今、アベノミクスに何が問われているのか

2015年10月18日

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9月24日、自民党総裁に無投票再選された安倍首相は、記者会見で「アベノミクス、いよいよ第2ステージへ」と銘打った政策所見を発表しました。そこで、9月28日収録の言論スタジオでは、法政大学経済学部教授の小黒一正氏、慶応大学特任教授で、日本経済研究センター研究顧問も務める齋藤潤氏、日本総合研究所副理事長の湯元健治氏の各氏をゲストにお迎えして、「今、アベノミクスに何が問われているのか」をテーマに議論を行いました。

議論では、そもそも「第1ステージ」にもまだ課題が残っていることに対する指摘や、今回打ち出された「GDP 600兆円」「出生率1.8」などの目標について、達成を疑問視する声が相次ぎました。その上で、本気でこの目標を達成するためには、政治に相当の覚悟が求められることで、各氏の意見は一致しました。


実現可能性に疑問があり、選挙向けのキャッチコピーになっている「新たな3本の矢」

工藤泰志 司会を務めた言論NPO代表の工藤から、この「第2ステージ」についての印象を尋ねられた湯元氏はまず、「第1ステージ」を振り返り、「需要を押し上げることを主眼にしていたが、実は供給サイドに課題があることが浮き彫りとなった」と指摘。その上で、供給サイドを引き上げようとする第3の矢の成長戦略の効果がまだ出てきてない中で、「新たな三本の矢」を打ち出したことに対して、やや懐疑的な見方を示しました。さらに、「希望を生み出す強い経済」、「夢を紡ぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」などのフレーズを「政策ではなく、参院選を見据えたキャッチコピーではないか」と指摘しました。

 齋藤氏は、この「第2ステージ」で掲げている「出生率1.8」などの目標について、その実現可能性に疑問を投げかける一方で、これまで「第1ステージ」ではあまり進んでいなかった構造改革にシフトしていくための良い機会と評価しました。

 続いて、工藤から、「第2ステージ」の、「第1ステージ」との連続性を問われた小黒氏は、「好意的に解釈した上で」と前置きしつつ、今回打ち出された「GDP 600兆円」という目標のところが、第1ステージと連続していると解説しました。

 しかし、その一方で、「GDP 600兆円」達成の見通しについては、日本経済の現状を踏まえながら、「直近の統計では、インフレ率はマイナスだし、成長率も鈍化している。対策を打っても経済の底力が上がっておらず、厳しい状況だ」との見方を示し、「第1ステージの検証をした上で、今回の対策が打ち出されたわけではない」と述べました。

 これを受けて湯元氏も同様の見方を示した上で、「子育て支援、社会保障改革は確かに重要であるが、これがどう成長につながるのか。そもそも財源も明らかになっていない」と指摘しました。

 斎藤氏は、中国をはじめとした海外経済減速という外的要因に加え、日本国内の問題点として、輸出や消費の伸び悩みを指摘し、「ここが強くならないと600兆円には到底届かない」と語りました。


実行の着手はあったが、課題は山積みの「第1ステージ」

 続いて、議論は「第1ステージ」の総括に移りました。

 湯元氏はまず、第1の矢(金融政策)については、「『期待』を引き起こすために異次元緩和が行われたが、確かにマーケットの期待は高まった」としつつ、設備投資の伸び悩みや、賃上げが物価上昇に追いついていないことなどから、「企業マインドは高まっていない」と指摘。第2の矢(財政政策)についても、額の減少とともに、効果も減少した、と述べました。一方、第3の矢(成長戦略)については、効果が発現するまで時間がかかることから、最終的な評価は難しいとしつつ、2年間で40本以上の法案を通したことや、小泉政権時代に着手できなかった岩盤規制改革に乗り出したことを踏まえ、「実行はしている」と評価しました。その一方で、「数値目標など曖昧な部分はあるし、女性の活躍促進や、労働市場改革などもっとスピードアップして対応してほしかったものがある」とも指摘しました。

 齋藤氏は湯元氏と同様の見方を示しつつ、財政政策については、「景気の下支えには一定の効果があったが、財政再建のことも忘れてはいけない」と指摘。成長戦略については、「何を優先すべきなのか整理できていないのではないか。また、いまだに発想が高度成長期のモデルで、少子高齢化、安定成長時代に合ったものを打ち出していく必要がある」と主張しました。

 「物価2%目標」が達成されていないことに関連して、工藤から「政府内から物価上昇にこだわらない声が出始めているが、政府と日銀の間には認識のズレが生じているのではないか」と問いかけられた小黒氏は、「元々ズレはあったが、株高などでそれが覆い隠されていた。しかし、円安が進み輸入業者が打撃を受け、ここでようやく政治課題となってきた」と解説しました。その上で、「政治は『政策が間違っていた』とは言いにくいものだから、『新三本の矢』でごまかしを図っているのだろう」と語りました。

 さらに続けて、「2%目標に弊害があるのであれば、国債購入を減らすことになるが、そうすると金利が上がることになる。軌道修正には政治のサポートが不可欠だが、今のようにずれがある中で、それが期待できるのか」とこれからの日銀が抱える難題を指摘しました。

 構造改革の評価については、齋藤氏は、「今の成長戦略は、構造政策に切り込むものになっていない」ことを指摘すると、湯元氏も、小泉政権下で実現できなかった岩盤規制改革に進捗が見られることに一定の評価をしつつ、法人税率引き下げ目標が曖昧なことを例に、切り込み不足を指摘しました。湯元氏は一方で、その効果が出るまでには時間がかかるために、「マーケットから見れば『あまり進んでいない、効果が出ていない』という評価になりがち」であると解説し、長い目で見ることの必要性を説きました。


政治の実行力が問われる「第2ステージ」

 最後のセッションでは、「第2ステージ」について議論が行われました。

 湯元氏は、安倍首相が、『痛み』が発生するので選挙に不利であるために、意図的に「構造改革」という言葉を避けていることを指摘。その上で、「子育て充実も社会保障改革も財源が必要だが、コストカットも消費税15%以上への増税の議論もなされていない中では実効性に疑問がある」と批判しました。

 齋藤氏は、「第2ステージ」で特に求められる政策として、「成長のためには生産性向上が重要であるが、高齢化が進む中では限界がある。やはり、中長期的な視点からは、時間はかかるが人口増が必要」と述べ、出生率上昇を構造改革の大きな柱とすべきとの認識を示しました。

 小黒氏は、「新たな三本の矢」の狙いを、「人口増も、女性の活躍支援も、介護離職者を減らすことも、全てGDPという「量」を押し上げることが目的にある」と解説しました。小黒氏は、この方向性自体は正しいとしつつ、「これから『1億総活躍社会』担当大臣を新設し、それからプランを出すということなので、それを見ないと本当の評価はできない」と、現段階での確定的な評価を避けました。

