、という設問で、既存のメディアは一番低くて、わずか9.2%しかないのですね。一番多いのが、なんか変なのですが、若い政治家で55.3%、それに続いて有権者が54.6%で並んでいるのですよ。あとは既存のメディアがダメで、インターネットメディアは37.3%、NPO・NGOは47.5%もありますけれど。ベテラン政治家は19.1%です。ということで、誰に期待すればいいかわからなくて、少なくても今のこの統治を支えて繋がっている動きに関しては、急速に信頼が失われているような状況にあるのです。ただ、これでは流れを変えるって状況に見えないですよね。そこあたりどうですか。


「若い政治家に期待する」はそれなりに重要

田中:僕は、最終的には有権者が、この人が信頼できるという人を信頼して、その人にそれなりの期間任せて物事をやってもらうという形が、現代型の民主主義だと思うのですね。で、その時に、やはり有権者が「この人たちでは信用できない」というような状況が続くのは、あまり望ましくない。もちろん最終的に、「民主主義体制では国民のレベルに合わせた政治家しか登場しないのですよ」というシニカルな言い方はできますけれど、ややもうちょっと積極的に言えば、さっき言った「若い政治家に期待する」というようなことは、それなりに重要な期待だと思いますね。ですから、今までのやり方を、新しい政治システムの中でうまく運用できるような、若い政治家にもっと出てきてほしいというのは、当然な期待じゃないかと思います。幻滅してしまうのは、そうやって若い人たちに期待したのだけれども、次の選挙のことばっかり考えている、と。そういう風になると、幻滅はまた深くなると思います。

工藤:そうですね。先ほど深川さんも「もっと大きいことを政治が語らないといけない」とおっしゃいましたが、大きいことって何ですか。つまり、日本の未来に対して、この国はどうなっていくのか、という。昔、深川さんもおっしゃっていましたけど、日本がまだ経済大国みたいな時に、それがどうなっていくのかとか、高齢化がかなり進んで、その中でそれに合うような仕組みとか、なにも提起されていない状況ですよね。だから、有権者は、何を日本の将来に対して見て、政治に対して何を発言するとかということが、なんとなくわからないまま、焦って、発言を自分たちで考えなければいけなくなっていると思うのですが。


マニフェストは大きなビジョンを提示すべき

深川:良くも悪くも、マニフェストを掲げて出てきたので、政治はどうしても書かれたマニフェストの¬揚げ足取り競争になってしまったという負の側面ってあると思うのですね。だから、そもそもマニフェストが、選挙公約的なレベルでなくて、もっと大きなビジョンを示すようなものでなければいけなかったんだけれども、まだそこまで進化していなくて、選挙公約っぽい理解のままにやってしまったので、それが、やっぱり実現できてないとか、やってみたら、いろいろ違っていた、とか、そういう不毛な争いに行っているのだと思うのですね。やっぱり、リーダーが示さないといけない時なので、ポリティシャンではなくステイツマン を、危機なので、みんな国民も期待しています。それはやはり、ビジョンを

 提示しなければダメなわけです。最初に枠が決まって、戦略があって戦術が決まるので、戦術をいくら積み上げても、戦略にならないじゃないですか。ずうっと、戦術の話なのですよ。

工藤:するとなんとなく目指す姿が見えないし、なんか将来に対して非常に不安なまま、世界が、さっき言った、イランとか、EU危機とかいう状況に、多くの国民が遭遇しているわけですね。これは非常に良くないですね。どうでしょう。


野田政権は課題を国民に比較的まじめに提起している

田中:難しいのは、政治にはそれぞれの課題が常々出てくるわけで、現状でも、消費税をどうするか、とか、社会保障をどうするか、とか、常に大きな問題が出てくるから、それに対してまじめに答える、というところが、政治家としてのミニマムの一歩で、その上で、それを超えた、どういう国や社会にしていきたいのか、というところをもう少し語ってもらえるといいのでないかと思うのですよ。私は野田政権になってからね、国会でちゃんと議論できるかはともかく、国民に対しての課題の提示ということで見ると、他の政権より比較的まじめに提起してきたのではないかという気がしますけれどね。

