5月8日放送の言論スタジオでは、「大国関係と国家主権の未来~ウクライナ問題を考える~」と題して、河東哲夫氏(Japan World Trends代表)、下斗米伸夫氏(法政大学法学部教授)、西谷公明氏(国際経済研究所理事・シニアフェロー)、廣瀬陽子氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)をゲストにお迎えして議論を行いました。
まず、司会の工藤から、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートでは、ウクライナ南部のクリミア自治共和国を、軍事的脅威を背景にした「力による現状変更」により、ロシアに編入したプーチン大統領の一連の行動について、「いかなる理由があろうとも許されない」との回答が43.6%あった一方で、「クリミアはロシアにとっては歴史的に特別な地域であり、かつ欧米側の支持でウクライナのEU加盟やNATO参加を阻止するためのやむを得ない対応とも理解できる」と理解を示す回答も34.7%と一定数あったことが紹介されました。
プーチン大統領の行動原理の根底にあるものとは
この結果を踏まえ、下斗米氏は、いかなる理由があろうとも許されないと前置きしつつ、プーチン大統領の行動に対する分析として、「彼はウクライナの2月政変の背後には、西側諸国がいる、と認識していた。実は、アメリカのオバマ大統領も関与は認めており、その認識は正しかった。今回の併合はそれに対する対抗措置としてとられたものであり、計画的なものではなかったのではないか」と述べました。
この発言を受けて、河東氏は、「歴史上、悲劇が起きる時には、どうしようもない誤解や認識のずれがあるものだが、今回のウクライナ問題はまさにその典型である」とした上で、「プーチン大統領はアメリカの関与もあったので、海軍基地のあるクリミアを確保しなければならない、と焦ったのだろう。しかし、アメリカはウクライナの民主化には関与しようとしていたが、ロシア封じ込めを狙った軍事的な意図まではなかった。ここに双方の大きな認識のずれがあった」と分析しました。
廣瀬氏は、両氏の見解に基本的に同意しつつ、「ロシアは事前の世論誘導により、クリミアの世論に親ロシア的な土壌を作っていた。今回の併合も突発的なものではなく、前々から周到に計画されていたものではないか」との認識を示しました。
西谷氏は、ウクライナ問題の背景として、まず、地政学的に見て、米欧とロシアに挟まれたウクライナは元来、大国間の思惑によって揺れ動きやすいことを指摘しました。さらに、「現代の国際政治は政治的指導者個人によって決まる要素が意外に大きくなっている。今回の併合はまさにプーチン大統領の『影響圏』に関する思想が色濃く反映されているのではないか」と語りました。
改善の見通しが立たないウクライナ経済
続いて、ウクライナ経済の現状について議論が移りましたが、各氏は一様にウクライナ経済の苦境を指摘しました。
河東氏は、「ウクライナはロシアへのガス代金の支払いに苦慮しているが、これはティモシェンコ政権時代に、ロシアに支払う価格を高く設定したことが背景にある。また、オリガルヒ(新興財閥)が政治、軍事、経済すべてにおいて実権を握り、国内の混乱を招いている」と説明しました。
廣瀬氏は、「政変前にEUはウクライナが自立する見通しを立てていたが、肝心のウクライナ自身にはその意欲がない。重工業地帯の東部は設備の老朽化が酷いし、効率も悪く政府の補助金頼みの状況になっている。また、長年ロシアからガスを廉価で購入できていた反動も顕著になっている」と述べました。
西谷氏は、「ウクライナ政府自身が、自国の経済崩壊の実態を把握できていない有り様である。今年の2月、通貨フリブナが急落し、IMFの融資により何とかしのいだが、そもそも外貨準備高が非常に少ない。また、物価もインフレ率40%という状況であり、ガス代、燃料代も高騰している」とした上で、「今のところ国民は耐えているが、いずれは耐えられなくなる。その時にどうなるかが問題」と指摘しました。
大きな転換期を迎えた「国家」という枠組みを前提とした国際政治
続いて、工藤が「今の国際政治は『国民国家』という枠組みを前提としているが、このウクライナ危機は国家というもののあり方について大きな問題提起をし、国際政治は大きな転換期を迎えているのではないか」と問いかけると、廣瀬氏は、「間違いなく転換期を迎えている」と答えました。
その上で廣瀬氏は、「国家という枠組みが脆弱になりつつあることにより、国家を前提としたウェストファリア体制も脆弱になりつつある。国家という枠組みを巡り、各国が色々な選択を迫られようとしている。その中で、このウクライナ問題が一つのテストケースになるのではないか」との見通しを示しました。同時に、「プーチン大統領はクリミア併合を正当化する根拠の一つとして、NATOの介入を経て2008年に独立を宣言したコソボをあげているが、コソボが承認されてクリミアが承認されないのはなぜなのか、という彼の疑問に対して米欧も明快に答えられていない。この米欧の『ダブルスタンダード』も問題の背景にあるのではないか」との認識を示しました。
下斗米氏は、独立以降のウクライナについて、「国民国家を形成しなければならないのに、『国民』がいない(言語や文化、宗教が共通ではない)。そして、『国家』もない(例えば、国軍が機能していない)。まさに国家がメルトダウンしているような状況である」と指摘しました。
「真の和平」を実現するためには、西側諸国による実のある支援が不可欠
最後に、工藤が「ロシアは最終的に何をしようとしているのか。真の和平を実現するためにはどうすべきか」と問いかけました。
河東氏は、ロシアの意図について、「ロシアは東ウクライナの併合までは考えておらず、この地域で混乱を持続させること自体が目的になっている。併合にはコストがかかるし、混乱が続けばウクライナは米欧に接近するどころではなくなるので、混乱の持続で十分だからだ」とロシアの目的を分析しました。
