財政健全化計画を評価する

2015年7月03日

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 7月3日放送の言論スタジオでは、「財政健全化計画を評価する」と題して、小黒一正氏(法政大学経済学部教授)、鈴木準氏(大和総研主席研究員)、田中秀明氏(明治大学公共政策大学院教授)、湯元健治氏(日本総合研究所副理事長)の各氏をゲストにお迎えして議論を行いました。

工藤泰志 まず、司会の工藤から、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートの結果が紹介されました。6月30日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針 2015(骨太の方針)」によって、安倍政権が掲げている「2020年度にプライマリーバランスを黒字化する」という目標達成に向けた展望が描かれたと思うかを尋ねたところ、約6割の有識者が「描かれていない(「どちらかといえば」を含む)」と回答し、さらに15.3%が「そもそも財政再建は難しい」と回答するなど、厳しい評価が目立ちました。

 この結果を踏まえながら、工藤は財政健全化の観点から見た今回の骨太の方針についての評価を尋ねました。


今回の骨太の方針は、財政再建のための本質的な改革にはなっていない

 これに対し鈴木氏はまず、展望が「描かれた部分」として、「金利動向に注意していることや、社会保障で歳出削減メニューを細かく書き込んだこと」を挙げ、さらに「2018年度のプライマリーバランスの赤字幅を国内総生産(GDP)比で1%程度にする」という中間目標についても「野心的」と評価しました。

 その一方で、「描かれていない部分」として、「具体的な工程は示されておらず、これをどう実現するのか見えてこない。社会保障だけでなく、地方財政も切り込むことはなかなか難しいし、そもそも「目安」、「実質的」など曖昧な書きぶりも目立つ」と指摘しました。

 続いて湯元氏は、「期待していたような財政健全化計画のイメージとは違う」と述べた上で、今回の計画が従来のものとは異なる点として、「『経済再生なくして財政健全化なし』と掲げているように、成長戦略と財政再建が一体化したものになっている」ことを挙げました。湯元氏は、「そういう認識自体は良いが、日本経済の実力からすれば非常に高い経済成長率を前提としている節があるし、税収増の見積もりも算定根拠が不透明なところがある」と語り、懐疑的な見方を示しました。

 田中氏は、「歳出の大枠を設定するという財政再建における基本的なことをやらず、細かいメニューを羅列しているだけで、本質的な改革とは言えない」と断じました。さらに、この「大枠」について、「本来、トップダウンが決めていかなければならないものであるが、それをしなかったということで、政権の財政再建に賭ける本気度が問われる内容になっている」と指摘しました。

 小黒氏は、各氏の意見に賛同しつつ、「方向性は示したが、パフォーマンス的だ。本来であればもう少し踏み込んだ内容にしなければならなかったが、来年参議院選挙を控えているため、政治的にはなかなか決断できなかったのだろう」と今回の計画が曖昧なものになった要因を分析しました。

 続いて工藤は、今回の計画について、「『経済再生なくして財政健全化なし』というように、経済と財政の二兎を追うようなものになっているが、こうしたアプローチは、日本の財政再建にとって機能するのかと問いかけました。


財政再建のために残された時間は少ない

 鈴木氏はこれに対し、「安倍政権のそもそもの使命はまさに『経済再生』であるし、方向性自体は良い」とした上で、「ただし、『経済再生なくして財政健全化なし』ではない。成長に関係なく、健全化目標は実現しなければならないものだ」と指摘しました。

 湯元氏は、「社会保障の現状を見ると、今回の計画では、成長重視に偏り、歳出抑制の視点が足りない」と実際には二兎を追うようなものになっていないことを指摘。さらに、「本来であれば消費税を10%からさらに上げなければ達成できないような目標を掲げているが、安倍政権は10%より上げることを封印しているので、計画に具体的な数値を盛り込むことができなくなっている。『10%から上』について、議論だけでも始めるべき」と指摘しました。

 田中氏は、日本と同じように経済と財政の二兎を追って成功したイギリスの事例としてまず、「将来の成長率予測を、中立的な機関に委ね、楽観的な見積もりを排除したこと」を紹介しつつ、「将来を楽観的に見積もる国は失敗する、ということは統計的にも示されている」と語り、楽観的な今回の計画に対し警鐘を鳴らしました。

 また、「成長戦略作成を財務省が担うため、予算の大枠をきちんと意識したものになる」ということを紹介した上で、「日本の場合は、少しでも多くの予算獲得を目指す各省からの要望を寄せ集めた結果、何でも盛り込まれている成長戦略になって財政規律が効いていない」と指摘しました。

 小黒氏は、財政再建のために残された時間は少ないという「時間的制約」の観点から、まず、「日銀の大規模緩和という金融政策で財政を支える構造は長くは続かないし、増税の実施や、社会保障についてより踏み込んだ改革ができなければ、2030年頃には限界を迎える」と述べました。さらに、成長戦略についても、「現在の成長率だけでなく、将来の成長率を引き上げるための、より踏み込んだ政策メニューが必要だ」と主張しました。

 次に、議論は、今回の骨太の方針で示された(A)「2018年度のプライマリーバランスの赤字幅を国内総生産(GDP)比で1%程度にする」、(B)「一般歳出の総額の実質的な増加を、これまで3年間と同水準(1.6兆円程度)に抑える」という2つの中間目標(目安)を設定したことへの評価について移りました。


2つの中間目標(目安)は達成できるのか

 湯元氏は、「経済成長を高めに見積もっているが、社会保障費の増大を考えると、これでも不十分だし、税収ももっと必要。実効的な歳出削減策がないと(A)は達成できない」との見方を示し、さらに(B)については、「これまで3年間でできていたことなのでできると思うが、そもそもこれだけでは『焼け石に水』だ」と述べました。

 田中氏は、「景気は循環するものなので、成長重視路線は将来においてはリスクにもなり得る。高い目標を掲げることは、スローガンとしては良いかもしれないが、そういうリスクを織り込む必要がある」と指摘しました。

 鈴木氏は、「これまであまりにも財政再建に取り組んでこなかったツケがある。最近になってようやく病床数削減などデータに基づき、エビデンスを重視した取り組みが始まってきたばかりであるし、目標達成は難しい」との見通しを示しました。

 小黒氏は、(B)については可能との見方を示した上で、(A)については、「そもそもの成長見込みが高すぎるし、消費税を上げるのにも苦労している中、どれだけ社会保障費削減に切り込めるかも不透明」と述べ、「追加の対策を打ち出さないと厳しいだろう」との見通しを示しました。

 この小黒氏の「追加の対策」という発言を受け、湯元氏は、「経済財政諮問会議の専門調査会がKPI(成果目標)を具体化し、目標が達成できるか判断し、できないとなれば追加の対策について提言することになる」と説明した上で、「ただ、それを政治がどこまで受け入れるか。結局はすべて政治の判断次第になる」と語りました。

