第1部:世論調査で示された「相手国に対する印象の悪化」をどう見るか
工藤:この前メディアで頻繁に取り上げられたのですが、「相手国に対する印象」という点が今回の調査で非常に大きな問題になりました。日本人は中国に対してどのような印象を持っているかについて、「あまり良くない印象を持っている」、つまり、「良い印象を持っていない」人が8割を超えています。これまで相手国に対する印象は色々な事件に影響を受けてきました。例えば2009年の餃子事件では「中国の対応はおかしいじゃないか」等の声がありましたが、一昨年までは改善していました。それが去年悪化し、今回はなんと80%を超えてしまいました。中国でも去年は少し改善しましたが、今年また悪化し、6割程の人が日本に対して良くない印象を持っています。この問題をどのように見るかという点から始めて行きたいと思いますが、加藤さん、いかがでしょうか。報道を通じて中国のことを色々考えていると思いますが。
中国に良い印象を持つ日本人が20%を切った
加藤:私は日中間の国民感情を、今まで「鏡」のようなものだと捉えていました。日中間の関係が悪くなれば国民感情もお互い悪くなりますし、良くなれば比較的お互い良くなるのではないかと。若干のばらつきはありますが、ある程度、両国の感情は連動している印象を受けていましたが、今回は違う印象を受けました。今、工藤さんは印象が悪くなったとおっしゃいましたけど、中国に対してプラスのイメージを持っている日本の人は、「良いと思っている」人と、「どちらかといえば良いと思っている」人の両方を合わせても16%弱しかいませんでした。今までずっと調査をやってきましたが、この数字は常に20%を超えていました。しかし、ついに20%の大台を割りました。
一方、中国はどうかと見ましたら、中国人で日本に対して「良い」と、あるいは「どちらかといえば良い」と思っている方の割合は32%弱、つまり日本よりも中国の方が2倍相手国に対して良い印象を持っているという事です。今までばらつきはあっても、これだけ差が開いたのは初めてで、しかも日本側のみ悪くなっています。特に今年は国交正常化40周年ということで仲良くなるために色々な努力がなされている中で、また中国に対して餃子事件のようなものや漁船の衝突事件のようなものがあまりない中で、これだけ落ち込んだということはどういうことなのか。そうしたことが非常に気になる調査結果です。
高原:今回の調査の中で良くない印象を持っている理由は何かというのがあります。それによりますと、一番多かったのが「資源やエネルギーの確保で自己中心的に見えるから」です。2番目が「尖閣諸島を巡り対立が続いているから」、同じくらいの割合で3番目に多かった答が「国際的なルールと異なる行動をするから」でした。一昨年の尖閣沖の衝突事件が大きな衝撃をもたらし、その残響がまだ続いていると思います。それに昨今の南シナ海における中国と東南アジア諸国との間の摩擦・軋轢・暴動が響いている印象をこの回答結果から見ることが出来ます。
日本と中国の相手国に対する意識の違いをどのように見るか
工藤:今の残響という話ですが、一番その影響が大きかったのは去年の世論調査ですね。漁船の衝突事件は一昨年ですから、去年はかなり悪化しました。今年は、中国では良くない印象を持つ人の割合が高いままですが、少し落ちました。少し風化しています。しかし、今年、日本はまた中国に対して良くない印象を持っている人が増えています。この日本と中国の意識の違いをどのように見ればいいのでしょうか。
高原:尖閣事件が日本の人たちにとってそれほどショックなものだったのだと思います。衝突したことだけではなく、衝突した後の中国側の対応、経済領域における対抗措置、文化領域における対抗措置、例えば上海万博に呼んでいた大学生の招聘を急に延期するなど、そのような様々な措置が取られたので非常に大きなショックを日本の方は感じました。これがやはり一番大きな原因だと思います。先ほど加藤さんがおっしゃったように何も事件がないと相手国のイメージは改善するものです。今年は初めてそういうことがありませんでした。なので、来年の結果が非常に注目されます。
工藤:ちょっとこのスライドを見てほしいのですが、これが先ほど加藤さんがおっしゃったことですが、これは2005年からの時系列のグラフですが、これで見ると「悪い」印象が84.3%に達しました。下が先ほど加藤さんのおっしゃっていたことで、中国では「良い」というのが31.8%で、日本では15%なので中国の半分ぐらいなのです。このような差が今、生じています。宮本さんは、これをどう思いますか。
宮本:分析は難しいと思いますが、おそらく中国が経済規模で日本を抜いたことが確認されたのが2011年、去年じゃないでしょうか。2010年に抜いたという数字の表が去年なのです。中国にはっきりと経済規模で抜かれたということの影響もある気がしないでもありません。高原先生がおっしゃったように来年の調査ではっきりすると思いますが、国民の心理状態が結構影響していると思います。一点だけ補足しますと、私は中国も日本も「空気社会」だと思います。冷静かつ合理的な判断をしているということよりも社会の空気、日本ではすぐに社会の空気ができあがりますけど、中国でも同じようなものです。だから、これまで、社会の空気に連動する形で両国間の印象はそれと同じように推移してきました。しかし、今度は両国間で異なる動きを見せたということが、この事態の変化を表していると思いますが、日本と中国の社会がちょっと変わってきた感じがします。
両国とも自国のメディアを通じて相手国を認識している
工藤:今、宮本さんから言われた話で少し補足したほうが良いと思ったのは、この世論調査は日本全国で1000人を対象にやっています。中国は5つの都市でだいたい1600人を対象にやっていまして、これを05年から毎年継続して、やっていますので世論の変化が結構分かります。実を言うと両国の構造は同じでありまして、つまり、ほとんどの国民で直接的な交流が圧倒的に少ないのです。例えば、日本で中国に行ったことがある人が16%ぐらいで、「中国に知り合いがいますか」、「中国人で話が出来る人がいますか」という質問でだいたい20%程です。この比率は2005年からほとんど変わりません。中国人はどのようになっているかというと、日本に行ったことがある人がだいたい1.6%です。それから中国で日本人と話が出来る人、例えば友達がいるといった人たちは今年も合わせて3%しかいません。
ということは、国民はお互いの直接交流が少ない中でどのように認識を作っているのかというと、そのほとんどが自国のメディアによってなのです。「空気」と宮本さんがおっしゃいましたが、中国は中国のニュースメディア、日本は日本のニュースメディアにかなり影響を受けてしまう。それから中国の場合、それだけではなく、例えばドラマ等にも影響を受けます。このような現状の中でお互いの認識が作られているという状況はなかなか変わっていません。
なぜ、多くの中国人は日本を「軍国主義」と捉えているのか
工藤:その上でもう一つ私が注目したのは「相手国の政治社会体制をどう見ているのか」という設問です。これは実を言うと日本から見れば中国は社会主義の国だし、日本が資本主義の国で、また日本は民主主義の国です。僕たちはこのように思っていますが、この世論調査を見ると全く異なる認識が出てきます。特に中国の人に「日本の社会はどんな社会ですか」ということを聞いてみると、民主主義と答える人は15.6%しかいません。また驚いたのが、日本を軍国主義だと考えている人が46.2%と半数近くいます。去年が36.4%なので、10ポイント増えている状況です。実を言うと「日本の2050年はどのようになりますか」という別の設問でも日本が軍国主義の大国となると答えた人が3割程いました。この軍国主義は僕たちから見れば全く間違った認識だと思いますが、なぜここまで増えたのか。また加藤さんお願いします。
加藤:中国が日本に対して抱いている軍国主義というイメージは、軍事力等を背景にしたものと言うよりもむしろ、思想的にタカ派路線、強硬路線に傾くことが、かつての軍国主義に近づいているというイメージに繋がっているという風に感じます。ですから、私たちから見ると、日本の政治家が普通に自分の言論を表明しているだけのように見えます。若干タカ派と呼ばれていますが、右派的な方たちのことを何か軍国主義の思想を持っている人たちであるかのように宣伝する雑誌を見たことがありますし、少し強硬派、タカ派ということになると、軍国主義につながるようなイメージを中国の人は抱いているのかと思います。そう言われてみると、私も中国の方に聞きましたけど、最近日本の政治は何となく内向き、あるいは保守的になりつつあると感じている方が多くいました。それとその軍国主義がだぶってきている感じがします。
工藤:高原先生、この軍国主義の見方は僕たちの考えているそれとは違うものですよね?