下斗米氏は真の和平への道程について、「独仏による『ミンスク2』ではなく、アメリカも加えた『ミンスク3』の合意を急ぐことが第一のポイントになる。さらに、政治指導者同士の対話だけでは限界があるので、宗教指導者の関与などを活用していくことも視野に入れるべきだ」と主張しました。
廣瀬氏は、「日本も含めて西側諸国がウクライナを支援する。それも単なる援助ではなく、技術支援など国としての底力を上げるようなものにしないと、国家として自立できなくなってしまう」と主張しました。
西谷氏は、「実は内戦が始まってからこの1年で、ウクライナの対ロシア貿易額は過去最大になっている。今は反ロシアの機運も高いが、それが高まりすぎると国の復興と自立にも悪影響を及ぼすことになる。米欧もこういう現実を見据えた上で、安易にウクライナの行動を縛るようなことをすべきではない。また、ウクライナが完全に崩壊したら4000万人もの労働難民が西欧に流れ込むことになるが、こうした大混乱を未然に回避するためにも米欧の支援は不可欠である」と語りました。
今回の議論を受けて、工藤は「このような地球規模の課題について、今後も継続して議論していく必要がある」と述べ、白熱した議論は終了しました。
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ウクライナ問題の背景をみる
工藤:言論NPOの工藤泰志です。言論スタジオでは、これから国際的課題についての議論も行っていきます。その第一回目はウクライナの問題です。今まさに世界で平和的な秩序をどう維持するかが問われているからです。昨年2月にウクライナは政変に直面し、その後クリミアではロシアによる併合があり、そして東部では紛争が起こっている状況です。また経済的にも厳しい状況に直面しています。このウクライナ問題をどのように考えるべきかについて、日本の有権者が考えるきっかけを作りたいと思います。
それでは、ゲストをご紹介します。まず、元ウズベキスタン大使でJapan World Trends代表の河東哲夫さん、法政大学法学部教授の下斗米伸夫さん、国際経済研究所理事・シニアフェローで、ロシアトヨタ社長も務められた西谷公明さん、そして慶應義塾大学総合政策学部准教授の廣瀬陽子さんです。皆さん、よろしくお願いします。
クリミア併合に対し、見方が分かれた有識者
まず今回の議論に先立って実施した有識者アンケートの結果からご紹介します。昨年のクリミアのロシアの併合から、ウクライナ東部のドネツク・ルガンスクで紛争が続いています。そこで、「このロシアの一連の行動をどう評価するか」と尋ねたところ、最も多かったのは「軍事的脅威を背景にした『力による現状変更』であり、いかなる理由があろうとも許されない」であり、43.6%でした。また意外に多くて驚いたのは、「『力による変更』は許されないが、クリミアはロシアにとっては歴史的に特別な地域であり、かつ欧米側の支持でウクライナのEU加盟やNATO参加を阻止するためのやむを得ない対応とも理解できる」という回答で、これが34.7%もありました。
次に、「ロシアに併合されたクリミアの将来は、どうなるか」尋ねたところ、42.6%が「ロシアの併合を世界が認めないまま、『未承認国家』のまま存続する」と回答し、27.7%が「国際社会は併合されたクリミアを承認するか、国家承認しないまま関係を保っていく」と回答しました。「ウクライナが力を回復し、強制的にクリミアとの統合を取り戻す」や「クリミアが平和的にウクライナの主権内に戻り、再統合が実現する」と考えている人はいませんでした。
次に、ウクライナとロシアの間では今年2月中旬、仏独両首脳の調停で停戦合意が成立しましたが、その後も局地的な戦闘が続いています。そこで、「ウクライナ紛争の見通しをどのように見ているか」尋ねたところ、77.2%が「長期化すると思う」と回答しました。
そして最後に、経済的な問題についても聞きました。国際通貨基金(IMF)はウクライナ経済再建のため、総額175億ドル(約2兆1千億円)の追加金融支援を実施することで同国政府と暫定合意しています。そこで、「ウクライナ経済の将来の見通しをどのように見ているか」と尋ねたところ、70.3%が「国際的な支援を得ても経済再建は難しく、先行きは不透明」とかなり厳しい状況であると考えられています。
さてアンケート結果を踏まえながら、今回の状況をどう見ているのかについて、皆さんにお話を伺います。
プーチン大統領の行動原理の根底にあるものとは
下斗米:この有識者アンケートでも多くの方が回答した、「力による現状変更は許されない」という意見はその通りだと思います。ただ、この一連の問題に関するプーチンの認識は、去年の2月21日から23日にかけて、ウクライナ側がクーデターを起こした背景には、西側の関与があった、ということです。大変興味深いのは、1月末にCNNでオバマ大統領はこの認識を間接的に認めたことで、2月のウクライナの政変にはアメリカが関与したことを示唆しました。したがって、ウクライナ併合の計画などしていなかったプーチンは、即応的にクリミアを併合したという認識を認めたことになります。去年ウクライナ周辺で起きたことは非常に捉えづらいものですが、オバマ大統領とプーチン大統領の去年の2月時点での認識は一致していたと言えます。プーチン大統領からすれば、2月の政変自体が非合法的なクーデターであり、ロシア人の意思を守るために国民投票を行い、クリミア併合を行った、という考えなのだと思います。
工藤:報道されている内容と異なる話もあったので、確認したいと思います。報道ベースでは、2月末の政変は、ウクライナのヤヌコビッチ前大統領がEU加盟に消極的な態度を取り始めたことが原因だとされています。もともとプーチン大統領もEU加盟を取りやめるように迫っており、それに対して親欧米派の住民が大きく騒ぐことで政変が起きたとされています。
先程の話で、オバマ大統領が認めたこととは何だったのでしょうか。
下斗米:オバマ大統領は、その一連のプロセスにアメリカの意図があったということを認めたということです。
