2020年東京五輪の開会式をちょうど5年後に控えた7月24日、言論スタジオでは、「新国立競技場の迷走の問題点とは」と題して、新藤宗幸氏(後藤・安田記念東京都市研究所理事長)、鈴木知幸氏(順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授、元2016年東京五輪招致推進担当課長)、松田達氏(建築家、武蔵野大学専任講師)の各氏をゲストにお迎えして議論を行いました。
まず、司会の工藤から、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートの結果が紹介されました。安倍首相は7月17日、2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場の建設計画について「現在の計画を白紙に戻し、ゼロベースで計画を見直すと決断した」と表明しましたが、この首相の決断をどのように評価しているかを尋ねたところ、「白紙にしたことは評価しているが、見直しが遅れたことは評価できない」が68.3%と7割近くを占める結果となりました。
この結果を踏まえて、工藤は今回の首相の決断についての評価をゲストに尋ねました。
3年前のデザイン・コンペの時点ですでに問題があった
これに対し各氏も一様に「白紙にしたことは評価しているが、見直しが遅れたことは評価できない」との見方を示しました。
まず、新藤氏は、「安保法制によって内閣支持率の低下が顕著であった。それを取り戻すために今回の決断に至ったのではないか」と指摘した上で、「これまでのものを見直すという方針は打ち出されたが、どのような競技場にするのかという方針はまだ示されていない。重要なのは『これから』であって、そこは注視していく必要がある」と語りました。
続いて鈴木氏は、「昨年5月に新デザインの基本設計が公表された時点ですでに問題点は明白だった。その時点で見直すことができれば、もっと余裕が出てきたはずだ」と後手に回った対応を批判しました。
松田氏はそれよりさらに前、2012年11月の新国立競技場基本構想のデザイン・コンペの時点ですでに問題があったとし、「要綱そのものに問題があり、例えば、最優秀賞受賞者は実施設計者ではなく、デザイン監修者という位置付けであった。また海外のコンペでは、予算を考慮して積算資料を提出する場合もあるが、このコンペではそれがなされず『1300億円』というのはあくまでも『目安』にすぎなかった」と指摘しました。
ガバナンスの欠如が事態の悪化を招いた
鈴木氏も、「1300億円というのは、おそらく当時話題になっていたシンガポールナショナルスタジアムが総工費1090億円だったので、それを参考にしたにすぎず、明確な算定根拠などない。予算を意識したガバナンスがきわめて不明瞭だ。しかも、文科省は大規模公共事業の経験が乏しいことも事態の悪化に拍車をかけた」と述べました。
新藤氏も、「まず、日本スポーツ振興センター(JSC)に独立行政法人特有のガバナンスの問題があったし、JSCを所管する文部科学省にも監督能力が欠如していた。さらに、2019年のラグビーW杯を新国立競技場でやりたいと考えていた(今年6月まで日本ラグビー協会会長だった)森喜朗氏に対する配慮から、自民党内でも異論を出しにくいという事情も相まって、全体としてガバナンスが曖昧になっていった」と分析しました。
これを受けて鈴木氏は、「スポーツ議員連盟、ラグビーワールドカップ2019日本大会成功議員連盟などは超党派の組織であるため、政治の中で止めようとする動きが弱くなる。さらに、文科省も『超党派なら予算が付きやすいだろう』と思ってしまっていた」と一連の問題の背景を説明しました。
五輪という本筋とは関係のないところで膨れ上がった計画
続いて工藤は、「新国立競技場の計画には、収容人数8万人、開閉式屋根など色々な条件があったが、こういった条件の根拠は何か」と問いかけました。
これに対し鈴木氏は、「『8万人』というのはサッカーのW杯を招致する際に必要とされるものであり、実は五輪でもラグビーW杯でも明文で求められているものではない。屋根に至っては芝生の生育にはマイナスなので、スポーツの観点からはむしろマイナスなものであり、これは音楽イベントにおける音響のために必要なものである」と述べ、五輪という本筋とは関連性の薄い条件であることを指摘しました。
松田氏は、世界各地のスタジアムの事例を紹介した上で、開閉式屋根の技術的困難さを指摘。「これによって設計上の困難も生じるし、コストも時間もかかっていく」と述べました。
新藤氏は、「各所から色々な要望があったとしても、日本の財政状況を考えると、予算上の最低ラインは死守していかなければならない」と警鐘を鳴らしました。
新しい建設計画では何が求められるのか
次に、工藤は、新国立競技場の新しい建設計画において、特にどのような点を重視すべきかを尋ねたアンケートで、「アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にすること」(47.5%)、「施設の維持管理費をスリム化すること」(46.1%)の2つが5割近くに上ったという結果を紹介しつつ、ゲストにも同じ質問を投げかけました。
これに対し鈴木氏は、「屋外型の大規模施設は総じて収益率が低い中、いかに維持費を抑えるかは重要な課題となるが、新国立競技場の年間維持費40億円というのは高すぎる。これを構造的に抑えるためのシステム化が求められる」と述べた上で、「スポーツ振興くじ(toto)から維持費を補てんしてもらう仕組みが良いが、そのためには国民に対してしっかりと説明して、理解を得る必要がある」と主張しました。
松田氏は、新国立競技場だけでなく公共建築や都市計画全体に共通した課題として、「市民参加や合意形成の手段をどう確保するか」というプロセスの問題点を指摘しました。松田氏は、「例えば、高さ制限を15mから75mに変更するなど、都市計画の大幅な変更にもかかわらず、東京都都市計画審議会はずさんな審議で認めた。さらに、原案の公告・縦覧は2013年1月21日から2月4日に行われたが、意見書の提出は一通もなし。これは都市計画の認知不足が最大の問題でるが、そもそも市民の大多数は参加方法を知らないわけであり、市民が関与するための仕組みに課題がある」と述べ、スイスのようにレファレンダム(市民投票)を活用するなどして、市民が都市や公共建築を作るプロセスに関わっていく、ということが必要との認識を示しました。
さらに松田氏は、建物そのものについては、「人口減少社会における巨大建築とはどうあるべきか、ということを提起するものにしていく必要がある」と語りました。
新藤氏は、「国際的な約束の一つであった、周囲の景観との調和が重要」とした上で、「今後の整備プロセスには国土交通省も関わってくる。大規模公共事業に関わった経験は豊富であるが、『周囲の景観との調和』はあまり考えない傾向があるので、注視していく必要がある」と述べました。
「無責任集団体制」を乗り越えるために
最後に、今回の一連の混乱における責任の所在について議論が移ると、松田氏は、特定個人や団体の責任というよりも、日本特有の「無責任集団体制」に言及した上で、「例えば、監修者、設計者、施工者がバラバラであったり、国と都の連携も取れていない」ことを指摘しました。
松田氏は続けて、「政治家や専門家が市民の声を意識するようにするために、両者の意見をつなげるような仕組みが必要だ」と主張しました。
鈴木氏は、この無責任体質が、「行政の単年度主義」に起因するものとして、「公共事業に関わるシステム全体の改革が必要だ」と主張しました。
新藤氏は、「誰が計画を推進していく主体なのか明らかになっていなかったのが、今回の混乱を招いた」とした上で、「まず、最後の責任は首相が負うという体制をきちんと作る。その上で、これからきちんとした計画や理念を打ち出していく必要がある」と語りました。
議論を受けて工藤は、「この問題は『白紙に戻って良かった』で終わらせてはいけない。市民の立場からも『ここから始めていく』ということを強く意識しながら考えて続けていかなければならない」と述べ、白熱した議論を締めくくりました。
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白紙に戻った新国立競技場建設問題の評価とその行方
――そこから得られた教訓を生かす
工藤:言論NPOの工藤泰志です。今日の言論スタジオでは、新国立競技場の問題を取り上げたいと思います。今日は7月24日ですが、5年後のこの日に東京オリンピックの開会式が行われることになっています。この開会式のメイン会場となる新国立競技場の問題は、二転三転して、最終的には計画が白紙に戻り、新しいスタートを切るという展開になりました。そのように迷走した新国立競技場建設計画は、どこに問題があったのか、そしてどのように立て直していけばいのかについて、今日は議論していきたいと思っております。
ということで、今日は3人のゲストに来ていただきました。まず、後藤・安田記念東京都市研究所理事長の新藤宗幸さんです。続いて、順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授で、2016年の東京五輪推進担当課長も務められた鈴木知幸さん、最後に、建築家で武蔵野大学専任講師でもある松田達さんです。
