なぜ、両国民感情はここまで悪化したのか
工藤:言論NPOの工藤泰志です。今日の言論スタジオでは、私たちが6月から7月にかけて日本と中国の共同で行った日中共同世論調査の結果について議論してみたいと思っています。
今、日本と中国の間は非常に関係が悪く、政府間の首脳会談を含めて色々なことの交渉が止まっている状態です。一方、尖閣周辺の緊張感が非常に高まっている状況の中で、私たちが気にしているのは、両国の国民が非常に感情を悪化させてしまっている、こういう問題を、私たちは真剣に考えなければならない段階に来ているのではないかと思っているわけです。
まずゲストのご紹介です。まず、元中国大使で現在宮本アジア研究所代表の宮本雄二さんです。次に東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。そしてNHK解説主幹の加藤青延さんです。よろしくお願いします。
お三方には、私たちが行っている「東京-北京フォーラム」を含めて、日本と中国の対話にも力を貸していただいています。
過去最悪の調査結果 ―両国民は今、相手国をどう理解しているのか
さっそく議論に入りたいと思います。私たちは中国と共同の世論調査を2005年からやっていて、今回で9回目です。今日そのすべてをお伝えすることはできませんが、中核のポイントのところをまず皆さんにご紹介して、それについて議論してみたいと思います。
まず非常に驚いたのが、相手国に対する印象です。日本人で中国に「良くない」印象を持っている人たちが、去年は84.3%でかなり深刻だと思っていたのですが、今回は90.1%まで増加しました。しかも「良くない印象」を持っている中国人は、92.8%と、今まで9回の調査で最高となっています。去年はこれが64.3%でしたから、この1年で28ポイントくらい一気に増加しています。
時系列でこの9年間を見ると、今年になって、国民感情の悪化が、一気に表面化したようです。
宮本:ここまで悪化しているのか、と大変驚いています。このような結果になるのでは、という予感がなかったわけではないのですが、数字を突きつけられて唖然としているというのが率直なところです。これは、尖閣をめぐる問題で日中の感情が悪化したことを如実に表しています。それに加え、中国が経済規模で日本を抜き、中国にとっての日本の位置づけであるとか、経済的だけでなく軍事的にも台頭する中国、それを目にした日本国民の気持ちといったものが全部加味されてこういった数字になったのだと思います。
加藤:私も今回の結果は大変衝撃的でした。日本人の中で、中国は嫌いだという悪い印象を持っている人の数が多いのは、ある程度分かっていたのですが、中国人で日本に悪い印象を持っている人は日本人よりは少なく、今まではややほっとしていたところがあります。しかし、今回それが逆転してしまった。それが、私には一番大きな衝撃ですね。どうしてそうなったのだろうかと考えますと、やはり尖閣諸島の問題がいろいろな形で中国のメディアで流され、その内容は中国の国民を刺激するような、日本を嫌いになるような論調が多かったかと思います。一時それが和らいだ時期もあったのですが、この調査が行われた時期には結構厳しいものが出ていました。やはり、私はこの尖閣諸島の問題が、単なる主権の問題だけでなく、歴史認識の問題とも結びついて、ますます増幅しているような感じがしてなりません。
高原:確かに日本と比べると中国側の世論の悪化が大きいですよね。日本側が10ポイントくらい悪くなって、中国側は30ポイント以上悪くなっています。これを見て両国の指導者はどのように感じるか、何を考えるかというところが非常に重要ですね。いま加藤さんからありましたように、中国側の世論の悪化の大きな原因は、去年の夏以来の猛烈な反日宣伝キャンペーン、これがある意味では大変効果的だったということを表していると思います。今回の悪化という結果を宣伝の成功とみるのか、それとも日中関係という非常に重要な2国間関係のあるべき姿という観点から、非常にまずい状況になってしまったと否定的にとらえるのか、中国の指導者にぜひ聞いてみたい。もちろん私たちは日中関係を発展させたいと思うわけですから、この衝撃的な数字を見て「このままではいけない。何とか、両国民の相手に対する感情を改善しなければならない」と、指導者が強く認識する数字になってくれればと思います。
メディアに影響される中国の国民感情
工藤:私たちもまさに、この結果を両国民がどう考えるかということで非常に重要な局面に来たと思うのですが、今回の調査では、相手国への「良くない印象」の理由も聞いています。中国ではやはり尖閣で領土紛争が起きて、日本が強硬な態度をとっている、ということを77.6%が理由として選んでいるのですね。ほかには、加藤さんがおっしゃったように、日本に歴史、戦争についてのきちんとした認識がないのではないか、という項目が63.8%と去年に比べて30ポイントくらい上がってしまっています。これが中国ではいろいろ効いているのだと思います。
一方、日本人が中国に対し「良くない印象」を持つ理由としては、尖閣の対立が53.2%ありますが、それだけでなく現在起こっている話として、中国が日本をとにかく批判するとか、宮本さんがおっしゃったような大国的な行動を中国がとることに対して気になっている、ということが合わさって9割になっている。ということで、日中で同じように印象が悪化しているのですが、理由は双方で異なっています。
皆さんにお聞きしたいのですが、世論調査の時には有識者アンケートも併せて公表していますが、数字をみる限りでは、一般世論よりは少し緩和されている傾向があります。この理由として、一般の世論つまり国民は、なかなか直接的な交流がないために、自国のメディアに影響される。ところが有識者は逆に中国を訪問したり、日本に来ていたり、知人がいたり、直接的な交流のチャネルを持っている人たちですから、メディアの影響を受けにくい。高原先生が「宣伝」というお話をされましたが、一般世論はメディア報道によってナショナリスティックな印象が増幅しているともいえる感じがします。いまの要因を踏まえた感想はどうでしょうか。
交流のなさがもたらす無理解とメディアの影響
宮本:やはり、日中関係、とりわけ中国の観点からすると、我々は歴史を引きずってしまっていると思います。間違いなく、中国の宣伝キャンペーンも意識的に歴史を煽った面があります。それは逆に言うと、歴史問題は中国の人たちの感情にはっきりと残っているので訴えやすく、今回はうまく刺激されて、尖閣と歴史が結び付けられてしまったという感じがします。他方、有識者に関して言えば、相手国に対する印象もそれほど悪くない。
日中世論の「相手国への渡航の有無」を見ますと、日本側は85.3%が中国に行ったことがないのですが、中国は97.2%が日本に行ったことがない。
工藤:ほとんど直接、相手を知らないのですよね。
宮本:それから「相手国の知り合いの有無」についても、日本は79.5%の人に知り合いがいないが、残りの人は何らかの関係があるのですね。ところが中国の96.2%の人には日本人の知り合いがなく、こういう人たちには宣伝がよく効いているということです。
工藤:そうですね、特にテレビが強い情報源になっている。
宮本:逆に言うと、関係が深まれば、日本人の知り合いを持たない中国の人に対してはもう少し底支えができるということだという感じがしますね。
工藤:やはり直接的な交流が非常に大事だということですよね。加藤さんにお聞きしたいのですが、9割という数字が、普通、世論調査上で持つ意味とは何なのでしょうか。ほとんどすべてが相手を嫌いという状況は私も非常にびっくりするのですが。