工藤:確かに。今、ビジョンで、政治が国民に対して伝えなければいけないものって、何なのでしょうか。

深川:ちょっと話がずれるかも知れないのですけれど、TPPを巡るいろいろなレベルの論争がありましたけど、あそこまで議論が盛り上がったことは久々だったと思います。それはいろいろな意味で、あれが骨格に関わる大きな問題だから、あそこまで議論になるのだと思いますね。その骨格みたいなものというのは、結局、短期的な最適は長期の最適ではないかもしれないのです。問題を先送りしていって、農業も開けません、と。その結果、世界中のFTAネットワークから孤立して、もう外需で稼げない。内需は人口とともに縮小していく。そのときあなたはどうするんですかという問いに、もしTPPに反対なら答えなくてはいけません。それはものすごく大きな議論なわけですよ。

 しかも、TPPで面白いのは、アメリカが初めて参加する交渉で、アメリカがone of them になる交渉なのです。これまでアメリカは、すべて小さい国とのFTAだから、全部自分の一方的なゲームだったのですね。今回は、本当にアメリカも、グローバリズム対応を問われるし、日本は自分の骨格をグローバリズムの中で問われる交渉なのです。そういうことに対する、茫漠とした大枠をやっぱり考えないと、目先の話でどうにかなるものではない、という感じのコンセンサスは、なんとなくあります。

工藤:今の政治家たちは、本当は大きな骨格を変えるぐらいのことが前提にあって、その中で、ぐじぐじやっているのだということが、なんとなくわかるのですが、その骨格のところまで議論が進んでいないから、なんとなく、目先だけしか見えない状況ですよね。


いまの政治家にはクレディビリティがない

田中:やはり難しいのは、今、現実にやらないといけない課題にまじめに答えないで、あまり大きな夢を語っても、このひと真剣に考えてないな、と。そういうクレディビリティが無くなるのですよ。いささかこう言うとあれなのですけれど、小泉政権以降の自民党政権でもね、自民党の先生方の演説とか読んでみると、結構大きな事を言っている演説もあるのですよ。だけど、どうもあんまりクレディビリティがない。だから、やっぱり、今、私はTPPの議論が盛り上がったのも非常に良かったことだし、これで消費税、社会保障を真剣に議論していくのは良いことだけど、今の政治家は、「これを解決したら、次に日本の社会は、世界の中でどういうものになっていくことができるのか」、それをもうちょっと議論してもらわないと。消費税の話も、社会保障の話も、そんなに甘い話じゃないでしょ。甘い話じゃないことを乗り越えた先に、どういう展望があるのかということを、真剣に考える必要があるのではないですかね。

工藤:たしかにそうですね。


政治家の発言を裏付ける知のプラットフォームが機能していない

深川:やっぱり有権者を説得しなければいけないので、単なる空想事とか絵空事を言ったって、具体的にどうなのですか、と常に言われて詰まってしまうし、逆に、具体的なことばかり言っていても、どんどん細かい議論になってしまうので、そのバランスというのは、政治家は本当にもっと考えないといけないと思うのですね。特に、大きなことを語るときに、裏付けとなるプロフェッショナルな知識のプラットホーム(基盤)が今機能していないですよ。かなり危ない状況として。学会ばっかりに期待されても困るけれど、やっぱりこの分野の専門家はこの人たち、とわからないと。

工藤:そういう姿が見えないですね。
深川:全然見えない。
工藤:発言する人って、少数になってしまっている。

深川:しかも、経済財政諮問会議を否定してやってきているから、また野田政権になってから新しい、わけの分からないものもありますけれど、それもあまり、強い指令力を持っているとは、誰も思わないです。

工藤:確かに色々な人たちが、今、参加して考えなくてはいけない状況ですけど、静かですね。

 終わりの時間が近づいてきました。今日は、いろいろなことで話し合いました。最後に一言なのですが、2012年、日本が、私たちが何を一番考えるべき年なのか、これからこの議論をどんどん始めていきますので、それについてお聞かせ下さい。


国際社会で起きる最悪の事態に備えよ

田中:今年やっぱり考えなければいけないのは、国内問題としての財政、消費税、社会保障、そういうことをどういう風に考えるべきか、ということ。同時に、冒頭に、私、イランの問題を申し上げましたけれど、やはり、国際社会の中の危機が深まっていった時に、日本は何をすべきなのかということを、常々考えていく必要があると思います。これは、ある種の危機管理の問題だと思うのですが、やはり、国際情勢というのは、実はそんなに想定外のことは起こらないのですね。ある種のシナリオを考えていけばこうなる、と大体わかるので、それに対して、やっぱりそれなりに考えていかなければなりません。これはとりわけ政治家の皆さんの課題として大きなものになると思います。

