2月20日放送の言論スタジオでは、「日本の民主主義、政党政治はこのままでいいのか」と題して、岩井奉信氏(日本大学法学部教授)、牧原出氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)、内山融氏(東京大学大学院総合文化研究所教授)を招いて議論を行いました。
民主主義が機能するために必要なことは何か
まず、司会の工藤は、6割を超える有識者が「民主主義が十分に機能していない」と答えたアンケート結果に触れながら、民主主義が機能するためには、政治が「国民に課題解決の方法を提示し、有権者もきちんと解決を求めて、政治にプレッシャーをかけていく。そして課題解決、仕事をしていくというサイクルが動いているかが重要だ」とし、民主主義が機能するためには何が必要か、問いかけました。
これに対し、岩井氏は、民主主義は大枠ではそれなりに機能していると述べた上で、「議会制民主主義の中核になる『政党政治』という点に絞り込むと、相当機能していない」と指摘しました。そして、「日本型民主主義を西欧型民主主義に近づける政治改革をやったものの、依然として試行錯誤の状態が続いている」とし、現状は、日本の民主主義が機能するためのプロセスであると指摘しました。一方で、自民党に対抗する政党が確立されていないと述べ、政局政治から脱却できない野党に苦言を呈しました。
内山氏は、民主主義という概念には2つの対立軸があることを指摘しました。1つは、政策を実行に移す段階で、国民の多様な意見を1つにまとめる決断をしなければならないという「『多様性』と『統合』」の対立軸、2つ目は、国民の意見を反映するだけではなく、現在生きている国民と将来の国民に対する責任を考えるという「『民意』と『責任』」の対立軸、このバランスをいかにとるかが民主主義を機能させるためには重要だと語りました。
牧原氏は、内山氏の多様な意見を一つにまとめるためには、複雑なプロセスがあることに同調した上で、「かつての自民党も意見集約ができていたかというとそうではなく、玉虫色や先送りというあいまいな手法で物事が済んでいた」と述べ、政党の中で意見集約を行っていく難しさを指摘しました。
多様な意見をまとめていくプロセスがない日本の政党
次に工藤からの「日本には課題解決のプランを持った政党がないのではないか」という問いかけに対し、内山氏は、「多様性」と「統合」の問題に触れ、自民党は「統合はできている面もあるが、多様性に疑問が残る。様々な民意を上手く取り込めておらず、一方向に突っ走っていることがある。その点で政党のガバナンスをどうするかが日本政治の大きな課題だ」と指摘しました。
岩井氏は、日本の政治に欠けている点として、イギリスのようにマニフェストをつくる際に、様々な議論を党内で行い、多様な意見を一つにまとめていくというプロセスがなく、その結果、政策の議論よりも選挙の勝ち負けが中心の議論になり、候補者調整などの政局的な話になってしまうことを指摘しました。
牧原氏も、イギリスでは各党が党大会で誰がどのような議論をしたことをメディアが適宜放送することで、政党が何を考えているのかが国民も伝わる仕組みがあると述べました。一方、日本では、各党に内部で議論する場がないのはもちろんのこと、メディア報道も次の通常国会のスケジュールや政局についての報道に偏よっており、各党の政策形成について報じないという問題点を指摘しました。
有権者と政治との間に緊張感ある関係はつくり出せるのか
政党政治が正念場に直面している現状を踏まえながら、工藤は「そうした政治を変えるのは有権者であり、有権者と政治との間に緊張感ある関係を取り戻さなければいけないのではないか」、「また、多様な意見を統合するという仕組みが政党政治でできないのであれば市民側でできないか」と問題提起をしました。
これに対して、内山氏は、「政党や政治家の側が新しい選択肢を提示して、有権者が触発される仕組みの構築が必要になる。その上で、有権者自身も政治家に働きかけをするし、政治家も有権者に働きかける相互作用」が起こることが必要だと指摘しました。その上で、「選挙は民意を示す極めて重要な場ではあるが、唯一の場ではない」という熟議型民主主義を主張するハーバーマスの言葉を引き合いに、「市民が常に政治に働きかけて熟議を進めていく」という重要性を強調しました。
岩井氏も「有権者のレベル以上の政治家を選ぶことはできないと言われる。有権者も投票したら終わりでは無く、責任を持たなければいけない」という意識を、有権者の中にどのように醸成させていくかが課題だと語りました。
牧原氏は、「これまでの日本ではいろいろな声が出て、何となく流れができ、流れが一つになり、みんながその流れに乗っていくという決め方だった。しかし、声なき声は存在しているので、政治家はその声に耳を傾けなければいけない。同時に、声なき声をいろいろなチャネルで市民側も発信していくことが必要だ」と市民側も政治に関心を持ち、声を挙げていくことの重要性を語りました。
これらの議論を受け工藤は、「デモクラシーが機能していくということは、市民がいろいろなところで議論を行い、その中で政策の競争が始まるような流れが必要だと感じている。こうした元気のある民主主義を日本で実現するためにはどうしたらいいのか、今回の議論を皮切りに、私たちはデモクラシーに対する議論をさらに深めて、日本国内の課題に対して、1つの答えを出していかなければいけないかなと思っている」と総括し、今回の議論を締めくくりました。
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工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、2015年、私たちは一年をかけて日本のデモクラシーの問題を議論したいと考えています。今回はその第一回目としてお送りしたいと思います。なぜ、私たちがデモクラシーの問題を議論したいと思っているかというと、日本の民主主義が機能していないという問題意識を持っているからです。そこで、今日を境に、民主主義について様々なテーマで議論を深めたいと思っています。
ということで、ゲストを紹介します。まずは日本大学法学部教授の岩井奉信さんです。続いて、東京大学先端科学技術研究センター教授の牧原出さんです。最後に、東京大学大学院総合文化研究科教授の内山融さんです。よろしくお願いいたします。
私たちは有識者の皆さんにアンケートをして、日本のデモクラシーが十分に機能しているかについて聞いてみました。すると今現在、6割を超す人たちが十分に機能していないと回答していました。この点について皆様のお話を聞きたいのですが、皆さんは日本のデモクラシーが十分に機能しているのか、あるいは機能していないのであれば、どこに問題があるのかについてお尋ねしたいと思いますが、いかがでしょうか。
日本のデモクラシーは機能してきたといえるのか
岩井:もちろん制度上、日本は民主主義国家ですが、ただデモクラシーの運用や実態については、機能していない部分があると思います。まずどこを理想像とするかで見方が変わってくると思いますが、おそらくそれぞれの有識者が自分の理想像と、今の政治の現状や選挙の結果を見た際、理想の民主主義と相当乖離している実態を見て、「機能していない」と答えた人が多かったのだと思います。その点、機能したか、機能しなかったかというのは、ある意味相対的な問題であると言えるでしょう。世界的な視点で言えば機能していると思いますが、例えば私たちがモデルとするようなアメリカやイギリスと比べるとそのレベルまでは達していないのではないか、そういった思いが今回のアンケート結果に出てきていると思います。