 最後に工藤は、「財政再建に向けて残された時間が少ない中、何をすべきなのか」と問いかけました。


政治の本気度が問われている

 これに対し鈴木氏は、「経済成長すると、金利や物価・賃金も上がる。金利の上昇は国債の利払い費に直結するし、物価の上昇はこれと連動した年金など社会保障費などの増加につながる」と経済成長が財政再建には直結しないことを説明し、「成長に応じて歳出が増加しないようなルール作りが必要」と主張しました。

 鈴木氏はさらに、税収増については「消費税を10%からさらに上げることも視野に入れなければならないが、現在の議論はもっぱら軽減税率に関することばかり。骨太の方針に『税体系全般にわたるオーバーホールを進める』と示されている通り、配偶者控除の見直しなども進めていくべきだ」と述べました。

 田中氏は、日本の財政状況を病気に例えながら、「病気が進行している今こそ、痛みを伴う改革が必要。将来世代のためにもそれが必要だ、ということを政治が説得しなければならない。ギリシャはそれができなかった」と述べ、政治のガバナンスが問われているとの認識を示しました。

 小黒氏も政治のリーダーシップが不可欠と語った上で、「増税も歳出削減もどこまでやるのか、というゴールを最初に設定することが重要。これから1年間、議論してそれをしっかり定めるべきだ」と主張しました。

 湯元氏は、「『痛みを伴う改革』の痛みとはどの程度のものなのか。それを数値ではっきり示すべき。今のように経済状況が良い中であれば、それを説明しやすいはずだ」と述べた上で、「成長だけに依存することなく、あくまでも財政と「一体」で、必死になって取り組む必要がある」と政治に対して注文を付けました。

 議論の総括として工藤は、有識者アンケートの「あなたは、日本が財政再建を果たすために、最も大事なことは何だと思いますか」という設問に対する回答傾向が、昨年は「経済成長」を重視するものが多かったのに対し、今年は「社会保障費の抑制」や「消費税10%以上へのさらなる増税」が増えたことを紹介し、「有識者の強い危機感が表れている」と述べました。さらに、「国会の中で、こうした危機を認識した上での議論が行われていないこと自体が大きな危機だ。有識者サイドから積極的に声を上げていく必要がある」と今後の議論の展開に意欲を示し、白熱した議論を締めくくりました。

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本質的な財政再建計画になっていない「骨太の方針」

工藤:言論NPOの工藤泰志です。今日の言論スタジオは日本の財政再建が今の計画でできるのかを議論したいと思います。安倍政権は昨年の12月に総選挙を行い、その時、日本の財政再建の計画を、今年の夏までに出すことを約束しました。そして、その約束は「骨太の方針」という形で6月30日に出ました。有権者に対して安倍さんが約束したものの答えが出されたということです。この答えに対して評価してみようということで、今日は専門家の方たちに集まっていただきました。それでは、ゲストの紹介です。まず、日本総合研究所理事長の湯元健治さん。次に、大和総研主席研究員の鈴木準さん。続いて、明治大学公共政策大学院教授の田中秀明さんです。最後に、法政大学経済学部教授の小黒一正さんです。

 昨日、言論NPOに登録している有識者の方々にアンケートを行いました。このアンケート結果を踏まえながら、議論を行います。

 まず、安倍政権は、2014年の衆議院総選挙の際の政権公約で、「2020 年(平成 32 年)度における、国・地方の基礎的財政収支の黒字化目標の達成に向けた具体的な計画を来年の夏までに策定します」という公約を掲げていましたが、今回の骨太の方針によって、その黒字化目標の達成に向けた展望が描かれたと思うかを尋ねました。

 その結果、有識者アンケートでは、41.4%が「描かれていないと思う」、17.1%が「どちらかといえば描かれていないと思う」が回答しましたので、約6割がこれでは十分ではないというかなり厳しい評価をしていることになります。その他に、「そもそも財政再建は難しい」も15.3%います。逆に、「描かれたと思う」は4.5%、「どちらかといえば描かれたと思う」は15.3%ですから、肯定的な評価は2割に満たない。有識者のアンケート結果はこうなっていますが、皆さんはどうお考えでしょうか。

財政再建に向けた政府の本気度が伝わらない「骨太の方針」

鈴木:アンケート結果で、「描かれている」は2割くらい。そして、「描かれていない」が6割超ということですが、私は描かれている部分と描かれていない部分の両方あると思います。「このままでは日本の財政は立ち行かない」という危機認識や、プライマリーバランス(PB)黒字化目標を堅持している点などは、従来通りですから、これだけでは別に前進しているとは言えない。では、今回比較的良かったと思うところはどこかと言えば、「今度は金利についても注意すべきだ」ということを明確に意識し始めたという点や、社会保障改革に関して、かなり細かな歳出削減メニューや、需要抑制のための方策が掲げられている点は評価できます。例えば、後期高齢者の医療費の窓口負担をどうするか、薬剤管理料が高すぎるのではないか、窓口の定額負担制を検討するとか、できるかできないかは別として、メニューとして書いてあることはすべて検討すると甘利明大臣もおっしゃっています。

 それから、「18年度にPB赤字幅をGDP比1.1%程度にする」という新しい数値目標が出てきました。これまで政府が示した経済再生ケースでも2%くらいだったわけですから、かなり野心的な目標と言えます。また、一般歳出の総額の実質的な増加を、これまで3年間と同水準(1.6兆円程度)に抑えるという、これも新しい数字が出ています。この辺りについてはプラスの評価ができると思います。

 ただ、改革工程をどうするか、KPIをどうするか、というような具体化はこれからするという話ですから、「GDP比1.1%程度」をどのように達成するかは見えません。また、地方財政については「国と歩調を合わせる」と書いてあるだけですが、地方財政は相当大きな問題であるにもかかわらず、そういったところでも明確な方針が示されていない。それから、「GDP比1.1%程度」という数字も「目安」という位置付けにしている。「目安」は「目標」と違うわけです。「1.1%には届かないけれど基調としてはその方向に向かっているからよいのだ」という話になってしまっては困る。「1.6兆円」も「実質的な金額」という言い方をしていて、この辺りも曖昧です。そう考えると、この骨太の方針で財政健全化が確実にできる、という状況になっていないことは確かです。まさにこれからどういう具体的な工程、監視体制を作っていくかにかかっているという意味では十分ではない。ですから、良い部分も悪い部分もある、というものになっていると思います。

湯元:我々が期待していたような財政健全化計画のイメージは、前提として、経済成長や税収のしっかりとした見通しが置かれた上で、歳出の削減規模の数値も出て、その結果、合理的に黒字化目標が達成される、というようなものでした。しかし、現実には、「骨太の方針」の中の一部として財政健全化計画が出てきた。しかも従来出していた、2023年くらいまでのシミュレーションもまだ出てきていない状況にあります。そういう意味では、こういった計画が確実に実行できるのかということが、数値で検証できないので、評価しにくい中身になっている。