また、今日は、私たち言論NPOに登録している約7000人の有識者に事前にアンケートを行っていますので、彼らの声も集めながら、議論していきたいと思います。
新国立競技場問題では7月7日、日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議が、当初のコンペで採用された計画の総工費が1300億円から2520億円に膨らむということを了承しました。しかし、その10日後に、安倍首相が、これを白紙に戻すということを決断する事態になりました。安倍さんは、1ヵ月前から、文部科学省にその検討を指示していたのですが、それが急転直下、大きく変わることになりました。この問題を我々はどのように評価していけばいいのか、そして、この問題からどういう教訓を引き出せばいいのか、ということが、第一の課題になります。
これについて、有識者のアンケートでも聞いてみました。まず、「首相の判断をどのように評価していますか」については、68.3%が「白紙にしたことは評価しているが、見直しが遅れたことは評価できない」と答えています。「評価している」は23.9%ですから、両者を合わせて100%近いのですが、今回、白紙に戻したことを評価していて、あとは決断のタイミングの問題で意見の違いがあるという状況になっています。皆さんはどう考えているかということからお話をしてもらいたいのですが、新藤先生、どうでしょう。
新藤:白紙に戻したこと自体は評価していますが、安倍首相は、国会でも、記者会見でも、「2520億円の計画は国際公約であって、白紙には戻せない」と言っていました。「白紙に戻す」と言う1ヵ月前から政権内部で検討していた、と言っていたのですが、要するに、安保法制があまりにも不人気で、加えて新しい競技場の建設に批判が高まっていました。そういうことが、「白紙に戻す」ととりあえず言ったことの基本にあると思います。ただ、問題は、今後どのくらいの規模でどのくらいの競技場をつくるのか、ということです。そこは注目していかなければいけないと思っています。
工藤:ちょうど7月11~12日に新聞各紙の世論調査も発表されて、やはり従来の計画にほとんどの人が反対しているという結果が出ています。仮に計画がこのまま突っ走っていれば、かなり厳しい事態になる可能性もありました。鈴木さんはどう見ていますか。
鈴木:首相の思惑はともあれ、白紙撤回になったことは歓迎します。ただ、遅すぎます。私は2年前にこの建設計画が出たときから違和感を持っていて、ずっと批判し続けてきたのですが、一つの大きなポイントは、昨年9月に基本計画が出た段階なのです。建設費の中身が非常にメチャクチャであって、文科省から言われた結論に対して単に積み上げていた作り数字だったのです。それが後で分かるのですが、あの時点でひっくり返していれば、もっと余裕をもって良い検討に入れたのだと思います。
工藤:いろいろなタイミングで計画を撤回するチャンスはあったのに、なかなかできなかったということですね。
当初から疑問の多かったコンペ条件
鈴木:そうですね。文科省は「五輪に間に合わない」とか、本当は国際公約ではあり得ないのですが「国際公約である」と言ってきていました。
工藤:松田さんは、建築家の人たちも集めた議論づくりをいろいろなかたちで行ってきたのですが、今回の白紙撤回という決断をどのように判断しましたか。
松田:白紙撤回そのものは、「ようやく大きなことが動いた」という気持ちでいます。今、鈴木さんから、2年前に既に問題が明らかであったという話がありましたが、さらにさかのぼって3年前、2012年の秋にコンペがあって、その要項が発表された時点で、建築関係者の中では「かなり変わった条件でのコンペだ」ということが言われていました。一つは、設計者が最後まで携わることなく監修者であることです。今回のプランをデザインしたザハ・ハディド氏は、設計者ではありません。もう一つは、デザインに関して、1300億円というコストは目安でしかなかったことです。例えば、ヨーロッパのコンペだと、もう少し時間をかけてやるのですが、そもそも最初の段階から積算事務所と組んで見積もりを出すこともあります。それに比べると、総工費が目安の2倍になったことを考えれば、どうしてそういうことができなかったのかという印象です。あとは、決定までのスピードが速すぎて準備が間に合わなかったというのがあったと思いますが、今からやり直すということを考えると、当時、本当に時間がなかったのかどうか疑問です。そのあたりは、これから検証されていくことかと思っております。
1300億円の縛りはどこへ
工藤:鈴木さんと松田さんの話は一般の人たちには分からない部分があるので、もう少しお聞きしたいと思います。今の話は、コンペの時の要綱そのものに大きな問題があったということなのですが、よく分からないのは、1300億円という金額がまず決められていたのに、なぜそれが制約条件にならなかったのかということです。実際にデザインしてみたら1300億円を大きく上回ってしまったという話になると、費用の問題をまったく考えずに決めたということになるのでしょうか。
松田:一般論として、建築の場合に最初からすべての金額が決まっているということは、なかなか難しいです。例えば今回の場合、消費税は5%で試算していたとか、その後の物価上昇分が考慮されていなかったということはあると思います。もう一つは、審査員の側からしても、他人の設計に関してどれくらいのコストになるのかを見極めるのは非常に困難です。実質設計まで達しておらず、応募者本人も細かいところまで分かっていないかもしれないことを考えると、審査員だけが、どういうつもりで設計をしたのかということをすべて知っているのはなかなかありえないと思います。
工藤:ということは、1300億円というのは審査にはまったく関係ない数字なのですか。1300億円に近いとか、それがある程度担保されていることを証明しなくてもよいのでしょうか。
松田:例えば、いくつかの目安として、中国の鳥の巣(北京オリンピックの競技場)が600億円であったとか、日産スタジアムもそれくらいだったと思いますが、いくつか「この程度の規模ならこれくらいの費用」という想定はあったと思います。ただ、今回はJSCの最初の有識者会議の時に、いくつかの条件が決まっていました。「収容人員8万人であること」「開閉屋根を持つこと」「可動式座席を持つこと」という3つの条件があたかも簡単にできるだろうということで、2011年くらいに決まってしまっていて、それを条件にスタートしました。普通のスタジアムから考えると、1300億円というのは圧倒的に大きな金額なので、当時はそれで十分いけるだろうと踏んだのかもしれません。
工藤:他の競技場と比べると十分高額なので、3つの条件は十分満たすことができると踏んだということですね。そのデータとか経緯は公開されているのですか。
松田:有識者会議のデータはある程度公開されていますが、黒塗りになっているところも多いです。例えば、会議の中でどのような発言がされていたのかについて、重要なところは割と黒塗りになっているのを私も見ました。
工藤:鈴木さん、もっと分からないのは、普通であれば「良いものを造りたくても、お金がないならこの範囲で造るしかない」と考えますよね。ということは、費用が膨らんでもできるという打ち出の小槌的な仕組みが、主催者側にあるということなのでしょうか。
鈴木:最初のころは、そんなことは考えていなかったと思います。どういうスタジアムを造るかということで、私はずいぶんマスコミ関係から「1300億円をどこから根拠として持ってきたのか」と聞かれました。私が推測しているのは、1090億円で建設されているシンガポール国立競技場との比較です。1000億円を超える競技場は世界でほとんどないのですが、シンガポールでは屋根つきの海に面した大きな施設ができています。これが1090億円で、日本の建築費から類似的に推測して1300億円と考えたのではないでしょうか。
工藤:ただ、その後にいろいろな建築家が自分たちで計算してみると「1300億円では間に合わないだろう」ということになり、2000億円とか3000億円という議論が出始めています。ということは、目安くらいのイメージで考え、予算の縛りにこだわるようなガバナンスはなかったということなのでしょうか。
鈴木:当時のいきさつは想像の域を超えませんし、また専門は建築関係ではないのですが、私が真っ先に感じたのは「あれはスポーツ施設にはならない」という印象です。競技場の形状からしても、それから、あの中で芝が育ってスポーツ施設として豊かに50年使える施設だというイメージが到底湧きませんでした。そこから、私は違和感を持って、いろいろ調べていきました。
不明確な意思決定のメカニズム
――あいまいな独立行政法人の位置づけ
工藤:何が分かりにくいかというと、施工主が文科省の管理する独立行政法人で、彼らは収益を追求しているわけではありませんよね。すると、建設費をどんどん膨らませるというのは国の予算の問題ということになってしまうのですが、簡単に予算を膨らませて「何でもいいからやれ」ということが、日本の政治上あり得るわけはないですよね。これはどういうことなのでしょうか。