加藤:ほとんどそのように考えていいと思いますね。10人中9人というよりは、10人中10人に近いと考えた方がいいような数字ではないかと思いますね。ただ、有識者では少し数字が違ってきています。というのは、一般の方は日本政府イコール日本人、あるいは日本製品という結びつけ方をする人が多いですから、日本政府と関係が悪くなれば日本人も嫌いになるし、すべての日本製品が嫌だ、忌避したい、という気持ちになる人が多いわけです。しかし有識者は、いまの日本政府の考え方そのものについてはそれなりの反対があるけれども、その他一般の国民、あるいは日本の製品、日本の企業の活動といったものに対して、それとは少し切り離して考えている人もいるのかなと思います。ですから、理性的になって考えると、新しい政権、あるいは今の政権が違う外交方針を出してきた場合にはまた改善する可能性がある。今は9割の人がみんな「日本人が嫌い」「日本製品が嫌い」ということになっていますが、政治関係がよくなってくれば、逆に、日本人も日本製品もそんなに嫌いではなくなるという方向でグッと減る可能性がある。そういう意味で、一般国民の日本人嫌い、日本嫌いという数字はかなりぶれる可能性があると思います。
工藤:「日本といえば何を思い出しますか」と聞くと、普通は桜とか電器製品、日本料理とかなのですね。日本の国民は、中国といえば中華料理とかを思い出す人がまだ多く、4割くらいいて、まだ健全な思い出し方です。しかし中国は、日本というと今までは桜とか電器製品が多かったのが、今はもう釣魚島になってしまっています。
いかにそういう報道がなされていたかということもあると思うのですが、高原先生いかがでしょう。
高原:「良くない印象」を持っている理由として、一番多いのが尖閣の問題、二番目が、歴史について日本はちゃんと謝罪し反省していない、そう答える人がものすごく増えています。そこから逆に我々として何ができるかと考えると、歴史のことがずっと中国の人の心に引っかかっていることがよく分かりますので、特に要職にある人たちは、歴史に関する発言には、こういう状況であるからこそ細心の注意を持って、慎重な言動をとることが大変重要で、そこが大事なのではないでしょうか。
日本の覇権主義は「尖閣」報道から作られた認識ギャップ
工藤:次の話ですが、いつも私たちが気になっているのが、相手の社会・政治体制をどのように両国民が見ているのかということ、これは2005年から毎回聞いています。私たちはここでいつも驚くのですが、中国の人に「日本は今どういう体制なのか」と聞くと「軍国主義」だという人がいつも多くなります。今回の調査でもっと驚いたことは、中国の人たちの間では、今年は特に、日本が「覇権主義」だという人が去年からかなり増えて48.9%となりました。つまり、半数近い人たちが日本は「覇権主義」だと今年は判断した。2番目が「資本主義」で42.1%、3番目が41.9%で「軍国主義」が続きます。この認識が去年からかなり変わったことを、私たちはどう考えればいいのでしょうか。
宮本:中国側が尖閣がらみの問題をそう報道したからですよ。それまで誰もお互いに手を付けていなかった純真無垢な領土があって、そこに野蛮な日本が手を出して自分の手に取ったという報道になっているわけです。力で領土を取ろうとする日本ということで、力ずくで日本の意思を通す、人に押し付けるというのが覇権主義の最もシンプルな定義だと思いますので、それに見合った行動を今回、尖閣でやったと描かれてしまっているのです。
工藤:確かにそれは興味深いですね、中国の論調がそのように作られていたということが垣間見える感じで。
高原:いま宮本元大使がおっしゃった通り、もちろんイメージとしては、アメリカの覇権主義というものが中国の人にはインプットされていると思うのですが、覇権主義という言葉は力の強い国が、力を用いて自分の意思を相手に押し付けるというイメージでとらえられていると思います。中国に行ってテレビをつけると、軍服を着た女性キャスターが司会をして、軍事専門家なる人たちがずらっと並んで、日本がいかにこれから軍備を拡張して、このように中国に対して攻めてくる、といった宣伝を盛んにやっているわけです。
工藤:本当の話ですか。北朝鮮ではなくて、中国ですよね。
高原:もうびっくりしますね。我々はそういう実態をよく分かっていないのですが、その辺を分析検討し、指摘すべきことはちゃんと指摘し合う。相手にとっても日本の報道にいろいろ言いたいことがあるでしょうから、本当はそうしたメディア対話を、今年はやらないと、と、思っているのです。
加藤:私は非常にびっくりしています。本来、自衛隊というのは専守防衛ですよね。最近は敵基地攻撃能力をつけるとか、集団的自衛権を行使してよその国に行くとかいうことも言っていますが、基本は攻撃兵器がなくて守る一方のものなのです。その自衛隊しか持っていない日本がどうして覇権主義になりうるのか非常に不思議ですし、尖閣にしても、ずっと海上保安庁が沖縄返還後は一貫して持ってきて、その後まったく拡張していないわけです。にもかかわらずどうして日本が覇権主義と言われるのか、それを言うなら、中国の方がずっとすごいでしょ、というのが私のイメージで、自分のところを棚に上げてよく言えたものだ、というのは言い過ぎかもしれませんが、どういう感覚なのか非常に不思議です。
工藤:これは後から深めたいテーマです。中国国内で尖閣問題がどう語られているのか、垣間見たような気がするのですが、この辺りはもっとオープンに議論していなければいけないと思います。ということで、いったんお休みにして、次のセッションで議論を深めてみたいと思います。
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日中関係の現状をどう考えていけばいいのか
工藤:さて、このセッションで非常に重要なのは、日中関係の現状を、どう両国の国民は考えているのか、ということです。この結果にも私はかなり驚きました。確かに政府間の首脳会談もないわけですから、日中関係が悪いと思って当然だと思うのですが、日本は去年「悪い」が53.7%だったのが、今年は79.7%、これも20ポイントくらい上がってしまった。中国はなんと90.3%が「日中関係の現状が悪い」と答える状況なのですね。
これに関しては、去年「どちらともいえない」という選択肢があったので単純比較はできないのですが、ただ中国は「日中関係が悪い」というのは去年41.0%しかなかったので、それだけを比べると50ポイントぐらいも悪化し、かなり衝撃的です。
さらに、「今後、両国関係がどうなるか」ということなのですが、今までは、現状がどんなにひどくても「来年以降は良くなっていくのではないか」という声が国民レベルではあったのですが、今回は「今後もさらに悪化していくだろう」という声が、少なくとも中国では4割を超えています。「今の状況が変わらない」が3割いますから、中国の国民の約7割が今の深刻な状況がこのまま続くか、さらに悪化すると見ている。日本も、「悪くなっていく」が28.3%となっています。これはどのように考えればいいのでしょうか。
参院選の結果がもたらす中国側の悲観論
加藤:日本の政権はコロコロ代わりましたし、政権交代もあって政策も随分変わったので、次が分からない。だから、これまでは、期待的、希望的に、「次は良くなるだろう」と考える余地があったのではないかと思うのです。ところが今回の場合、参院選で自民党が勝つだろうということは、何となく中国の方でも前から織り込み済みだったのではないかと思います。そうなると、今の悪い現状があまり変わり得ない、むしろ続くだろうと感じる。まず、日本の政治制度の問題からそう考えるところがあったのかもしれません。