 それから、従来の財政健全化計画と比較して今回のものが全く違う点があります。財政健全化計画を出すと言いながら、計画の名前が「経済財政運営と改革の基本方針」になっている。つまり、財政だけのものではなくて、経済を一緒に組み合わせたわけです。当然、経済は生き物ですので、景気が悪化してしまうと、いくら歳出抑制をしても財政健全化できない。経済成長を進めるということと、財政健全化を一体的に進めて行くという方向性を打ち出した、その認識自体は間違っていないと思います。ただ、非常に高い経済成長を前提としている節がある。「名目3%以上」は安倍政権が掲げている目標ですが、それよりも高い経済成長が前提になっている。さらに、税収増を見込んでいますが、安倍政権の成長戦略をすべてうまく実行して、経済再生ケースに至って、そこからさらに税収の上積みがあるという計算をしています。これはまだ数値も出していないので、具体的にはわかりませんが、歳出削減と追加的な税収増を合わせてこの目標を達成していく、ということにしています。では、この「追加的な税収増」は一体どこから出てくるのかというと、色々な説明は書いてありまして、例えば、新しいベンチャー企業が出てきて、起業が増えて、企業の収益が全体として増えていくとか、個人の所得が増えていくとか、そういう形で税収増が増えるということが書いてあります。ただ、理屈の上ではそういう可能性はあり得ると思いますが、現実に2020年までという短い期間の中で、そのように著しく経済構造が変わっていくということにどこまで期待できるのかという点については、懐疑的に見ざるを得ないところがあると思います。

工藤:きちんとした期待された計画が出てきていない、という結果になっているわけですね。「2020年の目標は堅持します」と言っているわけですが、これは昔から堅持しているものであり、今回の計画ではそれをどう具体化するかがまさに問われていると思うのですが、なぜこのような計画になったのでしょうか。

田中:2020年の目標は、さすがにその達成の可能性は低いと考えたわけですね。一方、2018年の目標(目安)は、成長率を高めに見積もったり、歳出のメニューをいくつか並べれば、何とかできるかもしれない。もっともらしい絵が描ける、ということで目標のすり替えをした、ということだと思いますね。

工藤:田中さんからみると、財政再建への政府の本気度は伝わってきますか。

田中:今回の骨太の方針2015を一言で評価しますと、本質的な改革を先送りして、細かいメニューの分量で勝負している、ということでしょうね。歳出の大枠をはめるという財政再建における本質的なことをやらないで、その代わり細かいメニューをたくさん入れて、ボリュームで勝負しているわけです。経済財政諮問会議では、これまでのようなトップダウンのやり方では駄目だ、各省の細かい政策の積み上げをやるべきである、という議論が行われていました。しかし、よく考えてみてください。例えば、倒産しそうな会社が各部署の意見をいちいち聞きながら、それを積み上げて再建するでしょうか。違いますよね。会社にしろ、政府にしても倒産しそうな場合、あるいは倒産した場合は、まずトップダウンで大枠を決めていく。細かい点は各部署に任せるかもしれませんが、トップダウンで大枠を決めて選択と集中をやるのが再建の王道だと思います。しかし、残念ながら今回の骨太の方針はそうではない。それはまさに、この政権が財政再建についてやる気がないということの証左だと思います。

工藤:小黒さんは実証的に分析をされていると思いますが、具体的な数字がないと、何が目標なのか、それが達成できたのかということを判定できないわけですよね。今回の骨太の方針をどのように見ていますか。

小黒:例えば、数字に関して言えば、「1.6兆円」については、「安倍内閣のこれまでの3年間の取組では一般歳出の総額の実質的な増加が 1.6兆円程度となっている」というその基調を「2018年度(平成 30年度)まで継続させていくこととする」と言っているわけですから、一般歳出は2018年までにだいたい1.6兆円伸びるわけです。先程田中先生からもお話がありましたように、歳出に大枠をはめているかというと、実ははめていないわけです。財政再建の中では社会保障費が一番重要ですが、2018年までにどうしているかというと、一般歳出で1.6兆円程度実質的に伸びるというのは、高齢化の増による部分だけです。消費税を2017年4月に10%に引き上げた場合、社会保障の充実をすると言っていますが、それは別枠になっています。これが1.5兆円という形で上乗せされる。そうすると、2018年までに実は3兆円伸びるわけです。年度平均でならすと、大体年間で1兆円伸びるという形になりますが、国の社会保障関係費としては、実はそれほど厳しい計画ではない。先程田中先生から、本当に財政再建をするのであれば、もう少し上からキャップをしなければならないというお話がありましたが、そういう姿勢は見られない。ですから、一言で言うと、今回の骨太方針、財政健全化計画は、「やる」というような方向性を打ち出しつつも、若干パフォーマンス的な感じになっているという印象です。

加えて言うならば、先程湯元先生からもお話がありましたが、経済成長率の見通しが非常に甘い。この骨太の方針にも、だいたい実質2%以上の成長率を想定すると書いてありますが、では、現実の日本経済の成長率はどうかというと、実質で1%くらいですね。これは経済再生ケースに相当しますが、その経路ではおそらく行かなくて、どちらかと言うとベースラインシナリオのケースですね。こちらの方のケースで行く可能性がある。そうすると、もともと考えている財政再建の経路が、かなり下振れするということが現実的ですから、もう少し踏み込みをするべきでしたが、それを避けるという形で、2018年の目安を出しているのだと思います。もし、本気で踏み込むとなると、やはり政治的に大きな調整が必要ですが、それは2016年に参議院選挙があるので、その影響を考えて少し曖昧にしているというのが現実だと思います。

工藤:なぜ、こんなに曖昧にしたのですか。やはり選挙を意識しているのですか。

湯元:2020年までの黒字化目標は、現実問題として非常に困難になっていますが、その最大の理由は10%を超えた先の消費税の引き上げが、政治的に封印されているということですね。政治的決断を全然していない。そういう中で20年までの黒字化目標を達成できるような姿を描こうと思っても、現実には数字できちっと描くことは非常に難しい。仮に数字を出した瞬間、非現実的であるという批判をあちこちから浴びることとなりますので、大枠もなかなか出せませんし、細かい数字もなかなか出せません。そこで、考え方を整理してまとめたというのが、今回の骨太の方針の中身だということです。

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経済成長に依存しすぎた計画になっている「骨太の方針」

工藤:議論の中で、安倍政権が本当に財政再建について本気で考えているのかという本質的な問いかけもあったわけですが、計画が出てきた以上、その妥当性もきちんと見てみたいと思います。先程湯元さんからも経済成長と財政再建の2つを同時に追っている計画になっているというお話がありました。そうすると、どちらに軸足を置くのかという点でも、非常にわかりにくくなっている気がします。まず、この2つをくっつけている意味をどう評価するべきでしょうか。

