2月27日放送の言論スタジオでは、「農協改革で日本の農業は強くなるのか」と題して、大泉一貫氏(宮城大学名誉教授)、山下一仁氏(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)をゲストにお迎えして議論を行いました。
農協改革が必要な理由とは
第1セッションの冒頭で司会の工藤から、今回の議論に先立って行われたアンケートでは、有識者の76.1%が今回の農協改革に対して肯定的に評価していることが紹介されました。それを踏まえた上で、工藤は「なぜ農協改革が必要なのか。これまでの農協にはどのような問題があったのか」と問いかけました。
これに対して、山下氏は、「米価つり上げ政策の結果、小規模兼業農家が退場せず、非効率な農業構造になった。しかし、この構造改革に対してJA全中(全国農業協同組合中央会)は徹底して反対してきた」と述べ、農業を成長産業にしていく上で、JAが大きな障害になっていたこれまでの日本の農政を振り返りました。さらに、そもそも地域住民なら農家でなくとも誰でもなれる准組合員の割合が増えたことが示しているように、「農協はもはや『農業協同組合』ではなく、『地域協同組合』になってしまっている」と現在の農協がその本来的機能を果たしていないことを指摘し、農協改革は不可欠であることを強調しました。
大泉氏は「これまでJAは少数の専業農家よりも大多数の兼業農家に軸足を置いてきたが、これでは農協法第1条に定めたような農業振興はできない」と語りました。さらに、「農協は『地域を守る』と言っているが、農協の目はもはや地域の隅々まで及んでいない。その状況下では各地域、各農家が自立していかなければ農業を成長産業化していけない。また、それができれば『地方創生』にもつながっていく」と農協改革の意義を説明しました。ただ、現在進められている農協改革は自民党内でもまだ異論が多いため、「2018年に本当に減反を廃止するのか、ということも含めて、本当に改革が進んでいくかはまだまだこれからも注視する必要がある」と警鐘を鳴らしました。
改革の第一歩は踏み出したが、当初の案から後退した農協改革の中身
続いて第2セッションでは、指導・監査権限を廃止してJA全中の地域農協に対する統制力を弱めることや、農協法に基づく組織から一般社団法人へ転換することを柱とした今回の農協改革の具体的な評価に移りました。
山下氏はまず、これまでのJAが農家よりも農協の利益のために政治活動をしてきたことを踏まえつつ、「都道府県の中央会は残されたため、JAを一般社団法人へ転換しても政治力は大きく削がれないだろう」との認識を示しました。
次に、これまで全農が独占禁止法の適用対象外という立場を活用しながら、農家に農業機械や肥料などを高値で売りつけてきたことが農業を高コスト体質にして競争力を削いできたものの、今回の改革では、この全農が独占禁止法の適用対象となる株式会社化するか否かは全農自身が判断できることになったことを紹介。さらに、准組合員の改革についても5年後に先送りしたことも合わせて、「農協改革は大きく後退している」と指摘しました。
一方、大泉氏はプラスの評価として、「これまで農業振興のための組織なのか、金融機関なのかわからなかったが、金融のところにしっかり監査が入るようになった」ことや、「JAから単協に対する自由度が高まった」ことを指摘し、まだまだ課題は多いものの、今回の農協改革には大きな意味があったとの認識を示しました。
農協改革によって日本の農業の競争力は高まるのか
続いて、工藤から「今回の農協改革によって、日本の農業の競争力は高まるのか」と問いかけがなされると、山下氏は、「大規模専業農家に軸足を置いた農政に転換するという点では競争力強化にはプラスになる。しかし、全農の改革が先送りされた結果、農業の高コスト体質も維持されたため、その点ではマイナスになる」と述べました。
大泉氏は「自由度は高まったので、あとは単協の意識次第になる。そのためには地域の自主性を促すような政策が必要となる。例えば、『どれだけ売り上げを伸ばしたか』など自助努力を評価する仕組みを構築すべき」と主張し、工藤も「単協がしっかりしないとまた元の農業構造に戻ってしまう」と所感を述べ、第2セッションを締めくくりました。
日本の農業にとって望ましい農協の姿とは
第3セッションでは、まず工藤からアンケートで「今回の農業改革によって、TPPなどの経済自由化に備えるための道筋が描かれたか」という質問に対して、有識者の4割近くが「道筋が描かれたとは言えない」と回答したことを紹介した上で、「最終的に農協をどのような形にすることが、日本農業にとって最も望ましいのか」と問いかけがなされました。
山下氏は、「現在のJAには金融・保険機関としての側面と、農業振興のための組織という側面がある。この2つの側面を分離し、金融・保険に関しては地域協同組合にする。農業振興に関しては専業農家のみの加入とした上で、農協の本旨に合致するような組織にしていく必要がある。そうすれば『道筋』も見えてくる」と主張しました。
大泉氏は「現在の農協には市場経済を支持しているのか、反対しているのか分からないところがある」と指摘。さらに、「農業振興をしていく上で、市場経済を否定したら振興のしようがない。市場でどのように自分たちのビジネスモデルをつくるのか、ということが農業を成長産業としていく際の課題になる。特に各地の単協がそうした判断ができるようになるかどうかがポイントになる」と述べました。
その上で、「新しい農業のビジョンを誰が、どのように描いていくのか、という課題が残っているが、そのビジョンが描かれるまでには10年はかかるだろう」との見通しを示しました。