なおかつ安倍さんは、第1次安倍内閣の時に、就任直後に中国を訪れて雪解けをしましたよね。そういう期待があったのですが、今回はそれがなく、逆に「あれ、安倍さん、ちょっとこの前と違うね」という感じがあるものですから、中国としてはむしろ逆で、「悪くなるのではないか」という気持ちが強くて、そういう政権がもしこれから3年とか長く続くと、日中関係にプラスになる要素は考えにくいという気持ちが相当広まったのではないのかという気がします。
尖閣問題で冷静さを欠く中国
高原:もう一つの問いとして「両国関係の発展を妨げるものは何ですか」というのがありますよね。それに対する中国世論の答えとして一番多いのはもちろん領土のことなのですが、もう一つ注目すべきだと思われるのは、去年だと「中国国民のナショナリズムや反日感情」が両国関係の発展を妨げているという、ある意味では冷静な自己認識があったのが、今年は我々の目から客観的に見ても中国のナショナリズムがすごく高まっているにもかかわらず、その点を指摘する人が半分以下になってしまって、去年は21.3%だったのが、今年は8.0%に下がっている。ちょっとみんな頭に血が上ってしまったということが分かると思いますね。
工藤:今、高原先生がおっしゃったように、去年は「中国国民のナショナリズムに問題がある」という声が2割くらいで、けっこう冷静な見方があったのですが、今回は確かにみんなカッカしてしまっている感じですよね。そして、領土問題がやはり一番の問題になっている。
宮本さんは中国大使も経験されたということでお話を伺いたいのですが、こういう時は首脳会談を再開すべきだと思われますか。加藤さんがおっしゃったように、安倍さんは第1次政権の時は電撃訪中をして日中関係の改善のために動いたわけですよね。
ですから、私たちも、ある意味ではリアリズムの考え方を安倍さんに期待するところもあるのですが、「首脳会談は必要ですか」と両国民に聞くと、日本は64.9%、中国は57.1%の国民が「必要である」と答えています。だから基本的に6割が「必要である」と思っている、これは十分だと思うのですが、ちょっと気になるのは、中国側には「必要でない」と思っている人が37.3%いるということなのですね。つまり課題の解決という点で、非常に疑心暗鬼があるような感じが世論から見えるのですが、宮本さん、どのように考えればいいのでしょうか。
「首脳会談」は膠着状態を変えられるか
宮本:イメージとしての日本の悪化、日本との将来の関係をどうしていくのか、ということが全部響いていると思いますね。したがって、日本のイメージがいかにして悪化したかという原因究明の中に、今後のことについての一つの解答はあるだろうと思います。面白いのは、首脳会談は「必要」なのですよね。問題が難しくなればなるほど首脳が決めるしかない、いくら部下に準備しろと言っても限界があるわけですね。したがって、いざという時には首脳が顔を出すのは当たり前の話なのですが、中国の場合は(「首脳会談が必要だ」という声が)50数%あったとしても、30数%の人は「やる必要はない」と言っているのですね。この認識の違い、問題があった時に首脳が出かけて解決するのが当たり前だという日本の認識と、そんな日本とは首脳が会う必要はないのだと思う中国社会との、首脳会談に対する感覚の違いが出てきますね。これが両国首脳の判断に影響するということなのです。両国首脳はすべて国内の認識、判断をもとにやっていきますので、中国国内で「こんな時に会う必要はない」という声がこんなに強いということは、習近平さんの判断に一定の影響を及ぼす。もちろん、50数%が「やれ」ということですから、基本はやるということだと思いますが、ちょっと日本と違うなと思います。
中国は日本との関係を改善しようという意識はあるか
工藤:今のお話を伺って別の疑問が出てきたのですが、私たちは「こういう状況だから何とか解決しないといけない」とすぐ頭に浮かぶのですが、中国の世論では、なかなか「この状況を直さないといけない」という意識にならない、ということなのでしょうか。
宮本:中国の世論は、日本との関係が悪くなっているということもありますし、将来どうなっていくかという時に、日本との関係が間違いなく落ちていくと思っているのです。現在の状況は、客観的に見れば、中国も日本を間違いなくお互いを、必要としているのですね。日本だけに恩恵を与えるのではなく中国にも恩恵を与えるという明確な相互関係があるのですが、中国の人は、実現するかどうか分からない将来の姿を前提にして、「日本との関係はその程度でいい」ということで、切迫して「日本との関係を良くしないといけない」という気持ちが生まれてきていないのではないでしょうか。
工藤:これは重要なところですね。高原先生どうでしょうか。
高原:「両国関係は現在重要か」という問いがありますよね。私はここがどれほど下がるかと心配していたのですけれど、それほど大きくは下がらなかったというので、やや安堵しているところがあるのです。
工藤:両国民の7割くらいが「重要だ」と思っています。
高原:去年は8割くらいあったと思うのですが、日本に対するイメージ、感情が非常に悪くなったけれども、まだ理性的には7割の人が両国関係の重要性を認識しているということも、習近平さんはよく認識してほしいと思いますし、日本側でも同様ですよね。「重要である」という人の割合がそんなに下がっていないわけですから。
民間交流は日中関係を良くするか
工藤:いつも「日中関係は悪いのだけれど、お互いは重要だ」と考えているところが救いになっているのですよね。これはまだ7割くらいで崩れていない。
次に「両国関係とアメリカとの関係」、日米/中米関係と日中関係のどちらが大事なのかという設問をいつもしているのですが、これを見ると同じ傾向が出ている。少なくとも「どちらも大事だ」というのが半数を超えているのですね。ただ、「日米/中米関係の方がより大事だ」という声がどちらも増えているのですが、日本の方が10ポイントくらい増えてきているという状況が今回あります。
併せて聞きたいのですが、「日中関係を考える時に民間交流が大事か」に対して前回は8割~9割が「重要だ」と言っていたのですが、今回「重要だ」は日本でも6割、中国でも6割台に下がってきているのですね。本来、民間の交流というものが、クッション役とかいろいろな大事な役割を持っているのですけれど、全般的に何かトーンが変わってきているような気がしてしまうのですが。
「最も重要な国の一つではない」 ―中国にとって変わりつつある日本の重要性
加藤:一つ一つの数字を見ると、ちょっと減ったくらいで済んでいるところもあると思うのですが、いくつかの同じような傾向を見ると、やはりここまで全面的に減っているというのにはちょっと引っかかりますね。それは10ポイントとか5ポイントくらいのズレかもしれないのですが、これはもしかすると、これから先どんどんその傾向が続いていく可能性があるのではないか、その予想を感じさせる怖さがありましたね。
私が中国の方と話をしている時に、今までは中国の人は必ず「日中関係は最も重要な2国間関係の一つである」という言い方をしてくれることが多かったのですが、最近は「日本は最も重要と言えるのかな」という人がいまして、中国の目線の中で、「日本は確かに重要なのだけれど、最も重要な国の一つではなくなりつつある」というとらえ方が出てきたのかなと思います。
そういう意識の変化が、ちょっとですが数字で表れているという気がします。これについては、たまたま今年の特徴なのかもしれないし、来年以降この傾向が続くのか、続かないのか、もう少ししっかりと長期的に見ていくと、日本に対する中国人の気持ちの変化が見えるでしょう。そこにすごく注目したいですね。
工藤:私も、これはもう少し分析しないといけないと思っています。というのは、宣伝とかメディアを通じた認識という点では誤解も結構あると思うのです。例えば日本の首相のイメージも、メディア報道によってかなり過激につくられる可能性があるので、このあたりはトップの首脳会談で変わると思うのですが、民間交流そのものをあまり重要と感じていない人が増える、という話は、宣伝の問題とどうつながるのかと気になっています。
