2月10日、2015年最初の言論スタジオが放送されました。言論NPOのアドバイザリーボードでもある宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、元中国大使)、川口順子氏(明治大学国際総合研究所特任教授、元外務大臣)をゲストにお迎えし、さらに、明石康氏(国際文化会館理事長)にはインタビュー収録という形でご参加いただき、「2015年の日本に何が問われているのか」をテーマに活発な議論が行われました。
日本にとって非常に重要な1年になるとの見解で3人の意見が一致
まず冒頭で、新年を機に「2015年の日本を考える」と題して、有識者を対象に行われたアンケート調査を基に、司会の工藤が「今年が日本にとってどのような年になるのか」と尋ねたところ、3氏はいずれも「2015年は日本にとって非常に重要な1年になる」との見解を示しました。宮本氏は、日本をとりまく大きな構造変化を踏まえた上で、その変化に対応していくためには、「経済がしっかりしていることが重要」と述べ、アベノミクスの成否が2015年のポイントになると述べました。川口氏も同様にアベノミクスを重視した上で、「一人ひとりの日本人が、今年は日本にとっての正念場だという危機感を持ち、今年を乗り切るために自分に何ができるのか考えるべき」と提唱しました。明石氏は、戦後70年間の日本の歩みに言及しながら、「70年という時点で日本が何を考えているのかを明確に発信するだけでなく、それに『血と肉』を与えていかなければならない」と訴え、アジア諸国との友好関係、アメリカとの同盟関係を血と肉の入ったものにするために、今年は「信頼感に基づいた未来を築けるかどうかの節目の年」になると語りました。
続いて、デモクラシーの課題について議論が移ると、宮本氏がアメリカの事例を紹介しながら「自分の利益だけを追求するのではなく、社会全体の利益を考えながら決めていくという『公の意識』を伴うデモクラシーこそが求められている」と訴えました。川口氏もそれに同意しつつ、フランスのテロ事件の際に、危険があるにもかかわらず、大群衆がデモに参加したことを紹介し、「民主主義にはそうした『強さ』も求められる、ということを今年は再認識していく必要がある」と語りました。
「安倍政権の2015年」については、宮本氏は期待を寄せつつも、「抱えている課題は今後何十年にも渡る日本の課題である」として、大きな困難が待ち受けていると予測しました。川口氏も同様の見解を示し、今年は「安倍政権の真価を超えて、日本の真価が問われている」と述べつつ、「リーダーシップを発揮して問題解決にあたっていく」と安倍政権に対する期待を寄せました。
「2015年の日本の社会や政治の課題」については、アンケートでは財政再建や社会保障改革を挙げる有識者が多く見られましたが、宮本氏は「日本を取り巻く世界の大きな構造変化、例えば、中国が地政学的にアメリカの地位の挑戦していること」に対して大きな懸念を表明しました。さらに、アンケートで民主党代表選に対する関心を示す有識者がわずかであったことを踏まえ、「民主党に対する失望が日本の政治に対する失望につながってはいけない。政治を見捨てず、むしろ国民の方から発信し、政治に対する注文を付け続けていくべきである」と主張しました。
川口氏は、「財政再建や社会保障改革は確かに重要だが、アベノミクスの第3の矢が成功すれば、この2つの課題についてもおのずと展望が開けてくる。その優先順位を間違えてはいけない」と語りました。
改めて問われ始めた「国家」という問題
「2015年の世界の課題」については、アンケートでは「テロ問題」に有識者の関心が集中しました。宮本氏は「これも世界の構造的な変化の問題の1つである」と述べ、さらに「19世紀に民族と国家を1つに結びつけて「国家」という単位で国際社会を構成しようという流れができたが、現在、国家そのものを形成できないところが出てきた。つまり、従来の延長線上で国家を構成してきた枠組みが根本的に問われ始めている。今、改めて『国家』というものが、問われ始めている」と問題提起をしました。
川口氏もこれを受けて、「本来国家が与えるべきガバナンスを与えておらず、国民が裏切られた、と感じていることが背景にある」と指摘。さらに現在、ヨーロッパでは、反EU主義が起こっていることに言及し、「国家を超えるガバナンスについても、不信感が募ってきている」と述べ、続けて「これまで平和と安定をもたらしてきた戦後体制が、現在の問題に十分に応えられているか再び問い直さなければいけない時期に来ている」と主張しました。
明石氏はこのテロと国家のガバナンスの問題について、自身の国連在籍時における経験も踏まえながら語りました。その中で明石氏は、「国連も今までのようなPKO活動では、中東とアフリカに関してはとてもやっていけない。国家と国家の機能を果たしえないような破綻国家、不安定な国家がもう20前後も出現している。こうした状況で国連はどのような新しいやり方で対応していくのか。PKOも今までの小型武器では対応できなくなっているが、国連の限界をきちんとわきまえながら、必要最小限の力で何とか解決しなくてはいけない状況である」と語りました。
さらに明石氏は、北東アジアに関する問題として、朝鮮半島の38度線による分断や中国・台湾問題など、「冷戦時代のマイナスの遺産」が多いことを指摘し、この地域にも危機はあると訴えました。その上で明石氏は、「中国や韓国、東南アジア、そしてアメリカでさえも安倍首相の戦後70年談話で示してほしいスタンスというものがある。それに沿えるような歴史的にプラスになるようなもの、日本人が誇りにするだけではなくて世界にとってより望ましいものを打ち出せるかどうか」が、冒頭で述べた「より平和でより相互信頼に基づいた世界を築く」ためのポイントである述べ、改めてこの2015年が正念場の1年になることを強調しました。
私たち有権者、国民に問われていることは何か
最後に、「2015年、私たち自身には何が問われているのか」というテーマで議論が行われました。宮本氏は、「政治にも変わってほしいが、国民レベルでも変わる必要がある。政治をすべて政治家にお任せすするのではなく、自分の身の回りで社会をよくするために何かできることを探してもらいたい」と視聴者に語りかけました。
川口氏は、アンケートの回答者属性で30代までの若い世代が10%もないことを指摘しつつ、「日本の若い人は投票率も低いし、社会に貢献というか動かすことに関心を持つ人が少ないことについて我々は危機感を持つべき。同時に若い人であっても世の中で発言権を持ったり、仕事の場で活躍できたりする仕組みが必要」と主張しました。
明石氏は、「有権者は日本人であるだけではなくて、アジアの人間であり、世界の一員である。まさにグローバルな視点から、本当の意味での和解を私たちは築くことができるかどうかの境目に立たされている。単なるナショナリズムの衝突ではなくて、それを私たちが超えることができるかどうかが本当に問われているが、それは一人ひとりの決意と覚悟にかかっている」と訴えました。
議論の最後に工藤は、「間違いなく今年は日本が真価を問われる一年になるが、言論NPO自身も問われることになる。議論を大切にしていきながら、課題解決のための仕組みを作るために具体的な行動に移していく」と決意を述べ、2015年最初の言論スタジオを締めくくりました。
[[SplitPage]]
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。2015年の議論を今日から始めます。まず、最初に「2015年、日本の社会、そして私たちに何が問われているのか」と題して議論していきたいと思います。
それでは、ゲストの紹介です。まず、宮本アジア研究所代表で、中国大使も務められた宮本雄二さんです。続いて、明治大学国際総合研究所特任教授で、外務大臣も務められた川口順子さんです。それから、国際文化会館理事長の明石康さんには別途インタビューをしてきましたので、動画でご参加いただきます。