 これを受けて工藤は、「方向性は妥当でも、その実現に向けたプランを本当に出せるのか」と問いかけると、湯元氏は、「出生率向上による人口増には十年のスパンが必要だ。短期的な人口増を図るためにはこれまでタブー視してきた移民や非嫡出子の法的権利向上などにまで踏み込む必要がある」「女性が男性と対等に活躍するためには、長時間労働を是正していく必要がある」「介護人材が恒常的に不足し、介護需要の増加に対応できていない」などと、次々に現状の課題を指摘した上で、「課題認識は正しくても、何をやるか具体性を欠くために、本気で課題に取り組もうとしているのか分からない」と疑念を呈しました。

 これを受けて齋藤氏も、「今回打ち出されたものは、あくまでも自民党という一政党のものであり、政府としてはまだ受け止めているものではない。経済財政諮問会議でどう取り上げていくかを注目する必要がある」と述べると、湯元氏は、「まさに総理や官邸の実行力が問われる」と応じました。

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工藤泰志 工藤:9月24日、自民党の総裁選に再選された安倍首相は、記者会見で「アベノミクスはこれから『第2ステージ』に移る」とおっしゃいました。私たち言論NPOは、これまでアベノミクスの評価を定点的に行ってきて、第1ステージそれ自体にも様々な課題があると思っていますが、その中でこの第2ステージに移行するとはどういうことなのか。それをきちんと読み解きながら、日本経済の課題について議論を行います。

 ゲストの紹介です。まず、日本経済研究センター研究顧問の齋藤潤さん、続いて、日本総合研究所副理事長の湯元健治さん。最後に、法政大学経済学部教授の小黒一正さんです。

 まず、安倍さんの記者会見を聞いていると、もう「(第1ステージの目標だった)デフレ脱却はほとんどできた」とした上で、「これから新しい動きを始める」とおっしゃっていました。これをどう見ればいいのか、というところから議論を始めたいと思います。


具体的な政策というよりは、選挙に向けたキャッチコピーのような新三本の矢

 小黒:アベノミクスの第1ステージで、一番大きな政策目標は、「2年で2%」の物価目標ですよね。その2年とは、だいたい2015年の3月末が期限だったわけですが、直近のインフレ率は、コアCPIでいうと、マイナス0.1%程度ということで、2年4ヵ月ぶりのマイナスになってしまっています。一義的には確かに、インフレ率は上がったわけですが、デフレを脱却できたか、ということについては、専門家の間でも意見が分かれています。ただ、そもそも安倍政権側は、デフレ脱却の定義を実ははっきり示していないわけです。現状マイナスになっていますが、仮にまたプラスに戻ってきた場合、政府がそこで「デフレが脱却された」ということにすれば、一応、目的は達成された、ということもできなくはないとは思います。

 湯元:市場でも、いきなり「三本の矢」から「新三本の矢」へ、というように変わってきたので、やや唐突な印象を持っている人は結構います。ただ、「第2ステージ」というのは、今回初めて出てきた言葉ではなく、今年6月の「日本再興戦略改訂 2015」の中でも、「第2ステージに入った」と書いていたわけです。

 第1ステージでは、需要不足の経済の中、デフレが長期化してきた、という基本認識の下、主として需要を押し上げる経済対策をやっていこう、ということで、第1の矢の金融政策や、第2の矢の財政政策をやってきたわけです。しかし、日本経済の現状を見ると、人手不足が深刻化し、逆に供給サイドに制約があるということがはっきりしてきた。

 第3の矢の成長戦略は、供給サイドを強化することによって、日本の潜在的な成長率を引き上げる、ということが目標だったわけですが、まだやり始めたばかりで、はっきりとその効果も出てきていない状況の中で、新しい三本の矢が出てくるというのは、やや違和感を持って受け止めています。

 さらに、中身を見ると、「希望を満たす強い経済」、「夢をつなぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」など、具体的な政策というよりは、来年の参院選をにらんだキャッチコピー的な性格があるという感じがします。

工藤:今までの三本の矢は、政策手段だったのですが、今回のものは政策手段ではなく、願望のようなものになっている。どう実現するのかが問われているのに、それが見えてこない、ということですね。齋藤さんはどのようにご覧になりましたか。

 齋藤:第1ステージの成長戦略に関して言えば、私はちょっと成長戦略の性格が曖昧だったのではないかと思います。工藤さんは、政策手段だ、とおっしゃいましたが、政策手段として整理するのであれば、金融政策、財政政策、構造政策、というようになると思います。ところが、第1ステージの成長戦略というのは、構造政策だけではなく、湯元さんもおっしゃったように、需要政策みたいなものも入っていた。そこで、総花的なものになってしまい、何が優先されるのか、どういう体系なのか、ということが分かりにくくなった、と思います。

 そういう意味でいうと、今回の第2ステージの新しい三本の矢というのは、これまでと同様に「強い経済」を目指していますが、同時に構造政策、その中でも特に私が重要だと思っている、人口規模を維持するための人口減少対策に一応、言及して、着手しようとしているのは、すごく大事なことです。ただ、まだ具体化されていませんので、本当にできるかというのが分かりません。これから色々な肉付けは必要ですが、構造政策のところにシフトする良い機会にはなると思います。


論理構成上は第1ステージからの連続性がある

工藤:確かに、プラスに評価すれば、中長期的な視点から見て、持続的に成長するためにはどうすればいいのか、という姿勢に移ってきている。日本再興戦略の改訂版もそういう視点でしたよね。ただ、第1ステージで出てきた色々な問題は、まだ残っている。色々な経済指標も、当初想定していたよりは楽観できるような状況ではない。その状況の中で、、きちんと政策的な整合性を持ちながら、次のステージに移ったと見ていいのでしょうか。それとも、湯元さんがおっしゃったように、選挙を意識した政治パフォーマンスなのでしょうか。

小黒:好意的に解釈すれば、第1ステージと第2ステージの間には連続性があります。旧三本の矢である、大胆な金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略のうち、最初の二本の矢、つまり金融政策と財政政策が目指したものは、短期の視点で需要を押し上げて、経済成長を促進する、ということだったのでした。今回出てきた新三本の矢のうち、最初の「希望を生み出す強い経済」のところでは、GDPについて、「600兆円の達成を明確な目標として掲げたい」と提唱しています。この達成期限は明らかではありませんが、仮に2020年頃だと考えると、それまでに今の約490兆円から600兆円にするためには、名目GDPに換算するとだいたい3%くらいの成長をしていく、ということを意味するわけです。名目成長率を2つに分解した場合、インフレ率と、実質経済成長率になりますが、このインフレ率の方を、どれくらいの目安で取るかによって、実は旧三本の矢のうちの、金融政策などは含まれる、と考えることができます。

