7月17日放送の言論スタジオでは、「ギリシャ危機とEUの今後」と題して、山崎加津子氏(大和総研経済調査部副部長)、吉田健一郎氏(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)の両氏をゲストにお迎えして議論を行いました。
まず、EUが求めている財政緊縮案を受け入れるかどうかを問う国民投票を唐突に実施し、国民に対して「反対」への投票を広く呼びかけた一方で、「反対」が6割以上にも上ったにもかかわらず、財政緊縮案を事実上受け入れるなど、二転三転したギリシャのチプラス首相の政治姿勢について、これをどう評価するか司会の工藤が問いかけました。
「読み」が外れたチプラス首相
これに対し山崎氏は、「チプラス政権もこれまでのEUなど債権者側との交渉を通じて、財政緊縮をやらざるを得ないことは分かっていたはず」と指摘した上で、「『反緊縮』を掲げて政権を取った以上、緊縮策に応じることは公約違反になるので、再度国民の信任を得るために『賛成』への投票を呼びかけるのであればまだ筋は通っていた。しかし、『反対』を呼びかけたために、理解不能だ」、「EUなどによる第2次金融支援の期限が切れたにもかかわらず、この一連の混乱によって第3次金融支援を得るための交渉をすることができなかったなど、時間の無駄だった」などと断じました。
吉田氏は、「チプラス首相の読みが甘かった」とした上で、「チプラス首相は『反対』が多ければ多いほど、ギリシャのユーロ離脱を恐れるEU側から譲歩を引き出せると読んでいた。ところが、予想に反してドイツが『一時離脱』を突き付けてきた。これで本当は離脱したくなかったギリシャ側も焦り、妥協せざるを得なくなった」と解説しました。
続いて、議論はギリシャの政治事情に移りました。
結局、チプラス以外の選択肢がないギリシャ
山崎氏は、チプラス人気の背景として、「1970年代以降、ギリシャでは2大政党制が続いてきた。そして、その2大政党によって既得権益が積み上げられていくことに対して、国民の不満が高まっていた。さらに、歴代の政権が財政赤字を隠していたことに端を発してギリシャは緊縮を強いられ、国民生活は打撃を受けた。そうした中、『反緊縮』を掲げて登場したチプラス氏は圧倒的な人気を得た」と解説しました。ただその一方で、「既成政党の政権運営に対する批判力はあったものの、実際に自分がリーダーとして政権運営をすると行き詰まりが見られる」と指摘しました。
これを受けて工藤が、チプラス首相が今後、どのようにして求心力を保っていくのかを尋ねると吉田氏は、「国民の中には、国民投票で否定したはずの緊縮を受け入れたチプラス首相に対する怒りはある。しかし、かつての政権党である2大政党に対する不信は依然として根強く、他に選択肢がない状況だ。その結果、消去法でチプラス首相しかいなくなっている」と指摘し、今後もチプラス首相の求心力は一定程度保たれるとの見方を示しました。
ギリシャにとって、「ユーロ離脱」という選択肢はあり得ない
次に、工藤がギリシャの一般国民は、緊縮策の受け入れについてどのように考えているかを尋ねると、吉田氏は、「もはや受け入れざるを得ないと考えているのではないか。ギリシャにとって、ユーロから離脱することは悪夢でしかないからだ」と述べました。
山崎氏も、吉田氏と同様の見解を示しつつ、「最新の世論調査では、ギリシャ国民の7割が、ユーロ圏にとどまることを望んでいる。国民投票時に、政府は『投票は緊縮策の受け入れの是非を問うものであって、ユーロ残留の是非を問うものではない』と説明していたため、国民は危機感なく反対票を投じた。しかし、EU側は国民投票をユーロ残留の是非を問うものと見なしていた。ユーロを離脱した場合、国民生活が現状よりもさらに悪化することが目に見えているため、国民ももはや緊縮策を受け入れざるを得ないのではないか」と分析しました。
続いて、工藤は今回打ち出された財政緊縮策が、本当に実行できるのか、そして、実行できたとして、効果を発揮して、ギリシャは財政再建できるのかを尋ねました。
新たな危機対応体制の構築が求められる
これに対し吉田氏は、「年金改革や民営化の推進にどこまで取り組めるか不透明な部分が大きいし、緊縮によって歳出が減れば、経済に対してさらなる打撃になる可能性がある」ため、現状では実行も財政再建も難しいとの認識を示しました。
山崎氏も、「税収増や年金の持続可能性向上などは、財政危機に関わらず取り組まなければならなかったことであり、これだけでは財政再建には不十分だ」と述べ、「今回のユーロ圏首脳会議における合意は、銀行からお金を引き出せない状況を是正するなど、あくまでも国民生活の最低ラインを確保するためのものだ」と語りました。
両氏の発言を受けて工藤は、「債務の減免などより抜本的な改善策が必要になってくるのではないか」と尋ねると、山崎氏は、「EU側もギリシャが返済できるとは思っていないが、かといって債務免除は貸し手の利益を大きく損なうため、債権者側が認めない。問題の先送りにしかならないが、まず返済期限を延長することは考えられる。その上で、今後ギリシャのような国が出てこないようにするためにEUは何をすべきか、ということから議論を始める必要があるのではないか」と述べました。さらに、ギリシャの課題として、「財政健全化だけでなく、経済成長も重要なので、成長に重きを置いた視点も求められる」と指摘しました。
吉田氏も、EU共通の金融政策は、ドイツとギリシャなど各国の体力差があるので難しい面がある、との認識を示した上で、「その差を埋めることが必要になってくる。例えば、『EU財務省』構想を再検討してみたり、ユーロ圏の財政危機国を支援する基金「欧州安定メカニズム(ESM)」だけでなく、新たな危機対応策を考える時期に来ている」と主張しました。
最後に工藤が、今回のギリシャ危機が、日本にとってどのような教訓になり得るかを尋ねると、吉田氏は、「外国人による日本国債の保有が増加していくと、日本の財政も海外情勢の影響を受けやすくなる可能性がある。そうした先行き不透明な情勢に対応するためのガバナンスを構築しておく必要がある」と答えました。
