中国経済はソフトランディングできるのか

2015年8月27日

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中国経済のソフトランディングは、世界、日本のために不可欠

 中国経済の現状や先行きに厳しい見方が広がる中、8月20日収録の言論スタジオでは、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人氏と、元日本銀行理事で、富士通総研エグゼクティブ・フェローの早川英男氏をお迎えして、人民元の切り下げを契機とした世界的株安の背景、中国経済の先行きについて議論が行われました。
 議論では、今回の人民元切り下げが、資源国やアメリカをはじめとして世界に大きな影響を及ぼすことが明らかになるとともに、切り下げの背景にある中国経済の減速についても議論がなされました。また、中国がこれまでの過剰投資主導の経済から、消費主導の経済への移行を構造的な課題としているものの、対応に苦慮している現状が浮き彫りとなりましたが、中国経済のソフトランディングは、世界、さらには日本にとっても不可欠であるとの認識で、両氏の見解は一致しました。


世界に波及する今回の切り下げの影響

工藤泰志 まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、相次ぐ人民元の切り下げの背景について尋ねると、内田氏は、「2つの目的が背景にある」と指摘しました。内田氏によると、まず「景気減速、特に輸出が大きく下振れしているため、為替面からの手当てを実施し、側面支援する必要があった」と述べました。内田氏はもう一点として、「中国は、今年の秋にIMFが行うSDR(特別引出権)の構成通貨の見直しにおいて、中国の人民元を採用させ、『人民元の国際化』を目標としている。しかし、IMFからは『SDRの採用基準に達していない』というコメントが8月上旬に出されたため、この切り下げを『管理フロートの為替制度を、市場連動型に切り替えるキャンペーンにする』という意図があったのではないか」と分析しました。

 内田氏はさらに、人民元が「今後、1割程度の調整、すなわち、1ドル=6.11元だったものが、1ドル=6.7~6.8元くらいに調整される」との市場関係者の予測を紹介した上で、「為替の切り下げは中国のデフレを世界に拡散していくことでもあり、資源価格や資源国への影響は極めて大きい」と指摘し、さらに、こうした人民元の切り下げを、対中国の貿易赤字に悩むアメリカが容認するのか、と今後の影響を整理しました。

 早川氏は、元々がやや過大評価であった人民元を、実勢に合わせたという側面もあり、切り下げ自体にインパクトはないとしつつも、その背景には中国経済の減速や、その引き下げ方に問題があるとの見方を示しました。特に、今回の切り下げが「ややパニック的」に行われているため、市場が「そこまで悪いのか」と受け止め、大きな反応を招いていると解説しました。

 早川氏は、アメリカとIMFとの関係については、「IMFから見ると『中国全体の黒字は減っている。アメリカの通貨という、世界で一番強い通貨に対してペッグしていたため、これまでは中国元は非常に高くなっていたので、それを下げるのは別におかしなことではない』という理解なのだろうが、アメリカから見ると対中国の貿易赤字は過去最大で『そうではない』という話になる」と解説しました。ただ、内田氏が紹介した「1割程度の調整」という見方に対しては、「中国はおそらくアメリカのことを意識するので、10%の切り下げまではしないだろう。景気の下支えであれば、インフラ投資の拡大などの手を使うはず」と語りました。

 さらに早川氏は、9月に予定されているアメリカの利上げの影響については、「今まで外貨が入ってきていた新興国から資金が抜け出していくことになる。特に、ファンダメンタルズ(経済の基礎的状況)が弱い国ほど影響が出やすい」と説明しました。


日本への影響も不可避

 次に、工藤が「今回の人民元切り下げが日本経済にどのような影響を与えるのか」と尋ねると、内田氏は、中国人観光客によるいわゆる「爆買い」など消費に関する影響は軽微としつつ、「7月の貿易統計では、輸送機械などの輸出がかなり急減しているが、これからさらに、中国向けの輸出に影響が出てくる可能性がある」と述べると、早川氏も、「人民元自身の影響はそれほど大きくない。やはり、問題なのは、中国経済の減速で、その結果として日本の輸出も落ちている」と語りました。


消費主導社会への移行に苦戦する中国

 これまでの議論を受けて工藤が、「中国経済の現状をきちんと見る必要があるが、(政府が目標とする)7%成長も困難になっている。現状はどうなっているのか」と問いかけると、早川氏は、成長率が下がること自体は問題ではなく、「これまでの10%成長時代の、過度に投資や輸出に依存した経済から、個人消費やサービスのウエイトがより高い経済に移行していく」ことが、これからの目標となると述べました。しかし早川氏は、「問題なのは、リーマンショックの後に4兆元の景気対策をやった結果、過剰設備や不動産バブル、地方政府の過剰債務をつくり出してしまったこと」が、「消費主導の経済への移行を難しくしており、政府も対応に苦慮している」「インフラ投資を増やすなどのいろいろな手が打てるので、いきなり経済を支えられなくなることはないが、それをすれば、本来の目的であった安定的な中成長を実現する個人投資主導の経済にはつながず、本来の構造調整を先送りすることになる」などと解説しました。

 これを受け、内田氏も早川氏と同様の見方を示しつつ、「過剰投資の裏側には過剰貯蓄があり、その余った貯蓄が不動産や株式など、さまざまなところでバブルを引き起こしているので、過剰投資と過剰貯蓄の問題をいかに軟着陸させるか」を中国経済の課題として指摘しました。その上で、「唯一ポジティブに捉えられる点は、中国はまだ完全な開放経済ではないので、中国自身がコントロールできる余地が非常に大きい。これにより軟着陸できる可能性はある」と語りました。

 これに対し早川氏は、「1990年代の後半に、国有企業問題が起こったが、かなり大胆なメスを入れることによって切り抜けた経験があるなど、中国の対応力は高い」としつつも、「近年はその対応力が鈍く、特に株暴落への対応はあまりにも稚拙だ」と、これからソフトランディングをしていく上での懸念を示しました。