宮本:それは、民間交流に従事している人が絶対的に少ないということですよね。とりわけ中国においては、ここでされているのは全部抽象的な話なのです。自分で体験して自分で考えた結果ではないのですね。そういう抽象的な世界で「もう必要ないだろう」と。むしろ日本ではけっこう民間交流をやっておられる方はいるのですが、こういう、本当に民間交流をやらないといけない時に、交流を止めてくるような中国とはもう付き合いきれない、というところはあるのだと思います。長いこと日中関係をやっておられる方からは、ため息とともに希望を失うような声を地方でもよく聞きますからね。ですから、民間交流をやった方がいいと思ってきたのだけれど、こういう対応をされると「本当に民間交流をやっていけるのだろうか」という見方が出てきているのだと思いますね。
それから、日本に対するいろんな見方が弱くなっている一つの大きな理由は、「2030年の相手国」というところを見ていると、中国で一番多いのが、33.1%で「日本は2030年には経済大国の地位も影響力も低下する」と見ているのですよ。これが、先程の「最も重要な大国の一つなのかな?」と疑問視されている前提になっている認識なのですね。ですから、これは日本が経済をもう一度成長の軌道に乗せて、2%でも3%でもできれば、中国も未来永劫7%ではなく落ちてきますから、すると2030年代になるとお互いに2%や3%くらいの経済成長でそんなに差がつかなくなってくる。日本は相変わらず、先端技術とかソフトの面では優れているという日本にしておけば、この33.1%はもっと減るのではないかと思いますけれどね。
相手国の将来に悲観的な見方が広がっている
工藤:一方「中国の将来に対して日本の国民はどう感じているか」というと、以前は中国の経済台頭に伴って「アメリカに接近するのではないか」と思っていたのですが、今年は「中国経済は順調に成長する」よりも「将来は極めて不透明だ」が29.3%。だから、お互いに相手国の将来に対して慎重に見るようになっている。
加藤:このように相手を見てしまうと、関係を強化することに対する動機づけが弱まってきますね。
高原:日本からすると、最近の中国の話題というと、もちろん島の問題もありますが、大気汚染ですよね。環境汚染の問題のイメージが非常に強い。昔からある問題を中国はなかなか解決できていない。これからは、社会の高齢化もいよいよ速い速度で進展するとか、日本がこれまで経験してきたような問題に中国が行き当たっていて、それをうまく解決できるだろうか、どうもその兆しがない、といったような印象があるかなと。特に、大気汚染は、非常に可視化された形で、中国のこれからのリスクというものを、印象として人々に植えつけたのではないかなという気がします。
工藤:今の高原先生の話は非常に重要で、両国関係に関しては、お互いに共通利益というか、いろいろ解決しなければいけない問題はいっぱいありますよね。だから、本当はそのためにも、協力を深めようと、そういう認識が出てこないといけない。中国はたぶんそう思っている人たちが多いと思うのですが、なかなかこういう意識は、世論調査には出てこなくて、対立だけが加速されているという現状のような気がしました。では少し休憩にして、最後のセッションにいきたいと思います。
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尖閣問題と経済問題を両国民はどう考えたか
工藤:では、尖閣問題や経済、まさに両国に問われた様々な課題に関して、話を進めたいと思います。
まず経済の問題ですが、「尖閣問題がお互いの経済に影響を与えているのか」と聞きました。実はこの設問は、今回初めて入れたのですが、「両国の経済に尖閣問題が影響を与えているのかどうか」ということになると、中国は82.2%、日本は67.7%の人が「影響を与えている」ということです。では、「どちらの方により悪影響を与えているのか」ということも聞いたのですが、日本は65.1%が「日本と中国のどちらにも影響を与えている」、つまり共倒れになるような状況になっている。中国もそのような見方が52.4%で、半数以上が「両国経済に影響を与えている」という認識を持っている。ただ、3割くらいは「中国よりも日本に影響がある」という意見があります。
もう一つ気になったのは両国の経済関係です。今まで9年間調査する中で、初めは「中国の経済は日本にとって脅威だ」という見方が日本の国内にありました。それがだんだん「Win-Winの関係で、両国の経済発展は非常に重要だ」という感じになっていったのですが、今回の調査では、中国側は半数以上、「お互いWin-Winの関係を築くことができる」というのでまだ残っているのですが、日本の中に「Win-Winの関係を築くことが難しいのではないか」という人が4割以上いて、それが一番多くなっている。
あと、昔、経済は盛り上がっているが政治は冷え込んでいるという「政冷経熱」という言葉がありまして、今回の世論調査では「『政冷経熱』という状況を維持することはできるか」、つまり経済と政治は分離できるかということも聞いたのですが、やはり半数を超える人たちが「政治の問題が経済にも影響する」という形で、日中ともに、「政冷経冷」に向かうと見ている。加藤さん、これはどうですか。
政治問題は両国経済に影響を与えるか
加藤:確かに、経済が両国関係の影響を受けているという側面が現実に起きているので、こういう形になっているのだと思うのですね。ただ、例えば、レアアースなどはあの時止められてしまって大きな問題になったからはっきりしていますけれど、それ以外の部分では、日中関係が悪くなったという問題と、もう一つは中国の経済成長が相当鈍化してきている。鉄鋼生産がかなり落ち込んだり、いろんなところでブレーキがかかっているというのが、日中の経済関係にもある程度影響を与えている部分があって、どこまでが日中関係の影響か、どこまでが経済の鈍化なのか、若干分かりにくいところがあると思います。
ただ、この前、韓国の朴槿恵大統領が、非常に大勢の経済代表団を連れて中国に乗り込みましたね。政治が悪いとき、あのような形で、経済と政治を結びつけて「政治経済外交」のようなものをやる国が多いわけですね。アメリカもロシアもドイツもそう。(ところが日本の場合)そういうことをやられた時に、日本の方から見ても「経団連だけ行って大丈夫なのか」という問題が実際にありますし、行ってもなかなか偉い人に会わせてもらえなかったりという現状が起きたりしました。深刻な問題になりつつあるな、という実感を持っていることも間違いないと思いますね。
工藤:経済関係で意識的に要人が会わなかったり、いろんな形がありますよね。
加藤:最近、若干変わってきているような感じはしますけれど。
日本と中国は「Win-Winの関係を築くことができる」のか
高原:「両国の経済関係」という問いの答えがすごく面白いと思うのですね。というのは、日本の世論の方を見ると、実はすごく増えているのが「分からない」。それで、「Win-Winの関係を築くことは難しい」と答えた人は1ポイントしか増えていない。やはり、島の問題が起きてからの、暴力的な反日デモなどといったものを見て、すごく当惑しているという感じがありますよね。政治が経済に波及する中国の振る舞いが当惑を呼んでいる。
それから、中国世論の方は、これもすごく面白いと思って見ているのですが、「Win-Winの関係を築くことができる」という人も増えているのです。どちらかといえば「Win-Winの関係を築くことは難しい」という人も増えてはいるのだけれど、それはなぜかというと「分からない」という答えが減ったからなのですよね。「関係を築くことは難しい」という人も若干増えているけれど、「築くことができる」という人も増えているという中国の回答になっていますよね。
