工藤:こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。昨日の党首会談で野田さんが16日、つまり明日解散をするということになりまして、一気に総選挙という状況になりました。言論NPOは、この言論スタジオで今度の選挙の準備として有権者にきちんとした政策を考え、選挙の時に自分の意思を表明してもらうための議論を行ってきました。選挙というのは有権者にとって民主主義の中に占める重要なチャンスですから、私は今日もきちんと議論をしてみなさんにできるだけ色々なことを考えていただきたいと思っております。今回は日本の成長戦略についてです。私たちは以前もお話ししたように、アンケートを取った時に今回の選挙の争点は7つもあり、成長戦略は3番目になっていました。今日は、この成長戦略を考えていく上で、なくてはならないという人にゲストに来ていただきました。ゲストのご紹介です。まず法政大学大学院政策創造研究科教授の小峰隆夫さんです。そしてお隣が学習院大学経済学部教授の宮川努さん。最後に、言論NPOでいつもお世話になっておりますが、日本総研調査部長の山田久さんです。
第1部:野田政権「日本再生戦略」の評価は?
家計所得を増やす道筋が見えない
工藤:さて、成長戦略といっても非常にわかりにくいのですが、ただ政権は日本の経済を成長させなければいけないということで、そういうプランを何回も出しているんです。今年7月には野田政権で日本再生戦略というものが出されているんですが、まずこの評価から、山田さんからどうぞ。
山田久:元々、政府は成長戦略というのはある意味、内閣が代わるごとに出してきているわけです。民主党になってからも菅内閣の時に一回、新成長戦略というものを出して、それが野田総理になってからその間に震災がありましたから、その環境変化を踏まえて新たに再生戦略というのを出したというものです。
工藤:ということは、この成長戦略というのは繋がっているのですか。
山田:そうですね、それなりに個別の政策なんかは連動性があるかと思っています。逆にいうと、同じ構成をしているということなのです。そういう意味では、その前から自民党の内閣の下でもされてきたのですけど、だいたい同じような構成になっていて、前の方に、こういう形で経済成長が大事だ、と総論的な話がざっと書いてあって、後に個別政策がざっと羅列されている形になっているのです。最後に工程表というか、いついつになるまでに、というものがばっと書かれているという構成です。これはずっと変わっていないです。それを見ていますと、最初の総論のところに経済成長を持続的にしていく時のメカニズムというのが、どこまで掘り下げて書かれているのか、いつもよくわからないのですよ。
工藤:メカニズムというのは何ですか。
山田:例えば、経済成長を持続するということになると、まず何か需要があります。需要があってそれに応じた生産、企業活動があって、それで利益が上がってくる。その利益が家計に分配されて家計所得が増える。家計所得が増えて、これがまた売り上げに繋がっていく、そういうふうな連関があります。そういうものがあんまりよく見えないのです。一言でいうと、その産業政策的な、元々経産省が土台を作って、というところなのです。そういう意味では、確かに人口が増えて自動的に需要が増える社会だったら産業だけやっていればいいのですが、今はもう賃金が下がって人口が減っていますからどうやって最終的に所得まで、という。
工藤:そこのどこのところを強化したいのか、というのが見えないということですよね。
山田:総論的にはそのメカニズムが見えないのです。産業サイドだけの話で終わってしまっているという。それとあとはやはり個別政策、ターゲティング・ポリシーといって、有効性そのものが論点なのです。個別の政策をどこまで政府はできるのか、個別の分野を成長させるのか、それなりのやはりロジックというか、きちっと整理した上でそういう提案をしないと駄目なのですけども、今回はわっと羅列されていて、しかもその優先順位が見えないのです。結局、資源は限られていますから、調整していくにも。だからそういうメカニズム、要は所得、最終的にはやはり家計の所得を増やしていかないと駄目という、そういうメカニズムが見えない。それから個別のターゲティング・ポリシーの有効性がはっきり考えられない中で、個別政策を悪くいうと羅列してしまっている。最後にその優先順位が見えない。私はその三点が共通して問題点にあるのではないかと思っています。
工藤:ということは、ほとんど効果がないのではないかと言っておられますが、そういうことでいいのですか。
山田:結果としてそうなのです。では、経済成長しているかというとね、いやゼロとはいいませんよ。
「政策の使い捨て現象――継続性のある経済計画を」
工藤:はい、わかりました。じゃあ小峰さんに聞きたいのですが、色々な経済的な成長戦略が何回もあると、それはちゃんと実行されているのか、効果が上がっているのかわからないまま、また別な計画が出るみたいな感じで、計画のありがた味がちょっと見えなくなっているんですが。そういうことを踏まえてどういうふうに考えればいいのですか。
小峰隆夫:私はそれを政策の使い捨て現象と呼んでいるのですけど。
工藤:まったくそうですね。
小峰:内閣ごとにこういう政策だといって、次の内閣になると次の政策がまた出てきて。最初にいいことを言っても、それは使い捨てで、また次になって、それが繰り返されてきているという。成長戦略というのは長期的に一貫してやらなければいけない問題なので、これはかなり大きな問題だと思うのです。
工藤:昔、歴史的にいえば色々な経済計画というものがありました。そういうものと今のこの問題は違うのですか。
小峰:これは重なっているのです。これはですね、私に言わせれば作り方の問題なのです。つまり成長戦略をどうやって作るかという問題なんですが、私は昔の経済計画的な性格をもっと入れた方がいいと思っているんです。経済計画の役割というのは、一つは総理が今度こういうことをやりたいと思う。だけどそれは総理のアイデアであって、それは直接政策にはならない。そこで経済審議会で有識者が集まってそれを政策ベースにするにはどうしたらいいかということで、色々と揉むわけです。そういう間にだんだん現実的、リーズナブルになっていって、さらにそれをやっている間に、その議事録を出したりしていますから、だいたいどんな議論が行われているのか、みんなわかるわけです。参加している人も組合の代表、消費者団体、企業関係、学会関係、色々な分野の人がああだこうだ言っているうちに、だいたいこういうのがコンセンサスじゃないかというのができてくる。それを審議会が答申して、閣議決定するというプロセスですので、それができた頃にはある程度長期的な方針としてかなり確立したものになっているのです。その辺が民主党の時には官僚依存から政治主導へ、ということになってしまったので、経済計画的な官僚も入ってびっしりやるというのもそれはそれなりに問題があるのですけれども、民主党みたいに政治家がどんどん決めてしまうというのも、それなりに問題がある。だから上手くハイブリッドなものをこれから作っていって欲しいなと思いますけど。
工藤:今の話は僕もちょっと気になっていたのですけども、計画を作る時にも有識者だけじゃなくて色々な官僚も入ってとか、そういう形の方が動きやすいと。今回はそうではないから実効性に関して結構、疑問があるということでしょう。
小峰:ええ、これは色々なメリット・デメリットがあって、あまり官僚が出ていくとこれは本当に官僚の思い通りになってしまうという。だけど逆に政治家だけでやると今度は現実性のないものになってしまう。有識者だけでやると今度は誰が有権者の代表なんだ、という問題が出てくるので、どこかに偏してはいけない。その三つがうまくバランスのとれた形でやっていく必要があるのですけれども。ですから昔の経済計画に戻せというわけではなくて、今の成長戦略の作り方に、もっと有識者の議論なり官僚の継続性を持った考え方なり、そういったものをもうちょっと入れた方が長期性のある着実なものになるのではないかということです。
工藤:宮川さんどうですか。今の二人の話を踏まえながら評価してみると。
「間違いではない成長戦略」
宮川努:私も今年8月、日本経済新聞の経済教室に書いた時に、もう毎年のように内閣が代わるたびに中期計画だとか、成長戦略が出てきていて、非常にインパクトが薄くなっているということは申し上げてきました。ただ成長戦略そのものは決して悪くない、成長戦略を打ち出すこと自体はこの時期必要だな、と。ヨーロッパ、アメリカ、日本も大きな金融危機を経験したわけですけれども、その金融危機の時に最初にやるべきことは、実は金融システムの安定化ということで、これは中央銀行とか金融当局がしっかり頑張って金融システムの安定化政策をやらなきゃいけない。ただ、金融危機が起きた時の経済の落ち込みというのは通常の不況よりも深くなりますから、そこからどうやって脱却するかという時には、単に金融政策だけでは賄えない。そういう時に、その国の実質上に応じた適切な成長戦略が必要になる。そういう意味では2000年代から日本が成長戦略を打ち出してきたこと自体は間違いじゃないと思います。ただ、あまりにも何度も何度も成長戦略が打ち出されてきている。そもそも中長期のビジョンを出すべきものが、毎年変わってしまうということで、ちょっと一般の人から、またかなり政策に興味のある人から見ても、関心を持たれなくなってしまうという現状になってきていると思います。
工藤:確かに僕もそう思っていまして、それでアンケートを有識者の方にしてみたのです。それで「7月に閣議決定された日本再生戦略というもので、日本経済再生の道筋が示されたと思いますか」という質問に対して、「示されていない」が32.9%、「どちらかといえば道筋は示されていない」が34.3%ですから7割近い人が、この日本再生戦略に期待をしていないということですが、これはどういうところにあるのでしょうか、一言でいうと。
山田:先ほどの我々の議論の中に集約されているのではないでしょうか。継続性が見えないとか。