 次に、工藤が、「中国は構造改革を迫られ、過去の膨大なつけをなかなか処理できないでいるが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に象徴されるように、大掛かりなインフラ戦略を絡めながら「中国の夢」を推進しているようにも見える。これらの動きはどう整理できるか」と尋ねると、早川氏は、AIIBと構造改革はリンクしていると指摘しました。早川氏はその中で、「中国は鉄鋼にしてもセメントにしても、莫大な過剰設備を持っている。そこで、余っている外貨準備を使って途上国に融資し、インフラ投資をやってもらい、中国の余っている鉄やセメントなどを売り込む。これで政治的な影響力を増す一方で、中国が無駄にしている外貨準備、そして余っている過剰設備を稼働させることになり、すべてがうまくいくことにつながる」と解説しました。もっとも早川氏は、「これが根本のところで、本当に安定的な中成長、とりわけ個人消費を中心とした経済への移行につながるかは目途が立っているわけではない」と留保を付けました。


中国のソフトランディングは世界、そして日本のためにも不可欠

 工藤から、中国経済のソフトランディングへの見通しを問われた内田氏は、「できるかできないか、ではなくやってもらうしかない。中国がソフトランディングできないことは、世界経済のみならず安全保障などさまざまな分野に影響が出てくる。世界としても、中国のソフトランディングを後押しするような政策や支援を行っていく必要がある」、早川氏も「中国がより消費主導型の経済になれば、日本からも見ても貿易、投資など、お互いに依存できる部分は大きい。中国は、ネット関係の企業が力をつけてきていて、日本の企業と比べてもイノベーティブだ。消費主導経済に移ったときに活躍できるようなシーズはもう育ってきているので、日本との間でもお互いにうまくやっていける余地は広がってくる」と述べ、日本の視点からも中国のソフトランディングは不可欠であると主張しました。

 最後に、日中経済という観点から内田氏は、「日中経済のつながりはどんどん強くなっている。また、これから高齢化やさまざまな構造問題に立ち向かっていく中で、どうしてもアジアの経済圏をきちんと整備しておく必要があり、そういう意味で、中国やさらには韓国の重要性が極めて強い。日中韓のFTAができればTPPよりも大きな経済圏になるので、TPP以降は日中韓FTAも想定しながら、日本経済がいかにアジアを中心とした世界経済にビルドインされていって、その中で日本経済や日本製品の競争力を見直し、サービスのファンになってもらうのか、というようなストーリーを描くことが極めて重要だ」と主張しました。

議論の全容をテキストで読む    

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工藤泰志工藤:今日の言論スタジオは、中国経済について議論を行いたいと思います。最近、中国は、人民元の変動幅の中心値を下げるというかたちで、人民元を事実上切り下げました。そのような動きに関して、中国経済の現状や先行きにかなり厳しい見方が広がり、世界の株式市場も大きく混乱しています。今日は、この状況をどのように見ていけばいいのか、そして、中国経済にいま何が起こっているのかについて、議論してみたいと思います。
 ということで、今日は中国経済に詳しい2人のゲストをお呼びしています。一人目は、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さんです。もう一方は、富士通総研エグゼクティブ・フェローで元日銀理事の早川英男さんです。

 まず、今回の人民元切り下げについてお話を伺います。これが起こった背景、そして、今の中国経済を考えるときにどのような意味を持っているのか、についてお聞きしたいと思います。


減速著しい中国経済

内田:今回の切り下げには、二つの目的があると言われています。一つは、切り下げの直前に、生産や投資など7月の一連の経済統計が公表され、景気減速の厳しい状況が明らかになりました。特に輸出はマイナス8%と、市場予想のマイナス1.5%に対して大きく下振れています。政府としては既に、金融緩和と景気刺激のための財政支援を行っていますが、それに加えて為替面からの手当てを実施して側面支援したというのが、一つの理由だと思います。

 もう一つは、中国はいま経済規模が世界の11~12%になっていますが、人民元は、ドル、ユーロ、ポンド、円といった世界の基準通貨には入っていません。今年の秋にIMFが行うSDR(特別引出権)の構成通貨の見直しにおいて中国の人民元を採用させたいといった、人民元の国際化という視点があります。それに対し、中国はこれまで資本規制の緩和などのさまざまな改革をしていたのですが、IMFから「SDRの採用基準に達していない」というコメントが8月上旬に出されました。中国としては、管理フロートの為替制度を市場連動型に切り替えるという意味でのキャンペーンという意図があったのではないかと思います。

工藤:今回の切り下げは、世界の株式に非常に大きな影響があり、「中国経済は本当に大丈夫か」という見方が広がっています。今回の人民元切り下げで、ここまで事態が悪化しているのはなぜなのでしょうか。

早川:私は、人民元の切り下げ自体が非常に大きなインパクトを持っているとは考えていません。人民元切り下げの一つの要因は、人民元がもともとやや過大評価されていたので実勢に合わせたという面があり、IMFもそのように主張しています。ですから、それ自体はさほど大きな問題ではないと思いますが、その背後にあるのは、そもそも中国経済自身がかなり大きく減速しているということです。例えば、4~6月のGDPについて「7%成長している」という公式発表がありましたが、他の統計と合わせて見ると「7%には達していないのではないか」という見方が多いです。

 もう一つは、人民元を切り下げるのは市場実績に合わせるだけなので大したことではないのですが、そのやり方はやや唐突な感じがしています。実際に景気が弱くなっているので、ついつい人民元を下げたいというところなのですが、「もう少し準備をすればいいのに、ややパニック的だった」という印象です。株価対策のときもそうでした。もともと中国株はバブルだったので下がるのは避けられなかったのだけれど、そのときの対策の打ち方がパニック的な無理のあるものでした。為替にしても株にしても、そういうことをやると、「そこまで悪いのか」と皆が受け止めるので、結果としてより強い市場の反応を招いている、という感じがします。