牧原:戦後から現在にかけて民主主義が機能しているかを考える際に、二つの要素を考える必要があると思います。一つは「日本国憲法が十全に機能しているか」ということです。やはり国会や内閣はある程度機能していて、基本的人権も保障はされている。ただ裁判所や地方自治体について考えるとまだまだ不十分な点が見られます。ただ日本国憲法自体が十分に定着しているので、制度としての運用は円滑に進んでいるとはいえると思います。
もう一つの要素は、「自民党をどう考えるか」です。細川政権以前の自民党長期政権時代に、民主主義は機能しているかと問えば、「機能している部分はあるが果たして政権が自民党で良いのだろうか」という答えが多かったと思います。同じ質問を小泉政権時代に問えば、おそらく「機能している」と答える人が多いのではないかと思います。ただ小泉政権後、民主党へ政権交代するまでの三代に渡る自公政権で同じ質問を問えば、「機能していない」という意見が強かったと思います。そして2009年の民主党への政権交代の際の投票率は高かったのですが、安倍さんが勝った2012年、14年の二回の総選挙を見てみると、どちらも投票率が高くありません。だから選挙結果としては自公が大きく勝利していますが、関心が高くない中で勝利しているという微妙な部分をどう考えるかが問われています。自民党の問題を始め、安倍首相は憲法改正を望んでいると思いますし、今、戦後ずっと抱えてきた問題がさまざま表出している状況だと思います。
内山:学者の悪い癖かもしれませんが、「そもそも民主主義は何だろうか」と考える必要があると思います。民主主義という言葉を聞いた時、人によって思い浮かべる意味は違うと思います。私は民主主義という概念には二項対立があると考えています。
まず大事なのは、「『多様性』と『統合』」という軸です。つまり国民は多様な意見を持っているけれども、政策を実行に移す段階では一つにまとめなければならない。多様な意見、多様な利益をどのように統合していくのかは非常に難しいと思います。多様な意見を無視して決めるのも良くないが、最後には決断することが必要です。「『多様性』と『統合』」のバランスをいかにとっていくかが、日本で民主主義が上手く機能する基準だと考えます。
もう一つ重要な二項対立は、「『民意』と『責任』」です。つまり民主主義社会は、民意という国民の意見を政治に反映することで成立します。しかしこれだけでは政治がポピュリズムに陥る危険性があります。政治家が国民を扇動してあらぬ方向に持って行ってしまう危険性もある。国民の意見を反映しているから民主主義だとも言えますが、重要なのは「責任」が伴う必要があるということです。つまり現在生きている国民に対する責任と、そして将来世代の国民に対する責任を考える必要があります。その民意の反映と責任ある政治のバランスを取るのが非常に難しい。つまり「『多様性』と『統合』」「『民意』と『責任』」について、日本に限らず全ての国の民主主義に問われていることだと考えています。
工藤:今のお話は、有識者のアンケートでも、どのように民主主義を考えていくか、ということで、たぶんみなさんの意見も違い、集約していない感じがしました。ただ今の内山先生や牧原先生、岩井先生の話を聴いて、もう少し僕たちの議論としては、焦点を定めた方がいいと思っています。私たちが考えている民主主義が機能しているかどうか、というのは、政治が課題解決をきちんとできるかということです。ただ政治が個人でやるのではなく、国民に課題解決の方法を提示し、有権者もきちんと解決を求めて、政治にプレッシャーをかけていく。そして課題解決、仕事をしていくというサイクルが動いているか、ということを考えています。では、今の日本の政治はその、課題解決に向かって動いているのか、ということを考えた時に、課題解決に向かって動いていると思っている人はあまりいないと思います。むしろ将来に対する不安が非常にある。それから、民意の中に多様な、多元的な意見がきちんと尊重されているのだろうか、という疑問もあります。一つの意見だけが出て、言いにくい雰囲気がないだろうか。それから政党間においてもいろいろな形で多様な競争があるべきですが、本当に競争があるだろうか。また、三権分立といいますが、違憲状態と言われて久しい一票の格差問題についても、それに対してなかなか解決するメカニズムが動いていかないなど、いろいろな問題があります。システムとしての民主主義は存在していますが、そのシステムを活用して課題解決に向かっていくという方向が見えていないと思っています。
ここで、アンケート結果を見てみると、それに類するようなところに有識者の人たちも色々な形で反応しています。先ほど指摘したように、政治が課題解決に向かって動かない中で、「メディア(言論界)が権力に対する監視役を果たしていない」とメディアの責任を問う声が3割を超えていたり、「日本の社会に多様な意見が尊重されず、ONE VOICE的な雰囲気が強まっている」との声が2割を超えています。また、「自民党の1京都なり、野党に対抗する能力が弱いこと」との回答も3割を超えており、国民から見ると、政党間で競争がなく選択肢がないという問題が挙げられています。今起こっている状況の中で、そうした問題を感じている人がいるという結果でした。この辺りに絞ったらどのような見方になるのでしょうか。
政局政治から脱却できていない野党
岩井:最初に申し上げたように、民主主義は大枠ではそれなりに機能していると思います。ただ「議会制民主主義」という点に焦点を絞ると不安になります。そしてさらに、議会制民主主義の中核になる「政党政治」という点に絞り込むと、相当機能していないという議論になると思います。自民党が強すぎるというのは結果論です。再編などを繰り返す野党に能力がないからであり、システムの問題とは一概には言えません。最大の問題は、政党が政党政治を確立できていないからだと思っています。確かに1994年の政治改革で政党本位の政治を目指し、政党政治に追い込むような仕組みを作ったからこそ、マニフェストが日本政治にも取り込まれました。ただマニフェストは試行錯誤が激しかったと思っています。また自民党の一党優位の状態が続き政権交代を経験してこなかったという日本独特の政治体制を良いものへと変えるために、日本型民主主義を西欧型民主主義に近づける政治改革をやったものの、依然として試行錯誤の状態が続いています。今はまだ試行錯誤の段階なのでそれほど悲観しているわけではありません。まだ皆が慣れておらず、まだプロセスの最中だということで、日本政治が変わる可能性はまだ少しあると思います。
工藤:やはり政党政治が機能しないという話ですが、ある時期までは二大政党という形を作ろうとして、政権交代も実現しました。しかし、現在の政界を見てみると、政権交代を期待できるような日本の政党の組織、形は見えない状況になっていて、はっきり言って自民党ぐらいしかまともなところがないという状況です。こうした局面は、まだプロセスなのですか、それとも結果なのでしょうか。
岩井:自民党は長い政権での経験があり、特に高齢層の有権者を中心に信頼性を確立してきました。そして民主党が2009年の選挙時に大勝利をおさめて政権交代を達成しますが、実際に政権を任せるとその結果が燦々たるものでした。この民主党の失敗が、有権者の持つ野党イメージの崩壊につながった側面は大きいと思います。これは民主党自体の問題が引き起こしたと思っています。日本政治はここまで政局政治だったのだろうかと思わされました。安倍さんが政権について様々な政策を出していますが、これにきちんと対抗できる政党やグループがまだ確立されていない。まだ野党は政局政治から脱却できていないと感じます。
