世界には、エボラ出血熱、気候変動など、さまざまな地球規模の課題が解決されないまま存在している。9月26日の言論スタジオでは、赤阪清隆氏(フォーリン・プレスセンター理事長)、髙島肇久氏(日本国際放送特別専門委員、元外務省外務報道官)、杉田弘毅氏(共同通信編集委員室長)の3氏をお迎えし、「世界的な課題に対する日本の発信力はなぜ弱いのか」と題し、議論を行いました。
議論では、過去と比べて、日本の対外的な発信力は弱くなっているとの認識で3氏が一致、そうした中で、国際社会の中で一翼を担うためにも、世界的な課題解決に向けて活躍する人材の育成や国連安保理の常任理事国になる必要性、また、防災や環境など、日本の強みを活かせる分野で存在感を高めていくことなどが指摘されました。
自分自身と国際社会との間に関係性を見いだせない日本人
冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、世界的な課題に日本としても役割を果たしていくために、世界の課題解決に向けた「言論」の舞台を日本国内にも活発化するほか、東京発の議論を世界に伝えていく必要がある、と言論NPOが地球規模的課題に対する取り組みを行う趣旨を説明しました。その後、「世界的な課題に関する日本の発信力はむしろ弱まっているが、これをどのように考えているのか」と疑問を投げかけ、議論はスタートしました。
元外務省外務報道官だった高島氏は、2015年9月の国連総会で採択された新しい開発目標に対する日本国内の認知度が他国に比べて高まっていないことを例に挙げ、「日本からの発信力が弱いだけでなく、国民全体が、国際社会で行われている努力が自分に関係していると自覚していない。これが日本の最大の弱みだ」と指摘し、対外発信以前に、国内の意識改革こそ必要だとの考えを明らかにしました。元国連事務次長でもあった赤阪氏は、「世界の課題に対して日本国内では様々な議論がなされているが、海外からは、課題解決に向けて日本のアイデアが出されず、それに関するコミュニケーション能力がないように見えている」と述べ、米国のフォーリン・アフェアーズ誌のような世界的に影響力のあるクオリティ誌を日本でもつくり出すことの意味と、世界に向けて日本の意見を発信していく人材を育成することが重要だ、と訴えました。
工藤はこれに対して、日本の存在感低下への危機感から14年前に言論NPOを設立した経緯を説明しながら、「当時と比べ、状況は改善したのか、悪化したのか」と問いかけました。杉田氏は、「日本からグローバルな課題の解決策が示されない背景には、戦後、国際的な問題にかかわらなくても豊かな生活を享受できる状況が続いたことが背景にある」とした上で、「最近は海外経験をした人が増え、アジアの問題を中心に、国際情勢を考えて議論していく土壌は整っているのではないか」と述べました。これに対して赤阪氏は「東京にいる海外メディアの特派員は、ここ十数年で半分になった」と述べ、中国と比べた今後の人口や経済力の見通しから、今後の日本の発信力について悲観的な見方を示しました。
国際的な影響力向上のため、政府のガバナンスや政治家の姿勢の改革を
次に、日本の国際的な影響力を高めていく課題として、赤阪氏は、国際機関の要職に就く日本人が減っていることに触れ、「人物はいるが、政府としての戦略と、各省を束ねる司令塔がない」と、首相官邸を中心としたガバナンスの再構築が必要だと述べました。続いて髙島氏は世界で活躍する人材にとって日本自体の存在感が後ろ盾になると述べ、そのためにもODAの戦略的な活用が重要だと強調。中国の途上国支援に対して現地で「植民地化ではないか」という批判が出ている中、ODAでこれまで成果を上げてきた日本が再びその取り組みを強化し、相手国との信頼関係を築くことで、国際機関の選挙における票の獲得にもつながると指摘しました。
杉田氏は、日本の政治が国際社会の課題解決に取り組む体制について、「ここ10~20年、経済問題や政治の混乱があり、世界的なプレセンスの向上にまで手が回ってこなかった」と振り返り、「国際的な発言が日本以上に注目されているシンガポールのような、『世界の中でどう生きていくか』という大きな戦略が足りなかった」と指摘。同時に、「日米の安全保障の関係、経済の枠組みのみを指針としていく傾向が強まっている」と指摘し、国連や多国間の外交が軽視され、そうした舞台における環境や軍縮、人道のような分野での貢献が減ってきていると述べました。
一方、気候変動やインフラ整備に関する安倍政権の提案など、今の地球規模の課題に対する日本政府の取り組みがどの程度効果を発揮しているかについて、赤阪氏は「日本はこれまで多くの分野で貢献をしてきたので評判は悪くないが、リーダーシップやアイデアとなると十分でない」と評価。原因は「その必要性がないことだ」と指摘し、打開策として、国際的な課題に関して国民を交えて議論し、判断を下す場を与えられること、具体的には日本が国連安保理の常任理事国となることが、必要だと述べました。また、高島氏は、難民問題の扱いが日本の行政では極めて小さくなっていることを例に、「今は蚊帳の外だと思っていても、ある日突然『日本は何もしていないではないか』という声が国際社会から起こる可能性がある」と述べ、メディアや政府、NGOなどが対応の枠組みについて議論を開始する必要性を強調。そうした努力によって徐々に国際機関での発言力を獲得し、最終的には常任理事国入りを目指すというプロセスを踏むべきだ、と主張しました。
課題解決や秩序形成の担い手として、日本への期待は大きい
司会の工藤が「課題解決のプレーヤーとして、世界は日本に何を期待しているのか」と尋ねると、赤阪氏は、国際秩序の面から、「中国が普遍的な価値を包摂し、秩序を守っていくよう導く役割を日本は期待されている」と述べ、日本がアジアや世界の平和構築に取り組む意思があることを、より積極的に世界に発言すべきだと訴えました。杉田氏は、日本が特化すべき分野の一つとして防災を挙げ、「気候変動が進む中、防災はグローバルな課題になっている。日本はこの分野が非常に進んでおり、世界がそれを期待している」と述べ、日本で国際会議を開くだけでなく、その後のフォローアップが重要だと強調しました。
将来を見据えたソリューションやオピニオンを世界に発信すべき
その後、議論の焦点は、日本の考えを世界に伝えるための広報、発信の役割に移りました。杉田氏は、日本の政府広報を強化していく重要性は認めた上で、現状の問題点として、「歴史問題などでの主張内容が微細な部分にまで及び、国際社会の関心とずれている」と指摘。加えて、「日本は世界の平和・発展にどう貢献していくのか」という、将来を見据えたソリューションが伴った発信の必要性を訴えました。高島氏も、「日本の政府広報は、中国や韓国を意識した戦後処理の問題にほとんどの意識が集中している」と述べ、日本に対する高い好感度をベースに、「日本が国際社会でどのような役割を果たそうとしているか」を発信していくことの重要性を主張。そして、政治家や報道官だけでなく代表的な日本人を海外に派遣して現地の人との意見交換の場を持つことも、日本への理解促進につながる、と提案しました。