高原:定義がはっきりとしません。定義がはっきりしないまま、中国メディアによく出てくる言葉なので、この世論調査に答えた人たちもそれほど深く考えないで、それこそ加藤さんがおっしゃったように空気を読んで「軍国主義」とつける、そういうことじゃないでしょうか。例えば、「社会の軍事化がどれほど進んでいるのか」ということを基準に、その国が軍国主義かどうかを判断するとします。これを私は時々中国の学生に言いますと、どの指標を取っても中国の方が軍国主義であることに彼らは後で驚いています。ですから、彼らは深く詰めて軍国主義の定義を考えたことがないのではないかと思います。
工藤:宮本さん、今の軍国主義と関連しますが、逆に日本は自国を平和国家、民主主義の国だと思っていますが、中国では日本を平和主義だと言う人が7%しかおらず、民主主義も15%ほどしかいません。この反面、軍国主義が半数近くになるのは不本意ですよね。大使を経験されてこの結果をどのように感じていますか。
平和国家としての生き方が中国に理解されないフラストレーション
宮本:私どもは「戦後日本の生き様がどうして中国に伝わってないのか」というフラストレーションを常に感じながら中国と仕事をしてきました。少なくとも戦後日本で生きてきた我々は平和憲法を用い、軍事大国にならない約束をし、武器輸出、非核三原則などの色んなものをもって平和国家として生きてきたという自負心を持っていますよね。それが中国に伝わっていない。1つはそのような教育を中国当局がしてない問題がありますが、中国人の日本に対する意識は、日本が米国と組んで米国の動きの中での日本というものになっています。2010年の尖閣問題により、日米の軍事関係が緊密化しており、それが間違いなく大きく中国で報道されています。ですから、日本単独ということもありますけど、今は主として日本の軍事と安全保障を意識するのは米国と連動したケースが多いということじゃないでしょうか。ちなみに何処が一番脅威かと中国人が考えているかというと、米国です。その次に日本が来ますが。
工藤:ただ軍国主義と答えてしまうというのはどういうことかと思っていまして、前の記者会見の時、中国の人から質問が出て、高原先生が「日中間でこの間、事件がなかった」と言ったら、中国の人は「石原さんの発言が事件だ」と言っていましたね。中国社会ではあのような発言を「事件」と捉えるのでしょうか。
加藤:そうですね。こちらから見ると当たり前のことをしているだけなのに。日本の中では正当な言論活動であるにも関わらず、向こうの人から見ると「これは自分たちに対して挑戦をしているものではないか」、あるいは「非常に政治的な悪意を持って中国人を傷つけているのではないか」と、このような捉え方をされることが結構あります。そうすると、彼らはまさに石原発言を政治的な強い意図を持つ自分たちに対する挑戦であると感じます。
工藤:この話をもうちょっと続けたいのですが、一度休息を入れます。
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第2部:変わり始めている中国国民の意識
工藤:話を続けます。軍国主義というのは日本人から見ればすごくショックだと思う。なんでこのような意識になるのだろう、と。それで、ちょっと考えていることがあるのですが、この世論調査をやった時に中国の学生にも聞いてみたのです。北京の7大学に聞いたのですが、日本はどんな国かと聞いたら民族主義の国と答える人が67%で、それに並んで資本主義と答える人が69%いました。資本主義と民族主義が並んでいる。そして軍国主義というのが、学生たちでもやはり45%で、増えています。これはどういうことなのでしょうか。高原さん、この民族主義とか軍国主義とかの定義は、日本人と違うものなのですかね。
中国側になお残る被害者意識
高原:ひとつに、学生だけではありませんけれど、中国側に被害者意識が相変わらず残存していることが挙げられます。敏感に日本側の言動に反応しているというのがおしなべて見られる傾向だと思います。それと関わるのがテレビ、映画で抗日戦争ものが相変わらず非常に多く、"日本=軍国主義"というある種の刷り込みが続いているということもあると思うのです。それが今年増えたというのは先ほどから話が出ているように、石原発言のようなことがおそらく影響している。もしかしたら何か映画の影響みたいなものもあるのかもしれないと思います。
工藤:確かこの世論調査をやったのが、4月の末から5月にかけてなので、石原さんの発言の後ですよね。日本の今のこういう状況というのは中国社会でどういう風に報道されているのでしょうか、加藤さん。
加藤:報道はされているのですけれどね。やはりひどいことをしていると書いていますね。本来ならば中国の立場というのは「尖閣というところは中国のものだ」というわけですから、そこで持ち主が誰になろうが、中国からすれば関係ない話なのですよ。最初から自分たちは無効だという主張をしているわけですからね。にもかかわらず、こっちで買ったら買う人はけしからん、とか。それは現状維持に反するからそういうことになるのだろうと思うのですけれど。やはり報道として何かおかしいな、と思います。
工藤:ただ、日本も色々な多様な議論があるわけで、一つの議論だけが出ているというのはメディアの問題もあるのかもしれないですけれど、別の意見を積極的に言えばいいと思うのですね。それで色々な意見があるというのならわかるのですが。多分中国の中の一つの意見しか聞こえてこない状況が今あるのですが、そういう点で言えば、政府も含めて発言が足りていないような感じが少しするのですが、どうでしょう。
フィリピン、ベトナムとの領有権問題も過激化に拍車
宮本:中国人から見ますと、尖閣の問題がこれだけヒートアップというか熱を帯びた1つの背景はフィリピンとの領有権の問題がものすごく大きなインパクト、争点になっていましてね。これはもう中国のネットでも大騒ぎで、最近ベトナムともやりましたね。こういう領有権を巡る問題が中国の中で全体として大きな争点になってお互いに刺激し合いながら過激な発言に向かっているということだと思います。他方、中国当局の方は意識的にそういうところにまともな意見が入るように努力をしている気配はあると思います。日本の場合、ちゃんと政府のスポークスマンは発言しているのですけれど。
工藤:発言しているのですか。
宮本:ええ。しかしながら、それが中国国民にきちんと伝わっていない。ということで、中国のまともなマスコミによる「日本政府はそういう風に考えているのではないか」という報道を最近読んで、ちょっと驚いたのですけれど。言論NPOのこういう努力が、「日本社会には色々な声があるのだ」ということを中国の人に伝える役割を果たしていると思います。