工藤:確かにそれはあります。そもそもの議論なのですけど、この経済成長戦略というのは何を出すんですか。最近、名目成長率をどうするかとか出るじゃないですか。それは成長戦略の目標になるのですか。政府は成長ができるような基盤とか色々なシステムとかということなのですが、それがなかなかこのメッセージで伝わってこない、成長戦略をどう見ればいいのかがわからない。「何なのこれは」、という感じがあるのですけど、それはどうでしょう。
小峰:これは成長戦略に何を期待するかということなのですけれども、よくあるのは将来ビジョンをちゃんと示して欲しい。それでさらによくあるのは、明るい展望を示して欲しいということもよくあるのです。国民に元気を与えるようなものにして下さい、というのがあるのですけど。それで例えば名目3%、実質2%の成長を実現します、とか。それから健康分野に50兆円の需要が出て284万人の雇用を創出します、とか。こういう元気のいい数字がどんどん出ているのです。これはビジョンを示そうとすると、どうしてもそうなってしまう。しかし、もう一つはその実行計画、実際にどういう計画でやるのかという実施の方針を示してくれということだと、これは成長を例えば名目3%にしますといってもですね、過去20年間名目3%なんて実現したことがないわけで、政府が宣言すればできるというものではないわけです。そうすると今度は、じゃあそれをやるために何をするのですか、ということが必要になってくる。これが実はちょっと食い違っていたのです。ビジョンでいいことを言おうと思うと、どうしても元気のいい数字がポンポン出てくるのだけれども、それは必ずしも実行計画で担保されているものではないということになってしまう。
工藤:だから一般の人は、こう元気のいい数字が出てもそれがどういうふうに実現するのか、多分、みんなほとんど分からないと思うのです。
小峰:これは目標の出し方で、かなり難しい問題になるのですが、今工藤さんがおっしゃった名目3%、実質2%なんていうのは、政府のコントロールできる範囲を相当超えているわけです。政府が思ったからといって簡単にできるわけではない。そうすると、例えば私が、気がついたのは医薬品とか、医療機器とかそういうことで何兆円の需要が出てきますというふうに言っているのだけれども、これは政府がコントロールできるわけではない。民間企業が一生懸命開発してやるわけです。政府ができることは、書いてあるのは例えばフィスカル・ラグというのだけれど。
工藤:タイム・ラグですね。
小峰:タイム・ラグ。医療の検査期間を短くするとか、診療機械も認可を早くするとか。
工藤:それは書いてあるわけですよね。
小峰:書いてあるのですが、これこそまさに政府ができることなのだから、そこに例えば検査期間を今3年かかっているのを2年にします、とか。これは政府のできる目標なのです。ところが実際に出てくる数字が、政府が必ずしもできない数字ばかり出てきていて、政府が本当にやらなければいけない数字がない。なんでないのかというと、その数字を出してしまうとできなかった場合に当然責任が出てきますから。それは、役所は出したがらないのですけど。
工藤:でもそれを出すから検証ができるわけですよね。
小峰:そうですよ。だから本当に政府ができる数値目標を出すというのが必要。
中途半端だった日本再生戦略
工藤:宮川さんどうですか、自民党からも出ると成長率を競うような、数字の競い合いみたいになってしまって。何をしたらいいのかわからなくなって。だからこの計画を本当に成長させなきゃいけないわけです。
宮川:でも、おそらくこれからの成長率のベースになるのは、このアンケートにもありますけれども、エネルギー政策ではないかと思います。エネルギーをどう使っていくか、もしくはエネルギー価格をどういうふうに抑えていくかということが、かなり大きな経済成長率を決める要素になると思います。先程おっしゃった問1で、60%ぐらいの人が、あまり道筋がわからないというのは、菅内閣の経済成長戦略と今回の日本再生戦略の間に東日本大震災が挟まっているわけです。だから東日本大震災という大きな災害があって、そこから再生しようというようなメッセージを込めているにもかかわらず、エネルギー戦略みたいなものは、まだこの時点では決まっていなかったわけです。環境エネルギー会議でまだ議論していたところで、それにかなり経済成長率というのは依存してくるところがあるわけです。ですから非常に中途半端な状態で日本再生戦略は出されたような気がするのです。
それはおそらくこの膨大な日本再生戦略というのが、各産業レベルで見ると各所管官庁からのある種の予算要求のための資料というか、そういうふうに使われているのではないかと。そうすると8月が終わるぐらいまでに出しておかないと、次の年度の予算要求に新しい弾として出せないというところもあったのではないかと私は思いますけど。
工藤:いや、たぶんそうだと思います。今回の成長戦略の案ずべき問題が出たのですが、ただ、日本経済の競争力を上げていかなければいけない、成長させていかなければいけないということは事実なのであって、それに対してどういうことを考えていったら成長できるのか、ということが必要だと思うのですね。先にアンケートの結果から皆さんにお知らせして議論を進めたいと思います。我が国の経済再生を果たすために何が最も大事か、ということで、例えば産業分野の話とか色々内容が出ると思ったのですが、上位に並んだのは、社会保障制度の立て直し、という問題ですね。高齢化で高齢者がどんどん増えて行きますから、それに対して費用負担も含めてどうするかということが決まってないのではないか、と。それからエネルギー。さっき宮川先生がおっしゃったように、エネルギーの安定供給ができないのに何が成長だ、と。それが35.7%。次にTPP(環太平洋経済連携協定)の推進が三番目。観光立国とか、医療介護の生活支援サービスとか具体的な話はかなり下になっていまして、その前に、環境システム、経済の基盤といったものに皆さんの関心があったのですが、これをどういうふうに考えればいいのか。
誰もが喜ぶことしか書かない再生戦略
宮川:要は、社会保障にしてもエネルギーにしてもTPPにしても、企業活動にとってはコストなのですね。これが今の日本の社会では非常に高いってことです。保険料は結局、企業が払わないと駄目だし、エネルギーコストもそうですね。それからTPPっていうのは関税なり色々なコストが上がっている。だから、個別政策は一生懸命やっているのだけど、それ以前に色々な障壁が多い。日本の中で経済活動をしていく障壁が非常に多い、そこの所をみなさん指摘しているのではないか、という感じを受けましたね。
工藤:このアンケート結果は健全ですよね。
宮川:そうですね。
工藤:小峰先生はどうですか。
小峰:これは、ちょっとびっくりしたのですが、私に言わせると、この三つは非常に重要だけれども、今の再生戦略に出てこないものなのです。
工藤:書かれてないことなのですね。
小峰:そう。というのは、社会保障の立て直しというのは、再生戦略では健康分野で医療とか介護で50兆円と言っていますけれどね、50兆円ってことは、自分で払うんじゃなくて社会保険で払うのですから、50兆円誰が払うんだって話になってくる。そうすると、これは明らかに社会保障制度と関連してくる。そこを言わなきゃいけないのだけど。
工藤:書いてない。
小峰:書いてない。それからエネルギーも宮川さんがおっしゃったように、非常に重要だけど、書いてない。TPPも、グローバル化とか農業再生にとって重要だけど、これも書いてない。だから、この三つは非常に重要だけれども、再生戦略に具体的なことは書いてない。何故書けないかというと私に言わせれば、書けば必ず反対者が出てくる問題ばかり。私に言わせれば、それは全部逃げているということです。選挙でも恐らくそういう話になるかもしれない。つまり、みんなが口当たりのいいことばかり言っている、本当に重要なことは出てこない、そういうことになっています。
工藤:これは、今の話を聞いてなおさら重要だと思ったのですが、宮川さん、どうでしょうか。
宮川:小峰先生がおっしゃったように最初の三つっていうのは再生戦略には書いてない。むしろ、戦略というより、成長基盤。これからの日本の成長基盤と言った方がいいですね。これをどう再構築するかという。社会保障制度についてもエネルギー安定供給についても、既存の制度を維持していくことは不可能ですから、これをどう再構築していくかということが今、凄く求められている。戦略っていうのはむしろ、下の四番、五番目だと思うのですね。いわゆる、新しいエネルギーをどう開発していくか、それから、その他のイノベーションをどう促進していくか。ここはもっと骨太に成長戦略として展開していかなければならない部分だと思います。ですから、このアンケートは、基盤の部分は一番大事なのだということと、それから、四番目と五番目で戦略としてはここを重視して欲しいということがよく表れているかなという印象は持ちましたけどね。
[[SplitPage]]
第2部:財政再建も、経済成長も
工藤:ということは、成長基盤の改革が重要なのに、政治がその課題に取り組めないということが非常に問題だということがわかりますよね。これをどうしていけばいいのかということなのですが、その前に、ちょっと財政健全化というのが入っているのですが、ここあたりをちょっと一回どなたか整理して欲しいですね。よく、健全化と成長を二項対立みたいに考えている人いますよね。これもやっぱり、基盤ということなのでしょうか。小峰さんどう思いますか。
小峰:これはですね、二つの大変、重要な柱になると思いますね。つまり、日本の財政は非常に深刻な状態になっているので、これを放置しておくと、これをきっかけに、相当経済がひどい状態になるかもしれない。で、国民生活も悪化する可能性があるので、これは何とかしなければいけない。それと同時に成長もしっかりやらなければいけないということですから、これはどっちかをやるというわけではなくて、両方同時に、並行してやるということですね。それで、お互いにお互いがプラスの関係がある。財政をしっかりする、成長をしっかりするっていうのは、成長が財政の役に立ちますし、財政がしっかりすればこれはやっぱり国民の安心感につながります。
工藤:そうですよね、ただ、政治の世界になってくると、別に考えている政治家多いですよね。財政再建でひしめいているから成長ができないのだとか言う人いません?