工藤:一連のプロセスに関与したというのは、具体的にどういう意味でしょうか。
下斗米:オバマ大統領は、政権交代に関与したという言い方をしていました。
ウクライナ政変は、各ステークホルダーの思惑が絡み合って生まれた悲劇
河東:悲劇というのは、往々にしてどうしようもない誤解やねじれが衝突に繋がることで起こります。その動きが今回の政変でも見られ、すべての当事者がバラバラに動いている印象を受けます。「ねじれ」とは、ウクライナとEUが連合協定を結ぶことに対して、プーチン大統領が強い圧力をかけて止めさせたことから生じた一連の動きに見られる現象です。しかし、プーチン大統領の勝利に終わったと思っていたら、ウクライナ国内のリベラル勢力が動き出し、それにウクライナ国内の過激な右翼が便乗することで、2月のクーデターに繋がりました。この一連の混乱に対して、アメリカが資金を提供していました。右翼勢力には資金を提供していませんが、民主化運動を助けるという名目でリベラル勢力には以前から資金を提供していたわけです。アメリカは世界中でそういう取り組みを行っています。それで、プーチン大統領の勝利で終わるはずが、事態がひっくり返ってしまった。プーチン大統領は、そのクーデターに絡んでいたのはアメリカであるという報告を受け、そう思い込んだのだと思います。プーチンが今年の3月テレビで言ったところでは、その日の夜キエフを逃げ出したヤヌコーヴィチ大統領一行はクリミア周辺まで自動車で逃げ、もう少しで右翼勢力の待ち伏せ襲撃を受けるところだったとのことですが、その救出を徹夜で指揮して帰宅する直前、プーチンはクリミアをロシアに収める準備をしろとの指令を下僚に下したそうです。彼は、クリミアを取らなければ危ないと思った。その理由は、クリミアにはロシアの黒海艦隊のセヴァストポリ基地があり、ウクライナの過激右翼派は当然そこまで攻めて来るだろうと思ったからです。ロシアが地位協定まで結んで保持している基地を取られてしまうと非常にまずいということで、クリミアを取る指示を出した。このプーチンの反応を過剰反応と見るか正当防衛と見るかは、人によって異なります。
他方、アメリカの側にも一種のねじれが見られました。オバマ政権下のアメリカは他国に軍事介入するつもりは全くありませんが、民主化を実現させようとするNGO団体の動きを抑えられていない、という面もある。共和党や民主党の傘下にもNGO団体がおり、それらがウクライナでも長年資金を提供する活動などを通じて野党を育ててきたという背景があります。だからアメリカ国内でもねじれて分裂していると言えるでしょう。
そして「バラバラ」とは、オバマ大統領自身には軍事介入するつもりがなくとも、特定のNGO団体や国務省のヌーランド次官補などが軍事介入に積極的で、ウクライナ体制をひっくり返す方向で突き進んだことです。ロシアはロシアで、プーチン大統領の下で一つにまとまっているわけではありません。特に東ウクライナなどは、ヤヌコビッチ元大統領の利権の本拠地です。ヤヌコビッチ前大統領はロシア勢力も引き込みつつ、自分の利権の確保も図っている。そこにロシアの右翼や軍の諜報関係者も入り込んでいるので、事態はより複雑になり、東ウクライナは必ずしもプーチン大統領の抑えが効いているわけではなく、思い通りにできていません。
さらに、アメリカ国内だけではなく西ヨーロッパもバラバラな状態です。ドイツやフランスは、ウクライナ紛争が自分たちのところに波及してこないことが確保できさえすれば良いという消極的姿勢を保っています。一方で、ロシアへの恐怖心が強いポーランドやバルト諸国などの国々は、ウクライナ情勢に対して強硬な姿勢で対応するように主張している。だからウクライナ情勢を見るにあたっては、「ねじれ」と「バラバラ」がポイントだと考えます。
ロシアとアメリカという大国の狭間に揺り動かされてきたウクライナ
廣瀬:皆さまのおっしゃる通りだと思いますが、ただ、プーチン大統領は前々からクリミアを編入する準備は進めていたと思われます。例えば、政治技術者を送り込み、プロパガンダなどによる洗脳、世論誘導など様々な政治的工作を通じて、親ロシア派を増やす土壌を作っていたと言われています。それがいつから始まったかについては、例えばオレンジ革命が起きた2004年という説、ウクライナとロシアの間で第一次ガス戦争が起きた2006年という説、それからグルジア戦争(ジョージア戦争)が起きた2008年など、諸説あるようです。いずれにせよプーチン大統領は将来的なクリミア編入を見据えて、ハイブリッド戦争の準備を始めていたと言われています。そのような中で、ウクライナの情勢が大きく変化し、しかも相対的に米国の国際的影響力が落ちていたのに鑑みて、これまでの準備を実行に移すのは今しかないと判断して、クリミア併合に踏み切ったのだと思います。
西谷:一連のプロセスについて、このウクライナ問題の本質は、その背景に欧米とロシアという大国間に挟まれたウクライナの地政学的なジレンマがあるということです。長い時間軸で考えると、ソ連が解体した後に、ロシアと欧州の狭間に独立国として誕生したウクライナという国がはらむ矛盾が表れていると思います。また、最近の国際政治を観察すると、国際政治ではリーダー個人の存在によって左右される側面が大きいように思われます。例えばプーチン大統領の最近の発言では、勢力圏・影響圏という概念が色濃くにじみ出ています。今回のウクライナのクリミア問題にせよ、東部ウクライナ紛争にせよ、そういう背景があるように思われます。
もともとウクライナという国は、国民国家として一つにまとまった状態で誕生したわけではありませんでした。独立直後は熱狂的な雰囲気があり、東西共に独立に賛成しました。しかしながら、熱狂がさめて冷静になった時に、育った環境も歴史も異なる東西は、見ている方向が全く異なっていました。だから1994年以来、ほぼ10年ごとに政変によって大きく体制が揺れてきました。今回のマイダンの政変も、行き着いたところの一つの政変だと思います。
