2月13日(金)放送の言論スタジオでは、山田久氏(日本総合研究所調査部長)、鈴木準氏(大和総研主席研究員)、小幡績氏(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)をゲストにお迎えし、「アベノミクスの成功と財政再建にどのようにめどをつけるのか」と題して議論が行われました。
足並みが乱れてきた日銀と安倍政権
冒頭では、今回の議論に先立って行われたアンケートの結果を踏まえ、現状分析も含めた議論がなされました。山田氏は、まず2015年の政治経済問題で特に注目するものとして回答が多かった「アベノミクス」「日本の財政再建」「将来に向けた社会保障制度改革」については同意見である旨を述べた上で、デフレを脱している兆候があり危機的状況は遠のいたが、2014年の選挙前に消費増税を先送りした影響で3つのテーマへの関心が再び高まったのではないかと分析。鈴木氏は、昨年12月に甘利経済産業大臣が提出したペーパーに触れながら、経済の循環と財政再建を両立させる取り組みをアジェンダセッティングしていたのは評価できるとしたが、日銀が国債を大量に買うことで財政を支えている状況に慣れてはいけないと警鐘を鳴らしました。最後に小幡氏は、2%の物価上昇率を堅持する日銀と経済成長で安堵する安倍政権の思惑にずれが生じていると述べるとともに、2015年は国内的な経済の危機は生じないだろうと指摘しました。
またアベノミクスの課題に議論が移ると、山田氏は「金融政策のみで物価上昇が難しい現在、本格的な成長戦略や財政再建に軌道修正できるかが重要」などと語りました。鈴木氏は「生産性を向上させる第3の矢はまだ時間がかかる」と述べた上で、「単純な物価上昇からのインフレではなく、実質賃金・名目賃金が上昇してインフレになるという成長戦略に移行する必要がある」と強調。小幡氏は、「ポピュリズム的な財政出動や消費税先送りをしただけで成長戦略の第3の矢はなかった」という評価が海外投資家の一部であることを紹介しました。
続いて、日銀と政府の足並みの乱れについて議論が進みました。3氏は、「日銀と政府の足並みの乱れは原油安や円安の影響を受けている」ことに同意見でありながら、特に山田氏は「短期的に物価2%の上昇を守る必要のなくなった政府に日銀がついてきていない。日銀も長期的な目標に移行すればよい」と語り、鈴木氏は「消費増税による安定的な財源の確保に裏付けされた金融緩和を行うという日銀のシナリオに陰りが生じている」と主張。そして小幡氏は「原油安の状態で日銀が無理に金融緩和をしてインフレに戻す必要はないものの、デフレマインドからの脱却には成功した」とそれぞれの視点を述べました。
また、「経済の循環」をどのように引き起こすかに話が及ぶと、小幡氏は「経済は一度回り始めれば自動的に回り続けるものではない」と主張し、「各企業の生産性の向上や優秀な人的資源を適切に配置して、賃金を上げていくことの積み重ねが経済を作り上げる」と主張。また山田氏は「労使が主体となって賃金や規制緩和を行うべき」だと話し、これに対して鈴木氏は、「生産性の向上なく名目賃金を上げてしまえば、企業の利益の減少をまねき株価を下げてしまう」ことから、「パイを増やすことが重要で、岩盤規制といわれる農業分野や医療分野に切り込めるかが問題」だと課題を浮き彫りにしました。
2015年度の予算案をどう評価するか
次に、政府が目標にしている財政再建という観点から2015年度の予算案をどう評価するかの問いかけに、鈴木氏は、「今年に関しては地方創生が掲げられたこともあり、地方向けの財政が多くなっている。社会保障と並んで地方財政の拡大が目立つ予算だ」と特徴を説明しました。小幡氏は、「税収が増えても大きな無駄遣いはなくマスでは国債発行額を減らしていて、思ったほど無駄遣いしていない」と述べた上で、「ただ財政再建という長期的な問題は何も解決していない」と評価。山田氏は、「特に増加する社会保障分野は、受益と負担のリンケージを国民に明確に示し、消費増税を受け入れてもらわなければならない」と主張し、その動きが見えない2015年度の予算案は「中長期の視点を欠く」と語りました。
財政健全化目標と消費増税の行方
そして、議論は安倍政権が約束している今夏に出される「2020年度の財政健全化目標」の達成に向けた計画について議論が及びました。3氏は、安倍総理が約束したように「夏までには何らかの方向性を打ち出すだろう」と同意した上で、鈴木氏は「ある改革をやればどのくらい収支改善に寄与するかの影響を細かく試算して、さらに消費税を10%に上げた後の議論も深めなければ信憑性のあるプランにはならない」と強調しました。小幡氏は、「経済成長が順調に進んでも達成が難しい」との内閣府の試算結果を紹介し、「2017年には消費増税と金融引き締めが同時に起こる山場がくる可能性があるため、健全化達成についても絶望的」と厳しい評価を下しました。
最後に、消費増税に関する活発な意見交換が行われました。
山田氏は、「消費の絶対額が多い富裕層から集めた税を、社会保障として国民に再分配しているだけなので、中長期で見れば景気には中立である」からこそ「北欧のように、社会保障と税の負担と受益の関係を国民に理解してもらえば、消費増税にも納得できる」と主張しました。これに対し小幡氏は「日本の社会保障は政府の空約束の側面があって、足りない分を増税で賄おうとしている。そうであるなら、国民の実感や認識は絶対に得られない」と反論。これに対して、山田氏は「北欧の社会保障制度のように、子育てや労働政策など現役世代への投資を増やし、納得してもらうしかない」と答えるなど、密度の濃い対話がなされました。
最後に、司会の工藤は、今回の議論を振り返り、「結局、日本の構造をどのように変えて、どんな社会を目指すのか、そして政府はそのためにどういう役割を果たすのかが見えてきていない。政府はある目的のために何を実現するのか、そしてどうやって進めるのか、という課題解決型の論争を進める段階にならないといけない」とし、今年、言論NPOは課題解決型の議論を行っていく決意を語り、議論を締めくくりました。
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工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。いよいよ2015年の日本の様々な課題について具体的に議論を開始したいと思います。今回は第1回目として、経済問題について議論したいと思います。先日2015年度予算が閣議決定されて国会に提出されています。今年はアベノミクスの成功と同時に、財政再建にどのように目処をつけるかが大きな課題となっています。この予算の中でその道筋が見えるのかも含めて、日本の経済の状況と今後の展開について皆さんと議論したいと思います。今日のゲストは、日本総合研究所調査部長の山田久さん、大和総研主席研究員の鈴木準さん、そして慶應義塾大学大学院准教授の小幡績さんです。よろしくお願いします。
まず私たちは年明けに「2015年の日本がどうなるか」と題して行ったアンケート結果を公表しました。有識者およそ300人に回答をいただきました。その回答について皆さんがどう考えるかについて伺いたいと思います。