宮川:やっぱり、公共投資を通した成長という考え方が強いからではないですかね。
工藤:でも、今求められているのはそういう話ではないということでしょうか。
山田:そうですね、結局、色々な研究はありますけど、財政再建が増税でできたのか、歳出カットですね、歳出の改革でカットしたもの、ある研究者だと7割くらいが、結果的に歳出カット。でも、それで成長しているということは民間部分に色々なリソースが移動して、結局それによって経済成長がされて、結果として財政再建がされているということなのだと思いますね。逆に言うと経済成長しないと、財政再建もしないわけですよね。だから、それはまさに密接に関連している。別のものではない。
工藤:どちらもやらなければいけないということなのですよね。
宮川:そうですね。
工藤:だから、選挙の時はどちらもちゃんと主張しないとまずいよという話になると思うのですが、この三つの話が、政府レベルで曖昧にしてしまうと、政治レベルでも有権者に問う時に曖昧にされてしまい、基盤ができないという話になってしまうのですが、この三つがどれくらい大事な話かということで、皆さんのご意見はどうなのでしょうか。まず、小峰先生。
小峰:これはそれぞれ違った話になってくると思うのですが、社会保障というのは、さっき申し上げたように、これから新しい需要が出やすい環境にしなければいけません。そうすると、医療にしても介護にしても、当然需要は出てくるのですけれど。その負担はどうやって・・・
工藤:お金を誰が出すかということですね。
小峰:誰が出すかというところとうまく結びつけて、全部社会保険でやろうとすると、これは税金なり保険料なりを上げなければいけないので、相当、民間で、自分で払って。例えば医療だと、少しお金を払ってもいいからもっと進んだ治療を受けたいとか。混合診療ですね。それから、介護でも、もうちょっとお金を払ってもいいから、もうちょっと質の高い介護を受けたいとか、そういうタイプのものをやっていって、需要を思いっきり顕在化させるというのが、これがまさしく成長戦略。
工藤:ということは、日本の経済基盤を立て直す意味では、答えを出さなければいけない段階に来ているということなのですね。
小峰:ですから、その辺がやっぱり既得権益だとか、規制改革に伴う色々な問題があってなかなかできないわけですね。そういうことをやっているのがまさに成長戦略。
より再生可能なエネルギーの開発を
工藤:宮川さんはさっきエネルギーの事をおっしゃっていましたけど、どういうふうにしたらいいのですか、この安定供給というのは。
宮川:これは、恐らく四番目の再生可能エネルギーをどれだけ促進していくかということとペアになるのだろうと思いますね。で、環境エネルギー会議等でも三つの案が出されていて、私自身は原子力発電というのを当面活用し、かつ、厳しい基準を持ちながら運用していく、一方で、再生可能エネルギーで使えるものについて技術革新を進めていく。そこをかなり重点分野として、政府は補助していくという方向を採るべきだと思うのですね。経験が無いわけではなくて日本の場合、石油危機の時に、今まで石油に頼ってきたものを、原子力を含めて分散化していって、その時に省エネルギー投資だとか、研究開発投資をかなり増やしていったわけです。そのときの経験を考えれば、新たなチャレンジだというふうに言えなくも無い、と。もう一度新たにエネルギーについてチャレンジしていく、と。で、それは決して過去克服できなかったものではないというふうに私は見ていますけれどね。
工藤:これは政府そのものが、エネルギーの安定供給をどうすればいいかとか、原子力をどうするかって、結局曖昧で終わっちゃいましたよね。
宮川:それは今、宙ぶらりんなのですね。
工藤:だから、これもまた困っちゃいましたね。
宮川:これはやっぱりきっちり考えるべきです。色々な基準とかもまだ曖昧になっていますし、そこは負担せざるを得ないコストというのも出てきていますから、いわゆる火力発電への依存が増えているので、そこはやっぱりその部分を負担すべきは負担して、政府としては、より再生可能なエネルギーの開発に注力するというしかここは手が無いと思いますね。それを考えると、日本再生戦略で示した経済成長率というのはしばらくの間、多少は下回るという覚悟を持たなければいけないのはやむを得ないです。
工藤:いや、エネルギー計画の方を見ていたら、凄く成長率を慎重にしてある。
宮川:そうなのです、はい。
自由貿易を広げていく中でのTPP交渉
工藤:変ですよね。TPPの推進というのも、ようやく今やっているのですが、これはかなり重要だということは、宮川さん、続けてどうでしょうか。
宮川:TPPは、どうして論点になるかということが、あまり私自身が理解できていない。これは当然ではないかと。しかも、交渉に入るということだけですから、まだ、どういう経済効果が出るかどうか分からないわけです。経済的に見てもそれほど大きなインパクトがあるとは思えないのですね。ですから、これをどうして大きな争点にするかというのが良く分からなくて、これは当然普通に参画していくというのが私の考え方で、ちょっと、どこを論点にしているのか、私自身はあまりよく理解できてないのですね。
工藤:ただ、なかなか決断できないですよね。
宮川:はい。
工藤:ということは、やっぱりTPPは成長戦略上、非常に大きなアジェンダとなっているということですか。
小峰:私は重要だと思うのですけども、宮川先生がおっしゃったように、例えば、去年かな、日本がTPP交渉に向けて舵を切りますと言ったら、次の日にカナダとメキシコが私たちも入りますと言ったのです。だから、彼らは一日で決めているわけですよ。それを日本は二年ぐらいかけて、まだ、ああだこうだ言っているわけです。FTA(自由貿易協定)を通じて自由貿易を広げていくという方向は明らかなので、これは私にすればもう本当に考えるまでもないし、そんな国論を二分するような話ではないとは思いますね。だけどそれは非常に重要で、アジアとの連携を強めていくとか、これをきっかけに農業の効率化を図るとか、そういった点では大変重要だと思いますね。
工藤:だから結果として、永田町では国論を二分するような雰囲気になっているじゃないですか。僕がどうして山田さんを外していたかというと、労働力の流動化というのが15.7%入っていて、山田さん、意外に成長基盤としては重要だということをおっしゃっていましたよね。どうでしょうか。
成長基盤として労働力の流動化 ――日本型雇用慣行の是正を
山田:経済成長というのは、実際には色々な制約が有るわけですね。労働力の制約、資本の制約、そういうものを、より効率的に、生産性の高い所にシフトすること、それによって最終的に経済成長が上がるという担保がされるわけですね。
工藤:生産性が上がるから、それが成長を上げるということですね。
山田:ええ、そういう意味で、流動化というのは単純に解雇を云々という話では無いわけです。結果として人員整理みたいなことも起こってくるのだけれども、でも、要は、潜在的に日本が力を持っている所にお金を移動して、人を移動して、そこで人を育てて成長していく。まあ、逆に言うとそれをしないと経済成長しないということですね。で、そういう意味では今の日本の労働市場というのは、やはり色々、そこの障害があるということです。逆にいうと、流動化するために労働規制を緩和することだけでは当然不十分で、流動化した人たちをどう再訓練していくか、そういうセーフティーネットなど全体のセットの議論をしていかないと駄目。ところが、どうしても流動化というと、解雇という印象の中で、まずはタブー視というか、既得権あたりの話が出てきて、進んできていない問題だということでしょうね。でも、最終的にこれが起こらないと経済成長できないということだと思うのです。