課題を先送りし、玉虫色の決着を図る政治からの脱却ができていない
工藤:岩井さんのお話では、議会制民主主義と政党政治に対して、あまりうまくいっていないというお話だったのですが、牧原さんはいかがでしょうか。
牧原:今回のアンケートの質問、「日本で民主主義が機能していると思いますか」という質問について、回答した有識者は「現在の日本で機能している民主主義らしきものに満足していますか」と受け取ったと思います。機能していても満足できない、あるいは機能していないから満足できないという様々な見方があると思います。そしてこれが次の設問に表れていると思います。
言論NPOとの付き合いもあるのかもしれませんが、「メディア(言論界)が権力に対する監視役を果たしていない」ということを挙げる人が多くいるのは特徴的です。2009年に政権交代を経験しました。当時は、与党と野党が大同団結的に二つに集約されていると思っていたら、相変わらず自民党くらいしか意見を集約できておらず、民主党は集約さえしていなかったと多くの有権者が気付いたという状況だと思います。では、かつての自民党も集約していたかというと、そういうわけではありません。やはり田中、竹下、池田、宮沢政権は、ふわっとした合意で政治を動かしていた。現在はこれまでのやり方を改め、特に官邸主導で政策を動かそうとしたときに、付いていけない人たちが出てくるのは当然だと思います。しかし、違う意見の人たちをどうするか、ということは課題です。多様な意見を一つにまとめることは単純ではありません。内山先生がおっしゃったように、そこには複雑なプロセスがあるので、これをどう考えるかが大きな問題だと思います。
内山:先程、工藤さんが、民主主義はいかにして課題解決ができるかが重要だとおっしゃいました。たとえば具体的な課題について考えると、今回の選挙でも問われたように、将来世代に対する責任という意味でも「財政の持続可能性の問題」は重要だと思います。2015年度にプライマリーバランスの赤字を半減することはできそうだとはいえ、2020年度のプライマリーバランスの黒字化まではまだ目処が立っていません。誰かが決断してやる必要がありますが、今の政党政治では誰も火中の栗を拾おうとしない。日本の政治、そして日本の民主主義の難しい問題がここにもあると思います。
工藤:後からもう少し具体的に言いますが、昨年の選挙の時に自民党と野党のマニフェストを全部評価したのですが、あまりにもひどくて、100点満点で最高点の自民党ですら24点で、10点台が3党、残りの4党は1桁代という結果でした。特に野党ですが、政策を日常的に作っていないのが現状なのです。
岩井:牧原さんがおっしゃったことは非常に重要で、昔の自民党政治では玉虫色とか先送りというあいまいな手法で物事が済んでいました。しかし現在では、財政や経済の問題という数量的な問題を考慮する必要があるため、曖昧にはできません。あるいは先送りをしてきた外交や憲法などの問題に結論を出さなければならなくなってきている。そうするとこれまで自民党がやっていたような玉虫色の決着の在り方が立ち行かなくなってきている。そうした状況の中では、政党が自分の立ち位置をしっかりと持たなければならず、そこが上手くいっていないために混乱が起こっているのかもしれません。そして自民党の中でも、安倍さん以外に対抗馬がいない。小泉元総理の改革でこれまでのような派閥が崩壊しているので、自民党は今止まっているように見えます。その状況の中で、今選びうる選択肢が自民党だけしかないというのは一つの結果なのかなと感じます。野党はそこを相当にあいまいにしていたつけがいま回ってきたという感じがします。
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工藤:先程、岩井先生からも、やはり政党政治という点で見ると非常に問題があるのではないかという指摘がありました。確かに言論NPOも評価をやっていて、政党から出されるマニフェストのレベルがあまりにも低く、政党が課題解決のプランを持っていない、ということを感じます。今まさに課題解決をしなければいけないところで、プランを持っていないのか国民に説明しないのかよくわからない点もありますが、そうなってくると政党政治の意味がないと思ってしまう。つまり有権者に対して政党が課題解決で競争し合い、その実行に関して責任を持つという仕組みができていない。北海道では「支持政党なし」という政党が出てきましたが、これは究極の皮肉です。政党に対して、あるいは政党政治事態にNOを出されているのかもしれない。この状況をどう考えればいいのか、また、この状況は解決可能なのかをお伺いしたいのですが、牧原先生いかがでしょうか。
日本の政治の大きな課題は「政党のガバナンス」
牧原:かつての自民党長期政権時代には、官僚制を上手に用いて官僚が作る政策案を党の政策として実行していくスタイルが確立していました。これがおそらくOS(オペレーティングシステム)です。新しいOSを入れるという段階で、民主党はそこが上手くいきませんでした。ただ、二つのOSをまず作り上げて、その上で競争状態に持っていくのが政治改革の本来の課題でしたので、政権交代はそのための一つのステップだったと思います。しかしこれで完成するわけではなく、これから一歩一歩作っていくしかない。だから自民党が官僚と共に政策を作るのではなく、長期的には二つのOSを作ることが必要だと認知されることが大事です。もちろん自民党自体も少しずつ変わってきていて、自己更新という進化の形跡がありますが、まだまだ満足はできない。二つ目には、内山さんがおっしゃったように、外交、内政、経済のように重要な問題に対して野党の政策が、全く歯が立っていないことに対してどうするかが問われています。
工藤:皆さんの間では、二大政党制ができていかなければいけない、という理想はまだ失っていないわけですか。というのは、二大政党制ということ自体に展望が見えない気もしているのですが、どうでしょう。
内山:個人的には二大政党制よりも多党制でいいとは思いますが、いずれにせよ、今の政治の問題点は「政党のガバナンス」の問題だと思います。民主党の代表選の時にガバナンスの問題が言及されていましたが、日本は一部の政党を除いて基本的に政党のガバナンスが弱いわけです。いろいろな議論をしてもそのままで、結局バラバラで統合が出来ていません。自民党も、55年体制はそこそこ上手くいっていたからこそ長期政権を築けたのですが、新たな課題に対しては必ずしも既存のシステムで対応できなかった。その中で小泉政権や安倍政権が行った官邸主導型の方法は一つの解になるかもしれませんが、それでよいのかという思いもあります。先程「多様性」と「統合」を申し上げましたが、統合はできている面もありますが、まだ多様性に疑問が残ります。様々な民意を上手く取り込めておらず、一方向に突っ走っている可能性があります。その点で政党のガバナンスをどうするかが日本政治の大きな課題です。
工藤:今回のアンケートでは、「現在の政治状況の中で、『政党として機能している』と評価できるのはどの党か」ということを尋ねてみました。その結果、「自民党」が6割を超え、「共産党」が4割、「公明党」が3割と続きます。一方で「民主党」との回答は1割強ぐらいしかありません。やはり政党として体を成しているかというガバナンスの問題、政策立案能力などが影響していると思いますが、岩井さんはこの結果をどのようにご覧になりましたか。
