尖閣問題をどのように解決していけばいいのか

2013年10月20日

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 尖閣問題を契機として日中両国の対立が深刻化し、周辺海域での偶発的事故による軍事紛争の発生や両国民のナショナリズムの過熱による本格的な対立への発展の危険性も高まっている。そのような状況下で、尖閣問題を解決するために求められる視座とは何か。日中関係に詳しい3氏が議論した。議論では、日中関係を大局的な見地から捉えて尖閣問題を相対化する必要性や、民間外交が果たす役割について、示唆に富む議論が展開された。


工藤泰志工藤:今日は、日中関係の中でも特に重要なテーマである尖閣諸島の問題について議論をしていきます。それではゲストの紹介です。まず、元駐中国特命全権大使の宮本雄二さんです。次に、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。最後に、東京大学大学院情報学環教授の松田康博さんです。

 まず、言論NPOが9月に行った有識者アンケートの結果に沿いながら、ゲストの皆さんに意見を聞いてみたいと思います。

 まず、「尖閣問題を巡る日本と中国の対立について、あなたが最も懸念していることは何ですか」という設問について、最も多かった回答が、「東シナ海における偶発的事故による軍事紛争の発生」という回答で44.3%でした。同じく4割近くあったのが、「ナショナリズムの過熱による日中両国の本格的な対立」で37.9%でした。合計するとこの2つだけで8割に上ります。この2つの懸念材料に対して有識者の問題意識が収斂してきているといえますが、これについてどう思われますか。


有識者の2つの懸念

宮本雄二氏宮本:この数か月間、依然として状況は変わらないのではないかと思います。やはり、偶発的な事故による軍事紛争発生の可能性はまだ残っていると思います。日中両国ともに少しは冷静になってきましたが、偶発的事故の発生に対する対策は明確な形で打ち出されていません。気持ちの上では「軍事的に衝突してはいけない」、と両国の軍当局が自制していますが、具体的な危機回避メカニズムが作られているわけではありません。ナショナリズムや領土絡みの問題は簡単に国民感情を刺激し、話し合いをしても理屈が通りにくくなってしまいますので、尖閣問題については非常に扱いにくい状況になっています。アンケートで有識者の回答がこの2つの選択肢に集中するという結果になったのも、その現状を裏付けているのではないでしょうか。

高原明生氏高原:そもそも尖閣問題とは何か、ということを考えると、私は2つの問題に分けられるのではないかと思っています。一つは尖閣諸島の主権がどの国に属するのか、という大きな問題です。そして、もう一つは、現在、中国が尖閣周辺に続々と公船を侵入させてきていますが、それがもたらす当面の緊張状態、という2つの問題があると思います。

 一つ目の主権をめぐる問題について、懸念されることは両国のナショナリズムの高まりです。領土をめぐって意見が食い違うわけですから、容易にナショナリズムを掻き立ててしまうという懸念があります。それから、もう一つの公船が繰り出されてくることから生じる緊張状態に関しては、万が一事故起きた場合、事態がエスカレートして軍事紛争にまで発展する可能性が高い。ですから、私もこのアンケートで上位を占めたその2つの選択肢は現在の最も大きな懸念材料だと思います。

松田康博氏松田:基本的には私も同じ考え方なのですが、偶発的事故が双方のナショナリズムを煽り、本格的に対立に至ってしまうきっかけになる、という構図なのではないかと思います。2010年の中国漁船衝突事件の時や、2012年の尖閣諸島の国有化の時でもそうですが、誰も予想していなかった小さな火種がどんどん大きくなっていって、それが両国のナショナリズムに火をつけた、というプロセスがありました。もしも、今まさに問題となっている尖閣海域において、偶発的事故が起こって、万が一でも人命が失われるということになると、大変危険な方向に事態がエスカレートしていくと思います。ですから、この2つの問題はつながっていると思います。


日中間にはホットラインが構築されていない

工藤:この2つの懸念解消への取り組みの進捗状況はどうなっているのでしょうか。例えば、自衛隊と中国軍の間でホットラインを作ろうとして政府間でも色々な交渉がありましたが、その交渉が止まってしまいました。現在はおそらく、両国の軍当局の関係者がこの危険な状態を何とか自制で抑えているような状況だと思います。政府レベルでもこの状況を「何とかしなければならない」と思っているはずですが、取り組みは進んでいません。

松田:私も政府で働いているわけではありませんので、細かいところまでは把握していません。ただ、これまでの中国は常に、相手国と交流やコミュニケーションを取るための前提条件として、「政治的な雰囲気が良くなければ対話はできない」という姿勢を見せてきました。軍事関係では特にその姿勢が顕著です。日本の感覚では、危険な状況になればなるほど、「自衛隊と人民解放軍がコミュニケーションを取る必要がある」、あるいは「首脳同士でコミュニケーションを取る必要がある」と考えます。これはアメリカやヨーロッパでも同様です。しかし、中国の姿勢は全く逆で、危険な状況になると、対話の門戸を閉ざすというやり方をとっています。

