【緊急座談会】焦点はこの談話をどう実行するか ―戦後70年の重みを再確認せざるを得なかった―

2015年8月24日

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 8月19日、言論スタジオでは、神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)、東京大学大学院法学政治学研究科教授で、新日中友好21世紀委員会の日本側委員も務める高原明生氏、安倍談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」のメンバーである山田孝男氏(毎日新聞政治部特別編集委員)の各氏をお迎えして、「安倍談話」に関する緊急座談会を行いました。議論では、3氏から、「戦後70年」の重みを再確認した安倍首相が、方針を転換しつつも、戦略的に打ち出してきた談話に一定の評価を示す声が上がるとともに、これから談話内容をどう実行していくか、が焦点との意見が相次ぎました。


姿勢を変化させた安倍首相

工藤泰志 緊急座談会では、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、今回の安倍談話についての率直な感想を尋ねると、各氏からは事前に懸念されていたような内容ではなかった、との肯定的な評価が出されました。


 まず、高原氏は、「主語が明確ではないなどのマイナス点はあるものの、(「植民地支配」「侵略」「反省」「お詫び」という)4つのキーワードは盛り込まれており、大きな違和感のない内容だ。全体としては予想以上」と述べました。


 山田氏も、「文章が長いなどの問題はあるが、懸念されていたような過激な表現は見られず、『21世紀構想懇談会』の報告書の内容も概ね踏まえられている」と一定の評価をしました。


 これを受けて神保氏は、仮にこの談話が2012年12月の政権発足直後に出されていたとしたら、もっと周辺国を刺激するような過激な内容になっていたのではないか、と前置きした上で、談話が抑制的なトーンに落ち着いた背景には、「昨年7月の豪州議会や、今年4月のバンドン会議及びアメリカ議会において演説を行い、さらには、『21世紀構想懇談会』での議論を経て、歴史に対して謙虚に向かい合うようになっていった」と安倍首相の姿勢の変化を指摘しました。神保氏は、その変化の背景として、「談話の検討過程において、様々な規範が根付いた戦後70年の重みを再確認せざるを得なかった」ことや、「靖国神社参拝時に諸外国からの批判が想定以上に大きかった」ことを挙げました。


明確な意図を持って出された安倍談話

 そして、談話の目的について議論が移ると、諸外国からの批判に押されてやむを得ずに抑制的なトーンになったのではなく、安倍首相が明確な意図を盛り込んでいるとの指摘が相次ぎました。

 まず、山田氏は、「日本国内では、戦前・戦中の日本について、『全部悪い』という見方と、『全く悪くない』という見方の両極端に分かれている。その中間を示す必要があったのではないか。その中で、安倍首相は色々な事情を加味しながら自分なりのロジックを形成していった」と解説しました。

 神保氏は、中国が反ファシスト戦争の勝利を喧伝し、多くの国を自陣に引き込もうとする中では、それに対して正面から対抗するよりも、「かつては国際的な価値秩序に対する挑戦者だった日本が、戦後の70年間で、法の支配、民主主義といった普遍的価値を自分の血肉にした。そして、今後もその価値を守っていく、ということを安倍談話でアピールすることにより、これらの価値を共有する国々を味方につけることができるし、中国も反論できなくなる」と、談話が持つ積極的な意図について語りました。


安倍談話から、中韓両国との関係改善につなげていくためには

 次に、工藤が、「安倍談話に対して、事前にはあれほど厳しく見つめていた中国、韓国両政府も一定の理解を示しているような印象を受ける。ハードルを下げたのはなぜか。そして、この談話をどのように活かしていくべきか」と問いかけました。

 これに対し高原氏は、「(韓国の朴槿恵大統領が「物足りない部分もある」と言ったように)100点満点の談話ではないものの、関係後退を余儀なくさせるようなものでもない。両国政府もホッとしているというのが本音だろう」との見方を示しました。高原氏はその上で、「談話を出して終わりではない。これから首脳会談など安倍首相は自らの考えについて相手に説明する機会は多いはず。足りない部分はそこで補足するなど、フォローアップをしていくことが重要だ」と指摘しました。

 神保氏は、対韓関係については、慰安婦問題で政治決断ができるか、など難しい対応が迫られるため、厳しい見通しを示した一方で、対中関係に関しては、2度の首脳会談や、自民党・二階俊博総務会長率いる3000人訪中団を中国側が歓迎したこと、さらに、習近平国家主席の9月訪米を控えた中国側にとっても、日中関係の安定は重要課題であることなどを指摘した上で、「日中関係は上昇機運にあるので、この機を逃すべきではない」と語りました。


「第11回東京-北京フォーラム」では、日本の姿を言論によってわかりやすく示すべき

 最後に、アジアの平和と安定実現に向けた民間の役割、とりわけ「第11回東京―北京フォーラム」で議論すべきことについて話題が及ぶと、民間レベルでも日本の立場をしっかりと説明することの重要性に関する指摘が相次ぎました。

 神保氏が、中国では安保法制が日本からの挑発と受け取られていることを踏まえつつ、「政策の目的について説明し、(軍国主義的ではない)日本の姿を言論によって明確に示すべき」と述べると、山田氏も「中国は『日本は何をするか分からない』という疑念を抱いているので、それを払拭すべき」と応じました。

 他方、高原氏は両氏と同様の見解を示しつつ、さらに、安倍談話が戦後70年の交流や協力の歴史についてあまり触れられていないことを指摘した上で、「こういった成功の歴史について、忘れないように呼びかけることも大事だ」と主張しました。



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焦点は、談話の内容をどう実行に移すか


工藤:安倍首相は終戦記念日前日の8月14日に記者会見を行って「安倍談話」を公表しました。今日は、この安倍談話をしっかり読んでみようということで、議論を行いたいと思っております。安倍談話をどう評価すればいいのか、そして、この談話が北東アジアの二国間関係の改善にどのような意味をもたらすものなのか。今日は、3人の識者と一緒に議論してみたいと思っております。