下斗米:ウクライナが1945年ソ連やベラルーシと並んで国連に加盟した際は、クリミア半島はロシアに属していました。それを1954年に、フルシチョフがクリミア半島をウクライナに行政的に変更しました。ただその時は主権国家だとは考えずに変えたということです。あの地域は、ロシア関係者も多いことから、そのことに対する不満が自決権の高まりとして、ペレストロイカで現れてきました。もともとクリミア人がそこに居住していたという複雑な背景もあって、マトリョーシカ民族主義が出ていました。そして結局、言語も文化もバラバラであるという複雑な背景をまとめ上げる力量のある政治家が現れないまま、利権争いに奔走していました。そうした形でしか国を作り上げることができなかったという悲劇がありました。
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経済的側面から見るウクライナ問題
改善の見通しが立たないウクライナ経済
工藤:確かにソ連解体後、独立国として立ち上がろうとするウクライナが持つ矛盾や困難が、この事件の中で顕在化しました。経済的持続可能性を実現しない限り国家として成り立たないからこそ、巨大な組織であるEUに加盟することで活路を見出そうとしていたのではないでしょうか。しかし実際の経済はロシアとの強い関係を持ち続ける中で、ウクライナとしての様々な選択を求められたという背景がある。これについてどうお考えでしょうか。
河東:経済的には非常に難しいと言えます。例えばリーマンブラザーズ破綻が起きた際の金融危機でGDPは大幅に縮小し、少し立ち直ったと思いきや欧州サッカー選手権を主催した時の借金が国を苦しめています。またロシアに対する天然ガス代金の支払いにも苦慮しています。ティモシェンコ前首相が天然ガスの利権を手に入れる目的でロシアと手を握り、ロシアに対する天然ガスの支払い価格を高く設定したことにより、ウクライナは常に天然ガス支払いに困窮しているわけです。そしてそれらの利権は、国内のオリガルヒと呼ばれる新興財閥によって牛耳られています。例えばヤヌコビッチ大統領は、財閥で最も影響力を持つアフメトフという財閥の後ろ盾を持っているなど、国内は非常に複雑な状況です。こうしたことから、ウクライナ国内は分裂しており、国民国家の一歩手前とも言える状況だからこそ、国民国家の枠組みで語れない側面があります。
工藤:経済の足場を固めようとEUに参画しようとしていましたが、一連のプロセスでとん挫しています。政変前にEUは、ウクライナ自立の見通しを作っていたのでしょうか。
廣瀬:一応の見通しはありましたが、ウクライナはそれに乗ってきませんでした。オリガルヒの問題などウクライナの国内経済の状況は悲惨です。例えば、ウクライナ東部の重工業地帯は、ウクライナの重要な経済基盤と言われていたものの、その工場地帯も老朽化して、補助金でかろうじて持ってきた状況でした。現在の新政権の下で補助金が撤廃されたことで、この重工業地帯の再興は非常に難しくなったと思いますし、そもそも設備の近代化を図らなければ再興も不可能でしょう。そしてソ連およびロシアから長い間ガスを極めて安価に入手できていたので、彼らの経営には「効率」という概念がありません。同じ製品を作るにしても、西側世界とウクライナでは3倍くらいの必要エネルギーの差があります。そのような部分も是正し、近代化と効率化を図らなければ、EUが想定する改善は無理だという状況でした。
工藤:ウクライナ自身が相当な努力をしなければならない状況で、今の政変が起こったということですね。西谷さん、ウクライナ経済はどのような現状に直面しているのでしょうか。
西谷:私は最近では昨年11月にウクライナを訪問しました。その時点で既に、政府がどこまで経済の実情を把握できているのかわからないぐらいに、経済の崩壊が進んでいました。例えば私の友人の一人は「自分たちにはもう失うものはない。ロシアと戦うだけだ」と発言するくらいに、ウクライナの経済そのものが破綻に瀕していました。年明け2月に、ウクライナ通貨が急落して危ない状況にありましたが、今はIMFの融資が始まりなんとか一息ついています。ただ人口4000万人を超えるエネルギー輸入国の外貨準備が100億ドルというのは、薄氷を踏む状態だと言えます。通貨が安くなれば物価が上がるわけで、今年の3月、4月のインフレ率は、公式発表で年率40%であり、食料品や日用品の価格が高騰しています。また中央銀行の貸出金利が年率30%という水準で、この状態ではまともなビジネスは成り立たず、マヒ状態に近いというのが実情だと思います。
工藤:IMFの支援は、170億ドルの他に、例えば国債の償還などを合わせて400億ドルに上ると言われています。一方ギリシャに対する支援の枠組みは3000億ドルくらいで、それに比べると今回のウクライナに対する支援の枠組みはかなり小さい印象を受けますが、それについてはどのようにお考えでしょうか。
西谷:ウクライナ経済の規模を考えると、ギリシャと違ってたとえ破綻したとしても、欧州を始め世界経済に大きな影響を与えるほどではありませんので、国際経済秩序は大丈夫でしょう。ただ4年間で175億ドルのIMF融資プログラムには、厳しいコンディショナリティーと呼ばれる制約条件があり、先々の継続が保障されているわけではありません。例えばその制約条件によれば、既存債権者との債務の繰り延べ交渉を行う必要がありますし、東部ウクライナで戦闘が激化すると、国防費が膨らんで国家予算の前提が崩れます。現在でも既に、280%のガス代料金の値上げ、66%の燃料代値上げを決めるなど、財政でも非常に厳しい緊縮政策をしています。ウクライナの人たちは今のところは良く耐えていますが、その頑張りがいつまでも続くわけではないと感じています。
工藤:これ以上経済的に厳しい状況に直面すると、国民の意識はどうなるのでしょうか。EUやロシアの綱引きもあると思いますが、どちらの方向に動いていくのでしょうか。