 現在、日中間では首脳レベルのコミュニケーションは途絶え、安全保障に関わる自衛隊と人民解放軍の交流も途切れています。これまでに構築していたコミュニケーションチャネルもありますが、この危機を回避するためにはそれだけでは不十分です。危機管理上、不可欠なシステムとして、例えば、船や飛行機が往来する際に「これは危険なものではありません」、ということをお互いに知らせ合うホットラインのシステムは日本と韓国の間にはあり、1日の間で40回から50回も使っています。しかし、日中の間にこのようなホットラインは基本的にありません。ですから、このような危機回避のためのメカニズムを新しく作っていくためにこれから何年も議論をしていかなければならないという矢先に、また新たな危機が起こりかねないという、非常に残念な状況になっていると思います。


中国の対日政策には大きな変化はない

工藤:「東京-北京フォーラム」は当初、8月に開催を予定していましたが、9回目で初め延期になりました。いろいろな交渉の結果、10月に予定通り開催されます。この時期に前後して日中間で民間レベルでは対話再開への気運が高まってきているような気配を感じているのですが、それは中国側の方針が変わったということなのでしょうか。

高原:いくつかの領域、例えば、経済分野で大企業のトップが訪日団を結成して訪ねてくる、あるいは、地方な小さな都市の代表団が経済活動や投資の招致のために日本に来るということは始まっています。ですが、それが明確な流れの転換によるものなのかどうかは疑問です。もっと明確な形でトップからのシグナルが出ないと中国の人たちは動きにくいと感じると思います。ですから、基本的な状況はあまり変わっていないと思います。

宮本:8月16日に中国共産党中央委員会の機関誌「求是」に、楊潔篪の論文が出て、新たな情勢の下での中国の外交理論と実践の革新についてまとめていますので、外交政策全般に関してはその姿勢に転換したのだと思います。しかし、対日本外交についても「この姿勢で臨む」という上層部の一言が出ているわけではありません。少しずつは変わってきているとは思いますが、現場は動けないという状況はあまり変わっていません。


主権が絡む問題の解決は困難

工藤:アンケートでは、尖閣問題について、「政府はどのようにしてこの問題を解決していくべきだと思いますか」ということも聞いています。これも2つに回答が集中しています。一番多かった回答は「日中間のホットライン構築など、偶発的事故回避に向けた取り組みを行う」が36.7%でした。2番目に多かった回答は「紛争の平和的解決に向けた合意をする」で21.6%でした。他には、「二国間での解決は困難なため、国際司法裁判所に提訴し国際法に則り解決する」、それから「領土を守るため、日本の実効支配をより強化する」、「当面放置しておく」などの回答もそれぞれ1割程度ありました。

 一方、「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」という回答は4.2%にとどまりました。この結果をどう考えればよいのでしょうか。

高原:主権が絡む問題については、「解決はなかなか難しいだろう」と考えている有識者の認識が反映されていると思います。

工藤:確かに高原さんのおっしゃる通りで、アンケートの別の設問では「G20サミットにて、安倍晋三首相と習近平国家主席が立ち話で言葉を交わしました。あなたは、尖閣問題を巡る日中間の対立についてどのような見通しをお持ちですか」と、まさに主権も含めた解決の見通しについて聞いたところ、「解決はするが、かなり長期化すると思う」と「そもそも解決はできないと思う」という回答が約4割で並びました。先程の設問と併せて考えると、「主権が絡む問題の解決というのは非常に難しい。だから、まずは今の緊張状態の緩和と衝突を回避するための対話をすべきなのではないか」、ということを有識者は考え始めているのではないでしょうか。

宮本:大きな流れとしてはそうだと思います。しかし、私たちは問題を解決していくためのプロセスとして、様々な選択肢は残しておくべきです。戦前の反省として、例えば、日中戦争では「中国から撤退する」、ということを一度も選択肢に入れていなかった。これは大局的に物事を考えられなかったという代表例なのではないでしょうか。ですから、一見するとあり得ないような方針でもまずはとりあえず選択肢の中に入れておく。それを選択肢から消すのであれば、みんなで議論をしてその結果として消していけばよいのです。日本政府の立場を考えると「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」というのは難しいですが、それも一つの選択肢として残す。そして、その検討の結果、今の選択肢として妥当ではない、という結論に至ったら、選択肢から除去すればよい。そのような姿勢で常に検討していくという姿勢が必要なのではないだろうか、と思います。

 難しいからといって常に選択肢から外す、ということは知的怠慢です。戦前の一番大きな過ちというのはまさにそこにあったのです。領土問題は中国とロシアでも解決されているように世界中で解決されています。それは政治的決断があればできるのです。我々はその可能性を常に持っておく必要があると思います。現在では外交は常に政治に関連していますから、日本の政治の状況を鑑みると、私個人としては「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」という選択はない、と判断しています。しかし、論理的にはそういう選択肢も残しておくべきだということです。