工藤:深川さん、どうでしょう。

深川:私もかなり同じ意見です。やはり最悪を想定して準備しておく。これは原発事故の最大の教訓として、この国が学ばなければいけないことじゃないですか。やっぱり想定外だったというのは言い訳にはならないわけですよ。何か起きるのですから、全部は予想できません。でも、国際社会で起きることって、だいたい「最悪はこう」というのがあるのですね。だから最悪、それが起きても、この程度は担保できるというのは、国としては責任で準備していかなければいけないし、その意味で、やっぱりティピカルな情報がトップに上がるようにしないと、その判断が出来ないと思うのですよ。どっかで「都合が悪いので上げませんでした」とかね。だいたい日本の官僚組織のパターンってそうじゃないですか。だから、それがないといけないし、あと、官僚組織とは無縁の、インディペンデントな人たちの意見、これは民主主義に関わることですけれど、反対意見というのを、もしかして根拠があってこの人たちは言っているのかも、という取り組みはしていかないといけない。それから、最悪に備えることがある一方、最善としてこの厳しい中で何を実現するかというのが無いと。人間、夢が無いと生きられないので、その割と両極端な二つのことを政治というのは期待されているのだと思います。

工藤:はい。世界も大きくいろいろなことがある中で、日本もいろいろな課題に対して、きちっと答を出していくような、今出てきた夢というか、将来に向けての歩み、具体的な一歩を踏み出せる年にすべきだと思っています。

 言論NPOは、きちっとした議論の力で強い民主主義をきちっと作っていきたい、ということで議論を始めています。

 次回は、2月8日なのですが、「若い政治家に期待している」というアンケート結果を踏まえて、若いってどれぐらいの定義か分からないのですが、4人の政治家に来ていただきますので、そこできちっと話をします。そちらもまた見ていただきたいと思います。

 それでは田中先生、深川先生、ありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。

2012年1月31日(火)収録
出演者:
田中明彦氏(東京大学副総長)
深川由起子氏(早稲田大学政治経済学部教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第1部:日本に影響が大きいと予想される内外の主要な出来事は?

アンケートで一番はEUの財政危機

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは、私たち国民が考えなければいけないテーマについて、私たちもきちんと考えようということで、この言論スタジオを昨年からやっています。今回は、2012年の最初の言論スタジオになるのですが、「2012年世界の変化の中で、日本は何を考えればいいのか」と題して議論を行っていきたいと思っております。まず、ゲストのご紹介です。

 お隣が東京大学教授の田中明彦さんです。田中さん、よろしくお願いします。

田中:よろしくお願いします。


工藤:そして、そのお隣が早稲田大学政治経済学部教授の深川由起子さんです。深川さん、よろしくお願いします。

深川:よろしくお願いします。


工藤:では、早速議論を始めていきたいと思います。実を言うと、昨日遅くからアンケートをとってみました。今回は、2012年、僕たちは何を考えればいいか、ということで、かなり本格的なテーマだったのですが、色々な人たちから意見がかなり来ていまして、それも後から紹介しながら進めていければと思っています。まず、1つ目の議論ですが、今年は世界各国で大統領選が行われるとか、EUの危機とか色々なことがあるのですが、そういう風な出来事の中で、日本にとって影響のある出来事は何かということで、質問してみました。その結果、一番多かったのは「EUの財政危機」でした。これが6割ぐらいありまして、それに続いて「アメリカの大統領選挙」、「中国の権力交代」の割合が多く、少し下がるのですが、「イランのホルムズ海峡封鎖」が続くというアンケート結果でした。まず、お二方はどのようにお考えか、というところから話を進めたいのですが、田中先生はどうでしょうか。


イラン問題で困難な状況もありうる

田中:私は今回のアンケート結果の意見に、大体は同意見です。今年、一番何が大事かというと、ヨーロッパの経済のことと、アメリカの大統領選挙、それから中国の権力交代。更に、イランを中心とする中東情勢を考えるのは、非常に真っ当な数字だと思います。ただ、問題はこの4つがバラバラに存在するというよりは、今後注目しなければならいのは、それぞれがどのように関係していくか、ということが重要かなと思っています。ヨーロッパの財政危機はヨーロッパだけに留まるわけではなく、アメリカの選挙にも関係するし、中国経済にどういう風に影響を与えるか、ということは中国の権力交代にも関係すると思います。私の考えからすると、もう少しイランの状況について悲観的な観測があって、かなり今年は、イラン問題を巡って国際社会は困難な状況に陥る可能性があるかな、と思っています。

