成立目前、休眠口座活用法の実態とは

2015年7月31日

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 超党派の国会議員連盟の議員立法による「休眠預金等資金活用法案」が、開会中の通常国会に提出され、成立する見通しとなっている中、7月31日放送の言論スタジオでは、「成立目前、休眠口座活用法の実態とは」と題して、小関隆志氏(明治大学経営学部公共経営学科准教授)、田中弥生氏(独立行政法人大学評価・学位授与機構教授)、服部篤子氏(社会起業家研究ネットワーク代表)の各氏をゲストにお迎えして議論を行いました。


国民的な議論が展開されないまま、法制化が進んでいる

 まず冒頭で、田中氏からこの法案が提出された経緯及び法案の骨格についての解説がなされました。

工藤泰志 続いて、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、今回の議論に先駆けて行われた有識者アンケートで、「『休眠預金等資金活用法案』の存在を知っていたか」という質問に対して、有識者レベルでも約4割が「知らない」と回答したという結果を紹介すると、パネリスト各氏からは休眠預金をめぐる報道やオープンな議論が展開されていない現状を指摘する声が相次ぎました。

 まず、服部氏は、「これまで市民セクターにおける活発な議論については、多くの報道がなされていた。しかし、この休眠預金に関しては報道が実に少ない。(すでに休眠預金を活用している)イギリスでも長い間、慎重に議論がなされた上で導入された。そのプロセスが大事だ」と述べました。

 これを受けて小関氏も、「預金は私たち預金者の財産であるので、自分たちの預金がどう使われるのか『知る権利』がある。かつてNPO法も議員立法で制定されたがオープンな議論がなされていた。しかし、今回は国民的な議論には至っていないのが現状だ。パブリックコメントもなされたが期間が短く、周知も徹底されていなかったなど国民からのアクセスも不十分だった。海外のサクセスストーリーだけでなく、課題についてもしっかりと直視した上で、預金者の立場からどういう制度にしていくか、という議論がなされるべきだ」と主張しました。

 さらに、同法案が超党派で推進されていることに関して、工藤が、「前回の言論スタジオ『新国立競技場の迷走の問題点とは』でも、超党派だからこそ、その動きを誰も止められない、ということが明らかになったが、今回も似たような構図がある」と指摘すると、田中氏は、「政府も遠慮してしまっているので、本当に止められなくなっている。特に今回は与党幹部が熱心に進めているので尚更だ」と語りました。


使える休眠預金を増やしたいがために、置き去りにされた預金者保護

 次に、同法案には「預金者保護」の視点から大きな問題点があることが明らかになりました。これに関し小関氏は、「(より多くのお金を配分できるようにするために)『休眠預金をできる限り増やす』ということと、『預金者を保護する』ということは相反することだが、諸外国では後者、すなわち保護が第一となる。ところが、今回の法案は前者の方ばかり考えているのではないか。実際、自分の預金残高を確認するための検索システムの構築は必須であるにもかかわらず、法案では言及されていない」と指摘しました。

 これを受けて服部氏も、「アメリカでは社会投資家のリストがあるなど、「公益のためにいかに社会の中でお金を循環させていくか」ということを考える風土があり、休眠預金もその中の一つの歯車でしかない。日本の場合は、目的の前にまず『休眠預金を使いたい』というのが制度の出発点になってしまっている」と指摘しました。

 さらに、休眠預金の配分についても、田中氏が、「NPO法では、公益の分野は多様としているにもかかわらず、今回の法案では配分される分野が狭く限定されている。公益とは何か、ということに関するこれまでの議論の蓄積が全く生かされていない」と批判すると、服部氏も、「社会は多様化し、どんどん広がっているのに、なぜこのように限定しているのか疑問だ」と応じました。


法案にはガバナンスやコンプライアンスに関する規定が盛り込まれていない

 続いて、同法案では、預金保険機構に収納された休眠預金を主務大臣が指定する指定活用団体に移管し、指定活用団体から助成機関や金融機関に委託をし、これらの受託機関から民間公益活動に従事する団体に配分あるいか貸付がなされることを想定されていますが、こうした管理・運営体制には重大な欠陥があることが浮き彫りとなりました。
まず工藤から、有識者アンケート結果では、こうした管理・運営体制が機能すると思うかを尋ねたところ、「機能すると思う」が15.3%にすぎず、多くの有識者が懸念を抱いていることが紹介されました。

 これを受けて田中氏が、「その懸念はもっともだ」とした上で、同法案で重要なカギとなる「指定活用団体」について、「ガバナンスやコンプライアンスについて、法案中に何ら規定がないため、適切に機能するとは思えない」と指摘すると、「指定管理団体の権限は大きいにもかかわらず、それをどう監視、統制するかという視点がない」(小関氏)、「指定活用団体という単語が唐突に出てきて、明確なイメージが持てないし、透明性にも疑問がある」(服部氏)と、各氏からも懸念が相次ぎました。


現状を打破するために、当事者である自分たちが声を上げなければならない

 最後に、工藤が「法案の成立は確実視されているが、これから私たちは何をしていくべきなのか」と問いかけると、服部氏は「法案が通っても、詰めるべきところはまだたくさん残っているので、議論をし続ける必要がある。(言論スタジオのような)議論を聞いて、考えた人たちが声を上げ、それを連鎖させていくしかない」と訴えると、田中氏もこれに賛同し、「ごく一部の中で議論が進んでいるが、これは民主主義のプロセスとしても良くない」と注意を促しました。小関氏も、預金者すべてがステークホルダーであることを指摘した上で、「ラウンドテーブルを開き、休眠預金をどう使うべきかしっかりと議論し、皆が納得した形で使われるようにしなければならない」と主張しました。