まず2015年の日本をとりまく政治経済そして社会問題で、特に関心を持つことを尋ねたところ、今年はやはりアベノミクスへの関心が再燃しました。「安倍政権の成長戦略が成功できるか」が37.6%で、特に気になっていることの中で最多となりました。そして注目すべきは、「日本の財政再建」と「将来を見据えた社会保障制度の改革」を、2015年の関心事だとする回答が、それぞれ10ポイントずつ増えて、日本の財政再建は33.7%、将来を見据えた社会保障制度の改革は29.7%になりました。つまり「アベノミクスの成長戦略が成功するかどうか」と同時に「財政再建」と「社会保障」が、有識者層の中でも争点になってきています。
そして2015年の安倍政権はどうなるかということも尋ねました。これに対しては、様々な問題が表面化して、黄色信号・赤信号が灯るという回答がかなり多いです。日本の有識者というのはネガティブに考える傾向が強いとはいえ、今年も6割くらいの有識者がこのように答えたのは注意する必要があります。
また、私が驚いたのは、「安倍政権がリーダーシップを発揮して課題解決に向けて着実に動いていく」という回答が27.2%ということで去年と比べて10ポイントくらい増えている。安倍政権が先程申し上げた課題に上手く対応することを期待したいという声があるということです。こうした2つの傾向を踏まえて、経済分野での関心事について伺います。山田さんはどうでしょうか。
有識者の2015年の関心事は「成長戦略」、「財政再建」、「社会保障」
山田:私もまさに「成長戦略」、「財政再建」、「社会保障」の3つのテーマに関心があります。実は安倍政権が発足する以前、民主党時代の菅政権の時に、「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」と言っていました。いろいろな評価はありますが、アベノミクスの金融政策や財政政策によって、デフレ脱却の傾向が見られます。危機的状況から少しは先が見えてきたことで、もともと日本が抱えている大きな問題に再び注目が集まっているのではないでしょうか。
また、2014年の衆院選の前に消費増税を先送りしたことで、今回財政再建と社会保障を関心事に挙げる人が増えたのだと思います。このままで財政再建はできるのか、前提となる社会保障の持続可能性に注目が集まる状況だと思います。
工藤:財政の悪化や社会保障費の急増がこのまま続き、日本経済が厳しい局面に直面するのではないかという懸念があり、今年は夏までに、2020年までにプライマリーバランスの黒字化を目指すための財政再建プランを、安倍政権が提出するという計画があります。せっぱつまった段階にきているという認識もあるかと思いますが、鈴木さんいかがでしょう。
鈴木:昨年12月末の最後の経済財政諮問会議で、甘利大臣がペーパーを出しました。そこでは、「経済の好循環の強化」と「経済再生と財政再建を両立させる取り組み」の2つがアジェンダセッティングされたのですが、これは正しい課題設定だと思います。今回の言論NPOのアンケートの結果では、「日銀が大量に国債を買う状況が長く続くだけではないか」ということや、あるいは「そうした仕組みはいずれ破たんするのではないか」という懸念が表れているのが特徴で、一応はそうした疑問に向き合うものになっていると思います。
2015年の課題としては、まず消費税率の引上げを先送りにした影響が挙げられます。私自身は先送りには反対でしたが、首相のリーダーシップで決めたことという前提で考えるしかありません。今年の夏までに新しい財政再建計画を策定することに取り組むと言っていますが、よほど具体的なものでなければ財政再建の実現性について信頼されないでしょう。
さらに挙げられるのは「デフレ脱却ができるか」、そして「経済の好循環が達成できるか」ということと財政再建の関係です。財政運営という点だけで言えば、現状の低金利は好ましいことですが、現在は日銀が大量に国債を買うことで異常な低金利が実現していて、マーケットの機能が損なわれている状況になっています。今後、デフレを脱却したときに財政再建をやっていなければ、金利上昇を伴う出口政策には向かえません。一方で、まだまだデフレから脱却できないということになると、日銀はさらに国債を買わなければならないかもしれない。少なくともこれから80兆円買うと日銀は言っています。しかし27年度の予算を見ると37兆円の新規財源債ですし、財投債などと合わせても、どこまで国債を買い続けられるかという技術的な制約も考えられます。デフレ脱却を実現できず、日銀が国債を大量に買って財政を支えているので、「財政再建しなくても大丈夫だ」という状況に慣れてしまうのが最悪です。この財政と金融の相互に影響し合う問題にきちんと対応するには、今後のインフレ目標と財政健全化計画をどうするのが望ましいかを議論しなくてはなりませんが、今回のアンケートでは、そこが不透明だという有識者の問題意識が明らかになっているように思います。
足並みが乱れてきた日銀と安倍政権
工藤:小幡さんは、アベノミクスと財政再建の展開について、どうお考えでしょうか。
小幡:今年は大きな展開はないのではないでしょうか。経済の問題も危機は顕在化しないでしょう。消費税を先送りして国内的に逃げ切ったように、危機を先送りして乗り切ると思います。しかし、2016年には危機が訪れると思いますので、2015年は嵐の前の静けさではないでしょうか。この20年間、財政、社会保障はずっと問題でした。それは逆に言えば現在は大した問題がないということを意味しているのではないでしょうか。
ただ唯一問題を挙げるとすれば、黒田日銀と安倍政権のずれが出てきていることです。日銀はとにかく2%の物価上昇を達成するため、昨年10月に金融緩和を行いました。しかし、官邸サイドでは2%の物価上昇という無理はもうしなくてもいい、と思ってきている。これは妥当な判断だと思いますが、黒田日銀にとっては梯子を外された雰囲気があります。このことが日銀の空回りをもたらし、日銀の暴走を招くこともあるかもしれません。それが2015年に早めに顕在化する可能性はないわけではないと思います。
工藤:今回のアンケートでは、「アベノミクスと財政再建の見通しをどのように考えていますか」と尋ねました。すると「アベノミクスの成功で経済は成長し財政再建の環境が整う」という回答は、6.8%で1割もありませんでした。その代わりに、現在のアベノミクスは財政を日銀が実質的にファイナンスしている中で金利を下げているという構造がありますが、それが実際に破たんするのではないかと懸念する声が半数近くの43.0%もありました。また、破たんまではしなくとも現在の状況が長期化するとの回答が37.6%ですから、合わせると財政再建に対して厳しい見通しをしている有識者は8割にも上ります。有識者はアベノミクスを支えている構造を理解してはいるものの、どのように出口戦略をたてるかの見通しが持てていないと感じている人が多いというのが状況だと思います。また、安倍さんのリーダーシップを期待する人もいる一方で、不安に思っている人もいる。この結果はどうでしょうか。
山田:アベノミクスには、様々な要素が入り混じっています。もともと安倍政権が成立したときには、リフレ政策を大きく打ち出していました。しかし実際はリフレ派の考えと成長戦略や財政再建を重視する構造改革派の2つの考えが混然一体となっていると思います。ある時にリフレ派が強い、またあるときには構造改革派が強い、というのを行き来してきた。仮に原油の値段が上がっている状況では、2%の物価目標は達成できたかもしれません。しかし世界の状況が変わり、金融政策だけでインフレを達成するのが難しくなっている。小幡先生が先程述べられたように、政権の中でも軌道修正があったのではないでしょうか。いま本格的に成長政略や財政再建の方に移れるかの岐路に立っていると思います。