こうした大泉氏の「10年はかかる」という言葉を受け、工藤が農業の「担い手」が高齢化している現状を踏まえて、改革が間に合うのか、その見通しを尋ねたところ、山下氏は「むしろ担い手の高齢化はチャンス」と述べました。その理由として山下氏は、「競争力強化のためには農地の大規模集約化は不可欠であるので、高齢化した担い手がどんどんリタイヤしていくことは集約化にとっては都合が良い」と語り、「外から担い手を呼び込み、1人に農地を集中させ、効率化を図る。地主は農地の維持管理をし、その対価を貰うという構造にすべき」と主張しました。
大泉氏も「日本では年間約5万戸ずつ農家が減っているので、10年すれば現在の3分の1まで減る。しかし、実は日本の農業産出額5000万円以上の販売農家というのは1%に過ぎないものの、その1%だけで日本の農産物の3分の1を生産している。その5000万円以上の層をあと3%増やすだけで日本の農業産出額は倍増する」と指摘した上で、「農協は組合員の数を維持したいから集約化には反対するが、組合員の数を減らしてでも全体としての農業産出額を増やすことを目指すという考え方もあるのではないか」と問題提起しました。
最後に、山下氏が現在の農協改革で議論されていないこととして、農協では大規模農家も零細農家も等しく組合員が一人一票の議決権を持つが、零細農家の方が多いため発言力も強い、ということを指摘し、「大規模農家ほど発言力が強い、という構造にすることが『究極の農協改革』であるし、そこまでいけば日本の農業は本当に活性化する」と主張し、白熱した議論が終了しました。
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工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。今日の言論スタジオは農協の問題について議論したいと思います。今、「強い農業を作る」という目的で改革が行われていて、昔では考えられなかった農協改革が動き出そうとしています。政府・自民党から出された農協改革でも全中の監査権の停止を始め、様々な仕組みを変えようとする政策が提出されています。こうした改革が日本の強い農業を作り出す確実な一歩になるのか、議論したいと思います。
まずは、ゲストのご紹介です。宮城大学名誉教授の大泉一貫先生、続いてキヤノングローバル研究所研究主幹の山下一仁さんです。よろしくお願いします。
有識者の役8割が今回の農協改革に「賛成」
さて、言論NPOに登録している有識者の皆さんに、今回のテーマに関するアンケートを行い、155人の方にアンケートにご回答いただきました。その結果を踏まえながら議論していきたいと思います。
まず今回の農協改革の是非について尋ねたところ、「賛成」との回答が44.5%、「どちらかといえば賛成」が31.6%となり、訳8割の人が農協改革を支持しているという結果でした。理由も合わせて尋ねたところ「農村が疲弊する中、農業官僚のみが肥大している」、「農協が政治団体化している状況が、農村の硬直化の原因になっている」、「農業が衰退する状況には構造改革で対応するべきだ」などという厳しい意見が目立ちました。
一方で、明確に農協改革を否定する意見はあまり見られませんでした。ただ、「この改革が日本の農業の立て直しや競争力強化にどうつながるかがよくわからない」という回答もかなりありました。このアンケート結果を踏まえて、今の農協のどこに問題があるのか、またこの改革が必要とされた理由についてお尋ねしたいと思います。
日本の農業における農協の弊害とは
山下:日本の農業の最大の問題は、農家の7割が米農家であるにも関わらず、米農家が農業全体の2割しか生産していないことです。つまり米農業は非効率的な農家によって構成されているのです。酪農、肉牛業、野菜は全く状況が異なります。農協が食糧管理制度時代に米価引き上げを求めるために一大政治運動をやりました。現在、食糧管理制度はなくなりましたが、それ以降も減反政策によって、供給を制限して米価を高く維持する政策を続けてきました。その結果、零細で非効率的な兼業農家が残り、米農業は衰退してしまいましたが、逆に農協は発展しました。なぜかというと、農協は、銀行業、損保業、生保業もできるという、オールマイティな日本で唯一の法人で、兼業農家が所得を農協の口座に預けてくれたからです。米価を高く維持した政策と農協の特権的な権能が上手くかみ合うことで、日本の農業は衰退しました。むしろ農業を衰退させたからこそ農協が発展したともいえるかもしれません。そこにメスを入れる必要があるというのが私の理解です。
加えて、農協の制度では農家は1人1票を持っています。大規模な農家も、小規模な農家も、高齢農家も若手農家も、1人1票制度が厳格に守られています。どうしても大きな農家よりも数的に多い小さな農家の声が、農協運営に反映されやすくなります。1960年くらいから農政が構造改革をやろうとしてきましたが、構造改革で規模を拡大するためには農家の数を減らす必要があります。一定の面積の下で規模を拡大しようとすれば、農家戸数を減らす必要がある。そうすると農協としては零細な農家をつぶすなという話を持ち出してきて、かならず反対する構造になります。それを主導してきたのが全中(全国農業協同組合中央会)という組織です。そうした政治的な組織が米価の価格維持についても旗振りをやっていたということだと思います。
工藤:大泉先生は、農協が日本の農業の発展のためにどう障害になっていたと思いますか。またどういった問題を抱えていたのでしょうか。
大泉:安倍政権は農業を成長産業にするということを掲げていますが、その政策が今まで農協が考えていた農業振興モデルと違ってしまったのです。農協法第1条には、農協は、「農業生産力を発展させるための農業者の団体」とあります。現在の組合員は全部で1000万戸ほどいますが、専業農家はその4%くらいしかいません。あとの96%は地域住民か兼業農家という構成です。その組織を軸に農業振興をするにもなかなかできないのが農協だと思います。現在の農協の農業振興のビジネスモデルは、兼業農家を維持するための農業振興、あるいは地域住民と一体化して相互に支えあう農業になっています。地域にとっては大事ですが、農業を成長産業化するのであれば、国際市場に負けない農業システムを構築する必要があります。農業の振興策を作るのが全中ですから、この全中の考え方を変える必要があるということで全中の改革が進み始めているのだと思います。