松田:我々は現実の世界に生きている以上、問題への対処方法も現実的なものにする必要があります。まず、ある問題に直面した時に、この問題は解決可能なのか、不可能なのか、可能だとしたらどれくらい時間がかかるのか、ということをまずきちんと捉え直すべきです。そして、解決に向けて努力を傾注した結果、かえって問題が悪化する、ということは我々の日常生活でも起こり得るわけですが、それと同じように、尖閣問題も直視して、解決しようとすればするほど解決から遠ざかるということがあり得る。それどころか、それ以外の日中関係の様々な領域までおかしくしてしまうという性質の問題であると、私は捉えた方がいいと思います。そう考えると、事態の管理にとどめて、できる限りこの尖閣問題には触れないでおく、というメカニズムを日中両国が作っていく。そして、尖閣問題以外の、いわゆる日中関係の大局というものが非常に重要である、ということを繰り返し両国で確認して、共通利益を積み上げていく。そうすることによって、日中間に存在する問題を相対的に小さくして、その問題が偶発的な事故によって大きくなりそうになった時でも何とか収めるような仕組みを作り上げる。この努力を続けていくしかないと思います。

   

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尖閣問題を「パンドラの箱」に戻すことは可能か

工藤:松田さんから解決するべきものでも解決を急ぐことによってかえって解決できなくなるかもしれない。場合によってはその問題を遠ざけたり、相対化して小さくすることによって問題を封じ込めるという対応もあるのではないか、というお話がありました。アンケートでの有識者の回答もそのことを意識していると思います。この松田さんの問題提起についてどのように考えていけばよいのでしょうか。

宮本:そのためには政治的なリーダーシップこそ必要となります。日本、中国双方の政治指導者が、松田さんが言われたように日中関係を大局的な見地から大きく捉えて、この尖閣問題を非活性化して抑え込んでいく、という知恵を出さなければならない。現在のグローバル経済の中で世界第2、第3の経済大国が揉めるということは世界に大変な迷惑をかけることになるので、両国首脳が「解決しなければならない」、という決意さえ固めさえすれば、両国政府が出す声明の具体的な文言などはすぐに考え付くものです。

 これまで尖閣を巡って色々なことが起こり、中国国内では尖閣領有権を正当化する独自の「物語」が作り上げられ、その物語に中国の指導部も拘束されて、その中でしか解決策を模索できないでいる。しかし、日本には日本の「物語」がある。そこで、いかにして尖閣問題を脇に置いて、「日中関係は重要だからもう一回見直そう」、という方向に持っていけるのか、ということが重要なポイントになります。

高原:そもそも42年前に尖閣の領有権について中国側から異議が提起された時に、どう対応したのかというと、国交正常化が直後に控え、さらに数年後には平和友好条約締結への動きがあったので、「それを壊しかねない尖閣問題には触らないでおこう」という日本、中国両国の暗黙の了解があったといっていいのではないかと思います。その後、中国が国力を増大させるにつれて、尖閣に触り始めてきたというのが日本側では一般的な認識となっており、実際そうだと私自身も考えています。ただ、尖閣に触って問題を大きくしても中国にとってもプラスにはならない、という認識も一方で広まってきているのではないかとも思います。ですから、「問題はどうにもならない。触っても無駄だし、かえって損だ」という新しい認識が形成され、この尖閣問題を「パンドラの箱に戻そう」、という合意につなげるような動きが出てくるのではないか、という気がしています。

工藤:パンドラの箱に戻れば本当にいいのですが、そのような流れを作ることは可能なのでしょうか。

松田:私は可能だと思います。現在、日中両国政府は、非常に過激な言葉や行動のやり取りを避けようと今年になってから非常に努力をしています。例えば、中国側でも今年は大きな反日暴動はデモも含めて起きませんでした。また、香港のいわゆる保釣運動家のような人たちも中国側が色々な手段を使って出航もさせない、という状況になっています。

 日本は台湾に対して大きな譲歩をして、日本と台湾との間で日台漁業取り決めを結びました。台湾の漁民が昨年9月25日に行ったように尖閣海域に侵入するというような事態を日本と台湾が協力をして抑え込んでいます。

 ですから、現状、基本的には民間発の不測の事態は抑え込まれている状態だと思います。これは関係各国が努力をした結果であり、偶然でこうなっているわけではありません。

 先程、高原さんからもお話がありましたが、なかなか中国の上層部が「日本との関係を良くしてかまわない」と言ってくれないので、みんな周りを見ながら「どうしようか」、と戸惑いながら少しずつ関係が回復しているという状態です。あと一押しか二押しくらいで局面が変わるのではないか、というところまでは来ていると思います。一方的にずっと事態がエスカレーションし続けているわけではなく、かなり最近は落ち着いてきています。しかし、何か不測の事態が起こったら、また一気に悪化してしまう危険性は残っているという状態だと思います。