工藤:今までのアベノミクスのストーリーでは、第1の矢と第2の矢を実行しているうちに第3の矢がきちんと動き、そして経済の循環と転換が達成されると説明されていましたが、第3の矢は政策効果的に時間がかかると思います。第1の矢と第2の矢、つまり金融政策と財政政策のみが支える構造が長期化するのでしょうか。第3の矢をどのように考えればいいのでしょうか。
実質・名目賃金が上がり、インフレになるための成長戦略
鈴木:第3の矢は、生産性を上げるという話なので時間がかかることをもともと認識しておく必要があります。アンケートに回答した有識者の気持ちを解釈すると、インフレ目標について正当さと穏当さを求めているのではないでしょうか。つまり、円安やエネルギー価格の影響によるコスト高でインフレになるのではなく、きちんと生産性を上げて実質賃金を上げ、それによって名目賃金が上がって、安定的なインフレになるのが望ましい。これを目指すのが正しい成長戦略です。
そして、2%のCPIを目指すとすれば3%や4%の賃金上昇がないと実現しないと思います。今後、成長戦略が上手くいった場合の賃金・物価を考えれば、例えば1%でも安定的な物価上昇が実現できれば、これは見事なデフレ脱却と言えるでしょう。アンケートに回答した有識者は、2%の物価目標に拘泥して日銀が国債をどんどん買っても期待した状況にはならないということを懸念しているのではないでしょうか。
工藤:日銀の黒田さんの発言と、実際の期待が食い違ってきているのでしょうか。
小幡:そもそも一部の海外投資家の間では、第3の矢はなかったというコンセンサスになっています。アベノミクスとクロダノミクス、金融緩和だけ大きく実行して、財政に関してはポピュリズム的に財政出動や消費税を先送りしただけではないでしょうか。だから金融政策が上手くいっている間は大丈夫ですが、効かなくなれば終わりです。海外のマーケットにとっては、経済が盛り上がればいいので、追加で金融緩和があるのかを気にしていますが、官邸はマーケットだけをみているのではありません。だから経済の雰囲気がよくなったからとにかく逃げ切ろうということで、今までもやる気はないですし、これからもやる気がないですし、リップサービス以上はないという見方です。
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工藤:去年の消費税の先送りの際の金融緩和を含めて、政府と日銀は足並みがずれているとの意見もありますが、それはどのように修正できるのかについてお尋ねします。
政府と日銀の足並みのズレは修正できるのか
山田:財政再建を強化せずに追加緩和を行うと、マネタリーゼーションのリスクが高まりますので、消費増税の実施が必要だと普通は考えますが、結果的に先送りしました。そこでは、日銀と政府の協調が当初考えられた通りには動いていないのだと思います。
さらにもう1つ客観的な状況変化として、原油価格が非常に下がっています。先ほど申した通り、原油価格がコンスタントに上がっている状況だと、2%の物価目標は達成できたかもしれませんが、それが難しくなってきている。また円安がかなり進み、円安のデメリットも出てきている。だから政府自体もその状況変化に合わせて、円安の誘導などであえて2%を達成することに乗り気ではなくなっている。環境が大きく変わっているわけですから、日銀もあえて2%を短期に達成する必要性はなくなってきているし、政府として必ずしも短期にやる必要はないと考え始めている。だから状況を見ながら、2%の目標を短期的ではなく長期的な目標にしていく必要があると思います。そうすると追加緩和の必要もなくなるというシナリオが、今の原油安が続けば、今年中には見えてくる可能性があると思います。そうやっていかなければ、政府と日銀の間の関係を立て直すことは難しいと思います。
工藤:小幡さんは今の話をどうお聞きになりましたか。
小幡:やはり日銀は、物価上昇率2%の達成のために2014年の10月末にも追加緩和をしましたし、それ以後も2%早期達成に向けて今年来年と全力でやっていく気でいます。ただ政府としては、経済も回復基調で原油安もある、さらに円安デメリットも見えてきたので、この辺りで落ち着こうと考えている。政府は財政再建にも熱心に取り組んでおらず、成長戦略もはかばかしくありません。日銀だけが言われた通り全力でやっているのに、梯子を外されました。
ただ状況判断としては政府の判断が正しいと思います。原油安なので無理に金融緩和を行ってインフレに戻す必要もありません。日銀は身を切って劇薬的な政策を実行して、リスクもあるが効果があればいいだろうと考えていた。しかし、日銀も自分が身を切ってリスクをとったのにもかかわらず、勝手に取り残されてしまった。ここで黒田さんが冷静に政府に合わせるかが問われています。ただかなり強く打ち出した政策なので、ひっこめるのが難しい面もあるでしょう。
工藤:鈴木さんはどのようにお考えでしょうか。
鈴木:現在の量的質的緩和を始める少し前、2013年1月に政府と日銀は共同声明を発表しています。あの共同声明は、日銀と政府がそれぞれ何をやるか、ということが書かれていて、特に政府は財政健全化を進めると書かれています。したがって日銀としては、政府が消費税率を上げていく中で、デフレ脱却を目指すシナリオを描いていたと思います。
物価目標が達成できてもできなくても、金融政策にとっては財政健全化の政策が絶対に必要です。なぜかというと仮に物価目標を達成すれば国債の買い入れを止めるわけですから、その時、財政健全化の目標がきちんと存在し、機能していなければ大変なことになるわけです。他方、仮に物価目標がなかなか達成できず、さらに国債購入を強化していくとすれば、どんな価格であろうが日銀は国債を買う必要がありますので、やはり財政健全化を十分に進めている状況でなければなりません。物価の動向を見ると、安定的といえる状況にはなっていません。円安や原油価格の乱高下があり、企業や家計が物価に煩わされている状況にありますから、それでなくとも第1の矢は非常に難しい正念場を迎えていると言えます。
2%の物価目標にこだわらず、長期的な目標にどう転換していけるか
工藤:今の話では、経済の好循環はまだ始まってはいないということですね。マーケットはこういう状況を理解していると思いますが、何を期待しているのでしょうか。
先程、小幡さんは、追加緩和を期待していると指摘していましたがいかがでしょうか。
小幡:海外短期市場は、追加緩和を待っていると思います。ただマーケットを観察すると、世界的に波乱含みでアメリカの株は大きく上下しますが、それに比べて日本の株の特徴は、アメリカが下がってもそこまで下がらずすぐに反発するという現象があります。マーケットの解釈としては、日銀とGPIFで買っているのではないかという見方もあります。つまり、短期的には追加緩和、中期的には日銀とGPIFが株を直接買ってくれる。本当に政策依存の薬漬けのようになっています。マーケットは短期にしか期待しないので、長期保有の投資家は撤退するか、あるいは買うチャンスを見計らって落ち着こうとする向きもあると思います。
工藤:山田さん、今の話では、アベノミクスは上手くいっていないのではないでしょうか。