工藤:それはどういう感じですか。イランはどうなると思いますか。

田中:やはり、イランの核開発疑惑にどのように対応するか、ということで、世界各国が経済制裁をやっているわけです。この経済制裁にイランがどのように対応するか、ということは、なかなか難しい問題です。イランの大統領はアフマディネジャドですが、その対立派との対立も大きい。その中で、やや過激な行動が出てきたときに、アメリカがどこまで対応できるかということもあります。それから、もう1つ、非常に大きな事は、イランの核開発疑惑に対して、イスラエルがどのように対応するかという問題です。この辺は全て未知数ですから、どういう風に展開していくか。更に、イランだけではなく、シリアはほとんどが内戦状態ですから、イランから湾岸全体にかけての不安定化という可能性も排除できないと思います。

工藤:ありがとうございました。深川先生はどのように思っていらっしゃいますか。


先進国が仕切る世界秩序への挑戦も

深川:やはり、それぞれが単独で動いていくのではなくて、政治も経済も非常にグローバル化しているので、各国が共鳴するルートをみつけ、シナリオが描き切れていないということが、一番の不安定要因だと思います。やはり、新興国の台頭、要するに先進国の経済は総崩れなので、色々な意味で、新興国が台頭してくるのですが、ただ、新興国は歴史的に見ると、西洋及び先進国が勝手に決めてきた陸地、領土に対して、また世界秩序もそうですが、納得がいかないということもあると思います。今、イランの話が出ているわけですが、先進国は核を持っていてもいいが、他はダメだ、と。イスラエルももしかしたら...、おそらく、核を持っているであろう。なのに、なぜ我が国はダメなのか、というようなことが、何となく全般にあると思います。それは、先進国が仕切ってきた世界秩序への挑戦ということです。もちろん、核の拡散ということは、中国も望まないし、おそらくロシアもインドなども、自分が持ってしまった国は望まないと思います。ただ、持たない人たちはそうは思わない、ということです。

 先進国は割と、幸福の過程はみんな同じようなもので価値観は似ていますから、髪の毛が金髪でも黒髪でも仲はいいですが、途上国はみんな不幸さが違うので、団結はできないのですね。お互いに足を引っ張りあっているのですが、唯一まとまれるとすれば、先進国がつくってきた都合のいい秩序をもう許さないぞ、ということが、鮮明に出てくるという風な気がしています。

工藤:今、言われた先進国がつくってきた色々なルールに対する挑戦みたいなものですが、イランの問題もその1つなのでしょうか。

田中:イランの問題もその1つではあります。ただ、かなり過激な方の部類だと思います。


イランの核をめぐる国際社会の動向

工藤:これは、どういう風に収束することになるのでしょか。そもそも、収束はできるのでしょうか。

田中:北朝鮮に関しては、国際社会は核兵器開発を諦めさせることはできなかったわけです。だから、その段階でアメリカは朝鮮半島で戦争を起こす気はない、ということで今の状態が続いているわけです。

 アメリカは、中東でイラク戦争の経験がありますから、中東に大規模な地上軍を派遣してまで問題解決をやるという意図は、非常に少ないと思います。ただ、だからと言って、それではイランが堂々と核開発に向かうという動きを見せたときに、特に、今年はアメリカ大統領の選挙の年ですから、どういう対応をとれるかというのは限られていて非常に難しい。もう1つは、朝鮮半島と違うのはやはりイスラエルの存在です。イスラエルにとれば、イランが核を保有するということは、当然、自らの国家の存亡にかかわるという懸念を持ちますし、それからイスラエルは既にそういうことをやろうとした国に対する先制攻撃で、破壊してしまうということをやっているわけです。

 そうすると、アメリカだけという変数ではなくて、色々なものが絡んでくるので、なかなか見通しにくくなっています。ですから、望ましくは今、行っている経済制裁によって、イラン国内で核開発を無理矢理にでも進めるという勢力に対する批判がそれなりに強まって、少なくとも核開発をある程度遅らせるというような勢力が出てくるということが、一番穏健なシナリオだと思います。