さて、私たちは、この議論に先立って、正月に言論NPOに登録している有識者の皆さんにアンケートを取りました。
アンケートでは、今年がどのような年になるのか、「日本の将来に影響を与える、決定的な1年になる」のか、「決定的とまではいわないが、日本の将来に影響を与える重要な1年になる」のか。それとも、「日本の将来にとっては単なる通過点に過ぎず、これまでと変わらない1年」なのか、ということを毎年聞いています。今年は、「日本の将来に影響を与える、決定的な1年になる」という回答が24.0%で、昨年よりも少し増えました。「決定的とまではいわないが、日本の将来に影響を与える重要な1年になる」という回答は62.0%ですから、合わせると86.0%の方が、今年は日本にとって重要な一年になるだろう、との回答でした。皆さんはどのようにお考えですか。
2015年は日本にとって非常に重要な1年になる
宮本:重要な年になると思いますが、重要というのはこの1年に限った話ではないと思います。それというのも、取り組むべき課題はずっと継続中のものだからです。すなわち、世界も日本も大きく変化しているのですが、そのプロセスの中でどのようにその変化に対応していくのか、ということを各国が思いあぐねている。行動には出ているのだけれど、成功するかどうかは分からない。そういう大きな構造の変化の中にある。とりわけ、日本は20数年と長きにわたり、経済が低迷し悪戦苦闘してきたわけですが、それがアベノミクスによって曙光が射してきた。「うまくいってほしい」と2年間やってきましたが、「これで本当に大丈夫なのか」という声も出始めている。経済も含めた日本社会全体が、大きな変化の中にあるけれど、それに対して我々は回答をきちんと見出すことができていない。そういうことで、確かに難しい課題ではあるのですが、その悪戦苦闘の中で迎える一年になると思います。
川口:今年は日本の将来に影響を与える決定的な1年になると思っています。まさに、日本にとっての正念場です。今年上手くやることができるかどうかで日本の将来が相当程度決まってくると思います。どのよう点についてかというと、やはり、アベノミクス、特に、第三の矢の成長戦略がうまくいくのか。これは世界中が関心を持って見ています。日本に改革ができるかどうか、このアベノミクスの第三の矢を成果のあるものにできるかどうか、ということで示されるわけです。
そういう意味で、もっと幅広い層の日本人が「今年は正念場なのだ」ということを自覚した上で、「では、今年を乗り切るために自分には何ができるか」ということを一人ひとりが考えるべきだと思います。政治家は当然、そうすべきですが、政治家でなくても、一人ひとりの国民に至るまでが、今年日本を良くするために必要な行動ができなかったら、その結果として日本は一流のリーダーシップを持った国ではなく、ずるずると世界の二番手グループに落ちていってしまう、という危機感を持つべきです。これは、他国が日本に対する畏怖や畏敬を持たなくなる、ということにもつながるわけですから、安全保障という観点から考えても大きなマイナスです。もちろん、財政再建にも大きなマイナスになりますので、非常に大事な1年になると思っています。
工藤:今のお話は非常に重要ですね。多くの人に考えて欲しい論点だと思います。本当に正念場だと私も思っています。では、どういうことが我々に問われていると思いますか。
宮本:川口さんのおっしゃった通りです。私も色々なところで、今年、日本国身民全員が参加する「カイゼン運動」をやるべきだ、ということを提唱しています。それは身の回りのやるべきこと、改めるべきことをみんなで見つけて行動に移していく、ということです。私は、日本の強みは国民の水準が高いということだと思います。これは最大の資源ではないかと思いますので、その国民が参加してくれれば日本の社会が変わっていく可能性はどんどん大きくなっていくと思います。
ただ、やはり重要なのは経済です。人類の歴史を振り返ってみても、やはり経済がしっかりしていないと何もできない。ということで、何が何でも経済を強くしなければいけない。すなわち、潜在成長率を高めることが日本の最大の目標になる。そのためにもアベノミクスには是非とも成功してもらわなければならない。そのためには、痛みの伴う改革を進めていく、ということが必要不可欠です。時間的な余裕もないと思っています。
信頼感に基づいた未来を築けるかどうかの節目の年
明石:私は、2015年が日本にとってそして安倍政権にとって、それからアジア、世界にとっても決定的に重要な年になると思います。アベノミクスに関して、第3の矢の成否が問われる年になるだとう思っています。つまり構造改革が本当に行われるのか、日本にとっての一種のアキレス腱であった農業の改革ができるのか、またTPPを合意できるかということも問われている。弥縫的な改革ではなく、ますますグローバル化する世界の競争に日本経済が耐えられるか、そして互角に戦って競争力のある国として生き残れるのか、ということが問われていると思います。
また、安倍さんは昨年末、政権の支持が得られるということで、必ずしもしなくてもよい総選挙に打って出ました。その結果、決定的な勝利を得、公明党も自民党の友党として成果を上げ、安倍さんは一種の信任状というかマンデート(委任)を得たわけです。これから、のびのびとアベノミクスや彼らしい外交を展開できるようになった。安倍政権にとっても正念場だと思います。
しかし、そうしたことよりも重要なのは、戦後70年、私は敗戦後70年だと思っていますが、そうしたことを忘れてはいけないと思っています。日本はほとんど経験したことのない敗北を喫し、国民は負担と混乱のふちに突き落とされました。その中から一歩一歩駆け上がって、世界が驚くような発展と平和国家の建設に一応成功したと思います。そして安倍さんは国内改革と同時に、活性化した日本を世界に示すと発言し、日本のプレゼンスを世界中に印象付けようと既に50数カ国を訪れ、私もその中の1カ国のスリランカに同行しました。彼が本当に一瞬の時間も惜しんで大統領やその他スリランカの人たちと語り合い、日本という国はこういうイメージで政策を動かそうとしている、こういう形でスリランカと付き合おうとしているのだということを、より鮮明な形で伝えているのをこの目で見ました。そうした日本のプレゼンスを安倍さんは話すだけではなく、どのようにして血と肉を与えていくかが問われる年だと思います。
また、戦後50年の時点で村山談話が出され、その2年前には韓国との関係で慰安婦問題に光をあてた河野談話が出されました。その他にも60年時点の小泉談話があります。世界中が見つめているのは、安倍さん、そして70年という時点で日本が何を考えているのか、ということだと思います。ますます激しい偏狭なナショナリズムに立ち戻ってしまうのか、それとも、アジア各国、特に中国や韓国、それから東南アジア諸国との真の意味での友好に基づき、またアメリカとは単に集団的自衛権で規定される法律的な関係ではなく、肉と血の入った同盟を築けるのかを見ていると思います。そうした意味で、特に戦前の日本の在り方、日本が犯したいろいろなミス、外国に対する様々な負い目のある問題、そういうものに潔く対処して、まさに信頼感に基づいた未来を築けるかどうか、その節目になる年だと思っています。
「公の意識」を持った国民の意見が反映されるデモクラシーの実現を
工藤:アンケートでは、2015年がどのような年になるのか、その理由も書いていただいています。やはり、アベノミクスが正念場だ、という声が結構見られます。ただ、よく考えてみれば、安倍さんが経営者のところに行って「賃金を上げてくれ」と言うことは本来おかしい。安倍さんが努力するだけではなく、本当は企業側が色々なチャレンジをして、利益を拡大していくべきです。そういう動きが色々な分野で起こってこないと本当の意味での成長はできない。政府ができることは環境づくりに過ぎないわけです。その環境づくりがきちんとできているか、ということに関してはきちんと論評する必要があるのですが、本当の意味で潜在成長率を上げるためにはみんなでそのための努力をしなければならないと思います。