農協改革が実現に向かうのは、TPP交渉と地域創生が密接に絡み合う
工藤:自民党は選挙などで、昔から農協基盤に頼っていた側面があって、農協を守る立場だと思うのですが、今回農協改革に本気で取り組んでいる。そこはどう理解すればいいのでしょうか。
山下:TPP交渉が影響していると思います。安倍政権は否定していますが、農協ができてから60年余りが経ちますが、これまで本格的な改革はありませんでした。河野一郎が1955年にやろうとしたけど失敗し、小泉純一郎も手を付けようとして失敗しました。だからこそ実質的には初めての改革です。安倍政権が打ち出しているアベノミクスでは、その第三の矢の一丁目一番地はTPP交渉です。仮にTPPが実現すると、関税を撤廃することで価格が下がれば兼業農家の数が減少するなど、農協にとって大きな問題が起こることもあり、1000万人の反対署名を集めるなど非常に大きな反対運動をやりました。これを目の当たりにした安倍政権にとって、表立っては農協の持つ政治的影響力を削ぐ目的だとはいえないにしても、心の中にTPPを推進するためには農協改革が必要だと言う考えはあったのだと思います。
工藤:全中は、政府の方針に反対して大多数の署名を集めるなど政治的影響力を持っています。構造的には兼業農家などいろいろな人が加入しているのに、そこまで票を集めていることをどう理解すればいいのでしょうか。全中の政治力が強いということでしょうか。
大泉:政治活動に参加している人も良くわかっていないのだと思います。要するに、農協という組織の中にいると、「農協の維持」が「地域の維持」と一致してしまっています。安倍政権が成長産業化を目指した理由の1つにTPPの問題はありますが、もう1つ考える必要があるのは「地域の疲弊」です。農協は「地域を守る」と主張していますが、限界地の支店は撤退しています。つまり、農協が大規模化しているから、地域の隅々まで目が届かなくなっている。この状況下で、所得や雇用を確保する必要があり、そのために自営業者たる農業者を生み出していく必要があります。現在の農協の仕組みでは、兼業農家が自分自身の所得くらいは作れるかもしれないが、地域の雇用を作ることはできない。そう考えると、今回の成長産業化に見合った農協改革は、地域創生とも非常に密接に絡んでいると思います。
金融業や保険業に頼るなど、既に農協は農家のための組織ではなくなった
工藤:政治が農協の岩盤に手を付けている現状は、昔から考えればありえないと思うのですが、農協そのものの体制がぜい弱になってきているのでしょうか。
山下:農協が繁栄した理由は、米価を上げることで兼業農家を滞留させ、その兼業農家のお金をJAバンクに預けてもらったからです。それを続けたから、JAバンクは日本第2位のメガバンクになることができた。つまり農業で発展したわけではなく、農業以外に軸足を置いて発展してきたのが農協という組織です。全体で90兆円も集めているのに、農業に対する融資は1~2%しかない。3割は、地域の人であれば誰でもなれる准組合員が、住宅、教育、車のローンなどを受けている。残り7割は、農林中金というJAバンクの全国組織がウォールストリートで運用している。本来、協同組合である農協は、農家同士の互助的な融資の仕組みから成り立っていました。しかし現在は、お互いに融資し合うのではなく、全く別のところで運用している。つまり農業の協同組合では既になくなっているのです。そうしたことが、農業の協同組合ということからは逸脱している、地域の住民であれば誰でもなれる准組合員という制度に、規制をかけようとしたことの背景にあると思います。
工藤:安倍政権は、減反の廃止など、日本の農業が競争力をつけるためのさまざまな改革を始めています。その延長に、農協改革という問題が視野にあった上で、手順を踏んで動いているという状況なのでしょうか。
大泉:農業を成長産業にするためには、農協の農業振興策と衝突する局面は出てきます。しかし、今の農協が考える兼業農家の維持政策では絶対に成長はしないし、成功しないことを、多くの人は理解できると思います。自民党は票田だから何としても守りたいものの、票田を切り崩してまでも新しいシステムを作ろうとしているのが安倍政権ですから、まだソフトランディングするのかハードランディングするのかわかりませんが、自民党の中でも意見が割れているのは確かです。ただ、建前としては総理が考えることにみな方向性は一致していると思います。しかし、自民党内での議論の中では、全中を一般法人化することも議題としてあったとは思いますが、その後も継続的に改革しなければ農業振興に結び付きません。それが出来るかどうかも正念場ですし、生産調整も5年後に廃止すると決めただけで、本当に廃止できるかどうかについては、まだ曖昧なところがあると思います。
工藤:今の話を聞いていると、農業改革にかなり踏み込んでいることがわかりました。ただその改革を基に日本の農業が変われるかについては、まだまだこれからだと感じました。
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工藤:次は、具体的に農協改革の中身について議論していきたいと思います。まず、政治力を持つ全中が一般社団法人になって政策提言などを行う、そして地域農協への強制的な監察権がなくなり、地域農協が他の監査法人も自由に選べるようになる改革となっています。また準組合員のサービス利用に関しては当面見送る改革案になっています。これらの改革案が持つ意味はなんでしょうか。
大きな一歩を踏み出すも、本来目指した農協改革からは後退
