不安定化する東アジアの「解決」で政府と民間に何が問われているか

2013年9月20日

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工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、昨年9月から日本と中国の間は尖閣問題を巡って政府外交が事実上停止しています。両国政府は対話をするため、なんとか糸口をつかもうとして努力はしているのですが、今現在その目途は立っていない状況です。そうした状況の中で、民間である私たちがこの状況を乗り越えるため何ができるのか。そういうことを考えるため、定期的に外交の問題を議論していきたいと思っています。

 今日は第1回目として、この東アジアの不安定な状況の中で、政府と民間の取り組みに何が問われているのか、について議論をしたいと思います。

では、ゲストの紹介です。慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さん、そして、東京大学大学院総合文化研究科准教授の川島真さんです。

まず、東アジアが不安定になっている状況の中で、日本の外交というものを、皆さんは今の時点でどう評価しているのでしょうか。


現在の日本のアジア外交をどう評価するか

神保謙氏神保:日本外交は当然、日本の内政の安定性と非常に大きな連動があります。2006年の第一次安倍政権以降、日本の内閣は1年おきに交代を続けてきたわけですね。外交は相手国との合意形成や国内の妥協を図り、それを中長期的に担保していく事が大変重要ですが、今回の第二次安倍政権の登場まではそうした外交の継続性が担保できなかった。したがって、相手国からみれば、日本の外交的合意が翌年以降も本当に継続できるのか、という疑念こそが日本との本格的な外交交渉を避ける要因になったことは想像に難くありません。それが、昨年12月の安倍第2次内閣の成立によって、内政の安定的基盤回復への期待が生まれました。好きであろうと嫌いであろうと、これから3年間は安倍政権と付き合っていかざるを得ない、という状況を日本の国内で作り上げることができたということは、これからの外交上のある意味、資産といえるのではないか、と期待はしています。

工藤:確かに、毎年総理が代わるという状況では、日本の政治自体が、その信頼を失ってしまう、という問題があります。

川島真氏川島:神保先生は、政権の継承性の問題や信用の問題を指摘されました。安倍政権がこれから安定政権になることは、良し悪しは別として、大変大きな機会だというお話でした。もちろん、それはその通りですが、外交は相手がある話です。今、日中関係に限って言うと、中国側も非常に国内が不安定な状態ですので、そもそも政府間外交でどれだけのことができるのか、というとかなり限界がある。そういう中では、日本政府はよくやっていると思います。つまり、投げられる球をなるべく投げる。また、叩くべきところは叩くということでやっています。また、今年の4月の日台漁業協定のように今までの政府では考えもしなかった方策も打ち出しています。そうした意味で言うと大分工夫はしているのではないかと感じます。

 ただ、繰り返しになりますが、相手国との関係という問題もあるので、日本政府としてできるところまではやっているけれど、まだまだ不十分で、限界があるという印象を持ちます。

工藤:東京のオリンピックも決まり、日本の世界に向けた存在感というか、注目を集めているという点で非常に良い現象もあると思います。ただ一方で、少し前までは日本の強硬な姿勢が周辺国に対して摩擦を招いて、何か日本が孤立していくのではないか、という声が世界各国でも出ていましたし、そういうような局面も実際にあったような気もします。国際的に日本に追い風が吹く中で、周辺国の懸念というのはかなり改善されたのでしょうか。


大きなチャンスを迎えた日本

神保:期待と懸念の両面があると思います。期待は先ほど申し上げたように、安定政権の安定性に対する期待。日本の停滞していた経済が、安倍政権のいわゆるアベノミクスの下で回復をして、力強さを取り戻すのではないか、という期待。それ自体が、日本としっかりと外交をしていこうという各国の動機に結びついていると思います。

 他方でもう一つの見方は、かつて日本は世界の経済ナンバー2の国で、かつ日米関係が強固であるということ自体が、アジア太平洋地域の諸国にとって相当な迫力だったわけです。ところが、2010年代に中国が日本の経済規模を追い越した。日本のパワーの相対的な低下というものが中長期的なトレンドということになっていくと、いつまでも日本を中心にアジアを見るわけにはいかないだろう、ということになってくる。中国やその他の新興国とどう付き合っていくのか、という中で、日本が多角的なプレイヤーの中の一つという位置付けに変わるとなると、かつてのような「頼れる日本」と比べると、存在感が低下してくるという現象は、これはもう長期的なトレンドとしては避けられないであろうと思います。したがって今、この2つの現象が同時に起きているということではないかと思います。

川島:そういうことももちろんあると思うのですが、日本は同時に相対的優位をまだ維持できていると思うのですね。やはり、世界第3位の経済大国ですし、また技術力などいろいろな面で優れているところもあると思います。

 先ほどの工藤さんのお話にあった、オリンピック絡みのこと、あるいは日本が孤立しているのではないか、という話から考えると、やはり中韓との関係を見れば、孤立しているように見える、ということは否めないですし、汚染水の問題で大きな批判を浴びたことも事実だと思うのですね。ただ、今回のオリンピックを考えると、今後の7年間はある意味で大きなチャンスであるとも言えるわけです。2008年の北京オリンピックを思い出せばわかりますが、これから7年間、国際社会からいろいろな面で日本は注目を浴び続ける。そして、この東アジアの中で、神保さんがおっしゃるようなエマージェングパワーの国々、すなわち中国であり韓国であり、あるいはアジアの国々と日本が、歴史の問題を含めてどのように付き合っていくのか、という目線が世界中から向けられてくるわけです。

 ここで日本がどのように対応するのか。また、震災の問題や汚染水をどうするのか。これらの点で日本は世界の目線にずっと晒されていくわけです。そこで日本が上手に国家のイメージを作ることができれば、この21世紀は日本にとって非常に大きなチャンスになると思います。

工藤:今の話は私も同感です。今、日本は非常に大きなチャンスを貰っていて、このチャンスを活かせるかどうかが、安倍政権の東アジアの対策にも問われているのだと思います。