一方で、デモクラシーの問題も出てきています。川口さんはどう思われますか。
川口:戦後70年間を振り返ってみると、先ほど宮本さんもおっしゃった、日本人のレベルの高さが大いにプラスに作用して、非常に良くやってきたと思います。まず、経済成長、それから、民主化。さらに、自国のことだけを考えるのではなく、アジア全体、世界全体のことを考えて、色々なことをやってきたわけです。戦後70年に日本が自ら反省すべきことは、過去のことを含めてたくさんありますが、民主主義を確かに自分のものにした、ということについては世界に誇れる実績があるし、その点について、世界の他の国々に、日本の経験をシェアしていく、ということが大事だと思っています。
その戦後の「新しい日本」について、例えば、オーストラリアや東南アジアの国々など、それを理解してくれている国もありますが、他方でそう考えない、あるいはそう考えられない国民を抱えている国もあるわけです。そこでは理解を得るために、まだまだ日本の努力が必要になってくる。ですから、今年「戦後が終わる」ということにはならず、続いていく。だけど、徐々に日本のプラスの部分というのが、世界の皆さんの頭の中に入っていく、ということになるように、時間をかけて丁寧にやっていく必要があると思います。
工藤:日本はデモクラシーの国ですが、このデモクラシーというのは不断に機能させるための努力を続けていないと、鈍ってしまうというか、うまく機能しない状況になってしまうと思います。では、この1年におけるデモクラシーに関する課題、アジェンダというのはどのようなものだとお考えですか。
宮本:アメリカのある論文を読んで強く感じたのは、「公の意識」の重要性です。各界の指導者、労働組合のトップや企業のトップが公の意識を持ち、そういう人たちがアメリカを指導していた時代には、色々なものの調和がうまくいっていた。ところが、1980年代頃から利益の主張を互いにぶつけ合い、議論を戦わせることによって、自然と最適な利益の調和が図られてくる、という考え方に変わった。そうすると、資源を持っている人たちが勝つようになった。経営者側が勝ち、労働者側が負けたわけです。この公の意識が私は非常に大事だと思っています。デモクラシーは進めていかなければなりませんが、それは国民一人ひとりが公の意識を持った上で、そうした国民の意見が反映されたデモクラシーであってほしいと思います。要するに、参加する一人ひとりが、自分の利益だけを追及するのではなく、全体のことを考えながら決めていく、ということが必要なのではないかと思います。
川口:私もまったく同感です。震災時、日本人に世界が感心、感嘆、感動したように、日本人は、地域全体のことを考えてみんなが動く土壌を持っていると思います。そこが救いだと思います。それから、工藤さんもおっしゃった、民主主義を育んでいく、ブラッシュアップしていく必要がある、ということも同感です。言うべきことをきちんと言っていく。その言うべきことというのは、宮本さんがおっしゃったように、自分の利益ではなく、全体にとって何が良いのか、ということを考えながら発言していく。それこそが民主主義の基本だと思います。
ただ、民主主義には「強さ」も求められます。フランスのテロ事件の時に、群衆が外に出て、みんなデモをやっていました。大群衆が集まっているわけですから、例えば、テロリストグループがそこに爆弾を投げ込むとか色々なことが起こり得るわけです。しかし、それでもあれだけの群衆が集まってきた。それから、アフガニスタンやイラクでも、危険なところなのに選挙の一票を投ずるために、みんな投票所に足を運ぶわけです。そういった強さが民主主義を支える基盤なのだと思います。ところが、この間のテロ事件の時、遠い異国の話ということで距離感があるのは確かですが、どれくらいの日本人が街頭で反テロのデモをしたのでしょうか。日頃から意識しなくてもよいのですが、いざというときには、声に出して意見を強く言う、ということの重要性を今年は再認識することが大事なのではないかと考えています。
[[SplitPage]]
工藤:アンケートでは、国内の政治の話も聞いたのですが、これも私たちが今年を考える上で非常に重要なテーマだと思います。
安倍政権が、昨年末の総選挙で大勝し、非常に盤石な体制になりました。そこで、今年、安倍政権にとってどのような年になるかを尋ねたところ、「リーダーシップを発揮して、課題解決に向けて着実に動いていく一年になる」と答えた人が27.2%と3割を切りました。しかし、昨年が17.6%だったので、昨年に比べると10ポイントも増えています。それから、「さまざまな問題が表面化し始め、政権運営に黄色信号がともる一年になる」が49.5%で、昨年も52.5%と半数近くあり、多くの人が安倍政権について「うまくいかないのではないか」との見方は変わっていない。「もう赤信号がともっている、かなり厳しいのではないか」との回答は11.5%と、1割くらいの人がかなり悲観的に見ていることになります。
したがって、安倍政権が「着実に課題をこなしていくのではないか」という声が10ポイント増えた一方で、全体的には、安倍政権はあのような大勝をしたにもかかわらず、「課題があまりにも大きすぎて、その課題に十分応えられないのではないか」という評価です。
このあたり、安倍政権のこの1年をどのように見ているか、その理由は何かということをお聞きしたいのですが、宮本さん、どうでしょうか。
安倍政権の真価と同時に日本自身も正念場を迎える
宮本:やはり、民主党政権の混乱を経験した後ですから、安倍政権の成熟した政治を見て、安定感があるということで一定の評価につながったのだと思います。同時に、安倍政権が抱えている課題というのは、今後何十年にも亘っての日本の大きな困難でもあります。それを解決しなければいけないという時期に来ていますが、そういう安定した政権であっても、直面している課題はあまりに大きすぎる。だからこそ、安倍政権に期待をしつつも「本当にやれるのか」とやや懐疑的に見ている評価が多くなったのだと思います。政治というのは、自分で決めた優先度の高い政策を実施し、結果を出すということがすべてですから、安倍政権には、あらゆるものを動員して、ぜひ成果をあげてもらいたい。しかし、困難は大きいと思っています。
川口:昨年末の選挙の結果は、投票率は低かったですが、国民が「安倍政権しかない」と思っていることを表したと思います。宮本さんがおっしゃったように、戦後から今まで課題に手をつけることができなかった大きな理由は、当時の政権が課題を解決するだけの政治的な安定性を持っていなかったことに起因するわけです。しかし今、安倍政権にはその安定性があります。安倍政権も国民の「課題を片付けてください」という期待を分かっていると思います。ですから、今年は、「リーダーシップを発揮して、問題解決をやっていく」という年になると思いますし、その意味で「日本の真価」が問われていると思うのです。「安倍政権の真価」を超えて、日本という国の真価が問われているということです。ですから、何が何でも成功させるということが日本のためであって、これをうまくやらなければ、日本はこれから衰退せざるを得ないだろうと思っています。
日本の課題として急浮上した財政再建と社会保障改革
工藤:確かに、安倍政権の真価というより、日本の正念場であるように感じます。
今回のアンケートで「あなたは、2015年、日本の社会や政治で特に気になっているものは何ですか」という質問をしました。2014年の正月、ダントツに多かったのが「中国・韓国との関係改善」でした。2013年末に安倍首相の靖国参拝もあり、日中関係が最後にギクシャクして年を終えたことに反応して、4割くらいの有識者がそれを最大の関心事項と回答しました。しかし今年はそれが21.1%に半減して、1位になったのは「アベノミクス」でした。「成長戦略が成功できるか」がまさに正念場だという話です。また、それに付随して「財政再建」と「将来を見据えて社会保障が本当に改革できるのか」との回答が増えました。それが、日本の将来を決定づける1つのアジェンダやイシューとして、有識者の意識の中で急に浮上してきたような感じがします