 まず、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。続いて、毎日新聞政治部特別編集委員で、今回の安倍談話のためにつくられた有識者懇談会のメンバーでもありました山田孝男さんです。最後に、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さんです。

 私も安倍談話は何度も読んだのですが、初めは非常に長いし、今までの談話とちょっと違うなという印象を受けました。それから「私たち」という言葉がけっこうあって、もっとストレートに言ってほしいな、などと思っていました。しかし、よく読んでみると、これまでの状況とは異なる内容があることに気づきました。戦争に向かった道筋、戦後の歩み、多くの尊い犠牲の上に今の犠牲があるということを踏まえた上で、そうした戦争を繰り返してはいけないということを示している。北東アジアの周辺国が期待していた「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」にも一応は触れました。
ただ、この読み方に関しては、いろいろな見方があると思います。まず、皆さんはこれをどう読んだのか、ということからお聞きします。高原先生、どうでしょうか。


国内外の反応を受け止め、時間をかけてまとめ上げた内容

高原:私は、安倍総理が実際に談話を発表したとき、テレビで見ていました。その印象でいうと、違和感を大きく感じる部分は特になかったように思います。いくつか、中国・韓国から見て引っかかるだろうなというところは当然ありましたし、村山談話等と比べても主語がはっきりしないところがあるなどという問題はあるにせよ、全体としては、予想以上に安倍総理がいろいろな言葉を使って、なおかつ何を反省するべきなのかという内容もかなり詳しく説明して、内容のある談話になった、というのが私の印象です。

山田:私も、まさに「長いな」というのが最初の感想でした。私は新聞社でデスクを長くやってきましたので、「こんな長いの、ダメだよ」という感じが先に立ってしまいます。けれど、言っている内容は、一部で予想されたようなエキセントリックなものはまったくないし、懇談会の報告書の内容を非常に反映しているところが多いです。したがって中身は良いと思うのですが、あまりに長いがゆえに、特に日本語で言ったときに国民がストンと理解できるという訴求力が弱いのではないかと心配しました。ただ、確かに非常にいろいろなことが書いてあるので、非常に複雑だという印象です。

神保:この談話は、2012年の政権発足からしばらく時間を経て練り上げられたと思います。もし、安倍総理が半年前に就任するようなタイミングでこの談話が出たら、こういうトーンにはならなかったのではないかと思いました。数年間のリードタイム、ラーニングタイムというのがあって、その間、総理は自民党の総裁選を戦っていた12年には相当激しいことを言っていましたし、村山談話や河野談話に関しても、「全体としては引き継ぐ」とは言っていましたが、個々の言葉を引き継ぐかどうかについてはかなり批判的なトーンだったわけです。しかも、靖国神社にも参拝して、歴史問題に対しては自らの立場に布石を打つようなことをしてきました。しかし、そこからさまざまな国内外の反応を謙虚に受け止めてきました。

 さらに、去年から、歴史に関して表明する機会がいくつかありました。一つは、オーストラリアの議会演説が7月にあって、その後はアメリカにおける上下両院での議会演説、さらにバンドン会議がありました。それぞれ、歴史に対して内閣の立場をまとめるという作業をして、しかも山田さんが参加された懇談会の中での有識者の議論を経て、そして8月に談話を発表した、というかたちで考えると、村山談話の当時と比べるとかなりの期間をかけて「歴史をどうまとめ上げるのか」という時間があったことは大変幸いだったと思って、この文章を読みました。

工藤:今のお話は、非常に同感できるところがあります。確かに、以前にはもっと激しい発言があり、それを周辺各国とか日本の国内でもいろいろ心配する声があったのですが、論調はかなり落ち着いてきています。ただ、「私たちは」などというかたちで、自らが前面に出て行くという姿勢ではなくなっています。これにはどのような背景があるのでしょうか。

 また、「リードタイム」という話がありましたが、有識者懇談会の中でいろいろな歴史の議論がなされています。これがどのようにこの談話に反映されたのでしょうか。


国内保守派に配慮した「おわび」の表現

山田:要するに、日本の近代史に「おわび」とか「反省」を持ち込んだときに日本の保守派は何が不満かというと、「悪いのは日本だけではない」ということなのです。ある意味ではそれ自体は正しいというか、帝国主義の歴史を見た場合に半面では真実であるわけです。この報告書の非常に大きなミソは、19世紀のアヘン戦争から書いていますが、欧米諸国による植民地支配について前史でずっと書いているということです。「どこの国が悪い」とは書いていませんが、「19世紀は科学技術と産業振興が帝国主義に帰結した時代であった。そこに対抗、追随していく中で日本も間違えたのだ」というストーリーです。これが非常に大事だと思うし、談話に反映されているわけです。

 したがって、私の理解では、これで日本の保守派の不満がある程度説得できたことになります。しかし、そこで妥協的な、つまり「明らかに侵略である」とか「私はおわびする」という言い回しになっていないのは、総理が、それでもなお保守派に配慮せざるを得ないとお考えになったからだろうと思います。これは私の取材からの判断ですが、例えば、我々一般が「謝罪する」ということとは違って、一国の総理大臣が他国に対して「謝罪する」となると、経済的補償などそれなりの実体が伴うということです。したがって、総理には「不用意に謝罪すべきではない」という問題意識がずっとおありになるようで、「おわびはできないのだ」という意識が強いと思います。19世紀のことを書いても、なお妥協的な「おわび」にせざるをえないというのが、今回の総理のご判断だったのだろうと私は理解しています。