山田:確かに金融政策は効果があるのか疑問がありますが、かつて円高基調が続いていた状況は変わりました。日銀が一方で副作用を持つ劇薬的な政策を行っていて、今回それを基点にして政府主導の賃上げをやっています。これも本来は良くないことですが、20年間賃金が下がっているという状況では、政府が政労使会議を開いて、賃上げを引き上げるということも一種の必要悪であると思います。その意味で、デフレ脱却の可能性が出てきていると思います。したがって、過度に物価上昇率2%にこだわらずに、少なくともマイナスにならずできれば1%ぐらいで定着する形を目指す必要があると思います。
過去の分析をしても、安定的にデフレ脱却するためには賃金が上がる必要があります。このメカニズムを継続していけば、道があると思います。本当であれば財政再建は2020年度までにプライマリーバランスを黒字にできることが望ましいですが、最大の財政危機が起こる引き金は、経常収支が構造的に赤字になるときだと思います。その場合、ヨーロッパもそうでしたが、何か大きな事態が起こった時には金利がはねます。しかし、現在の原油安が続けば、結果的には経常収支の黒字がしばらく残る可能性が出てきます。そうすると過度に急ぐわけではなく、1%ぐらいのインフレを前提に、賃金を着実に上げていくことでよい。それと財政再建のための社会保障と税の本来の在り方を取り戻さなければだめだと思います。
工藤:金融緩和のドライブをかけて2%を堅持しなくても、長期的に1%くらいを目指す流れでやっていけばいいのではという見方ですが、鈴木さんどうでしょうか。
鈴木:最終的に重要な問題はきちんとパイが拡大しているかだと思います。例えば生産性、つまり実質賃金が上がっていないのに名目賃金を上げてしまえば、企業の利益が減って株価が下がります。あるいは法人税率を下げたとしても、企業の利益が増えていなければ政府の取り分が減って財政赤字が拡大するだけです。番組の冒頭で、安倍政権のリーダーシップに対する評価が上がっているというアンケート結果がありましたが、それはパイを増やさなければならないということへの取組みへの評価である可能性があるでしょう。つまり、好意的に捉えると、安倍政権は歴代の内閣でできなかった岩盤規制、例えば農業、医療、労働の分野の構造改革に取り組み始めています。また、最近の政策ペーパーを見ていると、政府の歳出領域の見直しや、公的分野の産業化という言葉が出てきていて、財政再建を経済成長戦略と組み合わせるという新しい発想も出てきています。今年の前半にどう議論が膨らみ、どう実現されていくのか注目しています。
工藤:要するに今までは2%の物価上昇でいろいろな循環が起こる想定がありましたが、それが一度には動かなくても少しずついいという見方に大きく転換が始まった、という理解でいいのでしょうか。
小幡:おっしゃる通りです。日銀だけがこの変化についていけない状況で、要は日銀の金融政策は劇薬ですが、デフレマインド、縮小均衡、悲観均衡から抜け出させることに成功はしました。この意味で、クロダノミクスは大成功しています。それをここで終わらせればいいわけです。2%でも1%でも動き始めれば、最適な数字になります。アメリカも2%が目標ですが、物価水準が1%台にあるにもかかわらず、出口に向かい金利も上げる方向に向かっている。日銀も同じでいいと思いますよ。ただ最初の劇薬である黒田バズーカを打つ時にあまりにも2%を強調したために、そこからの修正が遅れている。政府ですらももういいと思っているのだから、日銀も出口戦略に向かえばいい。完全に金利を上げる必要もなく、2%が難しくても景気さえよければいいので、軌道修正するだけで本来であれば簡単です。日本経済自体が壊れるような状態ではない。原油安の分、去年よりは景気は良くなると思います。要はそんなに危機ではないからこそ、ここで日銀が手じまいするということに尽きると思います。
アベノミクスによる経済の循環は始まっているのか
工藤:日銀は量的緩和を実施するときに、経済の波及についてのメカニズムを説明していました。実質的な経済の循環は始まったのでしょうか。
小幡:循環だけが経済ではありません。一度ぐるぐる回せば勢いで回っていくイメージがありすぎますが違います。もちろん萎縮している状態は望ましくないので、そこから解き放つのは必要です。ただ各企業が生産性を上げる、労働者も人的投資を行って良い労働者になる、その結果として賃金が上がっていく。そうした積み重ねが経済なのだから、好循環ということとは関係ない。
工藤:その積み重ねを好循環と言っているのではないでしょうか。
小幡:アベノミクスによって経済の流れが正常化したとは思います。一方で、地方の弱体化とか新産業への移行の遅れなどの構造的問題はあります。だから一発逆転のような政策はもはや必要ありません。
工藤:鈴木さんは、循環の兆しはあるけれどもまだ本物になってはいないとおっしゃっていましたが、どうでしょうか。
鈴木:2014年の前半は、消費税で攪乱されましたが、2014年8月を底にして景気は回復してきています。しかし企業の設備投資は十分に出ていません。設備投資の停滞が続けば生産性は上がりません。
工藤:生産性の状況は変わっていないということですね。過度の悲観的な状況からは正常化したかもしれないが、経済の実態的な動きをみると大きな展開が始まっているわけではないということでしょうか。
次に、労働市場に関しては、政府がお願いしている影響で派遣や残業代は少しずつ上がってきているけれども、きちんとした循環にはまだなっていないのではないでしょうか。
山田:縮小していた雰囲気からは持ち上がってきました。ただ潜在成長率がリーマンショック以前は1%でしたが、リーマンショック以後に低下し、今ではほとんどゼロに近い状況です。成長戦略でそこを上げていかなければなりません。もともと潜在的な成長力が高くなければ、好循環のメカニズムが加速することはありません。そこが大きな課題になっているのではないでしょうか。賃金の引き上げと生産性の引き上げの循環の歯車を少しずつ回していくことが最大のテーマになると思います。
こうした歯車を回していくのは本来、労使です。労働規制緩和などの流動化も政府ではできないので本当は労使で決めるべきです。但し、政府が間に入ってやることはあります。ただ逆に言うと労使がこれまでのように雇用維持と引き換えに賃金を下げてもいいという発想ではなく、ある程度の流動化も受け入れて前向きに動いていく。そのかわり企業も働き手が次の仕事に移るために実質的に支援をしていく。その足りないところを政府がやるというそこの発想の転換が今はまだできていません。
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工藤:次は、財政再建の問題に移ります。これに向けて安倍政権は今年計画を作ることを約束しています。その手がかりとして、2015年度の予算案の中身を見ながら、安倍政権の財政再建に対する本気度を見ていきたいと思います。財政再建に目処がつかなければ、出口が見えなくなるからですが、鈴木さんいかがでしょうか。
2015年度予算案からみる財政再建に対する本気度
鈴木:2015年度の予算案を見た第一印象は、私たちは麻痺しているということです。どういうことかというと、例えば小泉政権では一般会計の規模は80~90兆くらいでしたが、近年は補正予算も大きくなり、90~100兆超という世界になってしまっています。つまりリーマンショック後に緊急対応として歳出を増やしたまま平時に戻っていません。今回の予算案では、税収が4.5兆円増えていますが、国債発行は4.4兆円しか減っていません。つまり税収が増えた分だけしか国債は減っていないということです。国債の発行は30兆円台後半ですので、「国債発行30兆円枠」などと言っていた時代からすると感覚が相当麻痺している。