議論を受けて工藤は、「ギリシャの抱える構造的な問題がよく理解できた」と述べると同時に、「日本にとっても単純に他人事として考えるべき問題ではない」と語り、白熱した議論を締めくくりました。
[[SplitPage]]
ギリシャ問題の背景
工藤:言論NPOの工藤泰志です。今日の言論スタジオでは、ギリシャ問題について議論を行います。ギリシャ問題は、チプラス政権が国民投票を行ってEUが示した再建案に対する国民投票が行われるという事態になり、ギリシャ国民は「NO」と答えたわけですが、そこからさらに事態は動き、ギリシャ議会では、再建案についての法制化の合意がなされました。これからギリシャは、EU圏にとどまって、IMFなどの監視も踏まえて、もう一回再建に取り組むということになりましたが、それが本当にうまくいくのか、ということも含めて議論したいと思います。
それでは、ゲストのご紹介です。まず、大和総研経済調査部シニアエコノミストの山崎加津子さん。次に、みずほ総合研究所欧米調査部上席シニアエコノミストの吉田健一郎さんです。今日はお二人と突っ込んだ議論を行っていきたいと思います。
まず、今回のギリシャ問題は、非常に目まぐるしく展開しましたが、皆さんはこれをどう思っていたかということをお聞きしたいと思います。その前に、有識者のアンケートの結果を2つ紹介します。
一つは、今回、チプラス首相が、EUが求めている財政緊縮案受け入れの是非を問う国民投票をしました。その結果、受け入れない、という答えが6割を超える結果となりましたが、その後、チプラス首相は財政緊縮案を事実上受け入れ、EUとの協議を行うという形に大きく転換していくわけです。この大きな転換をどうみるかという点について、有識者アンケートでは、「無責任だと思う」が半数くらいあった一方で、「妥当だと思う」は21.6%でした。このアンケート結果は、国民投票を行ったことに関する感想だと思います。その後、今度は逆にEUとの交渉を再開するという話になるなど、話が急転回しているので、アンケートの回答者はそこまでは織り込んでいないと思います。しかし、少なくとも国民投票を実施したことについては、批判的な議論が日本社会で多かったということになります。
もう一つは、ユーロ圏首脳会議がギリシャへの金融支援交渉再開に関して、ギリシャが財政緊縮案を法制化し、それをきちんと実行するということを条件にしました。これがギリシャ議会に提出されて、可決されました。ユーロ圏首脳会議が出した入口の条件はクリアしたことになりますが、その後、本当にこの財政緊縮策がうまくいくのか、ということを聞いてみました。これに関しては「過去2回、支援を受けながら進まなかったので、今回も進まないと思う」が48.3%と、半数近くあります。ただ、「現時点では判断できない」が44%です。したがって、この2つの見方で割れています。
このような結果を参考にしながら、皆さんにお聞きしたいと思います。まず、山崎さんは、この展開をどのようにご覧になり、どのような感想をお持ちですか。
時間を無駄にした国民投票
山崎:国民投票に関してだと思われますが、アンケートでは「無責任だ」という答えが非常に多い。ここまでの展開を見ると、結局ギリシャは債権者側から求められている財政緊縮策を受け入れて、「それをやります」という約束せざるを得ませんでした。であれば、あの国民投票は全く無駄だったのではないか、あれをなぜあのタイミングでしたのかを誰もよく分からないということになります。それが「無責任だ」ということだと思います。あそこで国民投票をしてしまったことで、6月30日で、ギリシャに対してEU、IMFが行っていた第二次金融支援が期限切れになってしまいました。また、IMFへの資金返済も延滞になりました。期限切れにならなければもう少し支援してもらえた可能性がありましたが、それがなくなってしまったということです。今、議論しているのは第三次金融支援をどうするかという話ですが、これを一から作り直さないといけなくなり、すごく時間を無駄にしていることになると思います。
工藤:山崎さんは、チプラス首相が国民投票を行った理由は何だと思いますか。
山崎:国民投票をするまでに、チプラス政権側はEUと3カ月くらい交渉していました。当初は「緊縮財政反対」と言って選挙に勝った政権ですが、交渉していく過程の中で、ある程度、EU・IMF側から求められている財政健全化をやらざるを得ないと譲歩していっていました。したがって、国民投票をして、「自分たちが選挙で約束した緊縮財政放棄はできなくなりましたが、ギリシャを再建するためにはこの再建案を飲まなければいけないので、皆さんもう一回意思表明をしてください。国民投票で『YES』と言ってください」ということであれば、筋が通る国民投票だったと思います。 しかし、実際は逆でした。しかも、政権は「『NO』と言ってくれ」と国民に呼びかけ、実際NOという答えは6割超えましたが、その国民投票結果に反して、チプラス政権は緊縮財政の計画を出してきたわけですから、余計に筋が通らない。
吉田:「受け入れるかどうか」と国民投票にかけた緊縮策自体が、実は国民投票の時点ではすでに終わっていたのです。第二次支援策は6月30日で期限が切れました。その交渉の過程でEU側から提出された緊縮策提案を受け入れるか、受け入れないかをこのタイミングで国民投票にかけ、さらにその緊縮策を進めるということに対しては、みんな「あれっ」と思ったわけです。
ただ、その前段階として、チプラス政権は、部分的とはいえ、交渉の過程でどうしても妥協を強いられています。債権者団の方からみると、「もっと妥協しろ」ということですが、国内からは「これ以上妥協するな」という声があります。非常に厳しい板挟みの状態でした。今回の国民投票は、一つは、チプラス首相あるいはSYRIZA(急進左派連合)に対する信任投票的な位置付けもあったと思います。ですから、チプラス首相からしてみると、この国民投票がある程度自分の意見を後押ししてくれることによって、国内的にも対外的にも話を進めやすくなる、というような計算もあったかもしれません。
読みが外れたチプラス首相
工藤:一方で、チプラスさんが緊縮策を受け入れるとなると、国民側で怒っている人はいますよね。
