「名目成長3%・実質成長2%」、「2年で2%の物価上昇」を実現する目途はついたか

2014年11月01日

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(本議論は10月30日に収録したものです)

アベノミクスの経済政策の評価と今後の見通し

工藤泰志工藤:言論NPOは、小泉政権の時から政権の実績評価、そして選挙の時のマニフェスト評価をやってきました。私たちがこうした評価を行っているのは、市民や有権者が自分たちで考えて日本の政治を、日本の未来を選んでいくというサイクルを、日本の市民社会なり民主主義の中につくり出したいからです。それが、「民主主義が機能する」ことだと考えています。私たちの評価は、そのための判断材料を有権者の人たちに提供したいということです。私たちは去年も1年目の安倍政権の評価を公表しましたが、今年の12月26日、安倍政権が2年を終えるまでに、この2年間の成果をきちんと評価して、有権者の方にそれを示し、判断材料にしていただきたい。

 今日は、そのための評価会議の第1回目の会合になります。まず、経済政策の評価を、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さん、大和総研主席研究員の鈴木準さん、そして、私たちのマニフェスト評価に最初からかかわっていただいている日本総合研究所副理事長の湯元健治さんです。

 私たちはいつも5点満点で評価をしています。流れとしては、政権が選挙の時に国民に約束した様々な公約をすべて点検していくのですが、その中で「未着手・断念」したものは1点、着手はしたが、「この実現はどうも難しい」というのは2点、着手して順調に動いているのだけれど、「本当に実現できるかどうか分からない」は3点、何とか「目標達成ができそうだ」というのが4点。そして、「実現した」、「実現が確実だ」というのが5点になります。

 これは、政策の進行をベースにした評価ですが、もう一つの軸があります。それは、「国民に対してきちんと説明をしているか」という軸です。私たちは、公約というものを、単に「その通りやったかどうか」というような判断で評価をするわけではなくて、課題解決のための手段が政策だと考えれば、いろんな状況の変化なり、政策論の深化の中で政策を変えることもあると思います。ですから、修正することに関しては、私たちは、何ら減点はしません。しかし、修正した時には、当然、国民に対して説明義務がある。その説明を怠っている場合は、1点減点です。未着手で断念した場合、選挙で掲げていながら国民には何も説明しないのであれば、1点減点で0点になるというわけです。

 そして、これまで同様、言論NPOに登録している有識者の方に、事前にアンケートを行っております。皆さんには、このアンケートも参考にしながら、ご自身のお考えも踏まえて、評価をしていただきたい。

 初めに、アベノミクスの全体像についてアンケートを行いました。一つ目は、「安倍政権が誕生してから間もなく2年が経過します。あなたは、アベノミクスの前途を現時点でどう評価していますか」ということです。一番多かったのは「成果は出ているが、異次元の金融緩和や財政政策に頼った景気回復にすぎず、今後の成功は難しいと思う」が39.2%で一番多かった。続いて、「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.1%、そして、「既に失敗しており、それを立て直す有効な対策は見えない」が16.2%もあるのが、非常に気になりました。

 もう一つ、「あなたのアベノミクスへの期待度は、1年前と比べてどう変化しましたか」で一番多かったのは、「やや期待が萎んだ」で43.2%でした。「期待が増した」は9.5%でした。あと多いのは、「もともと期待していなかった」が34.5%。回答者にはかなり専門的な人たちも多いので、今の経済政策を考える上で、一つの傾向をつかんでいると思います。さて、ゲストの皆さんはこのアンケート結果を、どのようにご覧になっているか、同時に、アベノミクスに対する期待と、今後の見通しについてどう思っているか、まず、湯元さんにお聞きしたい。


重要な「二つの好循環」の実現 ――中長期的な成長戦略は数年単位のもの

湯元健治氏湯元:「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.1%で2番目ですが、比較的冷静な判断ではないかと思います。私の判断も、この2番目かな、と思っております。「成果は出ているのだけれど、今後の成功は難しいと思う」が一番多かったわけですが、これは、アベノミクスに対する期待値が明らかに低下していることを表していると思います。

 評価するサイドとして我々が注意しないといけないのは、その評価なり期待というものが、足元の経済情勢、あるいはここ数ヵ月とか半年の経済情勢にかなり左右されるものである、ということ。どうしても、現実の経済から受ける印象というのが、期待なり評価にかかわってくるということです。

 冷静に見ると、昨年は円安・株高ということが起きて、なおかつ、経済の成長としては、「第一の矢」の効果と「第二の矢」の効果で、表面的には2%を超える高い成長になったということです。しかし、今年は、やはり消費税の引き上げという非常に厳しい問題、中期的には必ずやらないといけない問題、これを克服していかないといけないということで、アベノミクスにとっては大きな逆風が吹いた。それに加えて、ごく直近では、例えば大幅な円安が加速したり、それからグローバルな株価が大きく落ちてきた。その背景にはグローバル経済の見通しが少し下方修正されてきたり、いろいろな環境変化の要因が加わり、実際の経済でも、消費税引き上げ後の個人消費の回復の動きが当初想定していたよりは非常に鈍いという状況。それから、企業の生産活動にもその影響が及んで、鉱工業生産指数も2四半期連続でマイナスになり、通常なら景気後退と認定されてもおかしくないような動きになってきている。そういった足元の状況にかなり左右された判断だろうと思います。

 冷静に見なければいけないのは、「もし」の世界をつくってもあまり意味がないこともあるのですが、もし消費税引き上げが今年なかった場合に、昨年の流れがどのように今年に継続されてきているのか、ということが一番重要なのではないかと思っています。例えば景気が前向きに好循環のメカニズムに入ってきているのか、入ってきていないのか。

 政府が言っている「二つの好循環」のメカニズムというのは、企業業績が改善して賃金上昇につながり、個人消費の回復につながる。二つ目のメカニズムは、企業業績の回復が設備投資の回復につながる。この二つのメカニズムは、「完全に大丈夫だ」というところまで動いているわけではありませんが、現時点では、去年のアベノミクスの政労使会合による賃上げの要請の効果もあって、6年ぶりのベースアップとか、2%台の賃上げ率は15年ぶりだとか、そういうことが今年に入って実現したのは事実です。ただ、物価の上昇には追いついていませんので、確かに消費等のデータは弱いということも事実。このあたりは、当然マイナス面も同時に出ているわけですが、少なくとも、そういう「賃金が上がる」という方向性、それから、労働需給が引き締まって人手不足が強まっている。これは目先ではネガティブな要因ですが、中期的にはそれだけ経済が良くなってデフレを脱却していく可能性を秘めているものであって、そこはちょっと前向きに見ていく必要がある。