工藤:それは例えば、こういう風な軍国主義とか一つの方に振れる傾向が見られる一方で、中国社会には対話の動きがあるということも今回の世論調査では見られるのですね。例えば、これは両国関係の発展を妨げるもの。これは両国関係に関しても、「今の現在の日中関係は良くない」という見方は日本にも中国にもかなりあってですね。まあ、いつも中国の方がちょっと楽観的なのですが。ただ、経年で見ると「日中関係は良くない」という意識がどんどん高まっているんですね。ただ、それに続く質問で、「両国関係の発展を妨げるものは何なのか」ということを日本と中国の国民に聞いてみたのです。これを見るとやはり一番大きいのは領土問題。日本は領土問題が障害だというのが7割近い、69.6%ですから7割くらいあるのですね。中国は51%。まあ、去年は59%ですから1年経ってそれがちょっと減少していると。僕は下の方で見て気になったのは中国国民のナショナリズムや反日行動が日中関係で障害になるのではないか。当然日本の人は19.6%それを感じているのですが、なんとそれよりも多い21.3%の中国の人が「中国国民のナショナリズムや反日行動が障害になるのではないか」と回答している。これはどういう風に見ればいいのか、高原さん、どうでしょうか。
中国では経済発展による隆盛と深刻な社会問題とがナショナリズムを育む
高原:一言で言えば、自国の社会のことを客観的に評価できる能力が高まってきたということではないかと思うのですね。もうひとつは、じゃあどうして中国国民のナショナリズムが高まるのかということなのですけれど、2つの大きな要因があると思っています。1つはもちろん、自国の隆々たる台頭に、中国国民は自信を持つのでナショナリスティックになるという要因と、もう1つは、実は中国のその発展の内実がかなりいろいろ深刻な問題をはらんだもので、現状に対する不満、将来に対する不安という風に呼んでいますけれど、そういう行き詰まり感みたいなものが中国社会の中にも広がりつつある。そうした自信と不安がないまぜになったような社会的な心理状態、これがナショナリズムを育む豊かな土壌となっている、そういうことではないかと分析しています。
工藤:非常に深い分析ですね。宮本さんはこの現象をどうお思いですか?
中国では4人に1人が大学に行く社会に
宮本:やっぱり中国社会が変わってきた大きな証拠だと思います。調べたことがあるのですが、1998年の大学進学率はたった6%でした。それが2008年、たった10年で23%にまで増加しているのです。おそらく今は25%に迫っているか、超えたくらいではないでしょうか。4人のうち1人が大学教育を受けるような、そういう社会になって情報量も増えて自分で考えることができる中国国民が増えてきたということを、この数字は表していて、これは良い傾向だと私は思いますけれどね。
工藤:こうした中国国民の意識の変化は、国民に余裕が生まれて自国を冷静に見られるようになったということなのでしょうか。
加藤:このように考えられないでしょうか。元々、中国のナショナリズムはものすごくありました。反日デモの時も若い人はみんな反日だったはずですし。今、ここでそれが日中関係を妨げる要因として挙げられてくるようになったということは、「それが自分たちにとってマイナスの要因だ」という風に思う人が出てきたということですよね。つまり、今までは「ナショナリズム」、「反日」というのは妨げる要因ではなくて当然のことだと思っていた。それがそうではなくて妨げる要因として「良くない」、または「それは一部の人たちがやっていることだ」という認識を持つ人たちがこれだけ出てきたということで、それは逆に言うとやっぱり宮本さんがおっしゃったようにすごく良いことだと思います。中国人の中でも意見が多様化してきて、日本に対する考え方、あるいは自分たちのナショナリズムに対する考え方も変わってきている。そういうことを示すものになっている。また。それが今回の世論調査に正確に反映されてきたという意味でも、この世論調査の正確さが示されたのではないでしょうか。
中国には自国の問題を認識する声が増えている
工藤:世論調査には、もう1つ歴史問題の質問もあり、「日中間の歴史問題で解決しなければいけない、解決すべき問題というのは何なのか」という設問があるのですが、その時も「あれっ?」って思いました。今までは歴史問題というと相手のことを言うのです。日本で一番多いのは中国の反日教育についてです。それから「教科書の内容がおかしい」とか、それから「中国メディアの日本に対する報道がおかしい」とかもあります。日本ではこういう相手国の問題を指摘する声がやはり増えている。いつも増えているのですよ。
驚いたのは、中国のそういう相手国に対する認識はもう大きくは増えていない。たとえば、南京大虐殺に対する認識も2%減りました。それから日本の教科書問題に対する認識もあまり変わっていません。日本のメディア報道に関しても11.9%から11.5%とほとんど変わっていない。ただ、増えているものがあるのです。これは3つあります。目立って増えているのは、1つが中国の「歴史認識」と「教育問題」です。それが25.6%から32.5%まで増えている。これは中国人の世論調査です。それから「中国メディアの日本に対する報道」、それが15%から20%まで増えている。それから「中国の政治家の日本に対する発言」です。僕は日本人の政治家が結構刺激する発言をしていると思っていたのですが、中国の人たちの中にも中国の政治家の発言を指している人がいるのですね。中国の政治家の日本に対する発言が16.4%から22.4%まで増えている。何か自分たちの国の問題を指摘する声が増えているという現象、これを見ると、1つの傾向として認識していいような気がするのですが、加藤さん。
加藤:まったくおっしゃる通りで、先ほどの話と同じだと思うのですね。今まではそうするのが当たり前だと思っていたから解決すべき問題だとは思っていなかったけれど、今回は解決すべき問題、つまりマイナスの要因として自分たちの国の歴史教育の問題とか政治家の発言とかメディアの報道、こういうものを挙げ始めたということは自分たちの中にそういう問題があるということを考え出すことになった。つまり、より客観的に日中関係あるいは自分の国の持っている弱点を正確に把握して答えられるそういう土壌ができたということですね。これは今までの世論調査ではなかったすごく新しい傾向だし、中国の社会が変わってきたという感じがします。
工藤:一方で、中国の歴史認識と教育問題とか中国の政治家の発言というのは政府に対する批判になりますよね。こういうことが世論として見えてしまうという状況に対して高原先生はどういう風にお考えでしょうか。
高原:まあ、細かく調査しないとわからないことだと思いますけれど、想像するに、中国のいわゆるマスメディアが、他の情報源からいろいろな情報を得て情報を相対化して評価できるようになってきているということではないか、と強く推測できます。
工藤:宮本さんはいかかでしょう。
中国は良い方向に変わりつつあると実感