さて、今日の議論の前に私たちは有識者調査を行いました。言論NPOに登録している6000人の有識者を対象にアンケートを行ったところ、「尖閣問題をめぐる日中の対立に関して、あなたが最も懸念しているものは何ですか」という質問に、意見が2つに見事に分かれました。一つは、「東シナ海における偶発的な事故における、つまり望まない軍事紛争の発生」が44.3%でした。それから、もう一つが「国民間でのナショナリズムの過熱によって両国の本格的な対立になってしまうのではないか」という答えが37.9%でした。この2つの回答に、ほとんどの有識者の関心が集中したのですが、神保さんはこの結果をどう考えますか。


「エスカレーション」をどう制御するか

神保:この2つの回答には、私自身もかなり共有するものがあります。やはり2000年代に入ってからの、特に東シナ海と南シナ海の状況ですね。この海の秩序をめぐる対立が十分に制御されていないという問題が、この地域の安全保障のまさに第1級の課題として浮上してきたのだと思います。

 かつての冷戦下においては、対立や危機が大きな紛争に発展してしまうことへの懸念こそが、むしろ紛争を抑止してきたという図式があったわけです。ところが、現在の日・中、あるいは中・フィリピン、中・ベトナムといった関係においては、その対立のエスカレーションの高まりを制御する図式にはなっていない。かつてアメリカのブッシュ政権のはじめの頃には海南島付近でのEP3と中国の軍用機が空中衝突の事件があったり、その後、オバマ政権になって音響測定艦、インペッカブルめぐる事件がありました。そして、日中関係では2010年9月の尖閣沖での漁船衝突事件がありました。

 こういった問題は一体どういう形で制御することが可能なのか。この偶発的な事故が起こって、それが比較的高いレベルの軍事衝突につながってくる可能性というのは、危険が制御できないという意味では、冷戦期のヨーロッパよりも高いというのが私の認識です。日中両国がお互いに戦争を避けたいと思っているにもかかわらず、対立のエスカレーションを制御できない危険性がある。実はこの問題は依然として深刻なままの状態であると思っています。

工藤:今の話は私もそう思っています。エスカレーションを制御できない状況は、国民感情の問題にも表れている。ナショナリズムの過熱をお互いに増幅している様な国民感情が、さらに両国の対立を煽ってしまう。そして政府がそれに引きずられ、有効に対応できなくなる。国民感情と一体になったような政府間の対立というのは、非常に怖いような感じがしているのですが、川島さんはどう思われますか。

川島:偶発的な事故によって、ナショナリズムが過熱し軍事紛争が発生する、ということも十分ありえますので、おそらく偶発的事故というのはこの問題をエスカレーションする契機になるでしょう。

 そして、もう一つ言えることは偶発的事故があったからといって政府がすぐに戦争に踏み込まないとは思うけれど、双方の国の世論が沸騰すると、政府も戦争をやらざるを得ない。こういうシナリオを有識者の皆さんが読み込んで、この調査結果になったのだと私は思いますね。

 そして、これは逆に言うと我々は何をすればいいのか、ということを示しています。それはまず、突発的な事故が起きた場合に、それを収めるための枠組み作りです。そして、突発的な事故がナショナリズムに転嫁しそうな場合に、それをどう抑止すればいいのか、どうすればメディアがそれを煽らないか、という仕組みづくりも必要である、ということをいみじくも示しています。

 実際、日中戦争も実は突発的な事故が連鎖して長い戦争に入っていったわけです。ですから、1937年7月7日の盧溝橋事件が起きた瞬間には蒋介石も日本の政府もこれが日中戦争の始まりだとは全然思っていなかったわけです。そういった突発的事故の連続の怖さについては歴史の経験に学んでいくべきだと思います。

工藤:このアンケートは、その意味では僕たちが考えるべき課題を浮き彫りにしている、ということだと思います。

 もう一つ、皆さんに質問があるのですが、この前、G20で安倍さんが習近平さんと立ち話をした。その事実がどうだったのか、を僕が知っているわけではないのですが、少なくとも両国が何らかの形で対話なり、関係改善したいと思っていることは確かだと思います。ただ、その改善がうまくいっていないというのが現在の状況だと思うのですが、この政府間外交の立て直しが、これからうまくいくのか、またその見通しはどうなのか、ということです。これも、有識者に聞いてみたのですが、両国の対立が、「年内に解決する」というのは0%ですし、「年内の解決は難しいが、1,2年の間には解決する」というのがせいぜい10%。最も多いのは「いずれは解決するが、かなり長期化すると思う」の45.8%。「そもそも解決はできない」というのも38.6%あった。こういう見方があるということについて、神保さんはどう考えますか。


「解決」のために何をすべきか

神保:両首脳間で具体的にどういうやり取りがなされているのか、というのはやはり、政府の中に入らないとわからないことも多いと思うのですが、報道等で知る限りにおいて、現在首脳が実際に会って、会談を行うための、条件というのはかなり厳しいものだと思っています。仮に報道の通り、中国が安倍総理に会う条件が、尖閣諸島をめぐる領土問題自体の存在を認め、かつ70年代に中国側が発言したとされる、いわゆる棚上げ論というものを、日本側としても受け入れるということが条件ということになりますと、そもそも尖閣諸島における領土問題は存在しない、という日本の立場とは原則的に相容れないということになるわけです。ここまで明示的に条件闘争をしなくても、何らかの形で、お互いの面子がつぶれないような形で、折り合う条件はないものか、ということを探っている状況だと思います。

 2つ目に、さはさりながらということなのですが、首脳外交の条件とは別に、日中の様々なやり取りというものを見ていると、例えば、中国は最近、朝鮮半島の6者協議に関して、もう一度対話の機運を盛り上げて、6者協議のプロセスを復活させたいという意図で、官民の研究者も踏まえたいわゆるトラック1.5会合を開催しました。そこで6者協議の首席代表級を招いた際に、実は日本にもハイレベルの参加を中国は強く求めていました。さらに言うと、中国は2012年にかなりアジアに関しては厳しい外交をしていた。特にASEANに関しては、議長国のカンボジアに対して、ASEANの南シナ海の領土をめぐる問題を土俵に乗せるな、と圧力をかけたのですが、今年に入ってからはこのASEANに関してはかなり融和的な外交にシフトしている。さらに、対米関係にしても首脳会談をはじめとして、災害救援とか、人道支援といった分野では、軍事演習も含めた参加への打診をし始めた、ということを考えると、実は日中という軸よりも、地域とかマルチという軸において、徐々に日本と中国とのインターフェースが増えてくるというシグナルというものがずいぶん出てきたのかな、と思います。これをどのように捉えていくのか、ということが大変重要な局面になるのではないかと思います。