 それから、設備投資も、現実に非常に良くなったということは決してありませんが、アンケート調査などを見る限りにおいては、大企業の製造業は2桁台という、これも15年ぶりくらいの結果となっていますし、非製造業もかなり底堅い結果と言える。しかも、6月から9月でさらに上方修正されているといったようなところに焦点を当てると、アベノミクスによる景気回復のメカニズムというのは、消費税の影響で相当、かき消されていますが、今年に入っても続いているということも、冷静に評価していいのではないか。

 特に、アンケートの「理由」の回答を見たときに、「第三の矢」である成長戦略に対する失望感が既にかなり出ているということなのですが、確かに、実際に成長戦略で経済が良くなっているわけではないということはあります。しかし、そもそも成長戦略そのものが、中長期的な日本の潜在成長率を引き上げるための構造的な改革であって、その効果が表れるまでには数年、政策によっては10年近くかかるというようなものも含まれています。わずか1年後とか1年半後くらいに効果がものすごく出ていることを期待すること自体が、本来期待しがたいことだと思います。


足元のその場の議論より、先行きへの目配りを

鈴木準氏鈴木:アンケートですが、回答される方も非常に迷っていらっしゃると思います。景気拡大が停滞していますし、まだら模様であるということは、足元では間違いないわけです。

 去年は期待先行で、雰囲気が非常に良くなって、それで消費なども盛り上がりました。ただ、実際に消費税が増税されるという状況になってくると、議論が変化してきました。デフレ脱却をしなければいけないと言っていたにもかかわらず、円安で物価が実際に上がり出すと、「これでは生活が困る」と。デフレ脱却のためには円安にしないといけないと言われていましたが、実際に円安になると、今度は「かえってマイナスだ」と言われている。消費税増税も、民主主義のプロセスを通じて、いったんは国民全体で「上げましょう」という意思決定をしたはずですが、270兆円という、バズーカと呼ばれている金融政策を打っているにもかかわらず、どういうわけか消費税がうまくいかないことの犯人のように扱われてしまっている。

 人間社会の必然かもしれませんが、議論がその場その場のものになっています。「足元ではそういう状況になっている、しかし全体として見てどうか」ということを、やはり言論スタジオではきちんとトレンドとして見ていく必要があるのではないか。去年は期待先行で、今、それが実際には好循環にまだ結びついていないことは確かです。しかし、大事なのは、その苦しさのところをどう乗り越えていくかというところの判断を、我々としてどのように読み解くかということではないかと思います。

工藤:鈴木さんの、アンケートのこの設問に対する答えはどちらですか。「成果は出始めているが、今後の成功は現時点では判断できない」と、「今後の成功は難しい」と。

鈴木:今の時点で、成功が難しいとは思わないです。ですから、「成果は出始めているが、今後の成功は現時点では判断できない」です。

工藤:内田さんはどうですか。


経済の好循環の持続性は構造改革次第

内田和人氏内田:このアンケートの選択肢でいえば、成果は着実に出ておりますし、一方で「第三の矢」というか成長戦略、特に構造改革については、その実現性を含めてまだ不透明である、ということで、「成果は出始めているが、今後の成功は判断できない」という回答にするのではないかと思います。

 そもそもアベノミクスというのはどのようなかたちから生まれてきたかというと、一つは政策のレジームチェンジです。要するに、これまでデフレ期待であったところを、財政・金融の矢を使いながら最終的には構造改革をして、それで持続的な成長に結びつけていく。これに対して、特にマーケットが大きく反応したということだと思います。その中で一番の軸になっているのが日銀の金融政策、「クロダミクス」で、特に黒田さんが総裁になられてから、アベノミクスを含めて株価が7割上がったわけです。昨年同様に欧米も景気が良くて、株価が4割上がっていますが、それに対して日本株が大幅に上回っている。

 それから、企業収益の源泉になっている為替については、実質実効レートという物価の部分を差し引いたレートでいうと、日本は実質ベースで3割円安になっている。これは、他の通貨はほとんど動いていないのですね。だから、それだけマーケットが大きく動いて、それによって個人の金融資産が90兆円増えているということで、相当な資産効果がそこで発揮された。政策のレジームチェンジに対してマーケットが反応して、それに対して経済の好循環が生まれたということは、これはもう成果が出ているのだろうと思います。

 ただ、その持続性というところでやはり問題なのは、本当に構造改革ができるのか、景気の足元の停滞というか反動を受けて構造改革が止まるのではないか、ということです。こういったところについては、景気がどうなるかという議論もありますが、日本の経済の持続性、特に2016~17年くらいから団塊の世代の方々が一気に70歳、年金生活に入ってきますので、そこでの社会保障のシステムをどうやって維持できるのか、こういったところを問われているということだと思うのですね。

 私は、構造改革をしっかり進めれば、今回の消費税の2回目の引き上げと、それに伴う社会保障の一体改革をしっかり示せばよいと思います。今はたぶん、アベノミクスをある程度評価しながら、構造改革ができるかどうかを判断する方と、「景気が良くなるか、悪くなるか」ということで判断される方とに二分されていると思うのですが、私は、構造改革をしっかり進めれば、この「成果は出始めているが、今後の成功は判断できない」という33.1%の方々については、岩盤のような、高く揺るぎない評価をするという方向になっていくのではないかと思います。

   

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工藤:総論を踏まえて、具体的な評価に入ります。今、皆さんに総論としての評価をお聞きしたのですが、その中でも、選挙で出されたアベノミクスの政策から2年間経って、それぞれの政策目的に関して大きな変化があるのではないのかという感じがしました。もともとは、「第一の矢」で異次元の金融緩和をし、それで財政の機動的な運営で時間を稼いでいる間に成長戦略を出す、と。あの時は、成長戦略はとにかく早くやらないといけないというので、マーケットが迫っているというかたちで、私たちの評価も「その出し方が遅いのではないか」という評価をしたこともありました。

 しかし、今の話ですと、成長戦略というものが構造面の変化だとすれば、時間がかかるということも当然だ、と。であれば、時間稼ぎのための金融緩和などというものをかなり加速させながら、その中で時間を稼ぎ続けなければいけないのか、ということになります。一方で、今年の所信表明演説なり、経済財政諮問会議の骨太の方針で出ているのは、やはり財政再建も構造面では非常に大きな問題なので、それと両立するかたちでの経済・財政ということを言い始めている。

 その両立ということになってきた場合に、さっきの三本の矢の位置付けがどうなっていくのかということを、もう一度原点に帰って、どのように整理すればいいのか、ということを聞きたいのですが、内田さんからどうでしょうか。