もう1つ増えてきているのが「集団的自衛権を含む安全保障関連の法制の動き」や「憲法改正の動き」で、2割近くになってきています。確かに、川口さんがおっしゃったように、非常に政治的に安定し、いろいろな仕事ができる環境になっているので、その仕事をちゃんとこなしてほしいと有識者は期待しています。同時に「国民の期待とは違う、何か別の仕事をするのではないか」という不安も持たれています。
一方で、日本の野党勢力に対する期待はかなり低い。先日、民主党の代表選が終わり新しい党首が決まりましたが、有識者のアンケートではほとんど期待が見られず、代表選に関心がある人は1%を切っています。日本のデモクラシーを考えると、野党の存在感が乏しいことに関しては懸念を抱いています。そして、「メディアの報道姿勢」について言及する人も10%を超えてきています。
これらが、有識者が今年について考えていることなのですが、これについてのお考えについて、宮本さんからお願いします。
宮本:有識者の方々の「財政再建や社会保障改革に、今きちんと手をつけておかないと、将来の日本にとって厳しい状況になる」という強い危機感が浮き彫りになった結果だと思います。ただ、アンケートでは「今年の考えるべき重点課題」ということが中心になっていますので、現在、日本を取り巻いている構造的に大きな問題については聞けていません。例えば、中国の問題が大騒ぎされていますが、それは中国が地政学的にアメリカの地位に挑戦しているからです。これは本質的な地殻変動を伴うことですから、非常に大きな懸念事項だと思います。
それから、日本の民主主義を強化していく基本はやはり政治だと思いますが、その政治をより強いものにするためには、野党がしっかりしないといけません。民主党の代表選に対して0.7%と、ほとんどの人が関心を示していません。それは、民主党が2012年に選挙で敗北してから今日まで何もやってこなかった結果だと思います。普通、選挙に負ければ自己改革を行い、目に見える変化を見せて、「国民の皆さん、どうですか」と問いかけるはずが、その変化がまったくなかったとことに対する大きな失望の表れではないでしょうか。そうした失望が、民主党に対する失望を超えて、日本の政治に対する失望になってしまってはいけない。国民が政治を見捨てれば、その厳しい結果を引き受けるのは、最後はすべて国民です。どのような状況になっても、国民はそこから目をそらしてはいけない。そういう問題に直面したら国民が自ら発信をして、政治に対する注文をつけるべきだと思います。
川口:有識者が挙げられている問題の中で、「財政再建」と「社会保障の今後のあり方」は二つとも大きな問題です。ただ、私は、アベノミクスの第3の矢の成功が一番重要だと思います。それが成功できれば、財政再建の問題と社会保障の問題も解決の方向へ一歩前に進むことになると思うので、その優先順位を間違えてはいけません。
そして、アベノミクスの第三の矢が成功するかは、非製造業を含めて産業界の生産性を上げ、利益や富を生み出していけるかにかかっています。私が気になっているのは、このアンケート調査の有識者の答えの中で、そこについての問題意識が見えないことです。今年のダボス会議で挙がっているテーマの一つが「イノベーションと産業」です。世界のテーマとして挙がっていることについて、ここで問題意識が見えないということに1つ危惧があります。
工藤: アンケートでは、今回初めて、世界の課題に対する日本の有識者の考えを聞きました。世界では、政府に対してだけでなく、個人や様々な機関に問いかけるアジェンダ設定が行われています。そこで、外交問題評議会が言論NPOに対して質問してきている項目を、有識者にも聞きました。
日本の有識者はこの設問の中で、57.5%が「テロ」の問題が一番気になっていると答えました。そして、ちょっと差がありますが、「南シナ海・東シナ海での中国と周辺国との対立」が33.3%で続きます。それから「TPP」「アメリカの利上げ」という問題、それから国際的な課題である「気候変動」とか「WHOの問題」という話になるのですが、この結果はどうでしょうか。宮本さんからお願いします。
今、「国家」というものが問われ始めた
宮本:テロの動向に皆さんが強い関心を持たれているのは、最近のテロの動きが顕著なことからよく分かります。ただ、この問題も、世界の構造的な変化の中にあるということです。すなわち、19世紀に民族と国家を1つに結びつけて「国家」という単位で国際社会を構成しようという流れができました。ところが、現在、国家そのものを形成できないところが出てきました。アフリカもそうですし、イスラム国もそうです。つまり、従来の延長線上で国家を構成してきた枠組みが根本的に問われ始めたのです。自分の意向を表すときに他に手段がなく、テロに訴えるというのはあり得る話だと思います。この時代、原因は様々あることからこれを根絶するというのは非常に難しい。しかしそれをコントロールするのはやはり国家だと思いますし、今、改めて「国家」というものが、問われ始めていると感じます。
それから、東シナ海での中国と周辺国の対立については、安定化していく流れがありますので、おそらく来年の調査ではもう少し関心度が低くなるのではないでしょうか。
工藤:「国家」というものが未成熟なためにガバナンスが形成されておらず、いろいろな問題が生じている。国家間の政府間協議の中でも、グローバルな様々な課題に対して答えを出せていない。川口さんは外務大臣をされた経験があればそういう問題を痛感されていたのではないかと思うのですがどうでしょうか。
川口:宮本さんのおっしゃる通り、様々な側面での全体的なガバナンスがなくなってきています。「国家への不信感」、「ナショナリズムの高まり」、「テロリズム」。それらはまさに、本来国家が与えるべきガバナンスを与えておらず、国民が裏切られた、と感じていることが背景にあると思います。同時に、ヨーロッパでは、大変な反EU感情が起こっています。だから、国家を超えるガバナンスについても、不信感が募ってきているというわけです。これまで平和と安定をもたらしてきた戦後体制が、現在の問題に十分に応えられているか再び問い直さなければいけない時期に来ていると思います。
国際社会の中で、日本らしい立ち位置で役割を果たしていくことが必要に
明石:世界の問題を見た場合に、イスラム国をめぐる問題が挙げられます。これは不幸なことに、日本人2人の人質の悲劇があったので、日本人の心にも深く刻まれたと思います。
イスラムにおける過激派の問題ですが、確かにイスラム国ないしはアルカイダのテロリズムというのが、欧米社会に大きな影響を与えています。今年になって日本もシリアとイラクの両方の問題に深く関わらざるを得なくなりました。イスラム国によるテロが現代文明そのものに対する挑戦ですから、日本も経済、文化、その他の形で関係せざるを得なくなったということを認めた年になると思います。
国連もテロリズムの問題については、かなり前から関わっています。国際社会はテロの定義さえもできていませんが、国連の前事務総長のコフィー・アナンが、「テロは目的如何に関わらず非人道的な、市民を巻き込む暴力の行使ということで、手段を択ばない過酷で非人間的な政治的動きとして、目的如何に関わらず許されない、使ってはいけない手段を使う運動である」と考えて国際社会に彼なりの定義を突きつけた。こうしたテロは私自身が関係したスリランカの反政府勢力である、LTT(タミール解放の虎)も使ったわけですし、イスラム国だけの問題ではなく、テロは問答無用に起こるわけです。テロリズムというのは中東以外にもあるし、イスラム国はそのもっとも悪い例だと思いますが、今始まったことではありません。