廣瀬:ウクライナ国民は、経済が駄目になったのも、ロシアのせいであるという意識を強く持っているので、現在の状況においてはヨーロッパを向く可能性が高いと思います。ただクリミア住民は、ウクライナの一部であった頃よりも、多額の年金や給料、奨学金などがロシアから支給されるようになったために、ロシアに心が向きつつある、と聞いています。ただ、クリミア住民といっても一枚岩ではなく、クリミア・タタール人やウクライナ人については、そもそもかなりの人数がクリミアを離れましたし、クリミアに残っている場合でも、ロシアへの感情はかなり厳しいものがあると言えそうです。
大きな転換期を迎えた「国家」という枠組みを前提とした国際政治
工藤:ウクライナを取り巻く現状やその構造が理解できました。特にクリミアの併合では、大国間関係の歪みの中で、様々な駆け引きや利害が渦巻いていたということです。ただ領土や国民を持つ主権国家に対しては、いかなる理由があれども併合を許すことはできません。それを許せば、国際的な秩序が揺らいでしまうからです。ただ今回、ロシアは既に併合をやってのけました。その動きは国際社会の中で認められるのでしょうか。認められないのであれば、今後どう対応すればよいのでしょうか。
下斗米:ウクライナがきちんとした国民国家であれば到底許されることではありません。不幸なことに、ウクライナ国家自体がメルトダウンしかねない状況で、チェコのゼーマン大統領のようにクリミアはロシアの領土であると主張している人物もいます。またソフトランディングを考えているEUでも、モゲリーニ上級代表のように、「クリミア半島のロシア帰属を確認するために再度国民投票を実施し、その代価はロシアに支払いを要求する」ということを述べている人もいます。米国のマクフォール前駐ロシア大使もそれに近い考えを述べたそうです。だから国民国家という枠組みではなく、紛争解決の一つの方法として、ウクライナ経済支とクリミア半島の現状事実上の取引という考え方がないわけではありません。
工藤:国家主権や内政不干渉原則が守られることで国際社会秩序は維持されていますが、その主権国家の枠組みを否定すれば混乱が生じると思います。ただ、すでにそういう状況が起こっているということは、国際社会は現在転換点にあるのでしょうか。今後こうした動きが頻発すれば、国家という枠組みが脆弱になる可能性が高まりますが、どうお考えでしょうか。
廣瀬:間違いなく転換期にあると考えています。ウエストファリア体制はなくなってはいませんが、事実上ほとんど意味をなさなくなっていると思います。言い換えれば、国際政治が国家を単位に語れなくなっている状況があるといえます。そうした状況の中で、国家に固執する動きもあれば、国家を乗り越えようとする動きもあり、今後ますますそれぞれの国や地域が選択を迫られていくでしょう。こうした状況の下で起きたウクライナやクリミアの一連の動きが、今後の世界像や国家の趨勢を考える上での一つのケースとなるとも言えそうです。
工藤:コソボ問題でも、主権国家の中で宗教や民族などの対立が起こり、国内が非常に混乱していても、そこに他国が関与することは内政干渉になるのではないかとの議論がありました。国家の統治は、悪人が行っても統治は統治だということですが、その承認の方法がダブルスタンダードと、国際的なルールが見えなくなる気がします。
廣瀬:それは間違いありません。コソボは悪しき先例になったというのが現在の通説です。国家の主権尊重や領土保全の原則がある一方で、それらと矛盾する民族自決の原則もあり、基本的には主権がより尊重されるものの、時に両原則間の対立が顕在化します。旧ユーゴスラビアのケースを複雑にしていたのは、ユーゴスラビアとソ連が解体したときに、欧米や新生ロシアが、かつて連邦を構成していた連邦構成共和国の境界線は変えないという約束を結んだことでした。セルビアという連邦構成共和国からコソボを外すのは、連邦構成共和国の境界を変えることになり、連邦解体時に取決められた原則にも反することになります。それでも欧米はコソボだけが承認される理由にを、はっきり示すことができていません。だからこそ、コソボ問題や現在のウクライナ問題の背景には、欧米のダブルスタンダードもあると指摘されています。
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ウクライナ問題の解決策は
未だ国民国家として未成熟なウクライナ
工藤:それでは最終的にこのウクライナ問題をどのように解決するかに話を移していきます。これまでのお話では、これまでの国際政治秩序は主権や領土を認めることで成り立ち、その仕組みの後ろには大国間のパワーが機能していたが、冷戦が終結し更にアメリカのパワーも相対的に小さくなる中で、主権国家を守る仕組みにほころびが生じ始めているということでした。再度、国際的平和秩序を安定させるための仕組みづくりが必要ですが、全くそこに向かえない状況だからこそ、現在の混乱が生じています。
下斗米:ウクライナは、まず国民国家を形成する必要がありますが、言語、文化、宗教、アイデンティティがばらばらで、そもそも国民としてのアイデンティティが定かではない。またウクライナでは国軍が機能しておらず、国軍の代わりに30から40の民間防衛組織が今でも続いています。これらの民間防衛組織を、ポロシェンコ大統領は統合しようとしていますが、上手くいっているとは思いません。したがって国家のメルトダウンが進行している上に、現政権を支える政府や大統領、そしてオリガルヒの間に亀裂が生じています。ロシアが紛争から一時的に手を引いているからこそ、その亀裂が生まれているとも言えます。私はポロシェンコ大統領は比較的良い大統領だとは思います。ただ彼が憲法改正する力を持つためには、もう少し経済や政治の統合を進める必要がありますが、まだその兆しは見えてきません。
河東:アメリカのパワーが落ちたと言われますが、戦後の歴史ではアメリカは伸びたり縮んだりの繰り返しで、現在でも実質的にはそれほど変わっていません。現状は、ブッシュJr大統領がアメリカ一極体制下、調子に乗りすぎた結果です。結果、イラクで大きな損害を被った上に、リーマンブラザーズ破綻もイラク戦争のためにお金をすり過ぎた煽りを受けたから起こりました。だからこそオバマ大統領は軍事介入を控えています。しかしながらアメリカ軍は世界で最も強大で、軍事介入する力は断トツで有しているので、そこを見誤ってはいけません。