吉田:そこはやはり、チプラス首相の読みが甘かったということです。「『NO』の結果になれば、ユーロ圏あるいはEU側からの妥協を引き出せるのではないか」という思惑が一部にあった可能性はあります。実際にNOになると、ギリシャがユーロ圏から出て行く可能性が非常に高まると思われたので、その結果アメリカからも圧力がかかってきたり、IMFが柔軟な提案を出してきたりする、という中で、妥協できるのではないか、というわけです。
しかし、実際にユーロ圏が行ったことはそうではありませんでした。今回の交渉は基本的にチキンゲーム、つまり、一つの道に車同士が向かい合って走り、どちらが先に避けるか、というゲームの構図です。そこでは結局、「どういう交渉カードを持っているか」がカギとなる。ギリシャ側はこれまで「ギリシャがユーロ圏を出て行くと、ユーロ圏が大混乱に陥って大変なことになるだろう」という交渉カードを使ってきたわけです。しかし今回、最後の最後でその交渉カードを切ったのは、ギリシャではなくてドイツでした。つまり、「お前、本当に出て行くか」というプレッシャーにギリシャは勝てませんでした。ギリシャの国民はユーロ圏にいたいというのが本音なので、SYRIZAも「ユーロ圏から出て行く」ということは言っていません。それでも、その可能性をちらつかせるということをカードにしてきたわけですが、ドイツ側の方から、一時的にギリシャをユーロ圏から出すことで債務の再編を進める案を真剣に検討し出してしまったのです。
工藤:それでチプラスさんの対応が大きく変わったわけですか。
吉田:チプラス政権は、ドイツや債権者団がそこで妥協するかもしれないと思ったのかもしれませんが、むしろそうならずに、「本当に出て行く可能性が高まっているから、場合によっては出て行くことを検討しなければいけない」ということで、法制面を含めて本気で検討を開始したのです。そうなってくると、かえって焦ってくるのはギリシャ側です。
山崎:私は、むしろ「国民投票をやる」といった段階で、債権者側が「このタイミングでそれは待て」と言ってくれるのを期待したのかなと思っていました。というのは、2011年、ギリシャの債務問題が起きて、「どう支援するか」という話をしている最中に、当時のギリシャ政府が、債権者側から突き付けられた色々な条件について、「国民投票をやります」と決めたことがありました。その時は債権者側が「このタイミングでするな」と言って止めてきた経緯がありましたので、もしかしたら、6月末ぎりぎりというタイミングでそれを期待したところがあったのかな、と。
ただし、実際には止められず、「国民投票をやるならどうぞ」と言われてしまいました。なおかつ、財政支援が止まってしまうかもしれない、誰もギリシャにお金を貸してくれないかもしれないという状況になりました。それまでは、ECBがELA(ギリシャの中央銀行)にお金を貸して、そこからギリシャの銀行にお金を貸すという流れにおいて、貸出の上限を引き上げて、より厚くお金を渡していました。そうでないとギリシャの銀行からどんどん預金が流出して、銀行の資本がなくなってしまいますからお金を入れていましたが、国民投票をやると決めた後、その上限引き上げをやめてしまいました。
工藤:国民の預金が流出して、資金が回らなくなる状況になったわけですね。
山崎:そうですね。中央銀行が「最後はちゃんとお金を貸します」と保証しているからお金は回りますが、「これ以上貸せません」ということになってしまったので、ギリシャの銀行は窓口を閉じざるを得なくなりましたし、資本規制をかけられて、ギリシャから外へ、また外からギリシャへお金をやり取りするルートもほとんど機能しない状況になっています。それがギリシャの経済的状況を非常に厳しくしています。
工藤:そうなってくると、チプラスさんの読みが甘かったという判断になってしまいますが、もっとパフォーマンス的に、自分には多くの支持があることを誇示するような形で交渉するとか、そういった考え方はなかったのですか。ただ兵糧攻めされてしまったという理解でよろしいのでしょうか。
吉田:基本的にはそういうことですね。ただ、難しかったのは、国内の議会でSYRIZA、つまり与党は149議席を持っていますが、その中に、財政緊縮策に厳しく反対するグループがあるのです。これは左派プラットフォームと呼ばれていますが、これが40議席くらいを持っていて、そこからの突き上げがかなりあるので、議論が国内で進んでいかなかったのです。おっしゃる通り、国民の意思が彼にとって重要なファクターだったのだろうと思います。
[[SplitPage]]
ギリシャ国民も緊縮策を受け入れ始めている
かつての二大政党に対する不満は根強く、チプラス以外の選択肢がない
工藤:チプラスさんが今後、財政再建に本当に成功できるかということに焦点が移り始めているのですが、その前に、チプラスさんはどういう人なのかをお聞きしたいと思います。国民の間では非常に人気があることなのですが、なぜ人気があるのでしょうか。それから、日本社会の中で、選挙に伴う有権者の声、デモクラシーというものが、経済的な大きな問題に対して重いコストになっているのではないかという議論があります。これらについて聞きたいのですが、山崎さん、チプラスさんはなぜ人気なのかという点についていかがでしょうか。
山崎:ギリシャは1970年代半ば以降、「民主化されて、選挙をやって、政権が代わって」という歴史ですが、二大政党制だったのですね。大きな政党が二つあって、それが交互に政権を担っていました。政治エリートのような人たちがいて、一族で首相を輩出するような政治ですが、その政治家、既成政党、既成勢力に対する不満や不信感が高まっていたということが背景にあります。
その理由としては、一つは、力を持っている人たちに色々な権益が集まってその人たちがより豊かになって格差が広がっていった、という問題があると思います。また、二大政党制の中で、ギリシャの財政が実は赤字なのにも関わらず、政権は「赤字ではない」と言っていました。それがばれてしまって、その再建のためにギリシャ経済が非常に厳しい状況に置かれた。EUやIMFから「あれをやれ、これをやれ」と言われ、それを頑張ってやらなければいけなくなったが、「そのしわ寄せが一般市民に重くのしかかっている」という受け止め方が市民の中でどんどん強くなっていました。そういう背景の中で、「財政緊縮はもうやりません」というチプラスさんが華々しく登場し、支持を集めたというところがあったと思います。