 議論を受けて工藤は、「新国立競技場と同様に、この問題でも民意と政治の距離感があるが、この現状を変えなければならない。デモクラシーの現状をどう考えるか、という問題にもかかわってくるので、引き続き議論していきたい」と今後の議論の展開に意欲を示し、白熱した議論を締めくくりました。

議論の全容をテキストで読む    

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預金者である市民を置き去りにしたまま進む休眠預金活用法案

工藤泰志 工藤:今日の言論スタジオは休眠口座の問題について考えてみたいと思います。休眠口座という耳慣れない言葉をみなさんご存じでしょうか。日本の場合は10年間に渡って銀行での取引のない口座、または(預金者と)連絡の取れない口座をいうのですが、その口座に入っているお金が、あることに使われるという法案が、いまの国会の中で決まりそうだという事態です。安保法制についての国会論戦は数多く報道されていますが、こうした預金の使われ方、という問題について、当事者である私たちがなかなか知らないままこの法案ができそうだということでびっくりしているのですが、今日はこの分野に詳しい人を交えて議論してみたいと思っております。

 まず、大学評価・学位授与機構で言論NPOの理事も務めています田中弥生さんです、続いて、社会起業家研究ネットワーク代表の服部篤子さん、最後に、明治大学経営学部公共経営学科准教授の小関隆志さんです。

 さて、休眠口座をめぐる動きに驚いているのですが、田中さんの方からどういうふうに動いているのか、そもそもどういった法案なのかという点についてご説明していただきたいと思います。


法案の経緯と問題点

 田中:まず、どういう経緯であったのかという点、次に、この法案の骨子について説明させていただきます。休眠口座法案に関しての提案は民主党政権の時から実はなされていまして、新しい公共という委員会があり、そこで提案がされ政府提案もされたのです。しかし、その配分先にNPOやベンチャーが入っていたこともあり、議論が白熱し結果的に没になっていました。

 その後、(民主党から自民党へ)政権交代後、昨年あるNPOたちの提案で「休眠口座国民会議」という、2、30人のメンバーで構成される会議ができました。今年になってから、このメンバーの動きが急に早くなり、法案の骨格を提案し議員の方でパブリックコメント(パブコメ)を求めています。そして、与党の部会等々を通りまして国会に近々提出されるであろうという動きになっています。

 どんな法案なのかといいますと、先程工藤さんがご説明されましたように、休眠預金というのは私たち個人がずっと使っていなかった通帳があり、その口座の額がだいたい総額で800億とか850億円と言われています。それがいままでは10年経つと法律に基づいて各銀行の資産になって転化されていたのですけれど、そうではなくてこれを一回吸い上げてNPOなどの活動に配分してしまおうというものです。どんな仕組みかというと銀行から預金保険機構に一旦それが回収されて、そのあと預金保険機構から新たに「指定活用団体」というところに預けられてそこで運用します。その指定活用団体から「資金分配団体」というところに分配されますが、これは例えば、NPOの中間支援組織であったりNPOバンクであったりというように、地元のNPOや公益法人などに助成金や貸付という形で分配されるという、いくつかのプロセスを経るものです。

 法案に関しては既にパブコメもかかっていますし、法案の骨子というのも出てはいるのですが、その内容を見る限りまずキーになるのは指定活用団体です。一気に800億円近いお金が集められて運用される訳ですけれども、法案を見ると指定活用団体については一般財団法人であるということや、若干の注意事項が抽象的には書かれていますけれども、どういうガバナンス構造になっているのか、利益相反を含めてコンプライアンスに関する規定が書かれていません。そういう意味で私はこの配分のメカニズムが上手く機能するのかについても懸念を抱いています。

工藤:私も田中さんからこの話を聞いて言論スタジオでも議論したいと思った理由が、(この動きについて)全く知らなかったからなのですね。社会のために使うということに関しては非常に良いことだと思っているのですが、知らない間に自分の預金が、勝手に使われてしまうという点に非常に違和感を抱いてしまう。また、社会のために使うというのであれば、もっと自発的に自分たちが参加していくという形が必要だと思っているので、最低限の情報が欲しいのですが、全く知らない中で動いている。しかも、法案が成立間近になっているということで、考えることが必要なのではないかと思いました。服部さんは今の法案の動きをご覧になってどのように感じていますか。


市民社会に関わる法案であるにもかかわらず、市民社会では議論がなされず、超党派で進んでいる

 服部:私は、イギリスでの休眠口座を使う動きが出たときから興味を持っていましたが、それを追いかけているうちに気が付くと日本でも法案が出来ており驚いています。例えば、新聞検索をしてもさほど多くの件数は出てきません。私たちはいろいろな市民セクターの中で活動していますが、市民セクターに関する法案が出てきたときには、市民セクターでもずいぶんと活発に議論されてきました。新聞等でもずっと掲載されてきました。研究も盛んに行われます。そういう過程を経て、新しく法律が出来るとか、制度を見直す、ということになっていくものだと思うのですが、今回はそういった動きがないのが、驚いている点です。

工藤:小関さんどうでしょうか。

 小関:私は、NPOバンクの全国組織である全国NPOバンク連絡会の理事をしているのですけど、本日はその理事としてではなく一研究者として意見を述べたいと思っております。工藤さん、服部さんがおっしゃったことと重複を避けるように申しますと、自分たちの預金がどう使われるかということについては、やはり預金者に発言権がある訳ですよね。それを知る権利も当然あります。法律ができてしまってから「いやこんな法律は知らなかった」とか「こんなはずじゃなかった」という話になると、かなり厄介な問題が起こるのではというのが、まず一つの懸念です。この休眠口座というのは、制度自体は既にイギリスでも韓国でもアイルランドでもあるのですが、そういう外国での休眠預金のサクセスストーリーだけではなくて、そこでどういう課題があったのか、失敗例も含めて検討した上で日本での制度を作っていくべきではないかと思っています。日本でほとんど知られていない、議論されていないということもありますし、預金者の立場からどういう制度を作るべきかという議論が出ていないことに問題意識を持っています。