日本の場合、何をすべきか、と言うと、地理的に日本から遠く離れたウクライナについて、解決策を見出さないまま騒いでいても仕方がないですし、かといってあからさまに追認するのもいただけません。議論してもらちは飽きませんが、この問題については国連組織等で議論し続けることをしっかりと主張することが大事です。そして例えば、北方領土問題に関連させて、クリミアを国連に信託統治するように提案することなども考えられるでしょう。ただ日本周辺地域では絶対に主権の侵害は認めてはならず、そのために外交や軍事バランスの維持にきちんと努めることです。いかにこの状況を利用するかを考えるのも重要な視点です。
工藤:アメリカは、ロシアのウクライナに対する措置を武力で抑えることが可能だったのでしょうか。
廣瀬:仮に可能だったとしても、本気でやる気にはならないだろうと思います。
工藤:ウクライナはもともと核を有していましたが、ブダペスト合意でそれを放棄し、周辺の核保有大国はそれに対して介入しないという合意がありました。今回の事件は、その合意が守られずに核保有国が核を持たない国に対して侵攻しているという見方もできます。これについては、国際社会でどう対処できたのでしょうか。
廣瀬:今回の危機が起きてから、ウクライナが核を放棄したのは間違いであったという意見が目立つようになっていました。ウクライナ危機に際し、本来であれば、覚書に則り、欧米やロシアもウクライナの安全保障を確保すべき状況がありました。しかし実際には、ロシアが侵攻してきて、それでも欧米は口を出すだけで、ウクライナの安全保障が守られなかったことから、ウクライナ国民の間では落胆があります。その一方で、ヤヌコビッチ前大統領の時代に、中国とウクライナは条約を結び、その中には、中国がウクライナに対して核の傘を提供するという文言もありました。中国が想定するウクライナに核を使用する可能性がある国の筆頭は、ロシアに相違ありません。しかも、はロシアを見越してこのような行動に出た側面もあると考えられますが、このような状況から、今後の国際政治ないしグローバルポリティクスは核兵器にも大きな影響を受けていくと。
工藤:西谷さんは経済に携わってこられましたが、このウクライナ問題を国際政治上の歴史的な大きな流れの中で見ると、どんなふうに映るのでしょうか。
西谷:難しい質問です。もう一度ソ連解体後を長いスパンで振り返ると、様々な国が新しく生まれました。大きく分けると、資源を持てる国と持たざる国です。ある意味不公平な状態から出発したとも言えます。資源を持てる国は、ロシアに依存しなくとも自分たちのフリーハンドで国家を運営できる一方で、コーカサスのグルジア、モルドバやウクライナなどの資源を持たざる国は、ロシアからどのように距離を保つか苦心して、欧米の安全保障の傘に駆け込む流れがずっとありました。そうした安全保障上の構造が、経済基盤の弱さとこの国の行く末にも大きな影を落としていると言えます。
もう一つ、確かにウクライナ政権は自らを革命政権、中央政府であると主張しても、依然として全土を掌握できていません。ただ、ロシアはおそらく制圧できていない状況そのものを狙っているのかもしれません。現在停戦状態にあると言われますが、停戦は現地での戦闘の停止であって、真の安定や和平ではありません。その和平の状態をどう作るのかは、ウクライナはとても難しい課題を世界に提示しています。一言申し上げておきますと、ポロシェンコ政権も頑張っています。その中で、国際社会がどのように支え、真の和平に導いていくかが非常に重要です。すぐには解決できずに時間がかかると思います。
「真の和平」を実現するためには、西側諸国による実のある支援が不可欠
工藤:非常に素晴らしいまとめをいただきました。さて、ロシアが最終的に何をしたいのかが分かりません。ウクライナの情勢不安を維持し、NATOに向かわないためにたびたび干渉できれば良いのでしょうか。ただ不安定な状態のままでIMFの支援が受けられなければ、ウクライナは破綻してしまいます。ロシア自身は何を望んでいるのでしょうか。
下斗米:一種の「家庭内離婚」のような状態として、東ウクライナ政権が疑似国家的に認められることをロシアは望んでいるのだろうと思います。この問題のカードは2つあると思っています。一つは、米ロ関係だと思います。オバマ大統領とプーチン大統領の関係は良くありませんが、私は「ミンスク3」が必要だと思っています。現在のミンスク2はドイツとフランスが仲介しています。しかしこれにアメリカが加わらなければ安定化はしないと思います。
二点目は、宗教問題です。西ウクライナはカトリックが主流の社会ですが、ロシア・ウクライナはかつて正教の信仰があったために、ロシアはウクライナを兄弟国家だとみなしています。ローマ法王がウクライナを訪問すると言われていますが、長い視点での文化の和解がなければ、政治家、軍人、役人同士がいくら努力しても克服できない状況にあります。
河東:まだ見通しははっきりしません。ロシアはウクライナ国内を国家連合のような弱い結びつきの状態にしたいのではないでしょうか。だからといって、負担はとても大きいので東ウクライナを自国領土にしようとも思っていないでしょう。気になるのは、5月にポロシェンコ大統領が攻勢に出るという観測があります。ポロシェンコ大統領と財閥の中で最も強い影響力を持つアフメトフが利権抗争を始める可能性も指摘されており、その時にウクライナ情勢がどう転ぶかわかりませんが、いずれにせよ長期化する可能性があります。すべての当事者が疲弊して、いい加減手を打とう、とならなければ和平には向かわないでしょう。