日銀の想定外だった外部環境の変化

内田:アベノミクスの三本の矢の中で「第一の矢」、工藤さんは「時間稼ぎ」とおっしゃいましたが、私は「三段ロケット」だと思っています。一段目のロケットが異次元緩和であり、その目的というのは、「実質金利の低下」と「ポートフォリオリバランス」、つまり、日本銀行が国債を買うことによって、他の金融機関が他のアセットならびに貸出の増加に向けてアセットの中身を変える。それから、三番目は、それに伴って資産価格が上昇する。これによってデフレを脱却させて、日銀は「2年をめどに2%」という目標を持っているわけですが、それに向けて一段目のロケットを発射したということだと思います。

 これは、先ほど私が申し上げたように、想定以上の効果は出た。ただ一方で、外部環境が、日銀の想定外に変わった部分が二つあると思います。一つは、インフレという観点でいうと、今、原油価格がかなり急落していまして、原油価格が下がることについては経済にとっては良いことなのですが、物価という観点でいえばインフレ率が上がってこないということで、「2年をめどに2%」ということは難しくなってきている。それから、もう一つは世界経済、特にヨーロッパや中国の景気、これがたぶん、日本銀行が想定しているよりも弱い。こういった外部環境の変化が、この1年、一方であったわけでありまして、それに対して第一段目のロケットが、最初のスタートは良かったのですが、それが持続的に全体を引っ張れるかというのが、なかなか難しくなっているという状況です。

工藤:「ポートフォリオリバランス」というのは、成功しましたか。

内田:具体的に、日本全国の金融機関、これは銀行ですが、長期の国債の残高が、この1年間で、統計ベースでいうと約30兆円落ちています。これに対して、貸出と海外の投資を足し合わせて、金融機関の中で10兆円くらい増えている。残りの20兆円は日本銀行の当座預金というかたちになっていますが、そのあたり、長期国債だけではなくて中期とか短期の国債も売却を一定程度しまして、そういった資産の配分になっているわけです。そういう意味では、ポートフォリオリバランス効果というのは、そこには出ているということです。

工藤:鈴木さん、「第二の矢」の財政政策を中心に、政策目的が大きく変わってきているのか、ということを論評してもらえますか。


両立できるか財政再建と景気回復

鈴木:最初に「第一の矢」、金融緩和というのは、大きく二つ目的があったと思います。行き過ぎた円高を是正するということと、何よりもデフレから脱却するということですね。円高に関しては、是正することはできた。しかし、思いのほか輸出が増えない。それから、円安になったらなったで、マイナスがあるというような話が、今また急に出てきている。デフレ脱却についても、今、安定的に物価が2%上昇する状態ということからはかなり距離感がある状況になっている。当初は、いわゆるリフレ派と呼ばれている方々も驚くくらいの政策を打ったわけですが、どういうわけか、消費税率引き上げのお陰でデフレ脱却ができないかのような議論になってしまっているという状況です。

 「第二の矢」は、機動的な財政政策ということですが、GDP統計の需要項目を見て、安倍政権が誕生した2012年10-12月期を100としますと、今、公共投資は115から120くらいのレベルまで上がっています。ですから、この間の景気回復に公共投資がかなり効いたということは間違いがない。ただ、問題は、それが一時的なものなのかどうかですね。先ほど、工藤さんは「時間稼ぎ」とおっしゃいましたが、一度上げてしまった財政支出のレベルを果たして下げられるのかどうか。「財政再建を景気回復と両立させる」と言っているわけですが、そこが非常に心配になってきている。

 一方で、長期の「第三の矢」の政策を考えてみますと、これは「民間投資を喚起する」と言っているわけですが、先ほど、実質ベースの公共投資は100から115~120くらいまで増えたと申し上げましたが、実質ベースの設備投資は今、104までしか増えていない。名目設備投資について、3年間でリーマンショック前の水準を回復させるという目標があるのですが、実績として設備投資が非常に弱いという状況があって、なかなか成長戦略の成果が見えてきていないという話になってきています。それでまた、「第一の矢」の追加緩和だとか、「第二の矢」の財政でのサポートが必要ではないかとか、あるいは、財政再建を先送りするかのような消費税率引き上げ先送り論が台頭してきてしまっている。そういう全体の構図にあるわけですね。

工藤:すると、財政再建の話を入れてきたというのは、どういうことなのですか。

鈴木:本来、民間の投資が出てくることが必要なのです。財政再建というのは、増税と歳出削減だけやればできるわけではなくて、当然、財政による需要下支えがなくなる分を民間の方で持ち上げてこないと財政健全化も達成できないわけです。ですから、民間部門の投資が増える、消費が増えるということと、財政の赤字を減らすということとは、パッケージとしてはまさに正しい政策で、片方だけやろうとしてもうまくいかないと思います。

 それから、日本の場合、政府がこれだけの借金をしているわけで、これについて何も対策あるいは政策がないということはありえないですから、財政再建化政策をきちんと堅持しているということは重要なことだと思います。

工藤:湯元さん、「第一・第二・第三の矢」の中での動き方の評価と同時に、どのように政策の体系を考えればいいのか。さっきは、消費税を景気に対する問題だとして考えたけれど、消費税の引き上げは財政の限界や社会保障の構造から見れば必要だ、ということになると、今もう一度、この三つの政策のパッケージのあり方を整理した上で、評価の軸を立て直した方がいいかな、という感じもするのですが。


求められる成長を促す構造改革

湯元:アベノミクスの三本の矢というのは、非常に体系的によく考え抜かれた政策だと思います。一本目の矢と二本目の矢は、やはり「期待を変える」ということに主眼が置かれていると思うのです。もちろん、二本目の矢は、期待だけではなくて需要の増加、政府の支出拡大というかたちで景気を押し上げるという効果も見込んでいるわけですが、それぞれの評価を申し上げると、一本目の矢の効果というのは、確かに想定を上回る効果も、昨年は相当出た。私の評価は、異次元緩和というのは、本来効果だけがあるわけではなくて、同時に副作用も伴う政策です。それを覚悟の上で効果を出すために、これだけ大胆な金融政策をやってきた。

 そして、今年は、その副作用がどういうかたちで表れるかというと、ハイパーインフレとかそういうことではなくて、円安になったことによって物価が上昇し、消費税が上がる前に1%台半ばくらいまで物価が上昇していました。その状況下で、消費税の2%の消費者物価上昇が加わって3%台にまで上昇したというところのインパクトが、経済に対してかなり大きなマイナスの影響をもたらしたということなので、異次元緩和という金融政策だけに依存した景気回復というのは持続性がありません。為替の円安も、100円台前半というあたりでとどまっていれば、あまりマイナス効果は目立たなかったと思います。しかし、そこから円安が加速し出すとマイナス効果が非常に大きくなった。