だから、経済はまだどちらの可能性もあるというのが、このアンケートから分かるのではないでしょうか。
宮本:私は、経済関係は日中関係を支える基礎だと思ってきたわけですね。その将来に関して、中国側は引き続きWin-Winの関係を作れるけれども、日本で「分からない」という気持ちが出てきたということは、事態を少しは深刻に受け止めた方がいいだろうという感じがしますね。これまで、放っておけば経済は自分の力で伸びていただろうと思ったけれど、我々はちょっと意識して、両国政府および政府指導者もそこを意識しておかないと、経済の面でも影響が出るということが分かったと思いますね。「どちらにより大きな影響か」ということに関していえば、日中双方とも、マジョリティーが「お互いに影響を受ける」という、ある意味では健全な反応だったのでそれは良かったのですが、将来に関していえば、これまでのような楽観的な意識というより、政治が経済にある程度影響を及ぼすと見ている。その視点で、政治関係についても両国指導者は考える必要があるなと感じました。
「日中両国間に領土問題は存在している」のか
工藤:両国の事態は、解決に向かって動かないといけない局面に来ている。それが今回の調査で非常に痛感するのですが、その中心的な課題が、尖閣問題です。この点では、これは世論調査でいろいろ質問しているのですが、「領土紛争が存在していますか」という問いでは、この一年で中国側も、「存在している」という人が82.2%に大きく上がっています。 しかも、「近い将来、日中両国で、尖閣および周辺の島々をめぐって軍事紛争が起こると思いますか」と直球で聞いているのですが、日本の方が去年より増えて44.7%と半数近くが「起こらない」と思っているのですが、中国は「起こる」が「数年以内」と「将来」を合わせると50%を超えているという状況です。「起こらない」と思っているのは32.3%です。そして中国の有識者も半数以上が「起こる」という見方、日本の有識者は、やはり「起こらない」と思う人がけっこう多いです。こうした認識をどう思いましたか。
宮本:面白いですね。「領土問題は存在するか」という問いで中国側の答えを見ると、「存在していない」が有識者で今年34.1%に増えているのですね。これは、領土問題と領有権問題とがなかなか難しいのですよ。領土問題と言っているのが本当は何を意味しているのか正確に聞いたら、全部はぎ落すと領有権問題なのです。その領土がどちらのものかを争う領有権の問題が、実は領土問題の本質なのですね。中国の立場は、尖閣は100%自分のものですから、領有権の問題は存在していないのです。
しかし、素朴な国民感情はこういうことで、「存在している」が増えたということですよ。それはそれで、まさに「存在している以上は話し合いで解決しないといけない」というところに持っていけると思うのですが、「日中間で軍事紛争が起こるか」という問題、これは間違いなく日本のイメージとも連動しているのですよ。「日本は歴史の反省をしない」というのは、歴史の間違いを犯すということでしょ。で、覇権主義、力で自分の主張を押し付けようとしている、そういうイメージが彼らの中に摺り込まれたので、戦争が起こることになるのですよ。そのように分析できると思います。ですから、どういうイメージを日本に抱いたか、抱かせる理由は何か、ということを考えていくことによって、それを解き放つ方法も見えてくるのではないかと思いますね。
高原:ちょっと驚いたのは、日本側で「軍事紛争が起きる」と答えた人が減っていますよね。これはどうしてなのかよく分からない。中国側は若干増えているわけですけれどね。もっと増えるかなと思ったのですが、ここをどう理解したらいいのか私もよく説明できないところです。
両国のメディアは尖閣問題をどう報じてきたか
工藤:加藤さん、日本のメディアが尖閣問題の議論をする時、今ある緊張状態を冷静にする報道ってあるのですか。
加藤:そうですね。普通のメディアはあまりやらない。むしろ、外交的な努力で何とかしようとしなくてはいけない、というのが論調でありますから。中国に関して言いますと、中国の一般庶民がよく立ち寄って新聞を買う新聞スタンドに行くと、あまり主流のメディアではないのですが、もう「日中開戦間近」、あるいは戦争している絵か何かがガンガン載っている。
工藤:日本でも、「軍事比較」とかありましたよね。
加藤:それは一時期やめましょうという話になったのですが、その後「海洋強国を目指すんだ」とか、公式にも言っていますが「戦争に勝つための軍隊を作る」とか、こういうことをプロパガンダとしてガンガン言っていますから、では、直近でどこと戦争するのかという時に、中国の周辺を考えると、やはり「あそこの島あたりが最初にあるのではないか」と思う人たちが増えても仕方がないなと思うような、今の中国の報道ぶりを感じるのですね。
工藤:やはりお互いのメディアの報道は非常にまずいですよね。
日本社会に伝わらない「現場」の軍事衝突の切迫感
宮本:高原先生がおっしゃったことに関連して言うと、現場の情報に比較的アクセスすることができる高原先生や加藤さんや私などは、軍事衝突の切迫感を持っているのですよ。それが日本社会に正確に伝わっていないのではないか。だから、緊急にこれに対応しないといけないという我々の持っている危機感と、かい離があるように思える。
工藤:世界もまた、東アジアの紛争回避に注目しているのですが。
宮本:工藤さんも昨年の秋に、シンガポールで「紛争をいかに封じ込めるか」と、議論をされましたが、それからも、世界は非常に心配して見ています。
尖閣問題に解決の道筋はあるか
工藤:確かにその、緊張感が足りないですね。それから、今回私が驚いたのは、「尖閣問題をどのように解決するのか」と、去年に引き続いて世論調査で聞いたのですが、去年の方が設問がアバウトなところがあって、今回は具体的に絞り込んだのですが、認識がかなり異なっています。日本側は「交渉によって平和的解決を目指す」と、「国際司法裁判所に提訴して、国際法の枠組みで解決する」、つまり、「平和的解決」が49%、「国際司法裁判所」が42.2%あって、たぶん日本の国民世論はここのところに収斂され始めているのですが、中国は逆でして、去年は「平和的解決」が52.7%で圧倒的に多かったのですね。これが今回、43.6%で10ポイントくらい減った代わりに、選択肢が増えたということもあるのですが、例えば「領土を守るために自主的なコントロールを強化する」とか「外交交渉を通じて領土問題の存在を認めてもらう」とか、こういうところを選ぶ人が結構多い。
つまり、日本は課題解決型、何とかしなければいけないという思いを感じるのですが、中国側はまだ主張の段階にいるように見えてしまうのですが、このあたりはどうですか。
加藤:「実質的にコントロールを強化すべきだ」とか「領土問題の存在を認めさせるべきだ」というのは、玄人が宣伝しないと一般の人には分からない話です。相当政府が日本に対して「日本はけしからん」とか「盗み取った」とか「認めていない」とかいうことを言って、上からガンガン流すのですから、それに影響されたのではないかという気がしますね。
やはり、平和的解決をすべきであるということは言わざるを得ない、それ以外に選択肢はないと思うのですが、やはり、向こうには、日本がこの問題で全然譲歩しないことに対するいら立ちというものがあって、それがいろいろな形で国民にじわじわと伝わっている、またそういう方向に政府が扇動しようとしている可能性がある。
逆に言うと、こういう結論が出ますと...