そして、子育て支援は確かに重要ですが、増税を先送りにしたにもかかわらず、増税とセットで行うとされていたはずの子育て支援や高齢者支援への予算配分を増やしています。これは負担と受益のバランスを取っていくという考え方を損ねています。
中身を見てみると、大きな問題としては社会保障財政に加えて、今年は地方創生が掲げられている関係で地方向けの歳出が大きくなっています。地方財政計画を見ると地方創生で1兆円、一般財源で1.2兆円増えています。地方税収が2.4兆円増えているにもかかわらず、地方交付税はほとんど減っておらず、ほぼ横ばいです。社会保障と並んで地方財政の拡大が目立つ予算だと思います。
工藤:確かに、リーマンショック以後、経済情勢がかなり厳しくなったので大型の予算に変わりました。しかし危機は過ぎ、世界的な問題も過ぎ去ったにも関わらず、支出だけが全く変わっていない。税収が増えたとしても、同時に30兆円以上もの借金をし続けています。ということは財政再建をすることは難しいのではないでしょうか。
鈴木:もちろん高齢化による社会保障費の自然増はありますが、それを増やし続けていけば増収措置がない限り赤字がどんどん増えていきます。また、歳出を一度増やしてしまうと、それを前提に地域経済や家計の所得が回ることになり、減らすのは本当に大変なことになります。ですから今年の予算案は状況が悪くなってはいませんが、積極的に財政再建に取り組んだとまでは言えないでしょう。
工藤:小幡さん、今回の予算を見て、財政再建に積極的に取り組んでいる感じがしますか。
小幡:全くしません。ただ思ったほど無駄遣いはしていないと思いました。消費税の増税は見送り、地方にアベノミクスが行き届いていないので、地方にも補正予算を流した。一方で、デフレ脱却を完璧にするという名目で増収分も使ってしまうと思っていたら、マスの部分では国債をきちんと減らしています。
ただ財政再建に向けて進んでいるかというと一歩も進んでいませんが、悪くもなっていない。つまり、景気が良くなった分、良かったという一時しのぎにすぎません。長期的な問題は何も解決していませんが、短期的には問題が急に悪化するという状態ではありません。ただ目標に掲げた2015年度の基礎的財政収支の赤字の半減に成功したと政府は言っていますが、危機的な状況だったリーマンショック直後の状態からの半減ですから、それは当たり前です。その先の目標である2020年の基礎的財政収支の黒字化達成は、普通に考えれば無理だと思います。この先も無理なところはどうしても進まないわけだから、長期的には何のいいこともないでしょう。
山田:日本の財政は、毎年、単年度で考えていますが、財政再建というのは中期的に再建の道筋を立てられているか、実質的に進んでいるのかを見なければ意味がありません。財政再建するには、増え続ける社会保障に受益と負担のリンケージを付けながら対応していくしかありません。負担を受益に合わせて増やすか、あるいは受益の部分をカットするかのどちらかしかない。ただ、今の日本国民は受益と負担の関係を正確に実感できなくなっている。なぜなら、国債でずっと付け回しているからです。
消費増税の先送りについては、考えようによっては上手く使えたと思います。当初は、消費増税を5%増税して、その内の1%を社会保障の充実に充て、残りの4%を安定化に充てる予定にしていた。まさに受益と負担の関係を一応はつけていたわけです。しかし、2%の引き上げを先送りにしたので、社会保障を充実してはいけないことになります。そこからさらに切り込んでいくことで、国民は受益と負担の関係に気づき、関係性を取り戻すチャンスだったと思います。そうしたことを、北欧のスウェーデンやデンマーク、またドイツはやっているわけです。だからこそ、受益と負担のリンケージの改革を今年度からやるべきだけれど、現状ではできていない。そうした点がなければ、中長期の視点は欠いていると言わざるを得ないと思います。
安倍政権が約束した「財政健全化目標」の策定は進むのか
工藤:鈴木さん、安倍政権は今年の夏に財政健全化に向けた計画を作れるのでしょうか。
鈴木:政府の資料や議論を見ると、まず2015年度のプライマリーバランス赤字半減についてはガラス細工のようにも見える計算をして達成できると言っています。半減目標や2020年度のプライマリーバランスの黒字化が本当に達成できたかどうかについては、それぞれ目標年次の数年後にならないとわかりません。黒字化目標について議論されている内容を見ると、財政健全化を3つのパートに分けて考えています。「成長による増収」、「歳出の削減」、そして「歳入改革」、つまり増税です。財政健全化計画を作る時に成長の部分をあまりに大きく見積もれば、それは循環的な改善なのか、構造的な改善なのかという議論が当然必要になります。景気循環的な改善が実現したとしても、景気が悪くなれば状況は再び悪化しますから、その点をどのように見るかが大きなポイントです。歳出に関しては、やはり社会保障費と地方財政をどう改革するかが重要です。
今回の財政健全化計画では、社会保障などの制度改革の内容が数字で具体的に説明されなければいけないと思います。実際にどのような改革を、どのような工程で実施していくのか、そして具体的にどの改革を行えば、どれくらい収支の改善に寄与するのかといった試算が示される必要もあるでしょう。それから歳入改革については、公平公正中立な税制改革を行う必要があります。2020年度に黒字化したあとも構造的な赤字化に陥ることを防ぐためには、今から消費税率10%の後のことについてもある程度議論を深めておかなければ、信頼性あるプランにはならないと思います。
小幡:内閣府の試算では、アベノミクスが成功して経済成長が順調に進んだシナリオでも達成が難しいという結果でした。さらに10%への消費税引き上げも遅れているので、普通に考えれば難しいでしょう。そして経済財政諮問会議で、ストックのことも考えなければならないとの意見が民間議員から出されました。つまり赤字というのはフローで、それに対してストックというのは債務対GDP比ということですが、ストックが順調に縮小しているかという両方の指標を見る必要があるという議論です。つまり、フローで達成できなくなってきているから、ストックが順調に減っている方向性であればいいというアピールのために出始めた意見ではないかという批判もあります。
もう1つ難しいのは、短期的な話ですが、「2017年問題」が挙げられます。つまり消費税の増税はこのままいけば2017年になります。その時、日銀がどう出るかによりますが、さすがに17年ごろには金融緩和もある程度の出口を迎えるはずです。そうすると17年に財政と金融がダブルで引き締められるという懸念があります。その山場を回避するためには、金融緩和が難しいとなれば財政が先送りになるだろうと予想されます。するとますますプライマリーバランス達成は絶望的でしょう。壮絶なる絶望になるでしょうね。
加えて、先程、2016年が危機になると発言しましたが、もう一度、消費税引き上げを先送りするのではないかということを危惧しています。10%への決定を昨年のような経済状況でも先送りしたので、2016年に今の経済状況よりも悪ければ、夏に参議院選挙もありますから、もう一度先送りの可能性は十分にあります。すると市場が円安から日本売りとなる展開もあり得ますし、金融政策のしわ寄せも来年顕在化してきて、八方ふさがりで国際市場のリスクが高まる可能性があります。それが16年ではないかと思っています。