新藤:一つは、文科省にそういうコントロールの力が、技術的にも財政的にもまったくないということです。JSCほど浮世離れしていて、技術能力のないところはありません。
もう一つは、文科省が今回「見直せない」と言ってきた理由の一つに、2019年のラグビーW杯の開催時期の問題があります。ラグビーフットボール協会の会長は、まさに五輪の組織委員会会長である森喜朗氏です。それと、自民党内部の、安倍首相の父親である安倍晋太郎氏以来の関係が複雑に絡んでいると思います。もちろん推測にすぎませんが。だから、一体誰が決定しているのか不明確だということの結果ではないでしょうか。
工藤:そのガバナンスということですが、巨大なお金を使う国策のような状況をJSCがマネージすることは可能なのでしょうか。
鈴木:JSCの河野一郎理事長が今になって言っていますが、「我々は執行者であって、文科省に言われたことをやるだけで、決定権はない」ということです。文科省が、監督および判断をすることになったのです。
それと、ラグビーW杯の招致が決まったのは2009年です。ラグビーワールドカップ2019日本大会成功議員連盟が2011年2月に総会で決議をするのですが、それが「ラグビーW杯を大々的に開くために、国立競技場の8万人クラスへの改修をする」ということだったのです。オリンピックに立候補しようとするのは、その年の6月でした。森会長は車にたとえて「自分がせっかく日産に乗ろうとしていたのに、後ろからすごい車が来て乗せられた」と言っていますが、完全に逆です。いけないのは、ラグビーの議連が「やれ、やれ」と言うものだから、文科省には当然、予算の裏付けを確保してくれるだろうという思惑があったことです。議連は、数名の人間の支配のもとに、ほとんど議論がなされないまま進んでいっている経緯があるのです。
工藤:今の話は非常に重要で、私たちの別の議論でも、超党派的な動きではほとんど誰も発言できなくなってしまうことが明らかになっています。どこに意思決定のメカニズムがあるのかなかなか分かりにくくて、雰囲気として何も言えない状況になるということです。しかし、彼らが本当に予算を持ってくるという確証はないわけですよね。
鈴木:確証はないですが、あまり大型の公共工事をやったことのない文科省が、議員連盟が「やれ」と言ったことに対して、その後「多様な資金の確保」という方針は示しましたが、「議員連盟が推してくれているのだから、当然、担保を出してくれるだろう」と思ったのだと思います。
工藤:すると、ガバナンスの主体は文科省にあるということですね。ただ、文科省は見直しの判断ができなかったという理解なのでしょうか。
鈴木:そうです。文科省は大型の公共工事をまったくやったことがないですから。
新藤:独立行政法人というものが、極めてあいまいな位置づけになっています。ある時には所管官庁が責められます。しかしある場合には、かつての独自法人でもなければ本省の直轄部局でもない、別の法人格だということで独法の責任にし、使い分けられてしまっています。今回も、その使い分けがかなり行われてきたのだろうと思います。それがかえって、責任の所在を不明確にしてしまっていると思います。
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多機能スタジアムの難しさ
工藤:次に、私の方で知りたいことを確認させてもらいたいと思います。コンペで条件になったのは、「収容人数8万人」「開閉式の屋根」「可動式の座席」の3つでした。その他に、目安として1300億円の総工費が設定されていたということなのですが、3つの条件それぞれの理由については、どのように理解すればよろしいのでしょうか。
鈴木:まず、8万人という収容人数は、サッカーW杯の開催条件としてFIFA(国際サッカー連盟)が定めている基準に出てきます。8万人を収容できる開会式、あるいは決勝戦の会場が必要なのです。ところが、ラグビーW杯とオリンピックは収容人数の基準がありません。ただ、これまでの経緯として、だいたい8万人クラスの競技場で行われてきたということで、スポーツ界に「8万人クラスがほしい」という意見はありました。
屋根は、スポーツにはまったく意味がないし、逆に邪魔になります。FIFAの条件では、観覧席の上にひさしがあればいいのです。競技場部分の上を屋根で閉めてしまうと、芝生が育ちません。ただ、音楽関係の人たちにとっては、屋根で音響を抑えないと、地域住民から苦情が来るのでコンサートができないのです。どこの競技場も、年2~3回はコンサート会場として押さえてあります。JSCは、それを今回は年間12回やりたい、1回の使用料が5000万円で、12回やると6億円だと計算しています。そのために屋根を造りたいということです。屋根のコストは、先日「後でつける」と言ったものは160億円くらいです。
松田:後でつけるとそれくらいの金額で、実際にはもっと膨れていると思います。そもそも、屋根工期とスタンド工期の二つに分かれています。
工藤:可動式の座席についてはどうですか。
鈴木:これは別に置かなくてもいいのですが、8万人クラスをつくると、あの広さであれば、サッカーのときだけ8万人になり、オリンピックの開会式や陸上競技をやるときには6万5000人でいいということで、1万5000人分は動くようにしておこうということなのです。
工藤:初めはラグビーの問題があって、議員連盟の動きもあったということですが、コンペの前に、いろいろな文化人とかスポーツ関係者が、費用のことは別にして造りたいものを要求してしまうことに基づいて、案が固まってきたという理解でよいのですね。ただ、コストは誰がどうするのかという話になって、今回の問題に戻ったということでよろしいですか。
松田:まず、スタジアムとして多機能であることを求めると、非常に複雑で、屋根は音楽のコンサートをする際に遮音のために必要だという話になるのですが、一方で、建築的に言うと、遮音のためにはある程度屋根に重さがないといけません。そうすると、逆に重くなってしまうので、開閉屋根の構造を考えると難しくなるという問題があると思います。
工藤:だから、いろいろな要素を組み合わせると、設計上も非常に難しくなって、コスト高になっていくということですね。
松田:そうですね。可動式の座席に関しては、例えば陸上競技の場合はトラックがあるので、席はかなり後ろに下がったところにないといけないのですが、サッカーの場合、後ろに下がっていると臨場感がないので、可動式の座席が必要だという話になっています。
鈴木:そういった条件は、だいたいスポーツ界の常識です。
工藤:新藤さん、造りたいものはいろいろなアイデアが出てくると思うのですが、ただ、日本が今置かれている財政状況を考えると、コスト高のインフラに資金を投入し続けることは不可能ですよね。
厳しい財政状況下でいかに予算を抑えるか
新藤:そうですね。国の一般会計からどれだけ負担するかという問題が不明確ではあるけれど、それにしても、これだけ財政破綻に近い状況ですから、最初の1300億円をどこから計算したかいろいろな議論はあるにせよ、費用を低く抑えるということは優先させるべき話です。
工藤:先ほどの決定プロセスの話に戻りますが、費用が膨らむということが分かったので、今度はいろいろなかたちで設計を変更してきますよね。開閉式の屋根は後からだとか、可動式の座席はダメだとか、2本のアーチはつくらないといった話が出てきています。つまり、設計の原型がかなり壊れて、コストの制約が効いてくるわけですよね。ということは、最初のコンペの条件が変わってしまったと理解するのですが、それはまだ同じだということなのでしょうか。
松田:そこが一番の焦点です。最初に「8万人」とか「開閉屋根」とか「可動式座席」を条件として設定したことが、費用がどんどん膨れ上がった理由です。それを疑っている人はたくさんいましたが、前提条件として誰も変えられなかったので、最後にこういうかたちになったのだと思います。次の条件を設定するときに、「8万人」や「開閉屋根」などをどうするかというのが、最大のポイントの一つだと思います。
工藤:計画を推進する側には、そういう議論はなかったのですね。
松田:私が有識者会議の資料を見た範囲では、十分な議論があったとは言えず、最初から当たり前のように決まっていたという感じです。
工藤:決定の仕組み上、計画を止める権限を持つのは文科大臣ですね。
鈴木:有識者会議はJSC理事長の諮問機関ですから、イエスマンばかり集まっています。止めることはできないし、今まで止まったことはありません。
工藤:すると、政治的な仕組みの問題になりますが、その政治側がつい最近まで「止められない」という判断をしていたということは、かなり大きなコストを放任するという、ガバナンス上、危険な状況に来ていたのではないでしょうか。
新藤:放任するというか、最終的には一般会計からかなりの費用を出すつもりだったと思います。今ごろになって「ゼロベースだ」というけれど、「この斬新なデザインでもって、東京オリンピックの招致は可能だった。だから国際公約だ」とか言っているわけです。丹下健三氏の案が選ばれた、かつての東京都庁舎建設の議論にかなり似ています。
責任の所在は?