工藤:「財政緊縮をやらない」という、既成の政治そのもののやり方に関して異議を唱えた点で、国民に評価されたという理解ですか。
山崎:そうですね。そういう側面が強くあったと思います。
工藤:しかし、国家のマネージメントから見ると、財政緊縮をやらないということになれば、EUとの関係で問題が出てきます。国内的にはポピュリスティックな展開になるけれども、国際社会の中での展開力はそれによってタガをはめられた、という理解でよろしいでしょうか。
山崎:そうですね。野党という立場で、政権を批判するというところでは強いカリスマ性を持った人でしたが、いざ自分が政権を担うとなると、現実と調整しなければいけないところが出てきます。その過程の中で、「そうしたくない、でもしなければいけない」というせめぎ合いがあった。それが今年の1月にチプラス政権ができてから、債権者側との交渉がすごくもめて、なかなか進まなかった大きな理由ではないかと思います。
工藤:今のお話を聞いていると、日本の将来に関しても非常に重要な示唆を与えられているような感じがします。
チプラスさんが率いるSYRIZAは今、最大政党になっていますよね。その党が、単にポピュリスティックに、国民に受けるように「緊縮はやらない」と言っていることが、結局崩れてしまったわけですよね。この状況の中で今後、ギリシャの政治はどのように求心力を作りながら、どのように改革をすることができるのでしょうか。
吉田:非常に難しいと思います。人々の意識としては、自分たちが否定したはずの緊縮策を受け入れたことに対して、政権自体の支持率は下がっているかもしれません。しかし、山崎さんがおっしゃった通り、過去、70年代以降はポピュリスティックな政党が続いてきました。通常、ポピュリスティックな政党は、政権に入るとポピュリスティックではいられなくなるものなのですが、二大政党は両方ともずっとポピュリスティックなままでいました。
それが現在のギリシャの国内問題の遠因にもなったのです。リーマンショック後、欧州債務危機が起きて、一気に経済が、GDPのピーク比で30%近くまで落ちた。アメリカでいえば大恐慌と同じくらいのインパクトがあるわけで、一気に失業が増えてきて、ここで既存政党に対する不満が爆発寸前になってきていました。この不満の一つの核として、SYRIZAという勢力が出てきました。SYRIZAも、政権に入ることで難しさを抱えてきていますが、かつての2大政党に対する不信は根強く残っている。さらに今、議会の第三党は「黄金の夜明け」というファシズム政党ですので、ギリシャ国民は次の選択肢を非常に持ちにくいわけです。選択肢がない中で、誰がいいのかということになれば、支持が得られにくくなっているとはいえ、やはりチプラスさんになってくる可能性は高いと思います。
工藤:議会では財政再建策を法制化しましたよね。それは同床異夢の構造なのですか。それとも、政治勢力が「それしかない」と考えたのでしょうか。
吉田:基本的には、再建案を受け入れざるを得ないということだと思います。チプラス首相自身も、今回の緊縮策は景気を一時的には傷つけると認めていると思いますが、それを受け入れなければもっと悪い結末が待っている。つまり、ユーロ圏から出て行かざるを得なくなってしまうわけですから、やむを得ず緊縮策を受け入れたということです。
ギリシャ国民も緊縮策受け入れはやむを得ないと考え始めている
工藤:国民はユーロ圏から出ることを嫌がっているのでしょうか。
山崎:世論調査では、「ユーロ圏にとどまりたい」という回答が7割くらいに達していますので、基本的には「ヨーロッパ」という枠組みの、さらに「ユーロ圏」という枠組みの中で、ギリシャが留まることを望んでいる意見が国民の多数派と言っていいと思います。
工藤:その多数派が、チプラス政権が言っているポピュリスティックな提案、つまり「EUの提案する緊縮財政はあまり受け入れられない」ということに賛成してしまったわけですが、ギリシャ国民は今の事態をどのように理解しているのでしょうか。
山崎:先日の国民投票で政府は「ユーロ圏にとどまることと、緊縮財政を受け入れるということとは関係がない」と言った。つまり、「今回の国民投票は、ユーロ圏に残りたいか、残りたくないかを聞くのではなく、あくまで緊縮財政に賛成か反対かを聞くものです。その結果にかかわらず、ユーロ圏にはいられるのです」と説明をしました。他方、債権者側の方は、「今回の国民投票は実質的にユーロ圏にとどまりたいか、それともあきらめるかの決断だ」と言いました。国民みんなが政府の言ったことを素直に信じたわけではなく、信頼できる政治勢力がなかなかない中で、チプラスさんが言うことを信じたかったというのがまず一つあると思います。もう一つは、ユーロ圏にとどまるか、とどまらないかというより、緊縮財政に対してとにかく「反対」と言いたかった、ということがあると思います。
結局、議会で緊縮財政を受け入れなければいけなくなりました。今、ギリシャ経済はお金の流れが非常に滞って、にっちもさっちもいかない状況ですから、それもある程度やむを得ないと受け入れることによって「その状況が改善されるのであれば仕方がない」という考え方も、ギリシャ国民の中には結構多いのではないかと思います。
緊縮策の実行も、経済立て直しも厳しい見通し
工藤:ギリシャで可決した案は、EUが求めていた緊縮策と同じものなのでしょうか、それとも違うものなのでしょうか。
吉田:今の緊縮策は、基本的には債権者団、つまりEU、IMF、欧州中央銀行などが求めている案にほぼ沿ったものだと思います。その過程では債権者側も妥協しているのですが、それでもかなり厳しいものになっていると思います。
工藤:それを国民は国民投票で一応否定している形になっているわけですよね。それとも、それはあくまで国民投票の時の話だという理解でよろしいのでしょうか。