川島:この調査結果は、外交に対するある種大変厳しい見方を示していると思うのですね。もちろん、解決とは何か、という定義の問題はあると思うのですけれど、やはり主権、国際法の問題など政府レベルの外交では無理そうだ、折り合いそうにない、ということを多くの人が思っているということを示していると思うのですね。

 今、神保さんもおっしゃったように、中国側は、まずはこの問題が領土問題であることを認めなさい、続いて1970年代にあったと言われている棚上げにするのだ、と言ってきているのです。日本としては、外交問題であることは認めるが、領土問題は認めない、というスタンスを取っているわけです。

 ただ、棚上げ論についても、言葉の定義の問題なのですが、1970年代の棚上げ論というのは、日本が実効支配をしていることを前提として、そして、ここの問題を取り上げない、という意味での棚上げなのですね。今、中国が言っている棚上げというのは、お互いがイーブンの位置で主権を行使する、というものです。これはお互いに公の船を入れ合うという話で、従来の棚上げ論とは中身が全然違う。日本から見れば棚上げという言葉を使うかどうかは別として、日本の実効支配というものを前提としてくれるのであればいろいろと話し合う余地がありますが、そこは今、折り合っていないわけです。そうした意味で、やはり新しい言葉探し...つまり日中双方で折り合えるような言葉というものをどう探すのか、ということが課題になるわけです。その時にお互いの主権や領土をめぐる主張を組み込むような話だと対話は当面難しいと思うのです。

 先程のアンケートの1問目の話にもありましたように、今、一番懸念されていることはこの問題がエスカレーションすることなのです。そうすると、そうした突発的な事故が起きにくい環境を作ることを、もし「解決」というのであれば、お互いの派遣する船の数を規制するとか、あるいは何か事故があった場合にどう対応するのか、という話ができるようになれば、それは主権問題は全く解決しないけれど、この問題がヒートアップしないようにする装置を作るという意味になるわけです。「解決」をどう設定するかによって答えはずいぶん変わってきます。

   

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工藤:今お二方から、かなり本質的な今後の答えを出すための非常に大きなヒントが出てきていると、思います。私たちがこの10月に北京で予定している、民間レベルの中国との対話で検討しているのも、このエスカレーションを抑える枠組みづくりだからです。

 ただ、これは民間レベルでは可能でも、政府の外交でそうした折り合いをつけることは可能か、という疑問があります。また、両国が政府間で折り合いをつけて、それで国民間も何となく納得できるということが可能なのかという問題があります。

 いままでは国民が知らなくても、お互い政府の動きを何となく見守っていて、それなりにお互いのストーリーで納得をしていたけども、ここまで情報が発達している社会の中で、色んなことが見え始めてしまった。そうした環境下で、この言葉の探し合い、折り合いをつけるという旧来型の外交はこれからも可能なのでしょうか。


尖閣問題の位置付けを変えられるか

神保:現在のところ、日中の首脳会談の開催をめぐる問題が、まさに尖閣を中心的な論点とするような問題の立て方だと難しい状況が続くと思います。

 もっとも望ましいのは、この尖閣問題自体が実は日中関係の大局的な見地から考えると、優先順位がそんなに高くないものであると政治指導者同士がみなせるかどうかですが、なかなかこれは難しいと思います。

 だとすれば、問題の立て方を少し変える必要があります。現在中国側が求めていると言われている条件が、日本政府にとってはとても受け入れられないということであれば、それ自体をそのまま追求するのはおそらく両国にとって有益ではない。だとすると、先ほど川島先生も言われた通りなのですが、おそらく、現在の現状維持の状況がより悪い方向にエスカレートしないようにする、このエスカレートしないというマイナスをいかにゼロに持っていくかということについては、日中双方の共通の利益が存在するではないかという形で問題を設定して、そこで合意をして、次の議題に進めましょう、ということが、できるかどうかということが大きなポイントではないかと思います。

川島:おっしゃるように、外交、あるいは政治においては言葉が重要です。中国が行っている外交の中でも、いくつかそういう言葉をめぐる決着というものがあって、例えば台湾との間では、ある言葉を巡って、お互いそれぞれ解釈をしていい。言葉は共有するけども、解釈はそれぞれで良いという表現があるんですね。実は日本と中国には日中平和友好条約があって、問題の解決には武力を使わないということをお互い納得しているはずなんですね。それを確認し合うなど、いくつかベーシックなことをやることはできるだろうと思っています。

 ただ、先ほど解決という言葉の定義を申し上げましたが、神保さんがおっしゃったような、「この尖閣問題は日中関係全体の中で、どういう位置づけにあるのか」ということもすごく大事で、中国側にも、「これは尖閣をめぐる問題は日中関係全体の一部にすぎない」というよく使われる言い方があります。つまり、いろいろな問題を横にフラットに並べて見せて、これは一部にすぎないと見るか、この問題を解決しなければ、何も進まないと言っているのかというと、どうも最近の動きというのは、首脳会談という点に絞ると、尖閣の件が済まないと無理だということになっていますが、日中関係全体では、動かすべきところは動かすとなっている気がしています。

 それは2つあって、一つは神保さんの言われた六者協議、いま一つは日中韓のFTAですね。これは中国では商務部が取り組んでいますが、外交部とはまったく違うスタンスで非常に積極的に進めようとしているんですね。このほか、経済関係の交流なども最近特に積極的になりました。環境問題もそうです。つまり、日中関係は今できるところから進み始めつつあるということも言えるわけですので、この尖閣問題は解決できるかどうかと探る中で、できることをどんどん先に進めていって、問題自身を包囲していくこともあり得るだろうと思っています。

工藤:この解決というのは、定義の問題もあるのですが、先のアンケートでは政府外交はどう対応する必要があるかと、「対応」という言葉に敢えて変えてそれをさらに質問してみたのです。その結果、尖閣問題に政府が対応するべきものとして最も多いのは、「日中間のホットラインの構築など、偶発的事故の回避に向けた取り組みを行うこと」が、36.7%で最も多い。二つ目が21.6%あった「紛争の平和的解決に向けた合意をすること」で、これが日中平和友好条約の第1条に近いものです。領土問題をどうするかという、「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」はわずか4.2%しかない。ここでは日本の有識者の意識に明らかにアジェンダの変更が起きている。この意味はかなり大きいと思います。