二兎を追うのではなく、経済成長に依存しすぎた計画になっている

鈴木:先程湯元さんから財政再建計画が骨太の方針の一部になったというお話がありました。私は、経済財政一体改革というのは、考え方としては正しいと思います。安倍政権は「経済再生をやる」と約束して登場して、今も支持を得ている政権ですから、それを前提にしないとなると、それはそれで政策の体系としておかしなことになる。もちろん、財政再建という観点からは、もっと保守的なマクロ経済環境を想定すべきだと思いますが、政策の体系としては、妥当だと思います。

 他方、骨太の方針のサブタイトルが「経済再生なくして財政健全化なし」となっています。これは小泉政権の時の「改革なくして成長なし」のパロディ的なものだと思いますが、これはちょっと違うと思います。私は経済と財政は同時に物事が起きているので、「二兎を追えるか追えないか」という話ではなくて、「両方達成できるか両方達成できないか」のどちらかだと思います。そういう意味で、今回、歳出改革の中で、公的サービスの産業化とか、インセンティブ改革、公的サービスのイノベーション、国民的取組など、そういうキーワードが見られます。政府の歳出を減らすので、その分民間の支出を拡大させる、つまり、民間の資金余剰を少し減らさなければ、政府の資金不足も閉じないわけですから、そういうことを考えた、と。これを財政再建ということに限定して考えると、ちょっとふわふわしすぎていて、本当に達成できるのかという疑問を持ちますが、日本の財政や日本の経済を考えた時に、私はそれしか解がないのかなと思っています。結局、どれくらいできるかできないか、ということがこの問題の解決のカギであって、「前提とする成長率が高すぎる」という議論もありますが、現在GDP比で3.3%のPB赤字を0にするということは成長率に関係なく実現しなければならないことですね。

 今回、財政再建の議論で失敗だったと思うのは、2月の内閣府の中長期試算を使って、「ベースラインケースだと16.4兆円の赤字が残ります。経済再生ケースだと9.4兆円残ります」と、この名目の実額ベースで議論を始めてしまったわけですね。経済再生をしたら、つまり、デフレ脱却して物価上がれば政府の歳出も当然増えます。経済再生するというのは、実質賃金が上がることですから、公務員の賃金も上がれば、医療報酬、介護報酬も上がってくるわけですね。だから、実質的に、あるいはGDPで見てどうかという議論をしなければいけませんが、どうも名目の金額で議論を始めてしまっている。今の中長期試算では、最初すごく増やすプランになっているので、「そんなに増やさなかったら何とかなるのではないか」という議論になってしまったというのが失敗です。やはり、歳出削減のルールがもっとなければならない。実際には歳出を増やさなければ財政再建できると言っていますが、増やさないということはすごく難しいことですから、やはりルールがないと難しい。だから、経済と二兎追うということは正しいと思いますが、歳出について、成長率と関係なく歳出を抑制するというルールがないところが問題だと思います。

工藤:ここでもアンケートを取っています。「今回の骨太の方針は、経済成長と財政再建の二兎を追うようなアプローチになっていますが、こうしたアプローチは日本の財政再建にとって機能すると思いますか」と尋ねたところ、「機能しないと思う」が50.5%、「機能すると思う」が17.1%でした。財政再建のために残された時間も少ない深刻な状況の中、きちんとした目標も必要なのではないかという有識者の意識が、この結果に表れているような気がしますがいかがでしょうか。

湯元:基本的に、今までは財政だけの目標を出していましたが、今回は経済成長の目標の中に含めながら財政再建を同時に実現する、というものになっている。「経済再生なくして財政健全化なし」というのは私もその通りだと思いますが、経済成長だけで財政健全化できるのかというとそうではない。社会保障のように高齢化によって明らかに経済成長を大きく上回って伸びている歳出がある以上、経済成長だけで財政健全化できないことも事実で、経済成長を上回る歳出を抑制する仕組みが、ビルトインされていなければならないと思います。しかも、社会保障分野は歳出抑制するのが政治的に難しい分野です。国民が痛みを直接感じる分野ですので、歳出抑制の議論だけでは、なかなか終わらない。追加的な社会保障の財源をどう調達するか、という点で、封印している消費税10%超への引き上げについて、いつ上げるかまでは今決定する必要はないと思いますが、議論だけはできるだけ早く開始しておかなければならない。しかし、その議論が2018年度以降に先送りされてしまっている。経済成長と財政再建の二兎を追うといっても、事実上は経済成長に依存した計画になっている、しかも、高い成長率を前提としているけれど、それが実現するかどうかということに対して疑念があるので、アンケートでもこういう結果になっているということですね。

田中:この二兎追うこと自体はよいと思いますが、注意しなければならない点があります。ほぼ同じことをやっている、イギリスのお話をしたいと思います。イギリスはまさに政府のアジェンダとして、二兎を追っています。

 まず、予算制度についての法的な改革をやっている。イギリスで財政赤字が大きくなった一つの理由は、景気循環を考慮しないで、成長率の予測が楽観的であったことがありました。そこで、財務省から、予測部分を切り離して、予算責任局を作って、専門委員が推計するという仕組みにしました。日本の場合、これまで財政再建の試みが幾度となく行われていますが、楽観的な成長率を見積もった結果、景気悪化のショックを受けてできなくなったというパターンの連続です。楽観的な成長率を見積もっている国ほど赤字が大きいということは統計的に立証されていて、残念ながら日本は失敗の歴史を学んでいない。

 次に、医療等を除く歳出を25%削減するという非常にドラスティックな改革をやりました。ただし、弱者に対する配慮も入れてメリハリをつけながらやりました。

 さらに、財政再建はデフレ効果をもたらすため、日本と同じように、金融緩和と成長戦略をやりました。ただ、日本とは雲泥の差があるのは、イギリスの成長戦略は財務省が作っている点です。財務省が作っていますので、予算の数字が入った、必要かつ実行できる範囲の政策が盛り込まれている。日本の場合は、各省が「こういう政策をやりたい」という、いわばウィッシュリストが入っていて、優先順位がない。しかも例えば、科学研究費の間接経費を30%にするとか、セキュリティー対策をするとか、それ自体は否定しませんが、成長との因果関係がないものが多いわけですね。

 イギリスは財政悪化した時、日本よりも財政赤字が大きかった。経済もほぼ同じくらい悪かったのですが、今年に至っては、実質成長率が2%になっていて、主要国先進国の中ではトップランク。財政赤字も2019年には0になる。イギリスは最初は苦しかったものの、あっという間に改革を行って、この二兎を達成しつつある。日本とイギリスがいかに違うかということがお分かりいただけるかと思います。