工藤:労働市場の流動化というのは、終身雇用など色々な仕組みがありますよね、だから、そういう問題が段々変っていかないと駄目だということを言っている。
山田:そうですね。それは当然年功というのは徐々に変わっているのですよね。それから、正社員と非正社員の二重構造の問題とか、いろいろ有ると思うのですが、一つの考え方としては、同一労働同一賃金という考え方ですよね、ある意味、経済学的には純粋になかなかそうはなりませんけれど、でも、そういうふうなルール作りなり、できるような環境をどう作るかというのは、重要なファクターだと思うのです。
工藤:小峰さん、労働市場のところ。
小峰:非常に重要なポイントですが、一言で言うと、日本型雇用慣行というのを長期的に是正していかないと、その負荷というのが随分あちこちに及ぶ。これはもう明らか。
工藤:今回の再生計画にはこういうメニューというのは全くないのですか。
小峰:これはですね、アイデアを出すという有識者のフロンティア分科会というのがあったのですが、この中で面白い提案があるのですね。40歳定年制というのが出てきている。
工藤:聞いたことがあります。
小峰:これは40歳で一旦定年にして、もう一回やり直して、で、60頃もう一回定年なのですけれども。
工藤:それ、すごくおもしろいですね。
小峰:正に流動化そのものなのですが、これは、絶対途中で消えると思っていた。案の定消えて、最終的な戦略には全く載らなかったという経緯がある。
経済成長促進へ政府が果たすべき役割は
工藤:では今度の選挙で、政治家・政党が経済の成長戦略において、何を説明しなければいけないのか、という議論をやります。今までの話を聞いていると、僕も「これはかなり困ったな」と感じました。つまり、日本は経済成長をしないといけないのですが、高齢化も進んでいますし・・・ただ、それに対する必要な課題に政治が焦点を当てないということになると、これは有権者側から「ちゃんとやってくれよ」と強いプレッシャーをかけないといけないんじゃないか。これもまたアンケートを取ってみたのです。「次の選挙で、政党・政治家が経済成長戦略において何を明らかにしなければいけないのか」という問いで一番多い答えが、「政府ができることを明確にしてくれ」というものです。いろいろなばらまきとか美しい話じゃなくて、政府がやらなければいけないこと、責任を持つべきこと・・・つまり、政治が責任を持つことをちゃんと説明してくれ、と。これは、僕は非常に良いと思いましたが、これが一番でしたね。
それから、重視すべき成長分野をどれだけ、どうするのか、という話。次にTPPとかいろいろな世界の自由化への経済連携の動き。そして、エネルギーの安定供給。これがだいたい10%台になっています。こういうことを踏まえて、次の選挙で有権者が騙されないために、そして、きちんと成長戦略を考えて自分の一票を使うために、政治は何を語らないといけないのでしょうか。
山田:大きく言って2つあると思います。一つは、政府が3%成長と掲げた時に、それが政府でコントロールできるのか、といったらできないわけですよね。そういう意味では、経済成長を促進するために政府が果たすべき役割とは一体、何なのか。それをどう考えているのか。まず「我々はこう考えている」というのを明確にする必要がありますね。
それともう一つは、経済成長のメカニズムというのですかね。どういう形で経済成長を持続的にしていくのか。そういう意味では私はまず外需・・・日本は人口が減っていっているので、海外への広い意味での輸出を増やしていく、というのがまずあって。それは、企業の利益が増えて、所得に反映していくというプロセスが要ると思うのですね。これも政府ができるところとできないところがあります。例えば、TPPですね。これは政府がやらないと駄目ですね。あるいは、研究開発の基盤を整備するとか、そういうところの外需を取り込む、企業の所得を家計に転換していく、その家計が消費しやすいように。その3つだと思うのですが、そのそれぞれに対して政府は何をできるのか。「所得を増やす」というのは、なかなか政府だけではできません。これは労使でルールを作っていくしかないので。でも、最終的に消費がしやすい環境・・・例えば、社会保障が不安になったら消費できないですよね。だから、そういうふうなメカニズムを明確にした上で、それぞれ政府がやれるところを提起していく。
工藤:願望みたいなものがあるじゃないですか。「これをやったらいいな」みたいな。どうやって成長するのか、ちゃんと説明して欲しいという話なのですが、宮川さん、どうでしょうか。
宮川:そうですね。まさに小峰先生、山田さんがおっしゃったように経済成長全体というのは、かなりの部分が民間の努力によるものなのですね。政府はそのための基盤作りをするということだと思うのです。ですから、政府が基盤作りをして、その後に民間に頑張ってもらうという、上手いバトンの受け渡しがないといけないわけですけれども、その中で、政府がやるべきこと・・・それを私なりに解釈すると、まとめて言えば国際経済戦略だと思うのです。私が今度の選挙で、各党の経済成長政策で注目するところは国際経済成長戦略です。それにはエネルギーも含めます。つまり、エネルギー源をどうやって調達してくるのか。できるだけ安価なエネルギーをどうやって調達してきてくれるのか。これはエネルギーの安定供給のためには非常に重要なことですよ。それから、グローバルな人材をどう作るのか。経済成長にとって一番重要なことは労働力と先程も言いましたけれど、その少なくなっていく労働力にどれだけ付加価値をつけるのか、人材を育てていくのか、ということですね。やはり、山田さんもおっしゃったように外需を呼び込まなければならない。外需を呼び込むためには、やはりグローバルな人材がいなければならないわけですから、中長期的にどうやってグローバルな人材を育成していくのか。学校教育、企業内教育をどうしていくべきか、ということが重要で、それに対して政府は何ができるのか、ということを言ってもらいたい。それから、当面の一番の問題はやはり、為替レートですね。円高の問題です。企業、日本の製造業も非常に苦しんでいるわけですが、円高という要素が非常に大きい。特に、中国や韓国の為替レートと比べた時の、円の評価の高さというのはかなり歪んでいるくらい高いということが言えます。これに対してきちんとした政策を取らなければいけない。これは一企業にはどうしようもない問題ですから、政府としてきちんとした為替政策を明示する必要があります。
工藤:為替政策というのは、政府は何ができるのですか。介入のことですか。
宮川:そうですね。外国債の購入ということも含めますし、やはり、アメリカも今度の大統領選挙で、中国に対して非常に厳しい論調でした。中国が人民元について、割安になっているということはアメリカも認めているわけです。ですから、日本はまずはアメリカときちんと交渉して、そして、中国の為替政策の修正を要望するということでしょうね。それができなかったら、日本としては為替介入をやらざるを得ない。外国債の購入ですとか。それは、きちんとアメリカと共同歩調を取って中国の人民元の政策を変えさせるために、我々も努力する、と言って、それが駄目だったらやはり介入政策を取らざるを得ないですよね。
工藤:小峰さん、いかがでしょうか。選挙の際に何を言えばいいのか。
小峰:政府ができることを明確にすべきだ、というのは、今おっしゃられた意味ではその通りだと思うのですが、もう一つ、コストをちゃんとするということも含めて、できることを明確にしてもらうということだと思います。
工藤:コストを明示するとは?