政府外交と民間のアジェンダの違い

神保:アジア太平洋における協力を語る時に大変重要な概念として、我々の業界の言葉で、「機能的協力」というものがあります。functional cooperationです。これはどういうことかというと、領域別に、例えば、経済で言えばFTA、貿易投資の問題であったり、金融の協力、環境とか、観光とか、非伝統的安全保障など、そういった領域を例にとると、各国の政府における専門省庁同士の連携が生まれ、そのステークホルダー同士が密接にコミュニティを形成して、そこでできた合意が実は全体の政府間合意に非常に大きな影響を与えるという、これまでの経験的な蓄積に基づく仮説があります。

 そう考えると、実は非伝統的安全保障とか、FTAとか、環境、様々なビジネスコミュニティの活動、そういったものが首脳会談とは別に非常に活発に進んでいくという状況を作ることができれば、気づいてみれば、両国が「あれ、関係が悪いのは首脳同士のトップレベルであって、実はその他の領域というのはかなり密接にお互いが絡み合った形で協力が進んでいるのではないか」という認識が醸成されるかどうかというところが、大きなポイントではないかと思います。

川島:今の神保さんのおっしゃった話から考えると、結局、商務部や、環境関係の部局は、中国の内政で弱い部局なんですね。ですから、そこをいくら進めて、ラップしても、ひとたび中に火がつけば、燃えて消えてしまうのではないかという話は十分にある。でもやらないよりはやったほうが良いというところでもあると思います。

 同時に、火がつくかどうかですが、そこは火がつかないようにしておいて、包むということが大事なわけですね。日本のこういうアンケート調査で示されているのは、要するに、紛争の平和的解決をしなさい、あとは、偶発的事故を回避しろという話です。軍事衝突や、ナショナリズムがエスカレートして対立を構造化させるのは、やめましょうと言っているわけですね。ですから、これを踏まえて考えれば、人々が求めている解決というのは、実は領土問題や主権の話ではないのではないか。短期的にはそうではないかと気づかされます。

 加えて、先ほど私が冒頭で申し上げたように、いま日本は世界から注目されています。安倍総理の政治手腕も問われています。少なくとも、オリンピックをやる際に戦争は困りますので、それだけは起きないような枠組みを作ってみせることこそが、日本の国力なり、ナショナルプライドを高めるうえで非常に大きな効果がある。そこで、国益に適うと判断をして、政治決断をするということも視野に入っていいのだろうと思っています。

工藤:私は、政府の外交そのものが今言われているような課題を大きく変えていくことが苦手なのではないかと思います。今のように紛争の平和的解決と言った場合、「紛争」を認めなくてはならない。しかし、政府は「紛争はない」「領土問題はない」という立場です。これは主権を考えた言葉遣いです。一方で課題としてこれを解決していくときには、それを事実として認めなければならない。言葉の次元が異なっているのですが、しかし言葉は同じ言葉なので、政府と違うことを言ってしまっているのではないかと、民間側でも遠慮してしまったり、けしからんという話になってしまうことが多くあります。こういった場合、外交の機能において、政府的な展開と、民間の色々なステークホルダーの展開とは違うということを考えるべきなのでしょう。それとも、両者を統合するような仕組みが可能なのでしょうか。


政府外交で事態を解決できるのか

川島:ゼロサムゲームはいけないですし、正しいことは複数存在するということを前提にし、外交はそこを調整するわけです。先ほど、工藤さんから「紛争」という言葉が受け入れられない、アジェンダセッティングを変えられないという話がありましたが、最近の日本外交は意外と変えているのではないかと思います。政府レベルでは、日中平和友好条約の遵守、武力を用いないという働きかけは中国にしていると思います。ただ、中国がなかなかそれを受け入れられないのではないでしょうか。とはいえ、政府外交には確かに限界があります。正しいことが複数あるとなかなか言いにくい。相手の「正しいこと」を認めると、それは弱腰外交といわれてしまう。非常に難しいわけです。

 しかし先ほど申し上げたように、例えば日本と台湾は日台漁業協定を結んだわけですが、台湾のトップである馬英九氏は尖閣に関する台湾、中華民国の主権に関しては何の意見も変えていません。主権を主張すると言い続けているのですが、それでも日本政府は折り合ったわけです。なぜそれができたのかというと、ポイントは、政治決断を促したのは何かということです。それは東日本大震災の被害に対する台湾からの200億円を超える日本への支援と同時に、台湾に感謝しなければならないという日本の世論、国民の雰囲気です。民間レベルの交流でできた世の中の雰囲気が、政治家の決断を促す面があるのです。色々な決断の中で、民間の活力が政治家を押し上げることがある。そうした意味で、政治決断がなければできないことでも、民間がどう促していくのか、どうすればできるのかを考えることが大事だと思っています。

   

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工藤:東アジアでの日本と近隣諸国の対立は、国民感情の悪化やナショナリズムの過熱を招いてしまっています。特にメディアが報道することによって加速するというジレンマがあります。そこでアンケートではさらに、こうした事態を政府外交だけで解決できると思うかを聞きました。「政府外交では解決できない」という声が40.9%、「どちらかといえば解決できない」が39%ですので、8割が政府外交だけでは解決できないという意見です。政府外交に期待はしたいが、主権を争う問題に関しては譲れなくなり、それをメディアが報道することによって、ナショナリズムが加速して、お互いがそれを見てミラー効果のように、過熱した感情が増幅し合う。この状況がまさに今の日中間、また、アジアの中であるのですが、この状況下では政府外交がなかなか機能しないのではないかと、と私も思います。この問題をどう考えればよいか。これが今日の座談会最大のテーマかと思います。