工藤:実際的にイスラエルの問題があるのですが、ホルムズ海峡の封鎖とか、そういった局面になっていくのでしょうか。

田中:ですから、封鎖と言ったときに何をするかということですよね。機雷をバラ撒いて動けなくするという話ですよね。それは、可能性としてないわけではない。それがどこまでエスカレートしていくかということは、なかなか判断が難しいところです。ですから、機雷除去をある程度やって、その機雷を撒いた基地にだけ限定的な攻撃を行うということは、十分にあり得ます。

工藤:そうなったら、日本に対しては決定的な問題になりますよね。
田中:石油の問題について日本はどうするのか、ということは常に起こると思います。
工藤:そういう議論は出てきますよね。

深川:実は、機雷の掃海演習ということで、自衛隊はこっそり行ったのですね。ですから、一応の微かな備えはあるのではないかと思います。あまり宣伝はしたくなかったみたいですが。

工藤:しかし、そうなったら、また騒然となりますよね。

田中:ですから、私が「イランのホルムズ海峡封鎖」が少ないなと思ったのは、本当に事態が悪化していったときに、多くの人の関心を引きつける度合いの大きさからすると、今の段階では、まだそれ程大きな危機にはならないかな、と思っている人が多いのかな、という風に思います。

工藤:このイランの問題というのは、最終的にどうなっていくのでしょうか。ずっとズルズルといくのでしょうか。イスラエルが攻撃するというのであれば、全面的な戦争になってしまう可能性もあるのですが。

田中:わからないですね。

深川:でも、アメリカの大統領選の足下を見ながらやっているというところがあると思います。それは恐ろしくて、お互いに足下を見て、計算してやっていたのですが、いつの間にか、ボタンがどんどん掛け違えてしまって、という恐ろしさは警戒していかないといけませんね。

工藤:深川先生、EUの危機については、どのように見ていますか。


非常に深刻なEUの危機

深川:EUの危機は、非常に深刻だと思います。色々なルートで日本に波及してくると思います。やはり、中国、韓国の輸出が急速に落ちてきています。ということは、日本からの輸出も落ちてきます。既に、日本の貿易収支は赤字です。油はホルムズ海峡封鎖があれば、上がるかもしれない。だけど、輸出は落ちるわけですから、また貿易赤字は増えます。つまり、今は、まだ所得収支が大きいからいいですが、貿易赤字が持続していくということは、いずれ経常収支が赤字に転じて、いよいよ日本の財政の問題に王手がかかるわけです。マーケットは既に、それを意識し始めています。ヨーロッパの話というのは、そういうルートでくるのがまず1つ。

 邦銀が直接ヨーロッパの不良債権を抱えている、という状況ではないので、円高になっているわけです。ですから、金融ルートで直接影響を受けるというわけではない。ただ、アメリカとヨーロッパの間は、ボールが行ったり来たりしているわけです。元々、ヨーロッパが今の状態になった発端というのは、リーマンショックです。そのボールがヨーロッパ側に行っているということなので、欧米の間を行ったり来たりしている間に、熱いホットポテトが、どんどん大きくなってくるというのはあり得ますね。

工藤:基本的に、まだ何も解決していませんよね。一方で、ドルの供給の問題から始まって、最終的にはどのようになっていくのでしょうか。

深川:多分、アメリカはどこかの段階で、QE3(第3次量的金融緩和策)をやるのでしょう。それから、ヨーロッパに相当圧力をかけて、非常手段を講じて何とかしろ、という風に言っていくのだと思います。だけど、言ったところで簡単にできれば、ヨーロッパだってやっているわけです。あまりにも問題が深刻なのです。そこは、民主主義と似ているのかもしれませんが、中国や他の新興国に比べて、マーケットを全部開けているから、毎日、取り引きがあり、毎日反応していくわけです。しかし、政府の介入余地というのは凄く限られていますから、本当に政治が解決していかなければいけない問題への対応がどうしても遅くなりがちです。どの国も民主化しているわけですから、やはり選挙を意識して動いていきます。ドイツだって、納税者が納得しないうちに、「はいはい」と言って約束はできませんよね。一方で、マーケットは開いているから、どんどん責められてしまうわけですね。対応は遅いですから、その間に、マーケットの暴走が始まれば、より深刻な事態になっていくと思います。時限爆弾のように国債の満期というのは来るわけですから、ずうっとこれを抱えながら行くことになる。