岩井:まさにガバナンスが効いている順番だと思います。おそらく20年くらい前であれば、自民党はこれほど高い数字は取れなかったでしょう。とてもまとまっているとは思えなかった。しかし今の自民党を見ていると、安倍さん以外に他にめぼしい人がおらず、安倍さんの独走。まさにガバナンスが効いている気がします。一方、民主党はバラバラになっている。ガバナンスが効いているということは、政党の中の多様性がなくなる可能性があるので、これは表裏一体の問題だとは思いますが、ただ民主党はガバナンスが効いていないのは間違いない。
「マニフェスト」というとみなさん、マニフェストを作って選挙の時に出てくるものだけを想像します。しかし、イギリスのマニフェストの概念では、プロセスこそが重要です。プロセスの中で議論をして多様な意見を一つにまとめていくという作業です。このプロセスの作業が日本の政治家には欠けています。対立軸と言いますが、かつてのように「資本主義VS社会主義」という対立軸はありません。しかしマニフェストを作って行けば当然、政党間の違いがはっきり出てくる。そのプロセスをもっと重要視しなければいけない。ですからマニフェストは非常に重要です。民主党がマニフェストで失敗したこともあり、後退しているという危惧はあります。
工藤:本音ベースで言うと、政策を立案するプロセスが大事なのですが、同時に、政党が候補者を選ぶプロセスも大事だと思っています。しかし、そうしたプロセスを表に出さないということは、多分、全党的に作る仕組みではなく、数人で作って形を整えているというレベルの政策形成の力しかないのではないか、という気がしているのですがどうでしょう。
国民に根付いた政党を、いかにつくることができるか
牧原:マニフェストというものの日本への定着の難しさがあります。もともとは地方自治体の選挙で、首長の選挙にマニフェストを使おうというところから出発しています。ですから首長がこれまでの実績や首長になるための地域のコミュニティーの新しい方向性を示すのがマニフェストで、そこに予算の具体的数値をいれるという方向性でした。そうした場合は、一人ないしは数人のブレーンで済む話でしたが、政党の場合は、例えばイギリスでは、夏から秋にかけて一週間ごとに保守党、労働党、そして自由民主党がそれぞれ党大会をやります。その時期は、新聞やテレビは党大会で誰が何をどう議論したのかについて報道します。議会が閉会中で他にニュースもないことから、そうした報道をずっと行います。数週間も経つと、政党が何を考えているのかが国民もわかってくる。
しかし、日本ではメディアもそうした政策形成の場を報じるという状況がなさすぎます。毎年、何をやるわけでもなく次の通常国会のスケジュールはどうで、政局がどうなるかという報道に偏っている。一義的には政党全党に内部で議論する場を作る必要がありますが、多様に党の在り方や政策議論を見せる場がないのは非常に大きな問題です。それを国民もメディアも注目する必要があります。そこで何を言っているのかは、一つに集約されるはずはなくて多様になる。特に政策の現場、執行の現場、実行の現場で、各党どこに強みがあるのかを自覚する必要があります。自民党であれば地方自治体が強いとか、民主党であればNPOに強いとか、そうしたことが様々見えてくると思います。
工藤:民主党が2012年の選挙で負けた後、自分たちの党の立て直しのプロセスそのものをオープンにして、徹底的に政策の検証をするべきだと思っていました。しかし、その後も政権時に通用しなかった政策、かなり無理だというような政策を、何の検証もなくマニフェストにそのまま載せてきます。つまり全く何も変わっていない気がするのですが、どうして貴重な時間を無駄にするのでしょうか。
岩井:民主党がオープンな議論をすると空中分解する危険性を秘めているからではないでしょうか。だから密室でやらざるを得ない。密室でも合理的な議論はなされますが、最終的には選挙の勝ち負けが懸念事項になり、突然「子ども手当」が倍になって出てくるようなことがある。
一方でマニフェストが失敗したということは意味があります。いい加減なマニフェストを作るとしっぺ返しをくらうと政党が理解をして、その上できちんとしたマニフェストをどう作るかという次のステップに行けるからです。ただ、ここ最近はマニフェスト自体を出すことのリスクが大きいということで、政策の議論よりも選挙の勝ち負けが中心の議論になっています。すると候補者調整などの政局的な話にいってしまう。民主党には党を立て直す時に大事なポイントを避けていくという悪い癖がありますね。
工藤:内山さんにお伺いしたいのですが、先程のガバナンスの話ですが、やはり政党としてきちんとしたガバナンスが機能していないように見える。一方で、国際的に見ても政党助成金として国民の税金がかなり大きな額、使われています。そうしたお金が投入されているにも関わらず、アカウンタビリティ、つまりどのように使われて課題解決のプランを出して機能しているのかが見えないわけです。とするとプレッシャーをかけないと政党が事実的に変わらないのではないかという気がします。
現実的に先程のアンケートでも政党法を作ればどうか、第三者の徹底的な調査を入れるべきだ、政党助成金そのものを廃止するべきだ、という回答も出てきています。どうしたら政党のガバナンスを機能させることができるのでしょうか。
内山:制度を変えていくのも大切ですが、根本的には政党がいかに国民に開かれるかが大事だと思います。各党とも党首を選ぶのにいろいろとやっていますが、先進諸国のデモクラシーと比べると政党が国民に開かれている度合いは十分ではないと思います。イギリスもアメリカも、毎年大統領の候補を選ぶ党大会がテレビで大々的に放映されています。そのように有権者に根っこを持つということがなくて、相変わらず日本の政党は一部の業界に止まっているのではないでしょうか。国民に根っこを持つと、国民も私たちの政党が何をやっているのかを監視するようになりますし、政党に関する制度を動かすことにもなるでしょう。ですから、国民に開かれた、国民に根付いた政党をいかにつくれるか。一朝一夕にはできないとは思いますが、これが課題だと思います。
牧原:私は、政党自体をあまり規制しても実効性がないと思います。基本はアイデアが明らかに欠けているので、メディアを含めてこうすればいいと言っていく必要があると思います。あまりにもルーティンに飲まれてしまっているのが、自民党であり、他方どうしていいかわかっていないのが民主党だと思います。ただサッチャー政権時代の保守党と労働党はこんな感じでした。労働党のマニフェストに核ミサイルを廃止するというのがあって、選挙前に外務省の官僚たちは本当に労働党の話を聴いた方がいいのかと迷った、という話があります。このような時期はくぐっていかなければならない。ただそうだとすると自民党はもっと頑張る必要がある。まだ具体的な政策が足りずに与党の責任を果たしていると言えない。与党がもっと具体案を出せば、野党が違うと具体化するわけで。与党が具体化せずに野党が具体化することはないと思います。
政治家と国民の両者が少しずつ変わることで、政党政治は活性化する
工藤:政党政治をもう一度活性化するために、どのようなアイデアをお持ちですか。