工藤:各国の事例もまたあとから教えていただきたいと思います。今回、議論に先立ち有識者の方々にアンケートを取りました。すると、回答数がやはり少なかったのですね。休眠口座という問題がなかなか知られていなかったということが反映されていると思います。回答された方が60人しかいなかった中で、この動きを「知らない」と答えた人が40.7%でした。このアンケートは有識者向けなので、おそらく一般世論ではもっと知らないという人が多いと思います。預金者全員に関わることを全く知らないままステルス攻撃のように国会に法案が出て超党派で動いている。これは信じられないことだと思うのですが、なぜ超党派でこういうことが合意できるのでしょうか。

田中:私もよくわかりませんが、ロビイングを仕掛けないかぎりこういう活動は生まれないと思いますね。

工藤:日本の政治家には「この(休眠預金の)お金は自分のお金だ」という意識を持っている人がいるということでしょうか。

田中:そこはよくありがちなことなのですが、NPOなど公益活動に貢献すること自体が良いことであるから、国民の支持を得られるに違いない、と思ってらっしゃるのかもしれません。

工藤:先程、服部さんがおっしゃっていたように、一つの法案が出来るプロセスにおいては、様々な課題を発掘しオープンに議論するべきものだと思うのですが、日本に問われている課題は何なんでしょうか。

服部:休眠口座のお金を社会のために使うという話はおそらく反対はしづらいものだと思います。しかしながら、今まで各国で出てきた話はむしろ、社会の公益のためのお金をもっと循環させましょうという意図だったと思います。ですから、ソーシャルファイナンスの専門家の人たちが活発に議論してきた。そのお金をどう使うのか、どう監督をするのか、という制度設計が慎重になされてきた。ましてや800億などという大きなお金を誰が使うのかという話はイギリスでも長いこと議論されてきたということがありますので、(日本の現状には)若干疑問を感じざるを得ないです。

工藤:もっと慎重に議論して多くの国民に理解してもらいながら進めるべきだと思いますが、安保法制で頭がいっぱいという状態ですよね。小関さんは法案が出てきたプロセスはどのようにお考えですか。

小関:今回、議員立法で出てきました。実はNPO法も議員立法でしたが、あのときはかなりオープンでいろいろなNPOや市民団体が関わってその内容を検討しました。今回も休眠口座国民会議という民間の団体からの要望が2014年10月にあり、それを超党派の議連が受けて法案を作ったので、一応は民間発ということなのかもしれませんが、それだけの国民的な議論が巻き起こっているのかというと、そうではないのではないかと思います。

工藤:「国民会議」という名前だからといって国民を代表している訳ではないですよね。新国立競技場の建設問題と同じですが、超党派の動きになると、誰も文句を言えないような状況になってしまうのですね。例えば、建て付けでいろいろな問題があっても何となく遠慮してしまう。

田中:心配なのは超党派で物事が決まってしまうと、政府側は遠慮して介入しないのです。だから、法案に若干不足があると思ってもあまり声を出さない。これはNPO法のときも全く同じだったと思います。あとで問題がいろいろ出てくると、結果的に内閣府の方にクレームがいくのですけど、超党派で作った議員立法なので動きにくいそうです。

工藤:(政治側は)何が何でもこの法案を通さないといけない、という意思なんですか。

田中:与党の幹部の方たちが非常に熱心であり、その勢いで通るだろうという感じですね。

工藤:先程、パブコメについてのお話がありましたが、パブコメの機会は一応あった訳ですね。

小関:そうですね。ただ、その期間がかなり短かったのではないかと思います。

田中:私は(期間終了してから)二日後に知りました。たまたま議員の方のホームページでパブコメの実施を知りましたが、二日遅れてしまったので、もう受付けられませんということでした。

工藤:公益的なことに使うというと、非常に聞こえが良いので何となく問題にしにくくなるのですが、プロセスは市民社会のやり方とは違う進め方のようなので、違和感を抱いてしまいます。他国でもこういう進め方なのですか。

服部:私は違うように見えています。専門家の意見をもっと聞き、専門家がリードしているイメージがあります。もちろん、議員がリードすることはとても良いことだと思いますけれども、(市民側からすれば)その接点があまりにも少ない。

工藤:服部さんはパブコメをやっていることを知っていましたか。

服部:知っていましたが、間に合いませんでした。法案の言葉が法律用語ですから、難解で背景を読み取るには時間がかかりますので、すぐには書けませんよね。


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「預金者保護が第一」ではなく、「使える預金をできる限り増やす」という制度設計になっている

工藤:この法案でまず考えなければならない最大の問題は、預金者保護という問題です。預金はあくまでも預金者のお金であって、公益に使うということであればまず預金者に情報を知らせないといけないのではないかという議論があります。

田中:おっしゃる通り、どこに配分するかという話の前にまず預金者の意見をきちんと吸い上げたのかということ、あるいはフォローする仕組みを作ったのかということを議論する必要があると思います。