廣瀬:和平への道のりは険しいと思います。他の先生方のお話のように、ロシアはドネツクを併合する意欲は全くなく、むしろドネツクがウクライナに留まり、且つウクライナの混乱が続くことに利を見出していると思います。それによりウクライナが親欧米路線を貫くことが難しくなり、更にロシアが最も警戒するNATOへの加盟が不可能な状況になりますので、まずそこが最低限の目標となっているはずです。また日本ではあまり報道されませんが、ドネツクの状況は悲惨です。ロシアがある程度の人道的支援を行っているものの、かなり限定されており、ほとんどドネツク内では給料や年金が支払われていません。ドネツクは独立宣言をしたにも関わらず、ウクライナ政府に年金などの給付を求めているという矛盾した状況がある一方で、ロシアが独立を承認すれば、ロシアがドネツクを養う必要が出てくるというジレンマを抱えています。ですから、ロシアとしてはなるべく関わらず、一定の人道的援助を与えるだけで時間稼ぎをしているように見えます。
それから、概してウクライナには援助が必要ですが、単なる資金援助だけではなく、様々な分野での技術供与や訓練を通じて、ウクライナの国民が自立に向けての底力をつけられるようにすること、そしてウクライナが真の自立を達成する手助けをすることも極めて重要だと考えます。そうしなければ、ウクライナは国家として存続できないと思います。ドネツクは今、深刻な局面におかれていますが、彼らにはロシアしか頼る相手がいません。このままでは、結果としてロシアへの依存がますます高まってしまうでしょう。ですので、日本も含めた西側諸国が、人道問題を重視する形で、親ロシア派であろうが、なかろうが、ウクライナ国民を分け隔てなく支援していくことが肝要です。特に、ドネツクの人民を守らなければ、ドネツクの親ロシア度はさらに強くなってしまうでしょう。また、ウクライナ全体を安定化させなければ、ウクライナは次の段階に望めません。
工藤:経済も含めて、現在の悲惨な状況を立て直す必要がありますが、例えば経済だけでも国家としてスタートラインに行けるようなアイデアはあるでしょうか。
西谷:経済面を申し上げると、実はウクライナにとって内戦が始まった昨年ですらロシアとの貿易が最も大きく、輸出額でもロシアの割合が非常に大きいのです。その現実を考えれば、ロシアとの関係がなければ経済は立ち行かないことを国際社会も理解をする必要があるし、ウクライナの人たちにも伝える必要があります。ウクライナの人たちは、マイダンの政変後は反ロシアで燃えています。ただそうした偏狭なナショナリズムにとらわれると、国民経済の行く先の選択肢を狭める可能性があるので、ウクライナ経済が経済体として立ち行くためには、彼らに冷静に状況を理解させる取り組みが必要になると思います。
工藤:今後IMFの支援の枠組みを大きくするという選択肢はあるのでしょうか。
西谷:おそらくIMFの今の4年間のプログラムは、早晩もう一度見直す必要があると思います。額として全く足りませんし、条件の見直しも必要です。ウクライナがメルトダウンすれば、多くの労働移民がヨーロッパに押し寄せることになります。人口4000万人の国が大混乱に陥ってしまえば、影響が周辺に広がる可能性があります。ヨーロッパはそうした危機感も持っており、その意味で金融面でのサポートも続けていかざるを得ないでしょう。
工藤:下斗米さんのおっしゃったミンスク3で、ドイツやフランスだけではなく、アメリカも参画してこの国を建てなおすためには何をすべきですか。
下斗米:冷戦が終わった際、軍事同盟を拡大しないという合意が、ゴルバチョフと当時のブッシュシニア政権との間でどこまで詰められたかはわかりませんが、それが既に切れてしまったというのがロシア側の認識です。その間、NATOがじわじわとウクライナまで忍び寄ってくる恐怖が背景にあります。そうであるのに米ロの話し合いの枠組みが失われつつあり、それをかろうじてつないでいるのがキッシンジャーという個人レベルと、シンクタンクという民間レベルしかないという脆弱な状態です。それが今の世界の不安定さを増長していますから、ここは政治の力で対応していくべきでしょう。
工藤:今日は議論が長くなったので、有識者アンケートを最後まで紹介することができませんでした。最後に、「ウクライナ問題において、日本はどのように行動すべきだと思うか」尋ねたところ、26.7%が「問題解決に向けたロシア・ウクライナの積極的な仲介や、東京で関係国会議を行う」と回答したほか、21.8%が「ウクライナ自身が自立するため、経済的支援に積極的に対応する」との結果になりました。ということで、今回は皆さんとウクライナ問題について深く議論をしてもらい、国際政治上の課題について明らかにしていただきました。皆さん、今日は本当にありがとうございました。
entry_more=2015年5月8日(金)
出演者:
河東哲夫(Japan World Trends代表)
下斗米伸夫(法政大学法学部教授)
西谷公明(国際経済研究所理事・シニアフェロー)
廣瀬陽子(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
5月8日放送の言論スタジオでは、「大国関係と国家主権の未来~ウクライナ問題を考える~」と題して、河東哲夫氏(Japan World Trends代表)、下斗米伸夫氏(法政大学法学部教授)、西谷公明氏(国際経済研究所理事・シニアフェロー)、廣瀬陽子氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)をゲストにお迎えして議論を行いました。
まず、司会の工藤から、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートでは、ウクライナ南部のクリミア自治共和国を、軍事的脅威を背景にした「力による現状変更」により、ロシアに編入したプーチン大統領の一連の行動について、「いかなる理由があろうとも許されない」との回答が43.6%あった一方で、「クリミアはロシアにとっては歴史的に特別な地域であり、かつ欧米側の支持でウクライナのEU加盟やNATO参加を阻止するためのやむを得ない対応とも理解できる」と理解を示す回答も34.7%と一定数あったことが紹介されました。
プーチン大統領の行動原理の根底にあるものとは