中国は正負両面の評価、今後の説明が重要

工藤:高原先生にお聞きします。結果として、ある程度周辺国にも配慮せざるをえない状況になったのですが、今まで、中国も韓国も「村山談話を絶対に継承するべきだ」とか「首相が個人としてきちんと謝らなければいけない」などとかなり激しく要求していましたよね。しかし、安倍談話は、確かに文面的には「謝罪」「おわび」には触れていますが、「歴代の内閣の立場は今後も揺るがない」という表現になっています。アメリカの議会演説では「村山談話は私たちの政権でも踏襲する」といった一人称になっていましたが、それよりも後退したように思えます。このように間接話法的になってしまうと、アジアの人たちがなかなか納得できないのではないかと思ったのですが、周辺国の反応は意外に冷静ですよね。ひょっとしたら、この文面をつくっているプロセスの中ですでにハードルが下がっていたのではないかという気もするのですが、そのような側面はないのでしょうか。

高原:大方の予想を超えていろいろな言葉が入ったというところはありますので、中国から見ると「4つの言葉が全部入ったではないか。それについては評価しよう」という判断はあると思います。ただし、主語があいまいなどということに関しては、必ずしも納得いかないという反応です。したがって、両面の評価があると思います。例えば「侵略」という言葉が入るかどうか、みんなやきもきして、最終的には入ったのですが、確かに、誰が侵略したのかはっきりしないといえばはっきりしない。しかし、記者会見、あるいは当日の夜のテレビ番組の中で、安倍さんははっきりと「私も侵略だったと思う」と日本の行為について言っています。そうしたことをアジアの人たちに対して丁寧に説明していくことが大切ではないか、と思っています。

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「戦後レジームの見直し」から「戦後レジームの完成形」へ

工藤:神保先生、この談話はそもそも何のために出す談話だったのでしょうか。確かに、日本の戦争責任を非常に丁寧に説明していますし、ある程度納得できる文章になっているのですが、もともと安倍さんはこういう談話を出そうとしていたのでしょうか。

神保:推測でいうと、当初の目的は違っていたと思います。政権発足当初から何度か言われていた「戦後レジームの見直し」という衝動は非常に大きくて、おそらく安倍さんは、戦後70年というのはそのためのイデオロギー的な勝負の年だ、と思っていたと思います。その最大の衝動はどこにあったかというと、おそらく、当初の目標は、戦後50年の村山談話の見直し、というところに置かれていたのではないかと推測しています。

 ただ、この数年間を経て、二つの大きな作用があったと思います。一つは、「戦後の規範がここまで根付いているのか」ということを、保守派の方々が改めて確認する場であったような気がしています。例えば、今回の談話を見ていても、「20世紀の歴史をどう解釈するか」というときに、明確に「日本は国際秩序に対する挑戦者だった」という位置づけをしています。自らの行為を正当化するときには絶対に使わない言葉ですが、20世紀の日本は「リビジョニスト(修正主義者)国家」であった、それを反省する、というかたちでレッテルを自ら貼ったわけです。その反省に立って戦後がある、その戦後は「二度と戦争の惨禍を繰り返さず、国際紛争を解決する手段としては二度と用いない」と、わざわざ憲法第9条第1項の言葉を用いて、戦後の歩みについて語っています。まさに、憲法9条の精神を歴史の中に反映させてとらえています。つまり、これは戦後レジームの完成形としての文章なのです。ということは、保守派で勝負をかけたと思われるはずだった衝動が、もう一度戦後に帰ってきたのです。戦後の70年の重みを改めて確認する場だったのではないかと、というのが一つです。

 もう一つは、靖国参拝の影響が大きかったと思います。中国・韓国の批判のみならず欧米諸国から激烈な批判が起きて、「こういう首相なのか」というかたちで、日本の対外行動に対する制約がかかったことは大変大きな教訓だったと思います。したがって、日本の自己認識は国際構造から無縁ではありえないということを考えたときに、その学習過程の中でこういう文章ができてきたということを、非常に大きな感慨のようなかたちで私は受け止めています。


安倍首相自身が学習し、考えた末の妥協

工藤:確かに談話は、戦後70年の重みを改めて確認するというかたちになりました。山田さんは政治にも詳しいのでお聞きしたいのですが、安倍さんの考えが変わったのですか。それとも、安倍さん自身がそのように学んだということなのですか。あるいは、そういうことを今は説明しなければいけない状況になったということなのでしょうか。

山田:安倍総理の考えは、変わったといえば変わったのでしょう。神保先生から的確なご指摘があったと思いますが、なぜこのような談話を出したのかというと、一つにはやはり、政治的にリビジョニストであろうという疑問が内外で膨れ上がってきたのでそれに答えなければいけないということです。

 もう一つは、国内では極論が対立しているわけです。「日本がすべて悪い」という説と、「日本は悪くない」という説です。その真ん中にどういう説があるかということを形成する必要があって、それに応えていった面があると思います。安倍さんは社会主義的なものに対する対決意識が強いです。社会主義政党のトップである村山さんが出した村山談話では、「国策を誤った」中身については言っていません。その中身を限定していき、また西洋の事情もちゃんと触れていく中で、安倍さんなりに納得をされて、妥協されたと思います。安倍さんの考えには揺らぎがあり、それほど固定的に考えておられたわけではないけれど、「自分の考えている保守的な方面での疑問は、こういうロジックであればある程度クリアできる」と修正され、その中で談話が形成されていったのではないかと理解しています。

工藤:つまり、懇談会の議論のプロセスも非常に意味があったということですね。

山田:私が当初考えていたよりは、懇談会の議論の内容が取り上げられました。もっと別のことをおっしゃる可能性もあるなと思っていましたが、そうではありませんでした。

高原:安倍さんに学習能力があるというのは、大変けっこうなことだと思います。もう一つ、この談話がしっかりとした外国語に翻訳されるというのは、さらに大事です。だから、相手に気持ちがしっかりと伝わるような言葉になっているのかどうか、検証が必要ではないでしょうか。もし「足らないな」と思われたら、誰かが特使として相手国に行くとか、フォローアップの作業が本当に大事だと思います。私はそれを強調したいと思います。