日本の発信力向上における政府以外の主体の役割について、赤阪氏は「日本の情報が世界に流れないのは、政府だけでなく自治体の問題でもある」と指摘し、観光や文化のなど面で、外国人を意識した情報の輸出を促進すべきだと提案。具体的な手段として、政府の広報や広告だけでは疑いの目で見られてしまうことがあるため、日本にいる海外メディアへの働きかけが重要だと述べました。杉田氏も地方発の情報発信を増やすべきだと赤阪氏の意見に同意した上で、加えて、「外国人は、日本人が何を考えているのかを知りたがっている」と指摘。日本の将来展望についてのオピニオンの強化を求めました。また、日本のメディアにおける人材育成の課題について、政治や経済といった特定の分野にとどまらない総合的な知見を持つことや、国際的に通用する論理的な文章構築の実践を挙げました。
課題解決に向けた議論の舞台づくりを
赤阪氏は、国際的な発信における言論の役割に触れ、「チャタムハウスやダボス会議のような、定期的にいろいろなテーマを扱う議論の場を日本につくり、外国のメディアに関心を持ってもらえば、日本の情報がもっと世界に流れるのではないか」と提案。高島氏も、「交通網の発達や防災など、日本が売り物にできる課題解決の経験はたくさんある。日本発でそれを話し合う場をつくれば、間違いなく議論は深まっていく」と述べました。
最後に工藤が、「今日のような、日本の世界に対する貢献や、その発信のあり方に関する議論に、これから本格的に取り組んでいきたい。これから、世界の一つひとつの課題にどう答えを出していけばいいのか、日本の正しい姿を世界にどう伝えていくのかについて、より突っ込んだ議論を開始したい」と、言論NPOが取り組む、地球規模的な課題に対する議論の舞台づくりへの決意を述べて、議論を締めくくりました。
言論NPOでは今後、地球規模的な課題解決に向けた議論を本格化させていきます。その模様は、言論NPOのウェブサイトで随時お伝えしていきますので、ぜひご期待ください。
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工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、現在、世界にはエボラ出血熱の問題、気候変動やテロの問題、地球規模での平和構築の問題など、さまざまな課題が解決されないまま存在しています。こうした問題について、日本としても役割を発揮するために、世界の課題解決に向けて日本も積極的に議論するべきではないかと私は考えています。しかし、なかなか日本の声が世界に伝わっていかない。むしろ、日本の声や存在感が低下しているのではないかということが言われています。そこで今日は、日本の発信力を強化していくために私たちは何を考えればいいのか、ということで議論したいと思います。
今日は3人の方にゲストにお越しいただきました。まず、日本国際放送特別専門委員で、外務省外務報道官も務められた髙島肇久さん、続いて、フォーリンプレスセンター理事長で、広報担当の国連事務次長も務められた赤阪清隆さん、共同通信編集委員室長の杉田弘毅さんをお迎えして議論していきたいと思います。
日本は世界的な課題に関して発信力が弱いのではないか、と言われています。皆さんはそれをどのようにお考えでしょうか。
自分自身と国際社会との間に関係性を見いだせない日本人
髙島:今年2015年は、これまで国際社会全体が持っていた目標を、新しい目標に切り替える節目の年で、始まったばかりの国連総会において、「持続可能な開発目標」が全会一致で決まったようです。実は、2000年、新しい世紀を迎えようとする年に、国連はミレニアム開発目標を掲げました。その中で、一番目立った目標は、世界の絶対的な貧困を半減しようという目標で、その他にも、子どもたちを全員小学校に入れようとか、10の目標を立てました。その目標が今年で終わり、新しい目標のスタートを切ることになっています。
私は、2000年当時、東京の国連広報センターの所長でしたが、世界全体で取り組むのだから、日本でもどんどんPRして日本全体で盛り上げていく体制を作りたいと思っていました。
その結果、ある程度、「ミレニアム開発目標」という言葉自体は広まりましたが、結局、国民的な運動にはなりませんでした。しかし、世界全体を見渡すと、「絶対的な貧困を半分に減らそう」とか、「子どもたちを小学校に全員行かせるようにしよう」といった様々な目標が、先進国も途上国も協力し合ってかなりの部分、成功を収めることができました。今まで国際社会がやってきた努力では、これは成功例だと言われていますので、これから次の15年の新しい目標をつくろうとしています。今までの目標はMDGs(Millennium Development Goals)と言いましたが、新しい目標はSDGs(The Sustainable Development Goals)と言います。次の15年の目標も、このままいくと日本では国際社会に比べると認知度がかなり低いのではないか、と心配して言います。これはなぜなのか、と考えた場合、やはり発信する方も不足しているし、日本国民も国際社会全体と自分との間に結びつきを感じていない、結びつきがあることを自覚しないことが最大の弱みだと感じています。
今日は、そういったことをどうやったら喚起できるのか、どうすればモチベートできるのか、ということを私もこれを機会に勉強したいと思っています。
工藤:赤阪さんは国連の広報担当の事務次長をされていました。今、髙島さんが言われたように、国際的な課題に関して日本の発信力以前に、日本国内での議論が弱いという問題意識でしたが、赤阪さんはこれをどのようにお考えですか。
日本の強みを活かせる分野で人材を輩出することが発信力強化に繋がる
赤阪:私自身は、日本国内ではイスラム国やテロの問題、日中、日韓関係など、日本人が日本語で、日本人だけで議論していることは多々あり、国内的には発信がなされていると思います。しかし、海外に向けての発信力は非常に弱いと思います。海外から見ると、日本からアイディアが出てこない、リーダーシップがない、コミュニケーション能力がない、と思われています。つまり、そうした場が十分ではないのだと思います。例えば、日本は国連安保理のメンバーではありませんし、日本にはフォーリンアフェアーズ誌のような影響力のある雑誌や、ニューヨークタイムズ、CNNやBBCなどのメディアは存在しておらず、日本のメディアの力が、先進各国に比べて非常に弱いということが挙げられます。やはり、日本から世界に向けて情報が発信されるようになるには、もっとインフラが必要ですし、世界に向けて日本の意見を発信していく人材が必要だと思います。これは、プライオリティを決めて、日本が得意な分野で人材を育てていくということが必要だと思います。