山下:私なりに整理すると、3つの問題があったと思います。1つ目は農協が様々な場面で政治力を行使することです。特に全中という政治的な団体が、農家の利益や農業の利益よりも農協の利益を代弁して政治活動をやってきた。こうした状況に歯止めをかけたかったのではないでしょうか。生協とは違って農協は、戦前の統制団体を転換した団体です。したがってボトムアップの組織ではなく、トップダウンの組織でした。その上からコントロールする手段として有効だったのが監査制度でした。全中の強制的な監査をなくして、一般の監査法人と選択できることにすることで、全中のグリップを弱くしたと言えます。ただこの改革が不十分だったのは、県の中央会を残したことです。県の中央会は農協から賦課金を300億円くらい集めていますが、この都道府県の中央会を残しました。つまり全中を一般社団法人化したとしても、県の中央会は全中の会員ですから、集めた賦課金から全中にお金を上納することは可能です。だから政治力が完全にそがれたわけではありません。
2つ目の問題は、JA全農(全国農業協同組合連合会)という組織自体にあります。全農も協同組合の連合会だからという理由で、独占禁止法の適用除外を受けています。肥料で8割のシェア、農業機械や農薬で6割のシェア、米でも5割以上のシェアを持っている巨大な独占事業体が独占禁止法の適用除外になっています。だから日本では、肥料などの資材価格もアメリカの倍になっています。全農が高い資材価格を農協に押し付け、農協はそれを農家に押し付けることで、農産物が高くなっている現状があります。そして、高い農産物を維持するためには関税が必要だからこそ、TPPに反対する仕組みができあがってしまった。つまり全農を株式会社にして独占禁止法を適用するという思惑があったのだと思いますが、今回の改革では、株式会社になるかどうかは全農の判断に任せるとなりました。この部分は相当後退したと思っています。
3つ目の問題は、准組合員の問題です。地域の誰でもが加入できる准組合員を規制しようとしたのは、農協を本来の農業協同組合にする思惑があったのだと思います。先程も説明したように、現在の農協は農業協同組合ではない。准組合員が正組合員の数よりも75万人も多い。ただ5年後に判断を先送りしたということで後退していると言わざるを得ません。
工藤:今の話を聞くと、今回の改革は中途半端だと思うのですが、改革の意味はあるのでしょうか。
大泉:非常に大きな意味があると思います。大きくわけて2つの意味があると思います。1つは、全中は農協全体のピラミッド構造の頂点にいて号令をかけるので、県連や単協に対するグリップを外したことに関しては大きな意味があると思います。しかし、今回の改革で単協の自由になるかといえば、まだ中途半端だと思います。単協に対する自由度を奪っているのは、全農の品物を買わなければいけないとか、全ての農産物を農協に出荷しなければいけないという経済事業にあるわけで、そこが改革されていませんから、まだまだ道半ばであると思います。
もう1つは、農協は既に農業振興団体なのか金融機関なのかわからなくなってきているという点です。農協は今まで組織改革をやってきましたが、農協の組織の中に金融機関があることによって、例えば相互監視機能の必要性、信用事業の常務が1人必要とされたり、組織自体を金融事業に合わせた改革をしてきました。そうした農協への監査というのは、金融機関と同じく第三者監査を入れなければダメだと思います。しかし、農協の金融機関に対する監査については、全中は内部監査ではなく、会計士もいる非常に高い質を持った監査であると主張していますが、社会的には内部監査であったと見られたわけです。今回、内部監査制度で金融機関を監査できるわけではない、ということで監査部門が分離されたことは大きいと思います。裏を返せば、農協は金融機関だと証明されたとも言えます。
工藤:今回の改革の全体像は政府の頭にはあるのでしょうか。それとも、今回の農協改革で終わりなのでしょうか。
大泉:全体像を描いている人はいると思います。しかし今回、全中の監査に絞って実行したので、全体像が見えづらくなってしまった。平場で議論している人たちはこの改革が持つ意味とか、農業振興とどう関わるのか、という全体像が見えないままに議論が行われていますが、このシナリオを描いた人は全体像が見えているのではないでしょうか。
工藤:第2弾、第3弾の改革があり得るのかもしれません。ここでアンケートを紹介したいと思います。有識者に行ったアンケートで「日本の農業の競争力は高まるか」と尋ねたところ、「大いに高まる」という回答は16.1%、「競争力は高まるがそう大きな効果はない」という回答が45.8%でおよそ半数、そして「競争力強化に役立たない」という回答が25.8%で、先程の農協改革に期待した人たちの間でもかなり意見が分かれています。
山下:そうした背景には2つあると思います。まず、全中がいつも政治力を行使して農業の構造改革に反対してきた。今回の改革で、この力をある程度はそぐことはできるので、農業の競争力の推進にはなるだろうと思われます。つまり兼業農家主体の経営から大規模経営への転換の第一歩になると思います。しかし全農が独占的な価格を押し付けてきた部分の改善については、提案したものの先送りかつ全農の判断に任せてしまったので、高コスト体質を変えることは難しい。改革が十分ではないということです。
工藤:今の話を聞いていると、全農というものが農業の高コスト体質をもたらしている。農業問題の大きな急所のような気がしました。
山下:そうですね。そして今回の強制監査をなくすことで、ある程度全農のグリップは弱くなりますから、地域農協が全農以外からも農業機械などを買いやすくなるのではないでしょうか。
日本の農業が生まれ変わるには、農協自身の意識改革が求められる
工藤:今回の改革の目的は、最終的に農協が自発的に競争力をつけて活気ある農業を作るというものだと思いますが、今回の改革で農協の行動は変わりますか。