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「物足りない」と思われているのであれば、首相自らフォローアップすべき

工藤:今まで、安倍談話をどのように読むか、についてのご意見をいただいていたのですが、言論NPOでは日本の有識者の方にアンケートを取っています。300人以上の方からご回答をいただきました。

 その結果を見ると、今回の安倍談話に関して、日本の有識者の評価は完全に二つに分かれていて、「評価する」対「評価しない」が45.6%対41.7%です。

 では、どういうところに問題意識があるのかというところで、賛否の理由となっている論点を問うと、「歴史認識に関して、懇談会の意見を配慮している内容になっており、『侵略』『おわび』などのキーワードに言及し、アジアの人たちの関心に応える形となっており評価できる」という見方が、回答者全体の36.1%です。次に、「周辺国に感謝の気持ちを伝えたほか、女性についても言及しており、周辺国を意識した内容になっているので評価できる」「歴代内閣が示した姿勢を、安倍政権も引き継いでいくことを間接的に示しており評価できる」が多くなっています。

 一方、「評価しない」という方は、その理由がもう少し明確になっています。「安倍首相に主張はあると思うが、周りに配慮したためか中途半端で、談話自体が全体的に冗漫になり、その目的、何を伝えたいかということがわからない内容になっている」「談話の中で、「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないもの」としているが、全体を通して首相自身の戦争責任や平和に対する考えが読み取れない」「過去の談話のように『私は』という一人称の表現もなく、『私たちは』という言葉を使っているため、安倍首相の談話に対する主体意識や意気込みが感じられない」が多くなっています。
こうした評価について、皆さんがどのようにご覧になっているかお聞きします。神保先生、どうでしょうか。


何を基準に判断するかで割れた談話の評価

神保:評価が割れたことについてはもちろん理解できます。おそらく、皆さんが判断するときに、「談話の内容にはどういうパターンがありえただろうか」とあらかじめ考えておくと、評価しやすいと思います。私の判断は、「もっと激しく、もっと右ばねのかかった談話になりえた」と思っていました。各国から日本を見たときの安倍さん個人の姿は「もっと右寄りの人だ」というかたちで、それを反映する談話になりえたというところから見ると、この談話は極めてリベラルで、かつ過去の談話の継承に重きを置くという判断を下した談話だと思います。

 そのように見てみると、おそらく、「長すぎてよく分からない」とか「表現が明確ではない」というかたちで反対されている方は、より違う判断をされるのではないかと思います。「期待していた短さとは違って、明確さに欠ける」という批判はもちろんあろうかと思いますが、よくよく考えてみると、この談話の中で判断したことの重みは極めて重要だと思っています。有識者としても、これを読み解く時間が必要かなという気はします。

山田:評価しない理由を見ると、皆さん「冗漫だ」と言っています。つまり、「おわび」「侵略」を認めてはいるけれど、「しぶしぶ認めている」というニュアンスが、長いがゆえに感じられていると思います。村山談話が一つの理想形というか明確なメッセージであり、文章の完成度が高く、コンパクトであり、訴える力が強い、これに比べるとしぶしぶやっているのではないか、ということが批判の理由になっていますが、よく読んでみると、非常にポジティブなことがいろいろと散りばめられています。村山談話との落差という前提に立たない人は、むしろ、そういういろいろな断片の表現に反応して、ポジティブに見ていらっしゃるのかなという印象を受けます。

工藤:山田さんにはもう一つお聞きします。安倍さんが今回示した歴史観は、懇談会での議論を踏まえたものだと判断されますか。

山田:安倍さんは、5回あった実質討議のうち2回に出席されていますが、実質討議では発言なさっていません。「こうしてほしい」とか「あれを入れてくれ」ということはおっしゃっていません。ですから、懇談会での議論とまったく違うことを安倍さんがおっしゃっているとは思いませんが、前半の、帝国主義から始まる歴史に関する部分をよくくみ取っていただいているという感じはいたします。4つのキーワードについては、安倍さんがいろいろ目配りされた結果、懇談会とはまったく違うわけではありませんが、少し違うニュアンスで言っているのかなと思っています。

工藤:高原さんは、有識者の間で評価が分かれていることをどうご覧になりますか。

高原:「評価する理由」「評価しない理由」ともいろいろ書いてあって、いずれもよく分かる感じがします。もちろん談話も完璧ではないので、評価できない点があるのは当然だと思います。「もっと自分の言葉ではっきりと、相手の国の人たちに向かってメッセージを発してほしかった」というのが、「評価しない」ということの中心的な問題だと思うのですが、別に談話が出てこれで終わりというわけではありませんから、「談話で言いたかったのはこういうことなのだ」と安倍さんが説明すればいいのではないでしょうか。そういうことのために、例えばこれから中国へ行くとか、韓国にも行くとか、そうした機会をとらえて、より詳しく、よりはっきりと自分の考えをお伝えになれば、評価しない理由となっている点については、これからも対応できるのではないかと思います。


胸をなで下ろした中国、関係改善の障害とはならず

工藤:確かに、あの談話がすべてではありません。談話で首相のお考えを示したので、あとは実行だと思います。しかし、高原さんにはもう一つお聞きしなければいけないことがあります。安倍さん自身の発言には、これまで中国・韓国の中ではもっと激しい議論もあったし、この談話に対するプレッシャーもかなりあったと思います。ただ、周辺国の政府からのコメントでは、今回の談話に非常に理解を示しているわけです。私たちは、韓国と中国の有識者へのアンケートも同時に行ったのですが、それを見ていると、有識者レベルの人には、激しい批判ではないにしても「なかなか評価できない」という声も多いです。やはり、政府間で「今回の安倍談話をこれ以上の騒ぎのきっかけにしない」というような合意があったような気もするのですが、そういうことはないのでしょうか。