米中貿易不均衡が過去最大になる中、アメリカとの関係が焦点に

工藤:中国が人民元を切り下げたことの影響として、周辺国を含めて、経済の競争力を保つための引き下げ競争になってしまうことが考えられます。また、アメリカが利上げを予定している中で、中国とアメリカの間で貿易の不均衡もかなり高まっています。引き下げがどこまで続くのかという問題もありますが、いろいろなかたちで不安要素があると思います。引き下げの影響と深刻さの広がりについては、どう見ればよいのでしょうか。

内田:中国政府の今回の対応については、いったん3%程度の調整でまとまっていて、人民銀行も「人民元が割高だった分の市場については調整が終わった」というコメントをしています。ただ、多くの市場参加者は、「今回の背景には中国経済のテコ入れがあるだろう」との見方をしています。1割程度の調整、すなわち、1ドル=6.11元だったものが、1ドル=6.7~6.8元くらいに調整されるだろうという見方が出てきています。

 その影響について、私は二点考えています。一つは、中国自身の景気が悪くて、卸売物価指数はずっとマイナスの状態が続いています。この背景として、中国国内の鉄鉱石、アルミ、食糧などの資源価格の大幅な下落があります。そこで、供給が需要を大きく上回っているため、為替を安くすることによって輸出をある程度拡大・刺激し、過剰に供給されている分を世界に輸出していくという考え方です。言い方を変えれば、中国のデフレ的な要素が、資源を中心として世界に拡散していくということです。したがって、資源価格や資源国への影響は極めて大きいと思います。

 もう一点、非常に注目されるのは米国との関係です。米中の貿易不均衡は、いま過去最大になっています。具体的には、米国から見た中国向け貿易赤字が、この1~3月くらいで約4000億ドルになっています。米国の対欧州の貿易赤字が1500億ドル、対日本は700億ドル、対中東は以前1500億ドルくらいの赤字でしたが、原油価格が下がって米国が生産を増やしているので今はゼロです。対中国の貿易赤字だけが突出している状況の中で、今回の人民元切り下げ、ドル高を米国が容認するのかどうか。これが、TPPの議論を含めてこれから大きな争点になってくると考えています。

工藤:IMFは、今回の人民元切り下げに関しては「市場実勢を反映したプロセスだ」ということで歓迎していますが、アメリカから見ればそう簡単に歓迎できないように思います。また、アメリカは利上げを予定していますが、東南アジアなどの通貨の弱い新興国が投資家に狙われる可能性があるような気がします。そのあたりは、どう判断すればよろしいのでしょうか。

早川:確かに、人民元に対してIMFの見方とアメリカの見方はどうしても違ってしまうと思います。IMFの立場から見ると、中国の黒字はいま、かなり小さくなっています。中国の外貨準備高も減ってきています。むしろ、これまで人民元をやや無理をして上げてきているので、少し下げてもおかしなことをやっているわけではない、というのがIMFの理解です。ただ、アメリカの目から見ると、米中間の二国間の貿易赤字は過去最大になっています。IMFから見ると「中国全体の黒字は減っている。アメリカの通貨という、世界で一番強い通貨に対してペッグしていたため、これまでは中国元は非常に高くなっていたので、それを下げるのは別におかしなことではない」という理解なのでしょうが、アメリカから見ると「そうではない」という話になります。

 先ほど、内田さんから「10%くらいの人民元切り下げ」という話がありましたが、私は、中国はおそらくアメリカのことを意識するので、そうしないだろうと思います。むしろ、景気の下支えという点であれば、インフラ投資の拡大といった手が中国にはあるので、長い目で見て良いことかどうかは別として、それらを使う可能性が高いと思います。

 他のアジア諸国との関係については、ご指摘の通り、第1回のアメリカの利上げは9月だと言われています。2008年以来、7年ぶりのゼロ金利からの脱出になるわけで、当然、今まで外貨が入ってきていた新興国から資金が抜け出していくことになって、影響は出やすいと思います。その場合、どこの国が狙われるかというと、それは本来のファンダメンタルズ(経済の基礎的状況)に左右されます。つまり、その国の経常収支、財政収支、インフレ率などです。アメリカがゼロ金利や量的拡大をやっていると、それらがダメな国でもお金が入ってくるのでハッピーだったわけです。アメリカが利上げする局面になると、経済状況が良い国には資金がとどまるのでそれほど大きな影響はありませんが、経済の悪い国に今まで「あばたもえくぼ」で入ってきていた資金は逃げ出してくるので、大きな影響が出てきます。現に、ブラジルやロシア、トルコなどには影響が出ていますが、アジアでも、インドネシアなどずいぶん通貨が下がっている国はあります。これからもそういう流れは続いていくと思います。ベトナムはちょっと特殊で、アメリカの利上げという要因よりも、中国に追随していたので、「中国が3%下げるなら、ベトナムも下げます」ということだと思います。


日本経済への影響は、消費は軽微だが、輸出は大きい

工藤:今回の人民元切り下げは、日本経済にどのような影響を与えるのでしょうか。

内田:7月の貿易統計では、輸送機械などの輸出がかなり急減しています。輸送機械や一般機械、あるいはマテリアルと言われる資源関係で、これから、中国に向けた日本からの輸出に相応の影響が出てくる可能性があります。

 また、中国人の訪日に伴うインバウンド消費にも影響があるのではないかという見方があり、実際にインバウンド消費関係の銘柄の株式が売られていますが、私は、その影響はあまり大きくないのではないかと考えています。

 なぜなら、いま、中国と日本で価格を比べると、過去10年間に中国の実質為替は6割上がり、日本は4割下がっているのです。「マクドナルド価格」、「スターバックス価格」などと呼ばれる購買力平価の指標がありますが、スターバックス価格が上海では540円、日本では400円ですから、日本の方が3割安い。だから、中国から見た日本の物価はまだ安いということです。