工藤:有識者へのアンケートで、「一連の混乱における責任の所在はどこにあると思いますか」と聞きました。一番多かったのは、80.9%で「下村文科大臣・文部科学省」、次が「JSC」で63.1%でした。あとは50%台で「安倍首相」と「東京五輪・パラリンピック組織委員会」が続いています。皆さんはどのようにご覧になりますか。
松田:なかなか問題にならないことの一つに、都市計画審議会の問題があります。建設予定地である神宮外苑あたりは、高さ制限がもともと20メートルくらいだったのが、いきなり70メートルくらいに変更されました。これは正式な手続きを経て決まっています。新宿区の都市計画審議会を通るときには一応いろいろな意見が出ましたが、区の審議会では止めることはできないのです。
ある程度の規模以上だと、今度は都の都市計画審議会を通らないといけなくて、その時の記録を見るとほとんど質問が出ていないのです。新宿区の審議会でいろいろな疑問が付されたのですが、東京都の都市計画審議会で一気に通ってしまったというところが、一つ大きかったのかなと思います。そのときは、ザハ氏の案が決まっていて、ある程度の高さも決まっていた段階で、それを通すというかたちで70メートルの制限になりました。さらに言えば、もともと東京都は70メートルに制限を緩和できる仕組みを持っています。それを使ったということで、すべての手続きは正式に決まったことになります。
そして、都市計画審議会を通る2013年の春ごろ、2週間の縦覧を行っています。その時、文句を言いたい人がいれば言えるはずだったのです。ところが、意見は1通も来ませんでした。つまり、従来の都市計画における縦覧の仕組みが本当に機能しているかどうかを、もう一度問い直してもいいのだと思います。
工藤:結果として世論が今回の状況を覆したということになるのですが、一般の住民や市民にも問題があるということですね。ただ、東京の場合、昔と違って、規制緩和の中でとにかく地価を高めて建設するという構造があります。かつては都市計画にあたってかなりの議論がありましたが、今はほとんどないという状況です。おそらく、それは「東京でオリンピックをやる意義」とか「東京の姿をどうするか」といった本質的なテーマにつながってくるような気がします。その議論に戻ってみると、有識者や有権者は、政府のやることをもっと厳しい目で監視しなければいけないという教訓になっています。
ただ、この問題では、ガバナンスの所在が非常に分かりにくいのですね。舛添知事がそれに関してツイッターで「一番の原因は文部科学省で、二番目は一部の政治家とその関係者とゼネコンだ」という面白い話をしています。あれはどういうことなのですか。
鈴木:舛添さんはいいところを突いていると思います。裏の情報によると、設計があまりにも難しすぎて、ゼネコンも相当弱っていたと聞いています。3000億円という数字が出たのは、結局「無理だから諦めてくれ」という裏の意味があるのではないかとの声があるくらいです。今回の白紙撤回で一番ほっとしているのは、施工者ではないかという声もあります。
可動しない開閉式屋根
松田:今の話で、建設がどれくらい難しいかというと、先ほどのシンガポール国立競技場が5万5000人規模のスタジアムで、世界最大の開閉式屋根を持っています。そこでは競技場の縦横のうち長い方の辺に沿う方向で屋根が動くのですが、今回の計画では、短い方の辺に沿って真っ二つに割れ、外側に動く計画になっています。そこでプラスの難しさはありました。
それから、国内の競技場で開閉式の屋根が動いているものはなかなかなくて、近々だと、2001年にできた豊田スタジアムは、今年4月から開閉式屋根が基本的に停止されています。また、2001年にできた多機能スタジアムである大分銀行スタジアムでは、13年に制御装置が故障して、それから止まっています。ですから、開閉式屋根は、実際には動かないケースが世界的にもけっこう多いです。カナダ・バンクーバーのBCプレイススタジアムは唯一成功していますが、非常に軽い屋根を使っていて、中央から外側に屋根が開く構造を使っています。
工藤:ということは、かなり難しい設計を採用した背後には、ものをベースにして東京のバリューを高めていく、それに挑戦していくという考え方があるような気がします。それ自体は間違っていない感じもするのですが、時代の状況が大きく変わってきた中で、それが持続可能なのかということが最大の問題になっています。最終的にコストを負担するのは一般の住民なので、結果として有権者の中で計画が覆ったというのは適正だったということですね。ただ、この状況をどのように変えればいいのでしょうか。ガバナンス上、今回、安倍さんは首相主導の閣僚会議をつくって、文科省とJSCは監視下に置かれるという状況に収まったのですが、新藤さん、どうお考えになりますか。
新藤:官主導というよりも官邸主導でいくのだということで、内閣官房に再検討推進室が発足しました。都庁からも2人くらい職員が派遣されています。しかし、そこでどのように進めるのかということは、もう一つはっきりしません。そこは今後見てみなければいけません。官邸のもとに推進室ができたからといって、競技場はどのくらいの規模で、屋根があるのかどうかも含めてどんなものをつくるのか、もう少し見ないとよく分からないのではないでしょうか。
工藤:今の状況を見ると、時間との戦いもあるのですが、来年の1~2月に決定するということですよね。ただ、今回の問題が財源だとすると、維持コストを含めてコストを非常に重視しなければいけない。2520億円の計画については、維持コストは建設後50年間で建設費の40%、すなわち約1000億円という試算もあります。それを含めると50年間で3500億円くらいの買い物で、1年あたり20億円のコストがかかることになります。つまり、年間20億円を上回る収入がないと赤字になるわけで、それを誰かがずっと50年間背負っている状況になります。イベント会場や施設として考えれば、私たちはそのように見なければなりません。社会にとって必要だという話になれば別ですが、その必要性がまだ分かっていません。そこをどのように組み立てるかというところに話が及ばなければいけないということですね。
それをベースにして、有識者アンケートでもう一つ設問をしています。「新しい建設計画において、特にどのような点を重視すべきだと思いますか」という問いで、答えは三つに集約されています。一つは、「アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にすること」が47.5%です。ただ、これに並んで46.1%あるのは、「施設の維持管理費をスリム化すること」です。それから「建設費を可能な限り減らすこと」が34.8%なので、次の計画を考えるときに重視するポイントは「建設費を減らし、維持管理費をスリム化し、アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にする」がほとんどで、それに続いているのが「周囲の景観と調和させること」で24.8%となっています。こういう枠組みの中で計画を立て直すことができるのか、ということですが、鈴木さん、どうでしょうか。
スポーツ振興くじから運営、維持管理費を
鈴木:まず、ガバナンスの話で、これから国交省が計画の中心になります。それはもう表明されていますが、私は国交省が前に出るべきだと思います。国交省には大規模な公共工事をやってきた技師がたくさんいますから、国交省が中心になって施工者と厳しい話をしていかなければいけません。
それから、今後の運営については、最終的には1年間の維持費が40億円と言われています。こんな施設は世界にありえないわけです。私は公共工事にかかわってきましたが、だいたい30年間で、維持コストのほかに、建設コストと同じくらいの大規模改修費がかかるのです。従って、皆さん「コストダウンだ」と騒いでいますが、コストダウンをしてどこを減らすかというと、空調機とか機材の費用を削るのです。すると、20年維持できる機械が10年しか維持できない、といったことが出てきます。だから、建物の建築費のことばかり考えていると、設備費を落とすことになります。後で負担がかかるので、これだけは避けなければいけません。