工藤:世界的な課題解決に向けて活躍する人物を育てなければいけない、という問題提起をされました。杉田さんは、メディアの視点から見て、日本の存在感は小さくなっていると思いますか。
日本の中でアジアの課題を考え、議論していく土壌は出来上がりつつある
杉田:共同通信で、英語や中国語、韓国語などの発信を相当見てきていますが、国際社会でインパクトがあるような東京発のニュースは出ません。なぜなら、日本政府がグローバル課題についてコミットメントできていないために、日本から解決案の提示が出てこないからです。その結果、国際社会の人たちは、東京発のニュースに対して十分な注意を払うことはなくなっているのだと思います。
では、日本はどうしてグローバルな課題にコミットできていないかというと、日本は戦後、平和な時代を歩み、発展を享受してきたがために、あまり国際的な問題にかかわらなくても、十分に豊かな生活を送ることができてきた、という面があると思います。 しかし、最近の傾向として、若い人たちが留学したり、来日している留学生との付き合いがどんどん増えることで、問題を考えていこうという認識は広がっているのではないかと思います。また、最近の日本を取り巻く国際情勢がかつてより激しくなっていることもあります。
ただ、欧米のメディアが日々報じているようなシリアの問題や、ヨーロッパにおける難民の問題など、グローバルな問題に対して日本人としてどう考え、解決策をどのように提示していくのか、ということは直接の当事者ではないので、すぐに考えるのは難しく、欧米の認識とは少し開きがあると思います。但し、南シナ海の問題をどうするか、東南アジアの民主主義の発展、貿易の問題、こういった問題をどう考えればいいのか、という点については、比較的地域が近いこともあり、アジアの問題について考え、議論していく土壌は、段々でき上がって来ているのではないかと思っています。
工藤:私が言論NPOを立ち上げたのは14年前になります。その時、「世界の中で、姿も見えない、声も聞こえないような日本でいいのか」ということを問題提起しました。日本の中で、「言論」というものが、その役割、責任を果たすべきではないか、ということを提案したかったのです。当時、海外のメディアを見ていると、レーダーが回っている中で、日本の姿がなくなるという風刺漫画ありました。当時も日本の姿が見えない、発言もない、という状況でした。そうした中で、私たちは「この状況をどうにかしなければいけない」と言いながら14年が経ちました。
皆さんは、14年前と比べて、日本の発信力や存在感は更にひどくなっているのか。それともあまり変わらないのか。もしくは、改善の状況が見えているのか。どのようにご覧になっていますか。
14年前と比較して、日本の発信力や存在感は低下してきている
髙島:人材は間違いなく増えていると思います。というのは、海外経験、特にビジネスをやっている人、海外で国際交渉に携わった人が我々の身の回りにたくさんいます。この人たちをいかに活用するか、ということが1つあります。
もう1つは、国民的な意識の広がりが今一つ盛り上がっていないということです。先ほど、杉田さんからもありましたが、日本というのは、あまりにも平和で、自分たちの世界に閉じこもっていればそれで楽しくやってこられた時代がずっと続いてきたわけです。したがって、今まで地球規模で物事を考えようという意識がなかった。しかし、今、台風が近づけばこれまでになかったぐらい大荒れになります。実は、世界ではこの100年間の気温の上昇は0.74℃でしたが、なぜか日本の気温上昇は1.07℃と、地球全体を上回るペースで日本の温暖化が進んでいます。その結果、今までは福島が限界といわれていた桃の栽培が、東北の一番北から、今では北海道でも採れるようになっています。このままいけばその内、トロピカルフルーツが日本のどこでも採れるようになるのではないか、と言われるほどです。つまり、我々は「日本」という国に住んでいますが、近年、地球には大きな変化が生じていて、いろいろな問題を抱えているということを、もっと人々が知り、気づくことが大事だと思います。
ですから、対国外発信も重要ですが、対国内の意識改革のための発信も併せて行っていくことが重要です。外形的には海外経験のある人が増えてきているチャンスをうまく利用しながら、日本の発信力を高めていくことができるのではないかと思います。
赤阪:私は14年前、WHOにいました。それから外務省に戻り、その後、経済協力開発機構(OECD)で事務次長を4年やり、そこから国連に行きました。当時、海外から日本を見ていたわけですが、それから14年が経ち、さらに日本は段々小さくなってきていると感じています。東京にいる外国メディアの特派員の数は半分近くに減っていますし、それに伴い日本から外国メディアに流れるニュースも減るなど、顕著に表れています。他方、中国から流れるニュースは増えている。
今後も、日本の経済力の低下、人口減少など、日本から面白い世界にインパクトのあるようなニュースがあまり流れなくなるでしょうから、日本のプレゼンス、存在感はこれからもかなり減るでしょうから、将来が心配です。
杉田:日本ブームというのは、おそらく1980年代から90年代にかけて、経済が非常に強くなり、日本という異質な大国が出現したということで、世界中が注目したと思います。しかし、最近、アニメなどの日本文化、アベノミクス、そして最近の安全保障法制の変化というところで、日本に対する関心が、少し高まりつつあることは感じています。ただ、隣に中国という大国がいて、圧倒的な存在感を放っていますから、相対的に見ると、赤阪さんがおっしゃるように、日本の存在感は低下しているのではないかと思います。
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工藤:休憩時間に赤阪さんから、「今まで日本は、WHOやUNESCOなど、いろいろな国際機関の中に人材を送り出し、政府がきちんとバックアップして、世界の課題に取り組んできた。しかし、最近、そうしたポストに就く人がだんだん少なくなったり、それをバックアップする仕組みがなくなったりしているのではないか」との指摘がありました。そうした状況が目につくということでしょうか。
「国際社会でどう生きていくか」という大きな戦略がない日本
赤阪:その通りです。問題は、司令塔がいないことです。首相官邸が、各省よりも一段上の観点でプライオリティを決め、例えば、「次はWHO、次はユネスコ、日本にとって重要なのは環境だからUNEP(国連環境計画)のポストを取ろう」といった戦略を立てることが必要です。ほとんどの主要な機関は、選挙でポストを獲得できるので、組織力がある日本は、本来であれば選挙には強いはずです。しかし、現状は各省がバラバラ、場当たり主義で行ってきた政策をまとめて戦略化するために、人物はいるのですが、なかなかトップを取ることができない。ですから、首相官邸に司令塔を置き、戦略的に動いていくことが必要です。