 消費に関しては想定されているより大きくありませんが、輸出についてはけっこう影響が出てくるのではないかと考えています。

工藤:早川さん、日本も、円安はそれ自体が目的ではないのですが、量的緩和をした結果、円安になっています。日銀としては、人民元切り下げの影響で「また緩和をしなければいけない」と考えるのでしょうか。

早川:そもそも、人民元が1割下がるなら話は別ですが、3%程度の切り下げでとどめるのであれば、人民元自身の影響はそれほど大きくないと思います。やはり問題なのは、中国経済が減速していることです。先ほどの貿易統計は別に人民元の影響ではなく、既に中国経済が減速していた結果として日本の輸出などが落ちているということです。そちらの影響の方が大きいと思っています。

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「消費主導経済」への移行を目指す中国だが、かつての過剰な投資がジレンマを生んでいる

工藤:これまでのお話を伺っているとやはり、中国経済でいま何が起こっているのかをしっかりと見ていかなければいけないですね。6月に上海株式市場で株価が暴落しましたが、中国は金融緩和などのいろいろな景気刺激策をやっているにもかかわらず、政府が掲げる7%成長が実現できる伸びしろが非常に少なくなっています。そうした中での人民元引き下げだったわけです。もともと、中国や新興国が中心となって世界経済を牽引し、強い経済成長をばねに世界経済の中で非常に大きな役割を果たしていくという流れがあったのですが、その状況は崩れ始めているのか。それとも、今の経済状況を軟着陸させるための動きのプロセスにあるのか。早川さん、どうでしょうか。

早川:中国はつい何年か前まで10%成長をしてきましたが、既に10%は成長できないし、する必要もありません。10%成長をするというのは、都市部と農村の間に生産性格差があって、都市部に人が出てくるだけで成長できる、日本でいえば集団就職の時代の話であって、そのような時代は日本も10%成長したわけです。それはもうさすがに終わっています。逆に言うと、成長率10%が7%になり、6%になっても、特にそれで失業が増えるわけではないので、問題ありません。むしろ、これまでの10%成長時代の、過度に投資や輸出に依存した経済から、個人消費やサービスのウエイトがより高い経済に移行していくというのが、長い目で見たテーマです。それを大きな目的としてずっと経済運営をしてきているので、それ自体は正しいと思います。

 ただ、ちょっと問題なのは、リーマンショックの後に4兆元の景気対策をやってしまい、その結果、過剰設備や不動産バブル、地方政府の過剰債務をつくり出してしまったことです。すると、二つの目的が矛盾することになってしまいます。長い目で見れば、ゆっくり減速して消費主導の経済に移していけばいいのですが、実際に減速すると、不動産バブルや過剰債務を抱えている地方政府は苦しくなるので、「景気対策をしてほしい」という要求が強まります。そして、またあわててインフラ投資をやったりすると、とりあえず成長率は上がるのですが、本来目的としていた消費主導の経済からは遠のいてしまいます。今の中国は、その二つの目的の間を行ったり来たりしています。

 ついこの間までは「ちゃんと構造改革を進めて、消費主導の経済にします」と言っていたのに、今度はあわてて株価を高騰させてみたり、人民元を切り下げてみたり、インフラ投資をやってみたりするわけです。そのように行ったり来たりしているので、「実情は厳しいのだな」と、外から見ても思える状況だと思います。

工藤:なかなかうまくいかない可能性もある、ということですね。内田さんはどのように見ていますか。

内田:中国はリーマン危機があっても2桁に近い成長を続けたということで、世界経済を牽引したわけですが、今、日本でいうと高度成長から中成長、すなわち5~6%成長への調整過程にあります。その調整過程は、どの国でも成長過程において必ずあります。所得水準が切り上がって、具体的には1人あたりのGDPが1万ドル程度になると、冷蔵庫や車などいろいろなものの新規購入が一巡して成熟化し、あるいは、投資主導型の経済から消費主導型の経済へ切り替えていくことになります。中国は今、そのフェーズにあるということです。

 その中で、私が一つだけ問題だと思っているのは、中国は、通常の国が成長過程で経る発展段階の中で、とりわけ2桁成長のときに過剰な投資をしてしまっていることです。これは、経済システムにおいて地方政府が自らいろいろな資金調達をできないといったこともあり、投資を呼び込む政策を行ってしまった結果です。民間調査機関のデータを見ると、リーマン危機以降、GDPの8~9割の過剰投資が起こっています。

 それから、過剰投資の裏側には過剰貯蓄があります。中国の貯蓄率、すなわちGDPを経済全体の総貯蓄で割った値は50%です。中国という国は社会保障が安定化していないので、家計の余った貯蓄がさまざまなところでバブルを引き起こします。例えば、不動産に投資されたり、絵画や貴金属に投資されたり、株式に投資されたりということになって、バブル化しやすいのです。過剰投資と過剰貯蓄の問題をいかに軟着陸させるかというのが、今まさに中国が問われている課題です。日本の高度成長期は、投資主導といっても、設備投資のGDPに対する比率は3割くらいでした。それが中国では5割近いということなので、その構造問題はより注視して考えなければいけません。

工藤:過剰投資と過剰貯蓄があって、多くの人たちが株や不動産を買ったりしています。その株が暴落して、支えようとして必死な動きになっていますよね。早川さん、この状況は持続可能なものなのでしょうか。

早川:とりあえず、中国はインフラ投資を増やすなどのいろいろな手が打てるので、いきなり経済を支えられなくなることはないと思います。ただ、インフラ投資で経済を支えることはできますが、それをすれば、安定的な中成長を実現するために個人投資主導の経済にしていくという、本来の構造調整を先送りすることになります。中国政府は個人消費主導にしたいと思っています。そのためにインフラ投資にブレーキをかけて、個人消費がぐっと伸びてくればいいのですが、社会保障システムなどが発達していないので、そう簡単に消費がぐっと伸びるわけにはいきません。すると、全体としての成長率が落ちてしまうので、また景気刺激策というアクセルを踏みたくなるわけです。