宮本:中国社会もそういう意味で「良い方向に変わりつつあるな」と最近実感したのは、しばらく前に中国に行って30代、40代の若い人たち、高等教育を受けた人達と話をして日本の立場をよく説明したのですね。なんで日本はそういう立場をとるのか、と。すると、彼らの反応は反発ではなくて、「考えてみれば自分たちは一回も日本の立場に立って考えたことがなかったな」というのが彼らの反応でした。こういう中国の人たちも出てきたのか、と。私とそういう対話ができるのか、と非常に感銘を受けましたけれどね。中国社会は確実に変わっているのではないでしょうか。
工藤:これは一方で中国国民の自国に対する政治批判が増えていることが、これの要因として捉えられないですかね。
宮本:それはそうなのですけれどね。政治批判は昔もありましたけれどね、それを自分の言葉というか自分の考えで表現する市民が増えたというそういう側面と、それから中国自体の社会の管理が昔よりはよくなってきたという側面といろいろな面が絡んできていると思いますけれどね。高原先生が言われたように調査しないと推測の域を出ませんけれど。
工藤:そうですね。これはちょっと大きな変化で。一方で、それに対応して今度は日本を見れば、日本は非常に中国に対してはマイナスの意見が全般的に強まっていますよね。そこで、加藤さんは日本メディアによる中国報道の構造に対してどのようなお考えをお持ちですか。
日本の外国報道はマイナスのニュース中心
加藤:どうしても日本の中国報道というのは辛口になりがちであると、これは仕方のないことだと思うのですね。私たちは中国だけじゃなくて他の国に対しても、「他の国はこんなに素晴らしい」という報道はあまりしませんね。事件とかいろいろな問題が起きた時に問題があるということで、どうしてもマイナスの面とか私たちにとって意外な面とか、こういうものを報道することになってしまうので、プラスの面とマイナスの面、どちらが多いのかというとそれはマイナスの面が多い。これは中国だけにかかわらず多いのですが、ただ、中国のニュースというのは隣の国でもあるということもありますし、私たちとのかかわりも非常に大きいものですから、非常に多くのニュースが流れます。それがやはり、マイナスなニュースであることが多く、そうしたニュースが多く流れることで日本の視聴者あるいは国民の方や新聞読者の方が、どうしても中国に対してマイナスイメージを抱くようになってしまうかもしれない。「こんなに良いことをしました」、というのはなかなかニュースにはなりにくいというか、新聞にも出しにくい。その辺が我々マスメディアの1つの限界でもあるし、これからその部分をどう埋めていくのかということを考えるのが課題だと思います。
工藤:ただ、僕たちのこの調査なり対話を始めた2005年頃というのは、日本国民は中国について本当に知りませんでしたよね。日本国民の関心はほとんど歴史問題でしたから。それから見ると、メディア報道も結構相手のことを伝えてきていて、色々な形の多様な情報を得られるチャンスは出てきていると思うのですね。ただ僕が気になっているのは、知れば知るほど中国との違いが見えてくるじゃないですか。それから宮本さんも先ほどおっしゃったように中国は経済的にすごく大きい。それを日本国民としてどう判断すればいいのか。なかなか僕たち自身も両国に違いがあるということを捉えきれない、そうした問題が出ているという気がしないでもありません。高原先生はどう思われますか。
高原:まったく国情や制度が違いますし、色々な意味で日本と中国は違うわけですので、分かりにくいというのは当然のことだと思うのですけれど、ちょっと気になるのは、加藤さんなどメディア関係の方を前にして申し訳ないのですけれど、1つの設問で「自国の新聞や雑誌、テレビの報道が両国関係について客観的で公平な報道をしていると思いますか」という問いがありまして。一般世論は変化がないのですけれど、有意識者に関しては「そうは思わない」という人が2ポイント減っているくらいなのですが。
工藤:日本の有識者ですね。
高原:客観的な報道をしているとは思わないという人のパーセンテージが7.5ポイントも増えているのですね。だから、ちょっとメディアの報道のあり方が変わってきた、そういう認識を持つ有識者が日本でかなり今年は増えたというのが事実だと思います。
工藤:そうですか。それがやはり一般の世論に影響しているのかもしれないですね、報道の内容が。
加藤:そこのところは、私も是非知りたいところなのですよね。私たちが報道している内容が要するにマイナス報道が多すぎて実際よりも悪く言っているという見方なのか、逆に本当はもっと悪いのに我々は良く中国を報道しているという意味で信頼できないのか、その辺を私たちはもっと知りたいですね。
工藤:前者のような気がするのだけれど。確かにこの調査では、わかりませんよね。それでは、もう一回休息を入れて最後のところに入りたいと思います。
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第3部:領土問題と中国の軍事力増強をどう考えるか
東アジアの海洋で日中の軍事紛争が起きるとの見方は多い
工藤:最後のセッションになりました。軍事的な問題も今回の世論調査では聞いています。日本人と中国人に聞いているのですが、「どの国に最も軍事的な脅威を感じていますか」という設問に対する回答はいつも同じで、日本の方は、一番目が北朝鮮で、二番目が中国なのですね。ただ、今回は北朝鮮も中国も去年よりも、誤差かもしれませんが、少し増えています。中国の人は、アメリカと日本。いつもと同じです。ただ、日本に対するのが3ポイントぐらい増えています。一応、お互いの国は、他の国と比べて、相手国に対して軍事的な脅威を感じています。
この設問の次に、今年初めての設問なのですが、「今後、東アジアの海洋において日本と中国の間に軍事紛争が起こると思いますか」という、ちょっと深刻な質問を今回入れてみました。イエスはあまりないのかなと思っていたのですが、驚いたことに、日本の方は「数年以内に軍事紛争が起こる」、それから「将来的に起こる」とを合わせると、だいたい27%ぐらい、3割近い。そして、中国の人はそう考える割合が50%を超えているという状況です。中国人の半分が、軍事紛争があるんじゃないかという認識になっているわけです。この状況は心配するものなのか、なぜこのようになったのか。まず、加藤さんからお願いします。
加藤氏:私はやはり心配します。特に中国の方でこれだけ大勢の人がそういうことを感じている、起きるのではないかということを感じている、これは、ある程度中国国内の雰囲気を反映したものだと思うのですね。実際に、人民解放軍の関係者だとか、あるいはそれに関係する雑誌とかを読んでいますので、こういう領土問題は話し合いではもう解決できない、最後は軍事力でやるしかない、しかも短期決戦だと。短期決戦でやれば、解決できる、というような考えの論調が最近。結構出てきましたね。
工藤:でも昔からそういう世論が中国にはあるでしょう。変わっていますか。