 昨年のように株価が57%も上がるというようなことが今年起きれば、そういったマイナス効果も穴埋めすることが十分可能なのですが、株価というのは、金融政策の効果だけではなくて、グローバル経済の動向とかいろんなことに左右されるので、今年はなかなか思ったように株価は上がっていない、むしろ下がり気味です。

 ということで、マイナス面だけが表面化してプラス面がなかなか表れてきません。その結果として、マイナス面がどうしても、地方とか中小企業とか、より弱いところに大きく表面化しやすいというかたちになっているから、それに対する対応というのをこれからしていかないといけない。

 そして、財政政策というのは、昨年10兆円、今年は5兆5000億円出して、それなりの下支え効果を持ってきたわけですが、毎年5兆円、10兆円というタームで財政の支出をする余裕は日本の財政にはもともとありません。まさに時間を稼ぐというか、本当に日本企業の収益力、あるいは日本経済の成長力がつくまでの間、景気を下支えする。あるいは地方とか中小企業のような弱いところで格差が拡大していることを、少しでも是正するための手段として、財政政策というものが位置づけられています。従って、ローカル・アベノミクスとしてまたバラマキが復活するという懸念もささやかれていますが、現実問題としては、こういった格差の拡大というものに対応するための即効的な政策として、財政政策が位置づけられています。しかしながら、何年も持続することは非常に難しい。

 そうなってくると、やはり誰もが期待しているのは、「第三の矢」によって、本来持っている日本経済の潜在力、成長力を高めていくという努力をしていかないといけません。この潜在成長率というのは、足元ではいろんな計算がありますが、0.5%以下に低下しています。これは80年代には4%を超えていたし、90年代でも2%以上ありました。しかし、少子高齢化、人口減少の影響とか、さまざまな構造的要因、それからもう一つは、2000年代以降、特にリーマンショック以降の民間企業の設備投資の長期停滞というのが、日本の潜在成長率の低下に大きく影響しています。私の計算では、だいたい1.3%くらい、潜在成長率を設備投資の停滞だけで引き落としています。労働力人口の減少というのも確かに0.5%くらい下押ししていますが、80年代と比べると、その度合いがそれほど大きく悪化したわけではありません。実は、主たる原因というのは設備投資の停滞であり、そして長期間設備投資をしてこなかった結果として、設備の老朽化が非常に進んで、だいたい15年以上の期間が経っている設備が平均的です。

 ということで、これは国際競争力の低下の要因にもつながってくるし、イノベーションとか新しい付加価値を生み出していくとか、そういう企業のパワーの低下にもつながってきています。やはり「第三の矢」というのは、そういう企業のリスクへの積極的なチャレンジというものを促していくような構造改革、あるいは税制改革、そういったものをやっていくことによって、企業が先行きの経済に自信を持つような状況をいかに生み出していくか、ということです。

 消費税引き上げ前までは、企業の期待とか行動もかなりポジティブになりかけていたと思うのですが、やはり足元の景気動向にどうしても企業は左右されるので、そのあたりが少し慎重化している可能性はあります。特に、生産の調整が始まったというところは、非常に慎重化し始めたということです。ただ、設備投資のアンケート調査は、先ほど言いましたように、今年は少なくともかなり増加させています。これが、今後調査が進むにしたがって下方修正されてくるということになると、非常に危惧される状況であります。

 ただ、「第三の矢」の効果が現時点で目覚ましく表れていないからといって、それはあまりネガティブに考える必要はなくて、企業の期待が変わった結果として行動が変わっていく。様々な成長戦略が具体的に実行されるプロセスの中で、企業が異業種の分野に積極的に参入して設備投資をするなどしていく。電力の自由化がらみのところとか、農業がらみのところで新しい動きが起き始めていることも事実なので、そういう分野をさらに拡大して広げていくということが成長戦略に求められることで、それは1年間で全部やるというのも現実的には非常に難しい問題です。3年、5年を視野に入れて、そういった構造改革、特に成長を高めるような構造改革を進めていかなければいけないと思います。


アベノミクスに海外の視線は厳しいが

工藤:海外のメディア報道を見ると、ほとんど厳しい。「アベノミクスは失敗した」と断じている世界のメディアはいっぱいある。金融の現場にいてどのように受け止めていますか。

内田:マーケットといっても、短期的な収益を追う市場参加者と、中長期的な年金などの構造改革を主体として資金を入れるアセットマネージャーとの二つに分かれています。今はまさに、短期的にもっと金融緩和をするとか、消費税引き上げをやめろという論調がメディアに出ていますが、私が特にヨーロッパのアセットマネージャーとか年金基金の人たちと話をすると、有識者はほとんど、構造改革に対する有言実行性があるかどうかをかなり重視しているという状況だと思います。具体的には、税と社会保障の一体改革で、もっと具体的に言えば、消費税を予定通り引き上げる、これは世界的なコミットメントですが、それに法人税を引き下げる。それと同時に、年金支給年齢の引き上げ等々を含めて、こういったところにしっかり対応するかどうかということです。

工藤:短期的なものよりも、中長期的な視点で、真面目な見方もあるということですね。

内田:はい。ですから、消費税を引き上げるといった時には、短期的に株式については一時的には下落する可能性はあると思います。でも、構造改革をしっかり実現しておけば、いったん売られたところをしっかりと買いに行く。これを押し目買いというのですが、そういった投資家は必ずいると思います。

   

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工藤:「第一・第二の矢」は、初めに発射させるために思い切った措置をやったのですが、それが実際の経済の動きにつながっていかないといけない。さらに、持続的な成長率を上げていくような展開にならなければいけない。「アベノミクスが今後期待できるか」ということに関して「今の段階では判断できない」と、私は受け止めているのですが、これは皆さんも同じ考えなのか。これがアベノミクスの経済政策の評価の前提になるような気がするのですが、鈴木さん、どうですか。


アベノミクスでの社会保障改革の位置付けは

鈴木:「良い流れが続いているかどうか」という意味では、私は続いていると思います。1-3月期は駆け込み需要で強かったわけですが、意外に指摘されていないのは、実質GDPのレベルがリーマンショック前のピークを抜いたということです。もちろん名目GDPはまだまだですが、名目GDPでも東日本大震災前のピークを抜いたのです。安倍政権が発足した2012年末くらいからの成長率をならして、今回の反動減も含めて全体を見ると、実質で1%台前半くらい、名目で2%台ちょっとくらいの成長をしていると私は評価しています。重要なことは、それが消費税増税をアナウンスし、実際に増税をし、実質賃金がなかなか上がらないと心配をされている中で実現しているということです。私は、日本経済が拡大していくという期待はそれほど大きく低下していないと基本的に思っています。2013年は期待だけで良すぎたということがあるので、2014年がちょっと停滞するというのは必然だったと思います。