政策対応で切り抜けられる可能性はあるものの、対応能力は劣化している

工藤:6月に、上海株の暴落がありましたが、中国ではもうバブル崩壊しているのでしょうか。

内田:今回の事象を見ると、昨年11月と比べると株価が2.3倍くらいになって、それが現在は1.5倍くらいに調整されています。明らかに個人の信用取引が急増していたり、あるいはIPO(新規株式公開)銘柄でPBR(株価純資産倍率)が143倍のものが出始めたりしています。これは、完全に株式バブルだったということだと思います。

 ただし、1年前などと比べると、時価総額でそれほど落ち込んでいるわけではありません。この1年間で投資のタイミングを大きく誤ったところで市場に参加した方々は、大きく損失を被っている可能性はありますが、全体で見ると、実はプラスマイナスゼロの状態なのです。 

 もう一点は、中国の家系の金融資産における株式の比率は極めて少ないのです。もっと言えば、資産に占める金融資産のウエイトも、中国は1~2割程度と非常に少ないです。だから、家計への直接的な影響は、富裕層ではあっても一般の国民ではそれほど大きくありません。むしろ、名目賃金が8%くらい上がっています。そういう意味では、経済の成長段階において、今の株式バブルの調整は吸収できる局面にあるのだと思います。

 ただし、今回の株式バブルの崩壊や人民元切り下げが、先ほどから議論している中国のさまざまな構造問題を表層しているわけです。実際に、人民元の切り下げによって、中国の資源を中心としたデフレがこれから世界経済に輸出されます。世界経済は、今、IMFが3.3%という成長率を発表していますが、これがさらに下振れることになると、今度は世界がリスクテイクを抑制するような動きになって、調整に入ってくるおそれがあります。ですから、それほど楽観はできません。ということなので、今回の中国の株式調整や人民元切り下げは、中国のさまざまな構造問題が表層化されていることを世界経済が受け止め始めています。

 唯一、中国に関してポジティブに思っているのは、中国はまだ完全な開放経済ではないので、中国自身がコントロールできる余地が非常に大きいということです。例えば、今、人民元が安くなって、実際に外貨準備が減って、資本流出が始まっています。中国には、個人の資本流出規制があるので、そう簡単に海外に資金を振り向けられません。そのように実は、中国には自国をコントロールできる余地があります。世界経済としては、中国に対して、いろいろな構造改革によって市場実勢型の経済に移行させるという方向でガバナンスを利かせていますが、一方で、中国自体はまだ開放経済になっていないので、自らが財政・金融政策を使ってコントロールする余地はあります。

工藤:中国はまだ開放経済になっていないので自国で管理できる、だから、管理をしながら軟着陸に持っていける可能性があるのではないか、というお話でした。早川さんはどうご覧になっていますか。

早川:内田さんが言われた通り、株とか為替の話は、中国が裏側に抱えている構造問題がそこに表れていると考えた方がいいと思います。今起こっているのは地方政府の過剰債務問題、あるいは不動産という不良資産の問題なのですが、実を言うと、中国はこれを既に一度経験しているのです。1990年代の後半に、国有企業問題がありました。国有企業が経営不振で大きな赤字を抱え、そこに貸し出していた金融機関が不良債権を抱えたのです。それに対して当時の朱鎔基首相が国有企業改革を行い、実際にかなり大胆なメスを入れることによって切り抜けた経験があります。

 ただ、そのときは非常にうまくやったと思っているのですが、今回はなかなかそこが動き出さないのですね。いま何が起こっているかというと、例えば地方政府が過剰債務を背負っていて、彼らがろくでもない不動産をたくさん持っている、という状況です。したがって、本来であれば地方政府の過剰債務問題に対応するのが筋なのですが、とりあえずインフラ投資を増やしてみたり、株式市場を煽ってみたりというかたちで対応しています。

 かつての中国は、いろいろな問題を抱えながらも対応能力の高い国だったので、あまり問題ないのだとずっと思っていましたが、最近の対応はあまりにも稚拙だという感じがしています。一番ひどかったのは株価への対応です。株式について一番いいことは、株は必ず売れるということです。社債にしても、もっと複雑な証券化商品にしても、ちょっと環境が悪くなるとマーケットがなくなってしまい、売れなくなってしまいます。株という商品のすばらしいところは、値下がりさえ覚悟すれば売れるというところです。ところが、いま中国がやっているのは、株を売れなくするということです。株の一番大きな魅力をつぶすようなことを平然とやっているので、こういうパニック的な対応は心配だなと思います。

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AIIBは過剰設備に対する切り札

工藤:中国はどのような経済的な戦略を持っているのでしょうか。つまり、構造改革を迫られ、一方で過去の膨大なつけをなかなか処理できないでいます。加えて、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に象徴されるように、大掛かりなインフラ戦略を絡めながら「中国の夢」を推進しているようにも見えます。しかし、これまでのお話を聞いていると、内情はそれどころではないような気もします。これらをどのように整理しながら次のステージに進もうとしているのでしょうか。

早川: AIIBは、中国にとっては一石二鳥、三鳥の政策です。政治的には、言うまでもなく、いわゆる新興国に対する中国の影響力を高めたいという目的があります。一方、経済の面から見ると、一つは、今は減ってきてはいるものの、中国は依然として3兆ドル以上の外貨準備を持っています。これをただアメリカに預けておくだけでいいのか、という問題です。もう一つは、中国は鉄鋼にしてもセメントにしても、莫大な過剰設備を持っています。余っている外貨準備を使って設備を途上国に融資し、インフラ投資をやってもらい、そこで中国の余っている鉄やセメントなどを売り込む、ということをすると、政治的な影響力を増す一方で、中国が無駄にしている外貨準備、そして余っている過剰設備を稼働させることになり、すべてがうまくいくことにつながります。したがって、AIIBは、中国にとって非常に都合のよい政策なので、そこはうまくいっている話だと思います。