工藤:確かに、世界的な課題に対して日本がもっとリーダーシップを発揮するため、そうしたガバナンス上の対応が必要です。
昨年、エボラ出血熱が流行したとき、マーガレット・チャン事務局長が、アフリカでの大流行に対して緊急の会議を開かず、対応しなかったために、1万人が死亡してしまいました。そうした状況を踏まえ、アメリカが「WHOはもういらないのではないか」という議論を行ったのですが、日本からはほとんど発言がありませんでした。当時、日本はこのエボラ出血熱への対応でも、医師を公募で集めて派遣している状況で、そうした議論への対応が非常に遅れてしまったような気がします。
赤阪:1994年、エボラが旧ザイールで流行したとき、当時は中嶋宏さんがWHOの事務局長でしたが、240人の死者で済みました。あのとき、WHOは、本部とアフリカの事務局とがしっかりとタッグを組んで頑張りました。今回の事態は、WHOの失策であることは間違いありません。
工藤:事務局長の選挙がそれに絡んでいますよね。高島さん、政府として、世界の課題に取り組む人材を戦略的に出していくといったことが必要ではないでしょうか。
高島:それは間違いないことで、人材が第一です。しかし、人が行くだけではなく、兵糧が後からついていかないと、日本という国の存在感も広がらないし、派遣された人材も自由な活動ができません。日本という国がバックにいて、「この人は事務局長、事務総長として頑張っているのだ」という姿を見せることが必要です。
日本のODAは、一番多かったときには年間1兆円くらいありましたが、今はその半分くらいになってしまいました。今、もう一度増やそうとする動きがありますが、日本の経済状況が悪くなると、真っ先に切られたのが外国への援助でした。それに対抗するかのように、今度は中国がどんどん独自のODAを増やしています。しかし、国際ルールにのっとっていないODAなので、今、アフリカでは中国が援助をしているものの、中国から人を連れてくるために地元の人は雇わない、資材は自国から持ってくるので商店はつぶれていく、という状態になっています。そして、事業が終わっても中国から派遣された人は残ったままであり、「植民地化ではないか」という批判が出ています。やはり、ODAの使い方をよく知っているのは日本だし、今まで大きな効果を上げてきたことは事実なのです。
日本の財政事情は大変苦しいですが、ODAを増やしていくことで国際社会における日本の存在感を高めることにつながります。また、国際機関の事務総長を選ぶための選挙で、アフリカ54カ国の票を固められる日ごろの付き合いにつながります。こうしたことを実現していくためにも、お金は賢く、しかも有効に使う。それがあって初めて、日本の存在感が生まれてくるのだと思います。
工藤:日本の政治の中で、国際的に活躍できる人材の活用や資金の面で国際社会の課題解決に取り組むパワーが弱くなっているというお話でしたが、杉田さんはどのようにお考えですか。
杉田:それは間違いないと思います。ここ10~20年、国内の経済問題、政治の混乱などがあり、対外的なプレゼンスを強化して、日本の国益を国際社会で実現していく体制をつくるところまで、残念ながら手が回ってこなかったのも現実だと思います。
しかし、日本よりも小さい規模の国で、日本よりも国際的に発言力があり、多くの国が耳を傾ける国があります。シンガポールがそうですし、韓国は国連事務総長を出しています。そういった国と日本の違いは、規模が小さいために「国際社会でどうやって生きていくか」という非常に大きな戦略を持っていることです。シンガポールはまさに、そうした戦略を持って生きてきた国で、世界から非常に注目される国づくりをしてきました。その部分が、日本は、少なくともここ20年くらいは足りていないといえます。
工藤:日本の政治家も、国際的な課題解決に対する熱意が小さくなっている感じがしませんか。これは選挙で票に結びつかない、といった理由によるものなのでしょうか。
杉田:平和がずっと続いて、国際社会における地位に対する意識があまり強くないということが言えると思います。同時に、日本の政治家は国際ニュースも読んで、いろいろな課題があることは理解しようとしていますが、それと自分との関連性を考えるところに至っていません。
工藤:ただ、日本の政府に戦略がまったくないわけではありません。例えば、気候変動に関して、日本はある程度戦略的な指導力を発揮する意思を持っています。また、単なる援助だけでなく、保健のシステムを世界の中で考えることが重要だという主張も出ています。加えて、インフラ整備などいろいろなことを安倍さんは提案しようとしています。こうした日本の提案を実現するためにも、国際機関のポストを取るなど、人材や資金の目に見える動きがないといけないのでしょうか。
国際社会の中で一翼を担うためのスタートを切る局面に
赤阪:日本はこれまでいろいろな分野でそれなりのイニシアティブをとってきたので、評判は悪くありません。ただ、リーダーシップをとっているか、アイデアがあるか、となると十分ではありません。なぜなら、その必要性がないからです。安保理に入ったら、毎日、シリアの難民をどうするか、イスラム国をどうするか、アフリカの紛争について発言し、賛成か反対か、PKOを出すか出さないかを決めなくてはいけません。常任理事国のイギリスやフランスは、毎日、国民を交えてそういった問題を議論しています。したがって、日本は安保理に入る必要があると思います。
工藤:高島さん、今の日本の状況で、安保理に入ってそういうことができるのでしょうか。
高島:場を与えられれば、ちゃんと取り組むのではないかと期待しています。今、ヨーロッパは、10万人の難民を国別に割り当てて引き受ける方針を決めました。それから、難民対策についても、国際機関に巨額の寄付をすることによって難民の途中の手続きをやってもらうようにしています。さらに、難民が発生する紛争地域への対応をどうするかも考えています。これは、否が応にもやらなければいけないことです。日本が今、まったく蚊帳の外だと思っていたとしても、ある日突然、国際社会の中で「日本は何もやっていないではないか」という声になって跳ね返ってくる可能性は十分あります。
では、今、日本で難民問題をどのように扱っているか。現状は、法務省の入国管理という、ごくごく狭い視野に立っての行政でしか処理されていません。去年、5000人以上の難民申請があったのに、難民認定されたのは11人しかいませんでした。国際社会から見ると、例外中の例外のような国になってしまっているわけです。今、少しずつでもいいので、日本のメディアも、政府も、教育機関も、NGOも頑張って、例えば「日本はシリア難民への対応をどうすべきか」といったことを議論することから始める必要があります。