大泉:少なくとも全中があれこれ指示する体制からは自由になるでしょう。そうすると地域農協の組合長たちの経営力にかかっています。今まで経営を考えたこともない農協組合長に重荷であることはわかります。ただ協同組合なのですから、彼らの経営能力を高めるような努力をしなければならない。とりわけ営農販売事業を再構築する必要があると思います。営農販売事業は、赤字という理由でどんどん縮小されてきました。しかもそれは、全中に限らず全農もそうですが、自分たちの資材を買え、あるいは自分たちのところへ出荷しろという形でこれまで行われてきました。地域の農協が自らの判断で営農販売組織を盛り上げる必要がありますが、その際に考慮するポイントは、農協というのは地域では集落をベースとした団体になっているということです。集落ごとの単位で全ての人に平等にという発想があります。ところが、集落はみな農業をやっていません。営農販売組織を作るときには営農を一生懸命やっている専業農家を中心とした組織が必要ですが、それを地域農協の組合長が決断できるかにかかっています。
工藤:もうすでに農協離れが起こっていて、自分たちで作った農作物を自分たちで売る動きもありました。競争力を持つ人は農協と競争するような形になるのでしょうか。
山下:専業農家の人が農協を通さずに売ろうとしたことがかつてあります。しかし農協に販売手数料が落ちないから、農協は徹底的に大規模な生産者をいじめたのです。しかし大規模生産者の影響力が大きくなってきたことから、売買先を確保したいこともあり、農協としては大規模生産者たちに抜けてほしくない。しかし農協は全農から高い資材価格で押し付けられていて、そのまま高い価格を大規模生産者に押し付けると大規模生産者は取引してくれない。かつては大規模生産者が困っていた構図が、今は農協が大規模生産者と全農の間に挟み撃ちになって、困っている構図に変わっています。
工藤:今の構図の下に改革が実施されるということで、単協はかなり大変ではないですか。
大泉:大変だと思います。しかし、1つの県に1つの農協しかない県も既に3つくらいありますが、力をつけるために広域合併するなどして対策が必要でしょう。そうしたことができなければ、農協の存在意義はなくなります。それぐらい腹をくくって農業振興や農業の成長産業化のために農協は動くべきです。
工藤:農協自身がこの改革に戸惑っていたり、何のためにやっているか理解していない人も多くいたりする現状があります。単協が改革を実施する必要性を理解しなければ、どうにも立ち行かなくなって、全中などまた誰かにすがることになるのではないでしょうか。
大泉:それは十分にあります。これまで単協と県の中央会は相談しあいながらもたれあってきました。そのもたれあい構造が今後も続けば、何も変わらなくなってしまう。だから地域農協の自主性、地方改革を促すような改革がもう1つ必要です。例えば、どれだけ農産物の売り上げが上がったかなどを評価するシステムが次の段階では必要になると思います。
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工藤:今回の農協改革を通して、今後の日本の農業がどう変わるか、あるいはどう変わるべきかについて議論していきたいと思います。
一連の農業改革について、悲観的かあるいは判断を迷っている人が多数
ここで有識者アンケート結果を2つ紹介します。1つは、「今回の農協改革の他に、減反の廃止、農地集積など農業を成長産業にするための改革をどのように評価しているか」尋ねました。「日本の農業は成長産業に向けて着実に動いている」との回答は11.6%、「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.5%で最も多くなりました。そして「日本の農業の将来像をどう描いているのかわからず、かけ声だけに終わる」との回答が25.2%、「この段階で評価を下すのは適切ではない」が28.4%ですから、改革は動き始めているが判断するのは時期尚早というように、まだ厳しく見ているという状況でした。
そしてもう1つは、「一連の農業改革がTPPなどの自由化に備えるための道筋が描かれているか」尋ねたところ、「十分な道筋が描かれたと思う」と回答した人は1.9%でほとんどいませんでした。「十分とは言えないが、一定程度の道筋は描かれたと思う」が42.6%、「道筋が描かれたとは言えない」も38.7%で4割ぐらいいらっしゃいました。そして「経済の自由化により、どちらにしても日本の農業は立ち行かなくなる」との回答は10.3%となりました。
農協改革の支持者が約8割いましたが、農業改革の全体像や最終的な絵姿が見えていないということで、農協改革に賛成する人たちも厳しく評価しています。では、日本の農業の産業化を達成するためには、何が求められているかについてお話を伺います。
農協から金融・保険の機能を切り離し、主業農家主体の農業組織に組み換える
山下:今の農協の繁栄と農業の衰退は、結局、米価を上げるという農業政策が兼業農家を滞留させ、その滞留した兼業農家の所得がJAバンクに流れて農協が発展したという構造から生まれています。つまり金融機関としてのJAと農業政策を行う組織としてのJAがずれた形でマッチングしてしまった。その結果、農業は衰退するけどJAは発展するというちぐはぐな状況を生み出した。ですから、そうしたちぐはぐな状況を是正するためにも、両者の組織を切り離すことが求められています。現在のJAは、金融機関であり保険の機関ですから、誰でも加入できる准組合員が多くいて、実態は地域協同組合です。しかしその地域協同組合が農業についてもいろいろなことを主張している。そこで、今のJAは、農業の部分は切り離して地域協同組合にさせて、金融事業なり保険事業なり、また生活物資の供給をやってもらう形が望ましいと思います。そのかわり、農業については農業協同組合の本旨に則って、主業農家が自主的に協同組合を作れば、兼業農家は入れませんから、主業農業主体の農協が出来る。その人たちが政策提言をすれば、大規模な効率的な農業にするという道筋が描けると思います。農業協同組合と地域協同組合を2つに分ける必要があるということです。