 ただし、「本物の景気回復」という意味では、先程来申し上げていますように、設備投資が本格回復するかということが重要です。日本の資本ストックは陳腐化していますので。それから、より長期的には、社会保障改革がアベノミクスにどう位置づけられているかがよく分からない。投資というものは日本の将来を展望して行われるわけですから、社会保障改革を、きちんとアベノミクスに位置づける必要があるということだと思います。

工藤:しかし、選挙公約では、そういう社会保障の構造的な転換とか打開ということは、自民党の政策にはまったくない。

鈴木:議論を進めてはいると思いますが、何がどれくらい進んでいるのかが、なかなか見えてこない。


経済の流れは動きだそうとしているのか

工藤:湯元さんは、流れは途切れていない、経済が動き出す芽は出たけれど本当の芽かどうかは分からない、と。

湯元:経済成長率については、鈴木さんより多少低めで見ていますが、実質1%台の経済成長をする実力は、アベノミクスによってだんだんついてきた。ただ、消費税の影響というものを、アベノミクスを評価する時にどこまで含めるべきなのだろうかと。足元の現実の経済でいえば、それで大きく下押しされている。しかも、駆け込み需要の反動、いずれは元に戻るという部分が相当効いている。もちろん、物価上昇の影響というのも効いていますので、実力的には1%台でも、それよりも下がるということは当然止むを得ないことです。

 しかし、今、アベノミクスにとっては、胸突き八丁の局面です。急に険しい上り坂がやって来て、そこを超えていかないとアベノミクスは最終的には成功しない。つまり、消費税引き上げを先送りするような選択は、当然、財政健全化という目標から遠のく、あるいは実現不可能になることですから、市場からの賛同は得られないし、国民からの賛同も得られないということです。ここはどんなに苦しくても上っていかなければいけない。そのプロセスで経済指標が悪化しているのであって、それを見て「アベノミクスが失敗しかかっている」とか「期待はほとんど持てなくなっている」というような評価をするのは、私はややミスリードになるのではないかと思います。

工藤:内田さん、いかがですか。

内田:経済が動き始める芽はある、萌芽はしたということです。次のステップに向けて、ベースは「第三の矢」、成長戦略と構造改革に尽きるのですが、一つ重要なことは、デフレの世界というのは、企業や消費者のマインドが内向き志向になる。あるいは、自分のことだけしか考えない。今回、萌芽した芽をさらに持続的に進めるためには、どうしても、企業も我々家計も、それぞれが外向き、すなわちある程度リスクを取ったり、持続的に賃金が上昇できるような企業の収益体質に持っていくとか、政策だけではなくて民間部門の役割をしっかり果たさないといけないというところだと思います。


名目GDP成長率3%、消費者物価上昇率2年で2% の数値目標実現は可能?

工藤:資本主義社会では「政府に言われたから賃金上げをする」というのでは話にならない、という気持ちもあります。

 このマニフェストなり政府が言っている目標そのものが、実現可能なのだろうかという点で、二つの数値目標があります。

 一つは、「今後10年間の平均の名目GDP成長率が3%程度、実質GDP成長率が2%程度の成長を実現する」ということが、自民党の公約でもあるし政府が言っていることですが、この目標は達成できますか、ということです。アンケートでは、なんと52%が「達成できない」という回答です。「達成できる」と思うのは10%しかない。

 次に、自民党のマニフェストでは2%の物価上昇率を目標にしていて、2年とは言っていなかったのですが、黒田日銀総裁はそれを2年でやるということをマーケットに言った。黒田総裁が言った2年、つまり来年(2015年)に2%の消費者物価上昇率があると。これはどうなのかということなのですが、このアンケートでは「達成できないと思う」が35.8%で、39.2%は「来年には達成できない」。つまり、「『2年で2%』はもう無理だ」というのがほとんどです。「目標通り達成できる」は10%しかない。ただ、「時間を延長すれば達成できると思う」は39.2%なのです。

 この二つの目標は、さっきの評価基準から見ると実現の方向に向かっているのか。内田さん、どうでしょうか。

内田:二つとも、非常に厳しい実現目標です。成長率については、今、潜在成長率0.5%くらいから発射しているわけで、実質ベースで2%というのは、相当程度の設備投資、資本ストックの積み上げであるとか、生産性の向上などが必要である。なので、3%の名目成長率と2%の実質成長率というのは、極めて難しいと思います。ただ、一言だけ申し上げたいのは、日本の労働者一人当たりの生産性、これはアメリカよりも高いという調査報告があります。必ずしも一人一人の生産性が低いというわけではないのです。ここはやはり、今後は一人当たりで見ていく必要がある。名目GDP、すなわちデフレを脱却しなければいけないというのはあるのですが、経済の評価については、日本は高齢化で人口が減少していますから、一人当たりのGDPというかたちで評価していくのだろうと思います。

 それから、日銀の2%の消費者物価上昇率は、長期的にもなかなか難しい。今、先進国で2%に達するのは、需給ギャップが好転したとしても非常に難しい状況です。悪いインフレはあるがそれは一時的で、すぐデフレになるので、持続的に2%というのはかなり難しいです。ですが、1%のインフレ率がかなり持続できそうなので、私は、これで既に所期の目標は達成されたのではないかと思います。

工藤:政策目標そのものは、今のところ難しいと。これは私たちの点数では2点になるという話なのですが、鈴木さんはどうでしょうか。

鈴木:先ほど、安倍政権発足以降、実質1%台前半くらい、名目2%ちょっとの成長をしていると申し上げました。これをさらに実質2%、名目3%に引き上げるというのは、相当高い生産性上昇率の向上を実現しないといけない数字だと思います。そのためには、投資がまず必要ということ。成長戦略が6月に改訂されて、今までの内閣ができなかったような岩盤規制に一定程度切り込んだということについて、今後きちんと見ていく必要があると思います。他方で、人口が減っていきますが、人をもっとうまく使うという意味では、農業や医療の分野で規制に切り込んだのとは対照的に、労働分野の規制への切り込みが不足しているのではないかと思います。それから、FTA政策などちょっとスピードが遅いなというところもあるので、そういったことをきちんとやっていかないと、生産性を高めることはできないと思います。