政府外交が動きやすいような環境を民間が作ることが重要

工藤:今の状態はその通りですね。不安定だけれど一応は抑え込んで均衡は保っている。こういう状況の中で、両国政府の政治指導者が動いたら一気に情勢は動きますが、現実はそうなっていない。そこで、政府外交を動かすためにはどうすればいいのでしょうか。

宮本:そのためには小さなことの積み重ねが必要です。まず大切なのは良いメッセージをお互いに送ることです。「日中関係はアジア太平洋のためにも非常に重要である」、「日中は共生すべき」、と言って日本が関係改善に向けて積極的な姿勢を示すとそれに中国も応えていく。尖閣問題に触れずに徐々に社会の雰囲気を変えていって、政治指導者が決断しやすいような環境作りをする、ということだと思います。

工藤:政府間では日中関係を改善したいという意思は持っているのですよね。でも、どうしたら交渉のテーブルにつくことができるのか、という点にはかなり日中両国に意見の差があると思います。

宮本:外交ではどうしても「自分の方が正しい」ということになりがちで、しかも、ほんの少しでも自分の過ちについては認めにくいものです。そこで、政府同士の交渉が引っかかっているのだと思います。やはり、こういう時には中国の国民世論から「そろそろ日本と関係を改善した方がいいのではないか、関係を改善した方がお互いにとって利益になるのではないか」という、より多くの声が出てくることが、政府外交にとっても非常に大きな後押しの力になると思います。


日中平和友好条約の今日的な意義を考えるべき

工藤:そういう冷静な声が民間から起こってくる、というきっかけ作りのために「東京-北京フォーラム」は役割を果たさなければならないと思っています。その話に入る前に日中平和友好条約についてお話を伺いたいのですが、今年は条約締結35周年です。この歴史的な先人の業績から、今日的な意味を引き出すとしたらどういうことを考えるべきなのでしょうか。

高原:日本と中国の間には、平和友好条約を含めていくつかの文章がありますが、いずれも内容はものすごく今日的な意義を持っている重要な文章であり、日本でも中国でも多くの人がその意義については理解しています。平和友好条約では、何か揉め事があっても、それを決して武力、あるいは武力による威嚇を通して解決しようとしないという姿勢を徹底するというところに一つの眼目があります。また、覇権主義に反対するという項目も重要です。今こそ、日本と中国で多くの人がこの条約を読み直して、日中関係の原点の一つとして学ぶべき意味はものすごく大きいと思います。

工藤:私たち民間では色々な形でその条約の意義について考えることができますが、その条約を結んでいる当の政府間ではその意義を考えるということは難しいのでしょうか。

宮本:現状は外交の入口で止まってしまっていますが、国家の外交の姿勢として間違っていると思います。一つの問題で両国の関係全体が動かない、というのは正しい外交の姿ではありません。日中平和友好条約35周年という記念すべき年なのですから、本当は少し尖閣問題を脇に置いて、日中両国政府はこの現代的な意義について議論をして欲しいのですが、特に中国側は現段階ではそのような姿勢になっていません。

工藤:松田さん、先程おっしゃったような、問題を隔離する、問題を相対化するためにはどのようなプロセスを踏めばよいのでしょうか。

松田:経験則として中国がこれまで台湾、日本も含めた色々な国と関係を悪化させて、それを改善させていくプロセスは繰り返しありました。それを見ていくといくつか分かることがあります。まず、一つには「時間」が必要だということです。基本的にどのような問題でも、ほぼすべて中国側が怒って関係を途絶させ、それを回復するのも中国側から始めるというプロセスです。中国国内のナショナリズムの盛り上がり、世論の盛り上がりを少しずつ抑えていく必要がありますが、これには時間がかかる。

 もう一つは「きっかけ」です。例えば、先日、G20が行われましたが、そういう場では両国首脳がお互いに顔を合わせざるを得ない。そこで握手もしない、目も合わせないということはあり得ませんので、しっかりと握手をし、言葉を交わす。そういうことを繰り返していくと、「首脳会談がないのはおかしい」という流れになる。

 それから、我々東アジアの人間にとっては「季節の変わり目」というものが非常に重要な意味を持ちます。年が変わると新しい気持ちになるので、そういう節目を上手く活用した外交努力というものを積み重ねていくことが大切だと思います。

   

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今こそ大きな役割が求められる民間外交

工藤:現在、政府外交が様々な局面の中でジレンマを抱えてしまっている状態です。そのような状況の中で、民間にできることは何かないのだろうか、と我々自身が問いかけるような局面になってきています。

 さて、有識者アンケートの設問の一つに、「東アジアの近隣諸国との対立の中で、ナショナリズムがかなり加熱してきている。政府外交だけでこのような事態を解決できると思うか」という設問がありました。この設問に対して「解決できないと思う」が40.9%、「どちらかといえば解決できない」が39.0%となり、8割の有識者が政府外交だけでの解決は非常に難しいと判断したと読み取っても間違いないと思います。