 それはそれとして、やはり根本のところで、本当に安定的な中成長、とりわけ個人消費を中心とした経済への移行がどこまで進むかというのは、まだまだ解決のめどがついていない問題だと思います。おそらく、時間をかけて解決していくと思いますが、心配なのは、中国は、かつて国有企業改革などで大胆なメスを入れて改革を進めてきたのが、最近、人民元にしても株価対策にしても、やや表層に走っている感じがすることです。こういうやり方だと、むしろ時間がかかると思います。


やらなければならないソフトランディング、できなければ世界と日本への影響は甚大

工藤:中国が構造改革をしてきちんとソフトランディングすることは皆が期待することでもあるのですが、内田さんは、本当にうまくいくと見ていますか。


内田:「うまくいくか、うまくいかないか」というより、うまくいっていただかないといけません。中国のGDPは今、世界経済の12%を占めていますし、例えば、世界のいわゆる中所得者層の人口のうち、2000年ごろは先進国が7割くらいを占めていましたが、今は中国とインドが10数%で、2030年くらいは中国とインドが3割強になり、先進国は高齢化に伴って30%くらいになるという逆転が起こります。それまでに、中国としてはインフラもしっかり整備しないといけないし、社会保障制度も整えなければいけないし、戸籍制度などのさまざまな社会的な制度を整えなければなりません。

 一方で、多大な人口を抱える国家ですので、野菜や豚肉の消費が世界に占める割合は30%くらいに達しています。そういう観点では、食糧を含めた資源の安定調達を確保しないといけないということで、AIIBもそうですし、一帯一路(二つのシルクロード)についてもきちんと整備して対応していく、というのが基本のストーリーだと思います。

 それに対して、中国自身の経済運営がうまくいくかということですが、中国の経済運営は高度で、かつ、中央政治局常務委員などの限られたリーダーが司るという、民意が主導し、市場経済を中心とした先進国のものとはまったく違う姿です。したがって、ある意味でリーダーシップが取れる一方、構造問題がどうしても噴出してしまうということはあり得ます。ただ、中国がソフトランディング、あるいは消費主導経済や社会保障制度の整備に向けた改革をしないと、世界経済、また安全保障などさまざまな分野に影響が出てきます。世界経済としても、中国のソフトランディングを後押しするような政策や支援を行っていく必要があります。

工藤:世界経済から見ても、確かに中国の動向は非常に重要だと思います。目が離せない状況です。このような世界経済の不安定さを、日本としては今後どのように考えていけばいいのでしょうか。

早川:中国の高成長の時代は、世界全体を見ると、経済の時計の針をずいぶん後ろに戻したような感じがありました。中国が巨大なインフラ投資をやって資源をたくさん使うので、資源価格がどんどん上がって、という時代が一時期ありました。その時代は、徐々に終わりつつあると思います。もし、中国の経済がこれからうまくソフトランディングしていくとすれば、より消費主導、よりサービスのウエイトが高い経済に移っていくので、従来のようにエネルギーをたくさん使うということではなくなっていきます。それはそれでいいことであって、例えば、世界の環境問題が再び悪化してしまったのは中国を中心とする新興国の高成長があったからです。

 ただ、中国がソフトランディングをしていく上ではたくさんの課題があります。習近平政権が発足した一昨年、大きな政策の枠組みを決める三中全会のときには、かなりちゃんとした構造改革のプログラムを書いていました。「成長率は下がってもいい、社会保障の問題と戸籍制度の改革を一体でやっていく、金融の自由化も進めていく」などいろいろなことが書いてあって、今はなかなかその通りになっていないのですが、基本はその路線で改革を進めていけば、中成長への移行は見えてくるはずです。そうなってくれると、世界全体としては、中国が資源を使いすぎて環境を悪化させるという状態よりははるかに良い状態だと思います。

 日本にとっても、日本は資源がないので中国が資源主導型の成長をすると困ってしまうのですが、中国がより消費主導型の経済になれば、貿易にしろ投資にしろ、お互いに依存できる部分は大きいと思います。特に中国は、一方では過剰設備などのすごく大きな問題を抱えていますが、他方で、ネット関係の企業が典型ですがけっこう力をつけてきていて、日本の企業と比べてもイノベーティブなのです。むしろ、ITの世界でイノベーティブな企業が圧倒的に多いのはアメリカの企業と中国の企業です。そのように、中国が従来の投資主導型の重たい経済から、もう少し消費主導の経済に移っていけば、そのときに活躍できるようなシーズはもう育ってきています。それが育っていけば世界全体にも貢献できるし、日本との間でもお互いにうまくやっていける余地は広がってくると思います。

工藤:内田さん、中国が資源を買いあさることで、世界のさまざまな国の経済が底上げされている状況があったと思いますが、そのステージがだんだん変わって、短期的ではありますが、今度は中国のデフレが世界に輸出されるという状況になっています。したがって、今まで「中国などの新興国に牽引されている世界経済」という構図ではなくなってきます。すると、世界経済は今後誰が牽引し、どのような展開になっていくとイメージすればよいのですか。

内田:「新興国神話」と言われていた過剰生産・過剰消費の時代から、調整局面を迎えています。中国自身も高齢化していますし、人口動態をベースにした世界経済の急激な成長シナリオは終わりを迎えています。とはいえ、いわゆるカタストロフィー(突然の破局)、すなわちハードランディングというものに対しては、実際の政策運営、あるいはビジネスの世界から見ても、いろいろな抑制効果が働きます。いま、石油や鉄鉱石、銅などの資源価格を多少調整しようとすれば、逆に供給調整の方が速く進みます。したがって、いわゆる在庫の調整や産業の垂直統合が起きるので、あくまで中国の経済政策の失敗がなければ、通常、世界経済の踊り場局面は9ヵ月~1年くらいですので、それくらいの時間軸を持って見ている程度でよいのではないかと思います。