もう一つ、約20億円の赤字をどうやって補填するのかという話です。私はスポーツ施設を相当調べてきて、その建設にかかわる仕事をしているので分かるのですが、屋内施設はいくらでも収益が上がるのです。下が床なので、「昨日コンサートをやって、明日はバレーボールをやる」といったことができます。屋外施設は、それがまったく儲かりません。
では、どこで補填するかということですが、今でさえ、toto(スポーツ振興くじ)の総売上の5%を工費に充てることで、既に毎年50億円を確保しています。今国会でスポーツ議員連盟が中心となって法改正し、工費に回す金額を総売上の10%に上げることになっています。一昨年の総売上が1080億円で、54億円、2年間で約100億円を既に確保しているのです。これを総売上の10%にすると、毎年黙っていてもtotoから100億円入ってきます。これは7年間の時限立法になっていて、その先は「見直す」とだけで、どう見直すか書いていません。運営費、維持管理費を見直せば、20億円くらいは捻出されます。国民にちゃんと説明をして、「コンサートなどで芝をぐちゃぐちゃにして儲けるのではなくて、コンサートをやめ、天井を空けるので、totoから維持管理費を少しずつください」と頭を下げることです。
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赤字覚悟の大規模スポーツ施設 ――今後、問われる新国立競技場のコンセプトは、コストの補填は
工藤:重要なお話でした。では、最後の議論に入りたいと思います。新国立競技場の計画を、どういうガバナンスでどういう内容にしていけばいいのか、という点です。先ほど、新藤さんから、新国立競技場を造る上での理念を決めていかなければいけないのではないかという話がありました。もう一つ、鈴木さんから、お金の使い方に関してきちんと国民に説明していかなければいけないという話が出されました。
このあたりを議論していかなければいけないのですが、先ほど、今後7年間はtotoの売上から工費を捻出できるという話がありました。それにより、単純計算で350億円が入ってくることになります。東京都は整備費500億円を負担すると表明しましたが、今後、必要経費がどんどん増えていくとなると、都の負担分との差額は国の税金になるわけです。そうなってくると、その使い方を国民に説明しないとダメだと思います。
あと、理念の話に関して、今までのデザイン案はほとんど崩壊しているのですが、その考え方は偶像のように残っているようなかたちで進んでいました。ただ、これが白紙に戻ることになると、着工まで時間がない中で、競技場の思想、コンセプトをどのように考えればよいのでしょうか。
松田:最近、情報が錯綜していて、もう一度コンペをやるときにザハ・ハディド氏も参加したいというような話も出ています。計画がまったく白紙に戻っても、近いかたちのものになる可能性はあると思います。デザインに関しては、まずはコンペをやってみないと分からないところが多いと思います。
あと、全体的な話ですが、「いま何を見直すべきか」というときに、現段階で動いている計画を見直す必要があるのですが、今までは市民参加や合意形成をどこでやるかというプロセスがまったく欠けていると思います。多くの人がインターネットなどで発言していて、警鐘を鳴らしていた人は多いのですが、それがさらに大きなメディアに載るという連鎖のようなものが決定側にまで届いたのは、ようやく最近になってからです。ここまでしないとそうならないということは、他のプロジェクトだと、問題があってもなかなか表には出ないということだと思います。そういうところを直していかないといけませんし、新国立競技場だけの問題ではないという気がします。
工藤:建設にあたり重視すべき点として今回、民意で示されたのはコストでした。今後、少子高齢化とか財政制約が迫ってくる中で、費用の問題をどのように考えながら良いものをつくるかという話になるときに、鈴木さんからは先ほど、競技場として使うのであれば費用は捻出できるけれど、イベントとしての使用はダメだというお話がありました。それはどういうことなのでしょうか。
鈴木:二つの視点があります。一つは、維持経費がかからないような構造にしてほしいということです。日産スタジアムは、1年間で約7億円の維持管理費がかかっています。今、最終的に出た新国立競技場の案では40億円なので、桁違いです。従って、少なくとも10~15億円くらいで維持管理できるような構造をつくり、システム化を図ってほしいです。収益は確かに大事です。長く持続的な収益を上げるためには、できるだけ周辺機能で儲けていくことが必要なのですが、屋根をつけて、中でコンサートをやって、芝をダメにして6億円儲けるような発想は、もうやめてほしいと思います。世界の施設は、どこも周辺機能で儲けているのです。
二点目に、屋外型の大規模スポーツ施設は、それでもやはり赤字になることが分かっています。従って、それをどこで補填するかです。国民の税金ではなく、totoの収益を充てさせてほしいということをちゃんと説明し、国民の理解を得て、totoの収益の一部から回してもらう。これでできるのではないかと思います。
工藤:今、ここまで国民が関心を持つ状況になると、国民への説明が非常に重要になってきます。これはまた、時間との戦いですよね。安倍政権としてはこの問題をどのように処理すべきであり、どうなっていくと見ていますか。
新藤:先ほどのアンケートで、「新しい建築計画でどのような点を重視すべきか」という設問がありました。一つは、もちろんアスリートがパフォーマンスを発揮しやすいという面があるのですが、もう一つは周囲の景観との調和の問題だと思います。復興などといった理念を、世界に訴えもしました。そのことを前提にした設計をするべきだし、来年の1月くらいまでにはきちんと説明責任を果たしながら明らかにすることだと思います。
私は技術管理をずっと研究していますが、少し気になっているのは、新たに計画の中心となる国交省ほど、いい加減な人たちはいないということです。国交省との関係がどのように正されるのか、注目しています。
工藤:確かにそうです。ただ、いま自民党の部会でも、1300億円を基準にすべきだという議論が出ているというのは、コストに対する世論の風圧を感じているのは間違いないということですね。だから、政権としては、この金額を大幅に上回る結論を出しにくくなると思います。
新藤:ただ、1300億円だって、今の日本の財政からするとかなり巨額です。
これからの五輪のあるべき姿は
――自分たちでつくる建築、都市文化
工藤:その必要性はオリンピックをやる意義と連動してくるのですが、今、オリンピックは、施設を縮小したり、東京都外に移したり、全体的にいろいろなコストカットをしていますよね。オリンピック全体のビジョンでもコスト削減は非常に大きなテーマになっているわけで、もう考え方を変えなければいけないような気がしているのですが、鈴木さんは五輪招致に携わった経験からどうお考えになりますか。
鈴木:招致の際は「コンパクト」「8キロ圏内」を訴えたわけですが、4000億円もかかるという数字が出て、舛添さんは即座に、既存の施設を使うということで、8キロ圏内にこだわらず、千葉や埼玉の施設に振り向けたわけです。これは英断だと思います。今、2000億円以上のお金をコストダウンさせました。それに森会長がいろいろ言っていますが、私は非常に評価しています。招致段階の最初の見積もりは「類似施設でこれくらいかかる」というどんぶり勘定で出す以外ないのです。あのときの数字に文句を言っても仕方ないわけで、その後の実態に合わせていくらに落とすか、ということが勝負です。新国立競技場はそれをやってこなかったのです。
工藤:今回、ようやく目が覚めてきたという感じがしますが、その中で、新国立競技場の持つ意味をどのようにとらえ直せばいいのでしょうか。
松田:新国立競技場が他のスタジアムとちょっと違うのは都心にあるというところで、郊外にあるスタジアムとは収益のあり方なども違い、そこは特殊な事情があるのかなと思います。それに、例えばスイスでは、自分たちで投票して「この建築を本当に建てるべきかどうか」を民意で決める仕組みがあります。日本や東京ではそういうことはないし、その一つの原因として、一般の人が建築や都市文化に興味を持つことがヨーロッパに比べて少ないということがあると思います。そういうところに関心を持っていただいて、それが今度は「自分たちで都市をつくっていこう」という話になってくるのが、一つの理想的なプロセスだと思っています。