加藤氏:中国政府の公式見解とは全く別に、やはり軍部の中でそういう考えが見えてくるわけですね。そういうものを、中国の一般の人たちも感じたり、見たり、聞いたりして、やはり「これはもしかすると話し合いで埒があかなければ、最後の最後は軍部でやるのかな」と。実際に、東シナ海ではないですけれども、南シナ海では、フィリピンとの間でにらみ合いがあったり、かなりきな臭い状況になったりしていますし、アメリカと組んだり、ベトナム・フィリピン・マレーシアが一緒になって、今度は対中牽制をしようとしているという、力での競り合いみたいなものが始まっていますので、ますます力で解決しなくてはいけないという気運が、中国側の方になんとなく出てきているのかなということをこの調査では感じますね。
工藤:高原さん、どうでしょう。
高原氏:この質問には少し微妙なところがあって、1つは、「東アジアの海洋での軍事紛争」の、東アジア海洋って一体どこを指しているのか、まあおっしゃったように、南シナ海も入ると考えている中国の人はきっと多いと思うんですね。日本の場合はどうだったのかという問題が1つと、それから日本・中国などの間で軍事紛争が起こるということなので、特にフィリピンと直接対峙する局面にその時たまたまなっていたこともあって、中国では高めの数字が出たという面もあったのかもしれません。
工藤:確かに日中だけの要素ではないのかもしれないですね。
中国に武力行使を肯定する人が多いのは非常に心配な事態だ
高原氏:しかしいずれにしても、どんな局面でも「実際に武力を使おう」、あるいは「使う可能性が高い」と考える人がこれだけ中国にいるということは非常に心配される事態だと思います。
工藤:宮本さんは、これはどう思いますか。
宮本氏:ひとつ我々が理解しておきたいことは、中国は、常に強国からこういうのを仕掛ける、しばらく前はソ連だったし、ソ連が崩壊したあとはアメリカが一人舞台で、アメリカを中心に。中国もそういう国を作ろうとして、ずっと求めてきた。もうこれは一種の固定観念になっているんですね。したがって、中国が言う日本の軍事的脅威なるものは全部アメリカとの連動だと思いますよ。日本の単独というよりも、日米が組んで、中国にどうするかという問題ですね。それから、これからの世界をリードしていく国や地域は、中国はアメリカと共に当然中国になると思っていますし、2050年の経済を見たらアメリカと大体同じぐらいだと。強気ですし、中国は経済成長を続けて米国と並ぶ大国になって影響力を競い合うと。こういうことですね。
加藤氏:中国の人は経済だけだとは考えていません。大国は必ず軍事力を持つというのが彼らの前提ですから。したがってそうした大国にふさわしい軍事力をその時の中国は持っているだろうという想定ですから。将来アメリカとの間で経済面だけでなく軍事面でも、緊張が高まるであろうと思っている訳ですね。そこで日本というのが登場して、先程のような、世論調査の結果になったのだと思いますが、皆さんご指摘のように、これから毎年、調査の傾向をもう少し眺めてみる必要があると思います。
東アジアの安全保障に関する多国間の枠組み
工藤:今の加藤さんのお話ですが、ただ、軍事的な脅威を感じていて紛争の危険性があるなという意識が、「だからやらなければいけない」という意識なのか、「心配だな」という意識なのか、この2つは違いますよね。その調査の結果を見ますと、それが心配しているような雰囲気であるように私は感じます。もう1つ、この設問が非常に難しい設問なので、中国の人が本当に答えられたのかというのもありますが、やはり東アジアの安全保障を恒常的に議論する多国間の枠組みが今ありません。北朝鮮の問題に関する枠組みはあるのですが。東アジアに関してはないので、何かあった場合にどうするのかということが懸念されています。そこで、そういう仕組みが必要でしょうかという設問を用意し、今回、日本と中国の国民に聞いてみました。
僕はこれが非常に難しい設問だと思っているのですが、日本は半数の52%が必要だと思っていて、また42%がわからないと答えています。当然わからないというのがあるのですが、半数の人が必要であると思っている。日本の有識者に聞いた別のアンケートでも8割ぐらいの人がそうした枠組みが必要だと考えている。つまりそういうことが懸念されるから何かをしなければならない。中国の人は47.1%が必要だと。これも半数ぐらいの人が必要だと考えている。必要でないというのも38%ある。この38%がどういうものかというのはあるのですが、ここはわからないというのが素直なところだと思います。半数以上の人が、日本も中国も必要だと考えている。
宮本氏:私はもういつも言っているのですけれど、中国は経済成長を続けなかったら、本当にあらゆる問題が発生して、極端なことを言えば、共産党の統治自体が危なくなると思っています。経済成長は何が何でも続けなければいけない。ですが、グローバル化した今の国際経済で、国際協調なしに経済成長は続けられない。だから、中国のものすごく大きな必要性は国際協調にあるわけです。だから、それを損なってまでという、1つの大きな壁があるというのが1つと、2つ目に、今、進軍ラッパを流しても、アメリカ相手に有利な戦争を行えるなんて思っている中国人は1人もいないと思いますね。やっぱり圧倒的にアメリカが強い状況ですから。したがって、軍事的に物事を解決するという動きにすぐ行くという気はしませんね。ちなみに、フィリピンでも、フィリピンは海軍を出しましたけど、中国はまだ海軍出さずに我慢していますよね。
工藤:高原先生はどう思われます?
高原:真面目に考えると、戦争なんてありえないというのが常識的な考えですよね。ただ、中国の人たちが、さっき話したような、ある種のフラストレーションがたまってきている面があるので、やや深く考えないで答えている面もあるのかなという気もしないでもないですね。色々な意見が国内にあって、例えば、皆さんご存知のように、中国では国防費が増えているわけですね。治安対策費もそれ以上に増えているのですけれども。国防費がどんどん増えてくると、「軍は一体何をやっているんだ」と、「俺たちの税金無駄遣いか」と、そういう声が出てきたりします。そういう非常に複雑な心理状況が中国社会の中で起こっており、そういったことがこういった数値として浮かび上がっている気がします。
中国は軍事的情報の透明化を進めるべきだとの強い声
工藤:この軍事的な問題というのは、今度の僕たちの「東京‐北京フォーラム」で中国の人と本気で議論しなければならないなという風に思っていますが、実を言うと、両国の軍事的な脅威を何故感じているのか、と。ここがやっぱりむしろ誤解があるのであれば、きちんと言わねばならないことは言わなければいけないという問題があると思います。日本はなぜ中国に軍事的な脅威を感じているかということなんですが、近年どんどん増えて今回もすごく増えた回答は、中国の軍事力が大きいからとか増強しているからではなくて、中国の軍事力についての情報が少ないからと、つまり中国の軍事的な情報の不透明さを指摘する声が日本国民の中ですごく増えているのですね。今年は51.8%で、去年が27.5%ですかね、2倍くらいになっているわけですね。ということは、こうした点を中国がきちんと説明していかないと、日本人は中国に対して脅威感を強めてしまうわけですね。