こうした不幸な動きが強くなっているのは、冷戦が終わった90年代から激しくなってくる一方で、国と国との紛争は少なくなってきています。国内でいろいろな対立的な思想が激しくなって、民族間や部族間の宗教観の対立がこうしたテロリズムを生み出しているのです。これは反西欧的な動きに基づいている場合もあるし、移民が世界中に、特に西欧社会に広がり、経済的にも恵まれず、いろいろな格差と偏見の中で2流、3流の市民として生きざるを得ない人たちの1つの表現とも考えられます。そうした要因があるなら、マクロの経済社会の改革も私たちは迫られています。しかし、ここ最近は何よりもイスラム教の教えをきちんとした形ではなく、極めて極端で偏狭な形で捉えた動きが出てきている。これに対して、みんなで力を合わせて毅然と対処する。その中に日本も日本らしい立ち位置で入っていこうとするスタンスが出来つつある、という意味では画期的な70年の大きな動きだと思います。
工藤:現状、イスラム国は領域を支配するという新しい段階に至っています。つまり国家が混乱している空白地帯にぽっと出て、地域を抑えている。それはもう排除するしかないわけですよね。そういう意味では、国家のガバナンスがかなり崩れているところが利用されている、ということが大きい気がするのですが、いかがでしょうか。
明石:この前、国連PKO担当事務次長のラドスースが日本に来ていて話をしました。その時、言っていたことは、2000年に提出された国連の極めて重要なブラヒミ報告から15年になるので、15年の時点で国連がこれからどのようなチャレンジを行っていくのか、ということについて新しいパネルができ、東ティモールの元大統領、ジョゼ・ラモス=ホルタが議長として訪日するということでした。私も、約4時間にわたって、専門家と一緒に彼らのグループと会いましたが、国連も今までのようなPKO活動では、中東とアフリカに関してはとてもやっていけない、という認識でした。国家と国家の機能を果たしえないような破綻国家、不安定な国家がもう20前後も出現している。こうした状況で国連はどのような新しいやり方で対応していくのか。PKOも今までの小型武器では対応できなくなっているし、かといって国連の限界をきちんとわきまえながら、必要最小限の力で何とか解決しなくてはいけない状況です。そのような中、彼らが日本に期待していることは後方支援であり、人道支援であり、日本の高い水準の科学技術を利用して、他の国の軍を国連の傘下に運送してくれるだろうか、ということでした。日本も自分のやれること、自分の果たし得る役割をきちんと国際社会にまた国連に説明する次元に立っていると思います。
より平和でより相互信頼に基づいた世界を築けるか
工藤:国家が破たんしていろいろなテロが国境を越えて支配する、ということは新しい現象なのですか。
明石:冷戦が終わった時点をいつに見るかにもよりますが、ベルリンの壁が崩壊して東ドイツと西ドイツが一緒になった時からポスト冷戦期が始まった。それとほぼ同時期に、イラクでサダム・フセイン政権によるクルド族の迫害があった。あのころが1つの目安だと思います。また、コンゴ民主共和国がガタガタし始めたのは、お隣のルワンダでフツ族によるツチ族の大量虐殺が行われ、約80万人の命が奪われた頃です。そのとばっちりがコンゴ民主共和国の東部地域に広がり、いまや国連PKOは国家や正規軍を対象とするだけではなく、非正規軍、部族の勢力、そして犯罪分子までも対象としなければいけなくなった。1990年代の10年間と、2000年代の4年ないしは5年、つまり15、16年の間に広がったとみていいのではないでしょうか。
また、北東アジアの場合はポスト冷戦という面もありますが、冷戦期のマイナスの遺産がごろごろしているのが現状だと思います。北朝鮮のようにわからずやの国がありますし、国民の生活が犠牲にされて、国際社会の支援でもってかろうじて生きながらえている国、そして朝鮮半島では38度線により国家分裂が現に存在します。それから中国をみても、まだ台湾という、中国と一線を画した存在があります。中国と台湾がああいう形で存在することになったのは、アメリカの第七艦隊が朝鮮戦争後に台湾海峡に配備されるようになったからで、そういう意味では冷戦の後を引いています。北東アジアという地域は、ある意味で冷戦時代のマイナスの遺産を一番たっぷり継承せざるを得なかった不幸な地域だと言っていいと思います。
工藤:新しい年、こうした問題を解決していくような方向になっていくのでしょうか。
明石:ぜひ、それを期待したいと思います。ただ政策判断を間違えた指導者が出てきて、歴史の針を過去に戻すことになりかねないので、今年、安倍政権が出すだろう70年の安倍談話がどのような内容のものになるのか、私たち日本人も期待と懸念の両方を持って、待っているわけです。そして、中国や韓国、東南アジア、そしてアメリカでさえも安倍さんに示してほしいスタンスがあるわけです。それに沿えるような歴史的にプラスになるようなもの、日本人が誇りにするだけではなくて世界にとってより望ましく、より平和でより相互信頼に基づいた世界を築けるかどうかの境目にあると思います。
[[SplitPage]]
工藤:最後は、「2015年、どうなるか」ということを踏まえて、私たち自身に何が問われているかという話に入っていきたいと思います。昨年の暮れの総選挙では安倍政権が基本的に信任されましたが、かなり低い投票率でした。選挙の意味に関する議論もありました。また、宮本さんがおっしゃったように、野党がなかなか機能していないという問題もある。そこで、アンケートでは「日本の政治に新しい変化を期待できますか」と聞いてみました。すると、「期待できない」という回答が64.5%でしたが、これをどう考えるか。そして、私たちはどのように変化を作るべきなのか、どのように今の政治を考えればいいのかを皆さんと議論してみたいと思います。
「社会のために何かをしたい」との思いを持つ人たちを繋いでいく仕組みづくりが必要に
川口:私は、いろいろな課題を前進させていくということが、政治がやるべき最大のことだと思います。私は自民党が野党の時代に議員をやっていましたが、震災など様々なことが起こった時、「政権よりも良い政策をつくろう」ということを旗印に政策の勉強を皆でやりました。この動きは、政策に造詣の深い議員をいろいろな分野で生み出しています。ですから、今の野党も、政権よりも良い政策をつくるために政策の勉強をして、国会の場で政策の議論をしていくということが望ましいと思います。
日本の民主主義について、アメリカのピューセンターが世論調査をしています。そこでは、「日本は民主主義国家で、安定している国家だ」と高い評価を受けています。こういうことを自信にして、政治を進めていくということが大事なのだと思います。
工藤:宮本さんは今年、新しい変化が起こるという手応えは感じられますか。
宮本:政治そのものに関していえば、難しいと思います。野党が変わらなければ変わりません。もちろん、野党再編などがあれば与党である自民党にも厳しい緊張関係が生まれると言われています。しかしその見通しがおそらく今年はないだろうということで、アンケートでも「新しい変化は起こらない」との回答が64.5%という結果になったのではないでしょうか。もちろん、政治には本当に変わってほしいと思います。現在政治に携わっておられる方の最大の責任ですから、ここを一番頑張っていただかないといけないと思います。
他方、国民レベルでも変わる必要があります。政治はすべて政治家にお任せすればいいということではありません。例えば、先ほど「カイゼン運動」に触れましたが、政治にすぐにすべてを任せるのではなく、自分の身の回りで社会をよくするために何かできることを探して実行してもらいたいと思います。川口さんからもお話がありましたが、東日本大震災でも見られたように、日本の社会には他人を思いやる気持ちは溢れています。しかし、社会の仕組みがそれを結びつけるようになっていないのです。昔の農村社会にはしがらみが強すぎるというマイナス面もありましたが、人々の思いやる気持ちを結ぶ仕組みがあったので、「古き良き時代」と言われます。しかし、そのような社会を取り戻すことは可能です。