 もう一つの実質経済成長率の部分を、旧三本の矢の財政政策か、構造改革で引き上げるというように解釈すると、新三本の矢の最初の「希望を生み出す強い経済」というところにつながってくる、と解釈することもできます。唐突な印象もあるのは確かですが、政権側としてはそういうふうに新三本の矢を位置付けているのだと思います。

 残りの二本の矢である、子育て支援と、社会保障改革の方は、今までは重点をかけていなかったところですが、そこで、新しい矢として放つことによって、新しい政策として浮き彫りにさせている、という意味ではつながっていないわけではないと思います。

 ただ、検証するとやはり厳しい面が見えて来ます。繰り返しになりますが、インフレ率は直近ではマイナスになり、2%には届いていない。経済成長率の方も、内閣府が出している潜在成長率は、どんどん下がって来ていて、直近では0.5%になってしまっている。様々な対策を打っていますが、経済の底力というものがなかなかついてきていない。そういう意味で、第1ステージの検証をきちんと進めた上で、今回の対策が出されたのかというと、そこは違うと思います。ですから、来年には参議院選挙がありますが、我々としてもよく考えて評価していく必要があると思います。


現状からは遠い600兆目標

工藤:確かに、論理構成上はある程度連続性があるように見え、非常にうまく考えているという感じはします。ただ、600兆円目標のところが、第1ステージにつながっている、ということなのですが、実質3%、名目2%成長が難しい状況の中、本当に600兆円は実現できるのでしょうか。

湯元:アベノミクスのこれまでをデータで振り返ると、インフレ率は、原油価格の低下ということもありますが、マイナス0.1%になっている。仮に、こういうエネルギー価格の低下を除いても1%強ということで、目標の2%まではまだ道半ばです。経済成長率は初年度は非常に高かったわけですが、それは消費税の駆け込み需要などのおかげであって、それを除けば実質的に2%には届いていない。2年目は、消費増税の影響があったとはいえ、マイナス成長。それから、3年目に入って1-3月期は高い成長になりましたが、4-6月期はマイナス成長。これはアベノミクスの問題というよりも中国発の世界同時株価暴落などの影響ですが、いずれにしても実質1%強の成長率にとどまっている。3%を目指す、という状況ではなく、せいぜい2%行けるかどうか、というような局面です。やはり、需要サイドを刺激するだけの政策を続けていても、目標達成はできない。潜在成長率が0.1%まで低下した中、これを2%以上まで押し上げるということが求められていますが、そういう意味では、新三本の矢の中の第1の矢に入っていると思われる成長戦略こそ進めていかなければならない。

 それから、子育て支援、社会保障改革は、もちろん非常に重要な政策ですし、国民の関心も高いのは確かですから、新三本の矢に組み込むのは分かりますが、これで成長率が上がるのかというとそう簡単ではありませんし、そもそも財源が必要な施策ですが、その財源が一切示されていない、ということで、本当にできるのか、ということもはっきりしていない。おそらく新三本の矢の位置付けというのは、これから本格的に明らかにしていくことになると思います。

齋藤:まず、考慮しなければならないのは海外経済環境ですね。これがかなり不透明感を増している。ヨーロッパについては、ギリシャ危機は一応乗り越えましたが、今後の財政再建の進捗状況によっては、第2、第3のギリシャ危機というものが出てくるかもしれない。加えて、ドイツでもフォルクスワーゲンの排ガス不正問題が、どうなるかというのは非常に不気味です。自動車はすそ野が非常に広い産業ですから、ドイツでもかなり影響が出てくる可能性がある。そして、それがヨーロッパ全体に広がるかもしれない。そして、中国に関しては、なかなか難しい問題を抱えていると思います。私は、中国経済は、2重の移行過程にあると思っています。一つは、高成長経済から中成長経済への移行。投資に重点を置いた経済から、消費に重点を置いた経済に移行しようということです。当然、この間は経済が減速するので、そこが課題になる。もう一つは、バブルの崩壊とそれへの対応です。不動産市場で起こったバブルが、上海株式市場で株価が暴落したことで崩壊した。それを一生懸命支えようとしましたが、今のような、「問題を先送りをしよう」という政策は、日本の経験から言っても、傷口を大きくするだけなので、続けるべきではないし、続かないと思います。このように、中成長経済への移行と、バブルの崩壊の処理が重なってしまいますので、苦境は長引く可能性がある。

 そういう中で、日本国内に目を向けると、やはり、経済は弱い。一つは、輸出が伸びない。輸出が伸びないのは、今のような海外経済環境という要因もありますが、円安の下でも輸出が伸びない。普通は円安であれば、現地の価格を引き下げて輸出数量を稼ぐ、ということをするだろうと思うのですが、実際の日本企業はそうはしていない。現地通貨建ての価格は据え置いて、結局、円安は価格効果として継続している。ですから、経常利益は非常に良くなっているわけですが、数量で稼いでいるわけではない。そうすると、輸出は伸びない、ということになります。

 もう一つはやはり、消費ですね。まず、所得環境が良くない。賃上げはありましたが、物価上昇、特に消費税率の引き上げに見合った賃金上昇になっていない、ということで、実質賃金が上がらないので、消費も伸びない。

 それから、これはあまり指摘されていないことですが、高齢者の年金の給付が抑制されているのですね。まず、年金の特例水準が段階的に解消されてきた。さらに、支給開始年齢の繰り延べによって、今までであれば貰えていた年齢の人が年金を貰えなくなった。加えて、この4月からはマクロ経済スライドがありましたので年金生活者のところの所得が悪くなっている。そういうことで、消費はそんなに強くないわけですが、これらが強くないと600兆円目標には向かっていけません。

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成長戦略は、実行はしているがスピードアップや、何を優先すべきか整理が必要

工藤:続いて、アベノミクスの第1ステージの評価をしてみたいと思います。アベノミクスの描いたシナリオは、金融の異次元緩和の中で、円安、株高に誘導して、それが企業業績の改善につながり、設備投資や雇用が増え、賃金も上がり、それが消費につながる、というような好循環を生み出す。そのプロセス中で、民間のチャレンジを生み、構造改革がなされる、というものでしたが、さて、これまでそういう好循環は動いてきたのでしょうか。

湯元:アベノミクスの三本の矢とは、それぞれ何を目標としてやってきたのか、と考えますと、まず第1の矢である金融政策は、異次元の金融緩和をすることにより、「期待」を呼び起こす、というものでした。期待といっても色々ありますが、少なくともマーケットの期待を変えることには成功しました。円安、株高という形で表れ、プラス面が経済に及んだ、ということも事実だと思います。ただ、企業経営者のマインドを変えるには至っていない。デフレマインドの払拭とか、積極的な攻めの経営を呼び起こすなど、一部にはそういう兆しは出ていますが、まだ設備投資が急激に増え始めた、ということにはなっていない。賃金は政府介入もあったので2年連続で上がりましたが、これも先程ご指摘があった通り、物価上昇に追いつかない程度の賃上げにとどまり、家計の消費は弱いままです。