中国人の方は、昔の侵略戦争の認識が欠けているというのもあるんですけど、増えているのは、日本の軍事力が既に強大だからとか、尖閣問題です。さっき宮本さんがおっしゃっていましたけど、日本はアメリカの援助を期待しているとか、どうしてこういう話になっているのかわからないけど、こういう認識になっていると。あとは日本自体が軍事大国になろうとしているからとか、なんか、こういう感じなんですね。だから、こういう問題というのが、お互いの国民の中にあるとすれば、それについて何かを議論しなければならないと思うのですが、宮本さんはどうでしょうか。
宮本:前に、工藤さんが問題提起された安全保障を語り合う場が、話し合い以前に必要だと言う人が中国でもやはり結構高い割合であった、と。それは、これまで中国は国際社会に協力することにものすごく消極的でしたからね。最近でこそ一生懸命やっていますけれども。やはりアメリカが関与したものの中に入っていったときに、どういう結果になるかについて自信が持てなかった、と。これだけの人が、多国間の枠組みを作ったほうがいいということになったのは朗報だと思いますね。
しかし、同時に中国が我々に脅威を与えている最大の理由は、先程の世論調査のように、軍事的な透明性が足りない。何の為に何をしているのかということを説明できていないんですよね。中国としては一般論で、「我々は平和発展を中心として中国の軍事戦略は作られている。軍は党に従う。したがって何の心配もいりません」なんて説明されるんですよね。僕らが心配しているのは具体的な軍事的構造が、その大きな平和な発展というものとどういうふうに結びつくのか、それの詳細な説明が足りない。
工藤:だから中国はきちんと説明すればいいと思うんですけど、高原先生どうでしょうか。みんな不安になっているわけですよね。
高原氏:そうですよね。まあ、昔と比べれば少しずつですけれども透明度は上がっているではないかという中国の人もいて、それはそれで事実で、たとえば、日本の防衛白書のようなものが、ちょっとずつ分厚くなっていっている。もちろん我々のものと比べるとまだまだ薄っぺらなわけですけれども。今や、影響力の大きな大国になったわけですから、その責任の一環として、国防力についての透明度を高めるということをもっと速い速度でやってもらいたい。それは中国以外の世界中の国の願いだと思うんですね。
日中間の領土問題の有無とその解決を考える
工藤:ちょっともう時間がなくなったのですが、最後に、今回僕たちの世論調査で初めて、領土問題を聞いてみました。この問題は2つあってですね、やはり先程の日中関係の障害でも領土問題が圧倒的に多いわけですね。日中首脳会談でも、領土問題を議論すべきだというのが多いんですね。では、日中関係で領土問題はあるのか。日本政府は、領土問題はないとしています。尖閣は法的にも位置的にも日本の領土ですから、「ない」と言っていいのですが、ただ現実的にはここまで大騒ぎになっているという状況を国民はどう思っているのかということを聞いてみました。
そうしたら、領土問題は日中間にあるのかという設問に対し、中国の人の59.3%は存在している、と。領土問題はある、と。これに対し、日本国民はもっと多い62.7%が領土問題はあると答えている。つまり、外交上、政治上、大きな問題になっているのではないかという認識を持っているということですね。それから、もうひとつ、この問題をどう解決すればいいのかということを聞いていまして。そうしたら、これは実現性が遠いかは抜きにして、国民が一番願っているのは日本の4割が、両国間で速やかに交渉して解決して欲しい、と。中国は52.7%、半数を超える人が両国間で速やかに交渉して解決すべきだ、と。それで、中国は3割近くが解決は急がずに対立の激化を防ぐべきだとする声があって、日本は同じくらいの比率で29%、3割ぐらいは国際司法裁判所に提訴する、と。こういうふうになっているわけです。このことについて一言、この続きは本番の東京-北京フォーラムでやらなければならないのですが、一言ずつお聞きしたいのですが、どうですか。
加藤:私は、尖閣は公的には日本の領土ですから、全く中国と話し合う余地はないというのは、これは建前上どうしようもないと思うのですが、たとえば現実に日中間で軍事的な脅威を感じる理由として中国の船がしばしば領海を侵犯する、ないしは領海を侵犯しないまでも、その尖閣のすぐ近くまで漁船がくるわけです。これに対して日本側はけしからんと怒るのですけれども、実は日中漁業協定だと、あそこの海域というのは尖閣から12海里よりも内側は別としてそこから外は、中国の警備船が来て中国の漁船を取り締まるのは、あるいはパトロールすることは双方が認めていることなのですね。
ところが、それはものすごくおかしな漁業協定です。本来ならば変えなくちゃいけないのに変えられない。そういう問題がもはや話し合う余地なしということになっているからです。そうすると、中国の船はいつまでたってもそこにやってくるわけです。日本側がそれに対してピリピリしなければならない、そういう状況が続くというのはあまり好ましいことではない。現実的に、お互いが傷つかないようにどうやってするかという、話し合いの糸口というか、決して法律上の問題ではなくて、お互いにどうやってお互いを刺激しない、あるいは本当にその問題で友好関係を傷つけないようにするためにはどうしたらいいかということをもう少し考える必要があると思います。
工藤:そういう段階に来ているということですね。高原先生はどうでしょう。
話し合いで解決できないなら、パンドラの箱に戻すのがいい
高原氏:話し合いで解決するというのはほとんど期待できないのですけれども、agree to disagree ということにして、両方が、この問題をパンドラの箱にもう一度戻すことで合意する。蓋を開けない。そういう話し合いならいいと思います。
工藤:宮本さんはどう思いますか。
宮本氏:世界の領土問題の解決といっても、極端なものは軍事力で解決する、もう一つは政治力で解決する。中国とロシアはおたがいの主張の真ん中をとってやりましたよね。尖閣問題に関して言えば、そういうのはとれないだろうという気は強くします。至極はっきりした問題で、国民世論がこれだけはっきりしている訳ですから、なかなか動けない。そうすると、高原先生の表現のようにパンドラの箱に戻す、その中身は何かっていうと、色々な具体的な方法が考えられると思うのですが、基本的にもう一回しまい込んでしまうという発想で、この問題に対応できれば、そういう意味での解決、外交上の問題としての尖閣問題は解決することは可能であると思います。