工藤:銀行業界が預金者を代表して異議を申し立てたりしていないのですか。

田中:当初は銀行業界も抵抗していました。しかし実は、間接的にヒアリングをしてもらったのですが、「(賛成に転じたので)そういうことはない」ということです。

工藤:ない。それはどうなっているのでしょうか。小関さんはどうですか、各国の事例も踏まえて、進め方をどう考えればよいですか。

小関:もともと預金者のお金ですし、所有権がなくなっている訳でもないので、最大限本人に戻すというのが筋ですよね。では、どうやって戻せばよいのか。制度を作るときにいかに預金者にお金を返しやすくするか、ということです。そもそも、なぜ休眠預金が発生するのかという点についてご存じない方もいらっしゃるかもしれません。わずかなお金しか口座になく、それを取りに行くのに大変なコストがかかる。忘れていた。あるいは相続人が複数いて全員の合意を見つけるのが難しい、といった様々な要因があります。場合によっては金融機関側が対応出来ないこともあるけれども、自分の口座にどれくらい預金があるのかわからないという場合に検索して情報が一元的に管理できるような制度を金融機関側が提供することで休眠預金を減らすことも当然出来る訳です。制度を作るときに預金者の保護が第一なのか、あるいは、預金をなるべくたくさん残しておいてそれを社会事業に使うことを第一に考えているのかで制度設計が根本的に変わってくる訳です。私は、第一義的に大事なのは預金者の保護なのではないかと思っています。イギリスなど各国の場合も休眠口座の検索システムというのを作っていて、まず預金者保護第一なんですよ。検索して見つかった場合には預金者に払い戻しをすることが保障されています。といっても返還率が20%を切っているので結局、残る休眠預金というのは8割くらいになるのですが、制度設計上は預金者の保護は外せないと思います。しかし、今回の超党派の議連が提案している法律案の中には検索システムの話は一切出てこない。

工藤:つまり、今回の法案は、返還を進めてなるべく休眠預金を減らした上で、その余ったお金を使うという訳ではなく、とにかく「使いたい」というのが先行しているわけですね。しかも、なるべく話題にならない形で。何か犯罪のようにも感じてしまうのですが。

田中:知らないうちに物事が進んでいて、NPO学会でも「知らない」と言う人が多いです。

工藤:この法案の建て付けはどうなっているのですか。首相はどのような役割を担うのですか。

田中:この法案を見ると、一つは、首相の元に10名から構成される審議会を作ってそこで配分先などを決める。そして、指定活用団体も問題が起きた時の指示は首相から直轄という形になっています。

工藤:そうであれば、安倍さんは預金者に説明しなければいけないのではないでしょうか。これをよく見ていると、ファンドなり財団を作るということが目的になっているようにも見えるのですが。

田中:(法案の)指定活用団体に関わる条項の中に「運用」という項目が入っています。これを見る限り、指定活用団体の運用先は国債等に限られていますが、その運用益は自分たちの活動費に投じることが出来るということで上限が定められていません。

工藤:そうなると、一つファンドを作るということと同じですよね。

田中:「過度過ぎる場合にはチェックが入る」とは書いてありますけれども、過度がどのくらいを意味するのかは書かれていない。ファンドは容易に作ることができる状況になっていると思います。

工藤:公益性という題目を掲げてはいますが、真の目的はファンドを作って何かをしたい、ということに見えてしまいますね。海外ではどうなのでしょうか。小関さんは先程、「マイナス面もある」とおっしゃっていましたが。


韓国では失敗している

小関:昨年、韓国の休眠口座を活用しているマイクロファイナンスの事業について調査してきました。韓国の場合は休眠口座の管理とその活用を、すべて「微笑(ミソ)金融中央財団」という一つの団体でやっています。2007年に休眠口座に関して、預金と保険の両方の管理する法律ができ、それを受けて09年にミソ金融中央財団ができました。当時の李明博大統領の肝いりで作ったものですが、韓国の場合大統領の権限が非常に強いということもあって、ミソ金融という団体は、形式上は民間の団体であるけれども、純粋な民間の団体だと思っている人は韓国では誰もいません。政府直轄の外郭団体のようなものだと認識されています。あまりにも政府の規制が強く、画一的な運用がされていて民間としての良さは全く反映できていないわけです。この韓国の例について、日本ではあまり紹介されていないため、知らない方がほとんどだと思いますが、ミソ金融から民間の福祉事業者と呼ばれるマイクロクレジット会社にお金が流れて、そこから低所得者層の人たちに貸しているという事業をしています。そこで一番の問題が、ミソ金融から民間にお金を貸す場合に、事業をやるための運営費がほとんど赤字になることで、有力なマイクロファイナンスの団体はみんな撤退しました。その結果、経験のない団体が新しくマイクロファイナンスの主体となって、ミソ金融からお金をもらうという構造になってしまった訳です。さらに、制度の規制が強いことは、腐敗が起こる原因にもなりまして、2011年に問題になったのが与党の幹部が自ら事業主になってミソ金融中央財団とつるんで賄賂をわたして事業を取り、それが検挙されました。私が韓国の休眠口座の関係者とマイクロクレジットの団体の方に話を聞いた限りでは、「韓国のミソ金融は失敗だった」と口をそろえておっしゃっていました。

工藤:日本の法案の建て付けも同じようになっているのですか。

田中:韓国の制度の詳細は存じ上げないのですが、主としていくつかの層に分けてそこから分配、貸付するというのは同じだと思います。

工藤:韓国のガバナンスの問題は大統領が強すぎた、ということがあるそうですが、日本も安倍さんが審議長ということで、運営に関して政府の意向が強くなるような建て付けになっているのでしょうか。

田中:日本の場合、審議会のさじ加減次第だと思います。


市民社会で求められているものと、乖離が大きい法案

部:そもそも日本ではどういうことが市民社会から求められているのか、それにこの法案はきちんとマッチしているのか。各国の例は参考にはなると思いますが、まず日本はどうなのか、ということを本来考えるべきです。

 と、言いますのは、アメリカもイギリスもそうですが、民間のお金をどうしたらもっと社会のために使われるようになるのか、あるいは、どうすればメインストリームの銀行のお金がもっと社会に還元されるのか、ということが徹底的に議論されています。社会投資家に関するリストが作れるくらい、社会にお金を回していくという金融の本来の姿を取り戻そうという動きがあり、その中で脈々と政策の中に取り込まれてきた流れがあって、休眠口座もその一つでしかない訳です。