高原:中国について言えば、「完ぺきではないけれど、決して関係を後退させるものではない」という評価だと思います。そのことは、去年11月、今年4月と2回も首脳会談を続けて行った習近平政権からすれば、胸をなで下ろすというか、前に向かっていくために障害にならなかったという、ある意味でほっとしている面はあると思います。

工藤:逆に、中国や韓国には、「対日関係をこれ以上変なかたちにしないで安定化させたい」という、考え方の転換もあるとは見えないでしょうか。

高原:それは日本側にも中国側にも、おそらくは韓国側にもあるということではないかと思います。


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歴史認識における中国との勝負で優位に立った日本

工藤:今年は戦後70年ということで、みんなハラハラしていたわけですよね。安倍談話があって、9月には中国で軍事パレードもある。その状況の中で、日本は平和の姿勢を出した、戦後70年の重みをきちんと示したというかたちになりました。この談話を機会に、戦後70年に対するアジアのとらえ方はどのように収束し、また今後どのように展開していくのでしょうか。

神保:戦争に向かう20世紀の歩みと戦後70年の秩序とを振り返って、「歴史認識をいかに自らの味方にしていくか」という勝負だと思います。当然、中国は、戦勝国の一員として9月の軍事パレードを位置付けて、「戦後70年の中で反ファシスト運動を戦った国々との連帯」というかたちで、歴史を味方につけようとしています。

 日本も、やはりその勝負をしたのだと思います。今回の談話における勝負のポイントは、20世紀の日本の姿を、まさに「(国際秩序に対する)挑戦国であった」という反省の上に、戦後の輝かしい歩みをもう一度確認する。その輝かしい歩みの先にあるのは、普遍的な価値観である民主主義と法の支配を、確かに自分のものにした国として、その価値を共有する国々とのパートナーシップをさらに拡大していく。こういう国際秩序の姿として、歴史を味方につけようとしたのだと思います。安倍さんが、もし自らの衝動を新しい衝動に転換する機会があったとすると、まさにそこだと思います。「これからの国際秩序は、日本がまさに(戦後70年の)勝利者としてかかわっていくのだ」という新しい歴史の秩序観をとらえ直したからこそ、この談話ができたのではないかという位置づけになったと思っています。

 そうすると、中国側からしてもぐうの音が出ないところがあって、歴史を味方にしていくという同じプロセスの中で、「法の支配と民主化」ということを出されてしまうと、容易には反論できないわけです。9月に中国が「第2次大戦でファシストに勝ったではないか」というよりも、8月に日本が先がけて「これからやることの方が大事でしょ」と問いかけたことは、非常に大きな意味があったのではないかと思います。

工藤:高原先生、確かに、この談話は神保先生が言われたような内容になっていますよね。

高原:今の中国をかなり意識した書きぶりになっていると思います。中国の人も、分かる人は当然それを分かりますから、その点は気持ちの上ではあまり愉快ではないと思います。


ナショナリズムを手放せない中国、批判的な対応は今後も続く

工藤:中国は、安倍さんからのボールをどのように返していくのでしょうか。中国が言っているのは反日ではなく「戦争に勝った」「抗日戦争に勝った」ということなのですが、軍事パレードを含めたその大きな流れを、中国としてはどのようにとらえ直していく状況になるのでしょうか。

高原:今の習近平政権にとっては、ナショナリズムの中核となる抗日の経験は非常に大事なアセットであって、手離さないでしょう。ですから、日本にこのように反省されてしまうとやりにくい面もあります。それは、日中関係を前に進める上では必要なのですが、共産党政権の基本的な矛盾がここにあるわけです。ナショナリズムはナショナリズムとして、自分たちの支配の正統性を支える大事な柱として抱えていかなければいけない、その中での抗日戦争の体験は決して忘れ去られてはならないわけで、相変わらず言い続けられていくし、今年は軍事パレードもやるということです。したがって、一筋縄ではないのです。

工藤:例えば、安倍さんが今度はこの談話を行動に移した場合、中国としては、安倍さんに対するこれまでの見方を大きく変えなければいけないという局面になりませんか。

高原:実際のところ、中国の中で安倍さんへの評価を変えるのは簡単ではないのですね。これまで、「歴史修正主義者たる安倍総理」というイメージをさかんに宣伝してきましたので、それをガラリと切り替えるわけにはいかないというのが現状だろうと思います。そこは今後どういう扱いになるのか観察を続けなければいけません。ただ、今も、安倍談話に対して両面の評価がありますが、負の面の評価は相変わらずガンガン批判し続けるのだろうと思います。

工藤:日本の有識者へのアンケートで「今回の安倍首相の談話が日中、日韓のこれからの関係改善に役立つような内容になったと思いますか」と聞いたところ、「両国との関係改善に役立つ内容になった」が25.5%で、4分の1はそう見ているわけです。「両国との関係改善に役立つ内容になっていない」が25%ですから、これも意見が分かれています。「どちらともいえない」が35%で最も多くなっています。

 ただ、気になったのは「中国との関係改善に役立つ内容だが、韓国との関係改善には役立つ内容ではない」が10.6%もあることです。これはどういうことなのでしょうか。談話が韓国には冷たいのではないか、と見ている人もいらっしゃると思いますが、山田さんはどのようにご覧になりますか。

山田:まさにそういうことだと思います。談話もそうですし、報告書もそう言われたのですが、「韓国に対しての書きぶりが若干冷たいのではないか」という指摘がありました。談話は、特に中国に対していろいろ配慮した書きぶりのところがありますが、韓国に配慮した表現は少ないですよね。そこを読んだ方がこういう反応をしていらっしゃるのだと思いますが、朴槿恵大統領の演説では一定の評価をしていて、韓国の見方がどうなのかはよく分からないところです。