小峰:つまり、前回の民主党の政権交代で学んだことは、マニフェストに良い事ばかり書いてあって、例えば、財源をどうするのか、という点が非常に甘かったわけです。これは政策をやれば色々と良いことがあるのだけれど、では、その政策のコストは誰が負担するのですか、という、これは財政で言えば財源の話なのですが。そういったところをきちんと踏まえてやらないと、そういうところまで含めた政策になっているのかどうか、というのを是非見て欲しいと思いますね。ただ美味しいことだけを言っているのかどうか・・・
工藤:今の話は、何かの施策のための財源だけではなくて、例えば、高齢化に伴って色々なコストが発生するのだけれど、それをどうするのか、というところまで含めて?
小峰:TPPだって当然、農業に色々な影響があり、それをどうするのか、というのがありますから。そういったところまで含めて、何かをやれば必ず負担が伴うわけですから、その負担の部分をどう処理するのですか、というところとセットにして政策を出さなければいけない。
工藤:民主党が今、政権にいるから民主党の話になってしまうのですが、民主党は政権としてこれを出した以上、多分この話のままで出る可能性がありますよね。一方で、自民党は同じようなレベルで、しかも自民党は公共事業をやるような雰囲気で、また時代が逆行しているような状況もありますしね。そうすると、どう選べばいいのでしょうかね。非常に困りませんか。そういう話ばかりだったら。
山田:そうですね。だからこそ、本来政府がどこまでできるのかというところを明確にしないと・・・あえて良い事ばかり言うと、曖昧にしながら言うわけですよね。だから、そこを聞いていく。どういうところが政府の役割なのでしょうか、と。
工藤:今、政党というか、政治家一人ひとりに「あなたはどうですか?」と聞くとしたら、どういう質問がいいのでしょうか。例えば、「TPPに賛成か、反対か」だったら、ただの選択肢ですから、きちんと答えが出る形で何かないでしょうかね。自由記述でもいいのですが・・・まさに政府がやれることを説明して欲しいとか。例えば、名目成長率が実質成長率を競っているところは信用しないとかでもいいのですけれど。どうしたらこの成長分野で、僕たちが納得できるものを政治家に求めることができるのか。それから、質問でいいのですが、例えば、こういうことを政治家に聞いたら非常に本質的なことが見えるのではないか、とかいうものはないでしょうか。さっきのTPPは駄目ですか?それも一つ?
山田:一つではあるのですけれど・・・
工藤:つまり今、言った話というのは、構造というのは成長戦略以外のところでほとんど答えを出していないという政策ですから、今のままであれば・・・
宮川:政治家に近いところで言えば、先程の行き過ぎた円高をどうすればいいのですか、と。そのための多くのものづくりの産業というのは外へ出ていく可能性があるわけですね。そうすると、国内の雇用が失われる可能性があるわけです。もちろん、成長産業を作って雇用の流動化を長期的にすればいいわけですが、当面の話としては為替レートが高いということをどう交渉してくれるのか、と。こういうことだと思いますね。
工藤:小峰さん、同じように何かないですか?
小峰:私の問題意識から言うと、さっきの雇用の流動化で、どうしても選挙になると雇用の安定というのを図るので、やっぱり、長期雇用、終身雇用というのをそのまま維持して、年金が出るまで定年を延長しましょうとか、企業にそのまま雇ってもらいましょう、ということになるのですが、これは流動化とかなり反することなのですよね。ですから、雇用の流動化にどう対応するのかということは、私から見れば、それについて、どちらに答えるのかということで・・・
工藤:踏み絵になる、と。今の社会の流れは、若者が安定志向になって、なかなか就職できない・・・
小峰:若い人がむしろ日本型雇用を支持していますね。
工藤:支持していますよね。すると、政党は多分、雇用において「40歳定年に賛成ですか、反対ですか」と聞くと、確かのその意味はそれの答えによってわかりますよね。
小峰:ただ、みんな「そんなのとんでもない」と言うと思いますね。
宮川:若い人にとってはチャンスなのですよね。私も15年くらい前の円高の時も同じようなことを本に書いたことがあるのですが・・・円高の時に40歳くらいで雇用の流動化を図るというのは、大学を卒業して40歳くらいになっても、大体18年くらい勤めますから、それでもかなりの長期雇用なのですよね。いわゆる、日本の終身雇用制度がなかなか上手くいかなくなったのは、私は高齢化があると思うのです。つまり、今までだったら30年くらい働いて、あとは10年くらい隠居生活を送るというパターンがあったわけですが、今や70歳、80歳くらいまで生きていけて、二回分くらい長期雇用ができるという状態なわけです。ところが、日本の従来の企業制度がそれに対応していないということがあります。だからこそ、日本の長期雇用制度の企業内研修の良さも活かしながら、長い期間働けるためにはどうすればいいのだろうか、と。そうすると、15、6年くらいの社会人経験を持って、新たに仕事の機会を見出せばいいのではないか、と。ただ、そのためには年金制度のあり方とか、年功序列賃金制のあり方も見直す必要があると思います。つまり、40歳くらいで新たに職を変えるわけですから、リスクを取るわけで、そのリスクを取るための資金を30歳代で貯められるような賃金制度にしなければいけないわけです。
工藤:今のお話は、ひとつは労働力の流動化といった時の象徴的な選択肢ということで、さっきの40年定年制をどう思いますか、というのは確かにありえますよね。あと、山田さんがおっしゃった、どうやって経済成長をすればいいのか、というストーリーですよね。どう描くのか。どういう部門にあなたは力を入れてくれるのか。
山田:そういう意味では確かにTPPというのは一つ、そうかもしれないですね。
工藤:TPPは非常に象徴的になりませんか?
山田:象徴的になりますね。外需で行くのか、ある意味裏側の内需で行くのか。国内市場を守りながら、と考えていくのか、外需を開拓しながら行くのか。そういう意味合いで象徴的かもしれませんね。
工藤:あと、公共事業はどうですか? 公共事業をきちんとやること・・・まあ、そのコストも財源の問題になる、という話になると思うのですが・・・
TPPの問いかけは成長か、反成長か
宮川:TPPを論点にする時は、「成長か、反成長か」になると思います。それは、エネルギーのいわゆる原子力発電所の問題と同じで、原子力発電所を一定以上維持するという前提である程度成長していくということの一方で、かなり早い段階でなくしていくということは、もう反成長だということだと思うのですね。それは縮小経済で行くという、そういう問いかけだと思います。
工藤:なるほど。今のお話は「あなたは日本に成長が必要だと思いますか、必要ではないと思いますか」という問いかけになるわけですね。
宮川:そうですね、TPPについては。
工藤:どうですか、公共事業については?
小峰:公共事業は自民党と民主党の非常にクリアな差が出ているのですが・・・
工藤:でも、民主党もなんとなくそんなふうに戻ってきていませんでしたか?