吉田:チプラス首相は、「債務の一部が延長された」とか、「部分的な妥協を勝ち取った」という言い方はしています。例えば、合意案の中には、ギリシャに国有資産を差し押さえるとまでは言わないものの、別のところにプールしておいて色々な返済に使おうというものがあります。これは、当初、国外の独立した機関に入れるという話がありましたが、それはギリシャ国内に据え置くということになりました。極めて細かいところで、「妥協を勝ち取った」ということを言っています。
工藤:EUの要求にほぼ沿った厳しい案であれば、それを本当に実行できるかという問題がありますよね。それから、この案に取り組みながらギリシャ経済・財政の立て直しができるのかという問題があります。この二つについてどう考えますか。
吉田:二つとも難しい可能性があります。実行できるかという点については、確かに、年金改革案など、やらなければいけない改革案の中にはできることもあると思います。ただ、例えば民営化を進めていくということについては、本当に進むのかは分かりません。
また、債務が思惑通り減っていくのかという点についてはもっと難しくて、財政緊縮をさらにするとなると、経済がさらに悪くなってしまうわけですね。つまり、経済が悪くなると、特に法人税などは税収が減ってしまうわけです。だから、歳出を1%減らそうと思っても、GDPは2%とか、それ以上に落ち込んでしまう可能性があります。債務はGDP比で見て評価されることが多いですが、分母がどんどん減ってしまうので、債務のGDP比は当然上がることになります。例えば、GDP比1%の基礎的財政収支黒字を維持しようとすると、GDPが減るので、6%くらいは上がってしまうと思います。悪循環が復活してしまうので、債務がそんなに簡単に減っていくということにはなりません。
[[SplitPage]]
ギリシャ再建はできるのか
工藤:計画そのものをギリシャが本当に実行できるかのという問題と、計画が包括的で、ギリシャの経済立て直しに対して整合性のある解決案になっているかという問題との二つがありますね。山崎さん、この緊縮策を飲むことによって、EUは支援を再開することになったのですよね。
山崎:緊縮財政を実行するということが、期間3年で、860億ユーロというお金を新たに貸すことの前提となります。返済に金利が付くかどうかについては、返済方法をどうするかという話し合いがまだ枠組みしか決まっていませんので、これからの話し合い次第ということになります。
そして、実行可能性については、非常に厳しい状況だと思います。緊縮財政の中で何をしようとしているかというと、一つは、ギリシャの税収を集める力を高めようとしていることです。あとは、年金財政を持続可能なものに変えていこうというものがあります。このあたりは、今回の問題がなくてもやらなければいけない改革ではあると思います。ただ、それをやったことによってどれだけ財政状況が改善するのか、ギリシャの借金返済状況が改善するのかというと、おそらくこれだけではまだ不足しているのではないかと思っています。
また、ギリシャの経済を立て直すために、今、目先でまずやらなければいけないのは、「自分の預金を引き下ろせない」とか、「国外から物を買ってきたいのだけれどお金が払えない」とか、「国外で物を売ったものの代金を受け取れない」とか、こうした状況では何も動かないので、まずそこを解消していくための財政支援合意だったのではないかと考えています。あくまで、非常に悪化してしまったものを元に戻すための最初の一歩だと思っています。
工藤:お話を伺っていると、非常事態というか、かなり厳しい状況の中、何とか次につないでいくための合意という段階だと受け止めたのですが、吉田さんはどうでしょうか。
吉田:結局のところ、借りたお金をいかにちゃんと返していけるかということが「債務の持続性」と言われている問題で、IMFなどもそれを非常に重視しています。ただ、債務の持続性が担保されるためには、経済がちゃんと成長していかなければいけません。
例えば、ギリシャの輸出を見てみると、大ざっぱに申し上げると半分がサービスで半分が財です。サービスのうち半分が船、半分が旅行です。今の財政緊縮策の一つに、船主に関する税金の引き上げなども入っています。船といえば、ギリシャの人口1000万人のうち20万人くらいはそこで雇用が生み出されていると言われていて、彼らは躊躇なく国外へ出て行ってしまうのではないかという話もあります。財の輸出のうち、食料品などはけっこう強いのですが、ロシアへの輸出が多い。しかし、ロシアへは今、経済制裁のため輸出ができなくなっています。旅行は、政治が安定化することが大事で、お金を引き出せないとなかなか観光客が来ないという状況なので、非常に厳しいです。その中でいかに競争力を高めていけるかという、狭い道をたどっていかざるを得ない状況です。
ユーロ、EU全体に関する枠組みの見直しが求められてくる
工藤:最近、IMFや他の有力な経済学者などの間で、「このままでいくと、ギリシャは債務不履行かEU脱退しか道はないのではないか。だから、債務を減免するとか、ユーロ圏全体の債務を整理する仕組みをつくるとか、かなり抜本的な展開をしていかないと駄目なのではないか」という議論が一部にあります。このような動きに発展していくのでしょうか。それとも、それはあくまで今の現実に対する一つの批判だという理解でよろしいでしょうか。
山崎:ユーロという仕組み自体がこの先もちゃんと持続されるかということに関して、今、色々な方面から疑問が投げかけられていて、それに対して答えていかなければいけないという局面になっていると思います。ギリシャの債務再編については、本当にギリシャがこの債務を返済できると思っている人はまずいないと思うのですが、一方で債務減免になれば、今度は貸している側がそう簡単には応じられないということになり、ここでいつもせめぎ合いをしているわけです。現実的な選択肢としては、返済する期限をさらに伸ばすとか、利払いを減免するというようなことは十分可能性があるのかなと思います。
ただ、これもある意味では問題の先送り策に過ぎません。ギリシャのように極端な債務を負ってしまっている国は今のところ他にないのですが、そういった事態に陥った国が出てしまったときにどう対応するか、もしくは出さないようにするにはどうしたらいいかということも含めて、ユーロ圏の仕組みを改めて議論しなければいけないところなのだろうと思っています。