 物価ですが、今、消費税分を除いて前年比1%ちょっとくらいのCPI上昇率です。これを安定的に2%にするというのは難しい。エネルギー価格の上昇分の寄与が減っていますし、円安による効果が一巡して、おそらく1%を切るような局面も、当面は出てくると思います。安定的な2%を展望できるかというと、非常に難しい状況にあると思います。

 本当に物価が上がるためには何が必要かというと、私は、名目賃金がきちんと上がる必要があると思います。もし物価で2%を目指すのであれば、名目賃金は3%、4%で伸びていかないと、そういう経済は長期的には実現しないと思います。かといって、政労使会議での「賃金を上げてください」で上げたら、それはおそらく雇用を減らすことになりますし、企業の利益を減らすことになるので、株主は迷惑を被るわけです。そういう合理性に欠ける上げ方ではなくて、名目賃金を上げるためには何が必要かというと、私は実質賃金を上げる必要があると思います。実質賃金を上げるためには何が必要かというと、最終的には生産性を上げるしかないのです。そうすると、結局、課題は成長戦略に帰ってくる。ということで、デフレ脱却にとっても「第三の矢」、成長戦略が重要になってくるということだと思います。

工藤:湯元さんの評価をお願いします。

湯元:実質2%成長というのは、潜在成長率が足元0.5%まで落ちているものを、少なくとも2%以上に引き上げる必要がある。そのためには、基本的には資本、労働、それから全要素生産性というイノベーションによる生産性向上が、それぞれどのくらいにならないといけないのかと考えると、例えば設備投資は1990年代並みの伸びを回復して、長期的にかなりの伸びをしていくという状況にならないといけない。今は、回復の萌芽が見え始めたという程度なので、これが例えば5年、10年続くというような状況が続いていかないといけない。

 二つ目の労働の方は、マイナス0.5%というかたちで労働力人口減少が寄与しているので、これを少なくともゼロくらい、マイナスにならない程度まで持っていかないといけません。女性の活躍支援などいろいろなことが成長戦略に入っているが、少なくとも、欧米とは違った、日本の女性就業率のM字型カーブを完全に解消するというようなことが実現しないと難しい。

 全要素生産性は、先ほど内田さんからもお話があったように、生産性は比較的高い伸びをまだ維持しているので、これをもう少し引き上げる努力をしていく。

 この三つが同時に合わさって初めて実質2%も達成できるので、今の段階では相当厳しい、高い目標だと思います。ただ、やってやれないことはないので、期待を捨てる必要はないと思います。

 物価上昇目標は、私は「2年以内に2%にできるか」とか「もっと時間をかければできるか、できないか」ということよりも、デフレ期待というものを払拭するのが、このインフレ目標設定、あるいは異次元緩和の大きな目的です。1%でも1.5%でも、安定的に物価が上昇するような経済、しかもそれは円安によって上がるということではなく、国内の需要が供給を超過することによってコストアップ部分を製品価格に転嫁し、それでも消費者がその製品を買う。そのような経済に持っていくことが大事なので、必ずしも2%にこだわる必要はないのですが、おそらく中央銀行の目標として、2%という他の先進国と比べても同じような目標を設定することによって、ようやく1%以上くらいが定着していく可能性がある。実はそう思っているのではないかなと。2%以上の目標をつくると、ハイパーインフレに近づきかねないということがあるので、目標としてはそれなりに妥当性を持っていますが、結果的にデフレを脱却できれば、私は2%に過度にこだわる必要はないのではないかと思います。

 アンケート結果を見ても、成長率の目標は「達成が難しい」とする人が多いのに対して、物価の目標は「何とか時間さえかければ達成できる」という回答になっているが、それが、例えばもし円安がこれから加速していって、その結果として物価上昇目標だけが達成されるということになると、成長にはかなりマイナス要因になるので、いわゆるスタグフレーションに陥りかねない。いずれにしても、デフレマインドを払拭させるということが一番重要だと思います。


デフレは脱却したのか

工藤:デフレ脱却というものの目処は、今、ある程度見通しがあるという理解でいいのですか。

内田:デフレは、既に昨年1年間でほぼ脱却が見えたと思います。

工藤:すると、その中であれば、湯元さんが言ったように、2%でなくても脱却すればいいのではないかという評価もあり得るということですか。

湯元:「デフレ脱却」の表面的な定義は、物価が安定的にプラスで上昇して、それがマイナスに逆戻りしないという判断ができる場合。例えば、円安になってコストが上がって物価が上がっても、それは実体経済にマイナスの圧力を与えるので、いずれはデフレに逆戻りするリスクがある。ですから、まだ「完全に脱却した」とまでは言いきれない状況だと思います。

内田:日本は、高齢化社会に入っていきます。その時に、2%以上のインフレの経済構造で本当に耐えられるのか。年金もこれからかなりの改革等々で抑制され、社会保障費も抑制される中で、本当に2%以上のインフレが国家の持続的な国家の経済構造たりうるのか。私は、それにはかなり否定的です。すなわち、デフレから脱却しているというのは、1%程度の非常にマイルドな物価上昇率が最もいいのではないか。ただ、物価上昇率がマイナスになると、企業収益が出てこなかったり賃金が上がらなくなったりするので、1%程度のインフレ率上昇は必要ですが、2%以上は、たぶんこれから日本経済、高齢化経済国家にとっては難しい局面に入るだろうと思います。

鈴木:私も、1%で安定化するなら、デフレ脱却についての評価という点で十分だと思います。ただ、「2%」と言ってしまっている事実があるので、それを簡単に放棄するようなことがあると、金融政策そのものが信用されなくなりますから、簡単には捨てられないわけです。今、ちょっとインフレっぽくなってきているというのは、円安の影響を受けている品目が圧倒的なウェイトを占めていると私は思っていますので、なかなか安定的に1%というのもまだ実現できない。2%は、さらに遠いという状況だと思います。

工藤:三本の矢による、政策的な目標なり考え方については、まだ失望する必要はない。ただ、数値目標に関しては、マーケットに対して、「これを実現します」とコミットメントしてアナウンスした。そういうかたちの今までの経済運営の姿勢から見れば、これは非常にいかがなものかという段階になった、という評価になりませんか。


アベノミクスの次のステージに向け 持続的経済成長を、今後の高齢化社会を前に構築できるか

内田:そうはならないと思います。例えば、今、アメリカのFRBは、当初「失業率が6.5%に低下すれば、今の量的緩和政策を転換する」とちょうど2年前に言っているわけです。ですから、経済状況と政策のプロセス、パフォーマンスによって軌道修正すればいいということであり、今、日本で重要なことは、やはりデフレをしっかり脱却したのかどうか、そして、持続的な経済成長を、これからの高齢国家に向けて構築できるかどうか。この二つにかかっていると思っていますので、むしろ、アベノミクスは次のステージに来ていると思います。