小峰:自民党が今度、国土強靭化計画というものを言い始めて・・・数字はなかなか探しても出てこないのですけれど、10年間で200兆円とか色々な数字が飛び交っているのですけれど。これは地方の産業界では結構・・・
工藤:受けているわけですね。
小峰:ただ、これは過去90年代に随分やって、だいたい経済的にはまずい、と。赤字ばかり残って持続的な成長にはつながらない、という結論がだいたい出ていると思いますので、これは方向としては逆行していますね。ですから、そうならないように注意する必要があると思います。
山田:これは、要は本気で経済成長を考えているのか、そうではないのか、ということに尽きると思います。ここで上がっている色々なTPPの問題や公共投資の問題は、一見それは成長するように見えるのですが、過去を見ると・・・TPPやFTAをやらないとか・・・
工藤:今、高齢者がどんどん増えていくじゃないですか。それを経済的に辻褄が合うような仕組みに早くしなければいけないわけですよね、長期的にも。それに対する答えですよね、今、僕たちが成長戦略で求めたいのは。それに対する答えを出してくれという話ですよね、中長期的にも。ということですが、そういう問いかけでいいのでしょうか。非常に経済戦略というのはすごく難しいな、と。難しいというのは内容が難しいのではなくて、色々なシステムのチェンジが全部連動しているので、政治がそれに対してやはり答えを出していかないと、本当の意味で日本はきちんと成長できないというところに来ているのだな、ということを今日、思い知らされたのですが、少なくともそういう問題を共有している政治家がそういうことを説明して欲しいし、それに対して中長期な日本の経済成長をどう図るのかということに関して、少なくとも自分のストーリーなり、メカニズムを見せられるか。あと、その時に自分の願望じゃなくて、政府は何ができるのか、それに対して自分がどう責任を持つか、というふうな形になんとか追い込んでいけないかと思っています。今日はみなさんどうもありがとうございました。
言論NPOの無料会員「メイト」にご登録いただくと、こうした様々情報をいち早くご希望のメールアドレスにお届けいたします。
ぜひ、この機会に「メイト」へのご登録をお願いいたします。
▼「メイト」へのご登録はこちらから
2012年11月15日(木)収録
出演者:
小峰隆夫氏(法政大学大学院政策創造研究科教授)
宮川努 氏(学習院大学経済学部教授)
山田久 氏(日本総研調査部長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第2部:財政再建も、経済成長も
工藤:ということは、成長基盤の改革が重要なのに、政治がその課題に取り組めないということが非常に問題だということがわかりますよね。これをどうしていけばいいのかということなのですが、その前に、ちょっと財政健全化というのが入っているのですが、ここあたりをちょっと一回どなたか整理して欲しいですね。よく、健全化と成長を二項対立みたいに考えている人いますよね。これもやっぱり、基盤ということなのでしょうか。小峰さんどう思いますか。
小峰:これはですね、二つの大変、重要な柱になると思いますね。つまり、日本の財政は非常に深刻な状態になっているので、これを放置しておくと、これをきっかけに、相当経済がひどい状態になるかもしれない。で、国民生活も悪化する可能性があるので、これは何とかしなければいけない。それと同時に成長もしっかりやらなければいけないということですから、これはどっちかをやるというわけではなくて、両方同時に、並行してやるということですね。それで、お互いにお互いがプラスの関係がある。財政をしっかりする、成長をしっかりするっていうのは、成長が財政の役に立ちますし、財政がしっかりすればこれはやっぱり国民の安心感につながります。
工藤:そうですよね、ただ、政治の世界になってくると、別に考えている政治家多いですよね。財政再建でひしめいているから成長ができないのだとか言う人いません?
宮川:やっぱり、公共投資を通した成長という考え方が強いからではないですかね。
工藤:でも、今求められているのはそういう話ではないということでしょうか。
山田:そうですね、結局、色々な研究はありますけど、財政再建が増税でできたのか、歳出カットですね、歳出の改革でカットしたもの、ある研究者だと7割くらいが、結果的に歳出カット。でも、それで成長しているということは民間部分に色々なリソースが移動して、結局それによって経済成長がされて、結果として財政再建がされているということなのだと思いますね。逆に言うと経済成長しないと、財政再建もしないわけですよね。だから、それはまさに密接に関連している。別のものではない。
工藤:どちらもやらなければいけないということなのですよね。
宮川:そうですね。
工藤:だから、選挙の時はどちらもちゃんと主張しないとまずいよという話になると思うのですが、この三つの話が、政府レベルで曖昧にしてしまうと、政治レベルでも有権者に問う時に曖昧にされてしまい、基盤ができないという話になってしまうのですが、この三つがどれくらい大事な話かということで、皆さんのご意見はどうなのでしょうか。まず、小峰先生。
小峰:これはそれぞれ違った話になってくると思うのですが、社会保障というのは、さっき申し上げたように、これから新しい需要が出やすい環境にしなければいけません。そうすると、医療にしても介護にしても、当然需要は出てくるのですけれど。その負担はどうやって・・・
工藤:お金を誰が出すかということですね。
小峰:誰が出すかというところとうまく結びつけて、全部社会保険でやろうとすると、これは税金なり保険料なりを上げなければいけないので、相当、民間で、自分で払って。例えば医療だと、少しお金を払ってもいいからもっと進んだ治療を受けたいとか。混合診療ですね。それから、介護でも、もうちょっとお金を払ってもいいから、もうちょっと質の高い介護を受けたいとか、そういうタイプのものをやっていって、需要を思いっきり顕在化させるというのが、これがまさしく成長戦略。
工藤:ということは、日本の経済基盤を立て直す意味では、答えを出さなければいけない段階に来ているということなのですね。
小峰:ですから、その辺がやっぱり既得権益だとか、規制改革に伴う色々な問題があってなかなかできないわけですね。そういうことをやっているのがまさに成長戦略。
より再生可能なエネルギーの開発を
工藤:宮川さんはさっきエネルギーの事をおっしゃっていましたけど、どういうふうにしたらいいのですか、この安定供給というのは。
宮川:これは、恐らく四番目の再生可能エネルギーをどれだけ促進していくかということとペアになるのだろうと思いますね。で、環境エネルギー会議等でも三つの案が出されていて、私自身は原子力発電というのを当面活用し、かつ、厳しい基準を持ちながら運用していく、一方で、再生可能エネルギーで使えるものについて技術革新を進めていく。そこをかなり重点分野として、政府は補助していくという方向を採るべきだと思うのですね。経験が無いわけではなくて日本の場合、石油危機の時に、今まで石油に頼ってきたものを、原子力を含めて分散化していって、その時に省エネルギー投資だとか、研究開発投資をかなり増やしていったわけです。そのときの経験を考えれば、新たなチャレンジだというふうに言えなくも無い、と。もう一度新たにエネルギーについてチャレンジしていく、と。で、それは決して過去克服できなかったものではないというふうに私は見ていますけれどね。
工藤:これは政府そのものが、エネルギーの安定供給をどうすればいいかとか、原子力をどうするかって、結局曖昧で終わっちゃいましたよね。
宮川:それは今、宙ぶらりんなのですね。
工藤:だから、これもまた困っちゃいましたね。
宮川:これはやっぱりきっちり考えるべきです。色々な基準とかもまだ曖昧になっていますし、そこは負担せざるを得ないコストというのも出てきていますから、いわゆる火力発電への依存が増えているので、そこはやっぱりその部分を負担すべきは負担して、政府としては、より再生可能なエネルギーの開発に注力するというしかここは手が無いと思いますね。それを考えると、日本再生戦略で示した経済成長率というのはしばらくの間、多少は下回るという覚悟を持たなければいけないのはやむを得ないです。
工藤:いや、エネルギー計画の方を見ていたら、凄く成長率を慎重にしてある。
宮川:そうなのです、はい。
自由貿易を広げていく中でのTPP交渉
工藤:変ですよね。TPPの推進というのも、ようやく今やっているのですが、これはかなり重要だということは、宮川さん、続けてどうでしょうか。
宮川:TPPは、どうして論点になるかということが、あまり私自身が理解できていない。これは当然ではないかと。しかも、交渉に入るということだけですから、まだ、どういう経済効果が出るかどうか分からないわけです。経済的に見てもそれほど大きなインパクトがあるとは思えないのですね。ですから、これをどうして大きな争点にするかというのが良く分からなくて、これは当然普通に参画していくというのが私の考え方で、ちょっと、どこを論点にしているのか、私自身はあまりよく理解できてないのですね。
工藤:ただ、なかなか決断できないですよね。
宮川:はい。
工藤:ということは、やっぱりTPPは成長戦略上、非常に大きなアジェンダとなっているということですか。
小峰:私は重要だと思うのですけども、宮川先生がおっしゃったように、例えば、去年かな、日本がTPP交渉に向けて舵を切りますと言ったら、次の日にカナダとメキシコが私たちも入りますと言ったのです。だから、彼らは一日で決めているわけですよ。それを日本は二年ぐらいかけて、まだ、ああだこうだ言っているわけです。FTA(自由貿易協定)を通じて自由貿易を広げていくという方向は明らかなので、これは私にすればもう本当に考えるまでもないし、そんな国論を二分するような話ではないとは思いますね。だけどそれは非常に重要で、アジアとの連携を強めていくとか、これをきっかけに農業の効率化を図るとか、そういった点では大変重要だと思いますね。