工藤:やっぱり、この尖閣領土問題に関して、領土問題そのものだけでなくて、国民感情に火がついてしまっている状況ですが、それとそれをどういうふうにして克服するのかということをそろそろ考えないと大変な世論になってしまうかもしれないということを非常に感じます。この議論は7月の2日・3日、実際に、日中関係はいま非常に雰囲気が良くないですが、議論していこうと思っています。中国の人たちも50人ほど、東京にくることが決まっています。その2日・3日の議論の内容は言論NPOのホームページでもオープンにしますので、ぜひ皆さんにも見ていただければと思います。今日のお三方ですが、高原先生は実際の会議には出られませんが、最終日は出られるということです。皆さん対話に参加されますので、そこできちっと本気の議論をしていきたいと思っています。それでは今日は皆さんありがとうございました。
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2012年6月26日(火)収録
出演者:
加藤青延(日本放送協会解説主幹)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第2部:変わり始めている中国国民の意識
工藤:話を続けます。軍国主義というのは日本人から見ればすごくショックだと思う。なんでこのような意識になるのだろう、と。それで、ちょっと考えていることがあるのですが、この世論調査をやった時に中国の学生にも聞いてみたのです。北京の7大学に聞いたのですが、日本はどんな国かと聞いたら民族主義の国と答える人が67%で、それに並んで資本主義と答える人が69%いました。資本主義と民族主義が並んでいる。そして軍国主義というのが、学生たちでもやはり45%で、増えています。これはどういうことなのでしょうか。高原さん、この民族主義とか軍国主義とかの定義は、日本人と違うものなのですかね。
中国側になお残る被害者意識
高原:ひとつに、学生だけではありませんけれど、中国側に被害者意識が相変わらず残存していることが挙げられます。敏感に日本側の言動に反応しているというのがおしなべて見られる傾向だと思います。それと関わるのがテレビ、映画で抗日戦争ものが相変わらず非常に多く、"日本=軍国主義"というある種の刷り込みが続いているということもあると思うのです。それが今年増えたというのは先ほどから話が出ているように、石原発言のようなことがおそらく影響している。もしかしたら何か映画の影響みたいなものもあるのかもしれないと思います。
工藤:確かこの世論調査をやったのが、4月の末から5月にかけてなので、石原さんの発言の後ですよね。日本の今のこういう状況というのは中国社会でどういう風に報道されているのでしょうか、加藤さん。
加藤:報道はされているのですけれどね。やはりひどいことをしていると書いていますね。本来ならば中国の立場というのは「尖閣というところは中国のものだ」というわけですから、そこで持ち主が誰になろうが、中国からすれば関係ない話なのですよ。最初から自分たちは無効だという主張をしているわけですからね。にもかかわらず、こっちで買ったら買う人はけしからん、とか。それは現状維持に反するからそういうことになるのだろうと思うのですけれど。やはり報道として何かおかしいな、と思います。
工藤:ただ、日本も色々な多様な議論があるわけで、一つの議論だけが出ているというのはメディアの問題もあるのかもしれないですけれど、別の意見を積極的に言えばいいと思うのですね。それで色々な意見があるというのならわかるのですが。多分中国の中の一つの意見しか聞こえてこない状況が今あるのですが、そういう点で言えば、政府も含めて発言が足りていないような感じが少しするのですが、どうでしょう。
フィリピン、ベトナムとの領有権問題も過激化に拍車
宮本:中国人から見ますと、尖閣の問題がこれだけヒートアップというか熱を帯びた1つの背景はフィリピンとの領有権の問題がものすごく大きなインパクト、争点になっていましてね。これはもう中国のネットでも大騒ぎで、最近ベトナムともやりましたね。こういう領有権を巡る問題が中国の中で全体として大きな争点になってお互いに刺激し合いながら過激な発言に向かっているということだと思います。他方、中国当局の方は意識的にそういうところにまともな意見が入るように努力をしている気配はあると思います。日本の場合、ちゃんと政府のスポークスマンは発言しているのですけれど。
工藤:発言しているのですか。
宮本:ええ。しかしながら、それが中国国民にきちんと伝わっていない。ということで、中国のまともなマスコミによる「日本政府はそういう風に考えているのではないか」という報道を最近読んで、ちょっと驚いたのですけれど。言論NPOのこういう努力が、「日本社会には色々な声があるのだ」ということを中国の人に伝える役割を果たしていると思います。
工藤:それは例えば、こういう風な軍国主義とか一つの方に振れる傾向が見られる一方で、中国社会には対話の動きがあるということも今回の世論調査では見られるのですね。例えば、これは両国関係の発展を妨げるもの。これは両国関係に関しても、「今の現在の日中関係は良くない」という見方は日本にも中国にもかなりあってですね。まあ、いつも中国の方がちょっと楽観的なのですが。ただ、経年で見ると「日中関係は良くない」という意識がどんどん高まっているんですね。ただ、それに続く質問で、「両国関係の発展を妨げるものは何なのか」ということを日本と中国の国民に聞いてみたのです。これを見るとやはり一番大きいのは領土問題。日本は領土問題が障害だというのが7割近い、69.6%ですから7割くらいあるのですね。中国は51%。まあ、去年は59%ですから1年経ってそれがちょっと減少していると。僕は下の方で見て気になったのは中国国民のナショナリズムや反日行動が日中関係で障害になるのではないか。当然日本の人は19.6%それを感じているのですが、なんとそれよりも多い21.3%の中国の人が「中国国民のナショナリズムや反日行動が障害になるのではないか」と回答している。これはどういう風に見ればいいのか、高原さん、どうでしょうか。
中国では経済発展による隆盛と深刻な社会問題とがナショナリズムを育む
高原:一言で言えば、自国の社会のことを客観的に評価できる能力が高まってきたということではないかと思うのですね。もうひとつは、じゃあどうして中国国民のナショナリズムが高まるのかということなのですけれど、2つの大きな要因があると思っています。1つはもちろん、自国の隆々たる台頭に、中国国民は自信を持つのでナショナリスティックになるという要因と、もう1つは、実は中国のその発展の内実がかなりいろいろ深刻な問題をはらんだもので、現状に対する不満、将来に対する不安という風に呼んでいますけれど、そういう行き詰まり感みたいなものが中国社会の中にも広がりつつある。そうした自信と不安がないまぜになったような社会的な心理状態、これがナショナリズムを育む豊かな土壌となっている、そういうことではないかと分析しています。
工藤:非常に深い分析ですね。宮本さんはこの現象をどうお思いですか?