 ということで、金融政策だけでは期待を大きく変えるということはなかなか難しい。

 第2の矢である財政政策は、確かに、景気の下支えという目的があり、1年目10兆円、2年目5兆5000億円、3年目3兆5000億円、累計19兆円の財政政策を打ちました。徐々に額が少なくなるのは、財政の制約上をやむをえないことですが、やはり経済効果としては持続的ではなく、一時的なものになってしまいます。反動減も生じ、その影響が今の低い成長率の中にも表れている。

 そうなりますと、第3の矢である成長戦略の最終的な目的である、潜在成長率の上昇に資するような政策が、どこまで進んだのか、ということが非常に大事です。「第3の矢はほとんど実行されていない」という見方もありますが、成長戦略の実現というのは、「国会で関連法案を通す」ということを意味しますので、その観点から、この2年半の実績を見ますと、40本以上の関連法案が成立しているという点では、第3の矢はかなり打たれているのは事実です。ただ、その効果が出るまでに、数年かかるわけですから、効果を期待するのは時期尚早な面もありますが、本来、もっとスピードを上げてやっていかないといけない、というところもあるわけです。今国会でも安保法制に力を入れた結果、もっと早く成立してしかるべきだった、例えば、女性活躍推進法案などが9月になってようやく成立した。また、労働市場改革で重要なホワイトカラーエグゼンプションは、今国会での成立を断念したわけです。このように、実行スピードの遅れは、効果発現の遅れにもつながっていきますので、旧三本の矢、特に第3の矢は、今まで以上に力を入れていかないと、600兆円というところには、到底届かないことになります。

齋藤:第1ステージ全般で見ると、成果は出ていると思います。期待も変化しましたし、円安、株高になった。ただ、そういう成果はあったのですが、中間試験を終えて、期末試験に向かってどうなるかというと、ちょっと問題が出てきてしまっている。例えば、金融政策についていえば、「2年で2%」と言っていたことを実現できなかったわけですが、その説明がよく分からない。私は、元々この「2年で2%」のコミットの仕方をもうちょっと工夫できなかったものか、と思っていました。「2年で2%」をヘッドラインインフレ率でコミットしてしまったわけですが、そうすると当然、原油価格が落ちたときに、達成できなくなるわけですね。そこで、量的・質的金融緩和(QQE)の拡大などをするわけですが、原油価格が下がり、交易条件が良くなるということはむしろ景気刺激要因ですから、それで緩和をするというのは変な話です。「2年」でコミットするのであれば、コアコアのCPIなどでコミットし、原油価格の影響を受けないような形にすべきだったし、もし、ヘッドラインでコミットしたいのであれば、「2年」という期限にしなければよかった。ただ、いずれにしても2%まで行っていない。ヘッドラインではなくても、コアコアでも行っていない。そこで、私はそろそろ金融緩和もすべきではないかと思いますね。なぜ、そうなるのかというと、「期待」の方はある程度出てきたのですが、ポートフォリオリバランス効果、つまり、リスク資産を買う動きが出てきていない。銀行もそうだし、家計もそうです。そこをどうするか、ということが次の課題になってくるからです。

 それから、財政政策については、金融政策が効いてくるまでは下支えをしないといけないということで、確かに、2013年度、2014年度は公共投資の寄与度をみるとプラスだったわけです。ただ、財政の場合、財政再建という課題があります。消費税の8%から10%への引き上げを延期したので、財政再建の進め方についての見通しがしにくい。具体的な手段がまだはっきりしていないので、そこは早急にはっきりしないといけません。

 最後に、成長戦略のところですが、「やっていない」という批判があるし、外国人投資家の期待も薄れてきているところはありますが、それなりの前進はあったと思います。電力改革、農協改革、コーポレートガバナンスなど色々やりました、ただ、それが思うように成長に結びついていないのはなぜか、と考えると、「成長戦略で何を優先すべきか」ということを整理し切れてないことが原因だと思います。私は、潜在成長率が低下した背景には、やはり日本経済システムが、高度経済成長期のモデルのままで、今の状況に合っていないということがあると思います。人口が高齢化し、減少している。グローバル化も進行している。そして、イノベーションも急速に進んでいる中、それにマッチしたものになっていない。ですから、これを変えなければならないのに、そこに明確に焦点が当たっていない、ということが私は課題だと思います。


政府と認識のズレが目立ち始めた日銀は、これから苦境に立たされる可能性がある

工藤:2%の物価上昇を目標にやってきたのですが、最近は「実質賃金が上がらず、円安の状況の中では、これ以上物価が上がってくるとつらい」という声が全国的に出てきています。それで、政府・自民党の中からも「物価上昇にはこだわらなくてもいいのではないか」という声が出てきている。そもそも去年の消費税10%引き上げ先送りの頃から、どうも物価上昇に関して、政府と日銀の間に、認識のズレが出てきているような印象を受けますが、いかがでしょうか。

小黒:いわゆる「黒田バズーカ」が最初に打たれて、円安が急速に進んだ頃から、潜在的にはそういうズレがあったと思います。それが今まであまり表に出てこなかったのは、やはり株高などの要因があり、「これはもしかすると景気が良くなるのではないか」という期待が国民の間に広がっていた、ということが大きかったと思います。ですが円安は、特に輸入が多い業種にとってはコスト高になり、経営を圧迫するため、そこで政治的な課題として浮上してきた。そういった面で見ると、金融緩和をして、円安に誘導し、それで輸入する色々な原材料価格が上がって、物価が押し上げられていく、という流れ自体が、本当に日本経済全体を活性化するような、力強い効果を持っているのかどうか、ということについて、本当はあらかじめもう少し検証しておくべきだったと思います。現時点では少なくとも、経済指標が示している通り、当初予定していたような大きな設備投資の増加などが、マクロ全体で見られないので、そこは少し話が違ってきている、と思います。

 もちろん、政治というのは、政策の方向性を軌道修正したい場合、従前の政策が誤っていたことを明確に認めないものですから、そういう場合には、「徐々に言及しなくする」というやり方を取ると思います。そういう意味では、新三本の矢というものを出すことによって、非常に巧妙に政策の方向性を変えていっているところを見ると、この課題には政治側も気づいていると思います。