工藤:だから結果として、永田町では国論を二分するような雰囲気になっているじゃないですか。僕がどうして山田さんを外していたかというと、労働力の流動化というのが15.7%入っていて、山田さん、意外に成長基盤としては重要だということをおっしゃっていましたよね。どうでしょうか。
成長基盤として労働力の流動化 ――日本型雇用慣行の是正を
山田:経済成長というのは、実際には色々な制約が有るわけですね。労働力の制約、資本の制約、そういうものを、より効率的に、生産性の高い所にシフトすること、それによって最終的に経済成長が上がるという担保がされるわけですね。
工藤:生産性が上がるから、それが成長を上げるということですね。
山田:ええ、そういう意味で、流動化というのは単純に解雇を云々という話では無いわけです。結果として人員整理みたいなことも起こってくるのだけれども、でも、要は、潜在的に日本が力を持っている所にお金を移動して、人を移動して、そこで人を育てて成長していく。まあ、逆に言うとそれをしないと経済成長しないということですね。で、そういう意味では今の日本の労働市場というのは、やはり色々、そこの障害があるということです。逆にいうと、流動化するために労働規制を緩和することだけでは当然不十分で、流動化した人たちをどう再訓練していくか、そういうセーフティーネットなど全体のセットの議論をしていかないと駄目。ところが、どうしても流動化というと、解雇という印象の中で、まずはタブー視というか、既得権あたりの話が出てきて、進んできていない問題だということでしょうね。でも、最終的にこれが起こらないと経済成長できないということだと思うのです。
工藤:労働市場の流動化というのは、終身雇用など色々な仕組みがありますよね、だから、そういう問題が段々変っていかないと駄目だということを言っている。
山田:そうですね。それは当然年功というのは徐々に変わっているのですよね。それから、正社員と非正社員の二重構造の問題とか、いろいろ有ると思うのですが、一つの考え方としては、同一労働同一賃金という考え方ですよね、ある意味、経済学的には純粋になかなかそうはなりませんけれど、でも、そういうふうなルール作りなり、できるような環境をどう作るかというのは、重要なファクターだと思うのです。
工藤:小峰さん、労働市場のところ。
小峰:非常に重要なポイントですが、一言で言うと、日本型雇用慣行というのを長期的に是正していかないと、その負荷というのが随分あちこちに及ぶ。これはもう明らか。
工藤:今回の再生計画にはこういうメニューというのは全くないのですか。
小峰:これはですね、アイデアを出すという有識者のフロンティア分科会というのがあったのですが、この中で面白い提案があるのですね。40歳定年制というのが出てきている。
工藤:聞いたことがあります。
小峰:これは40歳で一旦定年にして、もう一回やり直して、で、60頃もう一回定年なのですけれども。
工藤:それ、すごくおもしろいですね。
小峰:正に流動化そのものなのですが、これは、絶対途中で消えると思っていた。案の定消えて、最終的な戦略には全く載らなかったという経緯がある。
経済成長促進へ政府が果たすべき役割は
工藤:では今度の選挙で、政治家・政党が経済の成長戦略において、何を説明しなければいけないのか、という議論をやります。今までの話を聞いていると、僕も「これはかなり困ったな」と感じました。つまり、日本は経済成長をしないといけないのですが、高齢化も進んでいますし・・・ただ、それに対する必要な課題に政治が焦点を当てないということになると、これは有権者側から「ちゃんとやってくれよ」と強いプレッシャーをかけないといけないんじゃないか。これもまたアンケートを取ってみたのです。「次の選挙で、政党・政治家が経済成長戦略において何を明らかにしなければいけないのか」という問いで一番多い答えが、「政府ができることを明確にしてくれ」というものです。いろいろなばらまきとか美しい話じゃなくて、政府がやらなければいけないこと、責任を持つべきこと・・・つまり、政治が責任を持つことをちゃんと説明してくれ、と。これは、僕は非常に良いと思いましたが、これが一番でしたね。
それから、重視すべき成長分野をどれだけ、どうするのか、という話。次にTPPとかいろいろな世界の自由化への経済連携の動き。そして、エネルギーの安定供給。これがだいたい10%台になっています。こういうことを踏まえて、次の選挙で有権者が騙されないために、そして、きちんと成長戦略を考えて自分の一票を使うために、政治は何を語らないといけないのでしょうか。
山田:大きく言って2つあると思います。一つは、政府が3%成長と掲げた時に、それが政府でコントロールできるのか、といったらできないわけですよね。そういう意味では、経済成長を促進するために政府が果たすべき役割とは一体、何なのか。それをどう考えているのか。まず「我々はこう考えている」というのを明確にする必要がありますね。
それともう一つは、経済成長のメカニズムというのですかね。どういう形で経済成長を持続的にしていくのか。そういう意味では私はまず外需・・・日本は人口が減っていっているので、海外への広い意味での輸出を増やしていく、というのがまずあって。それは、企業の利益が増えて、所得に反映していくというプロセスが要ると思うのですね。これも政府ができるところとできないところがあります。例えば、TPPですね。これは政府がやらないと駄目ですね。あるいは、研究開発の基盤を整備するとか、そういうところの外需を取り込む、企業の所得を家計に転換していく、その家計が消費しやすいように。その3つだと思うのですが、そのそれぞれに対して政府は何をできるのか。「所得を増やす」というのは、なかなか政府だけではできません。これは労使でルールを作っていくしかないので。でも、最終的に消費がしやすい環境・・・例えば、社会保障が不安になったら消費できないですよね。だから、そういうふうなメカニズムを明確にした上で、それぞれ政府がやれるところを提起していく。
工藤:願望みたいなものがあるじゃないですか。「これをやったらいいな」みたいな。どうやって成長するのか、ちゃんと説明して欲しいという話なのですが、宮川さん、どうでしょうか。
宮川:そうですね。まさに小峰先生、山田さんがおっしゃったように経済成長全体というのは、かなりの部分が民間の努力によるものなのですね。政府はそのための基盤作りをするということだと思うのです。ですから、政府が基盤作りをして、その後に民間に頑張ってもらうという、上手いバトンの受け渡しがないといけないわけですけれども、その中で、政府がやるべきこと・・・それを私なりに解釈すると、まとめて言えば国際経済戦略だと思うのです。私が今度の選挙で、各党の経済成長政策で注目するところは国際経済成長戦略です。それにはエネルギーも含めます。つまり、エネルギー源をどうやって調達してくるのか。できるだけ安価なエネルギーをどうやって調達してきてくれるのか。これはエネルギーの安定供給のためには非常に重要なことですよ。それから、グローバルな人材をどう作るのか。経済成長にとって一番重要なことは労働力と先程も言いましたけれど、その少なくなっていく労働力にどれだけ付加価値をつけるのか、人材を育てていくのか、ということですね。やはり、山田さんもおっしゃったように外需を呼び込まなければならない。外需を呼び込むためには、やはりグローバルな人材がいなければならないわけですから、中長期的にどうやってグローバルな人材を育成していくのか。学校教育、企業内教育をどうしていくべきか、ということが重要で、それに対して政府は何ができるのか、ということを言ってもらいたい。それから、当面の一番の問題はやはり、為替レートですね。円高の問題です。企業、日本の製造業も非常に苦しんでいるわけですが、円高という要素が非常に大きい。特に、中国や韓国の為替レートと比べた時の、円の評価の高さというのはかなり歪んでいるくらい高いということが言えます。これに対してきちんとした政策を取らなければいけない。これは一企業にはどうしようもない問題ですから、政府としてきちんとした為替政策を明示する必要があります。
工藤:為替政策というのは、政府は何ができるのですか。介入のことですか。
宮川:そうですね。外国債の購入ということも含めますし、やはり、アメリカも今度の大統領選挙で、中国に対して非常に厳しい論調でした。中国が人民元について、割安になっているということはアメリカも認めているわけです。ですから、日本はまずはアメリカときちんと交渉して、そして、中国の為替政策の修正を要望するということでしょうね。それができなかったら、日本としては為替介入をやらざるを得ない。外国債の購入ですとか。それは、きちんとアメリカと共同歩調を取って中国の人民元の政策を変えさせるために、我々も努力する、と言って、それが駄目だったらやはり介入政策を取らざるを得ないですよね。
工藤:小峰さん、いかがでしょうか。選挙の際に何を言えばいいのか。
小峰:政府ができることを明確にすべきだ、というのは、今おっしゃられた意味ではその通りだと思うのですが、もう一つ、コストをちゃんとするということも含めて、できることを明確にしてもらうということだと思います。
工藤:コストを明示するとは?
小峰:つまり、前回の民主党の政権交代で学んだことは、マニフェストに良い事ばかり書いてあって、例えば、財源をどうするのか、という点が非常に甘かったわけです。これは政策をやれば色々と良いことがあるのだけれど、では、その政策のコストは誰が負担するのですか、という、これは財政で言えば財源の話なのですが。そういったところをきちんと踏まえてやらないと、そういうところまで含めた政策になっているのかどうか、というのを是非見て欲しいと思いますね。ただ美味しいことだけを言っているのかどうか・・・
工藤:今の話は、何かの施策のための財源だけではなくて、例えば、高齢化に伴って色々なコストが発生するのだけれど、それをどうするのか、というところまで含めて?