岩井:競争という体制ができることが大事だと思います。どうしても選挙の勝ち負けに重点がいってしまうために、安易な数合わせ的な再編論が出てきますが、意味がありません。これまでにも、新進党や民主党、そして維新の党やみんなの党も、それなりの数で再編して生まれてきましたが、結局うまくいっていない。なぜなら、政党本来の考え方や政策でまとまることができていないからです。そうなるともう一度政党自体が、自らの柱は何かということを示して、立て直すしかない。自民党のような政権・与党は、政策運営をする必要があるので、多少は仕方ない。安倍さんの考え方が自民党全体の考え方になるかはわかりませんが、割と一つの柱が立ってきている。他の野党は、自らの軸は何かということから始めてもう一度立て直すしかないから、1年、2年という話ではありません。民主党も党を結成して政権を取るのに10年かかっています。もう一度振り出しから始めて5年、10年というスパンで物事を考えていく。牧原さんもおっしゃっているように、かつての労働党が政権を取るのに17年かかったので、そのくらいのスパンでものを考えていくことが大切でしょう。
工藤:内山さん、政党政治が日本の持つ課題にきちんと答えてくれないとまずいのですが、今の政治家の中でそういうことができるのでしょうか。それとも別の形になるのでしょうか。どのようなイメージを持たれていますか。
内山:既成政党に飽きが来ているからこそ維新の党やみんなの党といった新しい党が結成されている。例えばイギリスでも「英国独立党」が議席を伸ばしていて、新しい主張をする党に惹かれがちな側面があります。しかし今の政治家たちが自己改革できるかが大事です。では、そのためには何が必要か。政治家と国民は鶏と卵の関係ですから、政治家と国民の両方が少しずつ変わる必要があります。日本の財政が破たんすることがあれば別ですが、大きな事変があってがらりと変わることは考えにくい。
牧原:今の政権が成立する際、2012年の総選挙の直前に安倍さんに総裁が変わり、衆院選に勝つというプロセスを踏みました。しかし、このスタイルは良くなくて、選挙で負けた時に新しい党首を立てて、その党首を中心に次の選挙で勝つというのが本来の姿だと思います。党内事情で2年とか3年、かつては1年という時期もありましたが、党首の任期の中で党首を変えていけばいいというのはダメなガバナンスであり、通常、与党も野党も次の選挙はその党首で戦うというのが必要だと思います。そういう意味で言えば、民主党は2014年末の総選挙ではそれを実行して、海江田さんから岡田さんに交代したので、岡田さんと安倍さんで選挙まで頑張ってもらいたい。
また、マニフェストの問題というのは、結局は政党に政策の準備がないということでしょう。政策の準備なく野党が与党になってもうまくはいきません。官邸の首相や数人の閣僚が監視できる範囲のことが実行できないとなると、それが最大のリスクになるので、与党は何としてでも政策形成能力を急ごしらえでも高めていくしかない。
さらに、様々な課題を解決するための場を作ることも大事で、その場の作り方を見て野党がいろいろと考えるようになる。かつては審議会のやり方がありました。今後そのやり方でいけるとは思いませんが、かつて、中曽根首相は国民的舞台という言葉を使ったことがあります。そういう場面をどう作るのか、官邸や政権が考える必要があります。そして大舞台には与党や野党が出たり、あるいはメディアやネットが対抗したりする小劇場が出てくる。そういう大きな政治の場面がいくつも出てくると可能性がでてきますが、今は非常に乏しいのが現状です
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工藤:政党政治が、正念場というか試練に直面していると思いますが、結局はその政治を変えるのは有権者だと思います。ただ有権者の方も新しい大きな政治的な変化を作ろうという大きなエネルギーを感じません。将来に対する不安があるものの、結局、お互いにどうしたらいいのかとすくんでしまっている。ただ、やはり有権者と政治との間にきちんとした緊張感を取り戻さないと何も始まらないと思っています。そのためにも、選挙の役割をきちんと考えないといけないと思いますが、先程も言ったように、選挙時に示したマニフェストや約束を実現して、その進捗や結果を検証するというスタイルは日本の政治は誰も関心がないのでしょうか。
政党や政治家が新しい選択肢を提示し、有権者が触発される仕組みが必要
岩井:今回の投票率を見ても下がり続けています。学生に聞いても選挙には関心がないと言っていました。上手くいっているから関心がないのか、もっと別の次元で関心がないのかで話は違いますが、やはり政治自体に対して、やや絶望感があります。以前、例えば1980年代なら絶望感はあっても変わる可能性や選択肢があるかもしれない、と思えたかもしれない。しかし、今回の選挙ではそもそも選択肢が崩壊している。投票の意思はあるが選択のしようがない状況です。有権者の問題というよりは、選択肢をきちんと有権者に提示できなかった政党や政治家の側の問題が大きいと思います。2009年の政権交代時の選挙では、何か変わりそうだということから7割近い投票率となりました。つまりは、政党や政治家が臨場感を作り出せるかが大きいと思います。
内山:政党や政治家の側が新しい選択肢を提示して、有権者が触発される仕組みの構築が必要です。政治に変化の胎動があるときには投票率が高くなりますし、逆に今までと同じときは投票率が低くなります。有権者自身も政治家に働きかけをするし、政治家の方も有権者に働きかける。今回の衆院選は選択ない選挙だった。安倍さんがこの道しかないと発言しましたが、アベノミクス以外にも様々な争点があったはずで、争点化できなかった野党にも大きな責任があったのであり、野党の間で政策調整が出来なかったことが実質的な選択肢を提示できなかったことにつながったと思います。政治家と有権者の相互作用の中で、変化のきっかけをどこが持ち出すかが難しいところです。
工藤:選挙がきちんと政治をつくるという機会ではなくて、単なるイベントになっていて、政治と市民の間の距離が広がっている感じがします。それはやはり日本の民主主義の大きな問題のような気がしています。牧原さん、こうした状況を今度は国民サイドから見て、どのように受け止め、どのように変えていけばいいと考えていますか。
牧原:例えば、郵政解散の際の選挙や安倍内閣時代の参議院選挙、そして2009年の政権交代選挙では変化の胎動がありましたし、選挙自体も盛り上がっていました。しかし、当時選挙に勝った民主党政権に対して有権者がとまどってしまった。だから選挙制度一般の問題では必ずしもないと思います。ただ世界的にみると、民主党政権の成立前にアメリカではオバマが当選した際には、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブなどを効果的に用いて世論を味方に付けました。ところがネットの世界で政治に動員されるアプリなどがその後開発されていません。変わっていくという実感がツールにおいてもなく、同じものをずっと使っている。
さらに振り返って、冷戦が終わって社会主義体制が崩壊し、グローバル化が進むという流れがありました。そのグローバル化で世界が大きく良い方向に変わるかと思いきや、良い面と悪い面の両方のイメージが出てきました。政治を改革してもいい面と悪い面がある。つまり20世紀の最後で起こった壁の崩壊の先が一通り見えてきた。21世紀に入り、これまでの「変える」とか「変わる」という発想では立ち行かなくなっている。その意味で今は模索の時期だと思います。低投票率と皆さん言いますが、今までの最低ラインとそこまで変わってはいません。だいたいどの党も今回の選挙ではそこまで大きく変わっていない。この結果は冷静な評価だと思います。選挙があってさあ変わるぞということではなく、この選挙の後にどうするかということが重要です。