そうした議論を始めつつ、国際機関でポジションを獲得し、それなりの国際的な発言力を得て、最終的には国連安保理の常任理事国になるというプロセスが必要です。今まで日本は、大型旅客機の後ろの座席でテレビゲームをやっていましたが、いよいよコックピットに入って、国際社会というジャンボジェットを操縦する一翼を担う。今はそのスタートを切ることを考える局面だと思います。
杉田:1990年代の半ば頃から、日本は、国連や多国間の外交をだんだん軽視してきていると思います。国連中心主義という日本外交の原則が、今はどれくらい重みをもっているか分かりませんが、専ら日米関係を強化していこうとしています。日米同盟が非常に重要であることは誰も否定できませんが、一方で、それまで日本の外交の強みであり国際社会で評価されてきた、国連を中心とする多国間の外交の場での、人道や軍縮、環境といった問題での貢献がかなり減っているのは間違いないと思います。ただただ、日米の安全保障の関係、日米経済の枠組みのみを、これから生きていく指針として頼りにしていこうという傾向が強まっているのが実態だと思います。
工藤:世界は日本に、課題解決のプレーヤーとして何を期待しているのでしょうか。
防災や環境、北東アジアの秩序づくりなどでの役割を期待されている
赤阪:今、国際秩序が揺れています。例えば、中国が普遍的な価値を包摂するのだろうか、国連システムを守るのだろうかと、世界が心配しています。そのときに、日本が中国と協力して、国際秩序を守ってもらうために中国を導く役割を世界が日本に大きく期待していると思います。
工藤:確かに、海外の人たちと話していると、日本が北東アジアでどのような役割を担っていくのかが見えない、と言われることが多くあります。
高島:戦後70年の安倍談話を、東南アジアでは、我々の想像以上に好意的で前向きにとらえてくれたと思います。日本が過去の反省はするけれども、それだけでなく積極的に役割を果たす用意がある、と繰り返し述べた点は良かったのではないかと思います。
工藤:私たちも中国の有識者にアンケートを取りましたが、安倍談話を3割が評価していました。確かに、あの談話は、戦後レジームを大事にして次につなげるという発想でした。世界的にも非常に大きなメッセージを与えたと思っています。赤阪さん、日本の政治には、それをベースにして、北東アジアの平和構築や世界の課題に対してもっと積極的に取り組む用意があると感じますか。
赤阪:そのためには、積極的に発言しないといけません。日本人は皆そのつもりがあって、平和志向だし、基本的な人権を守る、普遍的な価値を信じているということでこれまでやってきました。しかし、そうしたことを世界に向けて誰も発信しないので、「日本は黙っていてもお金を払ってくれるだろう」としか思われなくなっています。日本に対する評判は非常に良いのですが、日本のアイデア、日本が何をするかを世界が分かっていないのではないでしょうか。
そうした中で、医療、教育、防災、環境の分野で成果を上げていくことはできると思います。先ほど難民問題の話が出ましたが、日本に1万人、2万人のシリア難民を受け入れるのは無理です。ただ、関連して、子供の教育などの分野で日本の技術、経験をシェアするべきです。
杉田:私は防災が非常に重要だと思います。今、世界的に気候がおかしくなっていて、グローバルな課題として取り組まなければなりませんが、日本はこの分野で非常に進んでいます。ただ、いろいろな国際会議が日本で行われていますが、その後のフォローアップができていないような気がしています。これは国際社会が日本にすごく期待しているし、日本が存在感を示す大きな道具になると思います。
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工藤:先ほど杉田さんが、「世界に発信しようと思っても、中身がないと発信できない」とおっしゃっていました。中身というのは、日本が世界の課題にどう取り組み、どのような役割を果たすのか、ということを戦略的に政治レベルで考えることです。それが非常に弱いのではないかという、大きな問題提起がなされてきました。
今度は発信の問題に移ります。私も国際会議によく出ているのですが、2つのことを感じています。1つは、いろいろな会議に出ている日本人はいるのですが、個人の献身的な努力で出席している状況で、余裕がなくてバラバラに動いてしまっています。一方、政府は、広報というかたちで巨額のお金を使っています。確かに、中国と韓国が政府広報をしていて、それに対して日本の正しい姿を広報しないといけないというのは分かるのですが、ただ、政府の宣伝だけになってしまうと、日中韓の間だけでやり合っている感じで、他国から距離を置かれているような印象があります。
杉田さん、日本の広報はかなり突出して動いていますが十分に機能していると思いますか。
ソリューションの伴わない自己宣伝は受けいられれない
杉田:日本がいいことをやっているのを国際社会に伝えることは重要ですし、各国とも広報を非常に強化しているので、日本も広報に取り組むべきだと思います。ただ、気を付けるべきなのは、国際社会の関心と別のところにボールを投げても、国際社会という受け手が持っているキャッチャーミットに球が入らず、とんちんかんなやり取りになってしまいます。
例えば、歴史問題で日本の立場を伝えるのはいいのですが、あまり微細なことを伝えると、国際社会の理解がそこまで及んでいないことがあります。もう少し大ざっぱに、原則として「日本はどうなのか」「戦争のことをどう考えているのか」というところをまず言わないと、伝わらないと思います。
加えて重要なのは、将来を見据えた日本の貢献です。平和、発展、貧困撲滅などについての具体的な提案がなく、単に「日本は頑張っている」「悪いことはしていません」だけでは不十分です。今の国際社会ではソリューションが求められているので、それが伴っていない日本の自己宣伝はあまり受け入れられないと思います。
高島:イギリスのBBCとアメリカのメリーランド大学が10年以上にわたって、世界中の主だった国々について「世界に対して良い影響を与えているか、悪い影響を与えているか」というランキングをつけています。日本は常に上から3番目くらいを行ったり来たりしています。したがって、一般の人から見ると日本は良い国なのです。ネガティブな回答をするのは北朝鮮、中国、韓国だけです。隣国との関係は1つの大きな課題ですが、ベースには、日本に対する大変好意的な見方があります。それから、東日本大震災のときには、世界中から日本に対する同情と共に、称賛の声が寄せられました。
それがベースにあるのですから、あとは、「日本は一体何をやっているのか」「今後、国際社会でどういう役割を果たそうとしているか」をきちんと伝えられるかどうかです。そこが今、不足しています。工藤さんがおっしゃった「発信力がない」というのは、まさにその点だと思います。