 一方、日本では、金融に興味はあるけど社会には興味はないという人たちがまだまだ多いでしょう。では、日本でもそういう人たちを増やしていくのか。あるいは、使う側のNPOをもっと強くしていくのか。そのためにはこの休眠口座をどう使えば良いのかという議論をしてほしいと思います。

工藤:確かに、そういう建て付けの中で議論が出てきたわけではないですよね。

田中:典型的な問題としては、分野の絞り方ですね。(配分先として)この法案の中では「子育て」、あるいは「若者支援」、「地域活性」、「その他」という分野の限定された書き方がなされています。他方で、NPO法、公益法人法においては、公益の分野が非常に多様であるために相当な議論をし、結果的に法律の別表という形で二十数分野について列挙されています。これほど公益の定義についての議論の蓄積があってそのアウトプットもあるにも関わらず、それが全く使われない形で、特出しで四分野になっている。先ほど服部さんがおっしゃったように、日本の市民セクターの現状をどう考えるべきか、というところが法案から見えてこないです。

小関:イギリスでもいくつかの分野に絞っていて、韓国もマイクロクレジットに限定しているというので、分野を絞るのがまったく非合理的かというとそうでもないかも知れないです。しかし日本の場合、どうして四分野に絞って法案を作ったのか、という点が分からないことが大きな問題かと思います。

服部:社会不安がどんどん広がり、目の前に多様な問題が出てきているのにもかかわらず、絞り込むというのは逆の発想になるのではないかと思います。一度作った法律をわざわざ改正してまで新しく制度設計することはないと思うので、今、(射程を)広げておくことの方が必要だと思います。もう少し細かいことを言えば、「助成金」と「貸付」となっていますが、日本でのNPOへの貸付は非常に少ないと思います。「ソーシャルビジネス」という言葉をご存じの方は多いとは思いますが、政府系金融機関から言わせれば貸すに値するところはまだ少ない。そういう中で貸付と助成金と書いているところからも、(この法案が)実態からズレているのではないかと感じられます。


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ガバナンスが懸念される指定活用団体

工藤:今まで色々な論点が出てきているのですが、建て付けや仕組みについてアンケートで聞きました。この法案では、預金保険機構に収納された休眠預金を、主務大臣が指定する指定活用団体に移管し、指定活用団体から助成機関が金融機関に委託をし、これらの委託機関から民間公益活動に従事する団体にあるいは貸付されることを想定しています。そこで、「こうした管理運営体制が機能すると思いますか」と聞きました。私たちの有志はかなり専門家が多いのですが、これに関しては「機能する」と答えた人が15.3%、「機能しない」と答えた人は37.3%、「どちらともいえない」が28.8%ですから、懸念や不安を持っている有識者が多いということです。

田中:その懸念は全く同感です。キーになるのが指定活用団体、そこに対して方針を出すのが審議会だと思うのですが、指定活用団体に関するガバナンスとコンプライアンスの問題は大きいです。下手をすると、この団体は利益相反の問題に遭遇することになる。それにもかかわらず、それに関する条項が一切書かれていないわけですから、この法律だけ見ればとても機能するとは思えない。

工藤:小関さん、今の「利益相反」の話というのは、どのように考えればよろしいのですか。

小関:先程、韓国の話をしましたが、例えば、(休眠預金を使おうと考えている)政治家など有力メンバーがこの団体に入ると、自分に有利な配分決定をするかもしれない、という問題がまずあります。

 また、アンケートに関連しますが、「多重構造」という問題もあります。日本の法案では、預金保険機構から指定活用団体にお金が流れて、そこからさらに資金配分先にお金が行く、というなぜそのような複雑な構造なのか、という疑問を皆さん抱いていると思います。

 韓国の場合はミソ金融がすべてやっている。そういう場合、どういう意味で利益相反になるのかというと、預金保険機構の場合は、「いかに多くの預金を預金者に返すか」ということがミッションになる訳です。それに対して活用団体の方は、「受け取った休眠預金をいかに効率的かつ効果的に運用するか」ということになるので、ミッションが全く相反する訳です。仮にそれを同じ団体がやったとすると、一つの団体の中で「いかにお金を返すか」と「いかに限られた財源で成果を出すか」ということになるので、当然相反する。

 ですから、日本の法案の中で、それぞれを別の組織に担当させていること自体は合理的なやり方だろうとは思います。ただ、法案の中で指定活用団体の存在というのは非常に大きく、中心になるわけですから、場合によっては独裁的に物事を決めていくということも考えられなくはないわけです。すると、指定活用団体をどのように監視、統制していくかということが、法律の中できちんと盛り込まれていなければならないはずです。

田中:利益相反に関しては、いろいろな場面で起きているわけですよね。大きなところで、預金を(預金者に)返さなければなければならないところと、配分というところがありますが、実際にNGO、NPOの予算の配分の実態を見ていますと、助成配分の意思決定に入っている人に関係している団体に助成している、というケースが結構起こっています。しかも、それが利益相反だという意識がないことも結構あります。これは厳密にチェックする必要がありますが、(法案では)それに関する記述もない。イギリスの場合はコーポレートガバナンスがきちんと入っていて、誰が意思決定をするボードメンバーを任命するのか、それからシェアホルダーという中に銀行が入っていて、その人たちが人事権を持っている。あるいは、預金者の意見をある程度反映させる、という複数の形でチェックのメカニズムがルートインされています。

服部:指定活用団体の話は非常に唐突で、「何年くらい指定を受けるのか」など書いていませんよね。「取り消しの日から3年を経過していないところが受ける」など微妙に数字が書いてあるところもあるのですが、指定管理団体のことがイメージできないようになっている。その中で、どれだけ透明性をもってやってくれるのかというと、懐疑的になります。