工藤:ただ民主主義をどのように機能させればいいのか、と有識者にアンケートで聞いてみましたが、あまりめぼしいアイデアはありませんでした。最も多かった回答は「中選挙区など選挙制度の見直し」でした。また、「選挙」について聞いてみたところ、「国民との約束の場」との回答が7割と最多となりました。つまり、選挙が民主主義の基本である、ということは有識者調査でもほとんど変わっていないわけです。ただそれが実現できていないというのであれば、それを実現するしかない、というような気がするのですがいかがでしょうか。
岩井:中選挙区制度に戻せというのは「昔は良かった論」に過ぎません。中選挙区制度の下では党内の派閥が助長されるので、党内にダイナミズムがあったということでしょう。だからダイナミズムを活力だとする認識を持つ年配の方が望んでいるのではないでしょうか。確かに小選挙区制度では、自民党は3分の1しか得票を得ていないわけですが、結果として強い政権ができた。ただこれはもともと小選挙区制度の持つ効果だったわけで、政党がきちんとしなければ選択肢を提示できない。やはり政党が多様な意見をどうまとめるかということが、これからますます求められると思います。何となくまとまっても駄目だと思います。だから昔の選挙区制度に戻すというのは容認できない議論だと思います。一方で、安倍内閣のように一強多弱ということになると、みんな非常に警戒する。もともと求めていたものは強い政権が出来て強い政策が出来る事ではなかったのか。この辺りはぜいたくな悩みなのかなと思うこともあります。
工藤:例えば、選挙を義務制にしたり、選挙に行かなかったらペナルティをつける。後、僕のアイデアは、選挙の最低投票数である法廷投票数を上げて、それに達しないところは、再投票に時間がかかるので空白にする。つまり、有権者が投票に行かずに政治家を選ばなかった、という暴論もあるのですが、どうでしょうか。
岩井:定数自動決定とかは確かにありますが、憲法との絡みでなかなか難しいと思います。例えば、暴論ではありますが、投票率を上げていくために、地方にお金をばらまくという政策もあります。選挙に来た人に何千円でも商品券を渡せば、地元で使う効果と投票率を上げる効果がある。こうした話も、地方創生で1兆円配るのであれば、同じことではないかという議論もありました。そういう議論が出てくる事態が悲しい話ではあります。やはり、有権者の自律的な投票意思が大事で、そうなってくると結局は投票率が低い時もあれば、高い時もある。やはり、有権者をひっぱりだせなかった政治の側の問題と言わざるを得ません。
工藤:やっぱりそこに戻りますね。牧原さん、三権分立で司法が弱すぎるという論がありますが、その点はどう考えますか。やはり、違憲審査がなかなか十分に機能していないのではないでしょうか。
牧原:長期政権時代だと、内閣の人事の影響を受けるので、その長期政権との関係は強くなります。政権交代すると与党とも野党とも等距離の裁判所になるので、長期的には裁判所の独立性が高まる可能性はあります。ただそのための意識は司法の中でも大きくは変わっていないと思います。有権者の政党に対する期待、例えば毎年、事後評価をやるとか、国民との約束を守る、ということは基本的なことだと思います。やはり基本が出来ていないのが大きな問題だと思います。同時に、有権者のパワーバランスやカウンターバランスも問われてきます。現状では、政治から見れば有権者は怖くないわけですが、これからは説明しなければいけないことが多くなってくると思います。ある部分を隠ぺいしていい話にするのか、そうではなくてきちんとやっていると言えるのか。いろいろなところで検証していくことが大事だと思います。
政治だけにお任せするのではなく、市民側も積極的に政治に参画することが重要に
工藤:まだまだ僕たちができることは沢山あることがわかりました。ただ、私たち言論NPOも悩んでいて、マニフェスト評価では政党の監視はできますが、先程、内山さんがおっしゃっていた、多様な意見を統合するという仕組み作りが政党政治で出来ないのであれば、市民側でできないかという問題意識があります。政策を市民側が纏めて政治と契約していくとか、政党のマニフェストに求めていったり、規制をする。政党がもう一度市民とつながっていかなければ、大きな展開ができないような気がしています。いま言論NPOもずっと検討しているのですが、内山さん、どうしたら流れを変えられますか。
内山:おっしゃる通りです。いわゆる熟議民主主義の考え方によれば、選挙は民意を表す極めて重要な場ではありますが、唯一の場ではない。第一人者であるハーバーマスの言葉を借りると、熟議の回路は選挙や議会だけではなく市民社会にも開かれていると。市民が常に政治に働きかけて自らの多様な意見をインプットして熟議を進めていく。どのアクターが具体的に担うのかという点では、NPOや市民も重要です。政治家もこれを上手く受け入れる姿勢が大切で、民主党政権は一時期やろうとしたが上手く取り込めなかった。市民の動きを政治家の動きといかに連動させるか。政治家も市民に働きかけて市民を動かせるようなことをやっていく必要があると思います。いずれにせよ政治家と市民の繋がりをいかに強めるかが大事だと思います。
工藤:岩井さん、今回のアンケートでは、記述回答もあったのですが、考えさせられるコメントがありました。例えば、結局一にも二にも有権者の問題ではないかという声です。つまり政治家を選ぶのは有権者であって、自分で自分の首を絞めている状況で、政党政治が機能していないのも、有権者がそうした政党を認めているからであって、結局は有権者がそうした政党政治をつくっているのではないか、という意見です。
岩井:有権者のレベル以上の政治家を選ぶことはできないとよく言われます。有権者も投票したら終わりではなく、責任を持たなければならない。そこで失敗したら政治家に責任を負わせるのではなく、選んだ側も責任を負う必要がある、ということをどうすれば有権者は認識するのか、我々が有権者に認識してもらうための努力をしていくのか。多様なチャンネルで有権者に啓蒙する、あるいは政治に対して働き掛けていく、選挙や議会以外のチャネルを発展させることが重要だと思います。言論NPOもそうですし、民間政治臨調もそうですし、いま日本アカデメイアで広報していますが。構想日本の事業仕分けもそうですが、影響をそれなりに与えています。アメリカだともっともっと影響を与えるのですが、そういう行動がもっと広がればいいと思います。
内山:ロゴス(理性)とパトス(情念)を兼ね備えた政治家が必要だと思います。言葉で丁寧に説明するのは大事ですが、それだけでなく、例えば、小泉さんのようにパトスで有権者にワンフレーズで訴えかける。うまくそれらを使い分けて有権者に働きかけ、有権者もそれに応えることができる政治家が登場することが日本の民主主義を変える一つの道かなと思います。