大泉:やはり機能は分けていく必要があると思います。多分、農協の組合長さんは「農協はそもそも何か」という自己規定できていないのだと思います。農協は既に矛盾統合体で、協同組合なのか株式会社なのか、農業振興団体なのか金融機関なのか、農業者の団体なのか地域住民の団体なのかわからない。
市場経済を否定するのではなく、ビジネスモデルが重要だという意識改革
大泉:また、市場経済に賛成しているのか反対しているのかわからないところがあります。農業振興するときに市場経済を否定してしまっては発展のしようがない。成長モデルをつくっていくためには、市場でどのようなビジネスモデルを作るのかが必要なので、今の農協の組合長さんがそこを理解できるかが重要です。
というのも今の農協は、米価とか乳価とか価格交渉ばかりやっています。ところが世界の協同組合は価格交渉なんてやっていない。むしろフードチェーンを作って、農家は需要があればつくりなさいと求めている。例えば酪農、生乳などは、協同組合が最終的に付加価値の高い商品を作ります。生乳だけでなく、チーズもバターや薬まで作ります。儲かった分は、農家に還元します。つまり付加価値を付けた部分を農家に還元しながら協同組合として成長していくという構造です。そのような共同組合を今の地域の農協が作れるかどうか。作ろうとしている農協もありますが、そういったモデルを伸ばしていく必要があります。
他方で、山下さんがおっしゃるように、地域協同組合の部分は地域協同組合として自立することが求められます。但し、その場合は、漁協や生協などとイコールフィッティングが必要になってきます。そうなると、現在の農協が持っている金融や共済を切り離さなければ(信用・共催分離)、地域協同組合にはなろうとしてもなれません。そうなると経営戦略を持ちながら地域協同組合として自立する体制を農協自身が作らなければならないことになります。こうした課題を1つずつクリアしていく必要が出てきますが、誰が絵を描いて引っ張っていくかという次の問題があります。
工藤:そこまでの全体像があるのかということと、どれぐらいの期間のなかで動くのでしょうか。
大泉:今の農協は戦後から始まり、1990年前後に財政基盤がおかしくなったということもあり、農協同士が1県1JAへ合併したり、県連が全農と統合するなど二段階制への移行を全中が主導して行いました。途中、住宅金融専門会社の問題があり、拍車はかかりましたが、それでも20年くらいかかりました。生産調整廃止や準組合員の利用規制に5年かけるということなので、少なくとも10年はかかると思います。その10年以内で農業を一生懸命やる農協にして、地域住民を巻き込むような農協にする。その絵柄を現実なものにしていくという改革ができるかということです。
工藤:その絵が政府の中にあるのかということに関心もあります。現在、農家の平均年齢が66歳という状況の中で、そうした改革に10年ぐらいかかるということは、それだけ農業者も年を重ねていくわけですよね。そうした状況で、日本の競争力、農業を強くしていくという点では、見通しは明るいのですか。
日本農業の再生には、農地の集約と経営者の導入が必要
山下:高齢化はいいチャンスだと思います。実は日本の農政の構造改革を言い出したのは、柳田國男です。そして1961年の農業基本法の構造改革によって、農家の所得を上げようという発想に繋がりました。つまり発想は常に同じです。日本は農地が広くないから、農家収益を上げようとすると農家戸数を減らしていく必要があります。ですから、高齢化して農家戸数が減ることはチャンスです。高齢化して抜けてもらえば、残った人が規模を拡大できます。現状でも高齢農家ばかりで集落でも農業ができていない状況です。したがって集落の外から担い手を呼び込んで、農地を集積して農業をやってもらうことで、効率の良い農業ができます。都道府県の米農家のほとんどが1ヘクタール未満ですから、農業の収益はゼロです。ところが20ヘクタール以上では、1400万円稼いでいます。だから1人に20ヘクタール以上を任せて稼いでもらい、集落のみなは農地の維持管理の対価として、地代として配分をもらうという構造を作らないと日本の集落の未来はない。逆に言うと、規模を大きくすることで、農業は担い手、農地の維持管理は地主の人、そうした役割分担の仕組みを作らないと日本の農業は上手くいかないと思います。
工藤:最後の有識者アンケートを紹介します。「稲作農業が持続可能になるためには何が必要か」を尋ねました。一番多いのが「青年農業者、企業など新規参入の拡大による新たな『担い手』の確保」で65.2%、その次に多いのが、「零細兼業農家から大規模主催農家への農地集約、農業経営の大規模化」、「農業生産法人の出資・事業の要件緩和」との回答で半数以上の人たちが必要だと思っています。こうした回答をどう見るかと点と、これから日本の農家が強くなっていくための案についてお聞きしたいと思います。
大泉:そこはどちらのロジックが勝っているか、という戦いなのだと思います。私は、稲作経営者が1人いればいいと思っています。要するに、現状では30ヘクタールの面積で30人の農家がいて、30人がみんな150万円から200万円の赤字を生み出しています。ただ経営者が1人いれば1億ぐらいの売り上げが上がる例もあります。そのくらいの経営力というのが今の農家に必要です。