工藤:しっかりと機能するのかという問題と、機能したとしても今のような問題があるわけですね。

田中:そうです。それにも関わらず、(指定活用団体の要件として)「一般財団法人」と、なぜかここだけ具体的に書かれています。

工藤:ということは、想定しているところがあるわけですね。

田中:そうかもしれませんね。

工藤:預金者保護というのは、どう図っていくのでしょうか。

田中:預金者がリクレイムすれば、しっかりと戻ってくると、法律の中では担保されています。

工藤:法律的には担保されても、実際の運営ではどうなるのでしょうか。

小関:先程、田中さんがおっしゃった、年間850億ほどの休眠預金が発生し、そのうち300億円ほどは返還されているわけです。そうすると、500億円ほどが残ります。それが毎年積み上がっていく。10年間経つと形式上は銀行の利益として計上されますので、「銀行がそれを利益にするのはけしからん」という感情的な感覚から、「銀行の利益にするくらいなら、社会事業に使おうではないか」となったわけです。ただ、形式的には銀行の利益になりますが、預金者から請求があれば、今までも返していたし、これからも期限なくしっかりと返すということは約束しています。

工藤:その場合、預金者はどこに「返してほしい」と言うのですか。

小関:形式上は預金保険機構ということになっていますが、実際には預金保険機構に直接言うのではなく、自分がお金を預けた金融機関で返還請求をするわけです。

工藤:この法律が通ってもそういう形でやるわけですね。

小関:はい。自分の預金が全部なくなってしまう、というわけではありません。しかし、そのうちの一部は実際に使ってしまうわけですから、なくなるわけです。そうすると、変換率が何%くらいかと見込むわけです。そうすると、3割ぐらいが返還されるだろうと見込むと、残り7割が使ってもよいかということになるわけです。3割は取っておこうということです。

工藤:「運用」というお話がありましたが、この指定活用団体が運用するのですか。

田中:法案の中にそれが記されています。これに基づけば、国債・地方債、その他政府が指定する形での運用をしていい、となっています。

工藤:国債で運用することは、いずれ危なくなるような気がします。これはファンドを作ることとかなり近いですね。

田中:既に、議員の方ではソーシャルインパクトファンドの勉強会も合わせて行われているはずです。


法案で決まっているのは大枠だけ。市民社会が声を上げて、流れを変えるチャンスはある

工藤:建て付けがこれから具体化されていく中で、私たち市民側がもっと議論をするなどして、まだまだ改善が迫ることができると思います。

 そもそも、本来であれば自分の自発的な意志で寄付をするべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。

服部:全くその通りだと思います。今回の動きも、そのための何かのムーブメントを起こすことにつながるのであれば、大賛成です。もっとそこを議論してほしいですね。

工藤:この状況を改善するためには、何を考えるべきでしょうか。

服部:もし(法案が)通ったとしても、実際に稼働させるためには、まだまだたくさんのことを決めないといけない状況だろうと推測されます。ですから、その段階でも、議論をもっと活発にしていくべきだと思います。今の法案で決まっていることは、大きな流れと、建て付けだけしかありませんから、預金者である市民にとって、安心して任せることができるためには必要なことを、別の法律で追加していくことができる余地はあります。ですから、そうした議論をしていくべきだと思います。今は、あまりにも預金者と遠い世界で議論が展開されていることが、一番の問題だと思います。

田中:服部さんのおっしゃる通り、「法案が国会をもう通ってしまうからもう遅い、間に合わないからあきらめよう」ではなく、もう少し広い視点から、自分の利益だけではなく、社会全体としてどうなのか、預金者の保護はどうなのか、など法案からは見えない部分を含めて、もっと議論をし、改善が必要であれば、政治側にも投じていく、あるいはメディアの方たちにももっと議論をしていただく必要があるかと思います。

工藤:そうですね。先程の小関さんから、「預金者保護が第一であるべき」という話がありましたよね。それは本当にそうだと思います。ただ、今回の動きは預金者保護から始まっているわけではないので、このプロセスに対して、預金者は何かクレームをつけることはできないのでしょうか。

小関:10年経つ直前に連絡が来る。それもパブリックコメント案の中では(1万円以上の預金に対して)となっていますので、それ以下の預金者には連絡も行かないと思います。ですから、預金者は自分のほとんど知らないうちに、(自分の預金を)使われるということが出てくると思います。そこで例えば、ラウンドテーブルのようなものを設定して、それぞれのステークホルダーが集まって、どういう制度設計が必要なのか話し合うのというのも一つのやり方だと思います。

工藤:ラウンドテーブルがあって、市民側みんながこの休眠口座の活用方法について自分たちが納得した上で、社会のために使おう、という流れであれば、まだ議論の立て方が違うのだけど、政治が超党派という形で一方的に出してしまっている。また、その中に市民社会のごく一部の人たちがロビイングという形で関わっているという状況をどう見ますか。

田中:先進国の民主主義プロセスとは思えない形で物事が進んでいるわけですから、これは非常に良くない状況だと思います。

工藤:市民が全く発言できないという構造もおかしくないですか。

田中:全くその通りだと思います。パブコメはあるものの、形式的すぎるし、あまり開かれていない、というのが、正直な印象です。もっと開かれた形でのパブコメであったり、あるいは、いろいろなところでのタウンミーティングも可能であったと思います。それがどうしてなされていないのかということは疑問に思います。