中国では4人に1人が大学に行く社会に
宮本:やっぱり中国社会が変わってきた大きな証拠だと思います。調べたことがあるのですが、1998年の大学進学率はたった6%でした。それが2008年、たった10年で23%にまで増加しているのです。おそらく今は25%に迫っているか、超えたくらいではないでしょうか。4人のうち1人が大学教育を受けるような、そういう社会になって情報量も増えて自分で考えることができる中国国民が増えてきたということを、この数字は表していて、これは良い傾向だと私は思いますけれどね。
工藤:こうした中国国民の意識の変化は、国民に余裕が生まれて自国を冷静に見られるようになったということなのでしょうか。
加藤:このように考えられないでしょうか。元々、中国のナショナリズムはものすごくありました。反日デモの時も若い人はみんな反日だったはずですし。今、ここでそれが日中関係を妨げる要因として挙げられてくるようになったということは、「それが自分たちにとってマイナスの要因だ」という風に思う人が出てきたということですよね。つまり、今までは「ナショナリズム」、「反日」というのは妨げる要因ではなくて当然のことだと思っていた。それがそうではなくて妨げる要因として「良くない」、または「それは一部の人たちがやっていることだ」という認識を持つ人たちがこれだけ出てきたということで、それは逆に言うとやっぱり宮本さんがおっしゃったようにすごく良いことだと思います。中国人の中でも意見が多様化してきて、日本に対する考え方、あるいは自分たちのナショナリズムに対する考え方も変わってきている。そういうことを示すものになっている。また。それが今回の世論調査に正確に反映されてきたという意味でも、この世論調査の正確さが示されたのではないでしょうか。
中国には自国の問題を認識する声が増えている
工藤:世論調査には、もう1つ歴史問題の質問もあり、「日中間の歴史問題で解決しなければいけない、解決すべき問題というのは何なのか」という設問があるのですが、その時も「あれっ?」って思いました。今までは歴史問題というと相手のことを言うのです。日本で一番多いのは中国の反日教育についてです。それから「教科書の内容がおかしい」とか、それから「中国メディアの日本に対する報道がおかしい」とかもあります。日本ではこういう相手国の問題を指摘する声がやはり増えている。いつも増えているのですよ。
驚いたのは、中国のそういう相手国に対する認識はもう大きくは増えていない。たとえば、南京大虐殺に対する認識も2%減りました。それから日本の教科書問題に対する認識もあまり変わっていません。日本のメディア報道に関しても11.9%から11.5%とほとんど変わっていない。ただ、増えているものがあるのです。これは3つあります。目立って増えているのは、1つが中国の「歴史認識」と「教育問題」です。それが25.6%から32.5%まで増えている。これは中国人の世論調査です。それから「中国メディアの日本に対する報道」、それが15%から20%まで増えている。それから「中国の政治家の日本に対する発言」です。僕は日本人の政治家が結構刺激する発言をしていると思っていたのですが、中国の人たちの中にも中国の政治家の発言を指している人がいるのですね。中国の政治家の日本に対する発言が16.4%から22.4%まで増えている。何か自分たちの国の問題を指摘する声が増えているという現象、これを見ると、1つの傾向として認識していいような気がするのですが、加藤さん。
加藤:まったくおっしゃる通りで、先ほどの話と同じだと思うのですね。今まではそうするのが当たり前だと思っていたから解決すべき問題だとは思っていなかったけれど、今回は解決すべき問題、つまりマイナスの要因として自分たちの国の歴史教育の問題とか政治家の発言とかメディアの報道、こういうものを挙げ始めたということは自分たちの中にそういう問題があるということを考え出すことになった。つまり、より客観的に日中関係あるいは自分の国の持っている弱点を正確に把握して答えられるそういう土壌ができたということですね。これは今までの世論調査ではなかったすごく新しい傾向だし、中国の社会が変わってきたという感じがします。
工藤:一方で、中国の歴史認識と教育問題とか中国の政治家の発言というのは政府に対する批判になりますよね。こういうことが世論として見えてしまうという状況に対して高原先生はどういう風にお考えでしょうか。
高原:まあ、細かく調査しないとわからないことだと思いますけれど、想像するに、中国のいわゆるマスメディアが、他の情報源からいろいろな情報を得て情報を相対化して評価できるようになってきているということではないか、と強く推測できます。
工藤:宮本さんはいかかでしょう。
中国は良い方向に変わりつつあると実感
宮本:中国社会もそういう意味で「良い方向に変わりつつあるな」と最近実感したのは、しばらく前に中国に行って30代、40代の若い人たち、高等教育を受けた人達と話をして日本の立場をよく説明したのですね。なんで日本はそういう立場をとるのか、と。すると、彼らの反応は反発ではなくて、「考えてみれば自分たちは一回も日本の立場に立って考えたことがなかったな」というのが彼らの反応でした。こういう中国の人たちも出てきたのか、と。私とそういう対話ができるのか、と非常に感銘を受けましたけれどね。中国社会は確実に変わっているのではないでしょうか。
工藤:これは一方で中国国民の自国に対する政治批判が増えていることが、これの要因として捉えられないですかね。
宮本:それはそうなのですけれどね。政治批判は昔もありましたけれどね、それを自分の言葉というか自分の考えで表現する市民が増えたというそういう側面と、それから中国自体の社会の管理が昔よりはよくなってきたという側面といろいろな面が絡んできていると思いますけれどね。高原先生が言われたように調査しないと推測の域を出ませんけれど。
工藤:そうですね。これはちょっと大きな変化で。一方で、それに対応して今度は日本を見れば、日本は非常に中国に対してはマイナスの意見が全般的に強まっていますよね。そこで、加藤さんは日本メディアによる中国報道の構造に対してどのようなお考えをお持ちですか。
日本の外国報道はマイナスのニュース中心
加藤:どうしても日本の中国報道というのは辛口になりがちであると、これは仕方のないことだと思うのですね。私たちは中国だけじゃなくて他の国に対しても、「他の国はこんなに素晴らしい」という報道はあまりしませんね。事件とかいろいろな問題が起きた時に問題があるということで、どうしてもマイナスの面とか私たちにとって意外な面とか、こういうものを報道することになってしまうので、プラスの面とマイナスの面、どちらが多いのかというとそれはマイナスの面が多い。これは中国だけにかかわらず多いのですが、ただ、中国のニュースというのは隣の国でもあるということもありますし、私たちとのかかわりも非常に大きいものですから、非常に多くのニュースが流れます。それがやはり、マイナスなニュースであることが多く、そうしたニュースが多く流れることで日本の視聴者あるいは国民の方や新聞読者の方が、どうしても中国に対してマイナスイメージを抱くようになってしまうかもしれない。「こんなに良いことをしました」、というのはなかなかニュースにはなりにくいというか、新聞にも出しにくい。その辺が我々マスメディアの1つの限界でもあるし、これからその部分をどう埋めていくのかということを考えるのが課題だと思います。
工藤:ただ、僕たちのこの調査なり対話を始めた2005年頃というのは、日本国民は中国について本当に知りませんでしたよね。日本国民の関心はほとんど歴史問題でしたから。それから見ると、メディア報道も結構相手のことを伝えてきていて、色々な形の多様な情報を得られるチャンスは出てきていると思うのですね。ただ僕が気になっているのは、知れば知るほど中国との違いが見えてくるじゃないですか。それから宮本さんも先ほどおっしゃったように中国は経済的にすごく大きい。それを日本国民としてどう判断すればいいのか。なかなか僕たち自身も両国に違いがあるということを捉えきれない、そうした問題が出ているという気がしないでもありません。高原先生はどう思われますか。
高原:まったく国情や制度が違いますし、色々な意味で日本と中国は違うわけですので、分かりにくいというのは当然のことだと思うのですけれど、ちょっと気になるのは、加藤さんなどメディア関係の方を前にして申し訳ないのですけれど、1つの設問で「自国の新聞や雑誌、テレビの報道が両国関係について客観的で公平な報道をしていると思いますか」という問いがありまして。一般世論は変化がないのですけれど、有意識者に関しては「そうは思わない」という人が2ポイント減っているくらいなのですが。
工藤:日本の有識者ですね。
高原:客観的な報道をしているとは思わないという人のパーセンテージが7.5ポイントも増えているのですね。だから、ちょっとメディアの報道のあり方が変わってきた、そういう認識を持つ有識者が日本でかなり今年は増えたというのが事実だと思います。
工藤:そうですか。それがやはり一般の世論に影響しているのかもしれないですね、報道の内容が。
加藤:そこのところは、私も是非知りたいところなのですよね。私たちが報道している内容が要するにマイナス報道が多すぎて実際よりも悪く言っているという見方なのか、逆に本当はもっと悪いのに我々は良く中国を報道しているという意味で信頼できないのか、その辺を私たちはもっと知りたいですね。
工藤:前者のような気がするのだけれど。確かにこの調査では、わかりませんよね。それでは、もう一回休息を入れて最後のところに入りたいと思います。