政府外交の限界と民間の制約

神保:大変厳しい状況にあると思っています。これは例えば、内閣府が毎年やっている中国と韓国に対する親近感に関する国民世論調査では、現在は2011年以降、つまり、尖閣の衝突以降、中国に対する日本の親近感というものが急速に悪化してしまって、3割後半くらいから一気に2割以下に落ちています。韓国も1998年の日韓首脳会議、そこで小渕・金大中会談が歴史的な共同声明を出しました。その後、韓流ブームなどがあって日本としては韓国に対する親近感と期待値というものが増えていったが、それも李明博大統領の後期の対日政策を契機として冷え込んできたことを考えると、周辺諸国二つに対する日本の国民的な世論の動員や首脳会談をプッシュする要因というものが、かなり冷え込んでいると思います。その点から言うと、首脳外交だけでは不十分だという問い立てもできるのですが、首脳外交から打開していかなければいけないという効果は依然として非常に大きいと思います。それが一つです。

 二つ目に現在、日本はいわゆる国民とか民間という視点からこの状況をどう変えていくことができるかという大変大きな課題に直面しているわけですけども、例えば、ビジネスコミュニティ、経団連や、あるいは中国に直接投資をしている企業や販売網を拡大している企業というのは依然として非常にこの大きなパイを占めているわけです。彼らにとっての中国観というのは、日本の保守的でゼロサム的な観念を持つ中国観とおそらく大きく異なるのだろうと思います。

 ただし問題は、日本の論壇とか世論形成において、彼らの議論というのはなかなか表面には出てこないということが大変懸念すべき材料ではないかと思います。したがって、こういったサイレントでかつ大きなステークホルダーの人々が一体中国とどう付き合っていきたいのかということをより言論空間、メディアも含めて表出させるような枠組みができないだろうかということが、一つの大きな課題であると思います。

 さらに、専門家の果たすべき役割というのも、非常に大きいと思います。専門家が中長期的に中国とどう付き合っていくのか、そして中国の専門家が日本とどう関係を形成するのかということで、できる限りメディア、新聞や言論空間をリードしていけるような形で、その機会をこれから作っていくべきではないだろうかと思っています。

川島:このアンケート結果で見てもわかる通り、政府の外交の持っている限界性というのが多くの人に意識されている。これはその通りだと思います。ただ、私たちが同時に注意すべきことというのは、市民社会というものが政府の行動を抑制したり、必ず良い方向に持っていくわけではないという点です。往々にして市民社会というのは、政府が戦争をしたがるような場合でも、それとは対照的に平和でリベラルなものだというイメージだというものが一部にはあるわけですが...

工藤:逆に煽ってしまう場合もありますよね。

川島:ええ、実際の今の状況というのは必ずしもそうではないわけです。ですから、民間こそが役割を果たすという際に、その民間の中にある様々な問題というものを民間の内部できっちりと議論をしていくということも、同時に求められると思います。民間がむしろ政府をよろしくない方に導くようなことがあるとすれば、それは大きな問題だと思います。

 二つ目は、特に中国との関係については民間で交流するという際に、やはり注意すべきことは、中国という国にどれほど本当の民間があるのかということ、あるいは「民間」という言葉の持っている多義性、両義性です。政府や党が作っている、いわゆる政府がらみ党がらみといわれている組織と本当の民間というものの違いが出てくるわけですね。そのどことどう付き合うのかということがあって、戦後の日中関係における民間交流といわれているものの大半は、実は民間交流ではないわけです。あるいは、本当にピュアな民間と交流をしているうちにいつの間にか政府的な民間に絡め取られてしまうということもあるわけです。また、政府の限界があると言いながら、そこに民間が無防備に入っていくと、政府同士の対立の軸の中に絡め取られてしまうことが特に日中関係には多いわけですね。それをどういうふうに注意するのか。

 三つ目ですが、今の神保さんのサイレントマジョリティの話も全くそうだと思いますが、それと同時に、我々はある種のreciprocity、つまり相互依存の状態にあり、相手方のことをちゃんと見るということが必要になってくるわけです。最近東アジアに見られる現象は、自分の国のことはとても多様で、色んな意見があると言うんですが、違う国に対しては、例えば、韓国のことを見る、中国のことを見る場合に、向こうの国に多様性がないということが見られます。同じ顔した人がたくさんいると思ってしまう。その多様な相手というのをどういうふうに見るのかということですね。先ほど経済の話がありましたけども、日本の経済の団体であれば、中国の経済団体とどう付き合うか。日本のNPOは向こうのNPOとどう付き合うか。向こうの多様な集団のどこの部分と、日本のどこの部分がどう付き合うのかという、そういう話で、民間を複数として扱っていくことがこれから求められていくことになります。


ステークホルダーとしての参加と健全な輿論

工藤:私は民間の対話を中国とも行っていますが、民間とか市民という言葉に抵抗を感じていて、先ほどの神保さんがおっしゃったステークホルダーという概念の方がすっきりきています。つまり、多種多様な人たちが、当事者として、解決しようという取り組みが必要なのであり、それが世論と連動すると一番強いのですが、そうした動きが出てくると、この局面は変えられる、と思うのです。ただ、まだこの日中間ではその流れがまだ出てきていない。ただ、先ほどのアンケートで見ると、回答した有識者の圧倒的に多くの人の関心が紛争の平和解決に向けた合意、それから偶発的な望まない紛争を回避しようという、まさにそういうところにアジェンダがあります。この認識をどう具体化していくのか。政府外交がジレンマを抱える中で、こうした平和解決とか、エスカレーションを抑え込む、とかの認識は、いろいろな人たちと共有できるかもしれない、という可能性を私は感じています。それが大きな力となり政治を動かしていく。こういう形はあり得るのでしょうか。

神保:一つ参考になるかなと思うのは、冷戦後、90年代から今日までアジア太平洋で、いわゆるセカンドトラック外交、トラック2外交とも呼ばれるものが大変盛んになりました。それは非政府外交とも民間外交とも呼ばれるのですけども、アジア太平洋諸国の研究者や学者がいわゆる政治家や官僚といった政府の方々に混じって議論し合う場というものが急速に育ち、また拡大していったわけですね。その狙いは何かというと、みなさん名目上は、プライベートキャパシティだと言う。つまり、これは政府間の協議ではない、あくまで民間の協議なのだけども、そこに政府の人もいわゆる民間のキャパシティとして議論をし合う。例えば専門性の高い分野では、専門的に議論すれば、どう見てもこういった解決策が望ましいであろうということを政府間協議に先立って専門的な知見を提示して、ある程度政府間の協議に入る前のいわゆる信頼感の醸成や、専門的な見地の提供といった役割を民間が果たせるという意義がある。あるいはその逆に、政府間の合意は既にある場合。それをどのように民間に波及させ、その合意を国民レベルで定着させるかという時にもやはり多くのステークホルダーを招いて、その政府間合意の理解というものをお互いに醸成させていくといった流れの役割も果たせる。