工藤:逆に引き返せなくなってしまいますよね。
加藤:そうですね。中国政府自体が縛られるので、日本も交渉しづらくなるなという感じがします。
工藤:高原先生、どうでしょうか。
高原:去年と設問が少し違うのですが、同じ項目として「国際司法裁判所に提訴し、国際法規に則り解決すべき」というのがあって、中国側も7.5%から20.1%に増えていますよね。それもまた一つの傾向。だから、中国側の答えを見ていると、相反するようなことが同時に起きている。中国ではよくあることですけれど、そこも大事かなと思います。社会の中にどちらの傾向もある。ですから我々としては、健全な方向にどうやって押していったらいいのか、そういう発想でアプローチするのがいいと思いますね。
工藤:宮本さん、どうでしょうか。
宮本:設問の違いもあるのではないですか。中国メディアの設問と日本側の設問は違いますから。
工藤:実はそうなのです。ここは、設問を作るだけで大変で、夜中までかかりました。
宮本:なかなか摺り合わせがつかなかったということだと思いますが、まさに、今の気持ちの反映と、将来的にどうするか冷静になって考えているところ、その次元の違いがもろに出てしまって、高原先生がおっしゃったように相矛盾するものが同時に存在する中国社会を表していると思います。繰り返して申し上げますと、中国の今回のプロパガンダ、日本に対するキャンペーンはすさまじかったということです。そこで徹底的に、尖閣に関する彼らの物語を摺り込まれて、そこで描かれた日本というのがあって、その結果、最初の(「日中間で軍事紛争が起こる」という回答が)50%を超えている、これをまず認めないといけないという心理状況にしているのは間違いないですね。
ですから、去年以降、対日キャンペーンというものが、日中関係上本当に痛かったという気がしますね。
一年前から大きく変化した中国の尖閣問題
工藤:1年前は、中国国民は尖閣問題をどのように理解していたのでしょうか。
宮本:1年前と今回の一番大きな違いはまさに尖閣問題でしょう。それで、これだけの違いがいろいろ出てきたと思います。同時に、高原先生がおっしゃったようにポジティブな面も増えていることを忘れてはいけないと思います。しかし、尖閣に関して沖縄返還交渉まではアメリカが実効支配をやっていたのですが施政権の返還で日本に戻ってきて、ずっと日本が実効支配を続けたということさえ多くの中国の人は知らない。中国国民が摺り込まれているのは、いわば誰も手を付けなかったところに、日本が新たに国有化という手段で取りに来たということで、それが、普通の国民の認識になってしまった。
工藤:中国では、尖閣を日本が実効支配をしていたことも、知らない人が多い。
宮本:ですから、そこは中国側も、もう少し客観的な事実を報道する必要があるということです。
日中平和友好条約にみる解決策
工藤:日中平和友好条約から今年で35周年ですが、まさにこの条文には、「すべての紛争を平和的手段で解決して、武力または武力による威嚇に訴えない」という今にぴったりな項目があり、第2条には「両国は覇権を求めるべきではない」「覇権を確立する試みには断固反対する」、これは時代状況としてはソ連を意識したということはあるのですが、今回、世論調査で「日中平和友好条約を知っていますか」と聞いたら、日本は62.7%が「知っている」で、「知らなかった」が36.9%。中国は41.2%が知っていて、知らなかったのは58.8%でした。知っている人に、さっきの条文で「今だったらどれを支持しますか」と聞くと、日本の国民で最も多いのは、第1条(平和的手段での解決)なのですが、中国は7割近くが「覇権を求めるべきではない」という話になってしまった。
こうした認識の違いはどこに問題があるのでしょうか。
加藤:たぶん、「覇権を求めるべきではない」を彼らが支持しているのは、「日清戦争の最中に日本が盗み取った」という宣伝を散々やっているから、「日本はその時以来覇権主義で、今なおそれを主張しようとしている」という考えで言っているのだと思います。日本は「とんでもない。あそこは誰もいないところで、無主地先制の原理で日本が踏み入れて、その時に清は何も文句を言わなかったじゃないか」という話ですから、まったく認識がずれているわけですが、そういうプロパガンダを流されてしまっているから、「あそこは日本のものだ」と言っただけで、彼らは覇権主義だと思ってしまう。そういう、我々としては好ましくない世論が形成されたのだという感じがします。何もしなければ大丈夫だったのに、泣く子を起こすような形でかえって大泣きしてしまっているという困った状況です。
メディアを通した「事実求是」を日本から
高原:そうですね。日本の覇権主義を心配するというのは、ある意味では、中国の社会に昔からある被害者意識の表れという面もありますよね。ですから我々としては、中国人は「実事求是」という言い方をしますが、事実は何なのかということを、何らかの方法で中国の人たちに伝えていく、こういう試みも大変重要だと思います。テレビ、そしてインターネットが重要な世の中になりましたから、インターネットは我々の方から発信できますので、そういったメディアを通して、「日本側がとらえている事実はこうなんだ」ということを、一生懸命中国の人たちに訴えていく。「実事求是」でいきましょう、ということの重要性を改めて感じさせる結果だと思います。
工藤:宮本さん、最後に一言お願いします。
宮本:中国のかなりの方が平和友好条約をご存じなかったというのは、想像の範囲内といえば範囲内ですが、私にとっては失望を禁じ得ない結果でしたね。私たちは必死になって、こういう国と国との約束事を作ってきたのですね。日本の国家としては、約束事を作ったらしっかりと守るという覚悟で、いろいろなことを約束しています。それがこのように、ほとんど中国の中で報じられずに、多くの方が知らなかったというのは残念だと思います。今年で35周年ですから、これを機会にぜひとも平和友好条約を日中双方でさらに再認識してもらいたいと、しみじみ思います。
それから、高原先生が本当にいいポイントを突かれました。これからいかにして、相手に自分たちの客観的な真実を伝えていくか。中国の人も、短期的に相手の世論をどうするかという狭い視野ではなく、中長期的に正しい理解を日本に求められることは、長い目で見れば本当は中国の利益になるのです。そういう方向での、中国の客観的な真実の姿を日本に伝える努力をしていただきたいと思います。
この状況を改善するための対話が、必要
工藤:ということで、今日は中国と日本の共同世論調査をどう読むかで、緊急の議論をさせていただきました。今回の結果はこれまでの調査と比べて厳しいものですが、それを驚くのではなくて、こうした状況を解決しようという動きを、私たちも、当然しないといけないと思いました。この状況を改善するためには、世論調査の内容にはいろいろなことを考えさせられる点がありますので、さまざまな形で議論を行い、中国の人たちとも同じ立場で対話を深めていきたいと思っております。この調査の内容は言論NPOのホームページでも公開しますので、ぜひ皆さんもご覧になってください。皆さん、今日はどうもありがとうございました。
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2013年8月2日(金)収録
出演者:
加藤青延 氏(日本放送協会解説主幹)
高原明生 氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二 氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
尖閣問題と経済問題を両国民はどう考えたか
工藤:では、尖閣問題や経済、まさに両国に問われた様々な課題に関して、話を進めたいと思います。
まず経済の問題ですが、「尖閣問題がお互いの経済に影響を与えているのか」と聞きました。実はこの設問は、今回初めて入れたのですが、「両国の経済に尖閣問題が影響を与えているのかどうか」ということになると、中国は82.2%、日本は67.7%の人が「影響を与えている」ということです。では、「どちらの方により悪影響を与えているのか」ということも聞いたのですが、日本は65.1%が「日本と中国のどちらにも影響を与えている」、つまり共倒れになるような状況になっている。中国もそのような見方が52.4%で、半数以上が「両国経済に影響を与えている」という認識を持っている。ただ、3割くらいは「中国よりも日本に影響がある」という意見があります。
もう一つ気になったのは両国の経済関係です。今まで9年間調査する中で、初めは「中国の経済は日本にとって脅威だ」という見方が日本の国内にありました。それがだんだん「Win-Winの関係で、両国の経済発展は非常に重要だ」という感じになっていったのですが、今回の調査では、中国側は半数以上、「お互いWin-Winの関係を築くことができる」というのでまだ残っているのですが、日本の中に「Win-Winの関係を築くことが難しいのではないか」という人が4割以上いて、それが一番多くなっている。
あと、昔、経済は盛り上がっているが政治は冷え込んでいるという「政冷経熱」という言葉がありまして、今回の世論調査では「『政冷経熱』という状況を維持することはできるか」、つまり経済と政治は分離できるかということも聞いたのですが、やはり半数を超える人たちが「政治の問題が経済にも影響する」という形で、日中ともに、「政冷経冷」に向かうと見ている。加藤さん、これはどうですか。
政治問題は両国経済に影響を与えるか