 この結果から、事態があまりにも悪化してしまっている、そして、ナショナリズムの加熱によって政府外交の行動が狭められてしまい、本来果たすべき役割を果たすことができなくなっているのではないか、という有識者の懸念が読み取れます。

 先程、宮本さんがおっしゃったとおり、政治家が強いリーダーシップを発揮すれば、政府外交が動けなくなってしまう現状を変えることができる可能性もありますが、現実的には日中両国ともにそのような状況に至っていません。そのような状況の中で、政府外交の役割と、それを補完する民間外交の役割をどう考えたらいいのでしょうか。

宮本:41年間政府で仕事をした経験を踏まえて申し上げますと、この41年間の中で一番大きな変化は、外交問題がほぼ内政問題になったということです。職業外交官・政府指導者による、ごく限られた人たちのエリート外交から徐々に変質し、私が退任する直前には、どこの国でも、外交は大きく国内世論の制約を受けるものに変化していました。今の時代の外交は国民世論の制約を受けるので、まず国民世論が変わらないと政府は動けない、ということが政府外交の実態だと思います。そうだとすれば、政府外交と民間外交はもう分けて考えることはできなくなっているということになります。

 日本国内で色々な議論がなされて、その結果、政府の行動の選択肢が広がっていく可能性は十分あります。具体的な方策にしても、国民の間で議論していくことによって、政府の選択肢も増える可能性もあります。政府外交と民間外交はそのような相互関係になっていると思います。

高原:中国の場合でいえば、中国共産党のメディアに対する影響力が非常に強い。

 ナショナリズムの高まりの原因には様々なものがありますが、今、中国が近代化の真っただ中にあるからナショナリズムの時代にあるのであって、ポスト近代の時代に入れば、ナショナリズムも少し冷めるだろうという考え方です。それも一理ありますが、中国共産党の影響力のもとにある公式メディアの果たしている役割も大きいと思います。ですから、逆説的ですが、ナショナリズムの温度を下げるには、民間の役割が重要だと思います。つまり、政府のチャネルともいえる中国の公式メディアとは別のルートで、中国の一般大衆に日本側の正しい情報や本当の思いなど、事実と感情との両方を伝えていくことが特に求められているのではないでしょうか。

松田:民間にできることというのは非常に大きいと思います。例えば、世論調査一つをとっても、政府による「外交に関する意識調査」は長期にわたるトレンドを見るのには適していても、尖閣諸島問題に対する意識のように、短期的に変動する世論の把握については対応ができません。ですから、このような調査を民間が機動的に行っていることで、例えば、日本の有識者で「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」を支持している回答者は4.2%、「日本の国有化を撤回する」を支持している回答者はわずか1.9%というようなデータを中国の人たちに見せることができます。このようなデータを提示すれば、中国側にも、自分たちが、一般の日本人にとって受け入れ不可能なことを関係修復の前提条件として要求している、ということなどを分かってもらえると思います。このような機動的な調査は、政府にはなかなかできません。その上、政府の調査というだけで、中国側から見るとデータの信憑性が落ちます。機動的な調査によるデータを提示し、得られた情報を相手に伝えていくことで、中国側に「問題を全く解決できない方向に我々は足を踏み出してしまったのだな」、「これは何とかしなければならないな」、ということを理解してもらう役割を担えるのはまさに民間だと思います。

 また、民間が「日中関係の大局を大切にしていこう」というようなことを繰り返し発信することで、指導者の背中を押してあげる役割を担うこともできると思います。現在の中国政府は、日本との関係を重視していた胡錦濤政権とは異なります。また、現在の日本の安倍政権も、過去の歴代政権と比較すれば、おそらく日中関係改善に向けて積極的な政権とはいえないでしょう。そうであるからこそ、民間レベルで日中双方が「日中関係は非常に重要だ」という世論醸成をしていくことがきわめて重要だと思います。

工藤:「東京-北京フォーラム」は、日中関係が非常に厳しい時に「日中関係が直面している困難を民間の対話の力で乗り越える」ために、立ち上げました。しかし、延期になったのは今回が初めてで、正直ショックを受けました。なぜなら、どんな困難があっても、この対話を延期したことは絶対になかったからです。しかし、このような状況だからこそ、民間の役割が問われており、民間対話の必要性は強まってきていると思います。

宮本:我々の古い友人で、外交関係者でもある呉建民さんも、中国青年報に「中国外交の最大の問題は国内である」というような連載記事を寄稿しました。国内世論がもう少しバランスの取れた考え方をしなければ、外交は立ち行かない、という内容の記事です。このように、外交政策において民間側から政府に注文を付けるような論説も展開され始めているので、中国側にも民間外交の動きは出てきたと実感しています。

 私は、「東京-北京フォーラム」の最大の強みは、我々の議論が公開されるということだと思っています。議論が公開されれば、その内容がより多く中国の人たちに伝わって、日本の視点、感情、考え方というものを中国の人たちに直接伝えることができます。また、「東京-北京フォーラム」の中国側参加者は日中関係に関する考え方のバランスが取れている方が多いので、そういう方たちの意見が日本国民に伝わる良いチャンスでもあります。