例えば、身の回りで「子どもを見てもらう場所がもっとほしい」という問題に携わっているとすると、必ず政治に直面します。そうした時に、「政治を変えたい」という強い動きが出てくるのではないかと思います。そのように下から常に政治に対する監視に近い要求があれば、政治に携わっている方は、意識的に「いかに政治を良くするか」と考えることになります。この両者が相まって、日本の政治、民主主義がより成熟した良いものになるだろうと感じます。
そうした場合に、マスコミの役割は大きいと思います。マスコミは、そういった民主主義の発展を助けるための発信をしなければなりません。そのための材料を、国民や政治家に提供して、実際の行動につなげていく必要があります。これはマスコミの大きな役割ですが、そのような動きが見られないので残念です。
工藤:「社会のために何かをしたい」という公共心がある人たちが日本の社会にかなりいる。しかし、それをつないで課題解決をできる仕組みを作っていく動きが弱い。だから、その仕組みをつくることが必要だし、その動きをメディアもきちんとバックアップすることが重要だ、ということですが、年明けに訪れたインドネシアとインドではその動きを感じました。様々な活動に参加してクオリティを上げつつ新しいものを作るという仕組みに携わる人たちが、かなりの数いました。大変なことながら、継続できればいろんな人たちが参加して、何か大きなものができていくのだろうと感じました。
若い世代も協力して課題に対処していく仕組みづくりを
工藤:インドネシアでは、若い人たちが作るメディアがかなり影響力を持ってきていましたが、若い世代が最も多いというインドネシアの人口構成が影響していると思います。一方で、日本は人口ピラミッドが逆三角形になっていて上の世代にかなりの数がいるので、若い世代が「自分たちが課題解決をやる役割を担っている」と思えないのではないでしょうか。人口構成が逆三角形の中で、若い世代が上の世代とも協力し合いながら課題に対処するというサイクルをつくらなければいけないと思います。
川口:このアンケート調査の回答者属性を見ると、30代までの若い人が10%もなく、それより上の世代の人がいらっしゃいます。日本の若い人は投票率も低いし、社会に貢献というか動かすことに関心を持つ人が少ないことについて我々は危機感を持つべきだろうと思います。どうすればいいかということは、いろいろあると思います。若い人であっても世の中で発言権を持ったり、仕事の場で活躍できたりする仕組みが必要です。
工藤:若い人たちの活力がなかなか感じられない原因はそこにあるという感じがしました。また国際交流基金でインドネシアに赴任している人も同様の意見で、「日本にあまりにも沈滞した雰囲気があるのは、人口構成・高齢化という問題が想像以上に大きいのではないか」と言っていました。
宮本:政治が国民の声に非常に敏感であれば、そういうことを上手に吸収して一つの政策にしていくことができます。古い世代の私たちは、政党には党綱領があり理念があり、さらに理念に基づいて「こういう政策をやります」と国民に約束して、国民は選挙でこれを選択して政権党が決まるという、オーソドックスな政党政治を想像します。インドネシアなど若い国では、それではもう割り切れない政治の世界になってきているのかもしれません。
世の中の漠然とした問題を抽出して、そこに一つの理論的な枠組みを作ることが求められていると思いますが、これは、学者・研究者の方々の役割なのです。しかし、それを怠ってきたため、政治が漂ってしまい、答えを見つけられない、投票しないという状況をつくり上げてしまったのだと思います。そこを改善して、今の政治状況の中で望ましい政治の在り方を考えるのは、政治のプロだけではなく、政治学などを研究する有識者の責任でもあると思います。もちろん、マスコミで政治を一生懸命やっている人たちもそうだと思います。そういう政治のプロたちが、選択肢を国民に与える努力をしなければなりません。漫然と、「もっとしっかり考えなさい」と訴えても、答えはなかなか出てこないのだと思います。
市民一人ひとりが課題解決に向けて動き始めるために
工藤:メディアだけでなく広い意味での言論人の役割が問われてきている気がします。しかしながら、海外に行くと逆の話を良く聞きます。イシューに対処するために、単なる市民運動ではない、市民一人ひとりが本当に課題解決のために行動する、という動きが至るところで見られます。
川口:民主主義型の社会ではそうですし、そうあるべきだと思います。日本という社会を、議論して行動をすることを大切にする社会にしていきたいと思います。議論もして、そして実際にものを動かしていくという社会です。
宮本:世の中のことを考えれば考えるほど危機感が募ります。だからこそ、2015年やるべきことについてはしっかりと成果を出して、これから進むべき道についての議論を活発化させることが重要です。方向性の議論には時間がかかりますが、より議論を活発化させて、より多くの人に参加してもらうことが大切です。それが、2015年の一番大きな課題ではないかと思います。
明石:有権者も日本人であるだけではなくて、アジアの人間であり、世界の一因です。まさにグローバルな視点から、本当の意味での和解を私たちは築くことができるかどうかの境目に立たされている。単なるナショナリズムの衝突ではなくて、それを私たちが超えることができるかどうかが本当に問われていると思いますし、一人ひとりの決意と覚悟にかかっていると思います。
私たちは、武力を行使する世界、こぶしを振り上げる世界ではなくて、理性的で冷静な対話によっていろいろな層の体質や問題などについて、誤解を解いていく義務があるし、その能力もあるはずです。日本人はあまり議論が好きではないようですが、声を荒立てることなく、こぶしを振り上げることなく、また相手を徹底的にやっつけて自分の意見を押し付けるのではなく、やはりお互いが歩み寄り、過去には不幸な時期があったことは認めざるを得ないけれども、どうしてこうしたことが起きたのか、ということをきちんと正面から考える。そして、我々の知っていることの全てがより良い未来、より平和な未来、相互理解に基づいた未来になり得るように、ありとあらゆる機会を利用して、未来に関する方向性を1つにすることが出来るはずだと思います。
工藤:今日は、「2015年の日本に何が問われているのか」という議論を行いました。私も、間違いなく今年は正念場だと考えています。そして、言論NPO自身も問われていると考えています。つまり、議論を大切にしていきながら、課題解決のための仕組みを作るために具体的な行動に移さなければなりません。こうした手間がかかる作業を行う必要があると思いましたし、各国でも同様の思いを持っている人たちがかなりいました。彼らを「世界にもこういう発言がある」と紹介するために日本に連れてきます。そして日本が実践するデモクラシーの動きの中で何が重要なのかを皆さんに感じてもらう企画もつくっていきたいと思っています。言論NPOの今年の挑戦にぜひ期待していただければと思います。皆さん、本日はどうもありがとうございました。
「フォロー」、「いいね!」、「メールアドレスのご登録」をお願いします。
※なお、4月以降は、テキスト全文については会員限定公開となります。あらかじめご了承ください。
言論NPOの会員制度の詳細についてはこちら
2015年2月10日(火)
出演者:
明石康(国際文化会館理事長)
川口順子(明治大学国際総合研究所特任教授)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:アンケートでは、国内の政治の話も聞いたのですが、これも私たちが今年を考える上で非常に重要なテーマだと思います。
安倍政権が、昨年末の総選挙で大勝し、非常に盤石な体制になりました。そこで、今年、安倍政権にとってどのような年になるかを尋ねたところ、「リーダーシップを発揮して、課題解決に向けて着実に動いていく一年になる」と答えた人が27.2%と3割を切りました。しかし、昨年が17.6%だったので、昨年に比べると10ポイントも増えています。それから、「さまざまな問題が表面化し始め、政権運営に黄色信号がともる一年になる」が49.5%で、昨年も52.5%と半数近くあり、多くの人が安倍政権について「うまくいかないのではないか」との見方は変わっていない。「もう赤信号がともっている、かなり厳しいのではないか」との回答は11.5%と、1割くらいの人がかなり悲観的に見ていることになります。