受益と負担の関係の認識さえできれば、消費増税の雰囲気は醸成できるか
工藤:テロなどがあったとはいえ、国会の予算委員会を見ていても、財政再建について真剣な議論がありません。
山田:そうですね。金利がほとんどゼロなので、財政再建のプレッシャーがない。私は、景気が良くなくても消費増税を受け入れる国民の合意を作り出す以外の道はないと思っています。日本では消費増税をやると景気がすごく悪くなると言われます。もちろん引き上げた時は悪くなりますが、例えば北欧やドイツなどの国は、全体的に見るとそんなことはありません。
そもそも海外の場合は付加価値税といわれる消費税は、一旦、国民から政府が預かって、その多くを社会保障という形で国民に再分配しているだけなのです。だから単純に所得移転をやっているだけで、景気に対しては中長期で見れば中立です。むしろ消費性向が低い富裕者層から消費性向が高い低所得者に所得の再分配しているのです。ここまで言えば言い過ぎかもしれませんが、見方を変えれば、景気に対してある程度の刺激になるとも言えます。国民が社会保障と税の負担と受益の関係をしっかりと認識すれば、景気はそんなに良くなくても消費増税を受け入れる雰囲気を作ることは可能だと思っています。実際北欧もそうです。だからその状況を政府が作っていかない限り、財政というのはずっと発散し続けるのではないでしょうか。端的に言うと、2%のインフレ目標は、よほど原油価格が上がるなどの原因がない限りは、難しいと思います。成長率に関しても、実質成長率は1%がいいところではないでしょうか。だから名目成長率が2%ぐらいでも財政再建ができるという状況を作る必要があって、そのためには消費税は15%、場合によっては20%近く必要になります。繰り返しになりますが、社会保障と消費税の関係を国民がもっとしっかり認識するような状況を政治の責任で作っていくのが最大のポイントだと思います。
小幡:1点だけ違うと思うのは、日本の場合は北欧と異なって、社会保障を充実させすぎていて財源の手当てもないまま空約束でやっている点です。増税した分、更に所得再分配が増えるのではなく、約束していた所得再分配もできない可能性があります。国債を発行することで財源を賄っていて、それでも足りないからこそ仕方なく増税しています。だとすれば、その実感や認識は絶対に得られないと思いますよ。
山田:この点は議論があると思いますが、私は社会保障の体系が上手くいっているのは北欧だと思います。北欧では、社会保障給付は子育てや労働政策など、現役世代向けのものが多くなっていますが、日本は少ない。そして高齢世帯への給付に関しては日本はまだ効率化できると思っています。おっしゃるように、高齢世代のところの充実はかなり難しいので、増税がなければそこはむしろ不安定化するという表現になりますが、一方で現役世代向けで充実させる方は別途充実させることができると思います。
夏の財政再建計画が、どれだけ実効性の高いものになるかが問われている
工藤:山田さんや小幡さんが指摘されたような議論が政治の世界にないので、恐らく実現は難しいのではないかと感じました。今日の国会を見ていましたが、どうして解散したのかといったように全く去年と同じ議論をしていました。頭を切り替えて今年の夏の計画の策定はどうすれば可能なのか、といった点を誠実に政治の世界で議論していかなければ、もう間に合わないのではないか、と感じることがあります。安倍総理は選挙の時に財政再建の計画を出すと約束したわけですから、出さなければ完全な公約違反になります。
鈴木:もちろん、計画を出すと思います。但し、中身が、本当に実効性があるか、財政再建の実現性についてこれまでとは違う点があるかということが問題です。今のところの議論では、政府の歳出領域を見直すとか、公的分野の産業化を促すという言い方をしています。政府の資金不足幅を縮小させるためには、民間の資金余剰幅を縮小する必要があり、民間の動きとセットで考えなければ絶対に財政再建ができないのは確かです。そういう視点がどれくらい盛り込まれるかが重要で、例えばかつての「骨太方針2006」や「財政構造改革法」など、財政の世界だけで閉じた計画と異なるものになる可能性はあると思います。
工藤:歳出が96兆円で税収が54兆円なので40兆円ほど足りません。これが結局どうなってつじつまが合うのでしょうか。96兆円が60兆円に近づくのか、それとも税収が96兆円に近付くのでしょうか。
小幡:普通に考えればつじつまが合わず、どこかで破たんします。経済は破綻せずとも政府だけ何らかの調整を迫られるということはあるかもしれません。マイルドに言えば、間に縮小していくということです。歳出を10減らし、増税を10行い、景気が良くなって増収分が10というように、つじつまが合うとすれば3つ同時に少しずつやらざるを得ないでしょう。それが難しければつじつまが合わず、無理矢理に調整して、歳出が大幅に削減というように着地するという形になると思います。
工藤:結局、今の政治の論議では、消費増税を2017年に実施するとの議論に終始して、今みたいな話はなかなかありません。しかしここでの議論は、歳出カットや歳入改革も含めて行う必要があるという議論で、そうした議論が国民の見ている前で行われていません。現在の状況は心配ではないでしょうか。
山田:非常に心配です。ただ夏までにプライマリーバランスの黒字化の具体策を出すと言っているわけですから、何らかのものは出すのだと思います。そして、その計画を基点に議論を始めるしかないかなと思います。政治的には、4月に地方選もあるので、なかなか厳しいことも言いにくいでしょう。しかし、夏の段階では出すと宣言したわけですから、そこから本格的に、議論していくということかと思います。
工藤:わかりました。今日は今年起こり得る経済についての課題に焦点を当てて議論しました。予算を審議するための国会をベースにして、こういう議論が日本の政治の舞台で行われることを期待したいと思っています。
今日も議論にありましたが、結局、日本の構造をどのように変えて、どんな社会を目指すのか、そして政府はそのためにどういう役割を果たすのかが見えてきません。政府はある目的のために何を実現するのか、そしてどうやって進めるのか、という課題解決型の論争を進める段階にならないといけないと思います。今年、言論NPOはまさにそのための議論をやっていきたいと思っています。ということで2015年の議論は開始ですから、どんどん進めていきますので、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
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2015年2月13日(金)
出演者:
小幡績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
山田久(日本総合研究所調査部長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
2015年度予算案からみる財政再建に対する本気度