牧原:日本社会の決め方として誰か一人が大きな声を上げて唯々諾々と従うことはない。政治だけでなく経済でもそうですが、これまでは、いろいろな声が出て何となく流れができ一つになり、みんなが一気に乗っていくという決め方だった。これを政治が現実に活かしていくというのがこれまでだと思います。そうした日本社会の伝統を止めて、大きな声をリーダーが挙げればいいのか、それとも声なき声を拾うのがいいのかを考える必要がある。声なき声が存在していることを政治家はよく考えなければいけない。そして声なき声もいろいろなチャネルを使い、市民の側も発信していくことが必要だと思います。
工藤:今日はデモクラシーについて議論してきました。私は、この1月、2月と世界各国を訪問して、日本の状況に対して、いろいろな疑問や質問を投げかけられました。それに答えながら感じたことは、日本に対する印象がワンボイス化しているということでした。つまり、世界に対して、市民や有権者から多様な意見が出ていない。しかし、考えてみると、日本の社会でも様々な議論が出ないような雰囲気があるような気がしています。デモクラシーが機能していくということは、市民がいろいろなところで議論を行い、その中で政策の競争が始まるような流れができないといけないと思うわけです。こうした元気のある民主主義を日本で実現するためにはどうしたらいいのか、今回は第1回目の議論でしたが、私たちはデモクラシーに対する議論をさらに深めて、日本国内の課題に対して、1つの答えを出していかなければいけないかなと思っています。
ということで、皆さん、今日はありがとうございました。
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2015年2月20日(金)
出演者:
岩井奉信(日本大学法学部教授)
内山融(東京大学大学院総合文化研究科教授)
牧原出(東京大学先端科学技術研究センター教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、2015年、私たちは一年をかけて日本のデモクラシーの問題を議論したいと考えています。今回はその第一回目としてお送りしたいと思います。なぜ、私たちがデモクラシーの問題を議論したいと思っているかというと、日本の民主主義が機能していないという問題意識を持っているからです。そこで、今日を境に、民主主義について様々なテーマで議論を深めたいと思っています。
ということで、ゲストを紹介します。まずは日本大学法学部教授の岩井奉信さんです。続いて、東京大学先端科学技術研究センター教授の牧原出さんです。最後に、東京大学大学院総合文化研究科教授の内山融さんです。よろしくお願いいたします。
私たちは有識者の皆さんにアンケートをして、日本のデモクラシーが十分に機能しているかについて聞いてみました。すると今現在、6割を超す人たちが十分に機能していないと回答していました。この点について皆様のお話を聞きたいのですが、皆さんは日本のデモクラシーが十分に機能しているのか、あるいは機能していないのであれば、どこに問題があるのかについてお尋ねしたいと思いますが、いかがでしょうか。
日本のデモクラシーは機能してきたといえるのか
岩井:もちろん制度上、日本は民主主義国家ですが、ただデモクラシーの運用や実態については、機能していない部分があると思います。まずどこを理想像とするかで見方が変わってくると思いますが、おそらくそれぞれの有識者が自分の理想像と、今の政治の現状や選挙の結果を見た際、理想の民主主義と相当乖離している実態を見て、「機能していない」と答えた人が多かったのだと思います。その点、機能したか、機能しなかったかというのは、ある意味相対的な問題であると言えるでしょう。世界的な視点で言えば機能していると思いますが、例えば私たちがモデルとするようなアメリカやイギリスと比べるとそのレベルまでは達していないのではないか、そういった思いが今回のアンケート結果に出てきていると思います。
牧原:戦後から現在にかけて民主主義が機能しているかを考える際に、二つの要素を考える必要があると思います。一つは「日本国憲法が十全に機能しているか」ということです。やはり国会や内閣はある程度機能していて、基本的人権も保障はされている。ただ裁判所や地方自治体について考えるとまだまだ不十分な点が見られます。ただ日本国憲法自体が十分に定着しているので、制度としての運用は円滑に進んでいるとはいえると思います。
もう一つの要素は、「自民党をどう考えるか」です。細川政権以前の自民党長期政権時代に、民主主義は機能しているかと問えば、「機能している部分はあるが果たして政権が自民党で良いのだろうか」という答えが多かったと思います。同じ質問を小泉政権時代に問えば、おそらく「機能している」と答える人が多いのではないかと思います。ただ小泉政権後、民主党へ政権交代するまでの三代に渡る自公政権で同じ質問を問えば、「機能していない」という意見が強かったと思います。そして2009年の民主党への政権交代の際の投票率は高かったのですが、安倍さんが勝った2012年、14年の二回の総選挙を見てみると、どちらも投票率が高くありません。だから選挙結果としては自公が大きく勝利していますが、関心が高くない中で勝利しているという微妙な部分をどう考えるかが問われています。自民党の問題を始め、安倍首相は憲法改正を望んでいると思いますし、今、戦後ずっと抱えてきた問題がさまざま表出している状況だと思います。
内山:学者の悪い癖かもしれませんが、「そもそも民主主義は何だろうか」と考える必要があると思います。民主主義という言葉を聞いた時、人によって思い浮かべる意味は違うと思います。私は民主主義という概念には二項対立があると考えています。
まず大事なのは、「『多様性』と『統合』」という軸です。つまり国民は多様な意見を持っているけれども、政策を実行に移す段階では一つにまとめなければならない。多様な意見、多様な利益をどのように統合していくのかは非常に難しいと思います。多様な意見を無視して決めるのも良くないが、最後には決断することが必要です。「『多様性』と『統合』」のバランスをいかにとっていくかが、日本で民主主義が上手く機能する基準だと考えます。
もう一つ重要な二項対立は、「『民意』と『責任』」です。つまり民主主義社会は、民意という国民の意見を政治に反映することで成立します。しかしこれだけでは政治がポピュリズムに陥る危険性があります。政治家が国民を扇動してあらぬ方向に持って行ってしまう危険性もある。国民の意見を反映しているから民主主義だとも言えますが、重要なのは「責任」が伴う必要があるということです。つまり現在生きている国民に対する責任と、そして将来世代の国民に対する責任を考える必要があります。その民意の反映と責任ある政治のバランスを取るのが非常に難しい。つまり「『多様性』と『統合』」「『民意』と『責任』」について、日本に限らず全ての国の民主主義に問われていることだと考えています。
工藤:今のお話は、有識者のアンケートでも、どのように民主主義を考えていくか、ということで、たぶんみなさんの意見も違い、集約していない感じがしました。ただ今の内山先生や牧原先生、岩井先生の話を聴いて、もう少し僕たちの議論としては、焦点を定めた方がいいと思っています。私たちが考えている民主主義が機能しているかどうか、というのは、政治が課題解決をきちんとできるかということです。ただ政治が個人でやるのではなく、国民に課題解決の方法を提示し、有権者もきちんと解決を求めて、政治にプレッシャーをかけていく。そして課題解決、仕事をしていくというサイクルが動いているか、ということを考えています。では、今の日本の政治はその、課題解決に向かって動いているのか、ということを考えた時に、課題解決に向かって動いていると思っている人はあまりいないと思います。むしろ将来に対する不安が非常にある。それから、民意の中に多様な、多元的な意見がきちんと尊重されているのだろうか、という疑問もあります。一つの意見だけが出て、言いにくい雰囲気がないだろうか。それから政党間においてもいろいろな形で多様な競争があるべきですが、本当に競争があるだろうか。また、三権分立といいますが、違憲状態と言われて久しい一票の格差問題についても、それに対してなかなか解決するメカニズムが動いていかないなど、いろいろな問題があります。システムとしての民主主義は存在していますが、そのシステムを活用して課題解決に向かっていくという方向が見えていないと思っています。