工藤:ただ、いま市民社会の中でこうした議論そのものがだんだんと形骸化してきて、市民社会を強くする動きそのものが弱くなってきたような気がしますが、どうでしょうか。

服部:若者が声を上げるという場面を目にしますし、無きにしも非ず、だと思いますが、ただ、感じている人、意識を持っている人だけがどんどん発言していく、ということしか方法がないのが現状です。そうすると、今日のこの議論を聞いた人たちがまた声をあげていくという連鎖をしていくしかないと思います。

工藤:言論NPOは今年の8月からデモクラシーの議論を本格的に立ち上げます。世界的に見ても、市民が政治から退席している。つまり、民意を吸収できるような政治の仕組みができなくなってきている、という問題が、世界の先進国の中で問われ始めています。日本もその例外ではなく、政治が課題解決の方向に向かっていない。この状況は変えないといけないと改めて思いました。新国立競技場の問題も、どうしようもない迷走をして、最終的に安倍首相が決断して、白紙にした。この休眠預金の問題も超党派という形で動き、市民と政治の間に非常に距離がある形で進んでいる。預金者保護ということも考えられていない状況で動いている。これは私たち自身が、デモクラシーの現状をどう考えるのかということが問われているような気がします。

 この議論は今後もどんどんやっていきますので、期待していただきたいと思います。ということで、みなさん本日はありがとうございました。

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2015年7月31日(金)
出演者:
小関隆志(明治大学経営学部公共経営学科准教授)
田中弥生(独立行政法人大学評価・学位授与機構教授)
服部篤子(社会起業家研究ネットワーク代表)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

預金者である市民を置き去りにしたまま進む休眠預金活用法案

工藤泰志 工藤:今日の言論スタジオは休眠口座の問題について考えてみたいと思います。休眠口座という耳慣れない言葉をみなさんご存じでしょうか。日本の場合は10年間に渡って銀行での取引のない口座、または(預金者と)連絡の取れない口座をいうのですが、その口座に入っているお金が、あることに使われるという法案が、いまの国会の中で決まりそうだという事態です。安保法制についての国会論戦は数多く報道されていますが、こうした預金の使われ方、という問題について、当事者である私たちがなかなか知らないままこの法案ができそうだということでびっくりしているのですが、今日はこの分野に詳しい人を交えて議論してみたいと思っております。

 まず、大学評価・学位授与機構で言論NPOの理事も務めています田中弥生さんです、続いて、社会起業家研究ネットワーク代表の服部篤子さん、最後に、明治大学経営学部公共経営学科准教授の小関隆志さんです。

 さて、休眠口座をめぐる動きに驚いているのですが、田中さんの方からどういうふうに動いているのか、そもそもどういった法案なのかという点についてご説明していただきたいと思います。


法案の経緯と問題点

 田中:まず、どういう経緯であったのかという点、次に、この法案の骨子について説明させていただきます。休眠口座法案に関しての提案は民主党政権の時から実はなされていまして、新しい公共という委員会があり、そこで提案がされ政府提案もされたのです。しかし、その配分先にNPOやベンチャーが入っていたこともあり、議論が白熱し結果的に没になっていました。

 その後、(民主党から自民党へ)政権交代後、昨年あるNPOたちの提案で「休眠口座国民会議」という、2、30人のメンバーで構成される会議ができました。今年になってから、このメンバーの動きが急に早くなり、法案の骨格を提案し議員の方でパブリックコメント(パブコメ)を求めています。そして、与党の部会等々を通りまして国会に近々提出されるであろうという動きになっています。

 どんな法案なのかといいますと、先程工藤さんがご説明されましたように、休眠預金というのは私たち個人がずっと使っていなかった通帳があり、その口座の額がだいたい総額で800億とか850億円と言われています。それがいままでは10年経つと法律に基づいて各銀行の資産になって転化されていたのですけれど、そうではなくてこれを一回吸い上げてNPOなどの活動に配分してしまおうというものです。どんな仕組みかというと銀行から預金保険機構に一旦それが回収されて、そのあと預金保険機構から新たに「指定活用団体」というところに預けられてそこで運用します。その指定活用団体から「資金分配団体」というところに分配されますが、これは例えば、NPOの中間支援組織であったりNPOバンクであったりというように、地元のNPOや公益法人などに助成金や貸付という形で分配されるという、いくつかのプロセスを経るものです。

 法案に関しては既にパブコメもかかっていますし、法案の骨子というのも出てはいるのですが、その内容を見る限りまずキーになるのは指定活用団体です。一気に800億円近いお金が集められて運用される訳ですけれども、法案を見ると指定活用団体については一般財団法人であるということや、若干の注意事項が抽象的には書かれていますけれども、どういうガバナンス構造になっているのか、利益相反を含めてコンプライアンスに関する規定が書かれていません。そういう意味で私はこの配分のメカニズムが上手く機能するのかについても懸念を抱いています。

工藤:私も田中さんからこの話を聞いて言論スタジオでも議論したいと思った理由が、(この動きについて)全く知らなかったからなのですね。社会のために使うということに関しては非常に良いことだと思っているのですが、知らない間に自分の預金が、勝手に使われてしまうという点に非常に違和感を抱いてしまう。また、社会のために使うというのであれば、もっと自発的に自分たちが参加していくという形が必要だと思っているので、最低限の情報が欲しいのですが、全く知らない中で動いている。しかも、法案が成立間近になっているということで、考えることが必要なのではないかと思いました。服部さんは今の法案の動きをご覧になってどのように感じていますか。


市民社会に関わる法案であるにもかかわらず、市民社会では議論がなされず、超党派で進んでいる

 服部:私は、イギリスでの休眠口座を使う動きが出たときから興味を持っていましたが、それを追いかけているうちに気が付くと日本でも法案が出来ており驚いています。例えば、新聞検索をしてもさほど多くの件数は出てきません。私たちはいろいろな市民セクターの中で活動していますが、市民セクターに関する法案が出てきたときには、市民セクターでもずいぶんと活発に議論されてきました。新聞等でもずっと掲載されてきました。研究も盛んに行われます。そういう過程を経て、新しく法律が出来るとか、制度を見直す、ということになっていくものだと思うのですが、今回はそういった動きがないのが、驚いている点です。