新藤:五輪を今さら返上はできないわけですから、メイン会場は、簡素な上に景観に調和したものをいかに造るか、ということだと思います。同じ公共施設、あるいは公共事業でも、道路は、造りすぎだという議論はいろいろあるけれど、道路はそれなりに使用価値があるわけです。新国立競技場には何の使用価値があるのでしょうか。毎年、あそこで陸上競技をやるような話にはなっていないと思います。そもそも、旧国立競技場を壊してしまったことに、私は疑問を持っています。
工藤:鈴木さん、先ほどおっしゃった維持管理費を抑える仕組みは、どうすれば可能なのでしょうか。
鈴木:どのようにして使うかという経営に関することは、つくる段階とは別に、議論に議論を重ねるべきです。財務省はやっと「国有財産にネーミングライツ(命名権)をつけろ」と散々言ってきていますが、国有財産へのネーミングライツはいまだにありません。運営については、ネーミングライツも周りの賑わい機能もさかんにつくって、芝などのスポーツ環境を悪くしない範囲でさまざまな収益機能を考えるべきだと思います。それでも足らない分が出てきますから、何とかtotoの売上で補填して国費に影響を与えないようにする。私はそれがベターだと思います。
新藤:私は、地方のいろいろな施設のネーミングライツについても疑問を呈してきていますが、国の税金で建てられる国立施設に「味の素」「日産」「東芝」などという名前をつけるのはやってはいけないことです。ここだけは、はっきりしておいた方がいいと思います。
鈴木:当初は、ネーミングライツが私権の設定にあたるかという地方自治法の解釈が問題になりました。ただ、今は、普通財産ではない公共用財産でも、ネーミングライツを当たり前のようにつけてきています。「私権の設定は税金でつくられる施設になじまない」という意見は長年あるのですが、私は、もうそういう時代ではないと思います。
新藤:違うと思います。税というものをどう考えるかは、民主主義の基本です。
議論がほしい遺産としての建築物
工藤:それはそれでまた議論したいのですが、今回の議論に関連して、オリンピックを開催した後も、施設は次の世代に残るわけです。開催後に「何を残すか」という議論は、今どういう状況になっているのでしょうか。何となく、施設のコストの問題だけになってしまったのですが、本当は、オリンピックの遺産を将来の日本のために意味あるものとして使うのであれば、そういう議論もあってもいいわけです。今、そういう議論はあるのでしょうか。
松田:少ないと思います。私が思うのは、今回の議論で建築家が悪者になって「デザインをするからいけないのだ」という話は当然出てくると思いますが、もしそういう話が出てきたとしたら、そこまで短絡的になるともったいないような気はしています。将来的に新国立競技場がレガシー(遺産)になるべきだ、そのためにはどうしたらよいか、という話は既に出ていると思います。意匠的なデザインだけでなく、将来残しておくもののいくつかの要素の中には、文化的なデザインなども入ってもおかしくないと思います。ただ、それ以上に、今後人口が減少していく中での巨大建築がどうあるべきか。例えばイギリスでは「縮小する建築」のようなものがある中で、日本の遺産としてどういう建築物があるべきかというのは、議論されないといけないと思っています。
工藤:今の話は非常に重要な論点なのですが、その議論を立てるためには、構造が非常に難しくなっていると思います。もともと、都市としてそういう議論が必要だったのですが、東京は建築規制を緩和して、ビルがいたるところに建っている状況です。東京のバリューについて「世界三大都市を目指す」などという話もあるのですが、東京の将来像に関して、そこまで頭を大きく切り替えて考えることがまだ行われていません。現実に起こっているのはビルやマンションがたくさん建って、いろいろな人が買っている状況です。
今の話では、逆に管理や規制を強めて、都市としての構造を整えるといったいろいろなことを考えていかないと、住民は参加できなくなると思いますが、どうでしょうか。
松田:一つの例として挙がるのは、都庁舎のコンペのとき、採用されたのは丹下健三さんの案ですが、磯崎新さんは負けることを覚悟で「低層案」を出していました。今となってみれば、低層案は時代の先を見ていた案の一つだと思います。2010年ごろから人口減少が始まっていますが、人口減少と超高齢化の中でのシンボルになるような建築は考えられるかもしれません。
再考したい、何のための五輪
工藤:鈴木さんは五輪招致に携わった経験もありますが、こういう経緯になったことを踏まえて、2020年の東京オリンピックにどのような期待を持っていますか。
鈴木:今はハードレガシーが注目されているので、ハードレガシーばかりが議論になってしまっています。私はソフトレガシーをずっと考えてきているのですが、オリンピックが終わってから、子どもの夢であるとか将来の教育であるとか、日本のさまざまな社会制度のあり方も含めて、いろいろな影響を与えようとしています。それを全体として見ていかなければいけないし、そのためには、ハードレガシーの評価をあまりマイナスにしてしまうと、全体のレガシーを評価できなくなってしまいます。レガシーにはいろいろな立場のレガシーがあって、そこは私たちが頑張る必要があると思います。
新藤:もともと、「なぜ東京で再度オリンピックをするのか」という理念が不明確だったと思います。ですから、建物の問題だけでなくソフトのレガシーという話があるのもよく分かりますが、もう一度「何のためにやるのか」という市民的な議論をきちんとやることが必要ではないでしょうか。
もう一つは、将来の震災対策の問題があります。私は、極めて簡素なスタジアムをつくって、五輪が終わったら全部、森にしなさい、と思います。
工藤:今回の問題は、国立競技場だけでなくオリンピックの意味をもう一度、ソフトも含めて考え直すきっかけにすべきだという話でした。最後に一言ずつ、今回の騒動の責任には、あまり言及しなくてよいのでしょうか。白紙撤回したということですが、一部に「誰に責任があって、何が、問題があったのか」をもっと検証すべきだという動きがありますが、まず松田さんからどうでしょうか。
集団無責任体制と悪しき公共事業のパターン
――決定的に欠けたビジョンと推進主体
松田:責任に関しては特定の個人とか団体を挙げることもできると思いますが、今までの流れを考えたときに、「集団無責任体制」をつくってしまう日本のシステムそのものが、一つは大きいと思います。建築の設計にしても、監修者と設計者と施工者がバラバラに動いて、どこが責任を持っているかが明確にならないシステムが、日本には昔からありました。例えば、国立競技場の隣の体育館も、結局、設計者が複数いて、誰が明確な設計者が分からないようなかたちで出来上がっています。あと、今回は、都や国などが全部バラバラに動いてしまっていて、一体誰が責任を持つかということをある程度明確にできるシステムがほしいと思います。
もう一つは、この数年を見ていたときに、市民の声と専門家の声と政治家の声とがなかなかつながらないという問題があります。例えば、専門家の中で、磯崎新さんなどは「皇居前広場で開会式をすればいい」とかいろいろな発言をされています。そういういろいろな意見をつなげる仕組みがどこかでできるとよいかなと思っています。
工藤:そこは非常に重要な指摘なので、言論NPOも考えていかなければいけないと思いました。鈴木さんはどうでしょうか。
鈴木:やはり、悪しき公共工事のパターンだったと思います。これは何も国立競技場だけの問題ではなく、八ツ場ダムにしても、有明海の干拓にしても、日本は同じような道をたどっています。これは、石原慎太郎さんがよく指摘した行政の単年度主義に基づくもので、なぜ通年で物事を考えないのか、ということです。予算で債務負担行為を制約するのですが、1年ごとの額が上がったときに債務負担行為の中身を変えていってしまうのですね。結局、終わってみれば費用が2倍、3倍になっていたという結果はざらにあるわけで、公共工事にかかる全体のシステムそのものを変えないといけません。