工藤:その方向転換に日銀はついていけるのでしょうか。

小黒:結論から言うと、日銀は非常に厳しい状況に立たされていると思います。それは財政との関係が一番大きい。今、2%の物価目標を達成するために、異次元緩和で、国債をだいたい年間80兆円ずつ買っているわけですよね。もし、その物価目標自体が、むしろマクロ経済全体にとって、非常に弊害が大きいということが明らかになった場合、手じまいしなければならないわけですが、その場合は、日銀が国債を購入する量を減らすことになるわけです。そうすると、国債の金利が上がっていく可能性がありますので、財務省と日銀の間で、どうやって手じまいをしていくのか、ということについて、あまり表立って議論をすることはないと思いますが、話し合いをしていくことが、そのうち必要になってくると思います。

 さらに言えば、色々なアナリストの推計を見ると、現在の異次元緩和を続けていても、あと1、2年くらいで、日銀が買える国債はなくなる、という話もあるわけです。そうすると、多かれ少なかれ、日銀は政策の軌道修正を迫られるわけです。その場合、どうするのか、ということについて、政治のサポートが必要になってくるのですが、そこで政治がどう動いてくれるのかというと、そこは不透明です。


より深く構造改革に切り込むことが不可欠

工藤:旧三本の矢は、異次元緩和である程度の時間を稼ぐ中で、民需を伸ばしていく、というシナリオでした。しかし、現実には設備投資の伸びにつながっていないし、実質賃金も思うように伸びていない。非正規雇用もまだまだ多い。つまり、好循環が動いていないわけですが、これはそもそもシナリオに無理があったのでしょうか。それとも、シナリオそのものは依然として重要なのでしょうか。

齋藤:私は、シナリオ自体は依然として重要だと思っています。矢は個々に見ていくのではなく、三本が並行して飛んで行って、的に当たる、ということが重要なのですね。1の矢、2の矢で時間を稼ぎ、流動性を供給する。その流動性を上手く使って、経済活動が活発化するためには、成長戦略が必要になってくるわけです。ですから、当然三本の矢は必要です。ご指摘の非正規雇用の問題は、先程の雇用システムに関係していますが、これも構造政策の大きなテーマです。ところが、今の成長戦略は、特に構造政策に焦点が絞られていないし、そういうシステムに切り込むものになっていないので、そこが問題です。

工藤:成長戦略は確かに、やっていないわけではなく、動いていることは動いている。しかし、アウトカムとして見れば、大きな変化は見られないわけですが、これはどこに問題があるのですか。構造改革面の展開が不十分だからでしょうか。

湯元:経済構造を大きく変えるという意味では、非常に重要なのは法人税の引き下げと、いわゆる岩盤規制の改革です。これにどの程度手を付けているのかというと、両方とも小泉政権下では実現しなかったものですが、実現し始めている兆しがある、という意味で、相対的には良くやっているともいえます。しかし、法人税率引き下げは、「数年以内に20%台」というような曖昧な言い方のままです。本来は、「OECD諸国並みの25%にまで引き下げる」というような宣言があってもいいと思うのですが、そこは財源の問題もあって、そう簡単に言及できずにいる。

 岩盤規制のところでは、農業や医療で大きな進捗が見られます。特に、医療の混合診療の解禁では、全面解禁には至っていませんが、患者申出療養制度の新設という形で部分的な解禁はできている。これは画期的なことだと思います。それから、農業分野でも農協改革など、従来はできなかったことをかなりやっている。足りない点もありますが、それなりに進んでいる点はある。

 ただ、その効果が出るまでには時間がかかるために、マーケットから見れば『あまり進んでいない、効果が出ていない』という評価になりがちです。コーポレートガバナンスとか年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)改革とか、直接株価上昇に寄与するようなものは評価しますが、そうでないものは、どうしても評価されにくいというわけです。

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第2ステージで問われているのは、人口問題に本気で取り組むこと

工藤:次は、第2ステージについて議論したいのですが、来年に参議院選挙を控える中で、本当に(痛みを伴う)構造改革を進めていくことができるのでしょうか。ひょっとしたらバラマキになるなど、全然違う方向に行ってしまう可能性もある気がするのですが、いかがでしょうか。

湯元:そもそもアベノミクスがスタートしてから、安倍総理は、「構造改革」という言葉を使ったことがあるのかというと、意図的に避けていると私は思います。小泉政権の時には非常に頻繁に使われた言葉でした。経済構造が変化し、日本の現状に合わなくなったため、痛みを伴う改革を官民ともにしなければならなくなった、という状況に直面した結果、「構造改革が必要だ」という共通認識の下、多くの人が賛成して改革が始まりました。しかし、実際に痛みが発生してくると、一般国民レベルからは、急に不満や批判が出てくる。特に社会保障抑制という話ではそれが目立ちました。その反省の下、選挙対策上よろしくないということもあって、「構造改革」という言葉を意図的に避けてきた、ということだろうと思います。

 ただ、本当に社会保障や子育て支援を充実させるためには、財源が必要なわけで、そのためには構造改革をして歳出を抑制して財源を捻出するのか、あるいは、消費税を引き上げるか、そのどちらかしかない。消費税増税は10%までの道筋は一応ついていますが、今の社会保障、子育て支援の財源の状況を考えると10%では到底足りないわけで、2020年にかけて最低でも15%まで上げることが必要と言われています。しかし現在は、その議論すらされていない。「構造改革をする」ということも言わず、消費税率のさらなる引き上げについても、議論しない状況の中で、こういった政策(新三本の矢)を出してきても、果たして本当にできるのだろうか、と疑問を抱かざるを得ないですね。

齋藤:それなりの取っ掛かりになるところはありますので、私は、その取っ掛かりを足掛かりにして、必要な政策をどんどん盛り込んでいくことがすごく大事だと思っています。そういう意味で、何が大事か、ということを申し上げると2つあります。一つはやはり経済システムの改革です。例えば、金融システムを新しい環境にマッチしたような形で改革をすることが必要だと思います。もう一つは、人口規模を維持するための改革です。現在、設備投資が増えてきていないわけですが、なぜ増えてこないのかというと、それは日本国内のマーケットがどんどん小さくなっているからです。そして、それは人口が減っているからです。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口を見ても、50年後には今の総人口の3分の2になり、100年後には3分の1になってしまうわけですから、これは経済成長の足を引っ張る要因になるわけです。これをどうやってカバーするか、と考えたときに、まず出てくるのは、女性や高齢者の労働参加率を上げることですが、上げ切ったらそこで終わりになってしまう。それから、よく「生産性を上げればいいではないか」と言われますが、人口がどんどん減っていって、高齢者の割合が4割に達するような社会の中で、どれだけイノベーションが出てくるかというと、期待はしたいですがそんなに楽観できない。そうすると、やはり出生率を引き上げるべきだ、ということになります。それで、子育て支援が必要になってきます。もっとも、仮に成功して、明日から合計特殊出生率が2.1になったとしても、実は人口減少が静止するのは60年後です。その間ずっと減り続けるわけです。