工藤:ただ、次のステージに対する国民への政策的な説明はまだされていない。人口減をベースにした、社会保障の全体的な体系の転換などはまだですよね。そうなってくると、安倍政権は今まで触れていないものについて次のステージへ動かないと、中長期的な信頼を得られないという局面に来た。そのような理解でいいということでしょうか。

湯元:消費税の引き上げというのが、まさに、社会保障の財源を安定的に確保したり財政の健全化を実現したりする中長期的な構造改革に資する政策であるために、短期的な景気回復をある程度犠牲にしてもそれを追求してきた。そのように理解するべきだと思います。消費税引き上げの最終判断で、「先送り」となると、中長期的なスタンスにはやや疑問符がつくという話になります。

工藤:かなり厳しいというか、本質的な評価になりました。これをベースに、12分野の評価をし、有権者側にきちんと問題提起していきます。

   


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議論で使用した世論調査はこちらからご覧下さい
安倍政権2年評価 評価基準

2014年10月31日(金)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
鈴木準(大和総研主席研究員)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

(本議論は10月30日に収録したものです)

アベノミクスの経済政策の評価と今後の見通し

工藤泰志工藤:言論NPOは、小泉政権の時から政権の実績評価、そして選挙の時のマニフェスト評価をやってきました。私たちがこうした評価を行っているのは、市民や有権者が自分たちで考えて日本の政治を、日本の未来を選んでいくというサイクルを、日本の市民社会なり民主主義の中につくり出したいからです。それが、「民主主義が機能する」ことだと考えています。私たちの評価は、そのための判断材料を有権者の人たちに提供したいということです。私たちは去年も1年目の安倍政権の評価を公表しましたが、今年の12月26日、安倍政権が2年を終えるまでに、この2年間の成果をきちんと評価して、有権者の方にそれを示し、判断材料にしていただきたい。

 今日は、そのための評価会議の第1回目の会合になります。まず、経済政策の評価を、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さん、大和総研主席研究員の鈴木準さん、そして、私たちのマニフェスト評価に最初からかかわっていただいている日本総合研究所副理事長の湯元健治さんです。

 私たちはいつも5点満点で評価をしています。流れとしては、政権が選挙の時に国民に約束した様々な公約をすべて点検していくのですが、その中で「未着手・断念」したものは1点、着手はしたが、「この実現はどうも難しい」というのは2点、着手して順調に動いているのだけれど、「本当に実現できるかどうか分からない」は3点、何とか「目標達成ができそうだ」というのが4点。そして、「実現した」、「実現が確実だ」というのが5点になります。

 これは、政策の進行をベースにした評価ですが、もう一つの軸があります。それは、「国民に対してきちんと説明をしているか」という軸です。私たちは、公約というものを、単に「その通りやったかどうか」というような判断で評価をするわけではなくて、課題解決のための手段が政策だと考えれば、いろんな状況の変化なり、政策論の深化の中で政策を変えることもあると思います。ですから、修正することに関しては、私たちは、何ら減点はしません。しかし、修正した時には、当然、国民に対して説明義務がある。その説明を怠っている場合は、1点減点です。未着手で断念した場合、選挙で掲げていながら国民には何も説明しないのであれば、1点減点で0点になるというわけです。

 そして、これまで同様、言論NPOに登録している有識者の方に、事前にアンケートを行っております。皆さんには、このアンケートも参考にしながら、ご自身のお考えも踏まえて、評価をしていただきたい。

 初めに、アベノミクスの全体像についてアンケートを行いました。一つ目は、「安倍政権が誕生してから間もなく2年が経過します。あなたは、アベノミクスの前途を現時点でどう評価していますか」ということです。一番多かったのは「成果は出ているが、異次元の金融緩和や財政政策に頼った景気回復にすぎず、今後の成功は難しいと思う」が39.2%で一番多かった。続いて、「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.1%、そして、「既に失敗しており、それを立て直す有効な対策は見えない」が16.2%もあるのが、非常に気になりました。

 もう一つ、「あなたのアベノミクスへの期待度は、1年前と比べてどう変化しましたか」で一番多かったのは、「やや期待が萎んだ」で43.2%でした。「期待が増した」は9.5%でした。あと多いのは、「もともと期待していなかった」が34.5%。回答者にはかなり専門的な人たちも多いので、今の経済政策を考える上で、一つの傾向をつかんでいると思います。さて、ゲストの皆さんはこのアンケート結果を、どのようにご覧になっているか、同時に、アベノミクスに対する期待と、今後の見通しについてどう思っているか、まず、湯元さんにお聞きしたい。


重要な「二つの好循環」の実現 ――中長期的な成長戦略は数年単位のもの

湯元健治氏湯元:「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.1%で2番目ですが、比較的冷静な判断ではないかと思います。私の判断も、この2番目かな、と思っております。「成果は出ているのだけれど、今後の成功は難しいと思う」が一番多かったわけですが、これは、アベノミクスに対する期待値が明らかに低下していることを表していると思います。

 評価するサイドとして我々が注意しないといけないのは、その評価なり期待というものが、足元の経済情勢、あるいはここ数ヵ月とか半年の経済情勢にかなり左右されるものである、ということ。どうしても、現実の経済から受ける印象というのが、期待なり評価にかかわってくるということです。

 冷静に見ると、昨年は円安・株高ということが起きて、なおかつ、経済の成長としては、「第一の矢」の効果と「第二の矢」の効果で、表面的には2%を超える高い成長になったということです。しかし、今年は、やはり消費税の引き上げという非常に厳しい問題、中期的には必ずやらないといけない問題、これを克服していかないといけないということで、アベノミクスにとっては大きな逆風が吹いた。それに加えて、ごく直近では、例えば大幅な円安が加速したり、それからグローバルな株価が大きく落ちてきた。その背景にはグローバル経済の見通しが少し下方修正されてきたり、いろいろな環境変化の要因が加わり、実際の経済でも、消費税引き上げ後の個人消費の回復の動きが当初想定していたよりは非常に鈍いという状況。それから、企業の生産活動にもその影響が及んで、鉱工業生産指数も2四半期連続でマイナスになり、通常なら景気後退と認定されてもおかしくないような動きになってきている。そういった足元の状況にかなり左右された判断だろうと思います。