鈴木:2015年度の予算案を見た第一印象は、私たちは麻痺しているということです。どういうことかというと、例えば小泉政権では一般会計の規模は80~90兆くらいでしたが、近年は補正予算も大きくなり、90~100兆超という世界になってしまっています。つまりリーマンショック後に緊急対応として歳出を増やしたまま平時に戻っていません。今回の予算案では、税収が4.5兆円増えていますが、国債発行は4.4兆円しか減っていません。つまり税収が増えた分だけしか国債は減っていないということです。国債の発行は30兆円台後半ですので、「国債発行30兆円枠」などと言っていた時代からすると感覚が相当麻痺している。
そして、子育て支援は確かに重要ですが、増税を先送りにしたにもかかわらず、増税とセットで行うとされていたはずの子育て支援や高齢者支援への予算配分を増やしています。これは負担と受益のバランスを取っていくという考え方を損ねています。
中身を見てみると、大きな問題としては社会保障財政に加えて、今年は地方創生が掲げられている関係で地方向けの歳出が大きくなっています。地方財政計画を見ると地方創生で1兆円、一般財源で1.2兆円増えています。地方税収が2.4兆円増えているにもかかわらず、地方交付税はほとんど減っておらず、ほぼ横ばいです。社会保障と並んで地方財政の拡大が目立つ予算だと思います。
工藤:確かに、リーマンショック以後、経済情勢がかなり厳しくなったので大型の予算に変わりました。しかし危機は過ぎ、世界的な問題も過ぎ去ったにも関わらず、支出だけが全く変わっていない。税収が増えたとしても、同時に30兆円以上もの借金をし続けています。ということは財政再建をすることは難しいのではないでしょうか。
鈴木:もちろん高齢化による社会保障費の自然増はありますが、それを増やし続けていけば増収措置がない限り赤字がどんどん増えていきます。また、歳出を一度増やしてしまうと、それを前提に地域経済や家計の所得が回ることになり、減らすのは本当に大変なことになります。ですから今年の予算案は状況が悪くなってはいませんが、積極的に財政再建に取り組んだとまでは言えないでしょう。
工藤:小幡さん、今回の予算を見て、財政再建に積極的に取り組んでいる感じがしますか。
小幡:全くしません。ただ思ったほど無駄遣いはしていないと思いました。消費税の増税は見送り、地方にアベノミクスが行き届いていないので、地方にも補正予算を流した。一方で、デフレ脱却を完璧にするという名目で増収分も使ってしまうと思っていたら、マスの部分では国債をきちんと減らしています。
ただ財政再建に向けて進んでいるかというと一歩も進んでいませんが、悪くもなっていない。つまり、景気が良くなった分、良かったという一時しのぎにすぎません。長期的な問題は何も解決していませんが、短期的には問題が急に悪化するという状態ではありません。ただ目標に掲げた2015年度の基礎的財政収支の赤字の半減に成功したと政府は言っていますが、危機的な状況だったリーマンショック直後の状態からの半減ですから、それは当たり前です。その先の目標である2020年の基礎的財政収支の黒字化達成は、普通に考えれば無理だと思います。この先も無理なところはどうしても進まないわけだから、長期的には何のいいこともないでしょう。
山田:日本の財政は、毎年、単年度で考えていますが、財政再建というのは中期的に再建の道筋を立てられているか、実質的に進んでいるのかを見なければ意味がありません。財政再建するには、増え続ける社会保障に受益と負担のリンケージを付けながら対応していくしかありません。負担を受益に合わせて増やすか、あるいは受益の部分をカットするかのどちらかしかない。ただ、今の日本国民は受益と負担の関係を正確に実感できなくなっている。なぜなら、国債でずっと付け回しているからです。
消費増税の先送りについては、考えようによっては上手く使えたと思います。当初は、消費増税を5%増税して、その内の1%を社会保障の充実に充て、残りの4%を安定化に充てる予定にしていた。まさに受益と負担の関係を一応はつけていたわけです。しかし、2%の引き上げを先送りにしたので、社会保障を充実してはいけないことになります。そこからさらに切り込んでいくことで、国民は受益と負担の関係に気づき、関係性を取り戻すチャンスだったと思います。そうしたことを、北欧のスウェーデンやデンマーク、またドイツはやっているわけです。だからこそ、受益と負担のリンケージの改革を今年度からやるべきだけれど、現状ではできていない。そうした点がなければ、中長期の視点は欠いていると言わざるを得ないと思います。
安倍政権が約束した「財政健全化目標」の策定は進むのか
工藤:鈴木さん、安倍政権は今年の夏に財政健全化に向けた計画を作れるのでしょうか。
鈴木:政府の資料や議論を見ると、まず2015年度のプライマリーバランス赤字半減についてはガラス細工のようにも見える計算をして達成できると言っています。半減目標や2020年度のプライマリーバランスの黒字化が本当に達成できたかどうかについては、それぞれ目標年次の数年後にならないとわかりません。黒字化目標について議論されている内容を見ると、財政健全化を3つのパートに分けて考えています。「成長による増収」、「歳出の削減」、そして「歳入改革」、つまり増税です。財政健全化計画を作る時に成長の部分をあまりに大きく見積もれば、それは循環的な改善なのか、構造的な改善なのかという議論が当然必要になります。景気循環的な改善が実現したとしても、景気が悪くなれば状況は再び悪化しますから、その点をどのように見るかが大きなポイントです。歳出に関しては、やはり社会保障費と地方財政をどう改革するかが重要です。
今回の財政健全化計画では、社会保障などの制度改革の内容が数字で具体的に説明されなければいけないと思います。実際にどのような改革を、どのような工程で実施していくのか、そして具体的にどの改革を行えば、どれくらい収支の改善に寄与するのかといった試算が示される必要もあるでしょう。それから歳入改革については、公平公正中立な税制改革を行う必要があります。2020年度に黒字化したあとも構造的な赤字化に陥ることを防ぐためには、今から消費税率10%の後のことについてもある程度議論を深めておかなければ、信頼性あるプランにはならないと思います。
小幡:内閣府の試算では、アベノミクスが成功して経済成長が順調に進んだシナリオでも達成が難しいという結果でした。さらに10%への消費税引き上げも遅れているので、普通に考えれば難しいでしょう。そして経済財政諮問会議で、ストックのことも考えなければならないとの意見が民間議員から出されました。つまり赤字というのはフローで、それに対してストックというのは債務対GDP比ということですが、ストックが順調に縮小しているかという両方の指標を見る必要があるという議論です。つまり、フローで達成できなくなってきているから、ストックが順調に減っている方向性であればいいというアピールのために出始めた意見ではないかという批判もあります。
もう1つ難しいのは、短期的な話ですが、「2017年問題」が挙げられます。つまり消費税の増税はこのままいけば2017年になります。その時、日銀がどう出るかによりますが、さすがに17年ごろには金融緩和もある程度の出口を迎えるはずです。そうすると17年に財政と金融がダブルで引き締められるという懸念があります。その山場を回避するためには、金融緩和が難しいとなれば財政が先送りになるだろうと予想されます。するとますますプライマリーバランス達成は絶望的でしょう。壮絶なる絶望になるでしょうね。