ここで、アンケート結果を見てみると、それに類するようなところに有識者の人たちも色々な形で反応しています。先ほど指摘したように、政治が課題解決に向かって動かない中で、「メディア(言論界)が権力に対する監視役を果たしていない」とメディアの責任を問う声が3割を超えていたり、「日本の社会に多様な意見が尊重されず、ONE VOICE的な雰囲気が強まっている」との声が2割を超えています。また、「自民党の1京都なり、野党に対抗する能力が弱いこと」との回答も3割を超えており、国民から見ると、政党間で競争がなく選択肢がないという問題が挙げられています。今起こっている状況の中で、そうした問題を感じている人がいるという結果でした。この辺りに絞ったらどのような見方になるのでしょうか。
政局政治から脱却できていない野党
岩井:最初に申し上げたように、民主主義は大枠ではそれなりに機能していると思います。ただ「議会制民主主義」という点に焦点を絞ると不安になります。そしてさらに、議会制民主主義の中核になる「政党政治」という点に絞り込むと、相当機能していないという議論になると思います。自民党が強すぎるというのは結果論です。再編などを繰り返す野党に能力がないからであり、システムの問題とは一概には言えません。最大の問題は、政党が政党政治を確立できていないからだと思っています。確かに1994年の政治改革で政党本位の政治を目指し、政党政治に追い込むような仕組みを作ったからこそ、マニフェストが日本政治にも取り込まれました。ただマニフェストは試行錯誤が激しかったと思っています。また自民党の一党優位の状態が続き政権交代を経験してこなかったという日本独特の政治体制を良いものへと変えるために、日本型民主主義を西欧型民主主義に近づける政治改革をやったものの、依然として試行錯誤の状態が続いています。今はまだ試行錯誤の段階なのでそれほど悲観しているわけではありません。まだ皆が慣れておらず、まだプロセスの最中だということで、日本政治が変わる可能性はまだ少しあると思います。
工藤:やはり政党政治が機能しないという話ですが、ある時期までは二大政党という形を作ろうとして、政権交代も実現しました。しかし、現在の政界を見てみると、政権交代を期待できるような日本の政党の組織、形は見えない状況になっていて、はっきり言って自民党ぐらいしかまともなところがないという状況です。こうした局面は、まだプロセスなのですか、それとも結果なのでしょうか。
岩井:自民党は長い政権での経験があり、特に高齢層の有権者を中心に信頼性を確立してきました。そして民主党が2009年の選挙時に大勝利をおさめて政権交代を達成しますが、実際に政権を任せるとその結果が燦々たるものでした。この民主党の失敗が、有権者の持つ野党イメージの崩壊につながった側面は大きいと思います。これは民主党自体の問題が引き起こしたと思っています。日本政治はここまで政局政治だったのだろうかと思わされました。安倍さんが政権について様々な政策を出していますが、これにきちんと対抗できる政党やグループがまだ確立されていない。まだ野党は政局政治から脱却できていないと感じます。
課題を先送りし、玉虫色の決着を図る政治からの脱却ができていない
工藤:岩井さんのお話では、議会制民主主義と政党政治に対して、あまりうまくいっていないというお話だったのですが、牧原さんはいかがでしょうか。
牧原:今回のアンケートの質問、「日本で民主主義が機能していると思いますか」という質問について、回答した有識者は「現在の日本で機能している民主主義らしきものに満足していますか」と受け取ったと思います。機能していても満足できない、あるいは機能していないから満足できないという様々な見方があると思います。そしてこれが次の設問に表れていると思います。
言論NPOとの付き合いもあるのかもしれませんが、「メディア(言論界)が権力に対する監視役を果たしていない」ということを挙げる人が多くいるのは特徴的です。2009年に政権交代を経験しました。当時は、与党と野党が大同団結的に二つに集約されていると思っていたら、相変わらず自民党くらいしか意見を集約できておらず、民主党は集約さえしていなかったと多くの有権者が気付いたという状況だと思います。では、かつての自民党も集約していたかというと、そういうわけではありません。やはり田中、竹下、池田、宮沢政権は、ふわっとした合意で政治を動かしていた。現在はこれまでのやり方を改め、特に官邸主導で政策を動かそうとしたときに、付いていけない人たちが出てくるのは当然だと思います。しかし、違う意見の人たちをどうするか、ということは課題です。多様な意見を一つにまとめることは単純ではありません。内山先生がおっしゃったように、そこには複雑なプロセスがあるので、これをどう考えるかが大きな問題だと思います。
内山:先程、工藤さんが、民主主義はいかにして課題解決ができるかが重要だとおっしゃいました。たとえば具体的な課題について考えると、今回の選挙でも問われたように、将来世代に対する責任という意味でも「財政の持続可能性の問題」は重要だと思います。2015年度にプライマリーバランスの赤字を半減することはできそうだとはいえ、2020年度のプライマリーバランスの黒字化まではまだ目処が立っていません。誰かが決断してやる必要がありますが、今の政党政治では誰も火中の栗を拾おうとしない。日本の政治、そして日本の民主主義の難しい問題がここにもあると思います。
工藤:後からもう少し具体的に言いますが、昨年の選挙の時に自民党と野党のマニフェストを全部評価したのですが、あまりにもひどくて、100点満点で最高点の自民党ですら24点で、10点台が3党、残りの4党は1桁代という結果でした。特に野党ですが、政策を日常的に作っていないのが現状なのです。
岩井:牧原さんがおっしゃったことは非常に重要で、昔の自民党政治では玉虫色とか先送りというあいまいな手法で物事が済んでいました。しかし現在では、財政や経済の問題という数量的な問題を考慮する必要があるため、曖昧にはできません。あるいは先送りをしてきた外交や憲法などの問題に結論を出さなければならなくなってきている。そうするとこれまで自民党がやっていたような玉虫色の決着の在り方が立ち行かなくなってきている。そうした状況の中では、政党が自分の立ち位置をしっかりと持たなければならず、そこが上手くいっていないために混乱が起こっているのかもしれません。そして自民党の中でも、安倍さん以外に対抗馬がいない。小泉元総理の改革でこれまでのような派閥が崩壊しているので、自民党は今止まっているように見えます。その状況の中で、今選びうる選択肢が自民党だけしかないというのは一つの結果なのかなと感じます。野党はそこを相当にあいまいにしていたつけがいま回ってきたという感じがします。