 では、短期的には何が有効なのかというと、これは最後のタブーになってきていますが、外国人労働者の受け入れですね。日本の人口はどんどん減っていくわけですから、そういう新しい担い手がいない限り、日本の経済は維持できなくなるわけで、これが構造政策の大きな柱になるかもしれません。

工藤:第2ステージの三本の矢は、「希望を生み出す強い経済」、「夢を紡ぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」ということを掲げていますが、これは何を改革しようとしているのですか。

小黒:私なりの解釈では、これは「量」を追求した政策なのではないか、と思います。日本が抱える大きな懸案事項というのは2つありまして、1つは財政問題。もう一つが今、齋藤先生も言われたように、人口減少問題です。静かなる有事ともいうべき問題です。仮に財政再建できたとしても、人口が減っていけば、国力は落ちていくので、日本にとっては非常に厳しくなる。そこで、「夢を紡ぐ子育て支援」では、直近で1.4の合計特殊出生率が1.4を、1.8に引き上げると言っています。これは、人口の「量」を増やす、というわけです。

 そのために、女性が出産をしながら労働をすることをサポートしていく必要がありますが、現状では子どもが生まれると働き続けることがなかなか難しい。女性がなるべく働くことができればGDPにも寄与するわけですから、そういう意味では、これもGDPという「量」に深く関係している。

 「安心につながる社会保障」というのも、介護離職者をゼロにする、という目標を掲げていますけれど、これから団塊の世代の方々が2025年頃に、後期高齢者(75歳以上)になるわけです。そのときに、「団塊ジュニア」と呼ばれる世代が、親の介護で離職しなければならないとすると、労働力がかなり毀損されることになるわけです。そこで、こういう潜在的にGDPが屈折するような可能性があるところを手当てする。

 こういう意味で、すべて「量」に関する政策を打ち出そうとしていると思います。その方向性としては、間違っていないと思います。ただ、では、これをどう評価すればいいのか、というと、実は現時点では何も評価できない。なぜかと言うと、これから「担当大臣を新設して、1億総活躍社会を実現するためのプランを作る」と言っているわけですから、そのプランの中身を見てみないと、本当の評価はできないわけです。

 それで、まとめますと、日本が抱えている懸案のうち、「財政」については答えていないけれど、「人口」については、何とか方向性を出していきたいという意思表示は見られる。そこは評価すべきです。ただ、現時点では中身がよく分からないので、本当の評価をすることは難しい。そもそも、人口を増やしていく、もしくは、出生率を反転させていく、ということは容易ではなく、社会保障改革や財政再建の方がまだ簡単だと思います。総理が本気で人口問題に取り組み、「日本の人口問題を必ず解決する」と不退転の決意を示されれば、それは非常に好ましいことですが、それでも容易ではない。

工藤:「安心につながる社会保障」では、確かに介護離職者への対応が一つの課題としてあると思いますが、具体的には何をしようとしているのですか。

小黒:例えば、首都圏であれば、2005年には75歳以上の後期高齢者が100万人以上いたわけですが、それが2025年には倍以上になる。そうなると、日本創成会議から出された、いわゆる「増田レポート」にもありますが、施設に入れない方が大量に出てくる。入れなかったら、自宅介護になるわけですが、自宅介護というのはそんなに簡単ではない。親が認知症などになれば、子どもは常時付き添っていなければならないわけです。そこで将来的には、(施設の空きがある)地方への移住を促進しようという案もありますが、この問題は日本にとって大きく死活的な問題ですから、なるべく早い段階から対応していきたいところです。専門家の議論では、施設面では、「すでに手遅れだ」という議論もありますが、一応厚生労働省としても、地域包括ケアシステムなどを稼働させる方向で動いていますので、そういう動きにてこ入れをするという意味合いがあると思います。


課題解決に向けたプランを出すために、政治の実行力が問われる

工藤:確かに、今の日本が直面する問題はきちんと認識している。ただ、それが本質的な改革に向けた政策体系になっていくのか、ということはまだ読めない。湯元さん、課題解決に向けたプランはきちんと出せるのでしょうか。

湯元:子育て支援のところでは、出生率1.8を実現するという目標を出していますが、出生率を上げるというのは、10年くらいかかる話です。しかも、本気で上げるつもりならば、タブー視されている政策を組み込むことも視野に入れなければならない。例えば、フランスや北欧諸国を見ると、非嫡出子に対しても社会保障関連の手当てをしていったり、移民を受け入れたりしているわけです。そういうタブーに本気で踏み込むのであれば、相当前の段階から議論しなければなりませんが、そういう議論は日本にはないわけですから、本気度は疑わしい。

 それから、子育て支援も財源が必要になります。「5年で40万人分の保育の受け皿を確保する」と言っていますが、実際には潜在的な待機児童は200万人と言われているわけです。そうするとやはり、消費税10%に上げてもまだ財源が足りないにもかかわらず、財源をどう確保するのか、見えてきません。

 女性の活躍を支援して、経済成長率を押し上げようという考え方は分かります。しかし、

 政府は「2020年までに女性管理職の比率を30%にする」という目標を掲げ、各企業へ努力を求めていくとしていますが、管理職を務めるような女性を増やすことが、本当に経済成長や国民生活などの充実につながっていくのか、というとやや疑問です。女性の管理職を増やすことは、男性と同じように猛烈に働く女性を増やす、ということですが、女性の活躍支援で本当に重要なことは、サービス残業をはじめとした長時間労働を是正していくことです。それができてはじめて、女性が男性と同等の力を発揮できる環境が整えられるわけです。

 介護分野でも、「離職者ゼロ」と言っていますが、現状では介護職員の離職率は高く、外国人介護士もあまり入って来られていない。その結果、介護人材が恒常的に不足していて、介護需要の増加に対応できない状況になっている。これについても、本格的に議論していかないといけない時期に入っている。

 ですから、第2ステージの課題認識は全体的に正しいのですが、これから相当厳しい構造改革を本気でやっていかなければならないわけです。それに向けた強い意思が、裏付けとしてあればよいのですが、まだ全体像がはっきり示されていない今の段階では評価しにくいと思います。私の目から見ると、目標や方向性は正しいが、やろうとしている内容が具体性を欠くために、本当に課題にメスを入れてやっていこうという意思があるのか、というと疑念を抱かざるを得ないところです。

工藤:人口減少下でも、長期的に日本がきちんと持続的に繁栄を維持できるためにはどうすればいいのか、など本気で考えなければならない。そういう課題解決に向けたプランニングを競わなければならない状況ですよね。ただ、そういうことは、本当は選挙で決めていくべきだと思うのですが、本当の岩盤の課題にぶつかり始めているので、選挙控えた政治ではそれに対して答えを出せていけないような危惧があるのですが、いかがでしょうか。