 冷静に見なければいけないのは、「もし」の世界をつくってもあまり意味がないこともあるのですが、もし消費税引き上げが今年なかった場合に、昨年の流れがどのように今年に継続されてきているのか、ということが一番重要なのではないかと思っています。例えば景気が前向きに好循環のメカニズムに入ってきているのか、入ってきていないのか。

 政府が言っている「二つの好循環」のメカニズムというのは、企業業績が改善して賃金上昇につながり、個人消費の回復につながる。二つ目のメカニズムは、企業業績の回復が設備投資の回復につながる。この二つのメカニズムは、「完全に大丈夫だ」というところまで動いているわけではありませんが、現時点では、去年のアベノミクスの政労使会合による賃上げの要請の効果もあって、6年ぶりのベースアップとか、2%台の賃上げ率は15年ぶりだとか、そういうことが今年に入って実現したのは事実です。ただ、物価の上昇には追いついていませんので、確かに消費等のデータは弱いということも事実。このあたりは、当然マイナス面も同時に出ているわけですが、少なくとも、そういう「賃金が上がる」という方向性、それから、労働需給が引き締まって人手不足が強まっている。これは目先ではネガティブな要因ですが、中期的にはそれだけ経済が良くなってデフレを脱却していく可能性を秘めているものであって、そこはちょっと前向きに見ていく必要がある。

 それから、設備投資も、現実に非常に良くなったということは決してありませんが、アンケート調査などを見る限りにおいては、大企業の製造業は2桁台という、これも15年ぶりくらいの結果となっていますし、非製造業もかなり底堅い結果と言える。しかも、6月から9月でさらに上方修正されているといったようなところに焦点を当てると、アベノミクスによる景気回復のメカニズムというのは、消費税の影響で相当、かき消されていますが、今年に入っても続いているということも、冷静に評価していいのではないか。

 特に、アンケートの「理由」の回答を見たときに、「第三の矢」である成長戦略に対する失望感が既にかなり出ているということなのですが、確かに、実際に成長戦略で経済が良くなっているわけではないということはあります。しかし、そもそも成長戦略そのものが、中長期的な日本の潜在成長率を引き上げるための構造的な改革であって、その効果が表れるまでには数年、政策によっては10年近くかかるというようなものも含まれています。わずか1年後とか1年半後くらいに効果がものすごく出ていることを期待すること自体が、本来期待しがたいことだと思います。


足元のその場の議論より、先行きへの目配りを

鈴木準氏鈴木:アンケートですが、回答される方も非常に迷っていらっしゃると思います。景気拡大が停滞していますし、まだら模様であるということは、足元では間違いないわけです。

 去年は期待先行で、雰囲気が非常に良くなって、それで消費なども盛り上がりました。ただ、実際に消費税が増税されるという状況になってくると、議論が変化してきました。デフレ脱却をしなければいけないと言っていたにもかかわらず、円安で物価が実際に上がり出すと、「これでは生活が困る」と。デフレ脱却のためには円安にしないといけないと言われていましたが、実際に円安になると、今度は「かえってマイナスだ」と言われている。消費税増税も、民主主義のプロセスを通じて、いったんは国民全体で「上げましょう」という意思決定をしたはずですが、270兆円という、バズーカと呼ばれている金融政策を打っているにもかかわらず、どういうわけか消費税がうまくいかないことの犯人のように扱われてしまっている。

 人間社会の必然かもしれませんが、議論がその場その場のものになっています。「足元ではそういう状況になっている、しかし全体として見てどうか」ということを、やはり言論スタジオではきちんとトレンドとして見ていく必要があるのではないか。去年は期待先行で、今、それが実際には好循環にまだ結びついていないことは確かです。しかし、大事なのは、その苦しさのところをどう乗り越えていくかというところの判断を、我々としてどのように読み解くかということではないかと思います。

工藤:鈴木さんの、アンケートのこの設問に対する答えはどちらですか。「成果は出始めているが、今後の成功は現時点では判断できない」と、「今後の成功は難しい」と。

鈴木:今の時点で、成功が難しいとは思わないです。ですから、「成果は出始めているが、今後の成功は現時点では判断できない」です。

工藤:内田さんはどうですか。


経済の好循環の持続性は構造改革次第

内田和人氏内田:このアンケートの選択肢でいえば、成果は着実に出ておりますし、一方で「第三の矢」というか成長戦略、特に構造改革については、その実現性を含めてまだ不透明である、ということで、「成果は出始めているが、今後の成功は判断できない」という回答にするのではないかと思います。

 そもそもアベノミクスというのはどのようなかたちから生まれてきたかというと、一つは政策のレジームチェンジです。要するに、これまでデフレ期待であったところを、財政・金融の矢を使いながら最終的には構造改革をして、それで持続的な成長に結びつけていく。これに対して、特にマーケットが大きく反応したということだと思います。その中で一番の軸になっているのが日銀の金融政策、「クロダミクス」で、特に黒田さんが総裁になられてから、アベノミクスを含めて株価が7割上がったわけです。昨年同様に欧米も景気が良くて、株価が4割上がっていますが、それに対して日本株が大幅に上回っている。

 それから、企業収益の源泉になっている為替については、実質実効レートという物価の部分を差し引いたレートでいうと、日本は実質ベースで3割円安になっている。これは、他の通貨はほとんど動いていないのですね。だから、それだけマーケットが大きく動いて、それによって個人の金融資産が90兆円増えているということで、相当な資産効果がそこで発揮された。政策のレジームチェンジに対してマーケットが反応して、それに対して経済の好循環が生まれたということは、これはもう成果が出ているのだろうと思います。

 ただ、その持続性というところでやはり問題なのは、本当に構造改革ができるのか、景気の足元の停滞というか反動を受けて構造改革が止まるのではないか、ということです。こういったところについては、景気がどうなるかという議論もありますが、日本の経済の持続性、特に2016~17年くらいから団塊の世代の方々が一気に70歳、年金生活に入ってきますので、そこでの社会保障のシステムをどうやって維持できるのか、こういったところを問われているということだと思うのですね。

 私は、構造改革をしっかり進めれば、今回の消費税の2回目の引き上げと、それに伴う社会保障の一体改革をしっかり示せばよいと思います。今はたぶん、アベノミクスをある程度評価しながら、構造改革ができるかどうかを判断する方と、「景気が良くなるか、悪くなるか」ということで判断される方とに二分されていると思うのですが、私は、構造改革をしっかり進めれば、この「成果は出始めているが、今後の成功は判断できない」という33.1%の方々については、岩盤のような、高く揺るぎない評価をするという方向になっていくのではないかと思います。

   

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安倍政権2年評価 評価基準

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