 特にこの前者の果たした役割というのはアジア太平洋のこの安全保障の多国化主義を形成するうえで、大変重要だと言われていまして、例えば、冷戦後にもはやソ連の脅威という時代ではなくなった。ただし、アジア太平洋の不安定性に対して、どのような枠組みが望ましいのかということを知恵を出し合って、多くの人が考えた。そこで例えば信頼醸成だとか、予防外交であったり、あるいは紛争解決のメカニズム作りといったことをいわゆる原則として合意し合うような文章を、民間外交のレベルで作って、それを政府間外交にドラフトを上げていくというプロセスができてきたというのが、90年代のアジア太平洋の域内の知恵でした。

 そういったプロセスを北東アジアでもう少し視界を広げてできないものかということが、大変重要なポイントだと思います。知恵を絞って考えたら、実はこういう解決策しかお互い考え付かないだろうということを論理的に説得的にトラック1に還元できるという仕組みを、そろそろ流れとして作り上げる時期に来ているのではないかと思います。

工藤:いま神保さんがおっしゃった話は非常によくわかります。ただ、いままでのそうした民間の枠組みは、政府外交を中心に回っています。政府外交の重要性は疑うものではないのですが、民間側の対話が、解決しなくていけない問題の優先順位とかテーマを変えてしまう、ということ、そしてそうした合意が政府外交の流れを大きく変えて、課題解決のオプションを広げるということは、外交のある意味でイノベーションだと思うのですが、どうでしょうか。


外交にイノベーションを起こせるか

神保:おそらく、これは何を目的にするかによるのですが、例えば民間同士が国際会議をやって、共同のステートメントを作りました。全くこれは政府が関与せず、関心もないという状態では、我々がいま議論している文脈での意味はもたらさないわけですね。どうすればこの流れを作り出すきっかけを民間から押し上げることができるかということを考えると、やはり、政府では正面から触れられない重要な問題がどれだけ議論されたかということと、そこにどれだけ重要な組織や人が入っているかということがポイントになると思います。したがって、先ほどトラック2と申し上げたのですが、実質的な狙いはトラック1.5と言いますか、政府と民間の間を繋ぐ定義が、実は重要なポイントではないかと思います。

工藤:川島さんに聞きたいのは、私たちが8月に公表した日中の世論調査でも浮かび上がったのですが、つまり、先ほどの尖閣の問題で日中においては、先人たちの知恵の合意が、少なくとも国民には違うストーリーで理解されていた。だから、中国の国民は今の尖閣の日本の国有化を全く更地の、何も持っていないところに急に日本が力で押してきてやってきたという印象を受けた。たぶん、世論がそういう理解でないと納得できないからだと思うのですが、そうであれば、そういうふうに政府が作ろうとしている世論と事実に齟齬があります。

 こういう状況の中で、世論が納得できる形で事態を収めようとする政府の取り組みと、課題を解決するための取り組みでは、外交の持つ意味が変わってくるような気がするのですが、いかがでしょうか。

川島:今の話はおっしゃる通りなのですが、ただ、政府は自らが作っているいろいろな事実の物語を宣伝して、国内に刷り込んでいくわけですが、それはなかなか変えにくいということは事実です。とはいえ、日本は日本として正しいと言っているし、領土問題はないと言っているわけですが、人々の本音は紛争にしてほしくない。そこで戦争はやめてほしいって世論が出てくるわけですね。

工藤:それは、世論は現実的には紛争があることを認めているわけですよね。


尖閣問題を自分の問題として認識できるか

川島:ええ。私が思うのは、民間であれ何であれ、ステークホルダーというのは、潜在的なステークホルダーも多いわけですね。つまり、自分がこの問題にどう関わるのかまだ認識していないということが多いわけです。あなたも、当事者なんですよということをまず発見させるための所作は民間にもできるわけですね。例えば、今回のアンケートを通じて、有識者の皆さんが尖閣問題を自分の問題として意識しつつあるということですね。自分の生活の安定を脅かす問題になるかもしれないと思い始めたということです。とすれば、中国の方でも同じことをやった場合、当然、「尖閣は中国のものだ」という話も出るでしょうが、日本と同じような反応が出てきた場合には、ここに日中間のステークホルダーの共通性が生まれます。つまり、何を言っているのかというと、このようなアンケートなり民間の調査が、政府が想像だにしないようなステークホルダーを認識させ、作っていく契機になりうるわけです。

 そのようなステークホルダー誕生の契機になれるデータがあってこそ、神保さんがおっしゃるようなトラック1.5あるいはトラック2が活きてきます。ですから、ステークホルダーを発見させ、いわゆる共通の利害を意識するためにはこのようなアンケートが重要だと思います。

工藤:最後の質問になります。10月下旬に「第9回 東京-北京フォーラム」が北京で開催される予定です。そこで、このフォーラムに何を期待しているのか、ということをアンケートで聞いたら、「日中間の現状に関する識者による冷静な議論」ということが69.7%ということで最多になりました。やはり今までの過熱した雰囲気、空気ではなくて、きちんとした冷静な議論が始まることを期待しているということです。

 「国民感情の悪化に対して双方のメディア側がどう考えているのか」ということが次に多くて、あとは「偶発的な事故回避のための民間部門で何かの合意が必要ではないだろうか」という答えが多く見られました。実をいうとこれらを全部、今回のフォーラムで議論しようとしていて、その準備をしているのですが、お二人はどういうことを期待されていますか。