齋藤:そういう危惧もありますけれど、それ以前に、今回の新三本の矢というのは、実は自民党総裁として出したものであって、政府はまだ受け止めていないわけです。ですから、政府が受け止めた上で、これをどのように具体的な政策パッケージにしていくか、というところがまだ見えない。もう少し時期が早ければ骨太の方針にも入ったのかもしれないのですが、今は時期が中途半端なのですぐに示すことは難しいところがあります。もしかしたら、来年度予算に反映させるかもしれませんが、いずれにせよまだよく見えてこない。

 これから経済財政諮問会議のようなところで議論をして具体化していくのであれば、民間有識者が発言する機会もありますし、そこで色々な提案をすることもできるので、そこで深めていくことも考えられます。

工藤:政府の中からそういう議論が出てくる可能性はあるのでしょうか。

湯元:小泉政権時代は、経済財政諮問会議で、痛みの伴う構造改革も含めて、色々な議論がなされていました。実現できなかったものも多いのですが、そこで集約された意見がある。今回、安倍政権になってから、産業競争力会議というものができて、そこで打ち出した三本の矢が、成長戦略では重要な柱となった。しかし、構造改革の部分に関しては、どこが考えるのか、ということは、実ははっきりとしていない。過去の経緯を考えるとやはり、経済財政諮問会議が色々具体的な提案を出していく、という形がベストだと思いますので、そこをどう調整するか。ここで安倍総理や官邸の実行力が問われることになると思います。

工藤:今日はアベノミクスの第2ステージについて議論しました。やはり、日本がまさに今、問われている課題、これから私たちが乗り越えていかなければならない課題に、いよいよ差しかかってきたな、ということを強く感じました。これから政治だけでなく、民間も、課題解決に向けたきちんとした政策競争ができるような議論をしていく必要があると思いました。この議論はこれからも継続していきます。今日はありがとうございました。

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2015年10月16日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
齋藤潤(慶応大学特任教授、日本経済研究センター研究顧問)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤泰志 工藤:9月24日、自民党の総裁選に再選された安倍首相は、記者会見で「アベノミクスはこれから『第2ステージ』に移る」とおっしゃいました。私たち言論NPOは、これまでアベノミクスの評価を定点的に行ってきて、第1ステージそれ自体にも様々な課題があると思っていますが、その中でこの第2ステージに移行するとはどういうことなのか。それをきちんと読み解きながら、日本経済の課題について議論を行います。

 ゲストの紹介です。まず、日本経済研究センター研究顧問の齋藤潤さん、続いて、日本総合研究所副理事長の湯元健治さん。最後に、法政大学経済学部教授の小黒一正さんです。

 まず、安倍さんの記者会見を聞いていると、もう「(第1ステージの目標だった)デフレ脱却はほとんどできた」とした上で、「これから新しい動きを始める」とおっしゃっていました。これをどう見ればいいのか、というところから議論を始めたいと思います。


具体的な政策というよりは、選挙に向けたキャッチコピーのような新三本の矢

 小黒:アベノミクスの第1ステージで、一番大きな政策目標は、「2年で2%」の物価目標ですよね。その2年とは、だいたい2015年の3月末が期限だったわけですが、直近のインフレ率は、コアCPIでいうと、マイナス0.1%程度ということで、2年4ヵ月ぶりのマイナスになってしまっています。一義的には確かに、インフレ率は上がったわけですが、デフレを脱却できたか、ということについては、専門家の間でも意見が分かれています。ただ、そもそも安倍政権側は、デフレ脱却の定義を実ははっきり示していないわけです。現状マイナスになっていますが、仮にまたプラスに戻ってきた場合、政府がそこで「デフレが脱却された」ということにすれば、一応、目的は達成された、ということもできなくはないとは思います。

 湯元:市場でも、いきなり「三本の矢」から「新三本の矢」へ、というように変わってきたので、やや唐突な印象を持っている人は結構います。ただ、「第2ステージ」というのは、今回初めて出てきた言葉ではなく、今年6月の「日本再興戦略改訂 2015」の中でも、「第2ステージに入った」と書いていたわけです。

 第1ステージでは、需要不足の経済の中、デフレが長期化してきた、という基本認識の下、主として需要を押し上げる経済対策をやっていこう、ということで、第1の矢の金融政策や、第2の矢の財政政策をやってきたわけです。しかし、日本経済の現状を見ると、人手不足が深刻化し、逆に供給サイドに制約があるということがはっきりしてきた。

 第3の矢の成長戦略は、供給サイドを強化することによって、日本の潜在的な成長率を引き上げる、ということが目標だったわけですが、まだやり始めたばかりで、はっきりとその効果も出てきていない状況の中で、新しい三本の矢が出てくるというのは、やや違和感を持って受け止めています。

 さらに、中身を見ると、「希望を満たす強い経済」、「夢をつなぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」など、具体的な政策というよりは、来年の参院選をにらんだキャッチコピー的な性格があるという感じがします。

工藤:今までの三本の矢は、政策手段だったのですが、今回のものは政策手段ではなく、願望のようなものになっている。どう実現するのかが問われているのに、それが見えてこない、ということですね。齋藤さんはどのようにご覧になりましたか。

 齋藤:第1ステージの成長戦略に関して言えば、私はちょっと成長戦略の性格が曖昧だったのではないかと思います。工藤さんは、政策手段だ、とおっしゃいましたが、政策手段として整理するのであれば、金融政策、財政政策、構造政策、というようになると思います。ところが、第1ステージの成長戦略というのは、構造政策だけではなく、湯元さんもおっしゃったように、需要政策みたいなものも入っていた。そこで、総花的なものになってしまい、何が優先されるのか、どういう体系なのか、ということが分かりにくくなった、と思います。

 そういう意味でいうと、今回の第2ステージの新しい三本の矢というのは、これまでと同様に「強い経済」を目指していますが、同時に構造政策、その中でも特に私が重要だと思っている、人口規模を維持するための人口減少対策に一応、言及して、着手しようとしているのは、すごく大事なことです。ただ、まだ具体化されていませんので、本当にできるかというのが分かりません。これから色々な肉付けは必要ですが、構造政策のところにシフトする良い機会にはなると思います。


論理構成上は第1ステージからの連続性がある

工藤:確かに、プラスに評価すれば、中長期的な視点から見て、持続的に成長するためにはどうすればいいのか、という姿勢に移ってきている。日本再興戦略の改訂版もそういう視点でしたよね。ただ、第1ステージで出てきた色々な問題は、まだ残っている。色々な経済指標も、当初想定していたよりは楽観できるような状況ではない。その状況の中で、、きちんと政策的な整合性を持ちながら、次のステージに移ったと見ていいのでしょうか。それとも、湯元さんがおっしゃったように、選挙を意識した政治パフォーマンスなのでしょうか。