発信の担い手として、例えばNHKの国際放送があります。受信可能世帯数はBBCやCNNよりもやや少ないのですが、中国や韓国の国際放送をはるかに上回っています。ただ、問題は、NHKワールドは後発のテレビ局なので、チャンネルをひねっても数十番目にならないと出てこないことです。これでは視聴者は定着しません。つまり、見やすくする、利用しやすくする、きめ細かく番組をPRするといった、放送局側の不断の努力がまだ不足しています。これにかなり力を入れることによって、日本発の国際放送で、今、我々が何を考えているかをちゃんと世界に伝える役割が果たせるのだろうと思います。そういう一つひとつの積み重ねをやっていかないと、日本の情報発信はなかなかうまくいきません。
工藤:今日は、NHKと共同通信という、日本を代表する世界発信のメディアの関係者が来られているので、この問題をさらに深めていきますが、その前に、高島さんは外務省の報道官という仕事もされていました。この政府広報の問題がやはり気になります。
国際社会において日本が何をするかということについては、私たちが考えを持っていないと発言できないと思うのですが、それに対して戦略的な対話もできず、かなり状況が悪化してきています。しかし、一方で、宣伝広報費が最近かなり膨らんできました。それが、隣国との摩擦解消のためだけの宣伝になってしまうと、何か足りないような気がします。
政府広報だけでなく、オピニオンの強化など様々な取り組みが重要
高島:おっしゃる通りです。政府広報と称してやっている仕事のかなりの部分は、戦後処理の問題です。結局、「日本の戦後がまだ終わっていない、それをどう片付けていくか。周りの国々は日本を攻め続けている、これにどう対抗するか」ということにほとんどの神経が集中しています。何でもないところに行って「日本は今こんなことをやろうとしています。あなたの国とこの先、手を握ることで、こういうことができるようになります」という話をする努力が必要です。
そのためには、報道官やスポークスマンや大臣が行く、そして記者会見を行うことももちろん大事ですが、代表的な日本人を次々に海外に派遣して、大学生やインテリと話す、もしくはビジネスサークルで話すという意見交換の場を1つでも多く持つようにすべきです。これが、日本への理解促進にすごく役立ちます。
工藤:赤阪さんは、国連の広報担当の事務次長という要職を務められたのですが、世界の中で日本のことを正しく知ってもらう、また日本の可能性や世界における役割について考える判断材料を提供することにおいて、政府の広報が持つ役割だけで十分なのでしょうか。あるいは、もっと別なかたちの展開が必要なのでしょうか。
赤阪:政府ももちろん大事で、予算も必要なのですが、それだけでは十分でありません。日本の場合、日本の情報が世界に流れていないのは、政府の広報が十分でないだけでなく、日本の都道府県や市町村の問題でもあります。自治体はこれまで世界の情報を取ろうと努力してきたのですが、自分たちの良いところ、観光やお祭り、伝統芸能などが世界に伝わっていません。ですから、今、観光客が増えているのは東京、大阪、名古屋、福岡であり、地方には外国人が行かないのです。外国人観光客は箱根に行っても、熱海や伊東温泉には行きません。地方の観光地には英語の案内がなく、広報担当の人も外国向けの広報が頭に入っておらず、日本国内の観光客ばかりに対応しています。もうそろそろ、日本から国際的にいろいろな情報を流し、輸入ではなく輸出をする時期なのです。
東京の外国メディアに勤務している人が550人いて、そのうちの300人強が外国人なのですが、一番効果があるのは、彼らに日本について書いてもらうことです。政府広報だと、あるいは新聞広告を出しても、外国人が眉に唾をして読まれるだけでしょう。確かに日本から海外のメディア関係者は減っていますが、まだ550人います。ニューヨークタイムズ、フィナンシャルタイムズ、ワシントンポスト、BBC、CNNなど主要なメディアはすべて日本に拠点を置いています。彼らは日本からのニュースを待っていますが、そこに対する働きかけが十分ではありません。それを行うには、お金はあまり要りません。彼らとは、電話一本でコンタクトがとれるのです。
杉田:この前、弊社の英語発信の責任者と、「これから何を強化していくか」という議論をしました。彼が言ったのは、1つはローカルニュースでした。外国人観光客は、新しい日本をどんどん見たいと思っています。箱根ではなく、地方のひなびた温泉にすごく行きたがっています。そういうところのニュースを取り上げて、どんどん翻訳して出すことです。
2つ目に、外国人は、日本人が何を考えているのかを知りたがっています。「政府はこういう方針を示した」とか「安倍首相はこういう談話を出した」とか「日本人はどう考えていくのか」といったオピニオンを強化していくことです。外国の人たちが関心を持っているのは、日本の経済や安保政策なのですが、それをさらに超える部分で興味を持っているのは「日本がどこに向かっているのか」という点です。それは、最終的には有識者が代弁するものですが、彼らが何を考えているのかというオピニオンを出していこうということでした。
工藤:そのような世界に対する発信は必要だと思っているのですが、一方、冒頭で高島さんがおっしゃったような、世界の課題解決に対する国民の関心が日本では非常に弱いのではないかという問題もあります。
私もワシントンに行くのですが、いたるところでシンクタンクがワークショップをやっています。私たち言論NPOもそういうことをどんどん実施しようと思っているのですが、日本の中に、世界の課題を議論する舞台をつくり、そこに多くの市民が参加できるチャネルを広げなければいけないと思っています。それについては、どうお考えですか。
相手に説得力をもって伝える技術は訓練しないと身につかない
杉田:日本のメディアの欠点は、たこつぼ化しているところです。例えば、日本の政治に詳しい人はいますが、その人は、日本の経済や文化については途端に話せなくなります。これでは、国際的な発信の場では通じません。聴衆は、日本の安保政策を聞きたいけれども、同時に日本の経済や中国の経済についても聞きたいと思っています。そういった部分を総合的に話せるような人材の育成が、特に、国際的なオーディエンスに対して原稿を書く上で必要だと感じています。
もう1つ言うならば、必ずしも克明にすべて知らなくても、国際的に通じる論理的な書き方を、できれば英語で実践できれば一番いいわけです。その訓練もやっていく必要があるということを、最近、非常に感じています。
工藤:今年の春、言論NPOが日本の有識者に「世界の課題の中で何に関心があるか」と調査したところ、国際的なテロの動向とかイスラム国の問題、東シナ海・南シナ海など周辺国との問題、またTPP、アメリカの利上げなど幅広い関心があることが分かります。しかし、そうした課題を日本の中できちんと考えることは十分ではないような気がしています。
高島:冷静な、しかも論理的で、周りで聞いていても面白いと思うような議論が、日本ではなかなかありません。イシューについて自分の頭の中で考えていくこと、相手に対して説得力をもって伝える技術、これは日本語でも英語でも同じだと思います。