工藤:例えば、女性の人権問題について「21世紀にはしっかりと考えなければいけないし、日本はそれをしっかりとやっていきたい」という話も、安倍談話でもありました。「女性の人権」という一般化した書きぶりの方がよかったと思いますか。

山田:あそこが、韓国の慰安婦問題にも触れているのだという読み方をされた方が多かったのではないでしょうか。実際に、そういう意図はあったと思います。



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日本が考えていることをきちんと周辺国に伝える。民間がやるべきことも多い

北東アジアの国際関係を前進させる意欲を固めた安倍首相

工藤:今回の安倍談話は、いろいろな人たちに言われて嫌々ながらまとめたというよりも、安倍さんがもう腕まくりをして、「これで行く」とかなり納得したかたちでの談話だ、というのが、皆さんのご意見です。ということであれば、この談話の視点を基盤にして、今後、日本がアジアの周辺国との関係改善、そしてアジアのこれからの発展などに大きく動き出す可能性も感じます。高原先生、この談話をベースにして、今後の日本外交は北東アジアの周辺国との関係に大きく動き出すのでしょうか。

高原:私の希望的な観測も入りますが、例えば最近、韓国の外務大臣が日中韓首脳会談について非常に前向きな話を発表しました。相変わらず、安倍さんが9月3日の中国側の戦勝記念日に合わせるか、日にちをずらすかたちで訪中するという話もあるわけですが、これまで数年間低迷していた北東アジアの国際関係を前に動かそうではないか、という雰囲気は感じられるようになってきています。

工藤:安倍さんは、その役割を果たそうという気持ちを固めた、と理解してもいいのでしょうか。

高原:そこまでかどうかというのは、私にはよく分かりません。ロシアとの関係もありますし、その辺のデザインがどれほど大きなデザインなのかは、それこそ山田さんにお伺いした方がいいと思います。

山田:安倍さんは、意欲はおありなのだと思います。3年近く前、政権発足直後に私がインタビューして「ハト派とタカ派」という話になったときに、安倍さんが満を持して「ハト派というのは、自分がハト派であること自体が目的なのだ。タカ派というのは、安全保障環境に対峙するために戦略的にタカ派のポジションを取っているのである」とおっしゃって、ニクソンと毛沢東の会談のことを熱心に語られたことがあります。つまり、「タカ派である自分が、国内の保守派をまとめて抑えを効かせた上で、アジア外交をやります」という意欲はあると思います。あとは、気力、体力の問題に加えて、実際の東アジアの環境の問題がいろいろありますから、その通り動けるかどうかは分かりません。ただ、本人の意欲はあると思います。


関係改善に向けて一致しつつある中国、もう一歩の決断が必要な韓国

工藤:神保先生、この談話が今後の安倍外交の基本的なフレーム、軸だということを前提にすれば、これからの安倍外交の展開と、安保法制を含めた大きな議論の流れとは、どのように調和されながら、一つのデザインとなるのでしょうか。

神保:まず、中国との関係について決定的だったのは、去年11月のAPECだと思います。その際に、楊潔篪国務委員と谷内正太郎国家安全保障局長で「4点合意」をつくって、最大のテーマであった尖閣と東シナ海の問題についてお互いの見解を認め合うというか、少なくとも見解が存在することについて確認をするということで、メンツを立てたわけです。それによって首脳会談が実現し、大変ぎこちなかったわけですが、それから半年経ったバンドンでもう一度会い、しかも自民党の総務会長である二階さんの訪中の3000人ミッションを習近平主席が温かく迎え入れました。日中の呼吸は合い始めてきたと思います。もちろん、いろいろなところで亀裂の危険性はあるし、まったく楽観できないこともたくさんあるわけですが、少なくとも、過去数年間に比べると明らかな歩調の一致がみられて、この気運を何とか活かしていきたい、少なくとも後戻りさせたくないということは強くうかがえます。

 二つ目に、この秋のもう一つのイベントは、習近平主席の訪米です。中国としても、訪米の前に日本との関係をある程度かっちりさせた上でアメリカに行くということは、習主席にとって米中関係を安定化させるための重要な要素であることは間違いありません。それを考えると、我々が今、日中の動きをしっかりと上昇気流に乗せていくということと、中国が米中首脳会談を成功させるという、二つの国の利益が一致するべきタイミングに来ているというのは、間違いないと思います。

 韓国に関しては、いまだに韓国の国内問題の要素が非常に大きいと思いますが、政治的な軌道に乗せるにはもう一歩の決断が必要だと思っています。そのためには、今回の談話でも示された女性の問題、具体的には慰安婦の問題について、慰安婦が存命のうちに何らかのかたちで誠意を示すような政治決断ができるかどうかというのは、非常に大きなポイントではないかと思います。


「戦後の再確認」としての安保法制、中国へは積極的な説明を

工藤:安倍政権には、北東アジアの関係改善の大きな流れをつくるという非常に重要な課題がありました。ただ、国会論戦で日本の国民が見てきたのは、安保法制をベースにした憲法解釈を変えるという議論であって、その先には不透明な中国の存在があります。このあたりは、どのように整合性を伴って、今後のアジアの秩序を考える段階に来ているのでしょうか。

神保:安保法制に関しては、過去20年間の政策と法制のひずみを埋めるという要素が極めて強いと思っています。特に、集団的自衛権の限定的行使も実は90年代からの課題ですし、PKOの話も実はそうなのです。現代的なPKOのスタンダードに合わせるためには、当然、92年の法制を変えなければいけないわけで、それを何とかならしていこうという、非常に大きな意味があったと思います。