小黒:まず、認識しなければいけないのは、二兎追う時の時間軸です。経済成長率も今の経済成長率なのか、それともしばらく後、つまり4、5年経った後の経済成長をターゲットにしているのかでは全然話が違う。今の日本銀行がやっている異次元緩和。それから、ちょっと前に安倍政権が最初にやった財政拡張による景気刺激策。いずれもマクロ政策というのは、ファインチューニングしかできなくて、根本的な経済の規模を変えていくというのはできないわけです。そう考えると、一番重要になってくるのは、財政の改革をどうするか。その場合に日本銀行が今、やっている金融政策の限界を十分認識する必要があると思います。一説では、国債発行残高が800兆円くらいある中で、日本銀行は約200兆円の国債を保有している。日本銀行は昨年の10月に追加緩和をしましたが、80兆円ずつ増やしているわけです。他方で、新しい国債は30兆円くらい出ているわけですが、そうすると民間の銀行や生命保険会社からネットで80引く30で、50兆円ずつ自分の方へ吸収するわけです。今、日本銀行以外の金融機関がだいたい600兆円くらい持っているとすると、これを12年間続けると、全ての国債を日本銀行が保有することになる。そこまで行きつけるかというと、そうではなくて、マーケットの関係者に話を聞いたりすると、3年くらいで枯渇するような話になってくる、と。そうすると、今の政府が考えているような時間軸、つまり、「2020年」という話の中で、金融政策が支援できる期限は限られているわけですね。それと同時に財政の限界もあって、10%に上げたとしても、それだけでは足りなくて、最終的にはどこかでラディカルな社会保障の改革に踏み込まなければならない。政府債務(対GDP)を発散(無限に膨張)させないために、消費税率を100%に上げざるを得なくなる限界の年を推計した人がいますが、これは2030年頃になるという計算もあります。1997年4月の消費増税実施(3%→5%)から、2014年4月の増税(5%→8%)が決まるまで17年もの時間がかかっているわけで、社会保障改革もしていくことを考えると、かなり時間的に差し迫っている。こういう状況の中で今、全く痛みを伴わない経済成長メインによって、財政再建できるのかというときわめて難しい。経済成長率のタイムレンジを今ではなくて、もう少し先の経済成長率を引き上げるということを前提としながら、同時に社会保障と財政改革をしていかないと、時間がなくて間に合わなくなってしまい、日本がギリシャみたいになる可能性があります。

工藤:具体的な目標数値がないと、議論する意味がないというお話もありましたが、今回の計画の中で、「2018年度のプライマリーバランスの赤字幅を国内総生産(GDP)比で1%程度にする」、「一般歳出の総額の実質的な増加を、これまで3年間と同水準(1.6兆円程度)に抑える」という2018年までの中間目標(目安)が出されています。

 アンケートでは、この目安を達成できるかを質問したところ、「両方とも達成できないと思う」が55.9%で、「両方とも達成できると思う」は6.3%しかありませんでした。骨太の方針で示されている計画に対して疑問がここまで高いことについて、どう思われますか。

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財政再建に向けて何をするべきなのか

楽観的すぎる経済成長率前提とする計画には大きな問題がある

湯元:まず、2018年度までに、現在マイナス3.3%のプライマリー赤字を、1%にするわけですから、2.3ポイント縮小することになりますが、そのためには10数兆円の収支改善が必要です。放っておくと社会保障費は自然増で増えていきますので、約15兆円以上のタームで収支改善が必要となってくる。さらに、計算上かなり高い名目経済成長率を見込んでいる。それに加えて、税収弾性値という1%経済成長が増えた時に、税収が何%増えるかを示す値を、1とか税収と同じ位の伸びと見積もっていただくと、これをさらに引き上げることを想定している可能性があります。これが本当にそうなるかはまだ実証されていませんし、非常に懐疑的な見方も多い。そういう意味で、18年度にマイナス1%を達成することは、実効性のある歳出削減が伴わない限り厳しいと思います。

 1兆6千億円の社会保障費の抑制は、過去3年間安倍政権がやってきた努力と同じ努力をしていく、という触れ込みで言っていますので、これまで色々なことをやって、抑制してきたことと同じ努力ができるのであれば、当然それくらいはできると思います。ただ、全体としてかなりの収支改善をしなければいけない中で見たら、1兆6千億円というのは、わずかな額にすぎないわけですから、そういう意味では、財政健全化の実効性には寄与しない。

田中:湯本さんがおっしゃられたように、相当難しい。本当に達成できるか否かは神のみぞ知る。問題は景気は常に循環する、ということです。将来には常にリスクがある。例えば、倒産した企業が売り上げが2倍、3倍となる前提で再生計画を作るでしょうか。誰も信用しないでしょう。リスクがあるから、リスクを織り込んで対応する必要がある。

 私は政治的なスローガンとして高い目標を掲げて、「みんなで頑張ろう」と言うこと自体は良いことだと思います。ただ、財政や年金などこういう分野では、リスクを織り込んで手堅い数字を前提として使うのは世界の常識です。もし、成長戦略がうまくいって、経済が成長すれば増えた分は色々使えばいい。だけど、最初から高い成長率を前提にして再生計画を立てることは問題です。

工藤:時間的な制約がある中では、手堅い計画を立てて着実に実行しないと、もはや収拾不可能な段階まで行ってしまう危険性があると思いますが、政府は本来であれば課題に向かい合った計画を作るものではないでしょうか。

湯元:それは全くの正論なんですが、誰もが嫌なことは考えたくはないと思っているわけです。だから、課題を3年先、4年先へと先送りさせていこうというインセンティブが働くわけです。

鈴木:歳出改革については、これまでサボってきた。その中で、「18年にマイナス1%」というのは相当難しいと思っています。例えば、法律を通してベッドの数をコントロールしようと、地域医療ビジョンを作っている。今年から現場では介護給付で制約を受けていますが、データを使った、エビデンスベースとなるような議論をやってこなかったのを、ようやく今着手したところです。そういうふうにサボってきた付けが今、回ってきているわけです。データはたくさんありますから、医療や介護の法令化の問題に関してはここできちんとした科学的な議論をやっておく必要がある。

 税収弾性値について一言申し上げたいのが、ここ数年について言えば、諮問会議の一部で議論になった1.2とか1.3は実現し得ると私は思っています。なぜかと言うと、企業の繰越決算が減るからなんですね。つまり、GDPが増えて課税ベースが広がって税収が増えるという話ではなくて、GDPと関係なく過去の損失を控除する部分が減っていくので税収が増えるという話です。ですから、一時的に、結果的に税収弾性値がかなり上がる可能性があると思っています。ただ、長期的には税収弾性値は下がっていく方向なので、これを財政の問題の処方箋として割り当ててしまうことにはリスクがあると思います。