日本は「アジアの経済圏」実現のストーリーを描くべき

工藤:最後に、日本経済についてお聞きします。日本はアベノミクスで景気が改善している間に成長基盤を建て直そうという状況で、アメリカはそうした局面から先に抜け出して利上げ局面に入ろうしています。その中で、中国という大きな国が、不安定な局面に陥っている。中国のチャレンジには期待しますが、このような局面は、何を今後の日本経済に問い始めているのでしょうか。

早川:日本経済の問題は、かなりはっきりしていると思っています。単に円安にするといったことによって日本経済がうまくいくわけではなく、潜在成長率の低下が致命的だと思います。現に、またしてもマイナス成長になったにもかかわらず、人が余ってきているわけではない。これが実力なのです。低成長であっても労働力が足りないというのは、いかに経済の実力が下がってきているかを示していますので、安倍政権の三本目の矢(成長戦略)を本当にまじめにやらないといけません。単に緩和をして円安にしても輸出はそれほど伸びないので、それだけでは経済は浮揚してきませんし、しかも、三本目の矢がちゃんと成功しないと財政も持ちこたえられません。この間の財政健全化計画でも、実質2%、名目2%成長する前提で何とか、ということでやっているわけで、その前提をきちんと実現することに最もウエイトを置かないとダメだと思います。

内田:日本経済は足元でマイナス成長ですし、おそらく今年度の成長率は予測より下振れるリスクがあると思います。ただ、中国との関係で言うと、我々のビジネスの世界で考えても、3年前、5年前と比べて、中国と日本の経済の関連性は圧倒的に深まっています。かつては大企業だけが中国を中心としたアジアに進出していましたが、今や中堅・中小企業も転出しています。一方で、インバウンドの消費は年々増えてきていて、中国を中心とした日本製品に対する信頼感、あるいは日本ファンといったものが増えてきています。経済のつながりはどんどん強くなっています。

 日本経済として、これから高齢化やさまざまな構造問題に立ち向かっていく中で、どうしてもアジアの経済圏をきちんと整備しておく必要があります。アベノミクスもそうですが、そういう意味で、中国や韓国の重要性が極めて強いです。踏み込んだことを申し上げれば、日中韓のFTAができればTPPよりも大きな経済圏になります。今はまだTPP交渉の段階ですが、中期的には日中韓FTAも想定しながら、日本経済がいかにアジアを中心とした世界経済にビルドインされていって、その中で日本経済や日本製品の競争力を見直し、サービスのファンになってもらう。このようなストーリーを描くことが極めて重要ではないでしょうか。

工藤:今日は、人民元の引き下げを切り口に、中国経済の課題も含めていろいろな議論が行われました。私たちは、アジアがきちんと共存発展できるような仕組みをつくろうと、中国と対話を行っています。アジアは大きな変わり目に来ていて、アジアの発展の仕組みをつくり、それを実行させないといけない段階に来ています。その中で経済の相互発展は非常に重要な問題だと思います。こうした議論は、10月末に北京で行われる「第11回東京-北京フォーラム」でも中国の人たちともしていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

報告   
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2015年8月27日(木)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
早川英男(元日本銀行理事、富士通総研エグゼクティブ・フェロー)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

中国経済のソフトランディングは、世界、日本のために不可欠

 中国経済の現状や先行きに厳しい見方が広がる中、8月20日収録の言論スタジオでは、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人氏と、元日本銀行理事で、富士通総研エグゼクティブ・フェローの早川英男氏をお迎えして、人民元の切り下げを契機とした世界的株安の背景、中国経済の先行きについて議論が行われました。
 議論では、今回の人民元切り下げが、資源国やアメリカをはじめとして世界に大きな影響を及ぼすことが明らかになるとともに、切り下げの背景にある中国経済の減速についても議論がなされました。また、中国がこれまでの過剰投資主導の経済から、消費主導の経済への移行を構造的な課題としているものの、対応に苦慮している現状が浮き彫りとなりましたが、中国経済のソフトランディングは、世界、さらには日本にとっても不可欠であるとの認識で、両氏の見解は一致しました。


世界に波及する今回の切り下げの影響

工藤泰志 まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、相次ぐ人民元の切り下げの背景について尋ねると、内田氏は、「2つの目的が背景にある」と指摘しました。内田氏によると、まず「景気減速、特に輸出が大きく下振れしているため、為替面からの手当てを実施し、側面支援する必要があった」と述べました。内田氏はもう一点として、「中国は、今年の秋にIMFが行うSDR(特別引出権)の構成通貨の見直しにおいて、中国の人民元を採用させ、『人民元の国際化』を目標としている。しかし、IMFからは『SDRの採用基準に達していない』というコメントが8月上旬に出されたため、この切り下げを『管理フロートの為替制度を、市場連動型に切り替えるキャンペーンにする』という意図があったのではないか」と分析しました。

 内田氏はさらに、人民元が「今後、1割程度の調整、すなわち、1ドル=6.11元だったものが、1ドル=6.7~6.8元くらいに調整される」との市場関係者の予測を紹介した上で、「為替の切り下げは中国のデフレを世界に拡散していくことでもあり、資源価格や資源国への影響は極めて大きい」と指摘し、さらに、こうした人民元の切り下げを、対中国の貿易赤字に悩むアメリカが容認するのか、と今後の影響を整理しました。

 早川氏は、元々がやや過大評価であった人民元を、実勢に合わせたという側面もあり、切り下げ自体にインパクトはないとしつつも、その背景には中国経済の減速や、その引き下げ方に問題があるとの見方を示しました。特に、今回の切り下げが「ややパニック的」に行われているため、市場が「そこまで悪いのか」と受け止め、大きな反応を招いていると解説しました。