赤阪さんが最近お書きになった『世界のエリートは人前で話す力をどう身につけるか?』という本があります。その中で、古今東西のいろいろな政治家や言論人が、どういうアプローチで「話す」ことをきちんとやってきたかというエピソードをたくさんちりばめて書いておられます。こういう実践的な本をできるだけ多くの人に書いていただき、「そうか、このように話すことが大事なのか」と知ってもらうことが大事です。即興で短く上手に話すことはスピーチの達人でも難しいけれども、それを頑張ってうまくなろう、という本です。やはり、訓練しないといけません。場当たり的にしゃべっても、百戦錬磨の外国の論客と戦うのは難しいからです。
工藤:赤阪さんは、フォーリン・プレスセンターで、日本にいる海外のジャーナリストに情報を提供するという非常に大事な役割を担っておられます。日本が世界の課題をどう考えているのか、日本がそれをどう取り組んでいくのか、という言論が盛り上がってくれば、それは発信力つながると思われますか。
赤阪:言論NPOが行っているような活動に、外国のメディアに関心をもってもらえば、日本の情報がもっと世界に流れると思います。フォーリン・プレスセンターのほか、NHKやnippon.comなど、世界に対して情報発信をしようとする団体は増えてきたと思います。イギリスのチャタムハウスやダボス会議のように、定期的にいろいろなテーマを扱う議論の場が日本に必要だと思います。
工藤:私たちも、地球規模の課題を考える会議をつくろうと準備を進めていますが、世界の方が先を行っています。ただ、「日本が地球規模の課題に対して議論することをどう思うか」と世界の主要シンクタンクのトップにコメントを求めると、皆さん「日本に頑張ってほしい。そういう動きが始まったことはうれしい」と言ってくださいます。国際課題を考える人材がいないわけではないので、そういう人たちがいろいろな議論の舞台をつくり、政府外交と競争していくようなかたちになればいいと思います。
課題について議論し、具体的な解決策を提示することができる舞台を
高島:先ほどお話のあった防災、公共輸送機関の発達、それから、東京のような極めて集中度の高い街の中で工事を進めるすばらしい技術。また、高速鉄道網で中心地と遠隔地を結ぶことでつくられる、新しい人とモノの流れ。日本がやってきたことは、やはり一見の価値があります。日本には売り物はたくさんあるわけですから、日本発の議論の場でそれらを話し合えば、間違いなく議論は深まってきます。
杉田:「グローバル化」という言葉がずっと使われていますが、グローバル化の総本山であるアメリカ人の学者に聞くと、それは「グローバルな課題を議論できること」だと言います。外国語を使えるとか外国人の友達がいるといったことではなく、課題に直接向き合って議論できる力を持っていることです。知識があって、それだけでなくソリューションを考えることが、「グローバル化」だということです。
したがって、シリアの難民問題を日本語で、日本人が議論して具体的な解決策を提示しても「グローバル化」だし、それが国際的な場であれば、あるいは国際的な場で提案が採択されればより良いでしょう。そういうものが「グローバル化」であるならば、日本はまだまだ国内の問題で手いっぱいで、本当のグローバル化は進んでいません。そういう意味では、シンガポールはそれがものすごく進んでいる国なのかなと思います。
工藤:日本の国際化は、まさに今がチャンスですよね。今日の話を聞いて、展望が見えました。
赤阪:ポテンシャルはたくさんあります。それをまとめ上げて、世界に日本のいろいろな良さ、良い情報、課題を解決してきた経験、解決中の課題を共有する。それをもっと強化していきたいです。
工藤:ということで、時間になりました。今日は、日本の課題解決の力、それを世界にどう発信していくのか、そして、そもそも日本が世界にどう貢献していくのか、という非常に大きなテーマで皆さんと議論しました。
私たちはこれから2年間、こういう地球規模的な課題に対する議論を本格的に東京でやっていこうと思っています。今日はそのスタートだということです。これから、世界の一つひとつの課題にどう答えを出していけばいいのか、そして、日本の正しい姿を世界にどう伝えていくのかについて、より突っ込んだ議論を開始したいと思います。
皆さん、ありがとうございました。
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entry_more=2015年9月30日(水)
出演者:
赤阪清隆氏(フォーリン・プレスセンター理事長)
髙島肇久氏(日本国際放送特別専門委員、元外務省外務報道官)
杉田弘毅氏(共同通信編集委員室長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
世界には、エボラ出血熱、気候変動など、さまざまな地球規模の課題が解決されないまま存在している。9月26日の言論スタジオでは、赤阪清隆氏(フォーリン・プレスセンター理事長)、髙島肇久氏(日本国際放送特別専門委員、元外務省外務報道官)、杉田弘毅氏(共同通信編集委員室長)の3氏をお迎えし、「世界的な課題に対する日本の発信力はなぜ弱いのか」と題し、議論を行いました。
議論では、過去と比べて、日本の対外的な発信力は弱くなっているとの認識で3氏が一致、そうした中で、国際社会の中で一翼を担うためにも、世界的な課題解決に向けて活躍する人材の育成や国連安保理の常任理事国になる必要性、また、防災や環境など、日本の強みを活かせる分野で存在感を高めていくことなどが指摘されました。
自分自身と国際社会との間に関係性を見いだせない日本人
冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、世界的な課題に日本としても役割を果たしていくために、世界の課題解決に向けた「言論」の舞台を日本国内にも活発化するほか、東京発の議論を世界に伝えていく必要がある、と言論NPOが地球規模的課題に対する取り組みを行う趣旨を説明しました。その後、「世界的な課題に関する日本の発信力はむしろ弱まっているが、これをどのように考えているのか」と疑問を投げかけ、議論はスタートしました。
元外務省外務報道官だった高島氏は、2015年9月の国連総会で採択された新しい開発目標に対する日本国内の認知度が他国に比べて高まっていないことを例に挙げ、「日本からの発信力が弱いだけでなく、国民全体が、国際社会で行われている努力が自分に関係していると自覚していない。これが日本の最大の弱みだ」と指摘し、対外発信以前に、国内の意識改革こそ必要だとの考えを明らかにしました。元国連事務次長でもあった赤阪氏は、「世界の課題に対して日本国内では様々な議論がなされているが、海外からは、課題解決に向けて日本のアイデアが出されず、それに関するコミュニケーション能力がないように見えている」と述べ、米国のフォーリン・アフェアーズ誌のような世界的に影響力のあるクオリティ誌を日本でもつくり出すことの意味と、世界に向けて日本の意見を発信していく人材を育成することが重要だ、と訴えました。