工藤:結局、計画は達成可能なものなのですか。

小黒:「2018年にプライマリーバランスをGDP比で1%程度にする」と、「一般歳出を実質的に1.6兆円。そのうち社会保障関係費も実質的に1.5兆円にする」という2つの指標のうち、後者の方は比較的可能だと思います。2018年までに高齢化の伸びだけで1.5兆円。消費税を増税すれば別枠でプラス社会保障の充実分が1.5兆円。全体として3兆円伸ばす。これは比較的達成しやすい目標です。しかし、前者は結構厳しい。霞が関用語で言うところの「程度」というのは、恐らく0.5%から1.5%位のレンジの幅にある。つまり、1.5%ほどの赤字になっても許容される。

湯元先生も言われていましたけど、最初に見込んでいる成長経済率が非常に高い。私のベースライン計算で言ったら、7兆円位足りない。2018年のプライマリーバランスは中長期試算だとだいたい15兆円くらいの赤字になっていますが、これを1%くらいに抑え込むには10兆円くらいに圧縮しなければいけない。そのうち国と地方が歳出削減に取り組んで出てくる分がおそらく3~4兆円。ですから、足りない分が出てきます。そうすると、やはり消費税を追加で2%から3%上げないと達成できないとなる。しかし、消費税を10%に上げるのに苦労している状況下でそれができるかというと、なかなか厳しい。それができなければ追加で社会保障改革を中心として歳出抑制に切り込まなければいけない。しかし、今改革しているもの以上に踏み込むというものなので、これもちょっと難しい。したがって、GDPの1%目標は難しいというのが現状です。

工藤:うまくいかなかった場合、どうするのですか。

湯元:経済財政諮問会議の下の専門調査会が、KPIや改革の工程などをきちんと作って、2018年度時点でマイナス1%という目標が達成できているかどうかを評価する。もし達成しておらず、2020年の黒字化も難しいと判断したら、追加的な歳出削減措置を検討する、というふうに書き込まれています。

 歳入については、10%の消費税の引き上げを追加的に検討する可能性は、何となく示唆されている、というところです。専門家が入ってしっかりと見ていくということなので、一定の信頼性はあると思います。ただ、現実には厳しい改革ですし、そもそもその専門調査会の評価や判断が、政治の世界にうまく反映されるのか。10%を超える消費税の引き上げとはまさに政治判断そのものであって、専門調査会が提案したとしても、それを採用するかは総理大臣の判断になる。専門調査会がなかった時期に比べると1歩前進したと私は思いますが、それが本当に有効に機能する仕組みになるのかどうか。政治家の判断も法律に基づいて行うものですから、財政規律を担保するような法律をしっかり作る、というようなやり方をしないと、専門家が定性的な判断をして、「こうやるべきだ」という提言を出すだけでは、本当に正しい方向に進むのかどうか全くわからない。

工藤:みなさんのお話を聞いていると、政治のやる気が問われている、と感じます。腰が据わってない曖昧な内容になっているすっきりとしない計画が出されている。しかも、時間的にも切迫している状況の中で、日本の財政を破たんさせないために何をしなければいけないのでしょうか。

政治の本気度が問われている

鈴木:歳出と歳入で1点ずつ。まず、歳出については、計画では成長率を高めに見込んでいるわけですが、高い経済成長をしている状況というのは、物価も賃金も上がっているという状況です。その時には、名目の歳出も増えてしまうということなんですね。税収も増えるけど歳出も増えるとなると、財政再建にならないわけですよ。結局、成長率に関わらず、財政再建できるようにするためには、財政状況悪化の最大の原因である高齢化問題に対応する必要がある。そうするとやはり、社会保障改革をしなければならない。社会保障以外の歳出についても、成長率が高くなったとしても、成長率ほど増やしてはいけないということをルール化していく。法律がいいのか、どういう形がいいのかについては議論の余地がありますが、とにかく歳出については、それぞれの分野ごとにどういうルール化ができるかがポイントとなります。

 次に、歳入については、今回、消費税のさらなる増税に関する議論をいわば封印しているわけですが、私は14年度の引き上げによる影響というのは言われているほど大きかったのだろうかと思っているわけです。確かに14年度の成長率はマイナス0.9%でしたが、駆け込み需要で上がったところを発射台として考えた数字ですから、暦年で見るとマイナス0.1となり、大分違います。消費はかなり元に戻っていますので、消費税のトラウマから少し離れるべきです。もちろん、政策に直接関わっている人たちは、17年4月に消費税を上げることがまだ現実になってないのだから、その先の話はできない、と考えているということは十分に理解できるのですが、やはり、多くの人々は10%では済まないと考えているわけです。しかし、実際の政治は軽減税率という逆向きの話を進めてしまっていますが、これは問題だと思います。

 今回、税体系全体のオーバーホールっていう話も実は入っています。例えば、「女性の活躍」を成長戦略に入れると、「では、配偶者控除はどうするんですか」という問題が出てくる。去年の骨太の方針では「働き方に中立な制度」と言っていたのですが、今年は「働きやすい制度」と言っているのですね。実は、これは政治的にはかなり踏み込んでいると思います。こういうふうに税体系全体の議論をもっとしなければいけないと思います。

工藤:日本の財政状況はかなり危ないと思いますか。

田中:今の日本がギリシャのような状況に直ちになるとは思いません。経常収支がすぐに赤字になるとはなりません。問題なのは、病気は静かに進行している、ということです。ですから、危機が訪れるのを座して待つのか、それとも、「痛みを伴う改革が必要だ」と政治家が訴えて、国民を説得するか、と言うことが問われている。社会保障の改革にしろ財政再建にしろ、当面は痛みを伴うものなので誰しもがやりたくないわけですよね。それでも、将来の子供たちのために今こそ改革が必要なのだ、と国民を説得できることができるか。それが政治に問われている。

 ギリシャは今、非常に厳しい状況ですが、日本もそうならないために、政府のガバナンスがまさに問われているわけです。

小黒: 2030年頃にターニングポイントが来る中で、増税や歳出削減について、最終的にどれくらいの規模でやらなければならないのか、ということをきちんと政治がリードする形で議論をスタートすべきです。

 メディアに出てしまうとなかなか厳しいとは思いますが、そういう議論がないと少しずつ増税して、少しずつカットしていく、その結果、気が付いたらターニングポイントがすぐそこまで来ていて、もう手遅れになっていた、という話になってしまう可能性もあるわけです。やはり、最初にきちんとゴールを決めて、増税の幅、歳出削減の幅をきちっと議論するべきです。時間軸としてはこの1年間くらいで、そのためのインフラも整備するべきです。

湯元:増税を含めた痛みを伴う改革の必要性について、政治が国民にいかに訴えるかが大事ですし、その際、どの程度の痛みが生じるのか数字をもってきちんと国民に説明することが必要です。これは今のように経済が良い時にこそ理解を得られやすい。経済が悪くなるとなかなかそういうことはできないとなりますので、今やらなければならない。しかし、それを2018年度以降に先送りしようとしているわけです。やはり、2018年以前の段階で、政治が国民に対して真摯な姿勢で訴えていくことが最も重要です。安倍政権の場合、経済成長が一つの大きな使命ですが、これも相当必死になって改革をスピードアップして実行していかないと、目標は達成できません。経済成長と財政再建を同時にやっていく、ということが今回の骨太の方針の主旨ですから。両者を一体的にやっていかなければなりません。