「東京-北京フォーラム」の果たす役割とは

工藤:最後に、10月25日から開催される「東京-北京フォーラム」への期待、希望、要求があったらお聞かせください。

高原:日本側の参加者は、中国政府が昨年の秋から様々な反日宣伝キャンペーンを実施した結果、中国国内で相当ゆがんだ日本イメージができあがっていることを前提にフォーラムに臨んだ方がいいと思います。つまり、日本側も、ある程度中国側の間違った理解を想定しておいて、「実はこうなのだ」と積極的に中国側に真相を語りかけるべきだと思います。中国人も、日本の専門家の発言を直接聞くと、対日理解を深めやすいと思います。また、直接会うと分かる、ということはたくさんあると思います。今回の「東京-北京フォーラム」が、中国人参加者に対して「実際に日本人に会ってみたら、今まで考えていたことが変わった」というような印象を、会場の至る所で与えられるようなフォーラムになることを期待しています。

松田:日程調整で中国側に振り回されるということは、それだけこの「東京-北京フォーラム」が中国側にとっても重要になってきたことの表れだと思います。

 日中の間で対話をする時にはコツがあります。中国側主催者は純粋な民間団体ではありませんので、フォーラムで話し合われたことはまとめられ、政府のしかるべきところに報告がなされます。そこで、中国側の人たちが「本当はこういうことが言いたい。しかし、立場上、どうしても言えない」ということを日本人が代わりに言ってあげる。これが一つのコツです。そうすれば、彼らが「本当は言いたいのだけれども、自分には言えない」というところを日本人の声としてまとめて、外に発信したり、あるいは上に伝達したりということができるようになります。むやみやたらに日本の立場だけを強硬に述べることも、中国側が建前で言っていることに迎合することもいけません。一番良いのは、中国側が「本当は中国のためにも、日本との関係をこうした方がいい」と思っているところを、かゆいところを掻く感覚で代弁してあげるとよいのではないでしょうか。ぜひ、そういう対話をしてきてください。

宮本:やはり、覚悟しなくてはいけないのは、中国側主催者が、今回は自由に行動する余地が少なくなっている、ということです。そのような中国側に我々が対処することになるのだ、と覚悟しておく必要があります。また、日中間でほとんど対話がない状況で、唯一規模の大きい「東京-北京フォーラム」が北京で行われたこと自体、大変大きな意味を持っていると思います。

工藤:来週後半から、私たち言論NPOは宮本さんとともに北京に行くことになります。そこで、対話の議題としても尖閣諸島問題があがってくるだろうと考え、中国政治に詳しい高原さんと松田さんに加わっていただいて、尖閣諸島問題について議論しました。

 この「東京-北京フォーラム」には三つの原則があります。一つ目は、批判するための議論はしない。二つ目は、政府の立場をただ反芻するような議論はしない。三つ目は、あくまでも課題解決に真剣に向かい合うというものです。今回も中国側にこの三原則を守って議論したい、ときちんと通告しております。もしかしたら、対話の一部分を非公開にしたい、という要望が出るかもしれませんが、私たちは対話を堂々と公開し、なるべく多くの人たちにこの対話での議論を伝え、両国民がともにアジアや両国関係の未来を考えていく場、そして冷静な議論が民間レベルで始まる場を作っていきたいと思っています。

 今日は「尖閣問題をどのように解決していけばいいのか」についてお送りしました。ぜひ皆さんにも、「東京-北京フォーラム」に注目していただきたいと思います。皆さん、今日はご参加いただきどうもありがとうございました。

   


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議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。

2013年10月20日(日)
出演者:
宮本雄二氏(元駐中国特命全権大使)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
松田康博氏(東京大学大学院情報学環教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 尖閣問題を契機として日中両国の対立が深刻化し、周辺海域での偶発的事故による軍事紛争の発生や両国民のナショナリズムの過熱による本格的な対立への発展の危険性も高まっている。そのような状況下で、尖閣問題を解決するために求められる視座とは何か。日中関係に詳しい3氏が議論した。議論では、日中関係を大局的な見地から捉えて尖閣問題を相対化する必要性や、民間外交が果たす役割について、示唆に富む議論が展開された。


工藤泰志工藤:今日は、日中関係の中でも特に重要なテーマである尖閣諸島の問題について議論をしていきます。それではゲストの紹介です。まず、元駐中国特命全権大使の宮本雄二さんです。次に、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。最後に、東京大学大学院情報学環教授の松田康博さんです。

 まず、言論NPOが9月に行った有識者アンケートの結果に沿いながら、ゲストの皆さんに意見を聞いてみたいと思います。

 まず、「尖閣問題を巡る日本と中国の対立について、あなたが最も懸念していることは何ですか」という設問について、最も多かった回答が、「東シナ海における偶発的事故による軍事紛争の発生」という回答で44.3%でした。同じく4割近くあったのが、「ナショナリズムの過熱による日中両国の本格的な対立」で37.9%でした。合計するとこの2つだけで8割に上ります。この2つの懸念材料に対して有識者の問題意識が収斂してきているといえますが、これについてどう思われますか。