したがって、安倍政権が「着実に課題をこなしていくのではないか」という声が10ポイント増えた一方で、全体的には、安倍政権はあのような大勝をしたにもかかわらず、「課題があまりにも大きすぎて、その課題に十分応えられないのではないか」という評価です。
このあたり、安倍政権のこの1年をどのように見ているか、その理由は何かということをお聞きしたいのですが、宮本さん、どうでしょうか。
安倍政権の真価と同時に日本自身も正念場を迎える
宮本:やはり、民主党政権の混乱を経験した後ですから、安倍政権の成熟した政治を見て、安定感があるということで一定の評価につながったのだと思います。同時に、安倍政権が抱えている課題というのは、今後何十年にも亘っての日本の大きな困難でもあります。それを解決しなければいけないという時期に来ていますが、そういう安定した政権であっても、直面している課題はあまりに大きすぎる。だからこそ、安倍政権に期待をしつつも「本当にやれるのか」とやや懐疑的に見ている評価が多くなったのだと思います。政治というのは、自分で決めた優先度の高い政策を実施し、結果を出すということがすべてですから、安倍政権には、あらゆるものを動員して、ぜひ成果をあげてもらいたい。しかし、困難は大きいと思っています。
川口:昨年末の選挙の結果は、投票率は低かったですが、国民が「安倍政権しかない」と思っていることを表したと思います。宮本さんがおっしゃったように、戦後から今まで課題に手をつけることができなかった大きな理由は、当時の政権が課題を解決するだけの政治的な安定性を持っていなかったことに起因するわけです。しかし今、安倍政権にはその安定性があります。安倍政権も国民の「課題を片付けてください」という期待を分かっていると思います。ですから、今年は、「リーダーシップを発揮して、問題解決をやっていく」という年になると思いますし、その意味で「日本の真価」が問われていると思うのです。「安倍政権の真価」を超えて、日本という国の真価が問われているということです。ですから、何が何でも成功させるということが日本のためであって、これをうまくやらなければ、日本はこれから衰退せざるを得ないだろうと思っています。
日本の課題として急浮上した財政再建と社会保障改革
工藤:確かに、安倍政権の真価というより、日本の正念場であるように感じます。
今回のアンケートで「あなたは、2015年、日本の社会や政治で特に気になっているものは何ですか」という質問をしました。2014年の正月、ダントツに多かったのが「中国・韓国との関係改善」でした。2013年末に安倍首相の靖国参拝もあり、日中関係が最後にギクシャクして年を終えたことに反応して、4割くらいの有識者がそれを最大の関心事項と回答しました。しかし今年はそれが21.1%に半減して、1位になったのは「アベノミクス」でした。「成長戦略が成功できるか」がまさに正念場だという話です。また、それに付随して「財政再建」と「将来を見据えて社会保障が本当に改革できるのか」との回答が増えました。それが、日本の将来を決定づける1つのアジェンダやイシューとして、有識者の意識の中で急に浮上してきたような感じがします
もう1つ増えてきているのが「集団的自衛権を含む安全保障関連の法制の動き」や「憲法改正の動き」で、2割近くになってきています。確かに、川口さんがおっしゃったように、非常に政治的に安定し、いろいろな仕事ができる環境になっているので、その仕事をちゃんとこなしてほしいと有識者は期待しています。同時に「国民の期待とは違う、何か別の仕事をするのではないか」という不安も持たれています。
一方で、日本の野党勢力に対する期待はかなり低い。先日、民主党の代表選が終わり新しい党首が決まりましたが、有識者のアンケートではほとんど期待が見られず、代表選に関心がある人は1%を切っています。日本のデモクラシーを考えると、野党の存在感が乏しいことに関しては懸念を抱いています。そして、「メディアの報道姿勢」について言及する人も10%を超えてきています。
これらが、有識者が今年について考えていることなのですが、これについてのお考えについて、宮本さんからお願いします。
宮本:有識者の方々の「財政再建や社会保障改革に、今きちんと手をつけておかないと、将来の日本にとって厳しい状況になる」という強い危機感が浮き彫りになった結果だと思います。ただ、アンケートでは「今年の考えるべき重点課題」ということが中心になっていますので、現在、日本を取り巻いている構造的に大きな問題については聞けていません。例えば、中国の問題が大騒ぎされていますが、それは中国が地政学的にアメリカの地位に挑戦しているからです。これは本質的な地殻変動を伴うことですから、非常に大きな懸念事項だと思います。
それから、日本の民主主義を強化していく基本はやはり政治だと思いますが、その政治をより強いものにするためには、野党がしっかりしないといけません。民主党の代表選に対して0.7%と、ほとんどの人が関心を示していません。それは、民主党が2012年に選挙で敗北してから今日まで何もやってこなかった結果だと思います。普通、選挙に負ければ自己改革を行い、目に見える変化を見せて、「国民の皆さん、どうですか」と問いかけるはずが、その変化がまったくなかったとことに対する大きな失望の表れではないでしょうか。そうした失望が、民主党に対する失望を超えて、日本の政治に対する失望になってしまってはいけない。国民が政治を見捨てれば、その厳しい結果を引き受けるのは、最後はすべて国民です。どのような状況になっても、国民はそこから目をそらしてはいけない。そういう問題に直面したら国民が自ら発信をして、政治に対する注文をつけるべきだと思います。
川口:有識者が挙げられている問題の中で、「財政再建」と「社会保障の今後のあり方」は二つとも大きな問題です。ただ、私は、アベノミクスの第3の矢の成功が一番重要だと思います。それが成功できれば、財政再建の問題と社会保障の問題も解決の方向へ一歩前に進むことになると思うので、その優先順位を間違えてはいけません。
そして、アベノミクスの第三の矢が成功するかは、非製造業を含めて産業界の生産性を上げ、利益や富を生み出していけるかにかかっています。私が気になっているのは、このアンケート調査の有識者の答えの中で、そこについての問題意識が見えないことです。今年のダボス会議で挙がっているテーマの一つが「イノベーションと産業」です。世界のテーマとして挙がっていることについて、ここで問題意識が見えないということに1つ危惧があります。
工藤: アンケートでは、今回初めて、世界の課題に対する日本の有識者の考えを聞きました。世界では、政府に対してだけでなく、個人や様々な機関に問いかけるアジェンダ設定が行われています。そこで、外交問題評議会が言論NPOに対して質問してきている項目を、有識者にも聞きました。
日本の有識者はこの設問の中で、57.5%が「テロ」の問題が一番気になっていると答えました。そして、ちょっと差がありますが、「南シナ海・東シナ海での中国と周辺国との対立」が33.3%で続きます。それから「TPP」「アメリカの利上げ」という問題、それから国際的な課題である「気候変動」とか「WHOの問題」という話になるのですが、この結果はどうでしょうか。宮本さんからお願いします。
今、「国家」というものが問われ始めた
宮本:テロの動向に皆さんが強い関心を持たれているのは、最近のテロの動きが顕著なことからよく分かります。ただ、この問題も、世界の構造的な変化の中にあるということです。すなわち、19世紀に民族と国家を1つに結びつけて「国家」という単位で国際社会を構成しようという流れができました。ところが、現在、国家そのものを形成できないところが出てきました。アフリカもそうですし、イスラム国もそうです。つまり、従来の延長線上で国家を構成してきた枠組みが根本的に問われ始めたのです。自分の意向を表すときに他に手段がなく、テロに訴えるというのはあり得る話だと思います。この時代、原因は様々あることからこれを根絶するというのは非常に難しい。しかしそれをコントロールするのはやはり国家だと思いますし、今、改めて「国家」というものが、問われ始めていると感じます。