工藤:アンケートでは、「日本が財政再建を果たすために、最も大事なことは何か」を尋ねています。実は、1年前も全く同じ質問をしたのですが、この1年間で変化が見られます。去年は「ムダの削減など、歳出の見直し」の47.9%と、「成長戦略の着実な実施による経済成長」の46.8%が並んでいました。今年は「社会保障費の抑制」が40.5%。そして、「消費税10%以上への更なる増税」が大幅に増加しています。多くの有識者が「これまでは経済成長に期待をしてきたけれど、そろそろそれだけでは厳しくなってきたのではないか」と考えるようになってきているのだと思います。

私は、今はまさに危機だと思います。単なる財政的な危機ではなく、国会の中でこの問題が議論されていないこと自体が危機だと思います。皆さんは政治の役割について言及されていましたが、その政治の中で議論がない、ということが一番の危機ではないか。そうすると、やはり、有識者が、しっかりウオッチしながら「これじゃ駄目だよ」という声をあげていかないと、本当に大変な事態になるのではないかと思いますので、これからもこういう議論をやっていきます。

報告を読む / 議事録を読む   3

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2015年7月3日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
田中秀明(明治大学公共政策大学院教授)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

財政再建に向けて何をするべきなのか

楽観的すぎる経済成長率前提とする計画には大きな問題がある

湯元:まず、2018年度までに、現在マイナス3.3%のプライマリー赤字を、1%にするわけですから、2.3ポイント縮小することになりますが、そのためには10数兆円の収支改善が必要です。放っておくと社会保障費は自然増で増えていきますので、約15兆円以上のタームで収支改善が必要となってくる。さらに、計算上かなり高い名目経済成長率を見込んでいる。それに加えて、税収弾性値という1%経済成長が増えた時に、税収が何%増えるかを示す値を、1とか税収と同じ位の伸びと見積もっていただくと、これをさらに引き上げることを想定している可能性があります。これが本当にそうなるかはまだ実証されていませんし、非常に懐疑的な見方も多い。そういう意味で、18年度にマイナス1%を達成することは、実効性のある歳出削減が伴わない限り厳しいと思います。

 1兆6千億円の社会保障費の抑制は、過去3年間安倍政権がやってきた努力と同じ努力をしていく、という触れ込みで言っていますので、これまで色々なことをやって、抑制してきたことと同じ努力ができるのであれば、当然それくらいはできると思います。ただ、全体としてかなりの収支改善をしなければいけない中で見たら、1兆6千億円というのは、わずかな額にすぎないわけですから、そういう意味では、財政健全化の実効性には寄与しない。

田中:湯本さんがおっしゃられたように、相当難しい。本当に達成できるか否かは神のみぞ知る。問題は景気は常に循環する、ということです。将来には常にリスクがある。例えば、倒産した企業が売り上げが2倍、3倍となる前提で再生計画を作るでしょうか。誰も信用しないでしょう。リスクがあるから、リスクを織り込んで対応する必要がある。

 私は政治的なスローガンとして高い目標を掲げて、「みんなで頑張ろう」と言うこと自体は良いことだと思います。ただ、財政や年金などこういう分野では、リスクを織り込んで手堅い数字を前提として使うのは世界の常識です。もし、成長戦略がうまくいって、経済が成長すれば増えた分は色々使えばいい。だけど、最初から高い成長率を前提にして再生計画を立てることは問題です。

工藤:時間的な制約がある中では、手堅い計画を立てて着実に実行しないと、もはや収拾不可能な段階まで行ってしまう危険性があると思いますが、政府は本来であれば課題に向かい合った計画を作るものではないでしょうか。

湯元:それは全くの正論なんですが、誰もが嫌なことは考えたくはないと思っているわけです。だから、課題を3年先、4年先へと先送りさせていこうというインセンティブが働くわけです。

鈴木:歳出改革については、これまでサボってきた。その中で、「18年にマイナス1%」というのは相当難しいと思っています。例えば、法律を通してベッドの数をコントロールしようと、地域医療ビジョンを作っている。今年から現場では介護給付で制約を受けていますが、データを使った、エビデンスベースとなるような議論をやってこなかったのを、ようやく今着手したところです。そういうふうにサボってきた付けが今、回ってきているわけです。データはたくさんありますから、医療や介護の法令化の問題に関してはここできちんとした科学的な議論をやっておく必要がある。

 税収弾性値について一言申し上げたいのが、ここ数年について言えば、諮問会議の一部で議論になった1.2とか1.3は実現し得ると私は思っています。なぜかと言うと、企業の繰越決算が減るからなんですね。つまり、GDPが増えて課税ベースが広がって税収が増えるという話ではなくて、GDPと関係なく過去の損失を控除する部分が減っていくので税収が増えるという話です。ですから、一時的に、結果的に税収弾性値がかなり上がる可能性があると思っています。ただ、長期的には税収弾性値は下がっていく方向なので、これを財政の問題の処方箋として割り当ててしまうことにはリスクがあると思います。

工藤:結局、計画は達成可能なものなのですか。

小黒:「2018年にプライマリーバランスをGDP比で1%程度にする」と、「一般歳出を実質的に1.6兆円。そのうち社会保障関係費も実質的に1.5兆円にする」という2つの指標のうち、後者の方は比較的可能だと思います。2018年までに高齢化の伸びだけで1.5兆円。消費税を増税すれば別枠でプラス社会保障の充実分が1.5兆円。全体として3兆円伸ばす。これは比較的達成しやすい目標です。しかし、前者は結構厳しい。霞が関用語で言うところの「程度」というのは、恐らく0.5%から1.5%位のレンジの幅にある。つまり、1.5%ほどの赤字になっても許容される。

湯元先生も言われていましたけど、最初に見込んでいる成長経済率が非常に高い。私のベースライン計算で言ったら、7兆円位足りない。2018年のプライマリーバランスは中長期試算だとだいたい15兆円くらいの赤字になっていますが、これを1%くらいに抑え込むには10兆円くらいに圧縮しなければいけない。そのうち国と地方が歳出削減に取り組んで出てくる分がおそらく3~4兆円。ですから、足りない分が出てきます。そうすると、やはり消費税を追加で2%から3%上げないと達成できないとなる。しかし、消費税を10%に上げるのに苦労している状況下でそれができるかというと、なかなか厳しい。それができなければ追加で社会保障改革を中心として歳出抑制に切り込まなければいけない。しかし、今改革しているもの以上に踏み込むというものなので、これもちょっと難しい。したがって、GDPの1%目標は難しいというのが現状です。