有識者の2つの懸念

宮本雄二氏宮本:この数か月間、依然として状況は変わらないのではないかと思います。やはり、偶発的な事故による軍事紛争発生の可能性はまだ残っていると思います。日中両国ともに少しは冷静になってきましたが、偶発的事故の発生に対する対策は明確な形で打ち出されていません。気持ちの上では「軍事的に衝突してはいけない」、と両国の軍当局が自制していますが、具体的な危機回避メカニズムが作られているわけではありません。ナショナリズムや領土絡みの問題は簡単に国民感情を刺激し、話し合いをしても理屈が通りにくくなってしまいますので、尖閣問題については非常に扱いにくい状況になっています。アンケートで有識者の回答がこの2つの選択肢に集中するという結果になったのも、その現状を裏付けているのではないでしょうか。

高原明生氏高原:そもそも尖閣問題とは何か、ということを考えると、私は2つの問題に分けられるのではないかと思っています。一つは尖閣諸島の主権がどの国に属するのか、という大きな問題です。そして、もう一つは、現在、中国が尖閣周辺に続々と公船を侵入させてきていますが、それがもたらす当面の緊張状態、という2つの問題があると思います。

 一つ目の主権をめぐる問題について、懸念されることは両国のナショナリズムの高まりです。領土をめぐって意見が食い違うわけですから、容易にナショナリズムを掻き立ててしまうという懸念があります。それから、もう一つの公船が繰り出されてくることから生じる緊張状態に関しては、万が一事故起きた場合、事態がエスカレートして軍事紛争にまで発展する可能性が高い。ですから、私もこのアンケートで上位を占めたその2つの選択肢は現在の最も大きな懸念材料だと思います。

松田康博氏松田:基本的には私も同じ考え方なのですが、偶発的事故が双方のナショナリズムを煽り、本格的に対立に至ってしまうきっかけになる、という構図なのではないかと思います。2010年の中国漁船衝突事件の時や、2012年の尖閣諸島の国有化の時でもそうですが、誰も予想していなかった小さな火種がどんどん大きくなっていって、それが両国のナショナリズムに火をつけた、というプロセスがありました。もしも、今まさに問題となっている尖閣海域において、偶発的事故が起こって、万が一でも人命が失われるということになると、大変危険な方向に事態がエスカレートしていくと思います。ですから、この2つの問題はつながっていると思います。


日中間にはホットラインが構築されていない

工藤:この2つの懸念解消への取り組みの進捗状況はどうなっているのでしょうか。例えば、自衛隊と中国軍の間でホットラインを作ろうとして政府間でも色々な交渉がありましたが、その交渉が止まってしまいました。現在はおそらく、両国の軍当局の関係者がこの危険な状態を何とか自制で抑えているような状況だと思います。政府レベルでもこの状況を「何とかしなければならない」と思っているはずですが、取り組みは進んでいません。

松田:私も政府で働いているわけではありませんので、細かいところまでは把握していません。ただ、これまでの中国は常に、相手国と交流やコミュニケーションを取るための前提条件として、「政治的な雰囲気が良くなければ対話はできない」という姿勢を見せてきました。軍事関係では特にその姿勢が顕著です。日本の感覚では、危険な状況になればなるほど、「自衛隊と人民解放軍がコミュニケーションを取る必要がある」、あるいは「首脳同士でコミュニケーションを取る必要がある」と考えます。これはアメリカやヨーロッパでも同様です。しかし、中国の姿勢は全く逆で、危険な状況になると、対話の門戸を閉ざすというやり方をとっています。

 現在、日中間では首脳レベルのコミュニケーションは途絶え、安全保障に関わる自衛隊と人民解放軍の交流も途切れています。これまでに構築していたコミュニケーションチャネルもありますが、この危機を回避するためにはそれだけでは不十分です。危機管理上、不可欠なシステムとして、例えば、船や飛行機が往来する際に「これは危険なものではありません」、ということをお互いに知らせ合うホットラインのシステムは日本と韓国の間にはあり、1日の間で40回から50回も使っています。しかし、日中の間にこのようなホットラインは基本的にありません。ですから、このような危機回避のためのメカニズムを新しく作っていくためにこれから何年も議論をしていかなければならないという矢先に、また新たな危機が起こりかねないという、非常に残念な状況になっていると思います。


中国の対日政策には大きな変化はない

工藤:「東京-北京フォーラム」は当初、8月に開催を予定していましたが、9回目で初め延期になりました。いろいろな交渉の結果、10月に予定通り開催されます。この時期に前後して日中間で民間レベルでは対話再開への気運が高まってきているような気配を感じているのですが、それは中国側の方針が変わったということなのでしょうか。