 もう一つは、いわゆるグレーゾーン事態ですが、東シナ海で日々起きている状況に対して、警察権と自衛権のすき間を埋めるためにいろいろやらなければいけないということです。したがって、安保法制に関して、私はあまり挑戦的な要素を感じません。しかも、先ほどあえて「戦後レジームの完成型」という挑戦的な言葉遣いをしましたが、私は安保法制にもそれが見られると思っています。なぜかというと、憲法9条にチャレンジをしないということなのです。もちろん、反対派や憲法学者からは「している」と言われていますが、私から見ると、むしろ憲法9条に挑戦しないことに大きな意義があります。集団的自衛権は、国際法条理で見れば、相手を守ることなのです。ところが、日本の解釈は「自らを守るために仕方ない集団的自衛権の行使の部分に拡大する」という、同心円的な発想で集団的自衛権をとらえています。

 そう考えると、この談話も安保法制もそうなのですが、「戦後の再確認」という面が非常に大きくて、戦後をもう一度確認する作業として位置付けられているというのが私の見方です。もし、そういう巨視的な理解に立てるとすると、中国・韓国にとっても大きな再確認をする場になると思います。日本の「積極的平和主義」というものがモンスターになって「戦前に戻る」というのではなくて、戦後の拡大の中で自らの行動を積極化していくということを読み解ける内容になっているのではないか、というのが私の解釈です。

工藤:そのような解釈になると非常にいいのですが、私たちは現在、中国と共同で行っている世論調査の設問を、中国側と議論しながらつくるときに、本当に苦労しました。日本の左側のメディアの人たちが言っているような意見が中国に多く、つまり、日本は軍国主義の拡大、中国敵視の中で行動しているという認識が、中国の国民の感情にかなり植えつけられています。その状況の中で、今の安倍さんのチャレンジを中国は今後どのように受け止めていくことになるのでしょうか。

高原:中国側からすると、今回の日本の安全保障政策の変更は、これまでも軍国主義的な動きの一環として報道されてきましたし、その考えを持っている人が多いのは事実だと思います。しかし、日本側からすれば、他の国と同様ですが、「中国とどう付き合うか」というときに、「エンゲージメント(関与)も必要だしヘッジング(リスク回避)も必要だ」という大きな状況があります。したがって、「もしあなたが日本人なら同じことをするだろう」というような説明ができれば、多くの中国人は理解するだろうと思います。決して、日本は中国に対して攻撃的な姿勢をとっているわけではありませんので、それをよく説明していくことが大事だと思います。

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今後、民間外交が果たすべき役割

工藤:政府間外交がリーダー間で動き始めている状況の中で、新しいアジアの平和的な環境づくりのために私たち民間は何を行うべきなのか、ということで今回の議論を締めくくりたいと思います。言論NPOは10月末に「第11回東京-北京フォーラム」を行いますが、私たちはこの談話を実行に移すために何をすればよいのでしょうか。

神保:一つは、分かりやすい日本の姿を言論として形成していくことがすごく大事だと思います。日本の安保法制は人気がありませんが、最大の理由は「分からない」ということだと思います。これを分かりやすくパッケージングして「なぜ今、これが必要なのか」と納得するところに、相手国の国民に強力な認識が生まれてきます。この強さがないところに、しっかりした安全保障政策は生まれないと思います。これは、歴史認識も対外関係も同じで、日本と中国がどのように付き合っていきたいと思っているのか、韓国に対してもどうしたいと思っているのか、分かりやすく言うチャンスだと思います。2年前に説明し得なかったことが、談話や法制度の積み重ねの中で、今日説明できるようになってきていると思います。それを分かりやすく言葉に変えていくというのが、言論NPOや有識者の大変重要な使命ではないかと思います。

工藤:つまり、今回の談話や安保法制も含めて、日本が考えていることをきちんと丁寧に、相手が理解できるように説明することを、民間レベルでもやることが必要なのではないかというお話ですね。山田さんは、いかがでしょうか。

山田:まさに、「日本人は何を考えているのか分からない」とか「いざとなったら何を出だすか分からない」という疑念を払拭するのは、政府ももちろんですが、民間レベルで皆が取り組んでいく必要があります。「過去をどう見ているのか」ということについて、安保法制は談話が言っていることと密接に関連していると思います。今の局面は、そんなにエキセントリックな意見が日本の巷にあるわけではない、ということを自覚的に整理して見せていく、また「我々自身もそこはちゃんと整理できていますよ」ということを学習し、確認していくプロセスではないかと思います。民間もそういう意識でいるのだ、ということを見てもらう、聞いてもらうことはとても大事だと思います。

工藤:確かに、安倍政権発足から談話までのリードタイムというか、談話をめぐる一つのプロセスは、私たち自身にとっても戦後を考える非常に重要な機会だったと思います。今日の議論も、談話の単なる評価ではなく、談話がアジアに対しても歴史に対してもきちんと向かい合っているということを議論しているわけです。こういうことがしっかりとアジアに伝わればいいなと思いました。高原先生、どうでしょうか。10月末の東京-北京フォーラムの役割をどうお考えですか。

高原:今年は戦後70年の対話ということで、今回の東京―北京フォーラムには特別な意味があると言えます。安倍談話で、私の当初の予想に比べてあまり言っていないと思うことは、戦後70年間の歴史についてです。それを補うようなかたちで、「我々は70年という長い歴史の中でどういう問題に行き当たり、どのように協力し、どのように交流して今日までやって来たのか」という部分を、ODAなどいろいろなことを織り交ぜるかたちで、中国の人に「ここの部分の歴史も忘れないでください」というのも、もう一つの大事なメッセージかなと思います。

工藤:分かりました。今日は、安倍談話を中心に、北東アジアの平和的な議論、そして、これを軸に、アジアの中で民間が今後何をしていけばいいのかということにも話が進みました。言論NPOは、韓国と中国の有識者も対象にして、今回の談話に関するアンケートを、行っています。皆さん、この作業には協力的だったのですが、お互いが対立するという感覚ではなく、対話ができるという環境が民間の中に着実に育っています。これはアジアにとって非常に大きな資源だと思うし、言論NPOは今後、こういう資源を活用しながら、一つの民間の対話をさらに飛躍させたいと思っております。
10月には北京で日中の本気の対話をやりますので、また報告させていただきます。皆さん、今日はどうもありがとうございました。