工藤:うまくいかなかった場合、どうするのですか。

湯元:経済財政諮問会議の下の専門調査会が、KPIや改革の工程などをきちんと作って、2018年度時点でマイナス1%という目標が達成できているかどうかを評価する。もし達成しておらず、2020年の黒字化も難しいと判断したら、追加的な歳出削減措置を検討する、というふうに書き込まれています。

 歳入については、10%の消費税の引き上げを追加的に検討する可能性は、何となく示唆されている、というところです。専門家が入ってしっかりと見ていくということなので、一定の信頼性はあると思います。ただ、現実には厳しい改革ですし、そもそもその専門調査会の評価や判断が、政治の世界にうまく反映されるのか。10%を超える消費税の引き上げとはまさに政治判断そのものであって、専門調査会が提案したとしても、それを採用するかは総理大臣の判断になる。専門調査会がなかった時期に比べると1歩前進したと私は思いますが、それが本当に有効に機能する仕組みになるのかどうか。政治家の判断も法律に基づいて行うものですから、財政規律を担保するような法律をしっかり作る、というようなやり方をしないと、専門家が定性的な判断をして、「こうやるべきだ」という提言を出すだけでは、本当に正しい方向に進むのかどうか全くわからない。

工藤:みなさんのお話を聞いていると、政治のやる気が問われている、と感じます。腰が据わってない曖昧な内容になっているすっきりとしない計画が出されている。しかも、時間的にも切迫している状況の中で、日本の財政を破たんさせないために何をしなければいけないのでしょうか。

政治の本気度が問われている

鈴木:歳出と歳入で1点ずつ。まず、歳出については、計画では成長率を高めに見込んでいるわけですが、高い経済成長をしている状況というのは、物価も賃金も上がっているという状況です。その時には、名目の歳出も増えてしまうということなんですね。税収も増えるけど歳出も増えるとなると、財政再建にならないわけですよ。結局、成長率に関わらず、財政再建できるようにするためには、財政状況悪化の最大の原因である高齢化問題に対応する必要がある。そうするとやはり、社会保障改革をしなければならない。社会保障以外の歳出についても、成長率が高くなったとしても、成長率ほど増やしてはいけないということをルール化していく。法律がいいのか、どういう形がいいのかについては議論の余地がありますが、とにかく歳出については、それぞれの分野ごとにどういうルール化ができるかがポイントとなります。

 次に、歳入については、今回、消費税のさらなる増税に関する議論をいわば封印しているわけですが、私は14年度の引き上げによる影響というのは言われているほど大きかったのだろうかと思っているわけです。確かに14年度の成長率はマイナス0.9%でしたが、駆け込み需要で上がったところを発射台として考えた数字ですから、暦年で見るとマイナス0.1となり、大分違います。消費はかなり元に戻っていますので、消費税のトラウマから少し離れるべきです。もちろん、政策に直接関わっている人たちは、17年4月に消費税を上げることがまだ現実になってないのだから、その先の話はできない、と考えているということは十分に理解できるのですが、やはり、多くの人々は10%では済まないと考えているわけです。しかし、実際の政治は軽減税率という逆向きの話を進めてしまっていますが、これは問題だと思います。

 今回、税体系全体のオーバーホールっていう話も実は入っています。例えば、「女性の活躍」を成長戦略に入れると、「では、配偶者控除はどうするんですか」という問題が出てくる。去年の骨太の方針では「働き方に中立な制度」と言っていたのですが、今年は「働きやすい制度」と言っているのですね。実は、これは政治的にはかなり踏み込んでいると思います。こういうふうに税体系全体の議論をもっとしなければいけないと思います。

工藤:日本の財政状況はかなり危ないと思いますか。

田中:今の日本がギリシャのような状況に直ちになるとは思いません。経常収支がすぐに赤字になるとはなりません。問題なのは、病気は静かに進行している、ということです。ですから、危機が訪れるのを座して待つのか、それとも、「痛みを伴う改革が必要だ」と政治家が訴えて、国民を説得するか、と言うことが問われている。社会保障の改革にしろ財政再建にしろ、当面は痛みを伴うものなので誰しもがやりたくないわけですよね。それでも、将来の子供たちのために今こそ改革が必要なのだ、と国民を説得できることができるか。それが政治に問われている。

 ギリシャは今、非常に厳しい状況ですが、日本もそうならないために、政府のガバナンスがまさに問われているわけです。

小黒: 2030年頃にターニングポイントが来る中で、増税や歳出削減について、最終的にどれくらいの規模でやらなければならないのか、ということをきちんと政治がリードする形で議論をスタートすべきです。

 メディアに出てしまうとなかなか厳しいとは思いますが、そういう議論がないと少しずつ増税して、少しずつカットしていく、その結果、気が付いたらターニングポイントがすぐそこまで来ていて、もう手遅れになっていた、という話になってしまう可能性もあるわけです。やはり、最初にきちんとゴールを決めて、増税の幅、歳出削減の幅をきちっと議論するべきです。時間軸としてはこの1年間くらいで、そのためのインフラも整備するべきです。

湯元:増税を含めた痛みを伴う改革の必要性について、政治が国民にいかに訴えるかが大事ですし、その際、どの程度の痛みが生じるのか数字をもってきちんと国民に説明することが必要です。これは今のように経済が良い時にこそ理解を得られやすい。経済が悪くなるとなかなかそういうことはできないとなりますので、今やらなければならない。しかし、それを2018年度以降に先送りしようとしているわけです。やはり、2018年以前の段階で、政治が国民に対して真摯な姿勢で訴えていくことが最も重要です。安倍政権の場合、経済成長が一つの大きな使命ですが、これも相当必死になって改革をスピードアップして実行していかないと、目標は達成できません。経済成長と財政再建を同時にやっていく、ということが今回の骨太の方針の主旨ですから。両者を一体的にやっていかなければなりません。

工藤:アンケートでは、「日本が財政再建を果たすために、最も大事なことは何か」を尋ねています。実は、1年前も全く同じ質問をしたのですが、この1年間で変化が見られます。去年は「ムダの削減など、歳出の見直し」の47.9%と、「成長戦略の着実な実施による経済成長」の46.8%が並んでいました。今年は「社会保障費の抑制」が40.5%。そして、「消費税10%以上への更なる増税」が大幅に増加しています。多くの有識者が「これまでは経済成長に期待をしてきたけれど、そろそろそれだけでは厳しくなってきたのではないか」と考えるようになってきているのだと思います。

私は、今はまさに危機だと思います。単なる財政的な危機ではなく、国会の中でこの問題が議論されていないこと自体が危機だと思います。皆さんは政治の役割について言及されていましたが、その政治の中で議論がない、ということが一番の危機ではないか。そうすると、やはり、有識者が、しっかりウオッチしながら「これじゃ駄目だよ」という声をあげていかないと、本当に大変な事態になるのではないかと思いますので、これからもこういう議論をやっていきます。

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