高原:いくつかの領域、例えば、経済分野で大企業のトップが訪日団を結成して訪ねてくる、あるいは、地方な小さな都市の代表団が経済活動や投資の招致のために日本に来るということは始まっています。ですが、それが明確な流れの転換によるものなのかどうかは疑問です。もっと明確な形でトップからのシグナルが出ないと中国の人たちは動きにくいと感じると思います。ですから、基本的な状況はあまり変わっていないと思います。

宮本:8月16日に中国共産党中央委員会の機関誌「求是」に、楊潔篪の論文が出て、新たな情勢の下での中国の外交理論と実践の革新についてまとめていますので、外交政策全般に関してはその姿勢に転換したのだと思います。しかし、対日本外交についても「この姿勢で臨む」という上層部の一言が出ているわけではありません。少しずつは変わってきているとは思いますが、現場は動けないという状況はあまり変わっていません。


主権が絡む問題の解決は困難

工藤:アンケートでは、尖閣問題について、「政府はどのようにしてこの問題を解決していくべきだと思いますか」ということも聞いています。これも2つに回答が集中しています。一番多かった回答は「日中間のホットライン構築など、偶発的事故回避に向けた取り組みを行う」が36.7%でした。2番目に多かった回答は「紛争の平和的解決に向けた合意をする」で21.6%でした。他には、「二国間での解決は困難なため、国際司法裁判所に提訴し国際法に則り解決する」、それから「領土を守るため、日本の実効支配をより強化する」、「当面放置しておく」などの回答もそれぞれ1割程度ありました。

 一方、「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」という回答は4.2%にとどまりました。この結果をどう考えればよいのでしょうか。

高原:主権が絡む問題については、「解決はなかなか難しいだろう」と考えている有識者の認識が反映されていると思います。

工藤:確かに高原さんのおっしゃる通りで、アンケートの別の設問では「G20サミットにて、安倍晋三首相と習近平国家主席が立ち話で言葉を交わしました。あなたは、尖閣問題を巡る日中間の対立についてどのような見通しをお持ちですか」と、まさに主権も含めた解決の見通しについて聞いたところ、「解決はするが、かなり長期化すると思う」と「そもそも解決はできないと思う」という回答が約4割で並びました。先程の設問と併せて考えると、「主権が絡む問題の解決というのは非常に難しい。だから、まずは今の緊張状態の緩和と衝突を回避するための対話をすべきなのではないか」、ということを有識者は考え始めているのではないでしょうか。

宮本:大きな流れとしてはそうだと思います。しかし、私たちは問題を解決していくためのプロセスとして、様々な選択肢は残しておくべきです。戦前の反省として、例えば、日中戦争では「中国から撤退する」、ということを一度も選択肢に入れていなかった。これは大局的に物事を考えられなかったという代表例なのではないでしょうか。ですから、一見するとあり得ないような方針でもまずはとりあえず選択肢の中に入れておく。それを選択肢から消すのであれば、みんなで議論をしてその結果として消していけばよいのです。日本政府の立場を考えると「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」というのは難しいですが、それも一つの選択肢として残す。そして、その検討の結果、今の選択肢として妥当ではない、という結論に至ったら、選択肢から除去すればよい。そのような姿勢で常に検討していくという姿勢が必要なのではないだろうか、と思います。

 難しいからといって常に選択肢から外す、ということは知的怠慢です。戦前の一番大きな過ちというのはまさにそこにあったのです。領土問題は中国とロシアでも解決されているように世界中で解決されています。それは政治的決断があればできるのです。我々はその可能性を常に持っておく必要があると思います。現在では外交は常に政治に関連していますから、日本の政治の状況を鑑みると、私個人としては「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」という選択はない、と判断しています。しかし、論理的にはそういう選択肢も残しておくべきだということです。

松田:我々は現実の世界に生きている以上、問題への対処方法も現実的なものにする必要があります。まず、ある問題に直面した時に、この問題は解決可能なのか、不可能なのか、可能だとしたらどれくらい時間がかかるのか、ということをまずきちんと捉え直すべきです。そして、解決に向けて努力を傾注した結果、かえって問題が悪化する、ということは我々の日常生活でも起こり得るわけですが、それと同じように、尖閣問題も直視して、解決しようとすればするほど解決から遠ざかるということがあり得る。それどころか、それ以外の日中関係の様々な領域までおかしくしてしまうという性質の問題であると、私は捉えた方がいいと思います。そう考えると、事態の管理にとどめて、できる限りこの尖閣問題には触れないでおく、というメカニズムを日中両国が作っていく。そして、尖閣問題以外の、いわゆる日中関係の大局というものが非常に重要である、ということを繰り返し両国で確認して、共通利益を積み上げていく。そうすることによって、日中間に存在する問題を相対的に小さくして、その問題が偶発的な事故によって大きくなりそうになった時でも何とか収めるような仕組みを作り上げる。この努力を続けていくしかないと思います。

   

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