この結果を踏まえ、下斗米氏は、いかなる理由があろうとも許されないと前置きしつつ、プーチン大統領の行動に対する分析として、「彼はウクライナの2月政変の背後には、西側諸国がいる、と認識していた。実は、アメリカのオバマ大統領も関与は認めており、その認識は正しかった。今回の併合はそれに対する対抗措置としてとられたものであり、計画的なものではなかったのではないか」と述べました。
この発言を受けて、河東氏は、「歴史上、悲劇が起きる時には、どうしようもない誤解や認識のずれがあるものだが、今回のウクライナ問題はまさにその典型である」とした上で、「プーチン大統領はアメリカの関与もあったので、海軍基地のあるクリミアを確保しなければならない、と焦ったのだろう。しかし、アメリカはウクライナの民主化には関与しようとしていたが、ロシア封じ込めを狙った軍事的な意図まではなかった。ここに双方の大きな認識のずれがあった」と分析しました。
廣瀬氏は、両氏の見解に基本的に同意しつつ、「ロシアは事前の世論誘導により、クリミアの世論に親ロシア的な土壌を作っていた。今回の併合も突発的なものではなく、前々から周到に計画されていたものではないか」との認識を示しました。
西谷氏は、ウクライナ問題の背景として、まず、地政学的に見て、米欧とロシアに挟まれたウクライナは元来、大国間の思惑によって揺れ動きやすいことを指摘しました。さらに、「現代の国際政治は政治的指導者個人によって決まる要素が意外に大きくなっている。今回の併合はまさにプーチン大統領の『影響圏』に関する思想が色濃く反映されているのではないか」と語りました。
改善の見通しが立たないウクライナ経済
続いて、ウクライナ経済の現状について議論が移りましたが、各氏は一様にウクライナ経済の苦境を指摘しました。
河東氏は、「ウクライナはロシアへのガス代金の支払いに苦慮しているが、これはティモシェンコ政権時代に、ロシアに支払う価格を高く設定したことが背景にある。また、オリガルヒ(新興財閥)が政治、軍事、経済すべてにおいて実権を握り、国内の混乱を招いている」と説明しました。
廣瀬氏は、「政変前にEUはウクライナが自立する見通しを立てていたが、肝心のウクライナ自身にはその意欲がない。重工業地帯の東部は設備の老朽化が酷いし、効率も悪く政府の補助金頼みの状況になっている。また、長年ロシアからガスを廉価で購入できていた反動も顕著になっている」と述べました。
西谷氏は、「ウクライナ政府自身が、自国の経済崩壊の実態を把握できていない有り様である。今年の2月、通貨フリブナが急落し、IMFの融資により何とかしのいだが、そもそも外貨準備高が非常に少ない。また、物価もインフレ率40%という状況であり、ガス代、燃料代も高騰している」とした上で、「今のところ国民は耐えているが、いずれは耐えられなくなる。その時にどうなるかが問題」と指摘しました。
大きな転換期を迎えた「国家」という枠組みを前提とした国際政治
続いて、工藤が「今の国際政治は『国民国家』という枠組みを前提としているが、このウクライナ危機は国家というもののあり方について大きな問題提起をし、国際政治は大きな転換期を迎えているのではないか」と問いかけると、廣瀬氏は、「間違いなく転換期を迎えている」と答えました。
その上で廣瀬氏は、「国家という枠組みが脆弱になりつつあることにより、国家を前提としたウェストファリア体制も脆弱になりつつある。国家という枠組みを巡り、各国が色々な選択を迫られようとしている。その中で、このウクライナ問題が一つのテストケースになるのではないか」との見通しを示しました。同時に、「プーチン大統領はクリミア併合を正当化する根拠の一つとして、NATOの介入を経て2008年に独立を宣言したコソボをあげているが、コソボが承認されてクリミアが承認されないのはなぜなのか、という彼の疑問に対して米欧も明快に答えられていない。この米欧の『ダブルスタンダード』も問題の背景にあるのではないか」との認識を示しました。
下斗米氏は、独立以降のウクライナについて、「国民国家を形成しなければならないのに、『国民』がいない(言語や文化、宗教が共通ではない)。そして、『国家』もない(例えば、国軍が機能していない)。まさに国家がメルトダウンしているような状況である」と指摘しました。
「真の和平」を実現するためには、西側諸国による実のある支援が不可欠
最後に、工藤が「ロシアは最終的に何をしようとしているのか。真の和平を実現するためにはどうすべきか」と問いかけました。
河東氏は、ロシアの意図について、「ロシアは東ウクライナの併合までは考えておらず、この地域で混乱を持続させること自体が目的になっている。併合にはコストがかかるし、混乱が続けばウクライナは米欧に接近するどころではなくなるので、混乱の持続で十分だからだ」とロシアの目的を分析しました。
下斗米氏は真の和平への道程について、「独仏による『ミンスク2』ではなく、アメリカも加えた『ミンスク3』の合意を急ぐことが第一のポイントになる。さらに、政治指導者同士の対話だけでは限界があるので、宗教指導者の関与などを活用していくことも視野に入れるべきだ」と主張しました。
廣瀬氏は、「日本も含めて西側諸国がウクライナを支援する。それも単なる援助ではなく、技術支援など国としての底力を上げるようなものにしないと、国家として自立できなくなってしまう」と主張しました。
西谷氏は、「実は内戦が始まってからこの1年で、ウクライナの対ロシア貿易額は過去最大になっている。今は反ロシアの機運も高いが、それが高まりすぎると国の復興と自立にも悪影響を及ぼすことになる。米欧もこういう現実を見据えた上で、安易にウクライナの行動を縛るようなことをすべきではない。また、ウクライナが完全に崩壊したら4000万人もの労働難民が西欧に流れ込むことになるが、こうした大混乱を未然に回避するためにも米欧の支援は不可欠である」と語りました。
今回の議論を受けて、工藤は「このような地球規模の課題について、今後も継続して議論していく必要がある」と述べ、白熱した議論は終了しました。