吉田:EUの仕組みというものをどのように考えるか、という問題になってくるのだろうと思います。ユーロ圏は、単一通貨ユーロを導入しています。ですから、一つの金融政策でやっているわけですが、その金融政策は全加盟国の平均ですので、同じような影響があるわけではありません。例えば、ギリシャにとっては非常に厳しい金融政策であっても、ドイツにとっては非常に緩和的であったりするわけです。ですので、経済がみんな均一で人が自由に動けるのであれば、例えば、ギリシャからドイツに行くというふうに調整が働きますが、経済状況が必ずしも一様でないとすると、金融政策の効果も違ってくるわけです。したがって、その穴を埋める何らかの仕組みをつくらないといけません。
一つの方法としては、EU財務省をつくって一つの予算を管理するといったものがあります。現時点でもそういう方向性は打ち出されているのですが、それができないとすれば、危機が起きたときの消火器として、ESM(欧州安全メカニズム)と呼ばれている、今回のギリシャ支援に使われている基金でやっていくことになる。ですので、対症療法をしたまま、ヨーロッパというものが走っていかなければいけなくなります。そこを改めて考えるタイミングになってきていると思います。
工藤:民間企業の場合は、過大な債務を返せずに倒産してしまったら、倒産した時点で債権者は損害を負うわけですから、債務を減免するなど、どうすれば最終的にできるだけ多く回収できるかを判断して色々な仕組みをつくりますよね。そこでは、借り手責任と同時に貸し手責任も問われるということもあり得るのですが、国家の場合、そういう考え方は成り立たないのでしょうか。
吉田:なかなか難しいですね。国の場合、国がなくなるわけにはいきませんので、どうしても「解散」ということはできません。ですので、債務が膨らんでしまった場合は、そうではないかたちで削減するなど別の手段をつくる必要があると思います。
工藤:今回は解決策の「始まりの始まり」という段階だということは分かったのですが、答えがまだ見えないですよね。今後、どういう展開になっていくとご覧になっていますか。
山崎:今の段階では支援策が具体的にどうなるか必ずしも詰められていないので難しいですが、やはり、ギリシャの財政健全化プラス経済成長、どちらかといえば経済成長に重きを置いた政策がちゃんと出てくること。それをただギリシャに任せるのではなくて「お金も出すけれど口を出す」というかたちで、ユーロ圏なのかEUなのか、もしくは一つの国でもいいと思うのですが、そういった支援の仕組みをつくる必要があるのではないかと思います。
工藤:以前、韓国などがそうだったように、IMFなどの融資側が実質的に管理していくかたちには、今回の支援ではまだなっていないのですか。
山崎:今のところ、「お金を借りました。だから、貸してくれた側から3ヵ月に1回チェックする監視団がやって来て進捗状況をチェックして、それで合格すれば次のお金をもらえます」という仕組みにはなっているのですが、経済成長などの政策に口出しするところまではなかなかできていなかったのではないかと思います。
工藤:ドイツはどういう立ち位置になるのでしょうか。ドイツはEUの牽引役ですよね。EU財務省をつくって予算の再分配を行うということになると、一番お金を稼いでいるところは嫌がりますよね。そもそも、ドイツは今回の議会の決定を承認するのでしょうか。
吉田:その可能性はあると思います。メルケル首相がよく言っているのは、「もしEUが失敗すれば、ヨーロッパは失敗する」ということです。ユーロの発展によって一番恩恵を受けているのはドイツですので、単一のヨーロッパの市場の中でいかに自由貿易を拡大して経済を良くしていくか、というのは必要になってきます。そのための機能の一つとしてEU財務省が必要なのだとすれば、ドイツも賛成していくことになるのではないかと、私は思います。
工藤:債務の再調整というのは、ギリシャだけの問題なのですか。
吉田:人がどんどん来てしまうという国もあれば、過疎化する国もあって、必ずしも均一ではありませんので、その間を埋めるということが必要です。今も、そういう役割として、EUの中の支援基金というか、EU予算の中から地域ごとに資金を分配していく制度はあるのですが、まだ金額も規模も小さいということはあると思います。
日本もギリシャを他山の石とすべき
工藤:最後に、この問題を議論すればするほど、日本の将来に何か教訓があるのだろうかということが、いつも気になっています。これはデモクラシーという点でも、政党と市民の関係でもそうだと思います。少なくとも、日本は経済的な体力がギリシャと全然違いますので単純比較はできないですが、債務だけで見るともうGDP比200%になっているわけです。最後にそれを伺いたいのですが、山崎さん、どうでしょうか。
山崎:今おっしゃったように、日本と比較するにはあまりに条件が違うと思います。債務比率が非常に高いということは共通しているのですが、どちらかというと相違点の方が多いのかなと思います。ただ、欧州の一員であるということは、それによって各国は財政健全化を強制されるという立場にいるのですが、そういう強制力というのは、日本に欠けている部分かなと思います。
工藤:デモクラシーの視点から見て、政党と国民との関係にはそれほど大きな違いがないような気がしませんか。
山崎:確かに、ギリシャはデモクラシー発祥の地なのですが、ポピュリスト政治の伝統がある。例えば、外交における国民の意見と政党の意見の関係にしても、他の国だと「国民はこう言っているけれど、国の利益としてはもう少し違った視点も入れなければ」という意見が入ってくるわけですが、ギリシャの場合、それがないような気がします。
工藤:非常に示唆的な印象を受けました。吉田さんはどうでしょうか。
吉田:今、日本国債は90%以上が日本国内の金融機関などで消化されています。ですので、元をただせばそれは日本人が貯金しているという話になりますが、家計の金融資産は債務が伸びていくほどには増えていかないので、どこかでターニングポイントが来ます。そうなってくると、そのまま債務が拡大していくのであれば、誰かに持ってもらわないといけません。それは国外であるということになれば、もちろん海外の状況に影響を受けやすくなる状態になります。2020年代以降、そういう話はもちろんありうると思いますので、その中ではポリシーを持って、債務が増えないようにしていくことが必要になります。ですので、基礎的財政収支の話もそうですが、先行きの見当をしっかりと持つことが大事になってくると思います。