加えて、先程、2016年が危機になると発言しましたが、もう一度、消費税引き上げを先送りするのではないかということを危惧しています。10%への決定を昨年のような経済状況でも先送りしたので、2016年に今の経済状況よりも悪ければ、夏に参議院選挙もありますから、もう一度先送りの可能性は十分にあります。すると市場が円安から日本売りとなる展開もあり得ますし、金融政策のしわ寄せも来年顕在化してきて、八方ふさがりで国際市場のリスクが高まる可能性があります。それが16年ではないかと思っています。
受益と負担の関係の認識さえできれば、消費増税の雰囲気は醸成できるか
工藤:テロなどがあったとはいえ、国会の予算委員会を見ていても、財政再建について真剣な議論がありません。
山田:そうですね。金利がほとんどゼロなので、財政再建のプレッシャーがない。私は、景気が良くなくても消費増税を受け入れる国民の合意を作り出す以外の道はないと思っています。日本では消費増税をやると景気がすごく悪くなると言われます。もちろん引き上げた時は悪くなりますが、例えば北欧やドイツなどの国は、全体的に見るとそんなことはありません。
そもそも海外の場合は付加価値税といわれる消費税は、一旦、国民から政府が預かって、その多くを社会保障という形で国民に再分配しているだけなのです。だから単純に所得移転をやっているだけで、景気に対しては中長期で見れば中立です。むしろ消費性向が低い富裕者層から消費性向が高い低所得者に所得の再分配しているのです。ここまで言えば言い過ぎかもしれませんが、見方を変えれば、景気に対してある程度の刺激になるとも言えます。国民が社会保障と税の負担と受益の関係をしっかりと認識すれば、景気はそんなに良くなくても消費増税を受け入れる雰囲気を作ることは可能だと思っています。実際北欧もそうです。だからその状況を政府が作っていかない限り、財政というのはずっと発散し続けるのではないでしょうか。端的に言うと、2%のインフレ目標は、よほど原油価格が上がるなどの原因がない限りは、難しいと思います。成長率に関しても、実質成長率は1%がいいところではないでしょうか。だから名目成長率が2%ぐらいでも財政再建ができるという状況を作る必要があって、そのためには消費税は15%、場合によっては20%近く必要になります。繰り返しになりますが、社会保障と消費税の関係を国民がもっとしっかり認識するような状況を政治の責任で作っていくのが最大のポイントだと思います。
小幡:1点だけ違うと思うのは、日本の場合は北欧と異なって、社会保障を充実させすぎていて財源の手当てもないまま空約束でやっている点です。増税した分、更に所得再分配が増えるのではなく、約束していた所得再分配もできない可能性があります。国債を発行することで財源を賄っていて、それでも足りないからこそ仕方なく増税しています。だとすれば、その実感や認識は絶対に得られないと思いますよ。
山田:この点は議論があると思いますが、私は社会保障の体系が上手くいっているのは北欧だと思います。北欧では、社会保障給付は子育てや労働政策など、現役世代向けのものが多くなっていますが、日本は少ない。そして高齢世帯への給付に関しては日本はまだ効率化できると思っています。おっしゃるように、高齢世代のところの充実はかなり難しいので、増税がなければそこはむしろ不安定化するという表現になりますが、一方で現役世代向けで充実させる方は別途充実させることができると思います。
夏の財政再建計画が、どれだけ実効性の高いものになるかが問われている
工藤:山田さんや小幡さんが指摘されたような議論が政治の世界にないので、恐らく実現は難しいのではないかと感じました。今日の国会を見ていましたが、どうして解散したのかといったように全く去年と同じ議論をしていました。頭を切り替えて今年の夏の計画の策定はどうすれば可能なのか、といった点を誠実に政治の世界で議論していかなければ、もう間に合わないのではないか、と感じることがあります。安倍総理は選挙の時に財政再建の計画を出すと約束したわけですから、出さなければ完全な公約違反になります。
鈴木:もちろん、計画を出すと思います。但し、中身が、本当に実効性があるか、財政再建の実現性についてこれまでとは違う点があるかということが問題です。今のところの議論では、政府の歳出領域を見直すとか、公的分野の産業化を促すという言い方をしています。政府の資金不足幅を縮小させるためには、民間の資金余剰幅を縮小する必要があり、民間の動きとセットで考えなければ絶対に財政再建ができないのは確かです。そういう視点がどれくらい盛り込まれるかが重要で、例えばかつての「骨太方針2006」や「財政構造改革法」など、財政の世界だけで閉じた計画と異なるものになる可能性はあると思います。
工藤:歳出が96兆円で税収が54兆円なので40兆円ほど足りません。これが結局どうなってつじつまが合うのでしょうか。96兆円が60兆円に近づくのか、それとも税収が96兆円に近付くのでしょうか。
小幡:普通に考えればつじつまが合わず、どこかで破たんします。経済は破綻せずとも政府だけ何らかの調整を迫られるということはあるかもしれません。マイルドに言えば、間に縮小していくということです。歳出を10減らし、増税を10行い、景気が良くなって増収分が10というように、つじつまが合うとすれば3つ同時に少しずつやらざるを得ないでしょう。それが難しければつじつまが合わず、無理矢理に調整して、歳出が大幅に削減というように着地するという形になると思います。
工藤:結局、今の政治の論議では、消費増税を2017年に実施するとの議論に終始して、今みたいな話はなかなかありません。しかしここでの議論は、歳出カットや歳入改革も含めて行う必要があるという議論で、そうした議論が国民の見ている前で行われていません。現在の状況は心配ではないでしょうか。
山田:非常に心配です。ただ夏までにプライマリーバランスの黒字化の具体策を出すと言っているわけですから、何らかのものは出すのだと思います。そして、その計画を基点に議論を始めるしかないかなと思います。政治的には、4月に地方選もあるので、なかなか厳しいことも言いにくいでしょう。しかし、夏の段階では出すと宣言したわけですから、そこから本格的に、議論していくということかと思います。
工藤:わかりました。今日は今年起こり得る経済についての課題に焦点を当てて議論しました。予算を審議するための国会をベースにして、こういう議論が日本の政治の舞台で行われることを期待したいと思っています。
今日も議論にありましたが、結局、日本の構造をどのように変えて、どんな社会を目指すのか、そして政府はそのためにどういう役割を果たすのかが見えてきません。政府はある目的のために何を実現するのか、そしてどうやって進めるのか、という課題解決型の論争を進める段階にならないといけないと思います。今年、言論NPOはまさにそのための議論をやっていきたいと思っています。ということで2015年の議論は開始ですから、どんどん進めていきますので、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
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※なお、4月以降は、テキスト全文については会員限定公開となります。あらかじめご了承ください。
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