それから、東シナ海での中国と周辺国の対立については、安定化していく流れがありますので、おそらく来年の調査ではもう少し関心度が低くなるのではないでしょうか。
工藤:「国家」というものが未成熟なためにガバナンスが形成されておらず、いろいろな問題が生じている。国家間の政府間協議の中でも、グローバルな様々な課題に対して答えを出せていない。川口さんは外務大臣をされた経験があればそういう問題を痛感されていたのではないかと思うのですがどうでしょうか。
川口:宮本さんのおっしゃる通り、様々な側面での全体的なガバナンスがなくなってきています。「国家への不信感」、「ナショナリズムの高まり」、「テロリズム」。それらはまさに、本来国家が与えるべきガバナンスを与えておらず、国民が裏切られた、と感じていることが背景にあると思います。同時に、ヨーロッパでは、大変な反EU感情が起こっています。だから、国家を超えるガバナンスについても、不信感が募ってきているというわけです。これまで平和と安定をもたらしてきた戦後体制が、現在の問題に十分に応えられているか再び問い直さなければいけない時期に来ていると思います。
国際社会の中で、日本らしい立ち位置で役割を果たしていくことが必要に
明石:世界の問題を見た場合に、イスラム国をめぐる問題が挙げられます。これは不幸なことに、日本人2人の人質の悲劇があったので、日本人の心にも深く刻まれたと思います。
イスラムにおける過激派の問題ですが、確かにイスラム国ないしはアルカイダのテロリズムというのが、欧米社会に大きな影響を与えています。今年になって日本もシリアとイラクの両方の問題に深く関わらざるを得なくなりました。イスラム国によるテロが現代文明そのものに対する挑戦ですから、日本も経済、文化、その他の形で関係せざるを得なくなったということを認めた年になると思います。
国連もテロリズムの問題については、かなり前から関わっています。国際社会はテロの定義さえもできていませんが、国連の前事務総長のコフィー・アナンが、「テロは目的如何に関わらず非人道的な、市民を巻き込む暴力の行使ということで、手段を択ばない過酷で非人間的な政治的動きとして、目的如何に関わらず許されない、使ってはいけない手段を使う運動である」と考えて国際社会に彼なりの定義を突きつけた。こうしたテロは私自身が関係したスリランカの反政府勢力である、LTT(タミール解放の虎)も使ったわけですし、イスラム国だけの問題ではなく、テロは問答無用に起こるわけです。テロリズムというのは中東以外にもあるし、イスラム国はそのもっとも悪い例だと思いますが、今始まったことではありません。
こうした不幸な動きが強くなっているのは、冷戦が終わった90年代から激しくなってくる一方で、国と国との紛争は少なくなってきています。国内でいろいろな対立的な思想が激しくなって、民族間や部族間の宗教観の対立がこうしたテロリズムを生み出しているのです。これは反西欧的な動きに基づいている場合もあるし、移民が世界中に、特に西欧社会に広がり、経済的にも恵まれず、いろいろな格差と偏見の中で2流、3流の市民として生きざるを得ない人たちの1つの表現とも考えられます。そうした要因があるなら、マクロの経済社会の改革も私たちは迫られています。しかし、ここ最近は何よりもイスラム教の教えをきちんとした形ではなく、極めて極端で偏狭な形で捉えた動きが出てきている。これに対して、みんなで力を合わせて毅然と対処する。その中に日本も日本らしい立ち位置で入っていこうとするスタンスが出来つつある、という意味では画期的な70年の大きな動きだと思います。
工藤:現状、イスラム国は領域を支配するという新しい段階に至っています。つまり国家が混乱している空白地帯にぽっと出て、地域を抑えている。それはもう排除するしかないわけですよね。そういう意味では、国家のガバナンスがかなり崩れているところが利用されている、ということが大きい気がするのですが、いかがでしょうか。
明石:この前、国連PKO担当事務次長のラドスースが日本に来ていて話をしました。その時、言っていたことは、2000年に提出された国連の極めて重要なブラヒミ報告から15年になるので、15年の時点で国連がこれからどのようなチャレンジを行っていくのか、ということについて新しいパネルができ、東ティモールの元大統領、ジョゼ・ラモス=ホルタが議長として訪日するということでした。私も、約4時間にわたって、専門家と一緒に彼らのグループと会いましたが、国連も今までのようなPKO活動では、中東とアフリカに関してはとてもやっていけない、という認識でした。国家と国家の機能を果たしえないような破綻国家、不安定な国家がもう20前後も出現している。こうした状況で国連はどのような新しいやり方で対応していくのか。PKOも今までの小型武器では対応できなくなっているし、かといって国連の限界をきちんとわきまえながら、必要最小限の力で何とか解決しなくてはいけない状況です。そのような中、彼らが日本に期待していることは後方支援であり、人道支援であり、日本の高い水準の科学技術を利用して、他の国の軍を国連の傘下に運送してくれるだろうか、ということでした。日本も自分のやれること、自分の果たし得る役割をきちんと国際社会にまた国連に説明する次元に立っていると思います。
より平和でより相互信頼に基づいた世界を築けるか
工藤:国家が破たんしていろいろなテロが国境を越えて支配する、ということは新しい現象なのですか。
明石:冷戦が終わった時点をいつに見るかにもよりますが、ベルリンの壁が崩壊して東ドイツと西ドイツが一緒になった時からポスト冷戦期が始まった。それとほぼ同時期に、イラクでサダム・フセイン政権によるクルド族の迫害があった。あのころが1つの目安だと思います。また、コンゴ民主共和国がガタガタし始めたのは、お隣のルワンダでフツ族によるツチ族の大量虐殺が行われ、約80万人の命が奪われた頃です。そのとばっちりがコンゴ民主共和国の東部地域に広がり、いまや国連PKOは国家や正規軍を対象とするだけではなく、非正規軍、部族の勢力、そして犯罪分子までも対象としなければいけなくなった。1990年代の10年間と、2000年代の4年ないしは5年、つまり15、16年の間に広がったとみていいのではないでしょうか。
また、北東アジアの場合はポスト冷戦という面もありますが、冷戦期のマイナスの遺産がごろごろしているのが現状だと思います。北朝鮮のようにわからずやの国がありますし、国民の生活が犠牲にされて、国際社会の支援でもってかろうじて生きながらえている国、そして朝鮮半島では38度線により国家分裂が現に存在します。それから中国をみても、まだ台湾という、中国と一線を画した存在があります。中国と台湾がああいう形で存在することになったのは、アメリカの第七艦隊が朝鮮戦争後に台湾海峡に配備されるようになったからで、そういう意味では冷戦の後を引いています。北東アジアという地域は、ある意味で冷戦時代のマイナスの遺産を一番たっぷり継承せざるを得なかった不幸な地域だと言っていいと思います。
工藤:新しい年、こうした問題を解決していくような方向になっていくのでしょうか。
明石:ぜひ、それを期待したいと思います。ただ政策判断を間違えた指導者が出てきて、歴史の針を過去に戻すことになりかねないので、今年、安倍政権が出すだろう70年の安倍談話がどのような内容のものになるのか、私たち日本人も期待と懸念の両方を持って、待っているわけです。そして、中国や韓国、東南アジア、そしてアメリカでさえも安倍さんに示してほしいスタンスがあるわけです。それに沿えるような歴史的にプラスになるようなもの、日本人が誇りにするだけではなくて世界にとってより望ましく、より平和でより相互信頼に基づいた世界を築けるかどうかの境目にあると思います。