工藤はこれに対して、日本の存在感低下への危機感から14年前に言論NPOを設立した経緯を説明しながら、「当時と比べ、状況は改善したのか、悪化したのか」と問いかけました。杉田氏は、「日本からグローバルな課題の解決策が示されない背景には、戦後、国際的な問題にかかわらなくても豊かな生活を享受できる状況が続いたことが背景にある」とした上で、「最近は海外経験をした人が増え、アジアの問題を中心に、国際情勢を考えて議論していく土壌は整っているのではないか」と述べました。これに対して赤阪氏は「東京にいる海外メディアの特派員は、ここ十数年で半分になった」と述べ、中国と比べた今後の人口や経済力の見通しから、今後の日本の発信力について悲観的な見方を示しました。
国際的な影響力向上のため、政府のガバナンスや政治家の姿勢の改革を
次に、日本の国際的な影響力を高めていく課題として、赤阪氏は、国際機関の要職に就く日本人が減っていることに触れ、「人物はいるが、政府としての戦略と、各省を束ねる司令塔がない」と、首相官邸を中心としたガバナンスの再構築が必要だと述べました。続いて髙島氏は世界で活躍する人材にとって日本自体の存在感が後ろ盾になると述べ、そのためにもODAの戦略的な活用が重要だと強調。中国の途上国支援に対して現地で「植民地化ではないか」という批判が出ている中、ODAでこれまで成果を上げてきた日本が再びその取り組みを強化し、相手国との信頼関係を築くことで、国際機関の選挙における票の獲得にもつながると指摘しました。
杉田氏は、日本の政治が国際社会の課題解決に取り組む体制について、「ここ10~20年、経済問題や政治の混乱があり、世界的なプレセンスの向上にまで手が回ってこなかった」と振り返り、「国際的な発言が日本以上に注目されているシンガポールのような、『世界の中でどう生きていくか』という大きな戦略が足りなかった」と指摘。同時に、「日米の安全保障の関係、経済の枠組みのみを指針としていく傾向が強まっている」と指摘し、国連や多国間の外交が軽視され、そうした舞台における環境や軍縮、人道のような分野での貢献が減ってきていると述べました。
一方、気候変動やインフラ整備に関する安倍政権の提案など、今の地球規模の課題に対する日本政府の取り組みがどの程度効果を発揮しているかについて、赤阪氏は「日本はこれまで多くの分野で貢献をしてきたので評判は悪くないが、リーダーシップやアイデアとなると十分でない」と評価。原因は「その必要性がないことだ」と指摘し、打開策として、国際的な課題に関して国民を交えて議論し、判断を下す場を与えられること、具体的には日本が国連安保理の常任理事国となることが、必要だと述べました。また、高島氏は、難民問題の扱いが日本の行政では極めて小さくなっていることを例に、「今は蚊帳の外だと思っていても、ある日突然『日本は何もしていないではないか』という声が国際社会から起こる可能性がある」と述べ、メディアや政府、NGOなどが対応の枠組みについて議論を開始する必要性を強調。そうした努力によって徐々に国際機関での発言力を獲得し、最終的には常任理事国入りを目指すというプロセスを踏むべきだ、と主張しました。
課題解決や秩序形成の担い手として、日本への期待は大きい
司会の工藤が「課題解決のプレーヤーとして、世界は日本に何を期待しているのか」と尋ねると、赤阪氏は、国際秩序の面から、「中国が普遍的な価値を包摂し、秩序を守っていくよう導く役割を日本は期待されている」と述べ、日本がアジアや世界の平和構築に取り組む意思があることを、より積極的に世界に発言すべきだと訴えました。杉田氏は、日本が特化すべき分野の一つとして防災を挙げ、「気候変動が進む中、防災はグローバルな課題になっている。日本はこの分野が非常に進んでおり、世界がそれを期待している」と述べ、日本で国際会議を開くだけでなく、その後のフォローアップが重要だと強調しました。
将来を見据えたソリューションやオピニオンを世界に発信すべき
その後、議論の焦点は、日本の考えを世界に伝えるための広報、発信の役割に移りました。杉田氏は、日本の政府広報を強化していく重要性は認めた上で、現状の問題点として、「歴史問題などでの主張内容が微細な部分にまで及び、国際社会の関心とずれている」と指摘。加えて、「日本は世界の平和・発展にどう貢献していくのか」という、将来を見据えたソリューションが伴った発信の必要性を訴えました。高島氏も、「日本の政府広報は、中国や韓国を意識した戦後処理の問題にほとんどの意識が集中している」と述べ、日本に対する高い好感度をベースに、「日本が国際社会でどのような役割を果たそうとしているか」を発信していくことの重要性を主張。そして、政治家や報道官だけでなく代表的な日本人を海外に派遣して現地の人との意見交換の場を持つことも、日本への理解促進につながる、と提案しました。
日本の発信力向上における政府以外の主体の役割について、赤阪氏は「日本の情報が世界に流れないのは、政府だけでなく自治体の問題でもある」と指摘し、観光や文化のなど面で、外国人を意識した情報の輸出を促進すべきだと提案。具体的な手段として、政府の広報や広告だけでは疑いの目で見られてしまうことがあるため、日本にいる海外メディアへの働きかけが重要だと述べました。杉田氏も地方発の情報発信を増やすべきだと赤阪氏の意見に同意した上で、加えて、「外国人は、日本人が何を考えているのかを知りたがっている」と指摘。日本の将来展望についてのオピニオンの強化を求めました。また、日本のメディアにおける人材育成の課題について、政治や経済といった特定の分野にとどまらない総合的な知見を持つことや、国際的に通用する論理的な文章構築の実践を挙げました。
課題解決に向けた議論の舞台づくりを
赤阪氏は、国際的な発信における言論の役割に触れ、「チャタムハウスやダボス会議のような、定期的にいろいろなテーマを扱う議論の場を日本につくり、外国のメディアに関心を持ってもらえば、日本の情報がもっと世界に流れるのではないか」と提案。高島氏も、「交通網の発達や防災など、日本が売り物にできる課題解決の経験はたくさんある。日本発でそれを話し合う場をつくれば、間違いなく議論は深まっていく」と述べました。
最後に工藤が、「今日のような、日本の世界に対する貢献や、その発信のあり方に関する議論に、これから本格的に取り組んでいきたい。これから、世界の一つひとつの課題にどう答えを出していけばいいのか、日本の正しい姿を世界にどう伝えていくのかについて、より突っ込んだ議論を開始したい」と、言論NPOが取り組む、地球規模的な課題に対する議論の舞台づくりへの決意を述べて、議論を締めくくりました。
言論NPOでは今後、地球規模的な課題解決に向けた議論を本格化させていきます。その模様は、言論NPOのウェブサイトで随時お伝えしていきますので、ぜひご期待ください。