加藤:確かに、経済が両国関係の影響を受けているという側面が現実に起きているので、こういう形になっているのだと思うのですね。ただ、例えば、レアアースなどはあの時止められてしまって大きな問題になったからはっきりしていますけれど、それ以外の部分では、日中関係が悪くなったという問題と、もう一つは中国の経済成長が相当鈍化してきている。鉄鋼生産がかなり落ち込んだり、いろんなところでブレーキがかかっているというのが、日中の経済関係にもある程度影響を与えている部分があって、どこまでが日中関係の影響か、どこまでが経済の鈍化なのか、若干分かりにくいところがあると思います。
ただ、この前、韓国の朴槿恵大統領が、非常に大勢の経済代表団を連れて中国に乗り込みましたね。政治が悪いとき、あのような形で、経済と政治を結びつけて「政治経済外交」のようなものをやる国が多いわけですね。アメリカもロシアもドイツもそう。(ところが日本の場合)そういうことをやられた時に、日本の方から見ても「経団連だけ行って大丈夫なのか」という問題が実際にありますし、行ってもなかなか偉い人に会わせてもらえなかったりという現状が起きたりしました。深刻な問題になりつつあるな、という実感を持っていることも間違いないと思いますね。
工藤:経済関係で意識的に要人が会わなかったり、いろんな形がありますよね。
加藤:最近、若干変わってきているような感じはしますけれど。
日本と中国は「Win-Winの関係を築くことができる」のか
高原:「両国の経済関係」という問いの答えがすごく面白いと思うのですね。というのは、日本の世論の方を見ると、実はすごく増えているのが「分からない」。それで、「Win-Winの関係を築くことは難しい」と答えた人は1ポイントしか増えていない。やはり、島の問題が起きてからの、暴力的な反日デモなどといったものを見て、すごく当惑しているという感じがありますよね。政治が経済に波及する中国の振る舞いが当惑を呼んでいる。
それから、中国世論の方は、これもすごく面白いと思って見ているのですが、「Win-Winの関係を築くことができる」という人も増えているのです。どちらかといえば「Win-Winの関係を築くことは難しい」という人も増えてはいるのだけれど、それはなぜかというと「分からない」という答えが減ったからなのですよね。「関係を築くことは難しい」という人も若干増えているけれど、「築くことができる」という人も増えているという中国の回答になっていますよね。
だから、経済はまだどちらの可能性もあるというのが、このアンケートから分かるのではないでしょうか。
宮本:私は、経済関係は日中関係を支える基礎だと思ってきたわけですね。その将来に関して、中国側は引き続きWin-Winの関係を作れるけれども、日本で「分からない」という気持ちが出てきたということは、事態を少しは深刻に受け止めた方がいいだろうという感じがしますね。これまで、放っておけば経済は自分の力で伸びていただろうと思ったけれど、我々はちょっと意識して、両国政府および政府指導者もそこを意識しておかないと、経済の面でも影響が出るということが分かったと思いますね。「どちらにより大きな影響か」ということに関していえば、日中双方とも、マジョリティーが「お互いに影響を受ける」という、ある意味では健全な反応だったのでそれは良かったのですが、将来に関していえば、これまでのような楽観的な意識というより、政治が経済にある程度影響を及ぼすと見ている。その視点で、政治関係についても両国指導者は考える必要があるなと感じました。
「日中両国間に領土問題は存在している」のか
工藤:両国の事態は、解決に向かって動かないといけない局面に来ている。それが今回の調査で非常に痛感するのですが、その中心的な課題が、尖閣問題です。この点では、これは世論調査でいろいろ質問しているのですが、「領土紛争が存在していますか」という問いでは、この一年で中国側も、「存在している」という人が82.2%に大きく上がっています。 しかも、「近い将来、日中両国で、尖閣および周辺の島々をめぐって軍事紛争が起こると思いますか」と直球で聞いているのですが、日本の方が去年より増えて44.7%と半数近くが「起こらない」と思っているのですが、中国は「起こる」が「数年以内」と「将来」を合わせると50%を超えているという状況です。「起こらない」と思っているのは32.3%です。そして中国の有識者も半数以上が「起こる」という見方、日本の有識者は、やはり「起こらない」と思う人がけっこう多いです。こうした認識をどう思いましたか。
宮本:面白いですね。「領土問題は存在するか」という問いで中国側の答えを見ると、「存在していない」が有識者で今年34.1%に増えているのですね。これは、領土問題と領有権問題とがなかなか難しいのですよ。領土問題と言っているのが本当は何を意味しているのか正確に聞いたら、全部はぎ落すと領有権問題なのです。その領土がどちらのものかを争う領有権の問題が、実は領土問題の本質なのですね。中国の立場は、尖閣は100%自分のものですから、領有権の問題は存在していないのです。
しかし、素朴な国民感情はこういうことで、「存在している」が増えたということですよ。それはそれで、まさに「存在している以上は話し合いで解決しないといけない」というところに持っていけると思うのですが、「日中間で軍事紛争が起こるか」という問題、これは間違いなく日本のイメージとも連動しているのですよ。「日本は歴史の反省をしない」というのは、歴史の間違いを犯すということでしょ。で、覇権主義、力で自分の主張を押し付けようとしている、そういうイメージが彼らの中に摺り込まれたので、戦争が起こることになるのですよ。そのように分析できると思います。ですから、どういうイメージを日本に抱いたか、抱かせる理由は何か、ということを考えていくことによって、それを解き放つ方法も見えてくるのではないかと思いますね。
高原:ちょっと驚いたのは、日本側で「軍事紛争が起きる」と答えた人が減っていますよね。これはどうしてなのかよく分からない。中国側は若干増えているわけですけれどね。もっと増えるかなと思ったのですが、ここをどう理解したらいいのか私もよく説明できないところです。
両国のメディアは尖閣問題をどう報じてきたか
工藤:加藤さん、日本のメディアが尖閣問題の議論をする時、今ある緊張状態を冷静にする報道ってあるのですか。
加藤:そうですね。普通のメディアはあまりやらない。むしろ、外交的な努力で何とかしようとしなくてはいけない、というのが論調でありますから。中国に関して言いますと、中国の一般庶民がよく立ち寄って新聞を買う新聞スタンドに行くと、あまり主流のメディアではないのですが、もう「日中開戦間近」、あるいは戦争している絵か何かがガンガン載っている。
工藤:日本でも、「軍事比較」とかありましたよね。
加藤:それは一時期やめましょうという話になったのですが、その後「海洋強国を目指すんだ」とか、公式にも言っていますが「戦争に勝つための軍隊を作る」とか、こういうことをプロパガンダとしてガンガン言っていますから、では、直近でどこと戦争するのかという時に、中国の周辺を考えると、やはり「あそこの島あたりが最初にあるのではないか」と思う人たちが増えても仕方がないなと思うような、今の中国の報道ぶりを感じるのですね。
工藤:やはりお互いのメディアの報道は非常にまずいですよね。
日本社会に伝わらない「現場」の軍事衝突の切迫感
宮本:高原先生がおっしゃったことに関連して言うと、現場の情報に比較的アクセスすることができる高原先生や加藤さんや私などは、軍事衝突の切迫感を持っているのですよ。それが日本社会に正確に伝わっていないのではないか。だから、緊急にこれに対応しないといけないという我々の持っている危機感と、かい離があるように思える。
工藤:世界もまた、東アジアの紛争回避に注目しているのですが。
宮本:工藤さんも昨年の秋に、シンガポールで「紛争をいかに封じ込めるか」と、議論をされましたが、それからも、世界は非常に心配して見ています。
尖閣問題に解決の道筋はあるか
工藤:確かにその、緊張感が足りないですね。それから、今回私が驚いたのは、「尖閣問題をどのように解決するのか」と、去年に引き続いて世論調査で聞いたのですが、去年の方が設問がアバウトなところがあって、今回は具体的に絞り込んだのですが、認識がかなり異なっています。日本側は「交渉によって平和的解決を目指す」と、「国際司法裁判所に提訴して、国際法の枠組みで解決する」、つまり、「平和的解決」が49%、「国際司法裁判所」が42.2%あって、たぶん日本の国民世論はここのところに収斂され始めているのですが、中国は逆でして、去年は「平和的解決」が52.7%で圧倒的に多かったのですね。これが今回、43.6%で10ポイントくらい減った代わりに、選択肢が増えたということもあるのですが、例えば「領土を守るために自主的なコントロールを強化する」とか「外交交渉を通じて領土問題の存在を認めてもらう」とか、こういうところを選ぶ人が結構多い。
つまり、日本は課題解決型、何とかしなければいけないという思いを感じるのですが、中国側はまだ主張の段階にいるように見えてしまうのですが、このあたりはどうですか。
加藤:「実質的にコントロールを強化すべきだ」とか「領土問題の存在を認めさせるべきだ」というのは、玄人が宣伝しないと一般の人には分からない話です。相当政府が日本に対して「日本はけしからん」とか「盗み取った」とか「認めていない」とかいうことを言って、上からガンガン流すのですから、それに影響されたのではないかという気がしますね。
やはり、平和的解決をすべきであるということは言わざるを得ない、それ以外に選択肢はないと思うのですが、やはり、向こうには、日本がこの問題で全然譲歩しないことに対するいら立ちというものがあって、それがいろいろな形で国民にじわじわと伝わっている、またそういう方向に政府が扇動しようとしている可能性がある。
逆に言うと、こういう結論が出ますと...