それから、こういう無責任体制については、私は今まですべて似たようなものを見てきていると思います。
新藤:日本政治あるいは日本行政の無責任体制にまで話が及ぶと、太平洋戦争の話にまでなってしまうのだけれど、それは真実としてあります。ただ、今回に限定して言えば、これだけのイベントをやろうというのだから、推進主体が誰であって、どういう理念で、そのためのいろいろな施設をどうつくるのかというビジョンが決定的に欠けていたし、責任の話で言えば、ブエノスアイレスのIOC総会であれだけの演説をしてきた安倍首相が表に出て、きちんとした推進体制をつくるべきだったと思います。そういう意味では今ごろでは遅いので、それを反省しながら、あと数ヵ月の間にきちんとした、違うバージョンの理念とアピールをつくっていただきたいと思います。
工藤:今日は新国立競技場の建設問題について議論をしたのですが、皆さんの話を伺って感じるのは、「白紙になったからよかった」というのではダメだということです。この中にはいろいろな問題があって、いろいろなことを変えていかなければいけないし、市民や有権者がきちんと考え、議論していく舞台が必要だという話が出ました。そうした動きを、何かの形で起こしていかないと、今回の非常に重要な教訓を活かせないのではないかと思いました。また、2020年というのは日本にとって非常に重要なタイミングになるということは多くの人が分かっていると思うので、それに向けての歩みをきちんと始めなければいけないと痛感しました。
ということで、今日は新国立競技場問題について話し合いながら、「これから私たちに何が問われているか」ということに関しても併せて議論できたと思います。皆さん、どうも有難うございました。
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2015年7月24日(金)
出演者:
新藤宗幸(後藤・安田記念東京都市研究所理事長)
鈴木知幸(順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授、元2016年東京五輪招致推進担当課長)
松田達(建築家、武蔵野大学専任講師)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
多機能スタジアムの難しさ
工藤:次に、私の方で知りたいことを確認させてもらいたいと思います。コンペで条件になったのは、「収容人数8万人」「開閉式の屋根」「可動式の座席」の3つでした。その他に、目安として1300億円の総工費が設定されていたということなのですが、3つの条件それぞれの理由については、どのように理解すればよろしいのでしょうか。
鈴木:まず、8万人という収容人数は、サッカーW杯の開催条件としてFIFA(国際サッカー連盟)が定めている基準に出てきます。8万人を収容できる開会式、あるいは決勝戦の会場が必要なのです。ところが、ラグビーW杯とオリンピックは収容人数の基準がありません。ただ、これまでの経緯として、だいたい8万人クラスの競技場で行われてきたということで、スポーツ界に「8万人クラスがほしい」という意見はありました。
屋根は、スポーツにはまったく意味がないし、逆に邪魔になります。FIFAの条件では、観覧席の上にひさしがあればいいのです。競技場部分の上を屋根で閉めてしまうと、芝生が育ちません。ただ、音楽関係の人たちにとっては、屋根で音響を抑えないと、地域住民から苦情が来るのでコンサートができないのです。どこの競技場も、年2~3回はコンサート会場として押さえてあります。JSCは、それを今回は年間12回やりたい、1回の使用料が5000万円で、12回やると6億円だと計算しています。そのために屋根を造りたいということです。屋根のコストは、先日「後でつける」と言ったものは160億円くらいです。
松田:後でつけるとそれくらいの金額で、実際にはもっと膨れていると思います。そもそも、屋根工期とスタンド工期の二つに分かれています。
工藤:可動式の座席についてはどうですか。
鈴木:これは別に置かなくてもいいのですが、8万人クラスをつくると、あの広さであれば、サッカーのときだけ8万人になり、オリンピックの開会式や陸上競技をやるときには6万5000人でいいということで、1万5000人分は動くようにしておこうということなのです。
工藤:初めはラグビーの問題があって、議員連盟の動きもあったということですが、コンペの前に、いろいろな文化人とかスポーツ関係者が、費用のことは別にして造りたいものを要求してしまうことに基づいて、案が固まってきたという理解でよいのですね。ただ、コストは誰がどうするのかという話になって、今回の問題に戻ったということでよろしいですか。
松田:まず、スタジアムとして多機能であることを求めると、非常に複雑で、屋根は音楽のコンサートをする際に遮音のために必要だという話になるのですが、一方で、建築的に言うと、遮音のためにはある程度屋根に重さがないといけません。そうすると、逆に重くなってしまうので、開閉屋根の構造を考えると難しくなるという問題があると思います。
工藤:だから、いろいろな要素を組み合わせると、設計上も非常に難しくなって、コスト高になっていくということですね。
松田:そうですね。可動式の座席に関しては、例えば陸上競技の場合はトラックがあるので、席はかなり後ろに下がったところにないといけないのですが、サッカーの場合、後ろに下がっていると臨場感がないので、可動式の座席が必要だという話になっています。
鈴木:そういった条件は、だいたいスポーツ界の常識です。
工藤:新藤さん、造りたいものはいろいろなアイデアが出てくると思うのですが、ただ、日本が今置かれている財政状況を考えると、コスト高のインフラに資金を投入し続けることは不可能ですよね。
厳しい財政状況下でいかに予算を抑えるか
新藤:そうですね。国の一般会計からどれだけ負担するかという問題が不明確ではあるけれど、それにしても、これだけ財政破綻に近い状況ですから、最初の1300億円をどこから計算したかいろいろな議論はあるにせよ、費用を低く抑えるということは優先させるべき話です。
工藤:先ほどの決定プロセスの話に戻りますが、費用が膨らむということが分かったので、今度はいろいろなかたちで設計を変更してきますよね。開閉式の屋根は後からだとか、可動式の座席はダメだとか、2本のアーチはつくらないといった話が出てきています。つまり、設計の原型がかなり壊れて、コストの制約が効いてくるわけですよね。ということは、最初のコンペの条件が変わってしまったと理解するのですが、それはまだ同じだということなのでしょうか。
松田:そこが一番の焦点です。最初に「8万人」とか「開閉屋根」とか「可動式座席」を条件として設定したことが、費用がどんどん膨れ上がった理由です。それを疑っている人はたくさんいましたが、前提条件として誰も変えられなかったので、最後にこういうかたちになったのだと思います。次の条件を設定するときに、「8万人」や「開閉屋根」などをどうするかというのが、最大のポイントの一つだと思います。
工藤:計画を推進する側には、そういう議論はなかったのですね。
松田:私が有識者会議の資料を見た範囲では、十分な議論があったとは言えず、最初から当たり前のように決まっていたという感じです。
工藤:決定の仕組み上、計画を止める権限を持つのは文科大臣ですね。
鈴木:有識者会議はJSC理事長の諮問機関ですから、イエスマンばかり集まっています。止めることはできないし、今まで止まったことはありません。
工藤:すると、政治的な仕組みの問題になりますが、その政治側がつい最近まで「止められない」という判断をしていたということは、かなり大きなコストを放任するという、ガバナンス上、危険な状況に来ていたのではないでしょうか。
新藤:放任するというか、最終的には一般会計からかなりの費用を出すつもりだったと思います。今ごろになって「ゼロベースだ」というけれど、「この斬新なデザインでもって、東京オリンピックの招致は可能だった。だから国際公約だ」とか言っているわけです。丹下健三氏の案が選ばれた、かつての東京都庁舎建設の議論にかなり似ています。
責任の所在は?