そして現在、日本は高齢化などで年間5万戸余り農家が減っていて、このペースでは10年経てば約60万戸が減ることになり、今の3分の1ぐらい農家戸数になります。そのくらいの人数でもできる農業を考える必要があります。現在の日本で、5000万円以上売り上げている販売農家は1%もありませんが、日本の農産物の3分の1を生産しています。零細農家は8割弱いますが、全体の15%しか生産していません。構造改革で5000万円以上の人たちを後3%増やせば、日本の農業産出力は倍増します。そうした構造改革が農協だけでできるかという話です。農協は組合員として農家が欲しいから、構造改革すると組合員がいなくなると主張します。しかし組合員がいなくなることが問題なのか、組合員がいなくなっても産出額を増やすことがいいのか、この議論のどちらを支持するのかということだと思います。
山下:農協改革で全く提案されていないポイントですが、今の農協は1人1票制でやっています。大規模な農家も中小の零細農家も1人1票。農地改革をやった直後で、みんなが1ヘクタールの世界ではそれで良かったのですが、大規模農家も兼業農家もいる状況で1人1票主義はおかしいわけです。世界の農業協同組合では、利用の大きい大規模な人ほどたくさんの発言権を持つ形式にだんだんと変わってきています。本当は日本の農政は1960年代から1970年代に改革を実行すべきだったのですが、それができなかった。将来の農協改革はそこに行き着かなければなりません。そこまでいけば日本の農業を活性化する、本当に農協が日本の農業を活性化する推進役になると思います。
工藤:続きを聞きたいのですが、時間になってしまいました。おそらくこの議論をご覧になっている人たちは、メディアで報道されるように、単発の農協はどうだという話だけではなくて、改革の先にはどのようなビジョンがあり、日本の農業の在り方も併せて考えていかなければいけないのではないか、と多くの人が考えたと思います。今後、こうした改革がどのような展開になっていくのか、言論NPOでも引き続き議論を深めていきたいと思いました。
ということで、今日は日本の農協改革が日本の農業の競争力の向上にどう寄与するのかについて話し合ってもらいました。ありがとうございました。
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2015年2月27日(金)
出演者:
大泉一貫(宮城大学名誉教授)
山下一仁(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。今日の言論スタジオは農協の問題について議論したいと思います。今、「強い農業を作る」という目的で改革が行われていて、昔では考えられなかった農協改革が動き出そうとしています。政府・自民党から出された農協改革でも全中の監査権の停止を始め、様々な仕組みを変えようとする政策が提出されています。こうした改革が日本の強い農業を作り出す確実な一歩になるのか、議論したいと思います。
まずは、ゲストのご紹介です。宮城大学名誉教授の大泉一貫先生、続いてキヤノングローバル研究所研究主幹の山下一仁さんです。よろしくお願いします。
有識者の役8割が今回の農協改革に「賛成」
さて、言論NPOに登録している有識者の皆さんに、今回のテーマに関するアンケートを行い、155人の方にアンケートにご回答いただきました。その結果を踏まえながら議論していきたいと思います。
まず今回の農協改革の是非について尋ねたところ、「賛成」との回答が44.5%、「どちらかといえば賛成」が31.6%となり、訳8割の人が農協改革を支持しているという結果でした。理由も合わせて尋ねたところ「農村が疲弊する中、農業官僚のみが肥大している」、「農協が政治団体化している状況が、農村の硬直化の原因になっている」、「農業が衰退する状況には構造改革で対応するべきだ」などという厳しい意見が目立ちました。
一方で、明確に農協改革を否定する意見はあまり見られませんでした。ただ、「この改革が日本の農業の立て直しや競争力強化にどうつながるかがよくわからない」という回答もかなりありました。このアンケート結果を踏まえて、今の農協のどこに問題があるのか、またこの改革が必要とされた理由についてお尋ねしたいと思います。
日本の農業における農協の弊害とは
山下:日本の農業の最大の問題は、農家の7割が米農家であるにも関わらず、米農家が農業全体の2割しか生産していないことです。つまり米農業は非効率的な農家によって構成されているのです。酪農、肉牛業、野菜は全く状況が異なります。農協が食糧管理制度時代に米価引き上げを求めるために一大政治運動をやりました。現在、食糧管理制度はなくなりましたが、それ以降も減反政策によって、供給を制限して米価を高く維持する政策を続けてきました。その結果、零細で非効率的な兼業農家が残り、米農業は衰退してしまいましたが、逆に農協は発展しました。なぜかというと、農協は、銀行業、損保業、生保業もできるという、オールマイティな日本で唯一の法人で、兼業農家が所得を農協の口座に預けてくれたからです。米価を高く維持した政策と農協の特権的な権能が上手くかみ合うことで、日本の農業は衰退しました。むしろ農業を衰退させたからこそ農協が発展したともいえるかもしれません。そこにメスを入れる必要があるというのが私の理解です。
加えて、農協の制度では農家は1人1票を持っています。大規模な農家も、小規模な農家も、高齢農家も若手農家も、1人1票制度が厳格に守られています。どうしても大きな農家よりも数的に多い小さな農家の声が、農協運営に反映されやすくなります。1960年くらいから農政が構造改革をやろうとしてきましたが、構造改革で規模を拡大するためには農家の数を減らす必要があります。一定の面積の下で規模を拡大しようとすれば、農家戸数を減らす必要がある。そうすると農協としては零細な農家をつぶすなという話を持ち出してきて、かならず反対する構造になります。それを主導してきたのが全中(全国農業協同組合中央会)という組織です。そうした政治的な組織が米価の価格維持についても旗振りをやっていたということだと思います。
工藤:大泉先生は、農協が日本の農業の発展のためにどう障害になっていたと思いますか。またどういった問題を抱えていたのでしょうか。