小黒:好意的に解釈すれば、第1ステージと第2ステージの間には連続性があります。旧三本の矢である、大胆な金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略のうち、最初の二本の矢、つまり金融政策と財政政策が目指したものは、短期の視点で需要を押し上げて、経済成長を促進する、ということだったのでした。今回出てきた新三本の矢のうち、最初の「希望を生み出す強い経済」のところでは、GDPについて、「600兆円の達成を明確な目標として掲げたい」と提唱しています。この達成期限は明らかではありませんが、仮に2020年頃だと考えると、それまでに今の約490兆円から600兆円にするためには、名目GDPに換算するとだいたい3%くらいの成長をしていく、ということを意味するわけです。名目成長率を2つに分解した場合、インフレ率と、実質経済成長率になりますが、このインフレ率の方を、どれくらいの目安で取るかによって、実は旧三本の矢のうちの、金融政策などは含まれる、と考えることができます。

 もう一つの実質経済成長率の部分を、旧三本の矢の財政政策か、構造改革で引き上げるというように解釈すると、新三本の矢の最初の「希望を生み出す強い経済」というところにつながってくる、と解釈することもできます。唐突な印象もあるのは確かですが、政権側としてはそういうふうに新三本の矢を位置付けているのだと思います。

 残りの二本の矢である、子育て支援と、社会保障改革の方は、今までは重点をかけていなかったところですが、そこで、新しい矢として放つことによって、新しい政策として浮き彫りにさせている、という意味ではつながっていないわけではないと思います。

 ただ、検証するとやはり厳しい面が見えて来ます。繰り返しになりますが、インフレ率は直近ではマイナスになり、2%には届いていない。経済成長率の方も、内閣府が出している潜在成長率は、どんどん下がって来ていて、直近では0.5%になってしまっている。様々な対策を打っていますが、経済の底力というものがなかなかついてきていない。そういう意味で、第1ステージの検証をきちんと進めた上で、今回の対策が出されたのかというと、そこは違うと思います。ですから、来年には参議院選挙がありますが、我々としてもよく考えて評価していく必要があると思います。


現状からは遠い600兆目標

工藤:確かに、論理構成上はある程度連続性があるように見え、非常にうまく考えているという感じはします。ただ、600兆円目標のところが、第1ステージにつながっている、ということなのですが、実質3%、名目2%成長が難しい状況の中、本当に600兆円は実現できるのでしょうか。

湯元:アベノミクスのこれまでをデータで振り返ると、インフレ率は、原油価格の低下ということもありますが、マイナス0.1%になっている。仮に、こういうエネルギー価格の低下を除いても1%強ということで、目標の2%まではまだ道半ばです。経済成長率は初年度は非常に高かったわけですが、それは消費税の駆け込み需要などのおかげであって、それを除けば実質的に2%には届いていない。2年目は、消費増税の影響があったとはいえ、マイナス成長。それから、3年目に入って1-3月期は高い成長になりましたが、4-6月期はマイナス成長。これはアベノミクスの問題というよりも中国発の世界同時株価暴落などの影響ですが、いずれにしても実質1%強の成長率にとどまっている。3%を目指す、という状況ではなく、せいぜい2%行けるかどうか、というような局面です。やはり、需要サイドを刺激するだけの政策を続けていても、目標達成はできない。潜在成長率が0.1%まで低下した中、これを2%以上まで押し上げるということが求められていますが、そういう意味では、新三本の矢の中の第1の矢に入っていると思われる成長戦略こそ進めていかなければならない。

 それから、子育て支援、社会保障改革は、もちろん非常に重要な政策ですし、国民の関心も高いのは確かですから、新三本の矢に組み込むのは分かりますが、これで成長率が上がるのかというとそう簡単ではありませんし、そもそも財源が必要な施策ですが、その財源が一切示されていない、ということで、本当にできるのか、ということもはっきりしていない。おそらく新三本の矢の位置付けというのは、これから本格的に明らかにしていくことになると思います。

齋藤:まず、考慮しなければならないのは海外経済環境ですね。これがかなり不透明感を増している。ヨーロッパについては、ギリシャ危機は一応乗り越えましたが、今後の財政再建の進捗状況によっては、第2、第3のギリシャ危機というものが出てくるかもしれない。加えて、ドイツでもフォルクスワーゲンの排ガス不正問題が、どうなるかというのは非常に不気味です。自動車はすそ野が非常に広い産業ですから、ドイツでもかなり影響が出てくる可能性がある。そして、それがヨーロッパ全体に広がるかもしれない。そして、中国に関しては、なかなか難しい問題を抱えていると思います。私は、中国経済は、2重の移行過程にあると思っています。一つは、高成長経済から中成長経済への移行。投資に重点を置いた経済から、消費に重点を置いた経済に移行しようということです。当然、この間は経済が減速するので、そこが課題になる。もう一つは、バブルの崩壊とそれへの対応です。不動産市場で起こったバブルが、上海株式市場で株価が暴落したことで崩壊した。それを一生懸命支えようとしましたが、今のような、「問題を先送りをしよう」という政策は、日本の経験から言っても、傷口を大きくするだけなので、続けるべきではないし、続かないと思います。このように、中成長経済への移行と、バブルの崩壊の処理が重なってしまいますので、苦境は長引く可能性がある。

 そういう中で、日本国内に目を向けると、やはり、経済は弱い。一つは、輸出が伸びない。輸出が伸びないのは、今のような海外経済環境という要因もありますが、円安の下でも輸出が伸びない。普通は円安であれば、現地の価格を引き下げて輸出数量を稼ぐ、ということをするだろうと思うのですが、実際の日本企業はそうはしていない。現地通貨建ての価格は据え置いて、結局、円安は価格効果として継続している。ですから、経常利益は非常に良くなっているわけですが、数量で稼いでいるわけではない。そうすると、輸出は伸びない、ということになります。

 もう一つはやはり、消費ですね。まず、所得環境が良くない。賃上げはありましたが、物価上昇、特に消費税率の引き上げに見合った賃金上昇になっていない、ということで、実質賃金が上がらないので、消費も伸びない。

 それから、これはあまり指摘されていないことですが、高齢者の年金の給付が抑制されているのですね。まず、年金の特例水準が段階的に解消されてきた。さらに、支給開始年齢の繰り延べによって、今までであれば貰えていた年齢の人が年金を貰えなくなった。加えて、この4月からはマクロ経済スライドがありましたので年金生活者のところの所得が悪くなっている。そういうことで、消費はそんなに強くないわけですが、これらが強くないと600兆円目標には向かっていけません。

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