「東京-北京フォーラム」に期待するもの

神保:言論NPOの「東京-北京フォーラム」の役割に期待している方々は日中双方に大変多く存在すると思います。政府間外交が必ずしもうまくいっていない中で、民間のステークホルダーが集まる会議の中で、どういう雰囲気で何が議論され、そして対立する部分と協力する部分がどう区分けされるのかということは、今後のこの日中関係の雰囲気を醸成する上では大変重要な会合になるのではないかと思っています。ただ、単にお互いを知るということだけではなくて、そこに向けての戦略というか、どういう形でそのフォーラムに向かっていくのかということも大変重要な気がしています。特に今回言論NPOが実施したアンケートが例えば英訳や中国語訳をされて、今日本人はこういうふうに考えているのだ、ということが、国際社会に向けても発信した上で、このフォーラムが開催されると、日中関係の現状に対する世界各国の深い理解に結びつくのではないかと思います。

 現在はとかく首脳間の公式のステートメントと、それを解釈するマスメディアを通して日中関係のいわゆる温度がどの辺にあるのかというのを探る指標になっているわけですけども、新しい資料が示されてそこでまたフォーラムが開催されるということの意義は大変大きくて、日中関係のいわゆる評価に関する複眼的な視点が提供される一つの大きなきっかけになるのではないかと思っています。

川島:要するに、皆さんが求めているのは、尖閣問題でヒートアップするということをまずいと言っているわけですからそれを防止するための議論をまずやるべきです。これは当然ですね。もう一つは、いま神保さんもおっしゃいましたけども、国際社会に何を発信するかによって、やはり日本は右傾化していて、いまにも戦争をしそうだというイメージがある中で、「いや、そんなことはない」ということを示していくことに意味があるのだろうと私は思います。

工藤:今日は政府外交の問題から、東アジアの不安定化という危機に対して民間の力で何ができるかということを含めて議論しました。先ほどお話が出ていましたが、言論NPOの日中両国の世論調査の結果が、アメリカの外交問題評議会(CFR)のホームページに出ていました。やはり世界にアジアで始まっていることをきちっと知らせることが大切だと思います。いま僕たちは東アジアの安定化に向けた課題解決のための当事者たちの対話を進めていますが、今日の皆さんとの対話は、なんとなく非常に息が合うというか、なにか新しい展開ができそうな気がしまして、わくわくしています。これから始めることにぜひ皆さんにも力を貸していただきたいと思っているところです。

 今日は第1回です。これからこういうふうなまさに私たちが当事者として世界やアジアの課題に向かい合う外交という問題をいろいろな形で議論して、皆さんに発信していきたいと思っています。今日は神保先生と川島先生、どうもありがとうございました。

神保・川島:ありがとうございました。

   


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 尖閣問題を巡る日本と中国の対立では政府外交が機能しない中で民間の役割が問われ始めている。主権問題を背負う政府外交に対して、民間側は紛争の平和解決と事態のエスカレートをどう抑え込むか、に関心が移っており、両国間で動きが始まろうとしている。
 膠着化する尖閣問題の「解決」で何が問われているのか。日本の若手識者が話し合った。

議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。


Video streaming by Ustream

2013年9月24日(火)
出演者:
川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤:今お二方から、かなり本質的な今後の答えを出すための非常に大きなヒントが出てきていると、思います。私たちがこの10月に北京で予定している、民間レベルの中国との対話で検討しているのも、このエスカレーションを抑える枠組みづくりだからです。

 ただ、これは民間レベルでは可能でも、政府の外交でそうした折り合いをつけることは可能か、という疑問があります。また、両国が政府間で折り合いをつけて、それで国民間も何となく納得できるということが可能なのかという問題があります。

 いままでは国民が知らなくても、お互い政府の動きを何となく見守っていて、それなりにお互いのストーリーで納得をしていたけども、ここまで情報が発達している社会の中で、色んなことが見え始めてしまった。そうした環境下で、この言葉の探し合い、折り合いをつけるという旧来型の外交はこれからも可能なのでしょうか。


尖閣問題の位置付けを変えられるか

神保:現在のところ、日中の首脳会談の開催をめぐる問題が、まさに尖閣を中心的な論点とするような問題の立て方だと難しい状況が続くと思います。

 もっとも望ましいのは、この尖閣問題自体が実は日中関係の大局的な見地から考えると、優先順位がそんなに高くないものであると政治指導者同士がみなせるかどうかですが、なかなかこれは難しいと思います。

 だとすれば、問題の立て方を少し変える必要があります。現在中国側が求めていると言われている条件が、日本政府にとってはとても受け入れられないということであれば、それ自体をそのまま追求するのはおそらく両国にとって有益ではない。だとすると、先ほど川島先生も言われた通りなのですが、おそらく、現在の現状維持の状況がより悪い方向にエスカレートしないようにする、このエスカレートしないというマイナスをいかにゼロに持っていくかということについては、日中双方の共通の利益が存在するではないかという形で問題を設定して、そこで合意をして、次の議題に進めましょう、ということが、できるかどうかということが大きなポイントではないかと思います。

川島:おっしゃるように、外交、あるいは政治においては言葉が重要です。中国が行っている外交の中でも、いくつかそういう言葉をめぐる決着というものがあって、例えば台湾との間では、ある言葉を巡って、お互いそれぞれ解釈をしていい。言葉は共有するけども、解釈はそれぞれで良いという表現があるんですね。実は日本と中国には日中平和友好条約があって、問題の解決には武力を使わないということをお互い納得しているはずなんですね。それを確認し合うなど、いくつかベーシックなことをやることはできるだろうと思っています。

 ただ、先ほど解決という言葉の定義を申し上げましたが、神保さんがおっしゃったような、「この尖閣問題は日中関係全体の中で、どういう位置づけにあるのか」ということもすごく大事で、中国側にも、「これは尖閣をめぐる問題は日中関係全体の一部にすぎない」というよく使われる言い方があります。つまり、いろいろな問題を横にフラットに並べて見せて、これは一部にすぎないと見るか、この問題を解決しなければ、何も進まないと言っているのかというと、どうも最近の動きというのは、首脳会談という点に絞ると、尖閣の件が済まないと無理だということになっていますが、日中関係全体では、動かすべきところは動かすとなっている気がしています。