工藤:逆に引き返せなくなってしまいますよね。
加藤:そうですね。中国政府自体が縛られるので、日本も交渉しづらくなるなという感じがします。
工藤:高原先生、どうでしょうか。
高原:去年と設問が少し違うのですが、同じ項目として「国際司法裁判所に提訴し、国際法規に則り解決すべき」というのがあって、中国側も7.5%から20.1%に増えていますよね。それもまた一つの傾向。だから、中国側の答えを見ていると、相反するようなことが同時に起きている。中国ではよくあることですけれど、そこも大事かなと思います。社会の中にどちらの傾向もある。ですから我々としては、健全な方向にどうやって押していったらいいのか、そういう発想でアプローチするのがいいと思いますね。
工藤:宮本さん、どうでしょうか。
宮本:設問の違いもあるのではないですか。中国メディアの設問と日本側の設問は違いますから。
工藤:実はそうなのです。ここは、設問を作るだけで大変で、夜中までかかりました。
宮本:なかなか摺り合わせがつかなかったということだと思いますが、まさに、今の気持ちの反映と、将来的にどうするか冷静になって考えているところ、その次元の違いがもろに出てしまって、高原先生がおっしゃったように相矛盾するものが同時に存在する中国社会を表していると思います。繰り返して申し上げますと、中国の今回のプロパガンダ、日本に対するキャンペーンはすさまじかったということです。そこで徹底的に、尖閣に関する彼らの物語を摺り込まれて、そこで描かれた日本というのがあって、その結果、最初の(「日中間で軍事紛争が起こる」という回答が)50%を超えている、これをまず認めないといけないという心理状況にしているのは間違いないですね。
ですから、去年以降、対日キャンペーンというものが、日中関係上本当に痛かったという気がしますね。
一年前から大きく変化した中国の尖閣問題
工藤:1年前は、中国国民は尖閣問題をどのように理解していたのでしょうか。
宮本:1年前と今回の一番大きな違いはまさに尖閣問題でしょう。それで、これだけの違いがいろいろ出てきたと思います。同時に、高原先生がおっしゃったようにポジティブな面も増えていることを忘れてはいけないと思います。しかし、尖閣に関して沖縄返還交渉まではアメリカが実効支配をやっていたのですが施政権の返還で日本に戻ってきて、ずっと日本が実効支配を続けたということさえ多くの中国の人は知らない。中国国民が摺り込まれているのは、いわば誰も手を付けなかったところに、日本が新たに国有化という手段で取りに来たということで、それが、普通の国民の認識になってしまった。
工藤:中国では、尖閣を日本が実効支配をしていたことも、知らない人が多い。
宮本:ですから、そこは中国側も、もう少し客観的な事実を報道する必要があるということです。
日中平和友好条約にみる解決策
工藤:日中平和友好条約から今年で35周年ですが、まさにこの条文には、「すべての紛争を平和的手段で解決して、武力または武力による威嚇に訴えない」という今にぴったりな項目があり、第2条には「両国は覇権を求めるべきではない」「覇権を確立する試みには断固反対する」、これは時代状況としてはソ連を意識したということはあるのですが、今回、世論調査で「日中平和友好条約を知っていますか」と聞いたら、日本は62.7%が「知っている」で、「知らなかった」が36.9%。中国は41.2%が知っていて、知らなかったのは58.8%でした。知っている人に、さっきの条文で「今だったらどれを支持しますか」と聞くと、日本の国民で最も多いのは、第1条(平和的手段での解決)なのですが、中国は7割近くが「覇権を求めるべきではない」という話になってしまった。
こうした認識の違いはどこに問題があるのでしょうか。
加藤:たぶん、「覇権を求めるべきではない」を彼らが支持しているのは、「日清戦争の最中に日本が盗み取った」という宣伝を散々やっているから、「日本はその時以来覇権主義で、今なおそれを主張しようとしている」という考えで言っているのだと思います。日本は「とんでもない。あそこは誰もいないところで、無主地先制の原理で日本が踏み入れて、その時に清は何も文句を言わなかったじゃないか」という話ですから、まったく認識がずれているわけですが、そういうプロパガンダを流されてしまっているから、「あそこは日本のものだ」と言っただけで、彼らは覇権主義だと思ってしまう。そういう、我々としては好ましくない世論が形成されたのだという感じがします。何もしなければ大丈夫だったのに、泣く子を起こすような形でかえって大泣きしてしまっているという困った状況です。
メディアを通した「事実求是」を日本から
高原:そうですね。日本の覇権主義を心配するというのは、ある意味では、中国の社会に昔からある被害者意識の表れという面もありますよね。ですから我々としては、中国人は「実事求是」という言い方をしますが、事実は何なのかということを、何らかの方法で中国の人たちに伝えていく、こういう試みも大変重要だと思います。テレビ、そしてインターネットが重要な世の中になりましたから、インターネットは我々の方から発信できますので、そういったメディアを通して、「日本側がとらえている事実はこうなんだ」ということを、一生懸命中国の人たちに訴えていく。「実事求是」でいきましょう、ということの重要性を改めて感じさせる結果だと思います。
工藤:宮本さん、最後に一言お願いします。
宮本:中国のかなりの方が平和友好条約をご存じなかったというのは、想像の範囲内といえば範囲内ですが、私にとっては失望を禁じ得ない結果でしたね。私たちは必死になって、こういう国と国との約束事を作ってきたのですね。日本の国家としては、約束事を作ったらしっかりと守るという覚悟で、いろいろなことを約束しています。それがこのように、ほとんど中国の中で報じられずに、多くの方が知らなかったというのは残念だと思います。今年で35周年ですから、これを機会にぜひとも平和友好条約を日中双方でさらに再認識してもらいたいと、しみじみ思います。
それから、高原先生が本当にいいポイントを突かれました。これからいかにして、相手に自分たちの客観的な真実を伝えていくか。中国の人も、短期的に相手の世論をどうするかという狭い視野ではなく、中長期的に正しい理解を日本に求められることは、長い目で見れば本当は中国の利益になるのです。そういう方向での、中国の客観的な真実の姿を日本に伝える努力をしていただきたいと思います。
この状況を改善するための対話が、必要
工藤:ということで、今日は中国と日本の共同世論調査をどう読むかで、緊急の議論をさせていただきました。今回の結果はこれまでの調査と比べて厳しいものですが、それを驚くのではなくて、こうした状況を解決しようという動きを、私たちも、当然しないといけないと思いました。この状況を改善するためには、世論調査の内容にはいろいろなことを考えさせられる点がありますので、さまざまな形で議論を行い、中国の人たちとも同じ立場で対話を深めていきたいと思っております。この調査の内容は言論NPOのホームページでも公開しますので、ぜひ皆さんもご覧になってください。皆さん、今日はどうもありがとうございました。
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