工藤:有識者へのアンケートで、「一連の混乱における責任の所在はどこにあると思いますか」と聞きました。一番多かったのは、80.9%で「下村文科大臣・文部科学省」、次が「JSC」で63.1%でした。あとは50%台で「安倍首相」と「東京五輪・パラリンピック組織委員会」が続いています。皆さんはどのようにご覧になりますか。
松田:なかなか問題にならないことの一つに、都市計画審議会の問題があります。建設予定地である神宮外苑あたりは、高さ制限がもともと20メートルくらいだったのが、いきなり70メートルくらいに変更されました。これは正式な手続きを経て決まっています。新宿区の都市計画審議会を通るときには一応いろいろな意見が出ましたが、区の審議会では止めることはできないのです。
ある程度の規模以上だと、今度は都の都市計画審議会を通らないといけなくて、その時の記録を見るとほとんど質問が出ていないのです。新宿区の審議会でいろいろな疑問が付されたのですが、東京都の都市計画審議会で一気に通ってしまったというところが、一つ大きかったのかなと思います。そのときは、ザハ氏の案が決まっていて、ある程度の高さも決まっていた段階で、それを通すというかたちで70メートルの制限になりました。さらに言えば、もともと東京都は70メートルに制限を緩和できる仕組みを持っています。それを使ったということで、すべての手続きは正式に決まったことになります。
そして、都市計画審議会を通る2013年の春ごろ、2週間の縦覧を行っています。その時、文句を言いたい人がいれば言えるはずだったのです。ところが、意見は1通も来ませんでした。つまり、従来の都市計画における縦覧の仕組みが本当に機能しているかどうかを、もう一度問い直してもいいのだと思います。
工藤:結果として世論が今回の状況を覆したということになるのですが、一般の住民や市民にも問題があるということですね。ただ、東京の場合、昔と違って、規制緩和の中でとにかく地価を高めて建設するという構造があります。かつては都市計画にあたってかなりの議論がありましたが、今はほとんどないという状況です。おそらく、それは「東京でオリンピックをやる意義」とか「東京の姿をどうするか」といった本質的なテーマにつながってくるような気がします。その議論に戻ってみると、有識者や有権者は、政府のやることをもっと厳しい目で監視しなければいけないという教訓になっています。
ただ、この問題では、ガバナンスの所在が非常に分かりにくいのですね。舛添知事がそれに関してツイッターで「一番の原因は文部科学省で、二番目は一部の政治家とその関係者とゼネコンだ」という面白い話をしています。あれはどういうことなのですか。
鈴木:舛添さんはいいところを突いていると思います。裏の情報によると、設計があまりにも難しすぎて、ゼネコンも相当弱っていたと聞いています。3000億円という数字が出たのは、結局「無理だから諦めてくれ」という裏の意味があるのではないかとの声があるくらいです。今回の白紙撤回で一番ほっとしているのは、施工者ではないかという声もあります。
可動しない開閉式屋根
松田:今の話で、建設がどれくらい難しいかというと、先ほどのシンガポール国立競技場が5万5000人規模のスタジアムで、世界最大の開閉式屋根を持っています。そこでは競技場の縦横のうち長い方の辺に沿う方向で屋根が動くのですが、今回の計画では、短い方の辺に沿って真っ二つに割れ、外側に動く計画になっています。そこでプラスの難しさはありました。
それから、国内の競技場で開閉式の屋根が動いているものはなかなかなくて、近々だと、2001年にできた豊田スタジアムは、今年4月から開閉式屋根が基本的に停止されています。また、2001年にできた多機能スタジアムである大分銀行スタジアムでは、13年に制御装置が故障して、それから止まっています。ですから、開閉式屋根は、実際には動かないケースが世界的にもけっこう多いです。カナダ・バンクーバーのBCプレイススタジアムは唯一成功していますが、非常に軽い屋根を使っていて、中央から外側に屋根が開く構造を使っています。
工藤:ということは、かなり難しい設計を採用した背後には、ものをベースにして東京のバリューを高めていく、それに挑戦していくという考え方があるような気がします。それ自体は間違っていない感じもするのですが、時代の状況が大きく変わってきた中で、それが持続可能なのかということが最大の問題になっています。最終的にコストを負担するのは一般の住民なので、結果として有権者の中で計画が覆ったというのは適正だったということですね。ただ、この状況をどのように変えればいいのでしょうか。ガバナンス上、今回、安倍さんは首相主導の閣僚会議をつくって、文科省とJSCは監視下に置かれるという状況に収まったのですが、新藤さん、どうお考えになりますか。
新藤:官主導というよりも官邸主導でいくのだということで、内閣官房に再検討推進室が発足しました。都庁からも2人くらい職員が派遣されています。しかし、そこでどのように進めるのかということは、もう一つはっきりしません。そこは今後見てみなければいけません。官邸のもとに推進室ができたからといって、競技場はどのくらいの規模で、屋根があるのかどうかも含めてどんなものをつくるのか、もう少し見ないとよく分からないのではないでしょうか。
工藤:今の状況を見ると、時間との戦いもあるのですが、来年の1~2月に決定するということですよね。ただ、今回の問題が財源だとすると、維持コストを含めてコストを非常に重視しなければいけない。2520億円の計画については、維持コストは建設後50年間で建設費の40%、すなわち約1000億円という試算もあります。それを含めると50年間で3500億円くらいの買い物で、1年あたり20億円のコストがかかることになります。つまり、年間20億円を上回る収入がないと赤字になるわけで、それを誰かがずっと50年間背負っている状況になります。イベント会場や施設として考えれば、私たちはそのように見なければなりません。社会にとって必要だという話になれば別ですが、その必要性がまだ分かっていません。そこをどのように組み立てるかというところに話が及ばなければいけないということですね。
それをベースにして、有識者アンケートでもう一つ設問をしています。「新しい建設計画において、特にどのような点を重視すべきだと思いますか」という問いで、答えは三つに集約されています。一つは、「アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にすること」が47.5%です。ただ、これに並んで46.1%あるのは、「施設の維持管理費をスリム化すること」です。それから「建設費を可能な限り減らすこと」が34.8%なので、次の計画を考えるときに重視するポイントは「建設費を減らし、維持管理費をスリム化し、アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にする」がほとんどで、それに続いているのが「周囲の景観と調和させること」で24.8%となっています。こういう枠組みの中で計画を立て直すことができるのか、ということですが、鈴木さん、どうでしょうか。
スポーツ振興くじから運営、維持管理費を
鈴木:まず、ガバナンスの話で、これから国交省が計画の中心になります。それはもう表明されていますが、私は国交省が前に出るべきだと思います。国交省には大規模な公共工事をやってきた技師がたくさんいますから、国交省が中心になって施工者と厳しい話をしていかなければいけません。
それから、今後の運営については、最終的には1年間の維持費が40億円と言われています。こんな施設は世界にありえないわけです。私は公共工事にかかわってきましたが、だいたい30年間で、維持コストのほかに、建設コストと同じくらいの大規模改修費がかかるのです。従って、皆さん「コストダウンだ」と騒いでいますが、コストダウンをしてどこを減らすかというと、空調機とか機材の費用を削るのです。すると、20年維持できる機械が10年しか維持できない、といったことが出てきます。だから、建物の建築費のことばかり考えていると、設備費を落とすことになります。後で負担がかかるので、これだけは避けなければいけません。
もう一つ、約20億円の赤字をどうやって補填するのかという話です。私はスポーツ施設を相当調べてきて、その建設にかかわる仕事をしているので分かるのですが、屋内施設はいくらでも収益が上がるのです。下が床なので、「昨日コンサートをやって、明日はバレーボールをやる」といったことができます。屋外施設は、それがまったく儲かりません。
では、どこで補填するかということですが、今でさえ、toto(スポーツ振興くじ)の総売上の5%を工費に充てることで、既に毎年50億円を確保しています。今国会でスポーツ議員連盟が中心となって法改正し、工費に回す金額を総売上の10%に上げることになっています。一昨年の総売上が1080億円で、54億円、2年間で約100億円を既に確保しているのです。これを総売上の10%にすると、毎年黙っていてもtotoから100億円入ってきます。これは7年間の時限立法になっていて、その先は「見直す」とだけで、どう見直すか書いていません。運営費、維持管理費を見直せば、20億円くらいは捻出されます。国民にちゃんと説明をして、「コンサートなどで芝をぐちゃぐちゃにして儲けるのではなくて、コンサートをやめ、天井を空けるので、totoから維持管理費を少しずつください」と頭を下げることです。