 早川氏は、アメリカとIMFとの関係については、「IMFから見ると『中国全体の黒字は減っている。アメリカの通貨という、世界で一番強い通貨に対してペッグしていたため、これまでは中国元は非常に高くなっていたので、それを下げるのは別におかしなことではない』という理解なのだろうが、アメリカから見ると対中国の貿易赤字は過去最大で『そうではない』という話になる」と解説しました。ただ、内田氏が紹介した「1割程度の調整」という見方に対しては、「中国はおそらくアメリカのことを意識するので、10%の切り下げまではしないだろう。景気の下支えであれば、インフラ投資の拡大などの手を使うはず」と語りました。

 さらに早川氏は、9月に予定されているアメリカの利上げの影響については、「今まで外貨が入ってきていた新興国から資金が抜け出していくことになる。特に、ファンダメンタルズ(経済の基礎的状況)が弱い国ほど影響が出やすい」と説明しました。


日本への影響も不可避

 次に、工藤が「今回の人民元切り下げが日本経済にどのような影響を与えるのか」と尋ねると、内田氏は、中国人観光客によるいわゆる「爆買い」など消費に関する影響は軽微としつつ、「7月の貿易統計では、輸送機械などの輸出がかなり急減しているが、これからさらに、中国向けの輸出に影響が出てくる可能性がある」と述べると、早川氏も、「人民元自身の影響はそれほど大きくない。やはり、問題なのは、中国経済の減速で、その結果として日本の輸出も落ちている」と語りました。


消費主導社会への移行に苦戦する中国

 これまでの議論を受けて工藤が、「中国経済の現状をきちんと見る必要があるが、(政府が目標とする)7%成長も困難になっている。現状はどうなっているのか」と問いかけると、早川氏は、成長率が下がること自体は問題ではなく、「これまでの10%成長時代の、過度に投資や輸出に依存した経済から、個人消費やサービスのウエイトがより高い経済に移行していく」ことが、これからの目標となると述べました。しかし早川氏は、「問題なのは、リーマンショックの後に4兆元の景気対策をやった結果、過剰設備や不動産バブル、地方政府の過剰債務をつくり出してしまったこと」が、「消費主導の経済への移行を難しくしており、政府も対応に苦慮している」「インフラ投資を増やすなどのいろいろな手が打てるので、いきなり経済を支えられなくなることはないが、それをすれば、本来の目的であった安定的な中成長を実現する個人投資主導の経済にはつながず、本来の構造調整を先送りすることになる」などと解説しました。

 これを受け、内田氏も早川氏と同様の見方を示しつつ、「過剰投資の裏側には過剰貯蓄があり、その余った貯蓄が不動産や株式など、さまざまなところでバブルを引き起こしているので、過剰投資と過剰貯蓄の問題をいかに軟着陸させるか」を中国経済の課題として指摘しました。その上で、「唯一ポジティブに捉えられる点は、中国はまだ完全な開放経済ではないので、中国自身がコントロールできる余地が非常に大きい。これにより軟着陸できる可能性はある」と語りました。

 これに対し早川氏は、「1990年代の後半に、国有企業問題が起こったが、かなり大胆なメスを入れることによって切り抜けた経験があるなど、中国の対応力は高い」としつつも、「近年はその対応力が鈍く、特に株暴落への対応はあまりにも稚拙だ」と、これからソフトランディングをしていく上での懸念を示しました。

 次に、工藤が、「中国は構造改革を迫られ、過去の膨大なつけをなかなか処理できないでいるが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に象徴されるように、大掛かりなインフラ戦略を絡めながら「中国の夢」を推進しているようにも見える。これらの動きはどう整理できるか」と尋ねると、早川氏は、AIIBと構造改革はリンクしていると指摘しました。早川氏はその中で、「中国は鉄鋼にしてもセメントにしても、莫大な過剰設備を持っている。そこで、余っている外貨準備を使って途上国に融資し、インフラ投資をやってもらい、中国の余っている鉄やセメントなどを売り込む。これで政治的な影響力を増す一方で、中国が無駄にしている外貨準備、そして余っている過剰設備を稼働させることになり、すべてがうまくいくことにつながる」と解説しました。もっとも早川氏は、「これが根本のところで、本当に安定的な中成長、とりわけ個人消費を中心とした経済への移行につながるかは目途が立っているわけではない」と留保を付けました。


中国のソフトランディングは世界、そして日本のためにも不可欠

 工藤から、中国経済のソフトランディングへの見通しを問われた内田氏は、「できるかできないか、ではなくやってもらうしかない。中国がソフトランディングできないことは、世界経済のみならず安全保障などさまざまな分野に影響が出てくる。世界としても、中国のソフトランディングを後押しするような政策や支援を行っていく必要がある」、早川氏も「中国がより消費主導型の経済になれば、日本からも見ても貿易、投資など、お互いに依存できる部分は大きい。中国は、ネット関係の企業が力をつけてきていて、日本の企業と比べてもイノベーティブだ。消費主導経済に移ったときに活躍できるようなシーズはもう育ってきているので、日本との間でもお互いにうまくやっていける余地は広がってくる」と述べ、日本の視点からも中国のソフトランディングは不可欠であると主張しました。

 最後に、日中経済という観点から内田氏は、「日中経済のつながりはどんどん強くなっている。また、これから高齢化やさまざまな構造問題に立ち向かっていく中で、どうしてもアジアの経済圏をきちんと整備しておく必要があり、そういう意味で、中国やさらには韓国の重要性が極めて強い。日中韓のFTAができればTPPよりも大きな経済圏になるので、TPP以降は日中韓FTAも想定しながら、日本経済がいかにアジアを中心とした世界経済にビルドインされていって、その中で日本経済や日本製品の競争力を見直し、サービスのファンになってもらうのか、というようなストーリーを描くことが極めて重要だ」と主張しました。

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