工藤:今日は、ギリシャ問題をどのように考えればよいのかについて議論しました。日本に関しても、単純に他人事として考えるのは良くないと感じました。
ということで、ギリシャを通じて、財政の問題、デモクラシーと経済の問題についても皆さんと話ができて非常に良かったと思います。今日はどうもありがとうございました。
entry_more=2015年7月17日(金)
出演者:
山崎加津子(大和総研経済調査部シニアエコノミスト)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
ギリシャ再建はできるのか
工藤:計画そのものをギリシャが本当に実行できるかのという問題と、計画が包括的で、ギリシャの経済立て直しに対して整合性のある解決案になっているかという問題との二つがありますね。山崎さん、この緊縮策を飲むことによって、EUは支援を再開することになったのですよね。
山崎:緊縮財政を実行するということが、期間3年で、860億ユーロというお金を新たに貸すことの前提となります。返済に金利が付くかどうかについては、返済方法をどうするかという話し合いがまだ枠組みしか決まっていませんので、これからの話し合い次第ということになります。
そして、実行可能性については、非常に厳しい状況だと思います。緊縮財政の中で何をしようとしているかというと、一つは、ギリシャの税収を集める力を高めようとしていることです。あとは、年金財政を持続可能なものに変えていこうというものがあります。このあたりは、今回の問題がなくてもやらなければいけない改革ではあると思います。ただ、それをやったことによってどれだけ財政状況が改善するのか、ギリシャの借金返済状況が改善するのかというと、おそらくこれだけではまだ不足しているのではないかと思っています。
また、ギリシャの経済を立て直すために、今、目先でまずやらなければいけないのは、「自分の預金を引き下ろせない」とか、「国外から物を買ってきたいのだけれどお金が払えない」とか、「国外で物を売ったものの代金を受け取れない」とか、こうした状況では何も動かないので、まずそこを解消していくための財政支援合意だったのではないかと考えています。あくまで、非常に悪化してしまったものを元に戻すための最初の一歩だと思っています。
工藤:お話を伺っていると、非常事態というか、かなり厳しい状況の中、何とか次につないでいくための合意という段階だと受け止めたのですが、吉田さんはどうでしょうか。
吉田:結局のところ、借りたお金をいかにちゃんと返していけるかということが「債務の持続性」と言われている問題で、IMFなどもそれを非常に重視しています。ただ、債務の持続性が担保されるためには、経済がちゃんと成長していかなければいけません。
例えば、ギリシャの輸出を見てみると、大ざっぱに申し上げると半分がサービスで半分が財です。サービスのうち半分が船、半分が旅行です。今の財政緊縮策の一つに、船主に関する税金の引き上げなども入っています。船といえば、ギリシャの人口1000万人のうち20万人くらいはそこで雇用が生み出されていると言われていて、彼らは躊躇なく国外へ出て行ってしまうのではないかという話もあります。財の輸出のうち、食料品などはけっこう強いのですが、ロシアへの輸出が多い。しかし、ロシアへは今、経済制裁のため輸出ができなくなっています。旅行は、政治が安定化することが大事で、お金を引き出せないとなかなか観光客が来ないという状況なので、非常に厳しいです。その中でいかに競争力を高めていけるかという、狭い道をたどっていかざるを得ない状況です。
ユーロ、EU全体に関する枠組みの見直しが求められてくる
工藤:最近、IMFや他の有力な経済学者などの間で、「このままでいくと、ギリシャは債務不履行かEU脱退しか道はないのではないか。だから、債務を減免するとか、ユーロ圏全体の債務を整理する仕組みをつくるとか、かなり抜本的な展開をしていかないと駄目なのではないか」という議論が一部にあります。このような動きに発展していくのでしょうか。それとも、それはあくまで今の現実に対する一つの批判だという理解でよろしいでしょうか。
山崎:ユーロという仕組み自体がこの先もちゃんと持続されるかということに関して、今、色々な方面から疑問が投げかけられていて、それに対して答えていかなければいけないという局面になっていると思います。ギリシャの債務再編については、本当にギリシャがこの債務を返済できると思っている人はまずいないと思うのですが、一方で債務減免になれば、今度は貸している側がそう簡単には応じられないということになり、ここでいつもせめぎ合いをしているわけです。現実的な選択肢としては、返済する期限をさらに伸ばすとか、利払いを減免するというようなことは十分可能性があるのかなと思います。
ただ、これもある意味では問題の先送り策に過ぎません。ギリシャのように極端な債務を負ってしまっている国は今のところ他にないのですが、そういった事態に陥った国が出てしまったときにどう対応するか、もしくは出さないようにするにはどうしたらいいかということも含めて、ユーロ圏の仕組みを改めて議論しなければいけないところなのだろうと思っています。
吉田:EUの仕組みというものをどのように考えるか、という問題になってくるのだろうと思います。ユーロ圏は、単一通貨ユーロを導入しています。ですから、一つの金融政策でやっているわけですが、その金融政策は全加盟国の平均ですので、同じような影響があるわけではありません。例えば、ギリシャにとっては非常に厳しい金融政策であっても、ドイツにとっては非常に緩和的であったりするわけです。ですので、経済がみんな均一で人が自由に動けるのであれば、例えば、ギリシャからドイツに行くというふうに調整が働きますが、経済状況が必ずしも一様でないとすると、金融政策の効果も違ってくるわけです。したがって、その穴を埋める何らかの仕組みをつくらないといけません。