工藤:田中さんは、EUの経済危機についていかがですか。


国際的な秩序を誰がどうやって形成するのかが不明に

田中:EUの経済危機自体は、今、深川先生がおっしゃったように、政府の対応、政府・民間協調というものが速やかにできないということが、マーケットに色々な思惑を呼んで、それが更に色々な問題を生む、という危険はあると思います。先程、深川さんがおっしゃった、新興国の台頭と、こういう危機の中で、国際的な秩序を、誰がどうやってマネージしていくか、ということがここ数年、益々わからなくなりつつある、という難しい問題に直面していると思います。従来ですと、こういうものはG8サミットという枠組みでやるのです、ということでした。今年は、G8サミットのホスト国はアメリカで、5月の半ばにG8サミットがあるわけです。しかし、G8だけでは、もはやうまくいかない。新興国が台頭したということで、G20という枠組みをつくらなければいけないということで、やってきたわけです。しかし、G20というのは、先程、これも深川さんがおっしゃいましたけど、新興国は新興しているという面では一致していますが、だからといって、この国々が何かを協調して、何かを解決してやりましょう、ということでまとまるかと言えば、まとまりません。だから、G20に参加している国々が重要であることは間違い無いのですが、G20という会合をシカゴの後にメキシコでやったら、これでもって全てが解決するか、というと、そういう見通しは全くつかない、というところが、今の非常に難しいところですね。

工藤:国際的な色々な問題について、それをきちんと管理したり、何かをしたりするメカニズムが、かなり弱くなってしまっている、という問題ですよね。

深川:でも、歴史的なショックというのは、大体そういう時に起きるのですね。やはり、大恐慌だって、イギリスが力を落としている中で、アメリカが台頭していく過程で、トランジションがあったのですが、初期の段階では、アメリカは何も積極的に関与しなかったのですね。その結果、マーケットが過剰に反応したということでした。今回も、中国は全然、積極的に出てきません。国内も色々あるし、むしろ出られないのですね。そういう意味で、仕切る国がいなくて空白になってしまっているから、そういう危なさというのは、非常に深いと思います。

工藤:田中先生も歴史的な空白、大きな困難が表面化するような事態だという風に見ていますか。


危機を通じてリーダーシップが生まれるという面も

田中:まさに、そういう事態になりつつあるという状況だと思います。依然として、私は、色々な世界の国際秩序を仕切る能力において、アメリカに勝る国はないと思いますけど、そのアメリカは、イラクの経験もあるし、リーマンショックの経験もあるし、自らアメリカの最後に残ったパワーリソースを全部投げ出して、世界の問題を解決するかというと、そういう意欲は、全くないのですね。オバマさんという人は、もちろん頭のいい人ですが、頭のいい人だから、そうやって世界の問題を解決していくのではなくて、協調して解決しましょう、というロジックで登場した人です。つまり、協調して解決するということは、他の人がやってくれる、という話になります。では、誰がやってくれるのかと言うと、そういう人が今はいない状況です。そういうトランジションの時期になっていますね。

 ただ、そこから先はやや無責任な言い方をすると、新しい秩序というものは、どちらかというと、そういうものから起こる危機を通して初めて出てくるという面があるのですね。ですから、戦後のアメリカのパックスアメリカーナの体制というのは、やはりその前の1930年代と、第二次世界大戦というとてつもない危機から生まれたという面があります。もちろん、私たちは、これから世界大戦が起きるのがいいのだ、とは言えませんけど、ある程度の危機を通して初めて、リーダーシップが生まれるという面はあると思います。

工藤:深川さん、今の大きな変化の次の展開の担い手はいないということですかね。


米国には世界の警察官をやる余力はない

深川:やはり、アメリカが、オバマさんが言っている協調的なアプローチですが、彼は頭がいいし、インターナショナルな背景があるから、そう思うのですが、アメリカの有権者のほとんどの人が、そうは思っていないということです。つまり、彼のやり方だと、アメリカはone of themになって、みんなと一緒にやろうということになりますが、他の方々は一国主義を決して忘れてはいないのです。そして、みんな一票を持っていて、数的にはその人たちのほうが多いかもしれない。一方で、ティーパーティーのような人たちも残っていて、非常にファンダメンタルな考え方、原理主義的な人たちが台頭してきています。アメリカは元々、国内がグローバルなのですね。その矛盾が、実はアメリカというものの中に抱き込まれてしまい、アメリカ自身もアイデンティティを激しく揺さぶられている、という状態なので、とてもではないけれど、他の人のあらゆる見解に介入して、世界の警察官をやれるような余力は色々な意味でないと思います。

工藤:ありがとうございました。一度休息を挟んで、この話を続けたいと思います。

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放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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