小峰:TPPだって当然、農業に色々な影響があり、それをどうするのか、というのがありますから。そういったところまで含めて、何かをやれば必ず負担が伴うわけですから、その負担の部分をどう処理するのですか、というところとセットにして政策を出さなければいけない。
工藤:民主党が今、政権にいるから民主党の話になってしまうのですが、民主党は政権としてこれを出した以上、多分この話のままで出る可能性がありますよね。一方で、自民党は同じようなレベルで、しかも自民党は公共事業をやるような雰囲気で、また時代が逆行しているような状況もありますしね。そうすると、どう選べばいいのでしょうかね。非常に困りませんか。そういう話ばかりだったら。
山田:そうですね。だからこそ、本来政府がどこまでできるのかというところを明確にしないと・・・あえて良い事ばかり言うと、曖昧にしながら言うわけですよね。だから、そこを聞いていく。どういうところが政府の役割なのでしょうか、と。
工藤:今、政党というか、政治家一人ひとりに「あなたはどうですか?」と聞くとしたら、どういう質問がいいのでしょうか。例えば、「TPPに賛成か、反対か」だったら、ただの選択肢ですから、きちんと答えが出る形で何かないでしょうかね。自由記述でもいいのですが・・・まさに政府がやれることを説明して欲しいとか。例えば、名目成長率が実質成長率を競っているところは信用しないとかでもいいのですけれど。どうしたらこの成長分野で、僕たちが納得できるものを政治家に求めることができるのか。それから、質問でいいのですが、例えば、こういうことを政治家に聞いたら非常に本質的なことが見えるのではないか、とかいうものはないでしょうか。さっきのTPPは駄目ですか?それも一つ?
山田:一つではあるのですけれど・・・
工藤:つまり今、言った話というのは、構造というのは成長戦略以外のところでほとんど答えを出していないという政策ですから、今のままであれば・・・
宮川:政治家に近いところで言えば、先程の行き過ぎた円高をどうすればいいのですか、と。そのための多くのものづくりの産業というのは外へ出ていく可能性があるわけですね。そうすると、国内の雇用が失われる可能性があるわけです。もちろん、成長産業を作って雇用の流動化を長期的にすればいいわけですが、当面の話としては為替レートが高いということをどう交渉してくれるのか、と。こういうことだと思いますね。
工藤:小峰さん、同じように何かないですか?
小峰:私の問題意識から言うと、さっきの雇用の流動化で、どうしても選挙になると雇用の安定というのを図るので、やっぱり、長期雇用、終身雇用というのをそのまま維持して、年金が出るまで定年を延長しましょうとか、企業にそのまま雇ってもらいましょう、ということになるのですが、これは流動化とかなり反することなのですよね。ですから、雇用の流動化にどう対応するのかということは、私から見れば、それについて、どちらに答えるのかということで・・・
工藤:踏み絵になる、と。今の社会の流れは、若者が安定志向になって、なかなか就職できない・・・
小峰:若い人がむしろ日本型雇用を支持していますね。
工藤:支持していますよね。すると、政党は多分、雇用において「40歳定年に賛成ですか、反対ですか」と聞くと、確かのその意味はそれの答えによってわかりますよね。
小峰:ただ、みんな「そんなのとんでもない」と言うと思いますね。
宮川:若い人にとってはチャンスなのですよね。私も15年くらい前の円高の時も同じようなことを本に書いたことがあるのですが・・・円高の時に40歳くらいで雇用の流動化を図るというのは、大学を卒業して40歳くらいになっても、大体18年くらい勤めますから、それでもかなりの長期雇用なのですよね。いわゆる、日本の終身雇用制度がなかなか上手くいかなくなったのは、私は高齢化があると思うのです。つまり、今までだったら30年くらい働いて、あとは10年くらい隠居生活を送るというパターンがあったわけですが、今や70歳、80歳くらいまで生きていけて、二回分くらい長期雇用ができるという状態なわけです。ところが、日本の従来の企業制度がそれに対応していないということがあります。だからこそ、日本の長期雇用制度の企業内研修の良さも活かしながら、長い期間働けるためにはどうすればいいのだろうか、と。そうすると、15、6年くらいの社会人経験を持って、新たに仕事の機会を見出せばいいのではないか、と。ただ、そのためには年金制度のあり方とか、年功序列賃金制のあり方も見直す必要があると思います。つまり、40歳くらいで新たに職を変えるわけですから、リスクを取るわけで、そのリスクを取るための資金を30歳代で貯められるような賃金制度にしなければいけないわけです。
工藤:今のお話は、ひとつは労働力の流動化といった時の象徴的な選択肢ということで、さっきの40年定年制をどう思いますか、というのは確かにありえますよね。あと、山田さんがおっしゃった、どうやって経済成長をすればいいのか、というストーリーですよね。どう描くのか。どういう部門にあなたは力を入れてくれるのか。
山田:そういう意味では確かにTPPというのは一つ、そうかもしれないですね。
工藤:TPPは非常に象徴的になりませんか?
山田:象徴的になりますね。外需で行くのか、ある意味裏側の内需で行くのか。国内市場を守りながら、と考えていくのか、外需を開拓しながら行くのか。そういう意味合いで象徴的かもしれませんね。
工藤:あと、公共事業はどうですか? 公共事業をきちんとやること・・・まあ、そのコストも財源の問題になる、という話になると思うのですが・・・
TPPの問いかけは成長か、反成長か
宮川:TPPを論点にする時は、「成長か、反成長か」になると思います。それは、エネルギーのいわゆる原子力発電所の問題と同じで、原子力発電所を一定以上維持するという前提である程度成長していくということの一方で、かなり早い段階でなくしていくということは、もう反成長だということだと思うのですね。それは縮小経済で行くという、そういう問いかけだと思います。
工藤:なるほど。今のお話は「あなたは日本に成長が必要だと思いますか、必要ではないと思いますか」という問いかけになるわけですね。
宮川:そうですね、TPPについては。
工藤:どうですか、公共事業については?
小峰:公共事業は自民党と民主党の非常にクリアな差が出ているのですが・・・
工藤:でも、民主党もなんとなくそんなふうに戻ってきていませんでしたか?
小峰:自民党が今度、国土強靭化計画というものを言い始めて・・・数字はなかなか探しても出てこないのですけれど、10年間で200兆円とか色々な数字が飛び交っているのですけれど。これは地方の産業界では結構・・・
工藤:受けているわけですね。
小峰:ただ、これは過去90年代に随分やって、だいたい経済的にはまずい、と。赤字ばかり残って持続的な成長にはつながらない、という結論がだいたい出ていると思いますので、これは方向としては逆行していますね。ですから、そうならないように注意する必要があると思います。
山田:これは、要は本気で経済成長を考えているのか、そうではないのか、ということに尽きると思います。ここで上がっている色々なTPPの問題や公共投資の問題は、一見それは成長するように見えるのですが、過去を見ると・・・TPPやFTAをやらないとか・・・
工藤:今、高齢者がどんどん増えていくじゃないですか。それを経済的に辻褄が合うような仕組みに早くしなければいけないわけですよね、長期的にも。それに対する答えですよね、今、僕たちが成長戦略で求めたいのは。それに対する答えを出してくれという話ですよね、中長期的にも。ということですが、そういう問いかけでいいのでしょうか。非常に経済戦略というのはすごく難しいな、と。難しいというのは内容が難しいのではなくて、色々なシステムのチェンジが全部連動しているので、政治がそれに対してやはり答えを出していかないと、本当の意味で日本はきちんと成長できないというところに来ているのだな、ということを今日、思い知らされたのですが、少なくともそういう問題を共有している政治家がそういうことを説明して欲しいし、それに対して中長期な日本の経済成長をどう図るのかということに関して、少なくとも自分のストーリーなり、メカニズムを見せられるか。あと、その時に自分の願望じゃなくて、政府は何ができるのか、それに対して自分がどう責任を持つか、というふうな形になんとか追い込んでいけないかと思っています。今日はみなさんどうもありがとうございました。
言論NPOの無料会員「メイト」にご登録いただくと、こうした様々情報をいち早くご希望のメールアドレスにお届けいたします。
ぜひ、この機会に「メイト」へのご登録をお願いいたします。
▼「メイト」へのご登録はこちらから