工藤:小関さんどうでしょうか。

 小関:私は、NPOバンクの全国組織である全国NPOバンク連絡会の理事をしているのですけど、本日はその理事としてではなく一研究者として意見を述べたいと思っております。工藤さん、服部さんがおっしゃったことと重複を避けるように申しますと、自分たちの預金がどう使われるかということについては、やはり預金者に発言権がある訳ですよね。それを知る権利も当然あります。法律ができてしまってから「いやこんな法律は知らなかった」とか「こんなはずじゃなかった」という話になると、かなり厄介な問題が起こるのではというのが、まず一つの懸念です。この休眠口座というのは、制度自体は既にイギリスでも韓国でもアイルランドでもあるのですが、そういう外国での休眠預金のサクセスストーリーだけではなくて、そこでどういう課題があったのか、失敗例も含めて検討した上で日本での制度を作っていくべきではないかと思っています。日本でほとんど知られていない、議論されていないということもありますし、預金者の立場からどういう制度を作るべきかという議論が出ていないことに問題意識を持っています。

工藤:各国の事例もまたあとから教えていただきたいと思います。今回、議論に先立ち有識者の方々にアンケートを取りました。すると、回答数がやはり少なかったのですね。休眠口座という問題がなかなか知られていなかったということが反映されていると思います。回答された方が60人しかいなかった中で、この動きを「知らない」と答えた人が40.7%でした。このアンケートは有識者向けなので、おそらく一般世論ではもっと知らないという人が多いと思います。預金者全員に関わることを全く知らないままステルス攻撃のように国会に法案が出て超党派で動いている。これは信じられないことだと思うのですが、なぜ超党派でこういうことが合意できるのでしょうか。

田中:私もよくわかりませんが、ロビイングを仕掛けないかぎりこういう活動は生まれないと思いますね。

工藤:日本の政治家には「この(休眠預金の)お金は自分のお金だ」という意識を持っている人がいるということでしょうか。

田中:そこはよくありがちなことなのですが、NPOなど公益活動に貢献すること自体が良いことであるから、国民の支持を得られるに違いない、と思ってらっしゃるのかもしれません。

工藤:先程、服部さんがおっしゃっていたように、一つの法案が出来るプロセスにおいては、様々な課題を発掘しオープンに議論するべきものだと思うのですが、日本に問われている課題は何なんでしょうか。

服部:休眠口座のお金を社会のために使うという話はおそらく反対はしづらいものだと思います。しかしながら、今まで各国で出てきた話はむしろ、社会の公益のためのお金をもっと循環させましょうという意図だったと思います。ですから、ソーシャルファイナンスの専門家の人たちが活発に議論してきた。そのお金をどう使うのか、どう監督をするのか、という制度設計が慎重になされてきた。ましてや800億などという大きなお金を誰が使うのかという話はイギリスでも長いこと議論されてきたということがありますので、(日本の現状には)若干疑問を感じざるを得ないです。

工藤:もっと慎重に議論して多くの国民に理解してもらいながら進めるべきだと思いますが、安保法制で頭がいっぱいという状態ですよね。小関さんは法案が出てきたプロセスはどのようにお考えですか。

小関:今回、議員立法で出てきました。実はNPO法も議員立法でしたが、あのときはかなりオープンでいろいろなNPOや市民団体が関わってその内容を検討しました。今回も休眠口座国民会議という民間の団体からの要望が2014年10月にあり、それを超党派の議連が受けて法案を作ったので、一応は民間発ということなのかもしれませんが、それだけの国民的な議論が巻き起こっているのかというと、そうではないのではないかと思います。

工藤:「国民会議」という名前だからといって国民を代表している訳ではないですよね。新国立競技場の建設問題と同じですが、超党派の動きになると、誰も文句を言えないような状況になってしまうのですね。例えば、建て付けでいろいろな問題があっても何となく遠慮してしまう。

田中:心配なのは超党派で物事が決まってしまうと、政府側は遠慮して介入しないのです。だから、法案に若干不足があると思ってもあまり声を出さない。これはNPO法のときも全く同じだったと思います。あとで問題がいろいろ出てくると、結果的に内閣府の方にクレームがいくのですけど、超党派で作った議員立法なので動きにくいそうです。

工藤:(政治側は)何が何でもこの法案を通さないといけない、という意思なんですか。

田中:与党の幹部の方たちが非常に熱心であり、その勢いで通るだろうという感じですね。

工藤:先程、パブコメについてのお話がありましたが、パブコメの機会は一応あった訳ですね。

小関:そうですね。ただ、その期間がかなり短かったのではないかと思います。

田中:私は(期間終了してから)二日後に知りました。たまたま議員の方のホームページでパブコメの実施を知りましたが、二日遅れてしまったので、もう受付けられませんということでした。

工藤:公益的なことに使うというと、非常に聞こえが良いので何となく問題にしにくくなるのですが、プロセスは市民社会のやり方とは違う進め方のようなので、違和感を抱いてしまいます。他国でもこういう進め方なのですか。

服部:私は違うように見えています。専門家の意見をもっと聞き、専門家がリードしているイメージがあります。もちろん、議員がリードすることはとても良いことだと思いますけれども、(市民側からすれば)その接点があまりにも少ない。

工藤:服部さんはパブコメをやっていることを知っていましたか。

服部:知っていましたが、間に合いませんでした。法案の言葉が法律用語ですから、難解で背景を読み取るには時間がかかりますので、すぐには書けませんよね。


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