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2015年8月25日(火)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
山田孝男(毎日新聞政治部特別編集委員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 8月19日、言論スタジオでは、神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)、東京大学大学院法学政治学研究科教授で、新日中友好21世紀委員会の日本側委員も務める高原明生氏、安倍談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」のメンバーである山田孝男氏(毎日新聞政治部特別編集委員)の各氏をお迎えして、「安倍談話」に関する緊急座談会を行いました。議論では、3氏から、「戦後70年」の重みを再確認した安倍首相が、方針を転換しつつも、戦略的に打ち出してきた談話に一定の評価を示す声が上がるとともに、これから談話内容をどう実行していくか、が焦点との意見が相次ぎました。


姿勢を変化させた安倍首相

工藤泰志 緊急座談会では、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、今回の安倍談話についての率直な感想を尋ねると、各氏からは事前に懸念されていたような内容ではなかった、との肯定的な評価が出されました。


 まず、高原氏は、「主語が明確ではないなどのマイナス点はあるものの、(「植民地支配」「侵略」「反省」「お詫び」という)4つのキーワードは盛り込まれており、大きな違和感のない内容だ。全体としては予想以上」と述べました。


 山田氏も、「文章が長いなどの問題はあるが、懸念されていたような過激な表現は見られず、『21世紀構想懇談会』の報告書の内容も概ね踏まえられている」と一定の評価をしました。


 これを受けて神保氏は、仮にこの談話が2012年12月の政権発足直後に出されていたとしたら、もっと周辺国を刺激するような過激な内容になっていたのではないか、と前置きした上で、談話が抑制的なトーンに落ち着いた背景には、「昨年7月の豪州議会や、今年4月のバンドン会議及びアメリカ議会において演説を行い、さらには、『21世紀構想懇談会』での議論を経て、歴史に対して謙虚に向かい合うようになっていった」と安倍首相の姿勢の変化を指摘しました。神保氏は、その変化の背景として、「談話の検討過程において、様々な規範が根付いた戦後70年の重みを再確認せざるを得なかった」ことや、「靖国神社参拝時に諸外国からの批判が想定以上に大きかった」ことを挙げました。


明確な意図を持って出された安倍談話

 そして、談話の目的について議論が移ると、諸外国からの批判に押されてやむを得ずに抑制的なトーンになったのではなく、安倍首相が明確な意図を盛り込んでいるとの指摘が相次ぎました。

 まず、山田氏は、「日本国内では、戦前・戦中の日本について、『全部悪い』という見方と、『全く悪くない』という見方の両極端に分かれている。その中間を示す必要があったのではないか。その中で、安倍首相は色々な事情を加味しながら自分なりのロジックを形成していった」と解説しました。

 神保氏は、中国が反ファシスト戦争の勝利を喧伝し、多くの国を自陣に引き込もうとする中では、それに対して正面から対抗するよりも、「かつては国際的な価値秩序に対する挑戦者だった日本が、戦後の70年間で、法の支配、民主主義といった普遍的価値を自分の血肉にした。そして、今後もその価値を守っていく、ということを安倍談話でアピールすることにより、これらの価値を共有する国々を味方につけることができるし、中国も反論できなくなる」と、談話が持つ積極的な意図について語りました。


安倍談話から、中韓両国との関係改善につなげていくためには

 次に、工藤が、「安倍談話に対して、事前にはあれほど厳しく見つめていた中国、韓国両政府も一定の理解を示しているような印象を受ける。ハードルを下げたのはなぜか。そして、この談話をどのように活かしていくべきか」と問いかけました。

 これに対し高原氏は、「(韓国の朴槿恵大統領が「物足りない部分もある」と言ったように)100点満点の談話ではないものの、関係後退を余儀なくさせるようなものでもない。両国政府もホッとしているというのが本音だろう」との見方を示しました。高原氏はその上で、「談話を出して終わりではない。これから首脳会談など安倍首相は自らの考えについて相手に説明する機会は多いはず。足りない部分はそこで補足するなど、フォローアップをしていくことが重要だ」と指摘しました。

 神保氏は、対韓関係については、慰安婦問題で政治決断ができるか、など難しい対応が迫られるため、厳しい見通しを示した一方で、対中関係に関しては、2度の首脳会談や、自民党・二階俊博総務会長率いる3000人訪中団を中国側が歓迎したこと、さらに、習近平国家主席の9月訪米を控えた中国側にとっても、日中関係の安定は重要課題であることなどを指摘した上で、「日中関係は上昇機運にあるので、この機を逃すべきではない」と語りました。


「第11回東京-北京フォーラム」では、日本の姿を言論によってわかりやすく示すべき

 最後に、アジアの平和と安定実現に向けた民間の役割、とりわけ「第11回東京―北京フォーラム」で議論すべきことについて話題が及ぶと、民間レベルでも日本の立場をしっかりと説明することの重要性に関する指摘が相次ぎました。

 神保氏が、中国では安保法制が日本からの挑発と受け取られていることを踏まえつつ、「政策の目的について説明し、(軍国主義的ではない)日本の姿を言論によって明確に示すべき」と述べると、山田氏も「中国は『日本は何をするか分からない』という疑念を抱いているので、それを払拭すべき」と応じました。

 他方、高原氏は両氏と同様の見解を示しつつ、さらに、安倍談話が戦後70年の交流や協力の歴史についてあまり触れられていないことを指摘した上で、「こういった成功の歴史について、忘れないように呼びかけることも大事だ」と主張しました。



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