一つの方法としては、EU財務省をつくって一つの予算を管理するといったものがあります。現時点でもそういう方向性は打ち出されているのですが、それができないとすれば、危機が起きたときの消火器として、ESM(欧州安全メカニズム)と呼ばれている、今回のギリシャ支援に使われている基金でやっていくことになる。ですので、対症療法をしたまま、ヨーロッパというものが走っていかなければいけなくなります。そこを改めて考えるタイミングになってきていると思います。
工藤:民間企業の場合は、過大な債務を返せずに倒産してしまったら、倒産した時点で債権者は損害を負うわけですから、債務を減免するなど、どうすれば最終的にできるだけ多く回収できるかを判断して色々な仕組みをつくりますよね。そこでは、借り手責任と同時に貸し手責任も問われるということもあり得るのですが、国家の場合、そういう考え方は成り立たないのでしょうか。
吉田:なかなか難しいですね。国の場合、国がなくなるわけにはいきませんので、どうしても「解散」ということはできません。ですので、債務が膨らんでしまった場合は、そうではないかたちで削減するなど別の手段をつくる必要があると思います。
工藤:今回は解決策の「始まりの始まり」という段階だということは分かったのですが、答えがまだ見えないですよね。今後、どういう展開になっていくとご覧になっていますか。
山崎:今の段階では支援策が具体的にどうなるか必ずしも詰められていないので難しいですが、やはり、ギリシャの財政健全化プラス経済成長、どちらかといえば経済成長に重きを置いた政策がちゃんと出てくること。それをただギリシャに任せるのではなくて「お金も出すけれど口を出す」というかたちで、ユーロ圏なのかEUなのか、もしくは一つの国でもいいと思うのですが、そういった支援の仕組みをつくる必要があるのではないかと思います。
工藤:以前、韓国などがそうだったように、IMFなどの融資側が実質的に管理していくかたちには、今回の支援ではまだなっていないのですか。
山崎:今のところ、「お金を借りました。だから、貸してくれた側から3ヵ月に1回チェックする監視団がやって来て進捗状況をチェックして、それで合格すれば次のお金をもらえます」という仕組みにはなっているのですが、経済成長などの政策に口出しするところまではなかなかできていなかったのではないかと思います。
工藤:ドイツはどういう立ち位置になるのでしょうか。ドイツはEUの牽引役ですよね。EU財務省をつくって予算の再分配を行うということになると、一番お金を稼いでいるところは嫌がりますよね。そもそも、ドイツは今回の議会の決定を承認するのでしょうか。
吉田:その可能性はあると思います。メルケル首相がよく言っているのは、「もしEUが失敗すれば、ヨーロッパは失敗する」ということです。ユーロの発展によって一番恩恵を受けているのはドイツですので、単一のヨーロッパの市場の中でいかに自由貿易を拡大して経済を良くしていくか、というのは必要になってきます。そのための機能の一つとしてEU財務省が必要なのだとすれば、ドイツも賛成していくことになるのではないかと、私は思います。
工藤:債務の再調整というのは、ギリシャだけの問題なのですか。
吉田:人がどんどん来てしまうという国もあれば、過疎化する国もあって、必ずしも均一ではありませんので、その間を埋めるということが必要です。今も、そういう役割として、EUの中の支援基金というか、EU予算の中から地域ごとに資金を分配していく制度はあるのですが、まだ金額も規模も小さいということはあると思います。
日本もギリシャを他山の石とすべき
工藤:最後に、この問題を議論すればするほど、日本の将来に何か教訓があるのだろうかということが、いつも気になっています。これはデモクラシーという点でも、政党と市民の関係でもそうだと思います。少なくとも、日本は経済的な体力がギリシャと全然違いますので単純比較はできないですが、債務だけで見るともうGDP比200%になっているわけです。最後にそれを伺いたいのですが、山崎さん、どうでしょうか。
山崎:今おっしゃったように、日本と比較するにはあまりに条件が違うと思います。債務比率が非常に高いということは共通しているのですが、どちらかというと相違点の方が多いのかなと思います。ただ、欧州の一員であるということは、それによって各国は財政健全化を強制されるという立場にいるのですが、そういう強制力というのは、日本に欠けている部分かなと思います。
工藤:デモクラシーの視点から見て、政党と国民との関係にはそれほど大きな違いがないような気がしませんか。
山崎:確かに、ギリシャはデモクラシー発祥の地なのですが、ポピュリスト政治の伝統がある。例えば、外交における国民の意見と政党の意見の関係にしても、他の国だと「国民はこう言っているけれど、国の利益としてはもう少し違った視点も入れなければ」という意見が入ってくるわけですが、ギリシャの場合、それがないような気がします。
工藤:非常に示唆的な印象を受けました。吉田さんはどうでしょうか。
吉田:今、日本国債は90%以上が日本国内の金融機関などで消化されています。ですので、元をただせばそれは日本人が貯金しているという話になりますが、家計の金融資産は債務が伸びていくほどには増えていかないので、どこかでターニングポイントが来ます。そうなってくると、そのまま債務が拡大していくのであれば、誰かに持ってもらわないといけません。それは国外であるということになれば、もちろん海外の状況に影響を受けやすくなる状態になります。2020年代以降、そういう話はもちろんありうると思いますので、その中ではポリシーを持って、債務が増えないようにしていくことが必要になります。ですので、基礎的財政収支の話もそうですが、先行きの見当をしっかりと持つことが大事になってくると思います。
工藤:今日は、ギリシャ問題をどのように考えればよいのかについて議論しました。日本に関しても、単純に他人事として考えるのは良くないと感じました。
ということで、ギリシャを通じて、財政の問題、デモクラシーと経済の問題についても皆さんと話ができて非常に良かったと思います。今日はどうもありがとうございました。