大泉:安倍政権は農業を成長産業にするということを掲げていますが、その政策が今まで農協が考えていた農業振興モデルと違ってしまったのです。農協法第1条には、農協は、「農業生産力を発展させるための農業者の団体」とあります。現在の組合員は全部で1000万戸ほどいますが、専業農家はその4%くらいしかいません。あとの96%は地域住民か兼業農家という構成です。その組織を軸に農業振興をするにもなかなかできないのが農協だと思います。現在の農協の農業振興のビジネスモデルは、兼業農家を維持するための農業振興、あるいは地域住民と一体化して相互に支えあう農業になっています。地域にとっては大事ですが、農業を成長産業化するのであれば、国際市場に負けない農業システムを構築する必要があります。農業の振興策を作るのが全中ですから、この全中の考え方を変える必要があるということで全中の改革が進み始めているのだと思います。
農協改革が実現に向かうのは、TPP交渉と地域創生が密接に絡み合う
工藤:自民党は選挙などで、昔から農協基盤に頼っていた側面があって、農協を守る立場だと思うのですが、今回農協改革に本気で取り組んでいる。そこはどう理解すればいいのでしょうか。
山下:TPP交渉が影響していると思います。安倍政権は否定していますが、農協ができてから60年余りが経ちますが、これまで本格的な改革はありませんでした。河野一郎が1955年にやろうとしたけど失敗し、小泉純一郎も手を付けようとして失敗しました。だからこそ実質的には初めての改革です。安倍政権が打ち出しているアベノミクスでは、その第三の矢の一丁目一番地はTPP交渉です。仮にTPPが実現すると、関税を撤廃することで価格が下がれば兼業農家の数が減少するなど、農協にとって大きな問題が起こることもあり、1000万人の反対署名を集めるなど非常に大きな反対運動をやりました。これを目の当たりにした安倍政権にとって、表立っては農協の持つ政治的影響力を削ぐ目的だとはいえないにしても、心の中にTPPを推進するためには農協改革が必要だと言う考えはあったのだと思います。
工藤:全中は、政府の方針に反対して大多数の署名を集めるなど政治的影響力を持っています。構造的には兼業農家などいろいろな人が加入しているのに、そこまで票を集めていることをどう理解すればいいのでしょうか。全中の政治力が強いということでしょうか。
大泉:政治活動に参加している人も良くわかっていないのだと思います。要するに、農協という組織の中にいると、「農協の維持」が「地域の維持」と一致してしまっています。安倍政権が成長産業化を目指した理由の1つにTPPの問題はありますが、もう1つ考える必要があるのは「地域の疲弊」です。農協は「地域を守る」と主張していますが、限界地の支店は撤退しています。つまり、農協が大規模化しているから、地域の隅々まで目が届かなくなっている。この状況下で、所得や雇用を確保する必要があり、そのために自営業者たる農業者を生み出していく必要があります。現在の農協の仕組みでは、兼業農家が自分自身の所得くらいは作れるかもしれないが、地域の雇用を作ることはできない。そう考えると、今回の成長産業化に見合った農協改革は、地域創生とも非常に密接に絡んでいると思います。
金融業や保険業に頼るなど、既に農協は農家のための組織ではなくなった
工藤:政治が農協の岩盤に手を付けている現状は、昔から考えればありえないと思うのですが、農協そのものの体制がぜい弱になってきているのでしょうか。
山下:農協が繁栄した理由は、米価を上げることで兼業農家を滞留させ、その兼業農家のお金をJAバンクに預けてもらったからです。それを続けたから、JAバンクは日本第2位のメガバンクになることができた。つまり農業で発展したわけではなく、農業以外に軸足を置いて発展してきたのが農協という組織です。全体で90兆円も集めているのに、農業に対する融資は1~2%しかない。3割は、地域の人であれば誰でもなれる准組合員が、住宅、教育、車のローンなどを受けている。残り7割は、農林中金というJAバンクの全国組織がウォールストリートで運用している。本来、協同組合である農協は、農家同士の互助的な融資の仕組みから成り立っていました。しかし現在は、お互いに融資し合うのではなく、全く別のところで運用している。つまり農業の協同組合では既になくなっているのです。そうしたことが、農業の協同組合ということからは逸脱している、地域の住民であれば誰でもなれる准組合員という制度に、規制をかけようとしたことの背景にあると思います。
工藤:安倍政権は、減反の廃止など、日本の農業が競争力をつけるためのさまざまな改革を始めています。その延長に、農協改革という問題が視野にあった上で、手順を踏んで動いているという状況なのでしょうか。
大泉:農業を成長産業にするためには、農協の農業振興策と衝突する局面は出てきます。しかし、今の農協が考える兼業農家の維持政策では絶対に成長はしないし、成功しないことを、多くの人は理解できると思います。自民党は票田だから何としても守りたいものの、票田を切り崩してまでも新しいシステムを作ろうとしているのが安倍政権ですから、まだソフトランディングするのかハードランディングするのかわかりませんが、自民党の中でも意見が割れているのは確かです。ただ、建前としては総理が考えることにみな方向性は一致していると思います。しかし、自民党内での議論の中では、全中を一般法人化することも議題としてあったとは思いますが、その後も継続的に改革しなければ農業振興に結び付きません。それが出来るかどうかも正念場ですし、生産調整も5年後に廃止すると決めただけで、本当に廃止できるかどうかについては、まだ曖昧なところがあると思います。
工藤:今の話を聞いていると、農業改革にかなり踏み込んでいることがわかりました。ただその改革を基に日本の農業が変われるかについては、まだまだこれからだと感じました。