 それは2つあって、一つは神保さんの言われた六者協議、いま一つは日中韓のFTAですね。これは中国では商務部が取り組んでいますが、外交部とはまったく違うスタンスで非常に積極的に進めようとしているんですね。このほか、経済関係の交流なども最近特に積極的になりました。環境問題もそうです。つまり、日中関係は今できるところから進み始めつつあるということも言えるわけですので、この尖閣問題は解決できるかどうかと探る中で、できることをどんどん先に進めていって、問題自身を包囲していくこともあり得るだろうと思っています。

工藤:この解決というのは、定義の問題もあるのですが、先のアンケートでは政府外交はどう対応する必要があるかと、「対応」という言葉に敢えて変えてそれをさらに質問してみたのです。その結果、尖閣問題に政府が対応するべきものとして最も多いのは、「日中間のホットラインの構築など、偶発的事故の回避に向けた取り組みを行うこと」が、36.7%で最も多い。二つ目が21.6%あった「紛争の平和的解決に向けた合意をすること」で、これが日中平和友好条約の第1条に近いものです。領土問題をどうするかという、「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」はわずか4.2%しかない。ここでは日本の有識者の意識に明らかにアジェンダの変更が起きている。この意味はかなり大きいと思います。


政府外交と民間のアジェンダの違い

神保:アジア太平洋における協力を語る時に大変重要な概念として、我々の業界の言葉で、「機能的協力」というものがあります。functional cooperationです。これはどういうことかというと、領域別に、例えば、経済で言えばFTA、貿易投資の問題であったり、金融の協力、環境とか、観光とか、非伝統的安全保障など、そういった領域を例にとると、各国の政府における専門省庁同士の連携が生まれ、そのステークホルダー同士が密接にコミュニティを形成して、そこでできた合意が実は全体の政府間合意に非常に大きな影響を与えるという、これまでの経験的な蓄積に基づく仮説があります。

 そう考えると、実は非伝統的安全保障とか、FTAとか、環境、様々なビジネスコミュニティの活動、そういったものが首脳会談とは別に非常に活発に進んでいくという状況を作ることができれば、気づいてみれば、両国が「あれ、関係が悪いのは首脳同士のトップレベルであって、実はその他の領域というのはかなり密接にお互いが絡み合った形で協力が進んでいるのではないか」という認識が醸成されるかどうかというところが、大きなポイントではないかと思います。

川島:今の神保さんのおっしゃった話から考えると、結局、商務部や、環境関係の部局は、中国の内政で弱い部局なんですね。ですから、そこをいくら進めて、ラップしても、ひとたび中に火がつけば、燃えて消えてしまうのではないかという話は十分にある。でもやらないよりはやったほうが良いというところでもあると思います。

 同時に、火がつくかどうかですが、そこは火がつかないようにしておいて、包むということが大事なわけですね。日本のこういうアンケート調査で示されているのは、要するに、紛争の平和的解決をしなさい、あとは、偶発的事故を回避しろという話です。軍事衝突や、ナショナリズムがエスカレートして対立を構造化させるのは、やめましょうと言っているわけですね。ですから、これを踏まえて考えれば、人々が求めている解決というのは、実は領土問題や主権の話ではないのではないか。短期的にはそうではないかと気づかされます。

 加えて、先ほど私が冒頭で申し上げたように、いま日本は世界から注目されています。安倍総理の政治手腕も問われています。少なくとも、オリンピックをやる際に戦争は困りますので、それだけは起きないような枠組みを作ってみせることこそが、日本の国力なり、ナショナルプライドを高めるうえで非常に大きな効果がある。そこで、国益に適うと判断をして、政治決断をするということも視野に入っていいのだろうと思っています。

工藤:私は、政府の外交そのものが今言われているような課題を大きく変えていくことが苦手なのではないかと思います。今のように紛争の平和的解決と言った場合、「紛争」を認めなくてはならない。しかし、政府は「紛争はない」「領土問題はない」という立場です。これは主権を考えた言葉遣いです。一方で課題としてこれを解決していくときには、それを事実として認めなければならない。言葉の次元が異なっているのですが、しかし言葉は同じ言葉なので、政府と違うことを言ってしまっているのではないかと、民間側でも遠慮してしまったり、けしからんという話になってしまうことが多くあります。こういった場合、外交の機能において、政府的な展開と、民間の色々なステークホルダーの展開とは違うということを考えるべきなのでしょう。それとも、両者を統合するような仕組みが可能なのでしょうか。


政府外交で事態を解決できるのか

川島:ゼロサムゲームはいけないですし、正しいことは複数存在するということを前提にし、外交はそこを調整するわけです。先ほど、工藤さんから「紛争」という言葉が受け入れられない、アジェンダセッティングを変えられないという話がありましたが、最近の日本外交は意外と変えているのではないかと思います。政府レベルでは、日中平和友好条約の遵守、武力を用いないという働きかけは中国にしていると思います。ただ、中国がなかなかそれを受け入れられないのではないでしょうか。とはいえ、政府外交には確かに限界があります。正しいことが複数あるとなかなか言いにくい。相手の「正しいこと」を認めると、それは弱腰外交といわれてしまう。非常に難しいわけです。

 しかし先ほど申し上げたように、例えば日本と台湾は日台漁業協定を結んだわけですが、台湾のトップである馬英九氏は尖閣に関する台湾、中華民国の主権に関しては何の意見も変えていません。主権を主張すると言い続けているのですが、それでも日本政府は折り合ったわけです。なぜそれができたのかというと、ポイントは、政治決断を促したのは何かということです。それは東日本大震災の被害に対する台湾からの200億円を超える日本への支援と同時に、台湾に感謝しなければならないという日本の世論、国民の雰囲気です。民間レベルの交流でできた世の中の雰囲気が、政治家の決断を促す面があるのです。色々な決断の中で、民間の活力が政治家を押し上げることがある。そうした意味で、政治決断がなければできないことでも、民間がどう促していくのか、どうすればできるのかを考えることが大事だと思っています。

   

 尖閣問題を巡る日本と中国の対立では政府外交が機能しない中で民間の役割が問われ始めている。主権問題を背負う政府外交に対して、民間側は紛争の平和解決と事態のエスカレートをどう抑え込むか、に関心が移っており、両国間で動きが始まろうとしている。
 膠着化する尖閣問題の「解決」で何が問われているのか。日本の若手識者が話し合った。

議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。

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